ワンポイント:現職の健康福祉大臣が共著者の論文を含め、盗用(主に自己盗用)で2論文撤回だが、大学教員・研究者として生き残った
●【概略】
ホンチュアン・パン、潘 宏川(Hung-Chuan Pan、写真出典)は、台湾の国立陽明大学(National Yang-Ming University)・副教授で、台中栄民総医院(Taichung Veterans General Hospital)・医師、専門は脳外科(ガンマナイフ手術)だった。
2014年7月(48歳?)、2010年と2013年の2論文に盗用が発覚した。他人の論文からの盗用もあるが、自己盗用が大半だった。日本の小保方晴子事件発覚の3か月後だったのと、現職の健康福祉大臣ク・ブンタツ(邱文達)が共著者だったので、台湾の新聞・テレビは大騒ぎした。
論文2報が2015年(49歳?)に撤回されたが、パンは解雇されず、同じ職場で、2016年5月29日現在も国立陽明大学・副教授で、臨床と研究を続けている。
国立陽明大学・医学系。写真出典
台中栄民総医院(Taichung Veterans General Hospital)。写真出典
- 国:台湾
- 成長国:台湾
- 研究博士号(PhD)取得:台湾の国立中興大学(National Chung Hsing University)
- 男女:男性
- 生年月日:不明。仮に1966年1月1日生まれとする。1984年に大学入学した時を18歳とした
- 現在の年齢:58 歳?
- 分野:脳外科
- 最初の不正論文発表:2010年(44歳?)
- 発覚年:2014年(48歳?)
- 発覚時地位:国立陽明大学・副教授
- 発覚:?
- 調査:①政府・科学技術省が調査した? ②国立陽明大学や台中栄民総医院は調査していない?
- 不正:盗用(主に自己盗用)
- 不正論文数:少なくとも撤回論文2報
- 時期:研究キャリアの中期
- 結末:辞職なし
●【経歴と経過】
- 生年月日:不明。仮に1966年1月1日生まれとする。1984年に大学入学した時を18歳とした
- 1984年9月-1991年05月(18-25歳?):台湾の国立陽明大学(National Yang-Ming University)を卒業
- 1991年7月-1997年9月(25-31歳?):台北栄民総医院(Taipei Veterans General Hospital)の神経外科医
- 1997年9月-2000年9月(31-34歳?):竹東栄民医院(Taipei Veterans Hospital, Hsinchu Branch)の神経外科医
- 2000年9月-現(34歳?-現):台北栄民総医院(Taipei Veterans General Hospital)の神経外科医
- 2002年9月-2003年8月(36-37歳?):米国のバージニア大学附設病院で研修
- 2004年9月-2007年2月(38-41歳?):国立嘉義大学(National Chiayi University)・管理学修士
- 2006年(40歳?):国立中興大学(National Chung Hsing University)、研究博士号(PhD)取得
- 2013年2月-2016年5月29日現在(47-50歳?):国立陽明大学(National Yang-Ming University)・副教授
- 2014年7月(48歳?):研究ネカトが発覚する
●【動画】
【事件ニュース動画】
「【2014.07.17】論文再爆抄襲 科技部:嚴加審查 -udn tv – YouTube」(中国語)1分40秒。
udn tv が2014/07/17 に公開
●【不正発覚の経緯と内容】
不正発覚の経緯は不明である。
★「2013年のJournal of Neurosurgery」論文
- The effect of exercise on mobilization of hematopoietic progenitor cells involved in the repair of sciatic nerve crush injury.
Cheng FC, Sheu ML, Su HL, Chen YJ, Chen CJ, Chiu WT, Sheehan J, Pan HC.
J Neurosurg. 2013 Mar;118(3):594-605. doi: 10.3171/2012.8.JNS111580. Epub 2012 Nov 23.
論文の「序論」と「方法」の文章が、「2009年のBiochemical and Biophysical Research Communications」論文(パンが第一著者で著者4人が同じ)と重複していた。
また、「2010年のJournal of Neurosurgery」論文(パンが責任著者で著者5人が同じ)の図と類似していた。
つまり、自己盗用である。
論文盗用が指摘されたとき、パンは「盗用検出ソフトのアイセンティケイト (iThenticate)で盗用かどうかをチェックしました。前の論文とのオーバーラップは、30%未満だったのを確かめています」と述べている。
「Journal of Neurosurgery」出版グループ広報部長のジョアン・エリアソン(Jo Ann Eliason)は、「オーバーラップが30%未満なら盗用ではないという編集方針は当誌にはありません。30%という数値の根拠がどこから来たのかわかりません。著者・パンに尋ねたら、『30%未満なら十分だと思った』とのことでした」と述べている。
パンが「30%未満なら十分」と考えた理由は不明である。白楽が調べた限り、現在の当用(自己盗用)基準にその記述は見当たらない。
盗用と指摘され、パンは重複を認め、引用しなかったことを陳謝した。
なお、この論文の著者の1人(8人の著者の6番目)はク・ブンタツ(邱文達、Chiu Wen-ta 、写真同)で、当時、台湾の健康福祉省の大臣だった。その論文が盗用(自己盗用)なのだから、台湾メディアは大騒ぎしたわけだ。
★「2010年のJournal of Neurosurgery」論文
- Enhancement of regeneration with glia cell line-derived neurotrophic factor-transduced human amniotic fluid mesenchymal stem cells after sciatic nerve crush injury.
