7-85 心理学でのデータねつ造と改革

2021年11月20日掲載

白楽の意図:行動科学のスーパースターであるダン・アリエリー(Dan Ariely)のデータねつ造事件が波紋を呼んでいる。この事件に関連し、心理学でのデータねつ造と改革にコメントしたイェルテ・ヴィヒャーツ(Jelte Wicherts)の「2021年9月のNature」論文を読んだので、紹介しよう。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.書誌情報と著者
2.日本語の予備解説
3.論文内容
4.関連情報
5.白楽の感想
6.コメント
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【注意】

学術論文ではなくウェブ記事なども、本ブログでは統一的な名称にするために、「論文」と書いている。

「論文を読んで」は、全文翻訳ではありません。ポイントのみの紹介で、白楽の色に染め直し、さらに、理解しやすいように白楽が写真・解説など加え、色々加工している。

研究者レベルの人で、元論文を引用するなら、自分で原著論文を読むべし。

●1.【書誌情報と著者】

★書誌情報

  • 論文名:How misconduct helped psychological science to thrive
    日本語訳:不正行為は心理学の繁栄にどのように役立ったか
  • 著者:Jelte Wicherts
  • 掲載誌・巻・ページ:Nature 597, 153 (2021)
  • 発行年月日:2021年9月7日
  • 指定引用方法:
  • DOI: https://doi.org/10.1038/d41586-021-02421-w
  • ウェブ:https://www.nature.com/articles/d41586-021-02421-w
  • PDF:

★著者

  • 単著者:イェルテ・ヴィヒャーツ(Jelte Wicherts)。動画(https://www.youtube.com/watch?v=caqFUAo7kxU) で「イェルテ・ヴィヒャーツ」と紹介
  • 紹介: Jelte Wicherts – Wikipedia
  • 写真: https://www.tilburguniversity.edu/staff/j-m-wicherts
  • ORCID iD:
  • 履歴:
  • 国:オランダ
  • 生年月日:オランダで1976年9月13日生まれる。現在の年齢:47 歳
  • 学歴:オランダのアムステルダム大学(University of Amsterdam)で2002年に修士号(心理学)、2007年に研究博士号(PhD)(心理学)を取得
  • 分野:心理学
  • 論文出版時の所属・地位:ティルブルフ大学・教授(Tilburg School of Social and Behavioral Sciences at Tilburg University)

ティルブルフ大学(Tilburg University)。写真出典

ティルブルフ大学(Tilburg University)。写真出典

●2.【日本語の予備解説】

この論文は以下の事件に関係して書かれた。

●3.【論文内容】

本論文は学術論文ではなくウェブ記事である。本ブログでは統一的な名称にするため論文と書いた。

方法論の記述はなく、いきなり、本文から入る。

ーーー論文の本文は以下から開始

★スターペル事件

10年前の今週(2021年9月7日の週)、同僚である心理学者・ディーデリク・スターペル教授(Diederik Stapel)が数10報の論文でデータねつ造・改ざんしていたことを認めた、というツイートを読んで、とても驚いた。

2011年当時、スターペル教授は有名な研究者だったので、このデータねつ造・改ざんは大事件になった。→ 社会心理学:ディーデリク・スターペル(Diederik Stapel)(オランダ)

スターペル教授は、私(ヴィヒャーツ)と同じティルブルフ大学の教授だった。

それで、私の電子メールの受信トレイは、当時、仲間の研究者からの膨大な量の電子メールでいっぱいになった。

その電子メールは、スターペル教授の不正行為に対する非難だけでなく、心理学で研究不正が起こるのは当然だとも指摘していた。

そう、私たち心理学者は皆、ズサンでダラシナイ研究、低い研究倫理基準、それにいい加減な競争、これら悪習が心理学の研究分野に広まっていたことを肌で感じていた。

そして、スターペル教授への非難の次に起こったことは、私には感動的だった。

不正行為の対処ウンヌンをはるかに超え、心理学の研究システムそのものを改善する動きが起こったのだ。

多くの研究者は、研究過程の早い段階で、社交メディアを使ってデータや分析計画を共有し、心理学研究でのバイアスを排除するシステムを構築することを求めた。

そして、この動きは、事態を急速に変えはじめた。

2011年以前、心理学の統計的誤りや偏見を研究するために申請した私の研究計画は、優先度が低いとして繰り返し不採択になっていた。

2012年、驚いたことに、この研究計画が採択された。お蔭で、私は、研究助成金を得て、現在の研究グループを設立することができた。

★アリエリー事件

ところが、今年(2021年)の8月、スターペル教授とは別のデータねつ造事件が明るみに出た。

今回は、行動科学のスーパースターであるダン・アリエリー(Dan Ariely)の2012年の論文だった。 → 心理学:ダン・アリエリー(Dan Ariely)(米) | 白楽の研究者倫理

