7-184 ◎研究不正改革は絶望的

2025年12月9日(火)掲載 

長文注意】。2025年4月7日~9日、英国のドロシー・ビショップが「研究公正に対する説明責任の促進(Fostering Accountability for the Integrity of Research Studies)」会議を主催した。参加したチャバ・サボー(Csaba Szabo)が会議で思った意見を「2025年4月のFor Better Science」論文に辛辣に書いた。白楽記事では、レオニッド・シュナイダーの感想と読者のコメントも加えた。サボーとシュナイダーの指摘は素晴らしく的を射ている。白楽は絶望的になった。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.日本語の関連知識
2.サボーの「2025年4月のFor Better Science」論文
3.レオニッド・シュナイダーの感想
 《1》コメント
7.白楽の感想
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【注意】

学術論文ではなくウェブ記事なども、本ブログでは統一的な名称にするために、「論文」と書いている。

「論文を読んで」は、全文翻訳ではありません。

記事では、「論文」のポイントのみを紹介し、白楽の色に染め直し、さらに、理解しやすいように白楽が写真・解説を加えるなど、色々と加工している。

研究者レベルの人が本記事に興味を持ち、研究論文で引用するなら、元論文を読んで元論文を引用した方が良いと思います。ただ、白楽が加えた部分を引用するなら、本記事を引用するしかないですね。

●1.【日本語の関連知識】

★2025年9月30日:7-181 ドロシー・ビショップの「書評」:チャバ・サボー(Csaba Szabo)著の『信頼できない(Unreliable)』| 白楽の研究者倫理

出典 → ココ

7-181 ドロシー・ビショップの「書評」:チャバ・サボー(Csaba Szabo)著の『信頼できない(Unreliable)』

●2.【サボーの「2025年4月のFor Better Science」論文】

★読んだ論文

  • 論文名:FAIRS: Frustrating Attempts at Integrity Reform in Science
    日本語訳:FAIRS:研究公正改革のイライラする試み
  • 著者:Csaba Szabo
  • 掲載誌・巻・ページ:For Better Science
  • 発行年月日:2025年4月22日
  • ウェブサイト:https://forbetterscience.com/2025/04/22/fairs-frustrating-attempts-at-integrity-reform-in-science
  • 著者の紹介:チャバ・サボー(Csaba Szabo、経歴出典、写真出典)。
  • 学歴:1992年にハンガリーのセンメルワイス大学(Semmelweis University)で医師免許取得。1994年に英国のウィリアム・ハーベイ研究所(William Harvey Institute)で研究博士号(PhD)取得(薬理学)。xxxx年にハンガリーのハンガリー科学大学(Hungarian University of Sciences)で研究博士号(PhD)取得(生理学)
  • 分野:医師で薬理学者
  • 論文出版時の所属・地位:スイスのフリブール大学(University of Fribourg)で薬理学部門の責任者

●【論文内容】

★FAIRS会議の内容

2025年4月7日~9日、ドロシー・ビショップ教授(Dorothy Bishop)とジェイディープ・パンディット教授(Jaideep Pandit)(2人は英国のオックスフォード大学セント・ジョンズ・カレッジ研究員)は彼らの母校でFAIRS会議を開催した。

FAIRSは「Fostering Accountability for the Integrity of Research Studies(研究公正に対する説明責任の促進)」の頭文字をつなげた略称である。早い話、「研究不正問題をどう改革するか」である。

チャバ・サボーの本論文のタイトル「Frustrating Attempts at Integrity Reform in Science」は、著者のチャバ・サボーが上記会議のFAIRSと頭文字を同じにもじったタイトルである。

会議には約80名の「会場」参加者が集まり、他に、約120名のオンライン参加者がいた。

参加者は、研究公正に関心を持つ研究者、学術誌編集者、出版社の代表者、大学の研究公正担当役員、ネカトハンター、学生、そしてメディア関係者だった。プログラム全体は会議のウェブサイトで閲覧できる。 → SJC Fairs Meeting

