7-181 ドロシー・ビショップの「書評」:チャバ・サボー(Csaba Szabo)著の『信頼できない(Unreliable)』

2025年9月30日掲載 

チャバ・サボー(Csaba Szabo)の著書『信頼できない(Unreliable)』(2025年3月出版)の書評をドロシー・ビショップ(Dorothy Bishop)が書いた。その「2025年3月のBishopBlog」論文を読んだので、紹介しよう。白楽は、塩崎彰久・衆議院議員の「第7期科学技術・イノベーション基本計画に関する中間提言」にも触れた。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.書籍
2.ビショップの「2025年3月のBishopBlog」論文
7.白楽の感想
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【注意】

学術論文ではなくウェブ記事なども、本ブログでは統一的な名称にするために、「論文」と書いている。

「論文を読んで」は、全文翻訳ではありません。

記事では、「論文」のポイントのみを紹介し、白楽の色に染め直し、さらに、理解しやすいように白楽が写真・解説を加えるなど、色々と加工している。

研究者レベルの人が本記事に興味を持ち、研究論文で引用するなら、元論文を読んで元論文を引用した方が良いと思います。ただ、白楽が加えた部分を引用するなら、本記事を引用するしかないですね。

●1.【書籍】

★『信頼できない(Unreliable)』

チャバ・サボー(Csaba Szabo、写真出典)の著書・『Unreliable: Bias, Fraud, and the Reproducibility Crisis in Biomedical Research』は2025年3月11日に出版された。

同姓同名で別人のCsaba Szaboが「チャバ・サボー」と発音して自己紹介する動画がある。それで、名前を読み方を「チャバ・サボー」とした。

以下、表紙を含め書誌情報の出典はアマゾン

Publisher ‏ : ‎ Columbia University Press
Language ‏ : ‎ English
File size ‏ : ‎ 11.5 MB
Print length ‏ : ‎ 325 pages
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-0231561181

★解説と書評の記事リスト(網羅的ではない)

以下に示すようにウェブ上に複数の書評があった。以下の中から1つ(●)選んで次章「2」で読み解いた。

  1.  ● 2025年3月16日のドロシー・ビショップ(Dorothy Bishop)の書評、「BishopBlog」記事: Book Review: Unreliable: Bias, Fraud, and the Reproducibility Crisis in Biomedical Research
  2. 2025年2月3日のゾルタン・ウングヴァリ(Zoltan Ungvari)の書評、「For Better Science」記事:“Unreliable” by Csaba Szabo – book review and excerpt – For Better Science
  3. 2025年2月27日のアッシャー・ムラード(Asher Mullard)の著者へのインタビュー、「C&EN」記事:‘Why is it that nobody can reproduce anybody else’s findings?’
  4. 2025年2月18日のロビン・マッシー(Robyn Massey)の著者へのインタビュー、「Columbia University Press Blog」記事:Csaba Szabo in Conversation with Robyn Massey About Unreliable – Columbia University Press Blog

●2.【ビショップの「2025年3月のBishopBlog」論文】

★読んだ論文

  • 論文名:Book Review: Unreliable: Bias, Fraud, and the Reproducibility Crisis in Biomedical Research
    日本語訳:書評:信頼できない:生物医学研究における偏見、不正、そして再現性の危機
  • 著者:ドロシー・ビショップ(Dorothy Bishop)
  • 掲載誌・巻・ページ:BishopBlog
  • 発行年月日:2025年3月16日
  • ウェブサイト:https://deevybee.blogspot.com/2025/03/book-review-unreliable-bias-fraud-and.html
  • 著者の紹介:ドロシー・ビショップ(Dorothy Bishop、写真By Ruby-Anne Birin CC BY 4.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=156086047)。出典:Dorothy V. M. Bishop – Wikipedia
  • 学歴:1978年に英国のオックスフォード大学(University of Oxford)で研究博士号(発達神経心理学)
  • 分野:心理学、神経研究、遺伝学、言語、発達障害、研究不正学
  • 論文出版時の所属・地位:オックスフォード大学(University of Oxford)の発達神経心理学・名誉教授

