2025年6月5日掲載
ワンポイント:クロルチクはオポーレ工科大学(Politechnika Opolska、英語:Opole University of Technology)のスター教授で副学長だった。論文数と被引用数の多さで、世界で最も影響力のある科学者の1人に選ばれた。しかし、その業績は論文工場(論文売買)、画像重複、引用不正、引用カルテルに依存していた。2022年7月、ネカトハンターのアレクサンダー・マガジノフらがクロルチクの悪事を暴いた。国民の損害額(推定)は10億円(大雑把)。この事件は、2024年ネカト世界ランキングの「より良い科学のために」の「第6位」である。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
9.主要情報源
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●1.【概略】
グジェゴシュ・クロルチク(Grzegorz Królczyk、Grzegorz Krolczyk、ORCID iD:?、写真出典)は、ポーランドのオポーレ工科大学(Politechnika Opolska、英語:Opole University of Technology)・教授で医師免許は持っていない。専門は機械工学である。
クロルチクは論文数と被引用数の多さで、世界で最も影響力のある科学者の1人に選ばれ、オポーレ工科大学のスター教授で副学長になった。
しかし、彼の論文数と被引用数の多さは、論文工場(論文売買)、画像重複、引用不正、引用カルテルに依存していた。
2022年7月(43歳)、ネカトハンターのアレクサンダー・マガジノフらがクロルチクの悪事を暴いた。
2024年6月3日(45歳)、レオニッド・シュナイダー(Leonid Schneider)が「より良い科学のために」記事でクロルチクの悪事を暴露し、オポーレ工科大学に告発した。
オポーレ工科大学はシュナイダーの告発に返事をしなかったが、告発の翌年の2025年1月(46歳)、クロルチクの副学長を解任した。
この事件は、2024年ネカト世界ランキングの「より良い科学のために」の「第6位」である。
オポーレ工科大学(Politechnika Opolska)。写真出典
- 国:ポーランド
- 成長国:ポーランド
- 医師免許(MD)取得:なし
- 研究博士号(PhD)取得:オポーレ工科大学
- 男女:男性
- 生年月日:1978年12月6日。ポーランドのクラプコヴィツェで生まれる
- 現在の年齢:46歳
- 分野:機械工学
- 不正論文発表:2018~2024年(39~45歳)の7年間
- 不正行為時の地位:オポーレ工科大学・準教授(推定)・教授・副学長
- 発覚年:2022年(43歳)
- 発覚時地位:オポーレ工科大学・教授・副学長
- ステップ1(発覚):第一次追及者はネカトハンターのアレクサンダー・マガジノフ(Alexander Magazinov)とマールテン・ファン・カンペン(Maarten van Kampen)
- ステップ2(メディア):「パブピア(PubPeer)」、「より良い科学のために」
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①オポーレ工科大学は調査委員会を立ち上げたかどうか不明だが、調査したらしい
- 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし
- 大学の透明性:発表なし(✖)
- 不正:論文工場(論文売買)、画像重複、引用不正、引用カルテル
- 不正論文数:4論文が懸念表明、その内2論文が撤回
- 時期:研究キャリアの中期
- 職:事件後に降格(▽)
- 処分:副学長解任
- 対処問題:大学隠蔽
- 特徴:
- 日本人の弟子・友人:不明
【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は10億円(大雑把)。
●2.【経歴と経過】
主な出典:Grzegorz Królczyk – Wikipedia, wolna encyklopedia
- 1978年12月6日:ポーランドのクラプコヴィツェで生まれる
- 2003年(24歳):オポーレ大学(Uniwersytet Opolski)で修士号取得:機械工学
- 2005年(26歳):オポーレ工科大学(Politechnika Opolska)・助手
- 2011年(32歳):オポーレ工科大学(Politechnika Opolska)で博士号(stopień doktora)を取得:機械工学
- 2011年(32歳):オポーレ工科大学・助教授。その後、準教授(推定)
- 2015年(36歳):ポズナン工科大学から博士号(stopień doktora habilitowanego)を授与:機械の構造と操作の分野で技術科学
- 2018~2024年(39~45歳):この7年間のクロルチクの13論文に「パブピア(PubPeer)」コメントがある
- 2019年10月3日(40歳):タデウシュ・ゼンジミア(Tadeusz Sendzimir)名誉メダル・受賞: Profesor politechniki w gronie najwybitniejszych innowatorów w Polsce – Wiadomości Uczelniane
- 2019年(40歳):オポーレ工科大学・副学長