ドロシー・ビショップ(Dorothy Bishop、写真出典は会議のサイト)は、発達神経心理学を専門とする優れた(現在は引退)研究者であるだけでなく、長年にわたり研究公正のために闘ってきた人物である。・・・[以下、白楽ブログの人物写真の出典は記載がなければ、すべて、会議のサイト

彼女は、この極めて重要でありながら全く報われず、非常に苛立たしい研究不正問題に時間を費やしている学術的に優れた研究者である。

下図はFAIRS会議で最もよく使われた単語を抽出したワードクラウド図である。

各単語のフォントサイズは、FAIRS会議での使用頻度に比例している。これらの単語は研究不正の研究者に馴染み深い。

しかし、どういうわけか、「改革(reform)」「政策(policy)」「罰則(penalties)」「(研究不正の)結果(consequences)」「解決策(solutions)」といった単語がない。

★前臨床研究不正行為(Preclinical Scientific Misconduct)

 会議で議論された内容。白楽が省略。

★臨床研究不正行為(Clinical Research Misconduct)

 会議で議論された内容。白楽が省略。

★文化的、社会的、地政学的側面(Cultural, Social, and Geopolitical Dimensions)

会議で議論された内容の一部を白楽が省略。

中国の復旦大学(Fudan University)のリ・タン教授(Li Tan、唐莉)は、研究公正改革における中国の課題をいくつか指摘した。

中国の研究助成機関は深刻な研究不正問題を十分に認識しているとのことだが、今後どのような制度改革する予定なのかハッキリ示していなかった。

ただ、悪名高い中国の「論文発表報奨金(cash rewards for publications)」制度は、現在、廃止されている、と述べた。

[白楽注:「論文発表報奨金」制度は2020年に廃止されたことになっている(2020年3月3日記事:China bans cash rewards for publishing papers | News | Nature Index)。しかし、2024年6月24日の記事にネイチャーの論文を発表した2人の教授それぞれが100万元(約2千万円)の報奨金をもらった、とある。廃止は表向きだけ? → 2024年6月24日記事:一流誌の論文に100万元の報奨金、議論を巻き起こす – Chinadaily.com.cn — 1m yuan rewards for papers in top journal spark debate – Chinadaily.com.cn

中国の研究助成機関の評価は、現在、論文の量ではなく質に重点を置いている。それで、論文工場の活動は徐々に緩和するだろうと述べた。

★公式コンセンサス

会議で議論された内容は白楽が省略したが、著者のチャバ・サボーは全体をまとめて次のように述べている。

予想通り、透明性の向上、機関の説明責任の強化、内部告発者の保護、出版慣行の改革、技術革新の導入、そして研究的不正行為を防止する広範な社会的・政治的文脈の認識について、広範な議論が行なわれた。

しかし、これらの取り組みは、チャバ・サボーの本『信頼できない(Unreliable)』(2025年3月出版)で「標準的な解決策(standard solutions)」と呼んだものと同じである。

「標準的な解決策(standard solutions)」は、つまり、公的機関の関係者に受け入れられる公式コンセンサスだが、実際には実施されない・機能しない解決策である。そして、今後も実施されない・機能しないアイデアや取り組みである。

以下、それらを列挙する。

  • 学術機関(大学・研究所)および研究助成機関におけるガバナンス構造の強化
  • 研究不正の検出と防止のための高度な統計ツールとデジタルツールの開発
  • 内部告発者に対するより強力な保護メカニズムの導入
  • オープンサイエンスの広範な促進
  • 研究不正行為の機会を減らすための学術的インセンティブと出版基準の改革

上記は、堅苦しいで公式な表現を用いて体裁を整えているが、実現の可能性はほぼない。

[白楽の感想:日本ではもっとレベルは低いけど、ある意味同じような「標準的な解決策(standard solutions)」を聞きますね。そして、いつまでたっても解決しませんね]