●【論文内容】

★30%がガラクタのゴミで、70~90%は再現不可能

チャバ・サボー(Csaba Szabo)著の『信頼できない(Unreliable)』は、生物医学研究における再現性の危機について、くだけた文体で書いてあり、漫画もあり、とても楽しい本である。しかも、学術的にも優れていて、分かりやすい著書である。

この本を初めて知ったのは、2024年2月に出版社から原稿の校閲を依頼された時だった。

その頃、私(ビショップ)は、偶然、研究不正のテーマでの学術集会を計画していて、その開催資金援助の申請をしたばかりだった。

そして、本書を読みながら、サボーの著作を知らなかったことに罪悪感を覚えた。ただ、サボーは研究不正についてそれまで何も書いていなかったので、私(ビショップ)が知らなかったのも無理はない。

あとがきでサボーが説明しているように、この本にはサボーの個人的な背景がある。

夢見る若い研究者が研究の世界に足を踏み入れ、30年以上も懸命に研究を続け、願わくばその分野に貢献しようと努力してきた。

しかし、その間ずっと、研究界のシステム全体が深刻な問題を抱えていることに最初は徐々に、後半はしっかり、気づいていた。

そして本日、残念ながら、もう若くはないけれど、その同じ研究者が、毎年出版される研究論文の約30%がガラクタのゴミで、出版された学術論文の70~90%は再現不可能だと結論した『信頼できない(Unreliable)』を出版しました。

驚くべき発言だが、サボーは長年にわたり、米国と欧州の両方で生物医学研究をし、輝かしいキャリアを築いてきた研究者である。

サボーは、研究手法の劣化に憤慨し、研究界で権力を持つ者人たちがその浄化に取り組まないことを批判している。

サボーの学術界を憂える発言に、重みがあると思う。

★外部からの助成金

本書のユニークな点は、学術界が現在の状況に至った経緯と、その改善を阻む障壁について詳細に記述している点である。

サボーは、研究助成金獲得の熾烈な競争が研究者の意識と行動をコントロールしている仕組みを、細かく解析している。

多くの人は、研究システムの問題では「出版か死か(Publish or Perish)」と論文出版を論じるが、サボーは、生物医学研究者にとって真の決定的なことは外部研究費の獲得にあると述べている。

米国では、これは通常、NIHのR01グラントという研究助成金の獲得で、採択されれば4~5年間で約100万ドル(約1億円)が助成される。

約100万ドル(約1億円)は膨大な額のお金に思われるかもしれないが、この助成金で、研究代表者の給与の50%をまかない、ポスドクやテクニシャンなどの給与を払い、研究資材を購入しなければならない。

4~5年間で約100万ドル(約1億円)だから、 1年間当たりにすれば、約20~25万ドル(約2千万~2千5百万円)となる。この額で1つの研究グループを支えるのは苦しい。

しかも、助成金の採択率は約20%である。つまり、5件に1件しか採択されない。

それで、研究者としてのキャリアを維持するのに、研究者は通常、たくさんの研究助成金の申請を必要がある。

大学は、教員が外部から研究助成金を獲得することを強く望んでいる。

それは、教員が研究助成金を獲得すると、その獲得に伴い、間接費という形の諸経費が大学の収入になるからだ。

サボーがNIHの研究部門で助成金審査員を務めた経験を書いていて、興味深い。

最も採択されやすい研究費の申請書は、誇大宣伝を避け、研究方法が現実的で信頼できることを丁寧に書いた申請書と、あなたは期待するかもしれない。

しかし、残念ながら、現実は正反対である。

新規性とインパクトを大げさに誇示した申請書が採択される。

私(ドロシー・ビショップ)は英国でも同じだと思う。 → BishopBlog: Frogs or termites? Gunshot or cumulative science?

