化学:フア・ツォン、钟华(Hua Zhong)、電子工学:タオ・リウ、刘涛(Tao Liu)(中国)改訂

2019年12月29日掲載   

ワンポイント:多数論文撤回者。両氏は共同研究者ではないが、同じ大学に所属し、同じ学術誌の論文が撤回され、同じ記事で一緒に扱われることが多かったので、一緒の記事にした。ツォンとリウは井岡山大学(せいこうざん-だいがく、Jinggangshan University)・講師である。2009年12月(2人とも35歳?)、英国の学術誌が、データ改ざんで、2007年のツォンの41論文、リウの29論文を撤回した。2人とも解雇された。ツォンは撤回論文ランキングの世界第9位(リストは10番目)、リウは第17位である。国民の損害額(推定)は各5億円(大雑把)。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
8.主要情報源
9.コメント
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●1.【概略】

両氏は共同研究者ではないが、同じ大学に所属し、同じ学術誌の論文が撤回され、同じ記事で一緒に扱われることが多かったので、一緒の記事にした。

フア・ツォン、钟华(Hua Zhong、顔写真は見つからなかった)は中国・江西省(こうせい-しょう)・吉安市(きつあん-し)にある井岡山大学(せいこうざん-だいがく、中国語:井冈山大学、英語:Jinggangshan University)・講師だった。専門は化学である。

タオ・リウ、刘涛(Tao Liu、顔写真は見つからなかった)も井岡山大学・講師だった。専門は電子工学である。

2009年12月(2人とも35歳?)、英国の学術誌「Acta Crystallographica Section E」電子版は、論文にデータ改ざんがあったので、2007年に発表したフア・ツォン(Hua Zhong)の41論文、タオ・リウ(Tao Liu)の29論文を撤回したと発表した。両者は論文撤回に同意した。

10日後、井岡山大学は2人をネカトで解雇した。

この背景には、2006年に井岡山大学が論文出版1報あたり5,000中国元(約7万8千円)の論文出版報奨金を授与すると発表したことにある。それで、ネカト論文でもいいから多数の論文を出版しようとしたと思われる。

井岡山大学は、論文出版報奨金としてツォンに支払った29,500中国元(約46万円)を返還させた。リウにも返還させたと思うが、白楽は金額をつかめていない。

ネカト発覚の経緯は、学術誌「Acta Crystallographica Section E」編集部の論文チェック担当者のトン・スペック(Ton Spek )が、同じデータを使って複数の構造を「決定」した論文を見つけたのが発端である。

2019年12月28日現在、ツォンの撤回論文数は42報で、撤回論文ランキングの世界第9位(リストは10番目、リストでは41報)である。リウの撤回論文数は29報で、撤回論文ランキングの世界第17位(リストでは29報)である。 → 2019年12月28日更新:「撤回論文数」世界ランキング | 研究者倫理 → 2019年12月11日保存: The Retraction Watch Leaderboard – Retraction Watch

000[1]
井岡山大学 写真出典

★フア・ツォン(Hua Zhong)
★タオ・リウ(Tao Liu)

両者とも、不明点多し。一緒に書く。

  • 国:中国
  • 成長国:中国(推定)
  • 医師免許(MD)取得:なし(推定)
  • 研究博士号(PhD)取得:xx大学
  • 男女:不明
  • 生年月日:不明。仮に1974年1月1日生まれとする。2009年12月19日の事件発覚時に講師だったので35歳とした
  • 現在の年齢:50 歳?
  • 分野:化学(ツォン)、電子工学(リウ)
  • 最初の不正論文発表:2006年(2人とも32歳?)
  • 発覚年:2009年(2人とも35歳?)
  • 発覚時地位:井岡山大学(Jinggangshan University)・講師
  • ステップ1(発覚):英国の学術誌「Acta Crystallographica Section E」編集部の論文チェック担当者のトン・スペック(Ton Spek )が見つけた
  • ステップ2(メディア): 英国の学術誌「Acta Crystallographica Section E」、「Nature News」
  • ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①学術誌「Acta Crystallographica Section E」編集部。②井岡山大学・調査委員会
  • 不正:改ざん
  • 不正論文数:ツォンの撤回論文数は42報。リウの撤回論文数は29報。
  • 時期:研究キャリアの初期から(推定)
  • 結末:大学解雇。ツォンは共産党員除名、論文出版報奨金(約46万円)の返還。リウは不明。
  • 日本人の弟子・友人:不明