★解決策はないかも

正直なところ、私(チャバ・サボー)はこの会議に何を期待していたのかよく分かりません。

「研究公正」の現状に関する最新情報を得られることを期待していました。それは、実際にそうなりました。

この分野の主要人物に会えることを期待していました。これも、実際に会うことができました。

ドロシー・ビショップ、アイヴァン・オランスキー、エリザベス・ビックといった体制側に広く受け入れられている人々だけでなく、「公式な地位」があまり認められていない多くの活動家たちにも会えました。

これらの人々は皆、真剣で献身的、そして深い懸念を抱いているという印象を受けました。

と同時に、学術規範に違反する論文を摘発し、論文撤回を要請する活動が、民間人の手に委ねられているという現状は、到底正しいとは思えなかった。

彼らの多くは仮名(pseudonyms)で活動し、法的保護も受けていない。現在のシステムがこのように機能しているということ自体が問題だ。

さらに、会議では、この悲惨な状況がすぐに改善されるという計画や確約を関係者から聞くことができなかった。

学術機関、出版社、研究助成機関は、文献を遡及的に整理することに何も責任を感じていない。

これの作業を民間ボランティアのネカトハンターに任せきりにしている。

全体会議と小グループディスカッションの両方で、私は参加者に改革案や解決策についてのアイデアを何度も尋ねた。

驚いたことに、ほとんどの参加者はこの問題について議論する準備ができていなかった。

もしかしたら、私(チャバ・サボー)以外の参加者全員は、このシステムは「FUBAR(手の施しようがないほど混乱して、問題解決不能)」だととっくの昔に結論づけていた可能性もある。

解決策はないかも知れないが、解決策があるかもしれないとして、以下、続ける。

★参加者の反応

意見を述べた参加者の反応から、いくつかのことが明らかになった。

第一に、臨床研究不正と前臨床研究不正を分けて考える必要がある。

臨床研究不正では、既に多くの規則、規制、IRB(治験審査委員会)、懲戒委員会、そして法的枠組みがある。それで、解決策は、在の法的枠組みをさらに適切に行なうことだ。

一方、前臨床研究不正では、現在、法的および規制の枠組みが曖昧である。

「偽データの作成は違法行為か?」「偽データの公表は刑事犯罪か?」 「誰かが警察署に行き、研究不正行為を告発した場合、どうなるのか? 」といった根本的な疑問もある。

[白楽注:論文工場から論文を自費で買って、学術誌に論文を出版するのは、不正行為なのか? その論文を自分の研究業績とすれば不正行為だけど。論文工場を運営し論文を売るのは、不正行為なのか?]

多くの参加者は、独立した規制機関、あるいは(金融詐欺の対処機関と似た)専門的な警察執行機関(police enforcement unit)の設置を支持した。

そして、ほぼ全員が、繰り返し違反した場合や重大な不正行為を行なった研究者は、少なくともその研究者の学位・学歴(academic credentials)を剥奪するのに同意した。これは、違反を繰り返した場合、自動車運転免許証を剥奪(免停)するのと同じだ。

第二に、改革を巡っては、関係者の間で大きな意見の相違があった。

“体制側”の人(研究助成機関や学術公正機関の代表者)は、予防、すなわち研修の改善、研究データ収集方法の改善、そしてアーカイブ化の強化を重視するという意見だった。

対照的に、ネカトハンターや関心者は、たとえそれが前臨床研究や基礎研究に「限定的」であったとしても、重大かつ反復的な研究的不正行為を取り締まるために、より厳しい罰則、さらには新たな法的規則の導入を明確に主張した。

予想通り、会議で会ったほとんどの出版業界関係者には失望した。

大手出版社の代表者たちは、研究公正を高め、基準以下の原稿や不正な論文を却下するためにあらゆる努力をしていると私(チャバ・サボー)に力説していた。

彼らは「研究公正のための新たな措置を導入するのは、全面的に賛成です。熱意をもって実施します」と言っていた。しかし、その「措置」は出版社の利益率に悪影響を及ばさない限りの話だった。