アリエリーはデータねつ造を認めたけど、自分はそのデータを作成していない、と述べている。

この事件は、皮肉なことに、正直さを奨励する方法を評価する研究だった。

★心理学の暗黒時代

1950年代、多くの論文は、出版バイアス(仮説に肯定的な結果は、否定的な結果よりもよりも多く発表される傾向)が明確に存在することを示した。

1960年代と1970年代、本当は効果がないのにあるような結果を示す誤判定や、効果を過度に強く示す誤判定(false positive:偽陽性)は、データの分析方法に依存する、と警告された。

1960年代と1970年代、しかし、論文内容を検証する目的で心理学の研究データを共有する試みは、ことごとく失敗していた。

1990年代までに、方法論者は、ほとんどの研究の統計的検出力(実際の効果が検出される確率)は許容できないほど低い、と警告していた。

心理学で統計エラーが広く深く浸透しているというニュースは、少なくとも方法論者にとっては新しいニュースではなかった。

また、統計的しきい値(P  <0.05など)に達するまで分析を微調整して繰り返しているというニュースも、新しいニュースではなかった。

2005年の論文(J. P. A. Ioannidis PLoS Med. 2, e124; 2005)は、結局のところ、これらのバイアスがかかった論文は、「論文の結果はウソ」という意味だと、主張した。

この挑発的なメッセージは注目を集めた。

しかし、心理学の研究の改革はなされなかった。

このような歴史があるにもかかわらず、スターペル事件以前は、心理学者はこれらの問題に気づいていないか、取るに足らないものとして却下していた。

スターペル事件が公表される数か月前、関係者だった同僚と私は、データを再利用できるように、ティルブルフ大学・心理学科の研究者が収集したデータを組織的に保存することを提案した。

しかし、当時の心理学科・上層部は、他大学の心理学科に同じような計画がないという理由で私たちの提案に否定的だった。

私たちは、データを保存するだけでなく、データを共有する合理的な提案を、さらに、進言した。

しかし、心理学のデータセットを安全に匿名化するのは難しい。誰かが共有データを悪用し、善意の研究者が損害を被る可能性がある。などという稚拙な理由で私たちの提案は却下された。

そして、私は従来の方法に批判的すぎたという理由で、心理学科・上層部から深刻なイジメを受けた。

★心理学分野の改善

スターペル事件が大騒動になったころ、J. P. Simmonsら3人の研究者は、Pハッキング( P hacking)という用語を造語し、異常な仮説でも、その統計的証拠を作ることができることを示した(J. P. Simmons et al. Psychol. Sci. 22, 1359–1366; 2011)。

Pハッキング( P hacking)=データ・ドレッジング(Data dredging – Wikipedia):p-hackingは,望まない結果をもたらすデータ・変数・実験
条件の削除,事後的データ変換,共変量の使用,都合の悪い実験報告の抑制,選択的データ収集(都合の良い結果が得られた段階で実験を終える)など多岐にわたる。p-hacking の中には,事後的データ変換や共変量の使用など探索的分析で用いる実践が含まれている。(藤島喜嗣、樋口匡貴の「2016年」論文:社会心理学における “p-hacking” の実践例

それ以来、心理学研究では、事前登録研究を熱心に推進するようになり、論文再現性を評価する大規模な共同プロジェクトを組織するようになった。

今までの多くの心理学者は、自分のアイデアを中心に展開し、そのアイデアの正当性を示すデータだけを収集し、研究成果として発表してきた。

しかし、最近は、研究の事前登録、再現性、否定的な結果の公開、コード共有、資料共有、データ共有などの研究システムが、科学研究の自己修正機能を強化し、疑わしい研究慣行や研究不正を阻止する方法として示されている。

