2022年5月1日掲載
白楽の意図:オーストラリアに多発するネカト事件を憂えて、研究倫理学者のデイヴィッド・ボー(David Vaux)がオーストラリアにも研究公正局が必要と訴えた「2022年2月のConversation」論文を読んだので、紹介しよう。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.書誌情報と著者
2.日本語の予備解説
3.論文内容
5.白楽の感想
6.コメント
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【注意】
学術論文ではなくウェブ記事なども、本ブログでは統一的な名称にするために、「論文」と書いている。
「論文を読んで」は、全文翻訳ではありません。ポイントのみの紹介で、白楽の色に染め直し、さらに、理解しやすいように白楽が写真・解説など加え、色々加工している。
研究者レベルの人で、元論文を引用するなら、自分で原著論文を読むべし。
●1.【書誌情報と著者】
★書誌情報
- 論文名:Australia needs an Office for Research Integrity to catch up with the rest of the world
日本語訳:オーストラリアは世界の他の地域に追いつくため研究公正局を必要としている - 著者:David Vaux
- 掲載誌・巻・ページ:Conversation
- 発行年月日:2022年2月2日
- 指定引用方法:
- ウェブ:https://theconversation.com/australia-needs-an-office-for-research-integrity-to-catch-up-with-the-rest-of-the-world-176019
- 著作権:この記事のテキストは、オンラインと印刷物の両方で自由に再公開できる。但し、画像は包括的ライセンスに含まれない。記事は「The Conversation」に掲載されたことを伝える。
★著者
- 著者:デイヴィッド・ボー(David L. Vaux) 写真:http://www.wehi.edu.au/people/david-vaux
- 国:オーストラリア
- 学歴:1984年に豪・メルボルン大学医学部卒。1989年に豪・ウォルター&エリザ・ホール研究所で研究博士号(PhD)取得、癌遺伝子。
- 分野:細胞生物学(細胞死の分子機構)
- 所属・地位:教授、ウォルター&エリザ・ホール研究所(The Walter and Eliza Hall Institute)。メルボルン大学関連の生命科学研究所で、約1,100人のスタッフが癌や感染症を対象に研究している
- デイヴィッド・ボー自身の不正が報道された(2016年2月17日、Research ethics campaigner David Vaux slams fudging claims)
ウォルター&エリザ・ホール研究所。出典:Walter and Eliza Hall Institute of Medical Research – Wikipedia, the free encyclopedia
●2.【日本語の予備解説】
★2020年5月15日改訂:1‐5‐2 米国・研究公正局(ORI、Office of Research Integrity) | 白楽の研究者倫理
ワンポイント:研究公正局(ORI、Office of Research Integrity)は、生命科学系の研究ネカトに対処する米国の中枢的な政府機関である。権威・実績・スキル・知識・情報などほぼすべてにおいて、世界で最も優れた研究ネカト対処組織である。
約3年間空席だった3要職に、エリザベス・ハンドリー(Elisabeth Handley)が4代目局長、アレクサンドル・ランコ(Alexander Runko)が調査監査部長、そして、2020年4月2日にカレン・ウェナー(Karen Wehner)が公正教育部長に就任し、新体制が整った。それで、3人を中心に本記事を改訂した。
【追記】
・2021年6月7日:エリザベス・ハンドリー局長(Elisabeth Handley)が在任期間1年10か月弱で退任した(昇進):2021年6月7日記事:①ORI Director’s Update | ORI 、②US federal watchdog loses director to another government role – Retraction Watch
●3.【論文内容】
本論文は学術論文ではなくウェブ記事である。本ブログでは統一的な名称にするため論文と書いた。
方法論の記述はなく、いきなり、本文から入る。
ーーー論文の本文は以下から開始
●《1》序論
スウェーデンの外科医・パウロ・マッキャリーニ(Paolo Macchiarini)が、実験的な人工気管を20人の患者に移植し、17人が死亡した。 → パウロ・マッキャリーニ(Paolo Macchiarini)(スウェーデン) | 白楽の研究者倫理