- 2021年(42歳):オポーレ工科大学・教授(profesora)
- 2022年7月(43歳):アレクサンダー・マガジノフがクロルチクの引用不正を指摘
- 2023年(44歳):オポーレ工科大学が世界の大学ランキング入りし、クロルチクが有力研究者ランキングの上位にリストされた
- 2024年5月14日(45歳):科学技術大臣の高等教育・科学技術イノベーション会議の委員及び議長
- 2024年6月3日(45歳):レオニッド・シュナイダー(Leonid Schneider)の記事で論文工場と指摘された
- 2024年7月23日(45歳)高等教育・科学技術イノベーション会議の委員及び議長を解任
- 2025年1月(46歳):オポーレ工科大学・副学長を解任
●3.【動画】
以下は事件の動画ではない。
【動画1】
インタビュー動画:「ROZMOWA PRZY OKNIE – prof. dr hab. Grzegorz Królczyk (cz.2) – YouTube」(ポーランド語)10分41秒。
Ekovision TV(チャンネル登録者数 454人) が2023/11/22 に公開
【動画2】
インタビュー動画:「ywiad: Grzegorz Królczyk – Politechnika Opolska – Dailymotion」(ポーランド語)3分56秒。
nto.pl が2022/11/1に公開
●5.【不正発覚の経緯と内容】
★研究人生
グジェゴシュ・クロルチク(Grzegorz Krolczyk、Grzegorz Królczyk)は、多数の論文を出版し、多数の被引用数を得ていたオポーレ工科大学(Politechnika Opolska)のスター研究者だった。
世界で最も影響力のある科学者の1人に選ばれた。 → 2022年11月14日記事:Nasi naukowcy w gronie najbardziej wpływowych na świecie – Wiadomości Uczelniane
同時に、所属するオポーレ工科大学の数値をあげて、世界の大学ランキング入りをもたらした。
例えば、2023年、オポーレ工科大学はポーランドの工学分野で第3位にランクされた。 → World University Rankings 2023 | Times Higher Education (THE)
それらの研究業績によりに、2019年、クロルチクは、オポーレ工科大学の研究開発担当副学長に任命され、2020年9月、科学開発担当副学長に任命された。
また、2024年5月14日から、科学技術大臣の高等教育・科学技術イノベーション会議の委員及び議長に選任された。
つまり、ポーランドの高等教育・科学技術の予算を配分できる権力者になり、政治的に強い地位を得た。
★発覚の経緯
エルゼビア社の2つの異なる学術誌の論文を調べたアレクサンダー・マガジノフ(Alexander Magazinov、写真出典)とマールテン・ファン・カンペン(Maarten van Kampen)が、グジェゴシュ・クロルチク(Grzegorz Krolczyk、Grzegorz Królczyk)の悪事(論文工場)を暴いた。
例えば、2022年7月(43歳)、アレクサンダー・マガジノフが「パブピア(PubPeer)」で、クロルチクの「2022年のJournal of Energy Storage」論文は、引用カルテルによく登場する以下の人物を、論文の主旨と脈絡なく引用していると、指摘した。 → PubPeer
Dariush Bahrami (Shahrekord University, Iran) – 6
Mehdi Jahangiri (Islamic Azad University of Shahrekord, Iran) – 6
Nader Karimi (Queen Mary University of London, United Kingdom) – 6
Masoud Afrand (Ton Duc Thang University, Vietnam) – 6
Rasool Kalbasi (Islamic Azad University of Najafabad, Iran) – 5
Tao Ma (Shanghai Jiao Tong University, China) – 5
クロルチクの学術悪事を論文工場と書いたが、学術悪事をひっくるめた表現で、論文工場(論文売買)、画像重複、引用不正、引用カルテルなどの行為である。
前節で述べたように、クロルチクは世界で最も影響力のある科学者の1人に選ばれた。しかし、この栄誉は悪事(論文工場)によって得た論文数、被引用数などに対する評価だったのだ。
論文工場(論文売買)は1人でもできるが、論文を買う多数の人が必要なので、営業は必須でかつ重要である。また、引用カルテルは相互に引用しあう仲間も必要である。
論文工場(論文売買)の運営者とその仲間たちは非常に多く(1千人?)、離合集散を繰り返し、糾弾されると舞台から降りる。姓名は架空だったり、なりすましたりする。それで、今回のクロルチク事件も、全貌をつかむのは難しい。
全貌をつかんで解説しても、数か月で事態は変化し、その解説内容は現在の状況と異なってしまう。
それで、どう解説しようか、白楽は迷った。
顔写真がウェブ上にあるクロルチクの有力な協力者2人、を脇役として紹介するだけにしよう。
下の写真の3人は、中央が本記事主役のクロルチクで、左がインド人のムニッシュ・グプタ(Munish K Gupta)、右は韓国人のジーション・リー(Zhixiong Li)(右)である。
