哲学:リアンカン・ニー(倪梁康、Liangkang Ni)(中国)

2024年10月15日掲載 

ワンポイント:浙江大学・上級教授のリアンカン・ニーは、スイスの哲学者・イゾ・ケルンを師と仰ぎ、約40年、子弟関係にあった。ところが、イゾ・ケルンが1973年にドイツ語で出版した書籍3冊を、イゾ・ケルンに無断で、2018年に中国語に翻訳し、中国で出版した。2022年(66歳)、著作権侵害がバレて、中国の出版社は謝罪と賠償金を支払った。本当のワル(ミス?)はリアンカン・ニーなのか出版社なのか、わからない。イゾ・ケルンは、リアンカン・ニーに公式の謝罪を求めたが、リアンカン・ニーは拒否している。浙江大学はネカト調査をしていない。従って、リアンカン・ニーは処分されていない。国民の損害額(推定)は1億円(大雑把)。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
9.主要情報源
10.コメント
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●1.【概略】

リアンカン・ニー(倪梁康、Liangkang Ni、ORCID iD:?、写真出典)は、中国の浙江大学(せっこう だいがく、Zhejiang University)・上級教授で、専門は哲学である。

リアンカン・ニーは、スイスの哲学者・イゾ・ケルン(Iso Kern)を師と仰ぎ、約40年間、親しい師弟関係だった。

ところが、イゾ・ケルンが1973年にドイツ語で出版した書籍3冊を、無断で、2018年に中国語に翻訳・出版した。

2022年(66歳)、この著作権侵害がバレて、中国の出版社は謝罪と賠償金を支払った。

この著作権侵害は意図的な悪行なのか、単なるミスなのか、また、責任はリアンカン・ニーにあるのか出版社にあるのか、わからない。

ただ、イゾ・ケルンがリアンカン・ニーに公式の謝罪を求めても、リアンカン・ニーは拒否している。ということは、リアンカン・ニーの意図的な悪行ということか?

浙江大学はネカト調査をしていない。従って、リアンカン・ニーは処分されていない。

浙江大学(せっこう だいがく、Zhejiang University)。写真出典

  • 国:中国
  • 成長国:中国
  • 医師免許(MD)取得:なし
  • 研究博士号(PhD)取得:ドイツのフライブルク大学
  • 男女:男性
  • 生年月日:1956年7月。仮に1956年7月1日生まれとする
  • 現在の年齢:68歳
  • 分野:哲学
  • 不正書籍出版:2018年(62歳)
  • ネカト行為時の地位:中山大学・教授
  • 発覚年:2022年(66歳)
  • 発覚時地位:浙江大学・上級教授
  • ステップ1(発覚):第一次追及者は被盗用者のイゾ・ケルン(Iso Kern)
  • ステップ2(メディア):「swissinfo.ch」、「香港01」
  • ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①学術誌・編集部。②裁判
  • 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし
  • 大学の透明性:調査していない(✖)。訴訟になったためかもしれない
  • 不正:翻訳盗用。著作権法違反
  • 不正論文数:3冊の本
  • 盗用ページ率:100%
  • 盗用文字率:100%
  • 時期:研究キャリアの後期
  • 職:事件後に研究職(または発覚時の地位)を続けた(〇)
  • 処分:なし。書籍は回収
  • 対処問題:大学怠慢
  • 特徴:著作権法違反だが、大学は調査せず・処分せず
  • 日本人の弟子・友人:不明