また、多くの学術誌編集者とも話をした。

学術誌編集者たちは熱意をもって取り組むと話していたが、彼らが編集している多くの学術誌は、依然として専任の統計学者を雇用していないし、生データの提出も義務付けていない。

その上、たとえ問題のある論文や不正な論文を見つけても、最終的にはどこか別の学術誌に出版されてしまうことを公然と認めていた。

上記のように、つまるところ、関係者に多くの問題があった。

そして、私(チャバ・サボー)が最も苛立った人たちは「体制側」の代表者たちだった。

この会議に出席する前、『信頼できない(Unreliable)』(2025年3月出版)の最終章を執筆しながら、私(チャバ・サボー)は、研究不正問題のさまざまな利害関係者とその役割について考えた。

そして、研究不正した場合の利益は大きく、摘発される可能性は低い。たとえ摘発されても処罰は軽い。それで、当然、一定数の研究者は手抜きをしたり、疑わしい研究(あるいは不正行為)をするだろう、という結論に至っていた。

また、学術機関は助成金の獲得や評判の維持で、研究不正を隠蔽・許容した方が得なことが多い。

こうした利益が真の公正改革への関心を著しく制限するだろうという結論に至っていた(実際、多くの大学は研究公正室に都合の良い馬鹿(useful idiots)を配置している[白楽注:言い過ぎ?])。

さらに、営利を追求する出版業界は、研究不正問題の根本的な改革よりも、自分たちの利益を優先し続けていることは明らかだ。

従って、研究不正で利益を得るセクターを排除すると、研究不正問題を改革しうるのは資金提供組織だけになる。

つまり、この会議に出席する前、研究不正問題のさまざまな利害関係者とその役割についてかなり考えた結果、研究助成機関(政府側)が研究不正問題を改革しうる唯一の組織で、彼らが研究不正「システム」全体を改革すべきだという結論に至っていた。

しかし、3日間にわたるFAIRS会議を経て、私(チャバ・サボー)は希望を失った。

政府側の代表者たちは、歯止めのかからないガイドライン、拘束力のない「協定」を示しただけで、場合によっては露骨な言い逃れをした。

彼らは、「調整が必要だ」「会議が必要だ」「段階的に行動しなければならない」「私たちはできる限りのことをしている」「進捗状況はウェブサイトでご覧になれます」などといった役に立たない官僚発言を繰り返していた。

つまり、私は研究助成機関(政府側)が解決策の有力候補になると信じて会議に臨んだのだが、しかし、英国の資金提供機関の代表者は、小グループでの議論の中で、衝撃的な発言をした。これを聞いて、私はあきれ果てた。

「周りを見渡せば、あらゆる分野であらゆる種類の不正行為、不品行が横行しています。例えば、カトリック教会で何が起きているかご存じですよね」と、資金提供機関の代表者は、「Whataboutism(おまえだって論法)」で責任を回避した。

「whataboutism」
おまえだって論法、そっちこそどうなんだ論法◆誰かが自分を批判してきた時に、その相手の(不適切な)行為を取り上げて、”What about … ?”(おまえの~という行為についてはどうなんだ?)と問うことによって、「おまえは、他人のことをとやかく言える立場じゃないだろ」、「おまえは偽善者だ」などの意味を暗示して、自分への批判をかわすこと。(「whataboutism」の意味・使い方・表現 – 英辞郎 on the WEB

カトリック教会の司祭たちの不品行が、研究不正問題を改革しない理由を正当化するとは、私(チャバ・サボー)は夢にも思っていなかった。

要するに、私(チャバ・サボー)は研究助成機関(政府側)が解決策の一部となるかもしれないと信じて会議に臨んだのだが、今、私(チャバ・サボー)は研究助成機関(政府側)が解決策の一部となるどころか、他の「利害関係者」と同様に、むしろ問題の一部となるのではないかと懸念している。

