慶應義塾大学の里宇明元(りう めいげん):②千野直一の研究業績を横取り疑惑

2024年8月30日掲載

ワンポイント:千野名誉教授のライフワークである「脳卒中機能評価法(SIAS)」論文を里宇教授が適切に引用せず、あたかも、里宇教授が開発したかのように受け取れる記載をした。2014年1月23日、千野名誉教授は裁判に訴えた。2015年12月11日、里宇教授は自分の不適切な行為を認め、論文を訂正し、千野名誉教授に謝罪することで、和解が成立した。その2年2か月後、2018年2月、千野名誉教授は文部科学省に里宇教授の行為は研究不正だと告発した。調査は慶應義塾大学が行ない、2018 年6月20日、予備調査の結果、本調査を実施しないと結論した。千野名誉教授は、不服申し立てをしたが、再考されなかった。本記事では、事件を具体的に把握できるよう、告発状、裁判記録、陳述書、関係者のメール・説明などを公開した。

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慶應義塾大学・リハビリ医学/理工学の研究不正疑惑事件シリーズ
 ① 里宇明元(医)と牛場潤一(理工):データねつ造疑惑(2024年8月20日掲載)
 ② 千野直一の研究業績を里宇明元(医)が横取り疑惑(2024年8月30日掲載)
 ③ 村岡慶裕の研究業績を里宇明元(医)が横取り疑惑(2024年9月10日掲載)
 ④ その他(未定)

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.序章:文春記事(記事①に飛ぶ)
2.はじめに(記事①に飛ぶ)
3.疑惑者と追及者(記事①に飛ぶ)
4.千野直一の研究業績を里宇明元(医)が横取り
 《1》白楽への手紙
 《2》文部科学省に告発
 《3》裁判
5.里宇教授と牛場教授が使用した研究費(記事①に飛ぶ)
6.日本のメディア報道(記事①に飛ぶ)
7.論文数と撤回論文とパブピア(記事①に飛ぶ)
8.白楽の感想
〇.コメント
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本記事②の「4章」「8章」以外の章は、記事①と同じである。「4章」「8章」以外の章は、そちらを参照されたい。

以下は「4章」「8章」だけを記載している。

記事①と同じで、ナマ資料を公開している。読者の判断を邪魔しないよう、「8章 白楽の感想」を除き、白楽の解説を控えめにした。

●4.【千野直一の研究業績を里宇明元(医)が横取り】

★登場人物の再掲(シリーズの記事①から)

疑惑者は、慶應義塾大学リハビリテーション医学教室の里宇明元・教授(現・名誉教授)(りう めいげん、Riu, Meigen、Liu, Meigen、写真出典)である。

以下の主な出典:里宇明元(りう めいげん)

1979年  慶應義塾大学医学部卒業、 同大学病院研修医
1984年  米国ミネソタ大学医学部レジデント(リハビリテーション科)
1985年  国立療養所東埼玉病院理学診療科医長
1987年  日本リハビリテーション医学会専門医取得
1989年  医学博士号取得
1993年  埼玉県総合リハビリテーションセンターリハビリテーション科医長
1999年  同リハビリテーション部長
2002年  慶應義塾大学医学部リハビリテーション医学教室助教授
2004年  慶應義塾大学医学部リハビリテーション医学教室教授(49歳?)
2020年  慶應義塾大学・教授を退職し、名誉教授(65歳?)

被害者・追及者は、慶應義塾大学の同じリハビリテーション医学教室の先任教授であった千野直一・名誉教授(ちの なおいち、CHINO Naoichi、写真出典)である。

千野名誉教授は、慶應義塾大学・医学部・リハビリテーション医学教室の初代教授である。20年以上、脳卒中片麻痺患者の機能評価、治療用機器の開発などを研究し、日本リハビリテーション医学会・理事長も務め、2003年に慶應義塾大学を定年退職した。里宇教授は、2004年、リハビリテーション医学教室の助教授から教授に昇格した。里宇教授は千野名誉教授の弟子でかつ後継教授だった。

