7-140 米国・研究公正局の規則改訂:その1

2024年2月13日掲載

白楽の意図:米国・研究公正局の規則改訂案が「2023年10月の連邦官報」に公表された。従来との変更点をフォーリー&ラードナー法律事務所(Foley & Lardner LLP)のモニカ・チミエレウスキー(Monica Chmielewski)らが解説した「2023年10月のJDSupra」論文を読んだので、紹介しよう。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.日本語の予備解説
2.「2023年10月の連邦官報」
3.チミエレウスキーらの「2023年10月のJDSupra」論文
7.白楽の感想
9.コメント
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【注意】

学術論文ではなくウェブ記事なども、本ブログでは統一的な名称にするために、「論文」と書いている。

「論文を読んで」は、全文翻訳ではありません。

記事では、「論文」のポイントのみを紹介し、白楽の色に染め直し、さらに、理解しやすいように白楽が写真・解説を加えるなど、色々と加工している。

研究者レベルの人が本記事に興味を持ち、研究論文で引用するなら、元論文を読んで元論文を引用した方が良いと思います。ただ、白楽が加えた部分を引用するなら、本記事を引用するしかないですね。

●1.【日本語の予備解説】

1‐5‐3 米国・研究公正局(ORI、Office of Research Integrity) | 白楽の研究者倫理

1‐5‐3 米国・研究公正局(ORI、Office of Research Integrity)

7-121 米国の研究不正規則の改訂 | 白楽の研究者倫理

7-121 米国の研究不正規則の改訂

●2.【「2023年10月の連邦官報」】

★読んだ論文

●【論文内容】

次の論文で説明するので、省略。

●3.【チミエレウスキーらの「2023年10月のJDSupra」論文】

★読んだ論文

  • 論文名:ORI Proposes New Rulemaking for Research Misconduct Regulations
    日本語訳:米国・研究公正局は研究不正行為規制の新たなルールづくりを提案
  • 著者:Foley & Lardner LLP
  • 掲載誌・巻・ページ:JDSupra
  • 発行年月日:2023年10月17日
  • ウェブサイト:https://www.jdsupra.com/legalnews/ori-proposes-new-rulemaking-for-1314326/
  • 著者の紹介:論文は米国のフォーリー&ラードナー法律事務所(Foley & Lardner LLP)が執筆したとある。法律事務所・所属の4人が執筆したが、第一著者はモニカ・チミエレウスキー(Monica Chmielewski、写真出典)なので、白楽ブログではチミエレウスキーらの論文とした。学歴は、フランクリン & マーシャル大学(Franklin and Marshall College)で政府、古代史、考古学専攻(Government and Ancient History and Archeology)を学び、ウェイン州立大学・法学博士(Wayne State University、J.D.)を取得した。

●【論文内容】

★はじめに

米国の生命科学・医学研究は、NIHの研究助成に大きく支えられている。NIHは健康福祉省 (HHS:Department of Health and Human Services )傘下の公衆衛生庁(Public Health Service (PHS))の下部組織である。公衆衛生庁 (PHS)の下部組織には、食品医薬品局 (FDA)などもある。

大学、研究所、大学付属病院、医科大学院、病院、医療システムなど、米国の大学・研究機関の生命科学・医学研究は公衆衛生庁 (PHS)(例えばNIH)の資金に大きく依存している。

公衆衛生庁 (PHS)の研究助成を受ける(た)研究でネカト疑惑が生じれば、研究公正局(Office of Research Integrity (ORI))が対処する。

研究公正局のネカト対処に関する現行の規則は2005年に制定された連邦規則(Code of Federal Regulations)「42 CFR parts 93」である。

2022年8月29日、健康福祉省 (HHS)は、2005年の研究不正規則の改訂に動き出した。 → 7-121 米国の研究不正規則の改訂 | 白楽の研究者倫理

1年2か月後の2023年10月5日、規則改訂の変更案を公表した。この案には、大学・研究機関のネカト対処に大きな影響を与える変更も含まれている。 → Federal Register :: Public Health Service Policies on Research Misconduct

