7-186 書いていない論文の著者にされるという新しい学術詐欺

2026年1月13日(火)掲載

スウェーデンのウプサラ大学のトーベ・ゴドスケセン準教授(Tove Godskesen)は、自分が書いていない「2024年のClin Cancer Investig J」論文の著者になっていた。その自分の体験を新しい学術詐欺だと「2025年5月のLearned Publishing」論文で説明した。興味深いことに鳥井真平・記者の毎日新聞の記事を引用している。また、2024年の似たようなステフェン・バーラ事件(Steffen Barra)を引用したので、その「2024年6月の撤回監視(Retraction Watch)」記事も、白楽は解説した。
 

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.日本語の予備解説
2.ゴドスケセンの「2025年5月のLearned Publishing」論文
7.白楽の感想
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【注意】

学術論文ではなくウェブ記事なども、本ブログでは統一的な名称にするために、「論文」と書いている。

「論文を読んで」は、全文翻訳ではありません。

記事では、「論文」のポイントのみを紹介し、白楽の色に染め直し、さらに、理解しやすいように白楽が写真・解説を加えるなど、色々と加工している。

研究者レベルの人が本記事に興味を持ち、研究論文で引用するなら、元論文を読んで元論文を引用した方が良いと思います。ただ、白楽が加えた部分を引用するなら、本記事を引用するしかないですね。

●1.【日本語の予備解説】

★2023年9月18日:7-124 書いていないのに単著論文の著者 | 白楽の研究者倫理

出典 → ココ

7-124 書いていないのに単著論文の著者

 

●2.【ゴドスケセンの「2025年5月のLearned Publishing」論文】

★読んだ論文

  • 論文名:Fraudulent Research Falsely Attributed to Credible Researchers — An Emerging Challenge for Journals?
    日本語訳:信頼できる研究者に誤って帰属された不正な研究 — 学術誌の新たな課題か?
  • 著者:Tove Godskesen
  • 掲載誌・巻・ページ:Learned Publishing: Volume 38, Issue 3
  • 発行年月日:2025年5月2日
  • ウェブサイト:https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/leap.2009
  • 著者の紹介:トーベ・ゴドスケセン(Tove Godskesen、写真と経歴の出典)。
  • 学歴:xxxx年にスウェーデンのウプサラ大学(Uppsala University)で研究博士号(PhD)を取得
  • 分野:臨床試験倫理
  • 論文出版時の所属・地位:登録看護師、ウプサラ大学・準教授(医療倫理学)、ノルウェーのノルド大学・教授(看護学)。(Registered Nurse, Associate Professor of Medical Ethics at Uppsala University and Professor in Nursing at Nord University, Norway.)

●【論文内容】

★概略

スウェーデンのウプサラ大学(Uppsala University)・準教授のトーベ・ゴドスケセン(Tove Godskesen)は、自分が書いていない「2024年のClin Cancer Investig J」論文(以下)の著者になっていた。共著者になっている3人の同僚も書いた覚えがないという。

しかも、この論文のデータは捏造だった。

こうなると、自分が書いていない論文で、自分は研究不正者として処分されるかもしれない。

しかし、一体だれがどういう目的でこんなことをしたのだろう。

ーーー論文の本文は以下から開始ーーー

★1.書いていない論文の著者

最近、複数の研究者から、Clinical Cancer Investigation Journal に掲載された私(ゴドスケセン)たちの「2024年のClin Cancer Investig J」論文について質問された。

「私(ゴドスケセン)たちの論文」と書いたけれど、私(ゴドスケセン)はこの論文を書いた覚えはない。3人の共著者に確かめたが、共著者もこの論文を書いた覚えはないとの返事だった。

それで詳細に調べた。

この論文は、私たちの承諾なしに私たちを著者としただけでなく、なんと、捏造データを含んでいた。

なぜこのようなことが起こったのか?

また、これは新しい形の研究不正なのか?