【1.白楽への手紙】

★2018年2月19日、2018年12月11日:千野名誉教授の白楽への手紙

2018年2月19日、2018年12月11日、白楽は千野名誉教授から、自分のライフワークである「脳卒中機能評価法(SIAS)」の業績と論文を里宇教授に「盗用」・「不正引用」されたとのメールを受け取った。

里宇教授は、千野名誉教授の先行論文を適切に引用せず、あたかも里宇教授が「脳卒中機能評価法(SIAS)」を開発したように脳卒中ガイドラインに記述していた。

「脳卒中機能評価法(SIAS)」は千野名誉教授のライフワークである。

そして、里宇教授は、この方法の策定に関わっていない。

この事件を、千野名誉教授は「盗用」事件、あるいは「不正引用」事件、と呼んでいる。ただ、「不正引用」は手段の1つで、「研究業績の横取り」が目的の事件だと思われる。それで、本記事では「研究業績の横取り」事件とした。

千野名誉教授は、白楽の【日本の研究者のネカト・クログレイ事件一覧】にこの事件を加えてくれないかと手紙で依頼してきた。それで、そこに加えた。現在、この「事件一覧」表を「千野」で検索すると5件がヒットする。

以下は「2018年12月11日:千野名誉教授の白楽への手紙」(1ページ)。閲覧・ダウンロードはこちらでも可能 → ココ

181211 千野氏の手紙

 

手紙にあるように、白楽が手紙を受け取る前、千野名誉教授は文部科学省に告発状を送り、文部科学省から告発状を受け取った慶應義塾大学は、予備調査の結果、本調査をしないと結論した。

それらのやり取りを次節【2.文部科学省に告発】で示す。

【2.文部科学省に告発】

★2018年2月6日:文部科学省に告発

2018 年2月6日(里宇教授、63歳?)、千野名誉教授は、「慶應義塾大学 医学部教授 里宇明元氏の研究活動不正行為に関する告発状」を文部科学省・学術政策局/人材政策課/研究公正推進室 に送付した。

以下に要点(ちょっと長いけど)を抜粋する。

ーーー要点ここから

文部科学省などの研究補助金を基に、脳卒中合同ガイドライン委員会が構成され、日本脳卒中学会、日本脳神経外科学会、日本神経学会、日本神経治療学会、日本リハビリテーション医学会が共同で、「脳卒中治療ガイドライン 2009」(2009年)とその「英文ガイドライン」(2011年)を作成した。

この「英文ガイドライン」作成過程で、千野名誉教授らの研究成果である「脳卒中機能評価法(SIAS)」を、里宇教授が“盗用”した。

ここでの“盗用”は、千野名誉教授を第一著者にした「脳卒中機能評価法(SIAS)」の 原著論文(1994 年)を引用しないで、代わりに、里宇教授を第一著者にした英文論文(2002 年)を不正引用したことを指す。

千野名誉教授を第一著者にした原著論文(1994 年)は、
Stroke Impairment Assessment Set(SIAS) ーA new evaluation instrument for stroke patientpatientsー
Chino N, Sonoda S, Domen K, Saitoh E, Kimura A.
リハビリテーション医学 1994; 31: 119-125

里宇教授を第一著者にした英文論文(2002 年)は、告発書では以下の赤枠内に示した論文である。

それをパブメド(PubMed)で示す(原著にリンクあり)。
Psychometric properties of the Stroke Impairment Assessment Set (SIAS).
Liu M, Chino N, Tuji T, Masakado Y, Hase K, Kimura A.
Neurorehabil Neural Repair. 2002 Dec;16(4):339-51.
doi: 10.1177/0888439002239279.

