7-146 ネカト:規則は無力、処罰と学術的タブー化で防止

2024年5月10日掲載

白楽の意図:規則や規制でネカトを防止できない。処罰と学術的タブー化で防止すべきだと論じた英国のバース大学のアキル・バルドワジ上級講師(Akhil Bhardwaj)の「2024年1月のTimes Higher Education」論文を読んだので、紹介しよう。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
2.バルドワジの「2024年1月のTimes Higher Education」論文
7.白楽の感想
9.コメント
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【注意】

学術論文ではなくウェブ記事なども、本ブログでは統一的な名称にするために、「論文」と書いている。

「論文を読んで」は、全文翻訳ではありません。

記事では、「論文」のポイントのみを紹介し、白楽の色に染め直し、さらに、理解しやすいように白楽が写真・解説を加えるなど、色々と加工している。

研究者レベルの人が本記事に興味を持ち、研究論文で引用するなら、元論文を読んで元論文を引用した方が良いと思います。ただ、白楽が加えた部分を引用するなら、本記事を引用するしかないですね。

●2.【バルドワジの「2024年1月のTimes Higher Education」論文】

★読んだ論文

  • 論文名:Rules won’t stop research misconduct in social science
    日本語訳:規則は社会科学の研究不正行為を止めない
  • 著者:Akhil Bhardwaj
  • 掲載誌・巻・ページ:Times Higher Education
  • 発行年月日:2024年1月19日
  • ウェブサイト:https://www.timeshighereducation.com/blog/rules-wont-stop-research-misconduct-social-science
  • 著者の紹介:アキル・バルドワジ(Akhil Bhardwaj)。英国のバース大学(University of Bath)・経営学部の上級講師(準教授)。研究博士号(経営学)。経歴と写真出典

●【論文内容】

★研究結果のほとんどは虚偽

ハーバード・ビジネス・スクールの正教授であるフランチェスカ・ジーノ(Francesca Gino)がネカトをしていたという最近のニュースは、社会科学の信頼を損なう最初のスキャンダルではなく、最後でもないだろう。 → 心理学:フランチェスカ・ジーノ(Francesca Gino)(米) | 白楽の研究者倫理

学術界でネカトするメリットは非常に大きい。しかも、発覚する可能性は低い。

英国のサセックス大学(University of Sussex)のデニス・トゥーリッシュ教授(Dennis Tourish、写真出典)は、2019年の著書『Management Studies in Crisis: Fraud, Deception and Meaningless Research』(表紙出典アマゾン)の中で、院生や大学教員の多くが、あからさまなネカトではないにしても、何らかの形で疑わしい研究行為をしたことを認めていると指摘した。

チュアート・リッチー(Stuart Ritchie)は、2020年の著書『Science Fictions: Exposing Fraud, Bias, Negligence and Hype in Science』(邦訳『Science Fictions あなたが知らない科学の真実』(2024年1月)、表紙出典アマゾン)で、ネカト・クログレイ行為は、広範囲に及んでいて、かなり多くの学術研究をダメにするほどだ、と述べている。

スタンフォード大学のジョン・ヨアニディス教授(John Ioannidis)は、発表された研究結果のほとんどは虚偽だと述べている。 → Why Most Published Research Findings Are False | PLOS Medicine

ヨアニディスの2005年の論文「なぜ発表された研究成果のほとんどは偽であるのか Why Most Published Research Findings Are False」は、PLoS Medicine誌からのダウンロード数が最も多い論文である。(ジョン・P・A・ヨアニディス – Wikipedia

★規則や規制で防止できない

頻発するネカト行為に対し、多くの学術誌は、著者に生データの提出を求め、かつ、著者全員は研究不正をしていないという宣誓書に署名させている。

また、一部の学術誌は、悪質なデータ偽造を検出できる統計の専門家を雇っている。

さらに、研究者と大学は、生データの共有・公開を義務付けたり、研究に着手する前に治験審査委員会に許可を求めることを義務付けたりするなど、オープンサイエンスの実践を推進している。

しかし、これらすべての措置を実施しても、研究不正行為のすべてを防ぐことはできない。

規則(rules)、規制(regulations)、契約(contracts)で人間の不正を防げるなら、警察はいらない。

★原則賛成・自分除外

規則や規制でネカトを防げないが、研究者の良心に頼るのも無理がある。

1回のネカトでその研究分野全体が弱体化することはない。

ただ、誰もが「1回のネカトでその研究分野全体は弱体化しない」と考えて、大勢がネカトをすれば、その研究分野全体は弱体化する。

また、特に注目を浴びる研究成果を多数発表し続けている世界的に著名な研究者が、実は、不正行為で名声と高い地位を得ていたとすれば、その研究分野全体は信用を失う。 → 2011年11月24日記事:Black hole at heart of star’s collapse | Times Higher Education (THE)

