7-97 ビックのネカト告発方法

2022年4月2日掲載

白楽の意図:盗用されたり、ネカトに遭遇したら、正義感の強いアナタは告発しなければと思うでしょう。危険なので慎重に。ネカトハンターであるエリザベス・ビック(Elisabeth Bik)が米国でのノウハウを伝授した「2019年7月のScience Integrity Digest」論文を読んだので、紹介しよう。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.書誌情報と著者
2.日本語の予備解説
3.論文内容
4.関連情報
5.白楽の感想
6.コメント
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【注意】

学術論文ではなくウェブ記事なども、本ブログでは統一的な名称にするために、「論文」と書いている。

「論文を読んで」は、全文翻訳ではありません。ポイントのみの紹介で、白楽の色に染め直し、さらに、理解しやすいように白楽が写真・解説など加え、色々加工している。

研究者レベルの人で、元論文を引用するなら、自分で原著論文を読むべし。

●1.【書誌情報と著者】

★書誌情報

★著者

●2.【日本語の予備解説】

★2016年8月10日掲載:1‐6‐1.研究ネカトを通報(告発)する | 白楽の研究者倫理

ワンポイント:【長文注意】。自分の周囲の研究ネカトにたまたま遭遇したら、どこにどのように通報(告発)するとよいのか? 注意点は何か? 他大学・他国の研究者の研究ネカトも含めて、研究ネカトを通報(告発)する方法を示そう。

【追記】
・2019年7月19日:編集部に通報する方法と注意点。通報文のひな形もある:How to report misconduct to a journal – Science Integrity Digest

上記の記事を書いてから約6年も経つ。更新が必要だと思うが・・・・・・。

●3.【論文内容】

本論文は学術論文ではなくウェブ記事である。本ブログでは統一的な名称にするため論文と書いた。

本論文は、ビックの「方法・ガイド(How To Guides)」編の記事である。

ネカトの告発方法と危険性は米国と日本では異なる点がある。本記事は、米国での方法と捉えるように。

ーーー論文の本文は以下から開始

●《1》序論 

科学論文のネカト疑惑行為を告発する方法を説明する。

論文の中に重複使用された写真や加工写真、過去の論文の図を別の図として再使用した論文を、アナタが読んだ。

数値が異常な論文をアナタが見つけた。例えば、研究対象者が20人なのに、その内何人かを示すパーセンテージが28.9%、って、どう計算するとこの数字が出てくるの、という論文があった。 → ココ

研究室の同僚や主宰研究者(PI)がねつ造・改ざんデータを発表したことにアナタが気がついた。

どう告発しますか?

ビックは1000本以上の疑念論文を告発した経験者である。

ビックの想定したシナリオは次の3つである。

  1. アナタが所属していない研究グループの1つか2つの疑念論文。
    この場合、盗用や画像の重複使用など、論文を見るだけでわかる研究不正である。 → 論文を掲載した学術誌に告発するのがベスト
  2. アナタが所属していない研究グループの多数の疑念論文。
     → ①研究グループが所属する大学・研究所の研究倫理官(research integrity officer、白楽注:日本にはこの役職者はいない)、②論文を掲載した学術誌、の両方に告発する
  3. アナタが所属している研究グループの疑念論文。
    第三者が論文を読んでも、知ることができないネカト行為(つまり、内部情報)をアナタは持っている。
    この場合、ネカト告発は最も困難で、アナタが職を失う可能性が高い。 → 所属大学・研究所の研究統合責任者(研究担当副学長や学部長など、白楽注:日本ではこの人は危険かも)や、研究室外の信頼できる教授に相談する(白楽注:日本ではこの人も危険かも)。

●《2》告発は危険なビジネス 

まず、第一に留意すべき点は、「告発は危険なビジネス」ということだ。

アナタの研究室の人、共同研究者、同じ研究分野の人などアナタに近い人のネカト行為を告発すると、その人のキャリアを損なうだけでなく、アナタの地位・職・居場所を失う危険がある。特にアナタが初期キャリア研究者(院生・ポスドクなど)の場合は危険が大きい。

告発すると、主宰研究者(PI)または筆頭著者だけでなく、論文の共著者も責任を問われる。

ネカト行為が重大で、論文撤回になった場合、その研究室にいたすべての人にネカト加担疑惑が付いて回るし、共著者は出版した論文が減る。つまり、その研究室にいたすべての人の研究キャリアに損害を与えることになる。