里宇教授の不正引用は、単に、論文引用を間違えたのではない。

自分を第一著者にした論文を引用することで、「脳卒中機能評価法(SIAS)」を、自分の研究成果であると読者に誤解させるための意図的な引用で、「研究業績の横取り」が目的の狡猾な行為である。

つまり、論文を不正引用することで、千野名誉教授らの「脳卒中機能評価法(SIAS)」のアイディア、データ、研究成果を、あたかも。里宇教授のアイディア、データ、研究成果であるかの如く学術界に誤信させる行為だった。

この行為は、脳卒中合同ガイドライン委員会を構成する日本脳卒中学会、日本脳神経外科学会、日本神経学会、日本神経治療学会、日本リハビリテーション医学会に対しての背任行為でもあった。

千野名誉教授は、その背任行為を放置するわけにもいかないので、日本リハビリテーション医学会の水間正澄・理事長に、以下の「詫び状」を送るようお願いした。

2016年4 月25 日、日本リハビリテーション医学会の水間正澄・理事長は、里宇教授の「不適切な文献引用」の「訂正に関してのお詫び」を関連医学会理事長へ送付した。

以下は、その「詫び状」の一部である。全部の閲覧(4ページ)・ダウンロード → ココ

ーーー要点ここまで

「要点」がちょっと長くなったけど、原本は以下の「2018 年2月6日、慶應義塾大学 医学部教授 里宇明元氏の研究活動不正行為に関する告発状」(4ページ)である。閲覧・ダウンロードはこちらでも可能 → ココ

240821 慶大里宇明元告発(元リハ医学会理事長千野直一)

 

★2018 年6月20日:大学の結論は本調査をしない

2018 年 2月6日の文部科学省への告発状は、調査の主体である慶應義塾大学に伝えられた。

慶應義塾大学は、慶應義塾大学の青山藤詞郎・常任理事(研究担当)(あおやま とうじろう、専門は機械工学、写真出典)を委員長とする慶應義塾研究コンプライアンス委員会を設置し、予備調査を行なった(青山委員会とする)。

慶應義塾大学の青山委員会は4か月間、予備調査を行なった。

2018 年6月20日、青山委員会は、予備調査の結果、本調査を実施しないと結論した。

以下、2018 年6月20日の「(通知)申し立て事項の調査結果について」の冒頭部分。全文(4ページ)の閲覧・ダウンロード先 → ココ

★2018 年11月28日:千野名誉教授の不服申し立て

2018 年11月28日、千野名誉教授は、青山委員会の結論に異議を唱え、文部科学省・研究振興局/振興企画課/競争的資金調整室 に不服申し立てを行なった。

ポイントは2点ある。

1.氏名は非公表だが、予備調査の委員が慶應義塾大学の内部者だけで、かつ、利害関係者である。公正な調査・判断が行なわれなかったと、告発者の千野名誉教授は、受け止めた。

2.青山委員会は、文部科学省・ガイドラインに示された予備調査の範囲を超えた結論をし、予備調査として不適切である。

以下、「2018 年11月28日の不服申し立て」と「2018 年12月5日の文部科学省の回答」に関するメール交信の冒頭部分。全文(3ページ)の閲覧・ダウンロード先 → ココ

★2018 年12月17日:慶應義塾大学の回答

2018年12月5日、千野名誉教授の不服申し立てを受けた文部科学省は、慶應義塾大学に適切に対応するよう指示した。

しかし、その12日後、2018年12月17日、青山委員長は、本調査をしないとした結論に変更はないと、千野名誉教授に回答した。

以下、慶應義塾大学の「2018年12月17日、予備調査結果に対する申立てについて」の冒頭部分。全文(1ページ)の閲覧・ダウンロード先 → ココ

【3.裁判】

★千野名誉教授が原告、里宇教授は被告

実は、前節【文部科学省に告発】の4年前に、東京地方裁判所で民事裁判が行なわれていた。

2014年1月23日(里宇教授、59歳?)、千野名誉教授は以下の理由で、里宇教授を被告とし、東京地方裁判所に謝罪広告等を請求する訴訟を起こした(事件名:謝罪広告等請求事件)。

前節・【2.文部科学省に告発】と内容は同じである。

軽く繰り返す。

文部科学省などの研究補助金を基に、脳卒中合同ガイドライン委員会が構成され、日本脳卒中学会などの5学会が共同で「脳卒中治療ガイドライン 2009」(2009年)とその「英文ガイドライン」(2011年)を作成した。