●2.【経歴と経過】

★フア・ツォン(Hua Zhong)
★タオ・リウ(Tao Liu)

両者とも、全面的に不明。一緒に書く。

  • 生年月日:不明。仮に1974年1月1日生まれとする。2009年12月19日の事件発覚時に講師だったので35歳とした
  • xxxx年(xx歳):xx大学を卒業
  • xxxx年(xx歳):井岡山大学(Jinggangshan University)・講師
  • 2009年12月19日(35歳?):多量のネカト論文が発覚し、撤回される
  • 2009年12月29日(35歳?):解雇

●5.【不正発覚の経緯と内容】

2009年12月19日(2人とも35歳?)、学術誌「Acta Crystallographica Section E」は、データ改ざんがあったので、2007年に発表したフア・ツォン(Hua Zhong)の41論文、タオ・リウ(Tao Liu)の29論文を撤回したと発表した。 →  Editorial

発覚は、学術誌「Acta Crystallographica Section E」が定期的にネカト論文をチェックする過程で、論文チェック担当者のトン・スペック(Ton Spek )が見つけたのが発端である。

トン・スペックは、ユトレヒト大学(Utrecht University)のアントワーヌ・シュルール(Antoine Schreurs、トイン・シュルール、Toine Schreurs )が作成した2つの構造因子ファイルを検査・比較できるプログラムを使って、同じデータセットで複数の結晶構造を「決定」した論文を見つけた。

最悪の例では、1つの共通データセットから18以上の結晶構造を「決定」していた。

ツォンの41論文、リウの29論文には、中国のさまざまな大学・研究機関の研究者と井岡山大学の研究者が共著者になっていた。

しかし、井岡山大学・学術委員会は、ツォンとリウがそれぞれ単独でネカトを行なったと判定した。

2009年12月29日(2人とも35歳?)、学術誌「Acta Crystallographica Section E」の撤回公告の10日後、井岡山大学はツォンの共産党員籍を剥奪し、解雇した。また、論文出版報奨金として支払った29,500中国元(約46万円)を返還させた。また、リウも解雇した。なお、リウにも論文出版報奨金を返還させたと思うが、白楽は金額をつかめていない。

2019年12月28日現在、ツォンの撤回論文数は42報で、撤回論文ランキングの世界第9位(リストは10番目、リストでは41報)である。リウの撤回論文数は29報で、撤回論文ランキングの世界第17位(リストでは29報)である。 → 2019年12月28日更新:「撤回論文数」世界ランキング | 研究者倫理 → 2019年12月11日保存: The Retraction Watch Leaderboard – Retraction Watch

★ツォン、リウ以外

ツォン、リウ以外にも中国から、しかも、井岡山大学の研究者からの論文が撤回された。

2010年4月、「Acta Crystallographica Section E」はさらに、2004年~2009年に出版された中国からの39論文を撤回したと発表した。総計109論文撤回。

2011年2月、「Acta Crystallographica Section E」はさらに中国からの 11論文を撤回したと発表した。総計120論文撤回。

この内の20論文は、井岡山大学の Yi-An Xiao(生命科学部長)、Xiao-Niu Fang(化学学部長) 、Yan Sui(化学副学部長)など井岡山大学の役職者が共著者だったが、役職者トリオは解雇されなかった。

中国は地位の低い人を処罰し、地位の高い人を処罰しないことが多い。不公正だが、中国ではしばしばこのような不公正な処罰がなされる。

井岡山大学の説明は、ツォンとリウの撤回論文はネカトだったが、3人の役職者の撤回論文はネカトではなく「ズサン」だったことによる撤回だ、と釈明した。

【事件の深堀】

まず、この学術誌「Acta Crystallographica Section E」が少しヘンだ。

学術誌「Acta Crystallographica Section E」に占める中国論文の勢力は、2001年に9.3%だったのが、2007年には50%以上だというから、スゴイ増加率だ。しかし、なんかヘンである。英国の学術誌に中国勢の論文が50%以上も掲載されるのは、ヘンである。これでは、国際誌とは言えないだろう。ウィンブルドン現象(門戸を開放した結果、外来勢が優勢になり、地元勢が消沈または淘汰される。出典:ウィキペディア)が起きている。