これらの改革が定着し広がるために、改革は体系的・組織的になる必要がある。

データ共有する研究者や、刺激的とは言えない研究結果だが厳密で正確な研究成果を公開する研究者を、「良い」と評価する人事委員会も必要である。

研究助成選考委員会と学術誌は、研究申請書や投稿論文の研究が事前登録されていない場合、その理由の説明を要求すべきである。

研究助成選考委員は、データが義務に従って利用可能になっていることを確認する責任がある。

博士号審査委員会は、博士論文の研究結果が検証可能であることを要求すべきである。

そして、一流の研究というのは、発見が創造的で刺激的というだけでなく、研究過程が厳密でかつ信頼できるというものだ、という研究文化を、私たちは研究者は強化する必要がある。

オランダは進むべき方向を示している。

2016年、オランダ科学研究機構(Dutch Research Council)は、研究方法の厳密さを向上させることを目的とした再現性研究とメタ研究に研究助成している。

そして今年(2021年)、国内のすべての大学と主要な研究助成機関は、候補者の評価で、オープンリサーチ(公開研究)をどう含めるかを検討している。

研究のあり方を改革しなければという草の根の熱意から始まり、研究システムを改善したい研究者の集団ができた。

現在、これらの研究システムに従うことで、院生や研究者が研究キャリアを築けることをシッカリ保証しなければならない。

そして、かつては無下にあしらわれたが、今後、研究公正の話題がタブーになることは、もう、二度とないと信じたい。

タブー視すれば、研究不正が活発になり、ネカト・クログレイ論文が多数出版され、国民の税金、研究者の汗・時間・能力が無駄になるだけなのだ。

●4.【関連情報】

イェルテ・ヴィヒャーツ教授(Jelte Wicherts)の動画はいくつもある。 → Jelte Wicherts – Google 検索

【動画1】
研究講演動画:「Food for Psychologists 2020 | Keynote Prof. dr. Jelte Wicherts (Tilburg University) – YouTube」(英語)37分29秒。
DANS_knaw_nwoが2020/09/08に公開

●5.【白楽の感想】

《1》他山の石 

心理学のデータねつ造・改ざんはかなり深刻である。

でも、改革に動き出している。

日本の心理学分野では、改革の話しがあるのかどうか? 聞こえてこない。

白楽は、筑波大学講師時代、住んでいた住宅の隣に筑波大学・心理学の講師(後に教授、副学長)が住んでいた。一緒にパーティをしたり家族ぐるみで付き合い、仲が良かった。研究上の話しもよくした。しかし、彼は数年前、ガンで亡くなり、白楽に心理学者の友人はいない。それで、白楽は日本の心理学界の今の現状を知らない。

生命科学分野では、臨床試験データの共有・公開化が進んでいる。

 臨床試験データ・リクエスト:ClinicalStudyDataRequest.com
 米国・NIH・国立医学図書館の臨床試験データベースHome – ClinicalTrials.gov
 欧州臨床試験(EudraCTデータベース):EU Clinical Trials Register – Update
臨床研究実施計画・研究概要公開システム
臨床試験情報トップ画面 | 一般財団法人日本医薬情報センター 臨床試験情報

また、生命科学の基礎研究では、かなり以前から、DNAデータやタンパク質データなどでデータの共有・公開化が進んでいる。1例を挙げれば、日本DNAデータバンク(DDBJ)がある。

ただ、心理学で進行している「登録論文(Registered Reports)」などの方式で研究することは検討されていない。

生命科学の基礎研究でも、何らかの抜本的改革を検討すべきだと思うが、あまり聞こえてこない。特許など、難しい問題もあるのだろう。

そして、経済学や社会学などは、従来、ねつ造・改ざん行為が余り指摘されていない分野だが、ココは、実はかなり危ないと思っている。チェックされる恐れがなければ、人間は不正をするのである。

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日本がスポーツ、観光、娯楽を過度に追及する現状は日本の衰退を早め、ギリシャ化を促進する。日本は、40年後に現人口の22%が減少し、今後、飛躍的な経済の発展はない。科学技術と教育を基幹にした堅実・健全で成熟した人間社会をめざすべきだ。科学技術と教育の基本は信頼である。信頼の条件は公正・誠実(integrity)である。人はズルをする。人は過ちを犯す。人は間違える。その前提で、公正・誠実(integrity)を高め維持すべきだ。
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★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

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