そして、研究者が大学から受け取るメッセージは「研究職に就きたいなら助成金を獲得しろ」であり、資金提供者から受け取るメッセージは「助成金を獲得したいなら、研究を魅力的に見せろ」である。

★再現不可能

サボーは研究そのものについても書いている。

研究結果を再現不可能にする要因は数多くある。

その中には、バイアスを適切に配慮するように設計していない実験計画がある。

通常、細心の注意を払って実験をするのは時間がかかる。同時に、結果を早く出したいというプレッシャーがある。

そして、多くの研究では複雑な手法が混在しているので、研究責任者がそれらをすべて理解しているとは限らない。

結果を分析する際に、見込みのないデータセットから肯定的な結果を得るために、「事後外れ値除外(post-hoc outlier exclusion)」「pハッキング(p-hacking)」「HARKing」などのデータ処理をする人がいる。

生物医学研究が心理学の研究と似ているとすれば、多くの研究者はそのようなデータ処理を許容し、そのことが研究結果を再現不可能にする要因になっていることを理解していない。

★巨大な沼地

次の章は、研究不正を対象にしていて、暗い展開になる。

注目を集めた多くの研究不正事件に加え、いわゆる論文工場による産業規模の不正行為が見つかっている。

初期の頃の研究不正は少数の「腐ったリンゴ」という扱いだった。

つまり、研究不正は稀なものと考えられていた。

それが、後に氷山の一角に例えられた。

目に見えているのはほんの一握りで、多くの研究不正は隠れているという意味だ。

そして、現在の状況を、サボーは次のように描いている。

現在の学術界は巨大な沼地で、そこには大きさ・形・性情の異なるいろいろな生き物が生息しています。比較的きれいな水域もあり、普通の生き物(まともな研究者)もいます。しかし、普通の生き物の食料や資源を奪う悪い生き物(研究詐欺者)が多く共存しています。そして、沼地を取り囲む生態系全体が沼地から恩恵を受けています。ところが、沼地を浄化する管理者はどこにも見当たりません。

沼地の管理者は研究論文を出版する学術出版社だが、サボーは彼らにその能力があるとは考えておらず、学術出版システムが壊れていると述べている。

このブログ(「BishopBlog」)の常連読者なら、論文に明らかな問題があると学術誌に通報しても、頻繁に無視されることを知っていると思います。

学術出版社は、新規投稿論文の盗用や画像改ざんの検査に力を入れているが、既存の研究文献を整理する意欲は低い。

しかし、そうなると、出版された論文を基に将来の研究計画を立てられない。

サボーは、出版後の査読で、問題点をPubPeerに公開するネカトハンターたちの努力に感銘を受けているものの、このやり方は持続不可能だと考えている。

文献浄化はボランティアの仕事であってはならない。

文献浄化問題を解決するのは重要だと大多数の人が述べているのに、大多数の人は他の誰かが「何か」してくれることを期待している。

現実は、ボランティア以外の誰もそれを引き受けていない。

「何か」をすべき組織は、大学、研究所、出版社、編集者、研究助成機関である。

サボーは、政府の研究資金の配分権を握っている研究助成機関が「何か」をすべきだと提言している。

研究助成機関は研究結果の再現性・信頼性を軽視する研究者に研究助成をすべきではない。研究費は国民の税金なのだ。

ただ、現在、このようなメッセージを伝えるのが特に難しい。

現在、研究に敵対し、研究への資金提供を打ち切る口実を探している政治家たちがいる。発表された研究の多くが信頼できないと聞いて大喜びするのは彼らである。

米国では、資金削減が急速かつ大規模に行なわれていて、研究基盤が根本から損傷していると多くの人が心配している。

沼地の悪い生き物は死ぬかもしれないが、普通の生き物(まともな研究者)も死ぬ。

状況は悪くても、私たちは、実験の実践、研究費配分、大学の研究不正調査、学術出版、インセンティブ構造など、学術システムのあらゆるレベルでの運用方法を改善するための提言を真剣に検討する必要がある。

★登録論文方式(Registered Reports model)