それにしても、中国からの論文大歓迎という学術誌の態度(金さえくれれば何でもよし!?)だったという背景があった。

次いで、今回の事件のもう1つの背景で、こちらが本命である。

中国の有名なネカト防止活動家であるジォーツー・ファン(方舟子、Zhouzi Fang、写真同)は、この事件を以下のように論評している。 →  2010年1月13日のウー・ニ(Wu Ni)記者の「SciDev.Net」誌の記事:Chinese scientists dismissed after 70 suspect papers – SciDev.Net

中国の研究者は、発表された論文の数に基づいて報酬が与えられ、昇進します。これは、ネカトへの危険な誘惑です。中国の大学や学術機関は発表された論文の質よりも量を重視しすぎています。中国の研究者の評価方法に大改革が必要です

2006年に井岡山大学は、Science Citation Index(SCI)がリストした学術誌に論文を発表した研究者に、5,000中国元(約7万8千円)の論文出版報奨金を授与すると発表しました。それで、ネカト論文でもいいから多数の論文を出版しようとする人が現れたのです。今回のネカトは大学の責任です。

井岡山大学のスポークスマンは、「2人の講師が不道徳なためにネカトが生じたのです。講師の倫理的問題で、大学には責任はありません」と大学の責任を回避している。

別の大学の例だが、論文あたり10,000元(約15万6千円)の論文出版報奨金を支給するが、「Nature」や「Science」などの超一流学術誌に出版した研究者には10万元(約156万円)も支給している。

武漢理工大学(Wuhan University of Science and Engineering)・化学科の準教授であるリー・ウェイ(Li Wei、李偉)は、次のように述べている。

どちらかというと、影響力の小さい大学の方が論文出版報奨金に熱心であるが、ほとんどすべての大学で、論文出版数は研究者の昇進と密接に関係しています。

中国政府は学術界のネカトを厳罰で挑むゼロ・トレランス方式(zero tolerance)を宣言していますが、実際は、ネカト行為で厳しく罰せられた研究者は、今回の事件を含め少ししかいません。大学は、大学の評判と政府の処罰を恐れて、所属教員のネカト事件を隠蔽し、ネカト者を保護する傾向が強いのです 。

マレーシア・マラヤ大学の化学者・セイ・ウェン・ン教授(Seik Weng Ng、「Acta Crystallographica Section E」の共同編集者、写真出典)は、中国には結晶学に関する別の問題があると指摘している。 → 2011年9月15日のXin Haoの「IOP Asia-Pacific」記事:Fraud takes the shine off rising star – asia.iop.org(保存済)

井岡山大学は、X線回折装置を購入するお金がないだけでなく、良い科学と悪い科学を区別できないし、そもそも結晶学とはなんたるかも理解できていない。レベルの低い測定結果しか得られなかった場合、論文として発表しないまともな研究者もいるけど、ロクでもないデータを論文として発表する研究者もいる。公的研究費のムダである。

中国は、システムを改革する必要がある。

中国では論文の質より量がズット重要だと言われている。

井岡山大学の不正行為は中国の研究界の1つの問題でしかない。研究資金の大半は研究計画の内容に対して分配されていない。科学界の上層部・・・中国科学院(CAS)、大学学長、学部長、研究所長など・・・に良く思われたお気に入りの研究者に研究費が配分される。他方、「偉い人のお気に入り」ではない研究者に研究費が配分されない。だから、研究は衰退する。

中国の研究者の基本月給は約6400元(約12万円)未満である。それに、外部研究費の獲得と発表論文数に応じて、月給の数倍のボーナス(論文出版報奨金)がもらえる。外部研究費をもらえない場合、論文を多く出版し、それなりのボーナスをもらうしかない。また、論文出版数が多いと外部研究費がもらえるようになる。これでは、ネカト出版を奨励しているようなものだ。

●6.【論文数と撤回論文とパブピア】

2014年11月14日現在で両氏合わせて、120論文が撤回されている。以下に、書誌情報のリストが不完全だがリンクした。

フア・ツォン(Hua Zhong): 41撤回論文の書誌情報(リンク先の一部)。

タオ・リウ(Tao Liu): 29撤回論文の書誌情報

2010年4月の39論文(リンク先の一部)。

★パブメド(PubMed)

省略

★撤回論文データベース

2019年12月28日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回論文データベースでフア・ツォン(Hua Zhong)の論文を検索すると、42論文がヒットし、42論文が撤回されていた。