この「英文ガイドライン」作成過程で、千野名誉教授らの研究成果である「脳卒中機能評価法(SIAS)」を、里宇教授が“盗用”した。

里宇教授の“盗用”は、単に、論文引用を間違えたのではなく、意図的に「研究業績を横取り」することが目的の狡猾な行為である。

それで、千野名誉教授は、里宇教授に謝罪広告等を請求する訴訟を起こした。

事件番号:平成26 年(ワ)第1471 号
事件名:謝罪広告等請求事件
担当部:東京地裁民事第4部
起訴提起:平成26 年1 月23 日
原告:千野直一、被告:里宇明元 

★「陳述書」

裁判で、「脳卒中機能評価法(SIAS)」の策定に、里宇教授が関わっていたのか・いなかったのか、里宇教授の研究業績なのか・そうではないのか、状況を知る5人の関係者が陳述書で述べた。

ここに、千野名誉教授の陳述書以外に、5人の関係者のうち、道免和久・教授の陳述書を公開する。

【陳述書1:千野名誉教授】

千野名誉教授は、「脳卒中機能評価法(SIAS)」は自分のライフワークで、里宇教授はこの方法の策定に関わっていない、と陳述している。

千野名誉教授が慶應義塾大学で日本のリハビリテーション医学を構築していく様子とともに、千野名誉教授が「脳卒中機能評価法(SIAS)」を確立していく研究人生を陳述書にまとめ、裁判で説明した。

以下、2014年12月7日付け、千野名誉教授の「陳述書」の冒頭部分。全文(8ページ)の閲覧・ダウンロード先 → ココ

【陳述書2:道免和久・教授】

道免教授に陳述書の公開の許可を得たので公開する。道免教授に感謝いたします。陳述書に記載されていた住所などの個人情報は黒塗り・削除した。

道免教授の陳述書は貴重な資料です。是非、ご自分で読まれた方がよいでしょう。読者の判断を邪魔しないよう、白楽は要点を抽出しませんでした。

以下、2015年3月30日付け、道免和久(兵庫医科大学リハビリテー
ション医学主任教授)の「陳述書」の冒頭部分。全文(9ページ)の閲覧・ダウンロード先 → ココ

★和解

2015年12月11日、裁判で、「被告(里宇教授)は、『Japanese Guideline for the Management of Stroke 2009』において、原告(千野名誉教授)の承諾なく、APPENDIX Table 10 のSIAS の引用文献を変更したことを謝罪する」こと、という勧告がなされた。

その勧告に従い、以下の和解が成立した。

なお、和解条項2に、「被告(里宇教授)は原告(千野名誉教授)に謝罪する」とあるが、2024年8月26日現在千野名誉教授は里宇教授から謝罪されていないとのことである。

前節・【2.文部科学省に告発】で示した「2018 年2月6日、慶應義塾大学 医学部教授 里宇明元氏の研究活動不正行為に関する告発状」にも、謝罪されていないとある(以下)。

しかしながら、この「Erratum」には原著論文執筆者への謝罪の言葉はなく、千野直一への文書あるいは口頭による謝罪も実際には行われていない。

以下は、2015年12月11日、東京地方裁判所の「第17回弁論準備手続き調書(和解)」の冒頭部分。全文(5ページ)の閲覧・ダウンロード先 → ココ

★逆訴訟: 里宇教授が原告、千野名誉教授は被告

ややこしいことだが、前項の裁判の対抗措置として、原告と被告が入れ替わった裁判が行なわれた。

つまり、千野名誉教授が提訴した4か月後、2014年5月29日、里宇教授(59歳?)は千野名誉教授を被告とし、名誉棄損で300万円の損害賠償を要求する訴訟を起こした(事件名:謝罪文送付等請求事件)。

