7-143 米国・研究公正局の規則改訂:その4、情報開示

2024年4月5日掲載

白楽の意図:米国・研究公正局の規則改訂案が「2023年10月の連邦官報」論文として公表された。従来規則との変更点の内、情報開示に対する学術界の賛否両論をジェフリー・マーヴィス(Jeffrey Mervis)が解説した「2023年12月のScience」論文を読んだので、紹介しよう。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.日本語の予備解説
2.「2023年10月の連邦官報」論文
3.マーヴィスの「2023年12月のScience」論文
7.白楽の感想
9.コメント
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【注意】

学術論文ではなくウェブ記事なども、本ブログでは統一的な名称にするために、「論文」と書いている。

「論文を読んで」は、全文翻訳ではありません。

記事では、「論文」のポイントのみを紹介し、白楽の色に染め直し、さらに、理解しやすいように白楽が写真・解説を加えるなど、色々と加工している。

研究者レベルの人が本記事に興味を持ち、研究論文で引用するなら、元論文を読んで元論文を引用した方が良いと思います。ただ、白楽が加えた部分を引用するなら、本記事を引用するしかないですね。

●1.【日本語の予備解説】

1‐5‐3 米国・研究公正局(ORI、Office of Research Integrity) | 白楽の研究者倫理

7-121 米国の研究不正規則の改訂 | 白楽の研究者倫理

7-139 米国・研究公正局の規則改訂:その1 | 白楽の研究者倫理

7-141 米国・研究公正局の規則改訂:その2、賛否両論 | 白楽の研究者倫理

7-142 米国・研究公正局の規則改訂:その3、ボスの責任 | 白楽の研究者倫理

●2.【「2023年10月の連邦官報」論文】

●3.【マーヴィスの「2023年12月のScience」論文】

★読んだ論文

  • 論文名:Federal agency’s plan to disclose university misconduct findings splits academics
    日本語訳:大学が調査した不正行為の結果を公表するという連邦政府機関の計画が学術界の意見を二分
  • 著者:Jeffrey Mervis
  • 掲載誌・巻・ページ:Science
  • 発行年月日:2023年12月8日
  • ウェブサイト:https://www.science.org/content/article/should-government-disclose-university-misconduct-findings-academics-are-split
  • 著者の紹介:ジェフリー・マーヴィス(Jeffrey Mervis、写真出典:本論文)。1993年Science誌に入社したベテラン記者。学歴は不明。

●【論文内容】

1.はじめに

米国の医学研究・生命科学研究は、NIHの研究助成に大きく支えられている。NIHは健康福祉省 (HHS:Department of Health and Human Services )傘下の公衆衛生庁(Public Health Service (PHS))の下部組織である。

大学、研究所、大学付属病院、医科大学院、病院、医療システム(本記事ではまとめて「大学」と表記した)など、生命科学と医学を研究している大学の研究活動は、公衆衛生庁の資金に支えられている。

NIHから研究助成を受ける(た)研究にネカト疑惑があれば、研究公正局(Office of Research Integrity (ORI))が対処することになっている。

科学庁(NSF)など他の連邦研究機関では、不正行為の調査は、省庁内の独立した監視機関である監査総監室(NSF、OIG:Office of Inspector General)が対処している。

研究公正局の現行規則は2005年に制定された連邦規則(Code of Federal Regulations)「42 CFR parts 93」である。

不愉快なことだが、米国の学術界のデータねつ造・改ざんなど(研究上の不正行為)の告発数は増えている。もちろん、問題は規則だけではないが、2005年の規則に欠陥がある、あるいは対応に不十分だったために研究上の不正行為を防止できていなかった、と解釈することもできる。

それで、2022年8月29日、研究公正局は、2005年以来更新されていない研究不正規則の改訂に動き出した。 → 7-121 米国の研究不正規則の改訂 | 白楽の研究者倫理

1年2か月後の2023年10月5日、規則改訂の変更案を公表した。この案には、研究機関のネカト対処に大きな影響を与える変更も含まれている。

研究公正局(ORI)のシーラ・ギャリティ局長(Sheila Garrity、写真出典)は、改訂案は、ネカト調査で疑惑者の無罪・有罪の判断を明確にできるようにし、「透明性、効率性、公平性(transparency, efficiency, and equity)」を向上することが目標だと述べている。

