「アカハラ」:ナズニーン・ラーマン(Nazneen Rahman)(英)

2018年8月22日掲載

ワンポイント:歌手で、ロンドンの癌研究所・教授・医師で、世界的に著名な癌遺伝子の研究者である。2017年11月(50歳)、22人の元・現・研究室員に、12年前からアカハラされたと癌研究所に訴えられ、停職になった。バングラデシュ生まれ。2018年10月(51歳)、辞任予定。国民の損害額(推定)は13億8300万円。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
8.主要情報源
9.コメント
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●1.【概略】

ナズニーン・ラーマン(Nazneen Rahman、写真出典)は、英国の歌う科学者、歌う教授である。バングラデシュに生まれ、赤ん坊の頃に両親に連れられ英国に移住し、オックスフォード大学を卒業し、ロンドンの癌研究所(Institute of Cancer Research、ICR)・教授・医師になった。癌遺伝子をいくつも発見した著名な癌遺伝学者である。2016年に医学研究で、大英帝国勲章・コマンダー(司令官 CBE)
を受賞している。なお、癌研究所はロンドン大学の一部で、院生が275人もいる。

2017年11月(50歳)、ラーマン研究室の元・現の22人の研究員が、12年前からラーマン教授にアカハラを受けていたと、23人の目撃者の署名と共に、癌研究所に訴えた。ラーマン教授は有給の停職処分になった。

2018年10月(51歳)、ラーマン教授は癌研究所を辞任予定。

ロンドンの癌研究所(Institute of Cancer Research)。写真By Tony Monblat – https://www.flickr.com/photos/128484499@N06/16907313910/, CC BY-SA 2.0, Link

  • 国:英国
  • 成長国:英国
  • 医師免許(MD)取得:オックスフォード大学
  • 研究博士号(PhD)取得:オックスフォード大学
  • 男女:女性
  • 生年月日:不明。仮に1967年6月1日生まれとする。2006年5月26日の記事に38歳とあった(Professor who escaped life of drudgery wins Asian award | The Independent)。バングラデシュ生まれ
  • 現在の年齢:56 歳?
  • 分野:がん遺伝学
  • 最初のアカハラ:2005年(38歳)
  • 発覚年:2017年(50歳)
  • 発覚時地位:ロンドンの癌研究所・教授
  • ステップ1(発覚):第一次追及者はラーマン研究室の元・現の45人の研究室員のアカハラ被害者・目撃者である。癌研究所に書面で申立てた
  • ステップ2(メディア):「Guardian」など
  • ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①ロンドンの癌研究所・調査委員会
  • 研究所・調査報告書のウェブ上での公表:なし
  • 研究所の透明性:実名報道だが研究所のウェブ公表なし(△)
  • 不正:アカハラ
  • 被害者数:研究室の元・現の22人の研究室員
  • 時期:研究キャリアの初期から
  • 職:事件後に研究職(または発覚時の地位)をやめた・続けられなかった(Ⅹ)
  • 処分: 停職のち解雇(辞職)
  • 日本人の弟子・友人:不明
https://www.theguardian.com/society/2018/jul/17/top-cancer-genetics-professor-quits-job-over-bullying-allegations

【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は13億8300万円。内訳 ↓

  • ①研究者になるまで5千万円。
  • ②大学・研究機関が研究者にかけた経費(給与・学内研究費・施設費など)は年間4500万円。在職20年x4500万円=9億円、損害額は9億円。
  • ③外部研究費。外部研究費の助成を受けた研究でネカトをした場合、その研究費が無駄になる。使用した額を5億円と推定した。なお、ウェルカム・トラストからの研究助成金・4億5千万円は取消された。研究成果のねつ造・改ざんではないので研究成果上の損害はない。損害額を外部研究費受給額の5分の1とした。損害額は1億円。
  • ④調査経費。第一次追及の調査費用は100万円。大学・研究機関の調査費用は1件1,200万円。小計で1,300万円
  • ⑤裁判経費は2千万円。裁判はなかったので損害額は0円。
  • ⑥論文撤回は1報当たり1,000万円、共著者がいなければ100万円。撤回論文は0報なので損害額は0円。
  • ⑥‐2:アカハラ被害者22人は優秀な院生だが、ドロップアウト、あるいは十分に教育されなかった。それは分国民の損害でもある。1人1,000万円として、損害額は2億2千万円。
  • ⑦研究者の時間の無駄と意欲削減+国民の学術界への不信感の増大は1億円。
  • ⑧健康被害:損害額は0円。