しかし、それでも私(チャバ・サボー)は、政府と資金提供機関の代表者を説得し、何らかの改革をさせる必要がある、と考えている。

なお、公平を期すために言うと、会議に出席した研究助成機関の代表者の数は少なかった。

1つの意見として、アイヴァン・オランスキー(Ivan Oransky)が主張するように急進的な改革ではなく漸進的な改革が望ましいのかも知れない。

★小さな希望の光

小さな希望の光の1つは、ニック・ブラウン(Nick Brown)の素晴らしい提案だ。

ニック・ブラウンは、研究助成機関が独自の学術誌を設立・運営し、助成金受給者にそこでの論文発表を義務付けるべきだと提案した。

もちろん、APC(論文掲載料)を徴収せず、オープンデータベースや研究の事前登録にも接続できる。 → [白楽の意見:政府系組織が学術誌をうまく運営できるとは思えないんですけど・・・]

★結論

FAIRS会議に3日間出席して、私(チャバ・サボー)は何を学んだのか?

もし、「研究不正は氷山の一角(tip of an iceberg)」だと誰かが発言するたびに5ポンドを集めたら、会議場を去る時、札束を手にできていただろう。

私(チャバ・サボー)は、会議場を去る時、研究公正の管理はモグラ叩きゲーム(whack-a-mole)のように終わりがない、と思った。

研究不正問題でのモグラは、実際には、「狡猾な」研究者、犯罪的な出版ギャング、大学の巨大な盲点、利益で動く出版システムである。

確かに、勇気のある内部告発者(ネカト遭遇者)やボランティアで働く優秀なネカトハンターはいるが、本来取り締まるべき組織・機関は、残念なことに、依然として設立されていない。

統計的不正検出のような優れたツールや、研究グループを無作為に選んでそのデータを検査するなどのアイデアを耳にするが、現実を直視すれば、これらは銃創に貼られた絆創膏のようなもので、大物はシステムの中を平穏に泳ぎ続けている。

政府や資金提供機関は、歯止めをかけられないガイドラインや、研究公正を「支援(support)」する拘束力のない協定を提案する → 「支援(support)」じゃなくて、「規則を制定し施行(establish and then enforce)」しろ!

そして驚くほど独創的な言い訳(「まあ、少なくとも私たちはカトリック教会ほど悪くはない!」)に隠れる、などをやめない限り、意味のある改革は、出版社が自主的に利益を削減するのと同じくらい実現しそうにない。

それまでは、学術界・高等教育界に研究公正の危機は続き、告発者(ネカト遭遇者、ネカトハンター)は訴えられ解雇され、詐欺師は昇進する。

学術界・高等教育界に生きる私たちは、AIが生み出した膨大なゴミ論文の津波に備えながら、苦し紛れの言い訳や馬鹿げた言い訳に苦笑いするしかない。

●3.【レオニッド・シュナイダーの感想】

「For Better Science」はレオニッド・シュナイダーが管理するブログである。

ゲスト寄稿したチャバ・サボー(Csaba Szabo)の論文に、レオニッド・シュナイダーが次のような感想を述べている。

研究公正に関する利害関係者間の議論が無意味だという点について、サボー氏の意見に私(レオニッド・シュナイダー)も同意する。

ただ、議論しても無意味だということがこの問題の本質である。

学術出版社や学術関係者に科学詐欺を取り締まる必要性を納得させるのが最善策だという意見に、私(レオニッド・シュナイダー)もサボー氏の意見と同じで、全く同意できない。