2023年10月6日、研究公正局は、これらの変更案を含む「規則制定案通知(NPRM)」(Notice of proposed rulemaking (NPRM))を発行した。コメントの締め切りは2024年1月4日。 → 規則制定案通知(NPRM)

2. 賛否両論

従来、大学が公表していなかったネカト調査報告書を、変更案では、研究公正局が公表する。

研究公正局は、この改訂で、ネカト調査に関する大学の隠蔽と調査不正を排除し、ネカト調査の透明性を高め、生命科学・医学研究に対する国民の信頼を高め、研究論文・研究文書の訂正・修正がより早くなると期待している。

「良いことだ」と、イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校(University of Illinois Urbana-Champaign)の研究倫理センターを率いる弁護士のシーケー・ガンセイラス(C.K. Gunsalus、写真出典)は、変更案を支持している。

「ネカトをしないと契約した上で、政府は研究者に研究費(原資は国民の税金)を提供している。研究費を受け取った研究者が、契約違反をしていると所属大学が結論した場合、その内容を知る権利を、国民にはあります」、とガンセイラスは述べた。

他方、多くの大学管理者は、この変更案に深刻な懸念を抱いている。変更案には、どの情報をいつから開示する予定なのか、明記されていない。公表した情報がプライバシー法に違反する可能性、また、実際の調査結果を歪曲する懸念もある。

連邦政府の研究政策を監視する政府関係評議会(Council on Governmental Relations、主要な研究大学を代表する組織)のクリス・ウェスト(Kris West、写真出典)は、「変更案で、連邦政府(研究公正局)は、州や地方自治体の、そして、大学の、プライバシー規則や機密保持に関する考慮事項を無視している」と、批判した。

また、大学が行なったネカト調査結果を別の組織である研究公正局が公表できる法的根拠にも疑問を呈した。

大学のネカト調査関係の顧問をしているロープス・アンド・グレイ法律事務所(Ropes & Gray LLP)のミナル・キャロン弁護士(Minal Caron、写真出典)は、研究公正局にその権限を付与するのは「他の連邦機関の慣行と矛盾する」と述べた。

1992年に設立された研究公正局は、保健福祉省内のNIHおよび他の機関から資金提供を受けた研究者の研究不正行為(ねつ造、改ざん、盗用)に対処している。

現在、研究不正行為を調査するのは疑惑研究者の所属する大学である。大学はネカト調査結果を研究公正局に報告し、論文撤回などの是正措置を学術誌に要請する必要がある。

研究公正局は大学のネカト調査結果を受け取った後、研究不正の認定に至る独自の調査を始める。

研究公正局は、自分たちのネカト調査結果を公表することもできるし、公表しないで放置することもできる。公表しない場合の多くは、結果として、研究公正局は不正行為を認定しなかったことになる。

従来、この2つの選択肢しかなかったが、変更案では、研究公正局は自分たちのネカト調査結果を公表しないで、単に大学のネカト調査結果だけを発表することもできる。つまり、第3の選択肢を研究公正局に与えることになる。

研究不正行為の疑いで大学を告発する研究者側のユージェニー・ライヒ弁護士(Eugenie Reich、写真出典)は、研究公正局の新たな権限は「大学がネカト調査成果を公表するのを促進する。大学がしなければ、私たちが公表するかもしれないと彼らに伝えているのです」と指摘した。

3. 2024年夏に最終決定

変更案は、2005年に制定した研究公正局規則の最初の全面的な見直しである。

2024年夏に最終決定される予定だが、変更案が決まれば、大学は不都合な真実を隠蔽し、「正直な間違い」だと簡単には処理できなくなる。

研究公正局のシーラ・ギャリティ局長(Sheila Garrity)は、この変更が米国の研究公正の向上をはかる「良い方法」だと述べている。

ただ、開示条項は特に大きな反響を呼んでいる。

研究公正局は、健康福祉省 (HHS)が掲げる「国民の健康と安全を守る。研究公正を促進する。公的資金を節約する」という大義のためにのみ大学のネカト調査結果を開示すると述べている。