従来の研究不正は、捏造、改ざん、盗用、オノラリー・オーサーシップ(honorary authorship、名誉著者)などだが、今回のようなケースは対象外(想定外)である。

研究実施にも論文執筆にも関与していない私たちが著者になった論文が出版された。

これは新しいタイプの研究不正の出現かもしれない。

それで、2023~2024年の2年間のRetraction Watchデータベースを調査したところ、虚偽著者(false/forged authorship)を理由に撤回された30件の論文のうち、16件に理由が書かれていた。

理由と件数は以下だった。

  • 架空著者(8件、fictitious authorship)
  • 無許可出版(2件、unauthorised publications)
  • 身元捏造(1件、complete identity fabrication)
  • その他の理由の5件は、共著者不正(unethical co-author charges)、虚偽倫理承認(false ethics approval、白楽は理解不能)、データ捏造(data fabrication 、白楽は「虚偽著者」にこの理由があるのを理解できない)

KweeとKwee(2023)は、1984~2021年の38年間に撤回された192件の医学論文で、偽造著者は4.0%(8件)だと報告した。

なお、私(ゴドスケセン)の経験と完全には一致しないが、類似の事例が1件報告されている(以下の「撤回監視(Retraction Watch)」論文 )。

―――「撤回監視(Retraction Watch)」論文 ―――

ゴドスケセンは論文を引用しただけで、内容を記載していない。

お節介な白楽が内容を記載する。

出典:2024年6月14日のエイブリー・オラル(Avery Orrall)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」論文: ‘Perplexed’ author’s identity forged on plagiarized paper in ‘probably fake’ journal – Retraction Watch

ドイツのザールラント大学(University of Saarland)の研究者であるステフェン・バーラ(Steffen Barra、写真出典)は、自分が書いていない「2023年のAbnormal and Behavioural Psychology」論文(以下)の単著者になっていたことに、2024年2月に気付いた。 → Introducing the Complexities of Forensic Psychology: Decoding the Mind Behind the Crime

この論文は他人の論文を盗用していた。

論文に記載された著者名にリンクしている連絡先はバーラ本人の本物の連絡先だった。

バーラは盗用の責任を問われるかもしれないと不安に思い、すぐに出版社のヒラリス出版社(Hilaris Publishing)に連絡した。

ところが、ヒラリス出版社はそっけない対応をし、著者名のリンクを単に削除しただけだった。

結局、「本当の著者」はわからないままだ。

また、この論文の参考文献は5件だけで、同じ著者への重複はない。それで引用数を獲得するために「本当の著者」が行なった不正行為とは思えない。

バーラはドイツ研究オンブズマン事務局長のヒョルディス・チェスニック(Hjördis Czesnick)に状況を伝え、調査を依頼した。

ヒラリス出版社の連絡先はベルギーなので、チェスニック事務局長はベルギーのフランダース研究公正委員会(Flemish Commission for Research Integrity)とベルギー警察に通報した。

2026年1月12日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」論文の掲載から1年半が経過したが、白楽は、その後の進展を把握できていない

ヒラリス出版社のサイトは稼働しているので、閉鎖せず、業務を行なっている、と思われる。

この不正行為はヒラリス出版社の学術誌自身が行ない、その目的は、評判の高い研究者の論文を掲載することで学術誌のイメージ向上を狙ったのではないかと推察されている。

[白楽の感想:白楽はそう思わない。失礼なことを言って申し訳ないが、もしそうなら有力研究者を著者にするはずだ。ヒラリス出版社は学術誌の掲載論文数を単に増やすために行なったと思う。新聞は白紙では売れないので、なんとか記事を埋めるみたいな]

―――「撤回監視(Retraction Watch)」論文 ―――は、ここまで

★2.研究不正行為の増加

最近の研究では、科学者の相当数がデータの捏造や改ざんを含む研究不正行為に関与したことを認めている。

2021年のオランダの調査では、2017~2020年の3年間に約8%の研究者がデータを捏造・改ざんした。また、50%以上の研究者がデータを選択して報告するなどのクログレイをした。 → 2021年7月22日論文:8% of researchers in Dutch survey have falsified or fabricated data

デンマークなどの4,700人以上の研究者を調査した結果では、容認されている(social acceptability)と弁解し、10人中9人が少なくとも1回はクログレイをしていた(Schneider et al. 2024 )。

論文撤回数は、2000年に10万論文あたり約11論文だったが、2020年には約45論文と4倍に増加している(Holly 2024 ; Freijedo-Farinas et al. 2024 )。

撤回理由は、不正行為(misconduct)が約67%で、誠実な誤りは約16%だった。

AI作成のデタラメ論文の数は増え、かつ、洗練され、検出が困難になってきている(Elali and Rachid 2023 )。

このような状況なので、学術研究者は、さらに新たな学術詐欺の出現も想定しておくべきだ。

★3.新しいタイプの研究詐欺?

前述したように、自分(ゴドスケセン)が書いていない論文が「2024年のClin Cancer Investig J」論文として出版された。

誰がしたのかわからないが、まず、どうしてこんなことをしたのか?