つまり、個々の研究者は、狭い範囲で自己の利益を追求してもいいが、全体としては、そうすべきではない。

大気汚染を例に挙げて考えよう。

人々が車の運転をやめれば、大気汚染は減り、誰もが快適になる。しかし、1人1人の立場に立てば、その理由で車の運転をやめる人はいない。

大気汚染は、ガソリン車を法的に規制するなどの公的規制で減らすことができる。

公的規制に従わない人々に対しては、社会的タブー化することで抑制できる場合もある。

例えば、英国とオランダでは酒を飲んで自「転」車に乗るのは違法だが、酒を飲んで自「転」車に乗っても罰せられることはめったにない。それで、酒を飲んで自「転」車に乗る人がそこそこいる。

他方、自動車の飲酒運転は公的規制で法律違反である。社会的タブー視もされている。

警察に捕まる可能性が非常に低くても、人々はめったに自動車の飲酒運転をしない。社会的タブーだからである。

これをネカトに当てはめて考える。

ネカトに対し公的規制を科し、かつ、学術的タブー化する。この2つを組み合わせた研究者文化を構築すれば、研究者はめったにネカトをしないだろう。

★処罰と学術的タブー化で防止する

どうするか、具体的に示す。

第一に、大学は、テニュア(終身在職権)のはく奪を含め、ネカト行為を犯した研究者を厳しく処罰すべきである。

これは極端に聞こえるかもしれないが、テニュア(終身在職権)の趣旨は、リスクが高く人気のない研究でも知のフロンティアを開拓する大学教員の学問的自由を保護することである。ネカトなどの嘘をつく行為を保護することは、趣旨から大きく外れている。保護すべきではない。

第二に、学術誌は方法論上の制約を緩和すべきである。

疑惑行為の1つに、変数間の統計的相関関係を釣り上げて、それを仮説として提示することがある。この提示の仕方では、結論が実際よりも信頼性が高いと誤って受け取られる。

方法論上の制約を緩和することで、研究者が実際に仮説を立てた過程の透明性を高める。

第三に、学術誌は、明らかに信頼性の低い論文をもっと簡単に撤回し、著者をブラックリスト化すべきである。また、学術誌は、著者が「正直な間違い(honest mistakes)」を報告・論文訂正するシステムを確立すべきである。

さらに、学術界の文化として、ネカト・クログレイの研究行為に関与した研究者を非難し、厳しい社会的制裁を科すべきである。

喫煙や飲酒運転に対して社会と個々人が「やめなさい」と批判・非難するのと同じで、学術界および個々の研究者が、ネカト者に「やめなさい」と批判・非難することだ。つまり、ネカト・クログレイを学術的タブー視するのである。

そのためには、大学教員は、修士号・博士号の取得を目指す院生に、研究の素晴らしさを教えるのと同様、研究界の厳密な規範を教える必要がある。

学術的タブー視を他の措置と組み合わせれば、恐らく、かなりの数の院生や大学教員のネカト行為は徐々に減少し、学術研究の信頼性が強化されるだろう。

それができなければ、ネカト・クログレイが増長している学術研究の世界は、ニセ科学の世界に堕落する結果になりかねない。

●7.【白楽の感想】

《1》御意 

「ネカト許さない文化を」と提唱する白楽は、うんうん、なるほど、と思って読みました。

なお、本文中に以下のことを書いたが。

英国とオランダでは酒を飲んで自「転」車に乗るのは違法だが、酒を飲んで自「転」車に乗っても罰せられることはめったにない。

日本では、自「転」車の罰則が強化された。

信号無視や一時不停止、携帯電話を使用しながらの運転など、重大な事故につながるおそれのある違反について重点的な取締りが行われることになります。

また、罰則の対象外だった自転車での酒気帯び運転について3年以下の懲役、または50万円以下の罰金が設けられました。(2024年5月17日記事:自転車の交通違反 反則金を納付させる「青切符」で取締りへ 改正道路交通法が成立 | NHK | ニュース深掘り

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日本の人口は、移民を受け入れなければ、試算では、2100年に現在の7~8割減の3000万人になるとの話だ。国・社会を動かす人間も7~8割減る。現状の日本は、科学技術が衰退し、かつ人間の質が劣化している。スポーツ、観光、娯楽を過度に追及する日本の現状は衰退を早め、ギリシャ化を促進する。今、科学技術と教育を基幹にし、人口減少に見合う堅実・健全で成熟した良質の人間社会を再構築するよう転換すべきだ。公正・誠実(integrity)・透明・説明責任も徹底する。そういう人物を昇進させ、社会のリーダーに据える。また、人類福祉の観点から、人口過多の発展途上国から、適度な人数の移民を受け入れる。
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★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

●9.【コメント】

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