内訳をみると、2006-2008年の26論文が2009年12月19日に、2006-2007年の14論文が2010年1月1日に、2007年の1論文が2011年10月1日に、2010年の1論文が2013年8月12日に撤回された。

タオ・リウ(Tao Liu)の論文を検索すると、2005-2018年の 28論文がヒットし、28論文が撤回されていた。

★パブピア(PubPeer)

2019年12月28日現在、「パブピア(PubPeer)」で、フア・ツォン(Hua Zhong)を「”Hua Zhong”」で検索すると、3論文にコメントがあった。所属などから、本記事で問題にしている研究者とは別人の論文と思われる。

タオ・リウ(Tao Liu)を「”Tao Liu”」で検索すると、17論文にコメントがあった。所属などから、本記事で問題にしている研究者とは別人の論文と思われる。

●7.【白楽の感想】

《1》不明だらけ

不明点が多く、2人のネカト者のフア・ツォン(Hua Zhong)とタオ・リウ(Tao Liu)の状況がつかめない。顔写真もウェブ上に見つからない。透明性が著しく欠けている。

ただ、論評によると、2006年に井岡山大学は論文出版報奨金制度を導入した。それで、フア・ツォン(Hua Zhong)とタオ・リウ(Tao Liu)は、多数のネカト論文を出版したとされている。

この場合、論文出版報奨金制度を「悪」としている。論文出版報奨金制度には「善」の面もあると思うが、総合的にはどうなんだろう?

《2》中国

今回の事件を報道する多くの英語記事は、中国の研究体制が前近代的すぎると批判している。胡錦濤(こ きんとう、Hu Jintao)の提唱した「2020年までに研究大国になる」目標なら、研究規範体制もしっかり構築すべきだと指摘している。
(い:Asia Times Online :: China News, China Business News, Taiwan and Hong Kong News and Business.、ろ:China: act on scientific fraud、は:Labtimes: Career strategies for young European scientists: China (Pt II))。

なお、胡錦濤が提唱した期限の2020年は、3日後に始まる。中国は研究大国になったのだろうか? 

研究大国かどうかは別にして、研究「ネカト」大国であることは間違いない。中国のトップレベルの大学でも、3分の1の研究者が研究ネカトをしていると報じられている(2010年1月12日のJane Qiuの「Nature News」記事:Publish or perish in China : Nature News)。

こんなに不正が蔓延していると、通常の方法では改革できない。強い決意をもって、根本的なところからの改革が必要だ。

実体を調べていないが、中国の倫理・規範の低さはかなり根深いと思われる。文化・習慣として沁みついている。国民の選挙で選ばれない共産党一党支配という体制のために、研究ネカトを含め、腐敗は広範で根深い。

共産党一党支配という体制には悪い面もあるが、そういう専制政治の方が、実は、科学技術力は高まる面もある。研究ネカトを厳罰に処すことで研究ネカトをコントロールできる可能性もある。

ただ、現在の中国の教育システムと研究システムは、優れた研究に必要な創造性、好奇心、リスク負担、自立的思考を、トコトン妨害し破壊しているという指摘もある。倫理や規範の改革と合わせ、優れた研究に必要な創造性、好奇心、リスク負担、自立的思考を育成することも重要だ。

中国の問題を指摘したが、振り返って、ううん、日本も、程度の差こそあれ、かなり同じだ。

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●8.【主要情報源】

① 2010年1月9日の「ランセット」誌の記事:Scientific fraud: action needed in China : The Lancet
② 2011年9月15日のXin Haoの「IOP Asia-Pacific」記事:Fraud takes the shine off rising star – asia.iop.org(保存済)
③  2010年1月4日のレイ・ユー(雷宇)記者とライ・ヤン(来扬)記者の「中国日报网」記事:震惊的论文造假事件 “一场与SCI有关的丑闻”
④ 2010年1月12日のJane Qiuの「Nature News」記事:Publish or perish in China : Nature News
⑤ 2010年1月13日のウー・ニ(Wu Ni)記者の「SciDev.Net」記事: Chinese scientists dismissed after 70 suspect papers – SciDev.Net、(保存版
⑥ 2018年12月15日の「上观(Shanghai Observer)」記事:“404教授”事情有结果了!但学术论文撤稿数据揭示的问题更值得担忧
⑦   旧版:2014年11月30日

★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

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