考えられる理由の1つは、出版社や編集者が、自らの学術誌の正当性を高めるために私たち研究者の名前を利用した可能性である。

白楽注:学術誌「Clin Cancer Investig J」はトルコのデニズ出版社(Deniz Publication)が年6冊出版しているオープンアクセス誌である。編集長はカナダのマギル大学・教授のアラ・エディン・アル・ムスタファ(Ala-Eddin Al Moustafa、写真出典) で、日本人の編集委員を探すと、慶應義塾大学の北川雄光・教授(Yuhkoh Kitagawa)がいた。 → Clinical Cancer Investigation Journal

確立された研究者の論文を掲載することで、その学術誌は正当な学術誌として受け入れられやすくなり、インパクトファクターが上がる可能性がある。

前述を再掲:[白楽の感想:白楽はそう思わない。失礼なことを言うが、もしそうなら有力研究者を著者にするはずだ。学術誌の掲載論文数を単に増やすためだと思う。新聞は白紙では売れないので、なんとか記事を埋めるみたいな]

もう1つの可能性は、同じ学術誌や同じ出版社の他の論文を引用することで、被引用数を意図的に上げる可能性である。[白楽注:今回は該当しない]

★4.学術誌が背後にいるとなぜ思うのか?

自分(ゴドスケセン)が書いたとされた「2024年のClin Cancer Investig J」論文には、複数の研究不正を示唆する危険信号があった。

1つ目は、出版プロセスの重要なステップである査読をした形跡がない。

2つ目は、研究結果の証拠を提供する標準的な手順が守られていない。というのは、脆弱な集団である小児がん患者を対象とした研究なのに、論文には倫理的承認に関する記述がない。

3つ目は、驚いたことに、研究場所の記載が省略されていた。これは、研究の正当性に疑問が生じる。

4つ目は、引用文献には論文内容とは無関係な4報の論文がリストされていた。

5つ目は、上記の4つの問題を編集者に通報したにもかかわらず、編集者からは返事が全くなかった。それで、研究公正に対する懸念がさらに深まった。

この論文の「本当の著者」はわからないが、誰が利益を得ているのかと推察すると、利益を得ているのは出版社・学術誌である。

出版社・学術誌編集部または論文工場が制作したのではないだろうか?

捏造データ、偽造著者・なりすまし著者、査読偽装などをする論文工場は、学術上の不正行為の1つである(Else and Van Noorden 2021 ; Parker et al. 2024 )。

これらの非倫理的な行為は、多くの場合、「出版か死か(Publish or Perish)」文化によって引き起こされている。

研究者は終身在職権、学術的地位、研究資金を確保するために論文を発表しなければという強いプレッシャーにさらされていて、このプレッシャーは学術上の不正行為の大きな要因になっている(Ott and Cisneros 2015 ; Lei et al. 2024 ; Wu 2025 )。

私たちの場合、問題の論文は、私たちの知らないうちに、私たちが著者として出版され、しかも、論文には捏造データが含まれていた。

私たちの知る限り、このタイプの不正行為(無許可の著者名とデータ捏造)は、今まで研究不正として報告されておらず、新しいタイプの研究不正と思われる。

ただ、注目すべき事例として、日本の新聞が報じた事例がある。

捏造されたデータを含む3つの論文が、本人の同意なしに出版されていた(毎日新聞2025 )。[白楽注:単著が3論文なのか、3人の共著論文が3つなのか不明]

その3つの論文は、人工知能(AI)によって製作されたと考えられる。

不誠実出版(いわゆる捕食出版)の専門家である同志社大学の佐藤翔・教授は、こうした論文は、権威ある研究者によって執筆されたように見せかけ、正当性を得ようとする意図があった可能性があると指摘した。

なお、佐藤教授は「(論文投稿者による)生成AIの悪用は警戒されていたが、出版社が自誌の掲載論文を生成するのは予想外だ。今後、より悪質な使用例も出てくると考えられる」と指摘する(ゴドスケセン論文の英文部分を、白楽は、毎日新聞の日本語部分の文章にした)。

★5.結果と対策

この新たなタイプの研究不正に対し警戒する必要がある。

科学への信頼を維持し、研究公正を守るために、学術機関と出版社は協力して、効果的な解決策を策定する必要がある。

例えば、このような不正行為をCabellsのPredatory Reports に報告する。

捏造に対抗するためには、より厳格な査読プロセスの導入、検出技術の向上、そして研究公正文化の醸成が不可欠である(Elali and Rachid 2023 )。

★6.結論

生成AIを使うことで、信頼性が高く、人間が作成したコンテンツと区別がつかないコンテンツを作成できる。しかも、しかも作成は容易になってきた。AI生成言語モデルを使うことでそこそこの学術論文を容易に書くことができる(Kim et al. 2024 ; Ray 2024 )。