しかし、前項の裁判で和解が成立した6日後、2015年12月17日、里宇教授は訴訟を取り下げた。

以下、2015年12月17日、東京地方裁判所の「第8回弁論準備手続き調書(放棄)」の冒頭部分。全文(4ページ)の閲覧・ダウンロード先 → ココ

●8.【白楽の感想】

シリーズの記事①の「8.白楽の感想」と重複する「白楽の感想」は省いた。そちらを参照されたい。その注意を喚起する意図で、《7》から始めた。

《7》消化しにくいもの 

記事②の事件を解説していて、何か消化しにくいものがあると感じた。

事件は、里宇教授が不適切に論文を引用した。その不適切さは自分を有利にする引用だった。

しかし、そのことで、謝罪広告等を請求する裁判(民事)で告訴され、日本リハビリテーション医学会・理事長が関連医学会理事長に「詫び状」を出し、その後、文部科学省に研究不正と告発されるほど、だったのか?

里宇教授の不適切な行為と、その後の進展・結果にギャップがある。

ただ、外国の研究不正事件で、不正行為とその後の進展・結果にギャップを感じたケースはたくさんある。白楽は、その都度、何か消化しにくいものがあると感じてきた。

公表されるのは不正行為そのものと調査結果である。

不正者の生い立ち・人間性・倫理観・価値観、事件の状況、その国の研究文化、研究環境、研究者の置かれた立場など、事件の背景・深層は説明されない。

ただ、日本の事件の場合は、説明がなくても、ある程度、状況を把握できる。

一方、日本の研究不正事件は、通常、不透明な上に隠蔽が多く、公表される情報は米国の場合に比べ、ずっと少ない。

今回のようにたくさんのナマ資料を提供してもらえることは「かなり」マレである。

しかし、白楽ブログに書けることは、証拠となる記録(文書・動画・写真など)に基づく事実(+アルファ)に限られる。

つまり、当事者間(ここではで千野名誉教授と里宇教授)でやり取りした言葉や表情でのコミュケーション、感情、子弟関係の機微、価値観、文化的背景、そういうもろもろを知ること・理解することは難しい。

また、知ったところで、事件にどう絡むかわからないし、白楽ブログにそれらを適切に書くことは難しい。今回も、記事②には書けない「もろもろ」があった。

そういうわけで、読者の皆さんが、今回の事件を、「不適切な論文引用」という「単独」の事件としてとらえると、消化しにくい面があると思う。

シリーズの記事①、そして、記事③、と合わせて記事②をとらえ、また、文字にしきれない部分を推察し、事件の実態を把握していただきたい。

《8》裁判と研究不正 

千野名誉教授のライフワークである「脳卒中機能評価法(SIAS)」論文を里宇教授が適切に引用せず、あたかも、里宇教授が開発したかのように受け取れる記載をした。

2014年1月23日、千野名誉教授は裁判(民事)に訴えた。

2015年12月11日、里宇教授は論文を訂正し、千野名誉教授に謝罪することで、和解が成立した。

つまり、裁判所は里宇教授をクロと判定し、里宇教授は自分の行為が不適切だったと認めた。

それから、2年2か月後、2018年2月、千野名誉教授は文部科学省に里宇教授の行為は研究不正だと告発した。

しかし、慶應義塾大学は、予備調査の結果、本調査を実施しないと結論した。

つまり、慶應義塾大学は、本調査するまでもなく、里宇教授をシロと判定し、里宇教授の行為に研究不正はなかったとした。

この裁判と研究不正の関係をどうとらえるとよいのか?