彼らは大人で、経済的にも非常に成功している人々である。だから、パワーポイントで科学詐欺に対する正しい対応方法を示しても、彼らがそれを受け入れるとは思えない。

出版業界の幹部は売上と利益しか頭にない。

ただ、売上と利益は評判と結びついている。

評判が下がると出版社は打撃を受け、評判が上がると増益になるので、出版業界は、評判の維持のために、研究公正活動に協力しているだけだ。

実際、アジアの論文工場に対して大手出版業界がユナイテッド・ツー・アクト(United2Act)を結成したのは、私(レオニッド・シュナイダー)の同僚が暴露したスキャンダルによって、評判失墜したのがきっかけだった。

それでも出版業界は「撤回と不作為(retractions vs inaction)」の間の調整をしている。

つまり、論文工場が完全になくなれば、当然、出版業界の利益は大幅に下落し、出版業界は崩壊してしまう。

大学、研究機関、資金提供機関の幹部といった学術関係者も、自分たちの利益がどちら側にあるのかをよく知っている。

彼ら自身が研究不正をしていなくても、彼らは学術専門家の人脈のおかげで現在の地位・評判・収入を得ている。

その人脈には、研究不正者、アカハラ者、性不正加害者、その幇助者が含まれていることが多い(まだ摘発されるなくても、調べれば発覚する可能性がある人を含む)。

喫煙対策を講じたいなら、科学的根拠に基づいた優れた議論で、フィリップモリス(Philip Morris)を説得しようとしても成功しない。

国民と政治家に直接、あるいはマスメディアを通じて訴えることでしか、禁煙活動の成功は得られなかった。研究不正についても同じだ。

私(レオニッド・シュナイダー)が一緒に仕事をしているネカトハンターたちは、重要な任務を担っている。

彼らは、研究不正行為を見つけ、革新的なウェブサイト「PubPeer」に公表している。

あなたも、彼らが見つけたことを国民と政治家とメディア記者に伝えるというお手伝いができる。

もしあなたが大学教授なら、あなたの指摘は聞き届けられるだろう。

あなたがすべきことは、メディア記者や国会議員に連絡を取り、自国の研究界の真の現状を伝えることだ。

注目を集めた研究不正スキャンダルのほとんど(全てではない)は、マスメディアが報道し、加害者の重大な不正が国民に知らされた。

マスメディアに一度報道されれば、大学や学術誌は不正行為に対処する以外の選択肢がない。

ジャーナリストが、大学の「適正手続き」の完了を待って報道するつもりなら、予想通りの隠蔽工作を大学がした後になるので、社会や政治に必要な影響力を生み出す記事にできる内容はほとんどない。

社会や政治に必要な影響力を生み出すには、PubPeerで公開された研究不正の証拠を記者が読み解いて、マスメディアで報道する必要がある。

ただ、ジャーナリスト、特に科学ジャーナリストは、自分たちを科学の応援団だと考えている人が多い。彼らは、科学者、ましてやエリート科学者の悪い面を決して報道しない。だから、学術界の悪い面がなかなか良くならない。

私(レオニッド・シュナイダー)が思うに、皆さん個人は、皆さんが思っている以上に才能、力、影響力を持っている。

研究公正活動のロールモデルが必要なら、パトリシア・マレー(Patricia Murray)やエリザベス・ビック(Elisabeth Bik)を見て下さい。

研究公正活動は草の根的な活動で、私たち全員が何らかの形で貢献できるボトムアップ型活動です。

研究公正部署の上級幹部が研究公正の研修を受けたからといって、何かが改革されるというような現実ではありません。

研究不正問題の改革ができるかどうかは、あなた次第です。あなたが、何かをしてください。

●《1》.【コメント】

「For Better Science」のコメント欄から白楽が適当に抽出した。各コメントは独立している。

★Aneurus April 22, 2025

出版社は営利組織であってはなりません。記事でも既に述べられているように、各大学/研究機関は独自の学術誌を発行すべきです。そうすれば、論文掲載料(APC)は存在せず、現在、民間出版社に(何の見返りもなく)支払われている280億ドル(約2兆8千億円)を節約できるでしょう。