この新たなタイプの研究不正は、科学界にとって重大な課題となっている。

正当な研究者の氏名をかたり、本人の同意なく発表する不正論文は、研究公正を脅かす。

データの捏造と相まって、不正の検出と防止はますます困難になっている。

警戒の強化、査読の厳格化、そして検出技術の向上が不可欠である。

学術機関、出版社、そして研究者間の連携は、研究公正を守るために不可欠である。

研究公正文化を育み、厳格な倫理基準を実施することで、科学界は研究不正をより効果的に防止し、科学の信頼性を確保できる。

●7.【白楽の感想】

《1》著者在順 

著者のトーベ・ゴドスケセン(Tove Godskesen)は、自分が書いていない論文なのに、自分が著者として発表されたことに、大きなショックを受けたと思われる。

ゴドスケセンの専門は臨床試験倫理で、ゴドスケセンは、学術詐欺全体で何が起こっているか、また、学術詐欺の深刻さを十分、理解しているとは思えない。

システマティックに調べているネカトハンターはいないので、実際の事件数は数十件なのか数千件なのかわからないが、「被なりすまし」「偽造著者」など、この手の学術詐欺はもはや「それほど珍しくない」。

たまたま、「被なりすまし」に気付いた被害研究者が問題視し、それをメディアが取りあげた時、事件として認知され、白楽が知ることになる。

しかし、著者が気付かなければ、また、気付いてもメディアが取りあげなければ事件として公表されず、一般的に認知できない。そのようなケースは、全く憶測だが、かなり(数百件? 数万件?)あると思う。

なお、解決策として、ゴドスケセンは「査読の厳格化」など出版社・学術誌編集部に対処を求めているが、出版社・学術誌編集部が「金儲け」のためにこの手の不正をしているケースが多いので、出版社・学術誌編集部者に対処を求めても解決しない。

捏造データを指摘しても、論文を撤回しない「まともな」学術誌は多数ある。「不誠実な」学術誌ならなおさら対処しない。

別の視点から改善策を講じないと無理だと思う。

《2》毎日新聞 

トーベ・ゴドスケセン(Tove Godskesen)の「2025年5月のLearned Publishing」論文が毎日新聞の記事を引用していたのには驚いた。

もちろん、毎日新聞の記事と言っても英語版の記事である(以下)。
The Mainichi. 2025. “Fake Scientific Papers Made With AI Used Names of 3 Japan Researchers, January 15.” https://mainichi.jp/english/articles/20250115/p2a/00m/0sc/021000c.

日本語版は、2025年1月14日の鳥井真平・記者の記事「生成AIでフェイク論文 実在する日本人研究者3人の名前かたり」である。 https://mainichi.jp/articles/20250111/k00/00m/040/146000c

《3》疑惑:その1 

ゴドスケセンの「書いてない論文」の「本当の著者」は誰だったのか?

本当は共著者が書いて投稿したということはないのだろうか? 論文数が増えるのは研究者としては得だからだ。

ゴドスケセンは深く調べていない。大学も調査していない。

もし共著者が犯人なら、問われれば、否定するだろう。その場合、否定が信じられる理由はあるのだろうか?

《4》疑惑:その2 

ゴドスケセン事件の論文にはデータ捏造がある。

普通なら、発覚時点でウプサラ大学がネカト調査を始め、ゴドスケセンを研究不正者と結論し、ゴドスケセンを処分するだろう。

「書いてない論文」の著者だとわかった時、ステフェン・バーラは盗用の責任を問われるかもしれないと不安に思ったそうだが、ゴドスケセンは不安に思わなかったのだろうか?

ゴドスケセンは不安に思わなかったようだが、悪意のある「本当の著者」が、ゴドスケセンを研究不正で処罰させようとした可能性もあり得る。

その場合、ネカト調査の過程で、ゴドスケセンは「自分は書いてない」と主張しても、その証拠を示すのは難しい。基本的に、「していない」証拠を示すのは難しいからだ。

その上、調査委員はゴドスケセンが証拠を隠滅したと疑うだろう。

トーベ・ゴドスケセン(Tove Godskesen)、写真出典

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