マッキャリーニの雇用主であるカロリンスカ大学(Karolinska Institute)はネカト調査の後、当初、シロと結論した。
その後、別の調査委員会が、マッキャリーニをクロと判定した。
スウェーデン政府は、深刻なネカト行為の申し立ての調査なのに、カロリンスカ大学が妥当な調査をしなかったと批判した。
最終的に、スウェーデン政府は、カロリンスカ大学のアンダース・ハムステン学長(Anders Hamsten)と学部長の2人を、不適切なネカト調査の責任で解任した。 → 2016年2月15日の「Nature」記事:Karolinska’s vice-chancellor resigns over case of controversial surgeon | Nature
ノーベル生理学・医学賞を授与するノーベル議会事務総長のアーバン・レンダール(Urban Lendahl)も事務総長を辞任した。 → 2016年2月7日の「Science」記事:Top Nobel Prize administrator resigns in wake of Macchiarini scandal | Science | AAAS
7か月後、さらに、スウェーデン政府はカロリンスカ大学の理事全員も解任した。 → 2016年9月6日の「Sveriges Radio」記事:KI board, university regulator sacked in Macchiarini fallout – Radio Sweden | Sveriges Radio
これら不祥事の再発を防止するため、2020年、スウェーデン政府は、全国的なネカト委員会(Research Misconduct Board)を設立した。
→ The National Board for Assessment of Research Misconduct (Nämnden för prövning av oredlighet i forskning) – Government.se
→ In English– Nämnden för prövning av oredlighet i forskning
2022年現在、欧州の約20か国は研究公正の政府組織を設置している。英国、米国、カナダ、日本、中国も研究公正の政府組織を設置している。
オーストラリアは研究公正の政府組織を設置していない。欧州や他国に取り残されている。
最近、オーストラリアではネカトが多発している。
オーストラリアは研究公正の政府組織を緊急に設置すべきである。
●《2》オーストラリアはネカトをどのように処理していますか?
ネカト行為の申し立てを処理するオーストラリアの現在のシステムは、スウェーデンが問題視した過去のシステムに似ている。
つまり、オーストラリアは自主規制システムで対処している。
しかし、この自主規制システムは、子供の学校、警察、金融組織では機能しないことが証明されている。
オーストラリアでは、*国家保健医療研究会議(National Health and Medical Research Council(NHMRC))や*豪州研究会議(Australian Research Council(ARC ))が資金提供する研究は、「オーストラリア研究行動規範・2018年版(Australian Code for the Responsible Conduct of Research, 2018 | NHMRC )」に準拠する必要がある。
*日本語の説明は少し古いけど「豪州の研究開発システムの概要」がある。
オーストラリア研究行動規範の2007年版では、重大な違法行為の申し立てを処理するために、独立した複数人の調査委員による調査委員会が必要だった。そして、調査結果は公表されることになっていた。新しい証拠が生じた場合、上訴することができた。
ところが、2018年版では、次のようにトンデモナイ規範に変更された。
- ネカト疑惑者と同じ大学・研究所の1人の委員で予備調査を行なえる
- 調査結果の公表は不要である。なるべく秘密を保たなくてはならない
- 上訴は、調査過程に関してのみ可能で、ネカトの証拠、実体、事実に関する上訴はできない
2018年版での驚くべき変更には、さらにもう1つトンデモナイことが加えられた。
それは、「研究不正(“research misconduct”)」という用語を使うかどうかも自由選択にしたことだ。
大学・研究所は、研究不正行為を独自に定義できる上、「研究不正(“research misconduct”)」という用語を完全に省略することもできるようになった。
従って、「研究不正(“research misconduct”)」(という用語)はオーストラリアの学術界から永久に消滅する可能性もある。
すべての職業に不誠実な人がいるように、研究者にも間違ったことをする人はいる。
そして、オーストラリアの研究者は他の国の研究者に比べ、特に正直というわけではない。もちろん、特に不正直でもない。
しかし、大学・研究所は、ネカトと告発されると、反射的に不正を隠蔽し、自分たちの評判を守ろうとする。
●《3》何をする必要がありますか?