●2.【経歴と経過】

  • 生年月日:不明。仮に1967年6月1日生まれとする。2006年5月26日の記事に38歳とあった(Professor who escaped life of drudgery wins Asian award | The Independent)。バングラデシュで医師の父と教員の母の子として生まれた
  • 1967-1969年(0-3歳):バングラデシュから英国に移住
  • 1991年(23歳):オックスフォード大学で医師免許取得
  • 1995年(27歳):男児(Haroon)出産
  • 1999年(31歳):オックスフォード大学で研究博士号(PhD)を取得:分子遺伝学。指導教授はマイケル・ストラットン(Michael Stratton、写真
  • xxxx年(xx歳):ロンドンの癌研究所(Institute of Cancer Research)・教授
  • 2005年(38歳):アカハラ行為始める
  • 2017年11月(50歳):アカハラが表沙汰になる
  • 2017年11月(50歳):ロンドンの癌研究所を停職
  • 2018年10月(51歳):ロンドンの癌研究所を辞任予定

●3.【動画】

以下は事件の動画ではない。

【動画1】
ナズニーン・ラーマン(Nazneen Rahman)は歌手でもある。
歌の動画:「Nazneen Rahman – Everything Must Change – YouTube」(英語)3分56秒。
Nazneen Rahmanが2017/04/28 に公開

【動画2】
講演の動画:「がん患者における遺伝子検査の主流化Nazneen Rahman – Mainstreaming Genetic Testing in Cancer Patients) – PMWC UK 2015, Oxford- YouTube」(英語)17分51秒。
CPM Oxfordが2016/01/25 に公開

【動画3】
自己紹介の動画:「Prof Nazneen Rahman – YouTube」(英語)3分14秒。
The Female Leadが2017/02/08 に公開

●4.【日本語の解説】

ネカト事件の日本語記事はありません。

★2016年07月13日:ヒロシのWorld NEWS:遺伝子検査:安心、確実、低コストなガン(癌)対策 (BBC-Health, July 13, 2016)

出典 → ココ、(保存版

「英国ガン研究所 (The Institute of Cancer Research, ICR)」の Nazneen Rahman教授らの研究チームは、これまでの遺伝子検査を格段に簡素化して、より迅速に、安価に実施できる方法を確立し、これを臨床試験 (trials) によって確かめたという。その成果は「Science Reports」に発表された。

新たに ICRで開発された遺伝子検査を採用すると、イギリスの「国民医療サービスNHS」は年間 £2.6 m ( 約 3.7億円) の経費削減となり、ガン患者の死亡率の低下にもつながる。まさに、政府と患者のどちらにも Happy な「win-win」が達成されることになる、と Rahman 教授は指摘する。

●5.【不正発覚の経緯と内容】

★著名な研究者

ナズニーン・ラーマン(Nazneen Rahman)は、世界的に著名な癌遺伝学者で、乳癌、卵巣癌、小児癌の癌遺伝子を発見した。その発見で、これらの癌の簡単で安価な検査方法が導入された。また、治療にも大きく役立つだろう。

ラーマン教授は優れた研究成果で、数百万ポンド(数億円)の外部研究費を癌研究所(Institute of Cancer Research、ICR)にもたらした。

2006年(39歳)、「アジアの優れた女性賞(Asian women of achievement awards)」を受賞した。

2014年(47歳)、BBC放送の「英国で最も重要な女性10人(Power List for 2014)」に選ばれた。
→ 2014年4月9日記事(以下の写真出典:ラーマンは上段中央):BBC Woman’s Hour 2014 Power List: The game-changers – BBC News

2016年(49歳)、医学研究で、大英帝国勲章・コマンダー(司令官 CBE)
を受賞した。

2017年6月(51歳)、製薬企業・アストラゼネカ社の科学委員会・議長に選出された。
→ 2018年6月26日記事:ON THE BOARD: Nazneen Rahman, 51, is made chairman of Astrazeneca’s science committee | This is Money

★アカラハの訴え

2017年11月(50歳)、研究室の元・現の45人の研究員は、署名した書簡で、12年前からラーマン教授(写真)にアカハラを受けていたと癌研究所(Institute of Cancer Research、ICR)に訴えた。ラーマンは有給の停職処分になった。

研究室員は、ラーマン教授によって心理的及びキャリア上の被害があったと主張した。

45人のうち22人は、アカハラを直接受け、「脅迫的、敵対的、体面が傷つく、屈辱的、攻撃的な」研究環境だったと主張した。残りの23人はアカハラを目撃した人である。

ラーマン教授は「研究室員がそのように感じていたことを、私は残念に思う」と述べている。また、「今回の件で、私に対する懲戒処分がないことを明確にしておきたい。辞任は私が自分で決めました」とも述べている。

2018年10月末(51歳)、ラーマン教授は癌研究所を辞任予定である。

★アカラハの具体的言動

ラーマン教授のどのような言動が研究室員にアカハラと受け止められたのだろうか?

