ミチル・ヒラサワ、平澤みちる(Michiru Hirasawa)(カナダ)

ワンポイント:研究ネカトとはならずに「間違い」の例。

【概略】
hirasawa_m2ミチル・ヒラサワ、平澤みちる(Michiru Hirasawa、写真出典)は、東京大学で研究博士号(獣医学)を取得後、同じ分野の研究者である夫の平澤健介(ひらさわ けんすけ)と共に、カナダのカルガリー大学のポスドクを経て、カナダのニューファンドランド・メモリアル大学(Memorial University of Newfoundland)の教員になった。夫は同じ大学で別の研究室を主宰している。専門は神経科学である。

2012年7月(43歳)、「2006年のJournal of Neuroscience誌」論文にデータねつ造・改ざんの疑念がもたれ、メモリアル大学が調査した。その結果、不適切なデータ発表(“substantial data misrepresentation”)があったことで、論文が撤回された。

メモリアル大学は、「不適切なデータ発表」は「間違い」であって、「ねつ造・改ざん」ではないと結論した。なお、カナダには、米国・研究公正局のような政府系の調査機関はない。

141022 IIC_MUN[1]写真:ニューファンドランド・メモリアル大学(Memorial University of Newfoundland)のBruneau Centre for Research and Innovation, 出典

  • 国:カナダ
  • 成長国:日本
  • 研究博士号(PhD)取得:東京大学
  • 男女:女性
  • 生年月日:不明。仮に、1969年1月1日とする
  • 現在の年齢:55 歳?
  • 分野:神経科学
  • 最初の「間違い」論文発表:2006年(37歳)
  • 発覚年:2012年(43歳)
  • 発覚時地位:メモリアル大学(Memorial University of Newfoundland)・準教授
  • 発覚:
  • 調査:①メモリアル大学・調査委員会
  • 事件:間違い
  • 「間違い」論文数:1報
  • 時期:研究キャリアの中期
  • 結末:おとがめなし

【経歴と経過】

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ミチル・ヒラサワ、平澤みちる(Michiru Hirasawa
  • 生年月日:不明。日本生まれ(推定)。仮に、1969年1月1日とする
  • 19xx年(22歳)?:xx大学を卒業
  • 1996年(27歳?):東京大学農学部で研究博士号(PhD)取得。課程博士。実験動物学
  • xxxx年(xx歳):カナダのカルガリー大学(University of Calgary)でポスドク。夫の平澤健介と一緒
  • 2003年(34歳):ニューファンドランド・メモリアル大学(Memorial University of Newfoundland)・教員。夫の平澤健介は同じ大学の教員だが、研究室は独立している
  • 2012年7月(43歳):「2006年のJournal of Neuroscience誌」論文にねつ造・改ざん疑念があり、メモリアル大学が調査した結果、不適切なデータ発表(“substantial data misrepresentation”)があり、論文は撤回された。

Hirasawa_lab-web右から2人目が平澤みちるで、1人目は夫の平澤健介(Kensuke Hirasawa)である。写真出典

【「間違い」発覚・調査の経緯】

2012年6月27日、「Journal of Neuroscience」誌は、メモリアル大学の調査結果と依頼を受けて、平澤みちるの2006年論文を撤回した(retracted)。

2006年論文:

論文撤回の理由は、2つの図に「間違い」(errors)があったからだ。

1つは、電気生理学の図の「故意ではない2重使用」(unintentional duplication)だった。もう1つは、X軸のラベルのつけ間違いだった。

メモリアル大学は、調査の結果、これらの間違いは故意ではなく、また図に示した実験の結論及び論文全体の結論に影響しなかったと述べた。それで、著者を処分しなかった。

他に撤回論文はなかった。

【論文数と撤回論文】

パブメドhttp://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmedで、平澤みちる(Michiru Hirasawa)の論文を「Michiru Hirasawa[Author]」で検索すると、2002年以降の論文がヒットするが、2003年から2015年までの13年間の18論文がヒットした。

2015年6月15日現在、1論文が撤回されている。上記の2006年論文である。

【事件の深堀】

★「間違い」と「ねつ造・改ざん」の線引き

「不適切なデータ発表」は、①論文の図表を見ればすぐにわかる場合、②図表を注意深く観察し、解析ソフトで分析して初めてわかる場合、③生データを参照しないとわからない場合がある。

①と②は、論文中にデータが発表されているので、「不適切なデータ発表」があったこと自体は隠しようがない。

その「不適切なデータ発表」が「ねつ造・改ざん」ではなく、「間違い」だと、どうやって証明、あるいは、判定できるのだろうか?

今回の事例でその線引きを理解したい気持ちがあったが、期待は大きく裏切られた。事件の記事や記述から得られる情報からはまったくわからない。

「故意ではない2重使用」(unintentional duplication)とはどういうことだろう。2重使用は故意しかあり得ないのではないだろうか?

平澤みちる本人が、調査委員に「故意ではありません。ウッカリ間違えて2重使用したのです」と弁明したのだろうが、調査委員がそのまま信用したとは思えない。疑惑者の言説をそのまま信用するそんな調査はいらない。

白楽としては、どういう事実や証拠(状況証拠でも)で、「ねつ造・改ざん」ではなく「間違い」と結論したのかを知りたかった。

「ねつ造・改ざん」か「間違い」かが、調査委員会の一存(胸先三寸)で決まるとは思いたくないのだが・・・。

そもそも調査のキッカケは、大学内の同僚あるいは研究室からの内部公益通報に基づいて大学は調査したのだろう。だから、何らかの結果を公表しなければ、公益通報者が不満に思い、新聞記者などに通報するかもしれない。

しかし、平澤みちるを処分すれば、夫の平澤健介(Kensuke Hirasawa)の研究活動にも影響すると、大学は予想しただろう。2人を失いたくない。平澤みちるは初犯だから穏便に済ませ、公益通報者には大学が対処したことを伝えたかったのではないだろうか? と深読みしてしまう。

それにしても、「論文全体の結論に影響しなかった」なら、論文の2か所を訂正をすればよいものを、なぜ、撤回したのだろう?

267911_149379588473159_7960477_n平澤みちるの実験室

【白楽の感想】

《1》不正の体質と改善策

ニューファンドランド・メモリアル大学(Memorial University of Newfoundland) は、2001年に「ランジート・チャンドラ (Ranjit Chandra)」事件をおこしている。チャンドラは著名教授だったので、大事件になったが、この事件も調査の結末やチャンドラの処分が曖昧なままで終わっている。

一般的な疑問として、研究ネカトは同じ大学で発生しやすいのか(同じ研究文化だから)? それとも、発生しにくいのか(事件を起こした大学は対策をたてるので)?

同じことが、もっと大きな単位の国、あるいは研究分野にも当てはまる。また、もっと小さな単位の研究室にも当てはまる。

事件を起こした組織は有効な改善策を実行しないと、同じ組織から高い頻度で再び事件が起こるだろう。

【主要情報源】
① 2012年7月4日の「論文撤回監視(Retraction Watch)」記事:Canada’s Memorial U says “substantial data misrepresentation” described by retraction notice was unintentional – Retraction Watch at Retraction Watch