【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は1億円(大雑把)。

●2.【経歴と経過】

主な出典:倪梁康_百度百科

  • 生年月日:1956年7月。仮に1956年7月1日生まれとする
  • 1976~1980年(20~24歳):中国の南京大学・外国語学部で学士号取得:哲学
  • 1985年(29歳):同大学で修士号取得:哲学
  • 1985~1990年(29~34歳):ドイツのフライブルク大学(Universität Freiburg)で研究博士号(PhD)を取得:哲学
  • 1991~1994年(35~38歳):南京大学・哲学科・講師兼準教授
  • 1995~1997年(39~41歳):ドイツのアッパータール大学とスイスのベルン大学で哲学の研究
  • 1998年(42歳):南京大学・哲学科・教授
  • 2002年1月(46歳):中山大学・教授
  • 2018年(62歳):盗用した書籍を出版
  • 2019年1月(63歳):浙江大学(せっこう だいがく、Zhejiang University)・上級教授
  • 2022年7月(66歳):盗用が発覚
  • 2024年10月14日(68歳)現在:従来職を維持:倪梁康

●3.【動画】

【動画1】
動画:「公式の場での謝罪を求めるイゾ・ケルン氏 – YouTube」(英語)(日本語字幕)3分44秒。
SWI swissinfo.ch – 日本語(チャンネル登録者数 1.3万人) が2023/01/17に公開

●4.【日本語の解説】

★2023年1月16日:著者名不記載、編集:Balz Rigendinger、独語からの翻訳:井口富美子(swissinfo.ch):スイス人哲学者の絶望 中国人愛弟子による裏切り

出典 → ココ、(保存版) 

クラッティゲンでの撮影中、リュー・イー氏がこの全集に中国語版があるかと尋ねると、ケルン氏は否定した。ところが後日、リュー氏はインターネットで中国版を見つけ出す。それは2018年に出版されており、編集責任者の名前はニー・リアンカン(倪梁康)となっていた。同氏は中国の哲学教授で、イゾ・ケルン氏の教え子でもあった。リュー氏は中国でケルン氏のまとめた3巻を含む17巻が無断で翻訳・出版され、流通していることを伝えた。

「それを知ったとき、ケルン氏は麻痺したように動けなくなりました」(リュー氏)

続きは、原典をお読みください。

●5.【不正発覚の経緯と内容】

★イゾ・ケルン(Iso Kern)

イゾ・ケルン(Iso Kern、写真出典)は1937年10月3日にスイスのベルンに生まれたスイスの哲学者である。

最初はベルギーのルーヴァン・カトリック大学(Université catholique de Louvain)の高等哲学研究所で学び、フッサールとカントを研究した。1961年、そこで、研究博士号(PhD)を取得した。

1963年頃から、中国に関心を持ち、中国語も学んだ。

1979年から中国哲学に専念するようになり、中国に渡り、明代の儒学者、王陽明(1472~1529)を研究した。

1981年頃、南京大学でリアンカン・ニー(倪梁康、Liangkang Ni、写真出典)と出会った。 → 2020年10月29日記事:倪梁康:我的学术之路_哲学

リアンカン・ニーはイゾ・ケルンの教え子になり、以来、約40年、イゾ・ケルンとリアンカン・ニーは師弟関係および個人的にも親しい関係を続けてきた。盗用事件が発覚するまで、友好な関係を保っていた。

イゾ・ケルンは、1984年まで、国立台湾大学、南京大学、北京大学の哲学研究所でも研究をつづけ、中国では耿寧(ゴン・ニン)という名で知られ、中国でも有名な哲学者になった。

1984年、スイスに戻った後、47歳のイゾ・ケルンはチューリッヒ大学とフリブール大学で中国哲学の教鞭をとった。

1985年からベルン大学で道教、儒教、仏教を教え、1995年に58歳で同大学の名誉教授になった。

★発覚の経緯

以下の内容と文章は、「swissinfo.ch」記事の内容に大きく依存している。白楽が抽出・加筆した。 → 2023年1月16日、著者不記載、編集:Balz Rigendinger、独語からの翻訳:井口富美子の「swissinfo.ch」記事:スイス人哲学者の絶望 中国人愛弟子による裏切り

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2022年7月、イゾ・ケルンを主役に、「The Hanologist(中国学者)」というタイトルのドキュメンタリー映画を作るために、香港のリュー・イー監督(Liu Yi、刘怡、女性)が撮影チームを連れてスイスにやって来た。

ドイツ語版フッサール全集は全部で42巻もあるが、イゾ・ケルンは、10年もかけて、そのうちの第13~15巻の3巻を担当し、1973年にシュプリンガー社(Springer)から出版した(以下出典:アマゾン)。

書籍:Edmund Husserl: Zur Phänomenologie der Intersubjektivität. Texte aus dem Nachlass. Erster Teil: 1905–1920. (Husserliana Band 13). Springer, Berlin 1973, ISBN 90-247-5028-8.