クロルチクは、論文工場仲間としてグプタとジーション・リーをオポーレ工科大学・教授に迎え、共著で多くの論文を出版した。
【ジーション・リー(Zhixiong Li)】
ジーション・リーは、機械工学とエネルギーの分野だけでなく異常に思えるほど広範な分野で研究論文を出版している。
彼は、韓国の延世大学(Yonsei University)、オーストラリアのニューサウスウェールズ大学、アメリカのアイオワ州立大学など、世界有数の大学で勤務した後、オポーレ工科大学・教授に就任した(写真出典同)。 → 2023年11月16日記事:Profesorowie z dalekich zakątków świata pokochali Opole. Chcą tutaj mieszać i nadal pracować na Politechnice Opolskiej | Nowa Trybuna Opolska
ジーション・リーは、異常に思えるほど広範な分野で論文を発表していて、2019年以来、年間約100本出版のペースを維持している。
2025年6月4日現在、ジーション・リーは16報が撤回・懸念表明されている。撤回論文は9報で、うち2報がクロルチクと共著である。
「パブピア(PubPeer)」では、34論文にコメントがある。34論文のうち3論文がクロルチクと共著である。
【ムニッシュ・グプタ(Munish K Gupta)】
ムニッシュ・グプタ(Munish K Gupta)は、トライボロジーと持続可能な製造業の研究者および講師で、中国の山東大学などで研究や講義を行なった後、オポーレ工科大学・教授に就任した(写真出典同)。 → 2023年11月16日記事:Profesorowie z dalekich zakątków świata pokochali Opole. Chcą tutaj mieszać i nadal pracować na Politechnice Opolskiej | Nowa Trybuna Opolska
2025年6月4日現在、ムニッシュ・グプタは2論文が懸念表明、うち1報が撤回されている。これら全論文がクロルチクと共著である。
「パブピア(PubPeer)」では、クロルチクと共著の1論文にコメントがある。
【その他の仲間】
クロルチクの論文工場仲間は上記以外に多数登場する。数人の名前と所属を以下に挙げておく。
- ダニル・ピメノフ(Danil Pimenov):ロシアの南ウラル大学(South Ural State University)・上級講師
- シーラム・ラーマクリシュナ(Seeram Ramakrishna):シンガポール国立大学(National University of Singapore)・教授
- チャンヘ・リー(Changhe Li):中国の安徽理工大学(Anhui University of Science and Technology)・教授
- ダリウス・アンドリウカイティス(Darius Andriukaitis):リトアニアのカウナス工科大学(Kaunas University of Technology)・教授
★大学と政府の対処
2024年6月3日(45歳)、レオニッド・シュナイダー(Leonid Schneider)が「より良い科学のために」記事でグジェゴシュ・クロルチク(Grzegorz Krolczyk、Grzegorz Królczyk)の悪事を暴露した。 → 2024年6月3日の記事:Polish science eaten by Papermill Krolczyk – For Better Science
この時、クロルチクはオポーレ工科大学の研究開発担当・副学長だった。また、ポーランドの科学技術大臣から委嘱され高等教育・科学技術イノベーション会議の委員及び議長を務めていた。つまり、ポーランドのスター教授で学術界の権力者の地位を得ていた。
それで、オポーレ工科大学はシュナイダーに全く返事せず、シュナイダーの告発を無視しているように思えた。
ただ、その後のクロルチクの動静を見ると、シュナイダーの告発を無視していなかった。
シュナイダーが告発した1か月半後の2024年7月23日(45歳)、クロルチクは高等教育・科学技術イノベーション会議の委員及び議長を解任された。
さらに、翌年、2025年1月(46歳)、オポーレ工科大学・副学長も解任された。
ポーランド政府もオポーレ工科大学もシュナイダーに返事こそしなかったが、シュナイダーの告発を重視し、すべき処罰を科したのだ。
当然ながら、クロルチクはシュナイダーを嫌悪している。
●【不正の具体例】
撤回された論文が2報あり、その2報を除く他の2報に懸念表明がある。
論文工場(論文売買)、画像重複、引用不正、引用カルテルは、不正の具体例を示しにくい。1論文だけ示す。
★「2020年10月のInternational Journal of Numerical Methods for Heat & Fluid Flow」論文
「2023年1月のEngineering Analysis with Boundary Elements」論文の書誌情報を以下に示す。2024年4月24日に懸念表明された。
- Molecular dynamics analysis of a flavoring drum combining numerical simulation and experimental evaluation