このブログ記事で一番伝えたいことだ。

具体的言動を示せば、日本人研究者が英国で研究する時、どのような言動をすれば、自分がアカラハされた、あるいは逆にアカハラをしたことになるのかがわかる。注意点が学べる。

そのつもりでこの事件を探った。しかし、「脅迫的、敵対的、体面が傷つく、屈辱的、攻撃的」だという、肝心の具体的言動はほとんどわからなかった。

少しだけ記述が見つかった。

ガーディアン紙に、1人(女性)は、「私は、自分の能力に自信がないのですが、自分はいつもダメ人間だと痛感させられました」と述べていた。別の人は「学術界では、優秀な人は、そうでない人と一緒に研究するのが難しい。それで、優秀な人は、悪い行為(アカハラ)を正当化するんです」と述べていた。

この記述は具体的ではない。アカハラの内容がわかりにくい。

推察するに、優秀な教授とできの悪い院生(平均的院生?)が一緒に研究した時、教授が何か言うと、できの悪い院生(平均的院生?)は教授の言葉をアカラハととらえる、ということのようだ。

白楽が勝手に想像してみた。

ラーマン教授:「この実験、普通の人は3日でできるけど、Aさん(院生)、実験してみて」

5日後。
ラーマン教授:「Aさん(院生)、できた?」
Aさん(院生):「・・・・・・」

状況:普通の人が3日でできる実験を、Aさん(院生)は、5日後もできなかった(orしなかった)。うまくできないと途中で報告しなかった。途中で、できない点を教授に質問しなかった。5日後に教授に聞かれるまで放っておいた。そもそも、チンタラと作業し、おしゃべりし、熱心に取り組まなかった。

ラーマン教授は以下のような言動をしたとする。

「どうしてできないの、こんな簡単なこと」と言った。 → アカハラですかね?
何も言わずに、「困った院生だ」という顔つきをした。 → これもアカハラですかね?

いっそのこと、「アホ、クズ! もっとまじめに研究しろ!」 → アカハラ確定。

では、なんといえばアカハラにならないか?

★アカラハで4億5千万円

ウェルカム・トラスト(Wellcome Trust) は英国の生命科学研究に多額の研究費を助成する財団である。2017年に総額14億ドル(約1400億円)、900件以上の研究費を助成した。

2018年5月3日、ウェルカム・トラストはセクハラ・アカハラ研究者に研究助成しないという方針を発表した。
→ 2018年5月3日の「Nature」記事:Report harassment or risk losing funding, says top UK science funder

なお、この方針はウェルカム・トラストが世界初ではなく、それ以前の2018年2月に、米国・科学庁(National Science Foundation )がセクハラ・アカハラ研究者に研究助成しないという方針を発表していた。:US science agency will require universities to report sexual harassment

2018年8月17日、ラーマン教授はウェルカム・トラスト新方針の最初のターゲットになった。ウェルカム・トラストは、アカハラ騒動を理由に、ラーマン教授に約束していた450万ドル(約4億5千万円)の研究費を取りやめにした。
→ 2018年8月17日のウェルカム・トラストのプレスリリース記事:Statement: Professor Nazneen Rahman | Wellcome
→ 2018年8月17日のホリー・エルセ(Holly Else)記者の「Nature」記事:Top geneticist loses £3.5-million grant in first test of landmark bullying policy

ナズニーン・ラーマン(Nazneen Rahman)Photograph: Wellcome https://www.theguardian.com/science/2017/jun/18/coded-patterns-genetics-music-nazneen-rahman

●6.【論文数と撤回論文とパブピア】

2018年8月21日現在、パブメド(PubMed)で、ナズニーン・ラーマン(Nazneen Rahman)の論文を「Nazneen Rahman [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2002~2018年の17年間の145論文がヒットした。

「Rahman N[Author]」で検索すると、1962~2018年の57年間の1007論文がヒットした。本記事で問題にしている研究者の論文ではない論文が多いと思われる。

2018年8月21日現在、「Rahman N[Author] AND Retracted」でパブメドの論文撤回リストを検索すると、0論文が撤回されていた。

★パブピア(PubPeer)

省略。

●7.【白楽の感想】

《1》モッタイナイ

最初に感じたことは、研究の油が乗り切った51歳の超優秀な教授が辞職とは、英国にとってモッタイナイ。そして、世界もモッタイナイ。惜しい。

アカハラは確かに問題だけど、こんなになる前に、なんとかできなかったのだろうか?