まず、研究不正を、学術研究絡みのダマす行為、と定義しよう。

裁判は、法律に違反したかどうか、違反したならどの程度の刑罰を科すのかの刑事訴訟、そして、他人(加害者)に対して損害賠償や慰謝料の要求をする民事訴訟がある。

現在の日本の法律と裁判所は研究不正を適正に対処できていないと、白楽は、しばしば、思う。

米国でも線引きがあいまいな部分があるが、盗用に関しては、大学の結論を裁判所は尊重している。 → 7-108 米英中の大学院生の盗用裁判 | 白楽の研究者倫理

里宇教授事件では、研究不正の裁判をどうとらえるとよいのだろう。

次の「《9》村岡教授のコメント」で、村岡教授にご説明をいただいた。

《9》村岡教授のコメント 

「8.白楽の感想」に別の人の見解を示すのはヘンだけど、白楽よりも、村岡教授(記事①で紹介済)の方が事情に詳しい。そして、記事③と関係もあるので、村岡教授にコメントをお願いした。

ーーーここから

予備調査は内部者のみで実施するため,文部科学省・ガイドラインが示す本来の予備調査の趣旨(不当な告発の排除)を無視し,当該機関(本件では慶應義塾大学)に不都合があれば,簡単に本調査を行わない決定ができるという問題があります.

記事②の案件は,裁判所が「クロ」と判定し,本人も「クロ」と認めているので,慶應義塾大学の予備調査で,「本調査を行わない」決定はありえないと予想していました.

慶応義塾大学が「本調査を行わない」決定をした理由として,「訴訟は裁判の場において事実確認と調べが行われ判断がされるべきものであって,和解もしくは取り下げの形で終了している案件について,本学として追加調査を別途行う必要はない」としています.

その判断はおかしい.裁判所が審理した事案なので「不当な告発ではない」のは明白で,本調査に進む必要があります.

そして,今回対象とする「事実」は裁判所の調べで確認された「事実」と同一なので,本調査で裁判所が認定した「事実」を認定する必要があります.

また,和解などで終了した案件も,本調査を行う必要があると思います.

そもそも,裁判所の民事訴訟は,原告(被害者)と被告(加害者)が存在し,紛争を解決するものです.そのため和解などで終了する場合もあります.しかし,研究不正の調査は,紛争を解決するものでは無く,和解などで終了することはありません.

公益通報に基いて調査し,「研究不正の有無」を判断し,懲罰を促すものです.「犯罪の有無」を判断し,刑罰を科す刑事訴訟に近いと思います.

刑事訴訟の1. 告発(告訴),2. 送検,3. 起訴の判断,4. 裁判が,研究不正調査の1. 公益通報,2. 文科省から当該機関への移送,3. 予備調査,4. 本調査に相当すると思います.

このように捉えると,内部者や利害関係者だけで行われる予備調査は問題があると思います.

ーーーここまで

《10》研究業績の横取り 

千野名誉教授は「盗用」事件、あるいは「不正引用」事件、と呼んでいるが、白楽記事では、この事件を「研究業績の横取り」事件とした。

研究界で「研究業績の横取り」行為は頻発しているが、包括的に禁止する規則や制度はない。

「研究業績」を特許や著作物にすれば、法律があるので、国内・国際で法的に保護される。

「知的財産権」とは、特許権、実用新案権、育成者権、意匠権、著作権、商標権その他の知的財産に関して法令により定められた権利又は法律上保護される利益に係る権利をいう。(出典:知的財産権について | 経済産業省 特許庁

従って、研究成果の「内容」を特許や実用新案にすれば、保護される。

しかし、特許にそぐわない研究成果の「内容」はたくさんある。

多くの場合、論文や学会で発表した研究成果の「内容」の所有権は保護されない。

それで、「研究業績の横取り」騒動が勃発する。

「研究業績の横取り」行為で有名なのは、ワトソン/クリック/ウィルキンス(3人とも、1962年ノーベル生理学・医学賞を受賞)が、ロザリンド・フランクリンのデータを横取りしたノーベル賞受賞絡みのケースがある。

また、米国のロバート・ギャロが、フランスのリュック・モンタニエ(2008年ノーベル生理学・医学賞を受賞)のエイズウイルスの発見を横取りしたケースもある。

話がドーンと下がるが、白楽のような極弱小研究室でも、院生が自分の研究成果を別の院生に横取りされたと騒ぐ事件(というほどではないが)、に遭遇している。

つまり、「研究業績の横取り」行為(含・単なる疑惑、被害妄想)は、学術界の上から下まで、頻発していると思われる。

しかし、千野名誉教授のように、裁判に訴えるのは珍しい。さらに、裁判で和解した後、文部科学省に告発するのも珍しい。

千野名誉教授は里宇教授の蛮行にかなり腹立たしく思ったのだろう。

千野名誉教授の門下に25人の大学教授が育っている。里宇教授は千野名誉教授の子飼いの弟子で、当時、一番弟子、最も優秀な弟子だったと思われる。

里宇教授が教授就任後、 2人の間に、何があったのか?