私(ビショップ)は、サボーの提言のすべてに賛成するわけではないが、サボーの視点は新鮮で、議論の良い土台となる。

私(ビショップ)が異なるアプローチをとっている点の1つは、再現研究の重視である。

先行研究の再現性を検証するのに資金を投入すべきだと主張する人が多くいる。それは、少しは必要かもしれない。

しかし、多くの研究分野では、先行研究の再現性を検証するのに多大な時間と膨大な費用がかかる。

実験手法と研究データの統計処理の本質は、研究結果の信頼性を高めることだ。

問題は、従来の科学研究では再現性が問題になるような研究手法を使用してきたことである。

そこを改め、登録論文方式(Registered Reports model、事前登録制度)にすることを提唱したい。

データ収集前に、査読者によって研究計画を評価し、序論、方法、分析計画に基づいて学術誌が受理または却下する。
Registered Reports
7-83 研究の進め方と論文出版の大改革 | 白楽の研究者倫理
7-85 心理学でのデータねつ造と改革 | 白楽の研究者倫理

この方式は、pハッキング、HARKing、出版バイアスによるバイアスを排除し、統計を合理的に解釈することを可能にする。また、独立した査読者が適切なタイミングでフィードバックを提供するため、方法論全体の改善にもつながる。

私(ビショップ)が知る限り、生物医学分野は登録論文方式を採用していないが、採用すれば、この分野は大きく変わるだろう。

●7.【白楽の感想】

《1》日本の無知・無関心 

外国では従来の研究不正だけでなく、論文出版詐欺に関する論文が多数、そして、論文だけでなく著者も複数、出版されている。

論文出版詐欺は、非倫理的学術誌、査読偽装、引用カルテル、論文工場、フェイク(学位、大学、研究者)などが混合した新しい研究不正で、その勢いが急拡大している。

今回紹介したチャバ・サボー(Csaba Szabo)著の『信頼できない(Unreliable)』は2025年3月出版だが、2025年5月30日に紹介したチャールズ・ピラー著の『ドクタード』も2025年2月に出版された。 → 7-173 「書評」:チャールズ・ピラー:『ドクタード』アルツハイマー病研究詐欺 | 白楽の研究者倫理

白楽はまだ解説していないが、ベルンハルト・サベル(Bernhard Sabel)の著書・『科学における偽マフィア(Fake-Mafia in der Wissenschaft)』も2024年10月に出版された。

一方、日本では論文も著書もほとんど出版されていない。

それで、日本の学者も官僚も、世界で論文出版詐欺が学術界を侵食していることに無知なのではないだろうか?

塩崎彰久・衆議院議員が、「第7期科学技術・イノベーション基本計画に関する中間提言」を2025年8月27日に取りまとめ、次のように目標を設定した。

国の基礎研究力を測る上で国際的に重視される指標に「Top10%論文数」(学術論文の被引用数に基づいて上位10%に評価される論文の数)があります。かつて世界第4位だった日本の「Top10%論文数」は、この30年間で第13位にまで低下してしまいました。

それで、

私たちの具体的な目標は、10年以内にTop10%論文数を現在の世界13位から「世界3位以内」に復権させることです。(2025年8月28日:失われた研究力を取り戻す。科学技術創造立国『再興の10年』への決意|衆議院議員 塩崎彰久(あきひさ)

科学技術力の強化を図ることは賛成だが、「Top10%論文数」を「世界3位以内」にするのを目標とすると、危険なにおいがする。

グッドハートの法則(Goodhart’s law)がある。

グッドハートの法則(Goodhart’s law)とは、「ある指標が目標になると、その時点でその指標は“良い指標”ではなくなる」(When a measure becomes a target, it ceases to be a good measure.)という法則である。(グッドハートの法則(Goodhart’s Law)とは?:AI・機械学習の用語辞典

被引用数を上げるのは簡単なのでほとんどの研究者がしている。

そして、クログレイの過剰自己引用や引用強制行為も頻繁に見つかっている。

ところが、外国も日本は「引用不正」を研究不正と認めていない(外国は不正とする方向のようだが、日本の動きはゼロ?)。

日本がこのまま何も手を打たなければ、論文出版詐欺が日本で盛んになる、と白楽は懸念する。

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★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
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