研究不正で有罪と結論された研究者について「疑惑者の名前や識別情報」を含めないとしている。[・・・白楽、ここ、理解不能です。誤解しているかも]。

オハイオ州立大学の研究コンプライアンス担当副学長で、研究公正局の調査部門の元責任者だったスーザン・ガーフィンケル(Susan Garfinkel、写真出典)は、情報開示には価値があると考えている。

「研究者は、論文に欠陥がある場合、その論文に含まれるデータが信頼できるのか・できないのかを、知りたがります。それで、例えば、論文の図6の画像がねつ造されている、と発表することに、私は賛成です」

なお、データねつ造された図や論文を示せば、論文著者の匿名性を保つことはできない。どの大学のダレダレが著者で、その複数の著者の内のダレダレがネカト者だと推測される。

ネカト調査結果を開示すると、その後、事態が暴走し制御できなくなるかもしれない。これを多くの大学管理者は懸念している。

また、開示情報が研究結果を誤った方向にもっていくこと、不正行為に関与していない同僚や共著者の評判を傷つけることも大学管理者は懸念している。

「ネカト調査報告書は書くのが難しく、現在も、大学の調査委員会は適切に表現するのに苦労しています。そのため、短い要約は誤解を招く可能性が非常に高く、長期にわたり、不正行為に関与していない研究者の評判を悪くする可能性があります」、とガーフィンケルは指摘した。

ガーフィンケルは、研究公正局が独自に調査した不正行為の認定を公表しないで、大学のネカト調査結果を公表するのは、同意できないそうだ。

というのは、「一度ネカト疑惑者の名前が公表されれば、院生・研究者はネカト行為から更生し研究界に留まる機会はほぼなくなるからです」と述べた。

一方、ガンセイラスは、研究公正局の潜在的な新たなリスクを批評家たちは誇張しすぎていると指摘した。

「一部の大学は調査結果を発表していますが、指摘されているような悪い状態になっていません」と彼女は言う。 「日光は最高の消毒剤です」。

ギャリティ局長は情報開示に関する詳細を明らかにしていない。

●7.【白楽の感想】

《1》ガッカリ 

2023年に提案された研究公正局の改訂案の多くは、軽微な修正と補強である。

研究公正の向上と推進のためには必要だが、十分ではない。この程度の変更では、白楽は、ガッカリで、研究ネカトは減らないと感じた。

それにしても、米国の大学・研究所の管理者や研究者がこの変更に反対や抵抗をしている。研究者はネカトを排除・防止することより、自分たちがヌクヌク暮らしたい欲求が強いなあ、と失望感を持って記事を読んだ。

それにしても、日本は研究公正規則の改訂をしないのだろうか?

文部科学省は2014年8月26日にガイドラインを改訂したので、もう10年前になる。 → 研究活動における不正行為への対応等:文部科学省

キット、研究公正局の改訂案が決まった後、改訂に取り組むに違いない。日本はいつも米国追従である。

米国の改訂が決まれば、それに沿った形で日本の規則も変えるということだ。この方針には、よい点もあれば、ナサケナイ点もある。どのみち、白楽の出番はないだろう。

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日本の人口は、移民を受け入れなければ、試算では、2100年に現在の7~8割減の3000万人になるとの話だ。国・社会を動かす人間も7~8割減る。現状の日本は、科学技術が衰退し、かつ人間の質が劣化している。スポーツ、観光、娯楽を過度に追及する日本の現状は衰退を早め、ギリシャ化を促進する。今、科学技術と教育を基幹にし、人口減少に見合う堅実・健全で成熟した良質の人間社会を再構築するよう転換すべきだ。公正・誠実(integrity)・透明・説明責任も徹底する。そういう人物を昇進させ、社会のリーダーに据える。また、人類福祉の観点から、人口過多の発展途上国から、適度な人数の移民を受け入れる。
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★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

●9.【コメント】

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