また、研究不正に対する国家レベルおよび国際的な科学警察を構築すべきです。

社会での詐欺を取りしまる警察と同様、科学警察は学術界での科学詐欺を取りしまる。会計監査院(Court of Auditors)のような役割も果たし、公費の浪費を防止する。また、(「科学詐欺」が刑事事件として認められた場合)裁判で裁かれる可能性のある人物を逮捕する権限も付与する。

★レオニッド・シュナイダーApril 22, 2025

問題は指標です。科学者と大学管理者は、科学的なパフォーマンスを評価するための測定ツールを必要としています。それは論文数とインパクトファクターです。

この2つの指標は何世代にもわたって素晴らしい働きをしてきました。誰も、素晴らしく稼働しているシステムを変更しようとはしません。

★maia-n April 23, 2025

科学者と大学管理者は、科学的なパフォーマンスを評価するための測定ツールを必要としていますが、製薬業界も同様に、科学的なパフォーマンスを評価するための測定ツールを必要としています。

しかし、どういうわけか、製薬業界は、論文出版数を数えることなく、非常に効果的に評価しています。生産性を評価する方法はいくつかあります。

【第一:著者】

提案:学術出版から著者を完全に排除する。

多くの分野では、成果の貢献者を示さないで、機関名や企業名で知識を共有している。

例えば、企業内で報告書(due diligence reports)を作成した時、企業名のみで提出する。

多くの業種では、転職先の職に応募する際、自分が執筆した/貢献した報告書の数を数えてリストアップするよう求められることはない。

医師も、求職活動において自分が治療した患者の数を記入するよう求められることはない。

学術出版に著者を記載しないことで、著者在順をめぐる争いが解消し、競争よりも協力が促進され、論文作成の不正行為(論文工場)が排除される。

論文に名前を載せるためだけに無給で研究を引き受ける研究者をなくせる。著者在順の売買(論文工場)もなくせる。

【第二:研究の意義と最終目的】

研究者の多くは、次の論文を発表することばかりに気を取られ、なぜ自分が研究しているのかを忘れています。これは人間の性なので、よくあることです。

製薬会社は患者を招いて彼らのストーリーを語ってもらい、研究者たちに研究の意義と最終目的を思い出させます。

フォトショップで加工された画像が患者の人生に影響を与えていると強く認識すれば、研究者たちは画像操作を考え直すかもしれない。研究者たちの関心が、論文から患者へと移った時、真の科学研究に取り組む意欲が高まるかもしれない。

ところが、大学病院でさえ、隣の病棟から患者を招き、研究室のチームに自分たちの研究がなぜ重要なのかを思い出させることをするのはとても少ない。

【第三:研究の意義と最終目的】

私が知る限り、製薬業界では、CEOまたはマネージャーを務めながら、他の5つの企業でコンサルティングをし、諮問委員会に参加し、副業としてスタートアップ企業を2つも経営し、最高技術責任者または最高医療責任者を務るのは不可能です。

しかし、学術界では、多くの医師・教員は、臨床研修生を指導し、患者を治療し、研究を行ない、研究研修生を指導・監督し、助成金の申請書を書き、助成金の進捗報告書を書き、学術誌の編集長を務め、医学協会で指導的役割を果たし、著者資格の基準を満たす無数の論文に「実質的に」貢献している。