アナタは正義の善行を行なったにもかかわらず、(ほぼ)褒められないし、もちろん、金銭・地位・褒章などの報酬は得られない。

逆に、アナタの同僚の何人かは、アナタを「チクり屋」「密告者」「垂れ込み屋」と呼び、非難する。ビックもそう呼ばれ、友人から嫌われ、傷ついた。

●《3》客観性 

このような状況をウスウス知っていても、アナタは告発するとしよう。

最初の注意点は、主観的で感情的な言葉を使わない。懸念事項を客観的に表現することだ。

例えば、「不正行為!(misconduct!)」と叫ばない。事実に固執する。

以下、例文。英文も付けた。

  • 「これらの2つのタンパク質バンドは意外と似ているように見えます」は〇。
    “These 2 protein bands look unexpectedly similar”
  • 「これらの2つのタンパク質バンドはコピーアンドペーストされています」は✕。主観的です。
    “These 2 protein bands have been copied and pasted”

他の〇の指摘文は、

  • 「図1に関する懸念」
    “concern about Figure 1”
  • 「2つの隣接するバンド間の鋭い遷移」
    “sharp transition between two adjacent bands”
  • 「背景パターンが繰り返されているように見える」
    “appear to show repetitive background patterns”
  • 「同じ写真内に同じ細胞が複数回表示されているように見える」
    “appear to show the same cells visible multiple times within the same photo”
  • 「テキストは別のグループが執筆した論文のテキストに非常に似ているように見える」
    “text appears very similar to that in a paper authored by a different group”

他の✕は、以下のような非難的な表現

  • 「複製」“cloned”
  • 「ねつ造、改ざん」“fabricated”
  • 「操作」“manipulated”
  • 「不正行為、ネカト」“misconduct”

画像の単純な重複使用は、多くの場合、図を組み立てる時、「誠実な間違い(honest error)」の結果という可能性もある。常にそれを念頭に置く。

アナタは「誠実な間違い(honest error)」ではないと確信していても、「不正行為だ」と非難しないこと。アナタが正しいとしても、彼らはアナタを名誉毀損や誹謗中傷で訴えることができる。

アナタの懸念を、注意深く、事実中心で指摘する。

ただ、2つのバンドが似ていると思うのは、それが主観的に聞こえても、似ているとアナタが思うのは事実だからOKです。

●《4》忍耐 

そして、アナタはひたすら待つ。

疑念論文を学術誌や大学に告発すると、ネカト調査が完了するまで数年かかる場合がある。

[白楽注:日本の文部科学省のガイドラインでは、予備調査は30日以内、本調査は150日以内の終えることが目安とされている(研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン)。しかし、期限を越えても罰則がないので、規則違反をする大学は多い。文部科学省がいい加減すぎる!]

ビックは2014年と2015年に1016報の疑念論文を告発した。論文発表日(2019年7月16日)の時点で、1016報のうち、54報が撤回され、181報が修正された。残りの781報は?・・・・・・何も起こっていない!

[白楽注:論文発表日の 2019年7月16日はビックが告発してから4~5年経っている。それでも、781報/1016報=77%、つまり、77%の論文は撤回も修正もされていなかった]。

ビックは、学術誌が「修正」「撤回」するのに1年もあれば十分作業できると指摘している。しかし、残念ながらこれが現実である。学術誌(ほぼすべての編集長は大学教授)もいい加減ということだ。

だから、告発してから数週間以内に論文が「修正」「撤回」されることを期待しないこと。

●《5》匿名 

ビックは批判しているが、疑惑論文を学術誌に告発した場合、多くの学術誌は匿名者の告発を真剣に受け止めない。

つまり、学術誌に告発する場合、本名で告発する方が真剣に受け止められる可能性が大きい。

ただ、有名なネカトハンターのクレア・フランシス(Clare Francis、仮名)は、数千件の疑念論文を告発し、かなりの数の論文撤回に成功した、という例もある。

とはいえ、本名で告発するのは危険なので、学術誌に告発しないで、パブピア(PubPeer)に告発することを勧める。

パブピア(PubPeer)では、匿名で論文の疑念点を指摘できる。それを、誰でも無料で見ることができる。 → 1‐5‐6 パブピア(PubPeer) | 白楽の研究者倫理

ビックは別の記事「パブピア(PubPeer)への投稿方法(PubPeer – a website to comment on scientific papers )」で説明している(白楽の解説文はなし)。

パブピア(PubPeer)では、実名(初心者には非推奨)または匿名(初心者には推奨、コメント管理のため、コメントはすぐには表示されない)でコメントできる。これは、疑念論文を匿名で告発でき最適な方法である。