Hebin Liao , Tianqin Lin , Paolo Gardoni, Wei Zhang , Xiaogang Li, Grzegorz Królczyk , Lei Deng , Z.X. Li
Engineering Analysis with Boundary Elements Volume 146, January 2023, Pages 715-732
懸念表明の理由は、査読偽装、引用不正である。
●6.【論文数と撤回論文とパブピア】
データベースに直接リンクしているので、記事閲覧時、リンク先の数値は、記事執筆時の以下の数値より増えている(ことがある)。
★スコーパス(Scopus)
2025年6月4日現在、スコーパス(Scopus)で、グジェゴシュ・クロルチク(Grzegorz Krolczyk、Grzegorz Królczyk)の論文を「Królczyk, Grzegorz M.」で検索した。356論文がヒットした。
★撤回監視データベース
2025年6月4日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回監視データベースでグジェゴシュ・クロルチク(Grzegorz Krolczyk、Grzegorz Królczyk)を「Grzegorz Królczyk」で検索すると、4論文が懸念表明、その内2論文が撤回されていた。「Grzegorz Krolczyk」で検索しても同じ結果だった。
★パブピア(PubPeer)
2025年6月4日現在、「パブピア(PubPeer)」では、グジェゴシュ・クロルチク(Grzegorz Krolczyk、Grzegorz Królczyk)の論文のコメントを「Grzegorz Królczyk」で検索すると、2018~2024年(39~45歳)の13論文にコメントがあった。
●7.【白楽の感想】
《1》「学術上の不正行為」の拡大
以下は、「論文工場:機械工学:フィリッポ・ベルト(Filippo Berto)(ノルウェー) | 白楽の研究者倫理」の「《2》「学術上の不正行為」の拡大」とほとんど同じ。
「学術上の不正行為」は1980年頃に「ねつ造・改ざん・盗用」を主要な行為とした時代から45年も経ち、だいぶ変化してきた。
フィリッポ・ベルト(Filippo Berto)は多作で、いろいろな賞を受賞している若いスター研究者だったのに、裏では、二重出版、引用不正、論文工場(論文売買、引用カルテル)絡みの「学術上の不正行為」をしていた。
このように、何か大発見・大発明をしたわけではないスター研究者が、ここ数年、世界の各地で(不正行為なのに)多作な研究者として称賛されている。
例えば、こんな研究者もいた。 → 「論文工場・引用工場」:材料工学:モハマド・アㇽジュマンド(Mohammad Arjmand)(カナダ) | 白楽の研究者倫理
以下のような、外国で起こした日本人の例(アイ・コヤナギ)、外国人が起こした日本の例(エム・サントシ)、そして、日本人が起こした日本の例(エム・サントシの中に記載)がある。
日本は、引用不正、論文工場(論文売買、引用カルテル)絡みの「学術上の不正行為」に無知なのか、無関心なのか、エム・サントシの記事を掲載してから3か月が経過したが、どこも、対応しない。不正者はシッカリ証拠隠滅していることだろう。
ドンドン変化している「学術上の不正行為」に日本は鈍感過ぎる。白楽はもう現役の研究者ではないが、ナントかしなければと思っている。
グジェゴシュ・クロルチク(Grzegorz Krolczyk)。https://opolska360.pl/prof-grzegorz-krolczyk-zrezygnowal-z-funkcji-prorektora-politechniki-opolskiej
●9.【主要情報源】
① ウィキペディア・ポーランド語版:Grzegorz Królczyk – Wikipedia, wolna encyklopedia
② 2024年6月3日のレオニッド・シュナイダー(Leonid Schneider)の「より良い科学のために」記事:Polish science eaten by Papermill Krolczyk – For Better Science
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日本の人口は、移民を受け入れなければ、試算では、2100年に現在の7~8割減の3000万人になるとの話だ。国・社会を動かす人間も7~8割減る。現状の日本は、科学技術が衰退し、かつ人間の質が劣化している。スポーツ、観光、娯楽を過度に追及する日本の現状は衰退を早め、ギリシャ化を促進する。今、科学技術と教育を基幹にし、人口減少に見合う堅実・健全で成熟した良質の人間社会を再構築するよう転換すべきだ。公正・誠実(integrity)・透明・説明責任も徹底する。そういう人物を昇進させ、社会のリーダーに据える。また、人類福祉の観点から、人口過多の発展途上国から、適度な人数の移民を受け入れる
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★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
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