「研究業績の横取り」行為の前に、研究不正の次元とは異なる、ショッキングな「何か」があったのだろう。

白楽が勝手に推察するに、千野名誉教授は、「何か」があったことで、里宇教授の素行の悪さを知り(白楽の推察です。素行が悪いかどうか知りません)、里宇教授を学術界、少なくとも慶應義塾大学、から排除しないと、学術界・慶應義塾大学は信用を失うと懸念されたのだと思う。

《11》動機・心境・理由・状況 

記事①で、里宇教授は、2004年、49歳(?)で、慶應義塾大学・医学部・教授になり、多額の研究費を受給している。その人が、教授就任10年後の60歳(?)近くになって、単独で、データねつ造・改ざんをするだろうか?

と、疑問を書いた。

今回の“不正引用”は、2011年の「英文ガイドライン」である。時期は、教授就任7年後の56歳(?)である。

里宇教授は、安泰な身分で、危険をおかす必要はない。欲求もない、はず、と思える。

でも、「“ 不正引用”した」なら、里宇教授は、どんな動機・心境・理由・状況だったのか、興味深い。

千野名誉教授の私信に、この疑問への答えと思える箇所があった。白楽が勝手に、以下のように要約した(千野名誉教授の許可は得た)。記載内容が事実かどうか、白楽は確認していない(ほぼ、確認できない)。

ーーーここから

里宇君は、他人の業績をレビューしてまとめ上げるのは、天才的で、とても優れていた。

私(千野名誉教授)は、里宇君が教授に就任する前はチームで研究していたので気が付かなかったが、彼は、自分なりに新しい研究アイデアを思いつき、計画を立て、研究し、その成果をまとめることは、かなり不得手だったようだ。

教授就任後、里宇君は、自分のアイデアで達成した研究成果が1つもなく、教授としての役割を十分果たせていなかった。

それで、他人の研究業績を横取りするようになったのだろう。

とはいえ、他人とは言っても、私(千野名誉教授)のような元上司や,村岡君のような部下の夫の研究業績を、パクって自分の業績にしたのだ。

パクられた私(千野名誉教授)は、元部下に注意はしても、医局の恥だし、よほどのことがなければ、裁判に訴えたり、文部科学省に告発はしません。

村岡君にしても、家庭崩壊のリスクを冒してまで、妻の上司を公益通報することは、よほどの覚悟がなければできません。

それをいいことに、元上司の「SIAS」や部下の夫の「IVES」をパクったのだと思います。

私(千野名誉教授)と縁のない診療科の業績をパクったら、一発で懲戒解雇です。

ーーーここまで

なお、里宇教授は慶應義塾大学から懲戒解雇されず、慶應義塾大学を定年まで勤めあげて、現在は名誉教授です。

ーーーーーーー
日本の人口は、移民を受け入れなければ、試算では、2100年に現在の7~8割減の3000万人になるとの話だ。国・社会を動かす人間も7~8割減る。現状の日本は、科学技術が衰退し、かつ人間の質が劣化している。スポーツ、観光、娯楽を過度に追及する日本の現状は衰退を早め、ギリシャ化を促進する。今、科学技術と教育を基幹にし、人口減少に見合う堅実・健全で成熟した良質の人間社会を再構築するよう転換すべきだ。公正・誠実(integrity)・透明・説明責任も徹底する。そういう人物を昇進させ、社会のリーダーに据える。また、人類福祉の観点から、人口過多の発展途上国から、適度な人数の移民を受け入れる
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★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

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