とはいえ、ラーマン教授が大いに反省し、他大学が新しい研究の場を提供しても、もう二度と同じ研究成果を挙げることはないだろう。

《2》人の神経はガラス製

ラーマン教授を訴えた院生の発言から推察すると、アカハラは以下の状況のようだ。

優秀な教授と院生が一緒に研究した時、教授が思ったこと(や励ましの言葉?)をそのまま口にすると、多くの院生は教授の言葉をアカラハととらえる。

難しい時代です。

ただ、研究室員が、「脅迫的、敵対的、体面が傷つく、屈辱的、攻撃的」な研究環境だと感じるなら、それは明らかに問題である。

研究室員に、「脅迫的、敵対的、体面が傷つく、屈辱的、攻撃的」な研究環境だと感じさせずに、世界のトップクラスの研究成果を出し続けるには、どういう指導方法・研究室運営方法があるのだろう。

英国スコットランドのダンディー大学の日本人教授は、「どうすると、人は持っている力以上の能力を発揮してくれるのか? 悩みます」、と言っていた。

つまり、研究室員は1日8時間働けばよいのだが、どこかを刺激すると、自発的に12時間働く。喜んで土日も働く。時間で測れないことでも同じだ。どこかを刺激すると、優れたアイデアを発揮する。

アカハラにならずに、どこをどう刺激するとよいのだろう?

《3》アカハラで院生の半数がウツ

研究室員に「脅迫的、敵対的、体面が傷つく、屈辱的、攻撃的」だと感じさせる言動をしている著名な研究者は世界にかなりいそうである。

教授が、研究室の仲間の前で、院生を軽視し、バカにすると、院生は精神的に不安定になりウツになってしまう。
→ 2017年12月15日記事:Bullies have no place in academia – even if they’re star scientists | Anonymous academic | Higher Education Network | The Guardian
→ 2018年3月6日論文:Nature Biotechnology volume 36, pages 282–284 (2018)(閲覧有料、白楽未読):Evidence for a mental health crisis in graduate education | Nature Biotechnology

そして、現実に、教授の言動をアカハラと感じる院生はかなりいる。

2014年、カリフォルニア大学バークレー校(University of California, Berkeley)の院生790人を対象に調査した結果、院生の46%がうつ病の症状を示していた。
→ 報告書:http://ga.berkeley.edu/wp-content/uploads/2015/04/wellbeingreport_2014.pdf
→ 解説:Nature 539, 319–321 (10 November 2016) :Mental health: Caught in a trap : Nature : Nature Research

というわけで、現代の研究者は、院生だけでなく、ポスドク・教職員に対しても、「脅迫的、敵対的、体面が傷つく、屈辱的、攻撃的」だと感じさせる言動をしないよう、十分に注意すべきである。

ところが、学術界ではないが、アメリカのトランプ大統領は、世界の要人にとても「脅迫的、敵対的、体面が傷つく、屈辱的、攻撃的」である。

そして、日本の安倍首相も、官僚・野党政治家・国民にとても「脅迫的、敵対的、体面が傷つく、屈辱的、攻撃的」である。

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日本がもっと豊かに、そして研究界はもっと公正になって欲しい(富国公正)。正直者が得する社会に!
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最後に、ラーマン教授の素敵な歌声をもう一曲どうぞ。「私の恋は負け試合(Love Is A Losing Game)」。なんだか、「私の研究は負け試合」のような・・・。

●8.【主要情報源】

① ウィキペディア英語版:Nazneen Rahman – Wikipedia
② 2018年7月17日のエレノア・ハーディング(Eleanor Harding)記者の「Daily Mail Online」記事:Cancer genetics professor quits after staff accuse her of bullying | Daily Mail Online
③ 2018年7月17日のサリー・ウェール(Sally Weale)記者の「Guardian」記事:Top cancer genetics professor quits job over bullying allegations | Society | The Guardian、(保存版
④ 2015年5月8日のアレキサンダー・ギルモア(Alexander Gilmour)記者の「Financial Times」記事:Singer, songwriter, scientist: the genes expert with her own album | Financial Times、(保存版
⑤ 2018年8月17日のホリー・エルセ(Holly Else)記者の「Nature」記事:Top geneticist loses £3.5-million grant in first test of landmark bullying policy、(保存版

★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

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