Cheng FC, Tai MH, Sheu ML, Chen CJ, Yang DY, Su HL, Ho SP, Lai SZ, Pan HC.
J Neurosurg. 2010 Apr;112(4):868-79. doi: 10.3171/2009.8.JNS09850.
論文の文章は、他人の論文である「2001年のBrain Research」と「2008年のEuropean Urology」とほとんど同じだった。
2論文の書誌情報を以下に示すが、著者は全く別人である。つまり、自己盗用ではなく、“立派”な盗用である。
- Glial cell line-derived neurotrophic factor enhances axonal regeneration following sciatic nerve transection in adult rats.
Chen ZY, Chai YF, Cao L, Lu CL, He C.
Brain Res. 2001 Jun 1;902(2):272-6. - GDNF-transduced Schwann cell grafts enhance regeneration of erectile nerves.
May F, Matiasek K, Vroemen M, Caspers C, Mrva T, Arndt C, Schlenker B, Gais P, Brill T, Buchner A, Blesch A, Hartung R, Stief C, Gansbacher B, Weidner N.
Eur Urol. 2008 Nov;54(5):1179-87. doi: 10.1016/j.eururo.2008.02.003. Epub 2008 Feb 15.
また、図と文章は、「2009年のJournal of Biomedical Science」論文(パンが第一著者で著者6人が同じ)と重複していた。自己盗用である。パンは重複を認め、引用しなかったことを陳謝している。
写真出典
●【論文数と撤回論文】
2016年5月29日現在、パブメド(PubMed)で、ホンチュアン・パン、潘 宏川(Hung-Chuan Pan)の論文を「Hung-Chuan Pan [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2003~2016年の14年間の71論文がヒットした。
2016年5月29日現在、2論文が撤回されている。本記事で問題にした「2013年のJournal of Neurosurgery」論文と「2010年のJournal of Neurosurgery」論文が、ともに2015年12月に撤回されている。
- The effect of exercise on mobilization of hematopoietic progenitor cells involved in the repair of sciatic nerve crush injury.
Cheng FC, Sheu ML, Su HL, Chen YJ, Chen CJ, Chiu WT, Sheehan J, Pan HC.
J Neurosurg. 2013 Mar;118(3):594-605. doi: 10.3171/2012.8.JNS111580. Epub 2012 Nov 23.
Retraction in: Pan HC. J Neurosurg. 2015 Dec;123(6):1607. - Enhancement of regeneration with glia cell line-derived neurotrophic factor-transduced human amniotic fluid mesenchymal stem cells after sciatic nerve crush injury.
Cheng FC, Tai MH, Sheu ML, Chen CJ, Yang DY, Su HL, Ho SP, Lai SZ, Pan HC.
J Neurosurg. 2010 Apr;112(4):868-79. doi: 10.3171/2009.8.JNS09850.
Retraction in: Pan HC. J Neurosurg. 2015 Dec;123(6):1606.
●【白楽の感想】
《1》自己盗用の基準
自己盗用を盗用とする考え方に白楽は大きな疑問を感じている。
研究論文は文学作品と違うのだから、文章に芸術的価値を必要とすべきではない。新しい知識・概念、価値ある新知識・新概念の記述が必要なだけだ。
だから、論文の「序論」と「方法」の文章はほとんど自己盗用でも(さらに言えば、他人の文章からの流用でも)構わない。これを研究ネカトとすべきではない。
「結果」に記載しているデータが自分の過去の論文(や他人の論文)と同じではマズいが、データが新しければ、他の部分(「序論」と「方法」)は同じでも、問題ない。
学術誌の編集委員会は、論文方針の研究ネカトにそう記述し対処すべきだ。
米国の「撤回監視(Retraction Watch)」では賛否両論あるが、不正でないとする意見が多い( 2016年5月31日記事:Poll: Is duplication misconduct? – Retraction Watch at Retraction Watch)。
《2》処分
自己盗用に対してはそれでよい。
しかし、「2010年のJournal of Neurosurgery」論文は他人の論文からの盗用もある。これは、処分対象である。
研究ネカトに対する台湾の大学の処分の実態、台湾政府・科学技術省の研究費申請不可処分の実態を把握していないが、無処分はマズい。
●【主要情報源】
① 2014年7月18日の「蘋果日報」記事:醜聞一波波 陽明教授被爆抄襲 | 蘋果日報(保存版)
② 2014年7月17日の「大紀元」記事: 台榮總公費論文涉抄襲 科技部:祕密調查中 | 李應元 | 造假 | 大紀元(保存版)
③ 2015年10月30日のロス・キース(Ross Keith)の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:Authors retract two neuroscience papers for duplication and plagiarism – Retraction Watch at Retraction Watch
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。