これらの変更案に対して、大学・研究機関は、健康福祉省にコメントを提出できるが、締め切りは2023年12月5日だった。

この論文では、重要な変更点を簡単に説明し、その変更で、大学・研究機関がどのような影響を受けるのかを分析した。

1. 用語の定義

研究不正行為で有罪と認定するには、不正行為を意図的(intentionally)、承知の上で(knowingly)、または無謀に(recklessly)行なったことが必須である。

2005年の規則で上記のように定義したが、これらの用語の具体性が曖昧だった。

変更案では次の定義を提案した。

[白楽注:英語の「intentionally, knowingly, recklessly」のニュアンスを日本語で正確に表すのは難しい。上記の日本語、下記の説明を当てはめたが、読者は想像を加えて把握してください]

  • 「意図的(intentionally)」は、その行為を目的として実行すること
  • 「承知の上で(knowingly)」は、その行為を知っていて行動すること。
  • 「無謀に(recklessly)」は、危害を及ぼす可能性があるとわかっているにもかかわらず、適切な注意を払わずに行動すること。

この定義なら、虚偽請求法 (False Claims Act (FCA)) の知識に必要なレベルの知識なので、司法省民事部門の弁護士(DOJ civil division attorneys)が研究不正行為と判定するのは容易である。

「誠実な誤り(honest error)」は研究不正行為に該当しないが、変更案では、これを「誠実に実行した間違い(a mistake made in good faith)」と定義することを提案している。

これも虚偽請求法 (False Claims Act (FCA))と一致している。虚偽請求法 (False Claims Act (FCA))では「誠実な間違い(honest mistakes)」は詐欺行為ではない。それで、「誠実に実行した間違い(a mistake made in good faith)」と変更すれば、研究不正行為ではないと判定するのは容易である。

同様に、変更案は、自己盗用(self-plagiarism)と著者在順紛争(authorship or credit disputes)を研究不正行為である「盗用(plagiarism)」に入れないとしている。

変更案は、「機関記録(institutional record)」という新しい用語と義務を導入した。大学・研究機関は、ネカト調査が完了した時、機関記録を保持し、研究公正局に送信することを義務付けた。

「機関記録(institutional record)」には以下が含まれる。

 告発判断報告書(assessment report):
 予備調査報告書(inquiry report)とその裏付けとなる記録
 本調査報告書(investigation report)その裏付けとなる記録
 大学・研究機関当局の決定
 機関に対する異議申し立て全記録

2. 研究分担者の責任

NIHグラントを得た研究チームには、研究代表者以外に、研究費の一部を自分の裁量で使用できる複数の研究分担者(sub-recipient)もいる。

変更案では、研究公正局の規制遵守の責任を、研究代表者と同じように研究分担者にも明示的に課している。研究分担者にも研究公正の責任を認識する必要があるからだ。

3. 複数の疑惑者と複数の機関

変更案では、ネカト疑惑者とは別の研究者も、同じ不正に関与しているかどうかを検討する義務を課している。

具体的には、各大学・研究機関は、告発判断、予備調査、本調査の全段階で、主任研究者(principal investigators)、出版物の共著者(co-authors on publications)、共同研究者(co-investigators)、協力者(collaborators)、研究室員(laboratory members)が、不正に関与しているかどうか検討する必要がある。

同様に、複数の大学・研究機関が関与する告発の場合、1つの機関が研究不正対処の責任者になり、他の機関から研究記録と証人の証言を入手する責任を負う。

4. 時効は6年間で事後使用例外あり

規則は、健康福祉省または大学・研究機関が告発を受け取った日から過去6年以内に発生した不正行為にのみ適用する。

ただし、ネカト疑惑者が過去6年以内に、ねつ造・改ざん・盗用とされる研究記録の一部を使用、再出版、または引用した場合、時効6年は適用されない(事後使用例外:Subsequent Use Exception)。

事後使用例外の具体例を示すと、以下での使用、再出版、引用である。

 処理されたデータ(Processed data)
 学術誌論文(Journal articles)
 資金獲得の提案またはデータ・リポジトリ(Funding proposals or data repositories)
 投稿原稿または出版された原稿(Submitted or published manuscripts)
 公衆衛生庁助成申請書(PHS grant applications)
 進捗報告(Progress reports)
 ポスター(Posters)
 プレゼンテーション(Presentations)
 その他の研究記録(Other research records)