異常です。
1日は24時間です。

誰もスーパーウーマンやスーパーマンではない。本来の仕事以外の仕事を制限する規則が必要である。

【第四:簡単な解決策】

長くなってしまい申し訳ありません。複雑な問題には、非常に簡単な解決策が見つかることがあります。

どういうわけか、学術界ではこうしたテーマについて、互いに議論している人が十分にいないように思えます。

多くの人が現状を受け入れているように思います。そもそも、こうした明白な問題に、大規模な会議や長時間にわたるパネルディスカッションが必要なのかどうかも疑問です。

学術界の上級学者が解決できない(解決したくない)のであれば、科学者を深く信頼し、試薬や給料を払っている一般社会人が解決します。

★レオニッド・シュナイダーApril 23, 2025

もう一度言いますが、商業出版社も「非営利」出版社も、質の悪い論文が出版されるのを防止しない。防止すれば、収益を失うからです。

そのため、大手出版社はすべて、ダウンヒル投稿システム(system of downhill submission)を採用しています。

つまり、出版が却下された投稿論文は、その研究分野のインパクトファクターの低い下流の学術誌へと下り、下流の学術誌に受理されるまで送られます。

著者は時間と労力を節約できるため、ダウンヒル投稿システムに熱心に参加します。

★Klaas van Dijk April 23, 2025

オランダの「研究公正国家委員会(LOWI:Landelijk Orgaan Wetenschappelijke Integriteit )の現在の方針は、オランダの大学に対し研究不正の告発をする時、告発者がインターネットの公開領域で告発を公表した場合、研究不正告発を破棄するよう勧告している。

このことについて、FAIRS会議の参加者は議論されたでしょうか?

★Jones April 23, 2025

念のために書きます。

多くの人は「学術出版」というビジネスがどんなものなのか、全く理解していない。

世界の学術出版市場は規模が大きく、成長を続けていますが、少数の大手企業が市場を独占しています。最近の推計によると、

  • 市場規模: 科学、技術、医学 (STM)の出版市場は、年間約300億~350億米ドル(約3~3.5兆円)。
  • 収益の内訳: このうち約100億ドル(約1兆円)は学術誌(残りは書籍、データベース、その他のサービス)。
  • 主要出版社:この業界は高度に統合されている。エルゼビア、シュプリンガー・ネイチャー、ワイリー、テイラー・アンド・フランシス、アメリカ化学会の上位5社が、学術論文出版の50%以上を占めている。
  • 利益率: 大手出版社、特にエルゼビアは、利益率が30~40%と高く、他の業界と比べて非常に高い。

●7.【白楽の感想】

《1》絶望的 

世界のトップクラスの研究公正活動家たちが集まって意見交換した2025年のFAIRS会議の様子をチャバ・サボー(Csaba Szabo)が公表してくれた。白楽は会議の内容をほとんど省いたが、興味のある人は原著をお読みください。

白楽が焦点を合わせたのは、チャバ・サボー(Csaba Szabo)の辛辣な感想と主張である。

それらを読んで、白楽は、研究不正改革は絶望的だと思った。

チャバ・サボーが書いているように「FUBAR(手の施しようがないほど混乱して、問題解決不能)」なのかもしれない。

レオニッド・シュナイダーの感想も、白楽の絶望観を促進した。

つまり、研究不正問題の当事者は「①研究者」「②大学・研究所」「③学術出版社」「④研究助成機関(政府側)」の4者だが、その4者ともまともに解決しようとしない。

さらに加えると、「⑤マスメディア」も役に立たない。

この状況は日本も同じである。

イヤ、日本の方が悪い。

英国では、FAIRS会議を開くことができ、3日間分の講演者がいて、約80人の会場参加者の他に、約120人のオンライン参加者がいた。

日本でも研究不正の学術集会はあるが、ほとんどは「④研究助成機関(政府側)」が主催した集会である。そこに参加した経験からすると、「私たちはできる限りのことをしている」証拠を示す御用集会のようだし、参加者からの質問も講演者の回答内容もどうかと思うようなレベルの低い内容だった。

つまり、大きな差は、日本で研究不正問題に真剣に取り組む人がとても少ないということだ。

レオニッド・シュナイダーが「あなたが、何かをしてください」と書いているので、2025年10月21日(火)、白楽は、仕方なしにネカトハンター活動を再開した。絶望的ではあるものの、ないよりましだと考えた。 → 太田 信 (Makoto Ohta)(東北大学) | 白楽の研究者倫理

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★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
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