パブピア(PubPeer)は匿名者に以下のような仮名を付ける。なお以下の仮名者は数千回コメントしている猛者たちである。

ただし、パブピア(PubPeer)でコメントすると、即、論文著者に「論文にコメントされました」と伝わる仕組みになっている。

この場合、論文著者がネカトをしていたら、所属大学がネカト調査を始める前に、証拠隠滅の機会を与えることになる。「痛しかゆし」。

[白楽注:ネカト者に打診・質問・注意・指摘をすれば、ネカト者は、当然、証拠を隠滅する。だから、捜査権のある調査機関が一気に証拠保全すべきなのだが、そうなっていない。
現実は、パブピア(PubPeer)での指摘もそうだが、予備審査の段階で、ネカト者は、当然、証拠を隠滅する。証拠が徹底的に隠滅された後、ネカト者に提出させたネカト者に都合のいい資料を大学のネカト調査委員会が調べてお茶を濁すという、まるで、茶番が行なわれている。
それでも隠滅できない証拠で、ネカトと判定しているのが現実]

●《6》疑念論文の告発 

いろいろ警告したが、アナタはさらに進め、学術誌に疑念論文を告発したいとする。

論文が掲載された学術誌の編集長(Editor in Chief)に告発のEメールする。

前述したように、編集長の多くは告発に対応しない。しかし、現在、これが、最善の方法だ。

なお、1つの研究室から複数の疑念論文がある場合は、前述したように、所属大学・研究所に告発する。

ほとんどの学術誌のウェブサイトに、編集長のEメールアドレスや情報が掲載されている。

編集長の名前だけがリストされている場合、彼らが出版した論文(連絡著者なら記載されている)または所属大学・研究所のウェブサイトを調べて、Eメールアドレスを見つける。

残念ながら、一部の学術誌では連絡先情報を見つけるのが非常に困難である。その場合、サイバーストーク(cyberstalk)し、パブメド(Pubmed)で論文を検索、または大学教員のページで電子メールアドレスを検索する必要がある。

そして、2~3人の上級編集者も選び、編集長と上級編集者の複数人に告発文を送信するのが最も効果的である。また、同時に、学術誌を発行している出版社にも送信する。そうすれば、編集長らが電子メールを受け取らなかったふりをする可能性を減らせる。

なお、送信に使うアナタの電子メールアドレスは、所属大学・研究機関のではなく、個人的な電子メールアドレスを使う。

1つ目の目的は、アナタの雇用主を事件に引きずり込まない為である。

2つ目の目的は、最初に告発しから学術誌が対処するまで何年もかかる。その間にあなたの所属が変わるかもしれない。所属が変わっても、個人的な電子メールアドレスなら連絡を取り続けられる。

●《7》告発文のひな形 

ビックは1000回以上、疑念論文を編集者、学術誌、大学・研究所に告発してきた。

ビックは、自由に使っていいとした「告発文のひな形」を以下に示している。

もちろん、これは単なる「ひな形」なので、状況に合わせて調整する。著者を知らないという文章は、実際にそうなら、使える。あなたと被告発者との関係を開示する必要はある。絶対に正直であることは常に最善だ。

被告発者に対してあなたの名前を匿名のままにしてくださいと記述する方が賢明だ。学術誌はその要求を尊重すべきだが、そうならない場合もある。

アナタは学術誌をアナタと被告発者との間の連絡係として使う。

――――以下は英語のひな型なので、英語のまま。

Dear Editors,

My name is , currently a at .

I am writing to you about a paper published in the , i.e.<citation, including DOI>.

I am concerned about Figures 2 and 5 in this paper. Three lanes in the actin panel in Figure 2B appear to look very similar to three lanes in Figure 5C, although they are representing different experiments. Please find attached a figure in which I have highlighted the similarities in red boxes.

Concerns about this paper have also been raised on PubPeer, on at .

Would you please consider to investigate this paper, to see if you would agree with my concerns?

Although I am writing to you under my real name and affiliation, please do not share my personal information with the authors of this paper. I have no previous connection to any of these researchers; I have never worked with them, competed with them, or know them personally.

Looking forward to hear from you,

Kind regards,

<attachment; PDF works best>

――――ここまで

●4.【関連情報】

エリザベス・ビック(Elisabeth Bik)が論文で示したサイトを以下にそのまま流用した。

●5.【白楽の感想】

《1》素晴らしい! 

エリザベス・ビック(Elisabeth Bik)は素晴らしい!