5. 告発判断期間の短縮と調査期間の延長

変更案では、大学・研究機関は告発を受け取った日から30日以内に「告発判断(assessment)」を完了しなければならない、という規則を新たに導入する。

告発判断とは次のことである。

 告発が研究不正行為の定義に該当するかどうかの検討
 公衆衛生庁がサポートする生物医学または行動研究とそれらの教育、またはそれらの研究・教育に関連する活動かどうかの検討
 研究不正行為の証拠を特定できる十分な信頼と具体性があるかどうかの検討

変更案に設ける新しい細則では、ネカト告発を査定する際に必要な手順と、その告発判断に基づいて予備調査が正当化される場合についてのルールを述べている。

不正行為の告発を査定する際には、研究記録の調査、告発者、ネカト疑惑者、証人への聞き取りなどの複雑なプロセスがある。

これらを考慮すると、大学・研究機関はこの厳しいスケジュールを遵守するのに苦労するだろう。

告発判断を30日以内にするよう決めたのと対照的に、本調査(investigation)の期限を120日から180日に延長することを変更案は提案した。

大学・研究機関は、この期限を超える場合には、延長を正当とする説明書を 研究公正局 に提出し、延長を要請する必要がある。

従来、多くの大学・研究機関は120日以内に本調査を終えるのに苦労してきた。その結果、頻繁に、研究公正局に調査期間の延長を申請してきた。

180日以内であれば、多くの大学・研究機関は本調査を終える可能性は高い。延長を求める必要はほぼなくなるだろう。

6. 大学・研究機関の機密保持

変更案は、研究不正行為の手続きと関係者の機密保持に影響する点での変更も提案している。

第一に、「国民の健康と安全を守る。研究公正を促進する。公的資金を節約する」という健康福祉省 (HHS)の利益にかなう場合、研究公正局は疑惑者の個人情報なしで大学・研究機関の調査結果と処分を公表できる。

ただ、従来、大学・研究機関は、大学・研究機関の調査結果を公表していなかった。それで、大学・研究機関は、この変更案に反対すると思われる。

従来、これらの情報はネカト対処をする「知る必要がある(need to know)」人々に限定して開示していた。

変更案では、「知る必要がある(need to know)」人々を、公的および私的団体(public and private entities)、学術誌、編集者、出版社を含むと明確にする。

他の大学・研究機関は、ネカト告発に関連する記録を持っているかどうか、ネカト者を雇用しているか、ネカト疑惑者に研究資金を提供しているかどうか、を知る必要がある。

それで、大学・研究機関は、特に疑惑者が新しい大学・研究機関に異動した時、情報をいつ開示するのが適切なのか悩ましい。それで、そのことを明確にしておく。

変更案には、疑惑者、告発者、証人に聞き取りする前に、その情報がどのように開示されるかを知らせることを大学・研究機関に義務付ける規定も盛り込まれている。

実際には、疑惑者、告発者、証人への聞き取りを主導する弁護士は、伝統的な「アップジョン警告(Upjohn warning)」(説明以下)に加えて、聞き取り内容をどのように開示するか知らせるべきである。

「アップジョン警告(Upjohn warning)」

米国の不正調査では、役職員に聞き取りをする前に必ず「アップジョン警告」と呼ぶ通告をする。「私は会社側の弁護士であり、あなたの発言を秘密にするか否かは会社の都合で決まる」という警告だ。(出典:2019年2月11日記事:不正調査、日米に違い – 日本経済新聞

弁護士が企業を代理して従業員に対してインタビューを行う場合、当該インタビューに先立ち、以下の事項等について、口頭で告知をし、記録すること。

① 当該弁護士が、企業のみを代理しており、従業員を代理しているものではないこと
② 当該弁護士は、企業に対して法的助言を行うためにインタビューを行っており、インタビューは企業に助言することを目的とした調査の一部であること
③ 当該弁護士と従業員間のコミュニケーションは秘匿特権により保護されるが、当該秘匿特権は従業員ではなく、企業に属するものであり、企業が秘匿特権を放棄して、そのコミュニケーションの内容を第
三者に開示することができること
④ 従業員が議論の内容を第三者へ開示をしてはならないこと
(出典:西村あさひ法律事務所、北米ニューズレター2019年3月号