リュー・イー監督がこの全集の中国語版があるかと尋ねると、イゾ・ケルンは「ない」と答えた。

ところが後日、リュー・イー監督はインターネットで中国語版を見つけた。

イゾ・ケルンの教え子のリアンカン・ニー(倪梁康)が責任編集者となって、『共主观性的现象学』を、2018年にコマーシャル・プレス出版社から出版していた(書籍写真出典)。イゾ・ケルンの原書出版から45年後である。

リュー・イー監督はイゾ・ケルンがまとめた3巻を含む17巻が、著者・出版社に無断で、中国で翻訳・出版され、流通していることをイゾ・ケルンに伝えた。

イゾ・ケルンは愕然とした。

イゾ・ケルンの著作を中国語に無断翻訳し、中国で出版した翌年の2019年、リアンカン・ニー(倪梁康)は、スイスの恩師・イゾ・ケルンが住むスイスのクラッティゲンに訪ねていた。

その時、リアンカン・ニーはイゾ・ケルンの翻訳出版したことを一言も伝えていなかった。

イゾ・ケルンは電話でリアンカン・ニーに問いただした。

どうして1年前に会った時、出版のことを話してくれなかったのか?

その時、リアンカン・ニーは「誤解があった」と答えたが、それ以降、リアンカン・ニーはイゾ・ケルンからの連絡を遮断した。

★著作権法違反

リアンカン・ニーの無断翻訳は中国の法律にも違反していた。

中国の法律でも外国語の書籍を翻訳するには著作権者の許可が必要で、著作権を侵害すると、著者、出版社、印刷会社に損害賠償の責任が生じる。

2022年10月、中国のコマーシャル・プレス出版社は、同社・編集部がすでに著作権が切れていると勘違いした重大なミスだったとイゾ・ケルンに謝罪し、書籍の回収、賠償金の支払いを伝えた。

イゾ・ケルンの弁護士は、リアンカン・ニーに公的な謝罪を求めた。

しかし、リアンカン・ニーは謝罪を拒否している。

盗用し出版した書籍は、中国の中央政府が直接出資した国家社会科学基金に支援を受けて出版されていた。それで、リアンカン・ニーは、メンツがあって、謝罪を拒否しているらしい。

【盗用の具体例】

ドイツ語の著書を著者・出版社の許可なく中国語に翻訳し出版した。

完全な著作権法違反。

具体例は上記したので省略。

●6.【論文数と撤回論文とパブピア】

データベースに直接リンクしているので、記事閲覧時、リンク先の数値は、記事執筆時の以下の数値より増えている(ことがある)。

★スコーパス(Scopus)

2024年10月14日現在、スコーパス(Scopus)で、リアンカン・ニー(倪梁康、Liangkang Ni)の文献を「Liangkang Ni」で検索した。7文献がヒットした。

★撤回監視データベース

2024年10月14日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回監視データベースでリアンカン・ニー(倪梁康、Liangkang Ni)を「Liangkang Ni」で検索すると、0論文が撤回されていた。

★パブピア(PubPeer)

2024年10月14日現在、「パブピア(PubPeer)」では、リアンカン・ニー(倪梁康、Liangkang Ni)の論文のコメントを「Liangkang Ni」で検索すると、0論文にコメントがあった。