大学・研究所がすべきことは、事件を厳格に、公正に、そして率直に、扱うことです。そのことで、大学・研究所は自分たちの評価・評判を高めるのです。
私たちは、研究不正行為を告発する内部告発者を称賛し、厳格な対処をする大学・研究所を称賛する必要があります。
クイーンズランド大学(University of Queensland)は「キャロライン・バーウッド(Caroline Barwood)、ブルース・マードック(Bruce Murdoch)」事件で模範を示し、クイーンズランド医学研究所(QIMR BerghoferMedical Research Institute)は、最近の「マーク・スミス(Mark Smyth)」事件で模範を示した。
しかし、独立した研究公正の政府組織である研究公正局を設置していれば、研究公正局がこれらネカト調査をすることで、大学・研究所に科されたネカト調査の責任は、はるかに軽減されただろう。
オーストラリアは、生物医学研究だけではなく、物理学、工学、人文科学のあらゆる分野のネカト疑惑を処理するため、研究公正局を必要としている。
メルボルン大学のイアン・フレッケルトン教授(Ian Freckelton QC、写真出典)は彼の著書『学術不正:法律、規制、実行(ScholarlyMisconduct:Law、Regulation and Practice)』(表紙出典アマゾン)(2016年出版)で次のように結論付けている。
「明らかになったのは、研究を苦しめる研究不正や利益相反という弊害は、大学・研究所の内部で完全に対処できないということです[…]。必要なのは、大学・研究所の外部に政府が調査機関を設置することです。
「(研究不正や利益相反の申し立て)が大学・研究所の内部調査で適切に処理できるという主張は、もはや信用できません。大学・研究所の自己規制で処理することは、もはや多くの国では許可されていません。学術界への信頼を保つためには、外部の独立した調査と意思決定が必要です」
●《4》海外から良いところを
政府のネカト調査機関をオーストラリアが新しく発明する必要はない。海外の組織の良いところを取り入れて、最高の研究公正局をオーストラリアに設置すればよい。
この研究公正局は次のようだ。
- 内部告発者の声が聞こえるようにする
- 利益相反をなしにする
- 必要な経験と専門知識を活用する
- 迅速で透明性を保って活動する
オーストラリアでこのような監視組織の設置を研究者自身が提案するのは珍しい。
直接のネカト遭遇経験を持つ内部告発者や資金調達に苦労している初期キャリア研究者から、現在オーストラリアの研究をリードしている確立された研究者まで、幅広い研究者たちが、研究公正の政府組織の設置を希望している。
「オーストラリア・スポーツ公正( Sport Integrity Australia)」は、スポーツにおける不正行為を管理している。ランス・アームストロングの不正処理のためにも、オーストラリア研究公正局設立への超党派の支援が必要です。
→ Suspected fraud cases prompt calls for research integrity watchdog
In Australia, “Suspected fraud cases prompt calls for research integrity watchdog.”https://t.co/dXwl4YrLED pic.twitter.com/3ZKtLnksye
— Retraction Watch (@RetractionWatch) January 1, 2022
●5.【白楽の感想】
《1》少し誤解
白楽も、オーストラリアに研究公正局(研究公正の政府組織)を作ることに、強く賛成する。
ただ、デイヴィッド・ボー(David Vaux)は少し誤解していると思う。
- 1つ目は、米国の研究公正局がネカト調査の実行部隊と考えているようだが、その機能はほとんどない。該当する大学・研究所が第一次調査をしている。それでも、その調査結果を精査しているので、ないよりは「かなり」マシではある。オーストラリアはもっといい組織を作ればよい。
- 2つ目は、研究公正に対処する政府組織が日本にもある、としているが、日本の組織は、米国の研究公正局よりも、一段二段、機能が低い。日本の組織は、もちろん、ネカト調査の実行部隊ではない。大学のネカト調査結果の精査もしない。ネカト対策はするが、ネカト調査に関して「行政指導」する権限はなく、ある意味、お飾りである。例えば、以下。
— 白楽ロックビル (@haklak) April 28, 2022
《2》日本も何とかすべき
オーストラリアに研究公正局を作ることに賛成だが、日本も、さっさと、ネカト調査する政府組織を設置すべきだと思う。
以下、ココから再掲した → 白楽の卓見・浅見13【毎日新聞記者のインタビューでショックだったこと】
日本は、はっきり言って研究公正最貧国である。だから、新提案しても、欧米の専門家は相手にしない。まず「隗(かい)より始(はじ)めよ」で、日本の研究公正をもっとまともな状況にすることが急務である。
それは、とりもなおさず、「外国の動向を把握し、世界標準を日本に導入していく」ことだ。
あるいは、一発逆転狙いで、捜査権を持つネカト取締局の設置を実行する。設置を検討ではなく実行するなら、世界標準を十分越えるので、世界は納得するだろう。
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日本がスポーツ、観光、娯楽を過度に追及する現状は日本の衰退を早め、ギリシャ化を促進する。日本は、40年後に現人口の22%が減少し、今後、飛躍的な経済の発展はない。科学技術と教育を基幹にした堅実・健全で成熟した人間社会をめざすべきだ。科学技術と教育の基本は信頼である。信頼の条件は公正・誠実(integrity)である。人はズルをする。人は過ちを犯す。人は間違える。その前提で、公正・誠実(integrity)を高め維持すべきだ。
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★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
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