7. 上訴プロセスの合理化

上訴は研究公正局の調査結果と行政措置に異議を唱えることだが、この上訴プロセスは今まで何年もかかってきた。変更案では、より簡素にすることを提案している。

2005年の規則では、部門控訴委員会の行政法判事(ALJ:Departmental Appeals Board Administrative Law Judge)が、研究公正局とネカト疑惑者が提出した証拠に基づいて、研究公正局の所見を新たに審査することになっていた。

変更案では、判事(ALJ)はネカト疑惑者が研究公正局に提供した情報を含む行政記録を調べ、研究公正局の調査結果と行政措置(停職または資格剥奪を除く)が重大な法律または事実の誤りに基づいていないかどうかを判断することになる。

9. 結論

今回の変更案が施行されれば、公衆衛生庁が資金提供する研究での研究不正行為を管理する規則がより明確になる。

現行の規則は2005年の規則なので、約20年近く、施行してきた。

提案されている変更点の多くは、「知る必要がある(need to know)」の定義など、既存の非公式慣行を成文化するだけのものである。しかし、告発判断期間の短縮と調査期間の延長の導入などの変更は、大学・研究機関に大きな影響を与える。

ただ、ネカト調査が煩雑で(too cumbersome)、大学・研究機関とネカト疑惑者の双方に、時間(time-consuming)と費用がかかりすぎる(costly)、と多くの人が批判してきた。変更案は、この批判に対処しているとは思えない。

●7.【白楽の感想】

《1》ガッカリ 

研究不正を研究する学者、評論家、民間人、そして、ネカト調査した大学・研究機関は、現在の規則の不備を感じていた。

2023年に提案された変更点の多くは、この不備の内、軽微な点を修正し、成文化するという作業だった。

つまり、既存の非公式慣行を成文化しただけだ。否定的な見方で言えば、甘い対処・ズサンな対処をしている大学・研究機関のその甘さ・ズサンさに規則を合わせたのだ。

白楽は、ガッカリである。

これでは、研究ネカトは減らないだろう。

健康福祉省 (HHS)が掲げる「国民の健康と安全を守る。研究公正を促進する。公的資金を節約する」という大義から、さらに離れていく、という印象を受けた。

2005年以降、研究不正は「ねつ造・改ざん・盗用」だけではなく、もっと多様である。それらを取り締まり、予防する意識が、この変更案にはない。

ただ、大学・研究機関の本来の仕事は研究と教育(大学の場合)であって、不正捜査ではない。そこがそもそもおかしいのだが、例を1つ挙げる。

基本中の基本だが、本来、ネカトを取り締まる立場の大学・研究機関自身がネカト調査不正をしているし、ネカトを隠蔽している。

大学・研究機関が所属教員・研究者のネカト調査をするという現行の制度は、論理的にも、原理的にも異常である。

悪徳会社の重役が自社の社員の不正を公正に判定できる、となぜ考えるのだろう? 

当然、その判定を、国民は信用できない。第三者機関(ネカト取締部などの捜査機関)が調査すべきでしょう。

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日本の人口は、移民を受け入れなければ、試算では、2100年に現在の7~8割減の3000万人になるとの話だ。国・社会を動かす人間も7~8割減る。現状の日本は、科学技術が衰退し、かつ人間の質が劣化している。スポーツ、観光、娯楽を過度に追及する日本の現状は衰退を早め、ギリシャ化を促進する。今、科学技術と教育を基幹にし、人口減少に見合う堅実・健全で成熟した良質の人間社会を再構築するよう転換すべきだ。公正・誠実(integrity)・透明・説明責任も徹底する。そういう人物を昇進させ、社会のリーダーに据える。また、人類福祉の観点から、人口過多の発展途上国から、適度な人数の移民を受け入れる。
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★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

●9.【コメント】

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