●7.【白楽の感想】

《1》中国人の研究公正観 

リアンカン・ニー事件は、書籍の翻訳を出版社の許可なく出版した著作権法違反である。

この問題は、翻訳出版する中国のコマーシャル・プレス出版社が、原書を出版した出版社と交渉し、お金を払って翻訳権を取得するのが通常である。この際、著者はこの交渉に参加しない。

だから、リアンカン・ニーが盗用したのではなく、出版社が単に「著作権が切れていると勘違いしたことによる重大なミス」として、決着を図った。

これは建前だろう。

中国語訳版を2018年に出版しているが、その翌年の2019年に、リアンカン・ニーはスイスでイゾ・ケルンを訪問している。

自分に非がないなら、リアンカン・ニーは、イゾ・ケルンの著者を翻訳出版したこと誇らしげに伝えるハズだ。

しかし、その時、前年に翻訳出版した書籍の事をイゾ・ケルンに伝えていない。

つまり、コマーシャル・プレス出版社は自分たちのミスだとしたが、リアンカン・ニーは出版を隠していたので、リアンカン・ニーの意図的な盗用だったと思われれる。

《2》人間性の問題

白楽は中国の研究公正観を十分把握していない。

しかし、今まで調べた中国人が犯したネカト事件では、めちゃヒドイのから軽微までさまざまである。

どちらかといえば、中国人が中国で犯したネカト事件の方が外国で犯したネカト事件よりヒドイのが多い。これは、軽微なネカト行為は中国では事件にならないためと思われる。

どの国もそうだけど、研究者のネカト事件は「軽微」から「ヒドイ」のがある。

リアンカン・ニー(倪梁康、Liangkang Ni)のネカトは、「軽微」ではなく、かなり「ヒドイ」、と思った。

ネカト行為の程度がヒドイというのではなく、師弟関係を壊す人間性の問題、つまり、「受けた恩を仇で返す」行為にヒドさを感じた。

人間性に問題があるこういう人が教授として中国の優秀な若者に「哲学」を教えている。

「哲学」って、知識や技術だけではなく、物事のとらえ方、善悪、人間がどう生きるか、ではないのか。そういう意味でも、リアンカン・ニー(倪梁康、Liangkang Ni)のネカトは、かなり「ヒドイ」、と思った。

リアンカン・ニー(倪梁康、Liangkang Ni)。https://www.hk01.com/article/847014?utm_source=01articlecopy&utm_medium=referral

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日本の人口は、移民を受け入れなければ、試算では、2100年に現在の7~8割減の3000万人になるとの話だ。国・社会を動かす人間も7~8割減る。現状の日本は、科学技術が衰退し、かつ人間の質が劣化している。スポーツ、観光、娯楽を過度に追及する日本の現状は衰退を早め、ギリシャ化を促進する。今、科学技術と教育を基幹にし、人口減少に見合う堅実・健全で成熟した良質の人間社会を再構築するよう転換すべきだ。公正・誠実(integrity)・透明・説明責任も徹底する。そういう人物を昇進させ、社会のリーダーに据える。また、人類福祉の観点から、人口過多の発展途上国から、適度な人数の移民を受け入れる
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●9.【主要情報源】

① 百度百科:倪梁康_百度百科
② ウィキペディア・中国語版:倪梁康 – 维基百科,自由的百科全书
③ ウィキペディア・ドイツ語版:Iso Kern – Wikipedia
④ ◎2023年1月16日、著者不記載、編集:Balz Rigendinger、独語からの翻訳:井口富美子の「swissinfo.ch」記事:スイス人哲学者の絶望 中国人愛弟子による裏切り
 有料記事で白楽未読:2024年6月17日のウィリアム・チェン(William Zheng)記者の⑤ 「South China Morning Post」記事:Swiss philosopher Iso Kern sues former Chinese student Ni Liangkang for alleged plagiarism | South China Morning Post
⑥ 2022年12月14日の梁嘉欣・記者、梁嘉信・記者の「香港01」記事:瑞士哲學泰斗疑遭中國教授侵權翻譯 致信國家主席要求公開道歉
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