ただ、本文中にも書いたが、ネカトの告発方法と危険性は米国と日本では異なる。本記事は、米国での方法と捉えるように。

そして、アナタは告発する。

《2》日本では正義は多分通らない 

日本の大学へのネカト告発は各大学に告発サイトがある。そして、規定の告発用紙があるので、そこに記入する。

ただ、ネカトに鉄槌を下したいと熱くなっているアナタの、アナタの正義は正しい。冷や水を浴びせて申し訳ないけど、「日本ではアナタの正義が、簡単には通らない」。でも、へこたれずに、頑張って欲しい。

キリスト教の価値観だと思うが西欧では正義や真実という価値がとても高い。

しかし、日本では正義や真実という価値はとても低い。地獄の沙汰も金次第。正義や真実はカネや権力に簡単に負ける。けど、へこたれずに、頑張って欲しい。

日本の現実は、残念ながら、多くの大学がネカト教員をかばい、ことごとく隠蔽する。大学のネカト調査委員会はクロをシロと判定し、不正を隠蔽する。 → 白楽の卓見・浅見6:大学の隠蔽体質を変えないと日本の研究者倫理事件は減らない

白楽自身の経験だが、大学のネカト担当副学長、ネカト担当職員、ネカト調査員は信用できない可能性が高いと考えた方がいい。まともな担当者には申し訳ないが、まともな人は少数だと考えて進めた方が危険が少ない。

文部科学省に告発しても文部科学省は当該大学に情報を流すだけで、調査機能はないし、監督機能もほぼない。情報開示も黒塗りで示され、実際は非開示相当である。 → ① 5C 名古屋大学・博士論文の盗用疑惑事件:③ 疑惑の証明、② 5C 異常な調査:長崎大学の盗用事件②

要するに、日本でネカトと告発しても、正義が通るケースは少ない。だから、社交メディア(SNS)でもYouTubeでも、叔父さんが政治家なら政治家、親戚に新聞記者がいれば新聞記者、なんでもいいから使う・依頼する。

さらに悪いことには、日本を含めどの国も告発者への報復がある。従って、告発するなら、自分を守る工夫をする。

また、ボイスレコーダー、ビデオ、メール、文書の保存、など、証拠をシッカリ押さえる。裁判(刑事、民亊)も想定する。書いている白楽も十分ではなかったけど・・・。

そして、信用できるネカト相談相手はほぼいない。

ただ、学ぶサイトは多数あるので、ドンドン学ぶ。

そして、アナタはヤハリ、告発する。正義は悪に負けてはいけない。日本を良くしていこう。

《3》文部科学省に調査を期待しない

ビックのハウツウに、米国の研究公正局(ORI)に通報せよとは書いてない。

というのは、研究公正局はネカト調査をしない。大学がネカト調査した報告書を審査するのが基本である。

ところが、大半の日本人は、文部科学省や研究助成機関(JSTやAMEDなど)にネカトを通報する。そういう公的組織が厳正にネカト調査してくれると、信じているからだと思う。通報する窓口があるので、つい期待してしまう。

間違ってます。

日本の文部科学省や研究助成機関はネカト調査をしない。窓口として受け付けるだけで、該当の大学にたらい回しするだけである。日本ではネカト調査の公式組織は疑惑者の所属する(した)大学・研究所だけである。

悪いことに、大学・研究所の調査結果を審査する組織がない。メディアは大本営発表を記事にするだけで、独自の取材をしない。つまり、大学・研究所がどんな歪んだ調査をしても、それがまかり通るのが現実である。

日本の文部科学省や研究助成機関は、米国の研究公正局(ORI)に比べると、一段あるいは二段くらい低い機能しかない。

それでもアナタはヤハリ、どこかに告発する。正義は悪に負けてはいけない。日本を良くしていこう。

《4》自分を守る方法 

ネカト告発では、自分を守る事は重要だ。

報復を回避するのに匿名で通報とビックは指摘したが、以下の点も考慮した方がいい。

★所属大学・研究機関内から電子メール送信をするなら、送信内容がバレない「ProtonMail」で送信する。 → 電子メール「ProtonMail」は暗号化された無料の電子メール:https://protonmail.com/jp/

送信者のIPアドレスが特定されない以下の方法も考慮する。

そして、アナタは自分を守って、ヤハリ、告発する。正義は悪に負けてはいけない。日本を良くしていこう。
――――

エリザベス・ビック(Elisabeth Bik)。写真出典:https://journosdiary.com/2019/07/13/manipulation-photo-retraction-duplication-elisabeth-bik/

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日本がスポーツ、観光、娯楽を過度に追及する現状は日本の衰退を早め、ギリシャ化を促進する。日本は、40年後に現人口の22%が減少し、今後、飛躍的な経済の発展はない。科学技術と教育を基幹にした堅実・健全で成熟した人間社会をめざすべきだ。科学技術と教育の基本は信頼である。信頼の条件は公正・誠実(integrity)である。人はズルをする。人は過ちを犯す。人は間違える。その前提で、公正・誠実(integrity)を高め維持すべきだ。
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★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

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