ワンポイント:2015年に研究公正局が発表したポスドクの軽微なデータねつ造・改ざん事件
●【概略】
ユリア・ビッツエガイオ(Julia Bitzegeio、写真出典)は、ドイツの大学院出身で、米国・アーロン・ダイアモンド・エイズ研究所(Aaron Diamond AIDS Research Center)のポスドクになった。専門はエイズウイルス研究だった。医師ではない。アーロン・ダイアモンド・エイズ研究所はロックフェラー大学(Rockefeller University)の附置研究所である。
2015年7月20日(30歳?)、研究公正局は、ビッツエガイオがねつ造・改ざんをしたと報告した。
メディアはこの事件をほとんど報道していない。所属機関は調査報告書を公表していない。それで、事件の詳細は不明である。
米国・ロックフェラー大学(Rockefeller University)のアーロン・ダイアモンド・エイズ研究所(Aaron Diamond AIDS Research Center)の実験室。正面は所長のデイヴィット・ホー(David D. Ho)。写真出典
- 国:米国
- 成長国:ドイツ
- 研究博士号(PhD)取得:ドイツのツインコア研究所
- 男女:女性
- 生年月日:1984年頃:ドイツ(?)に生まれる。仮に、1985年1月1日生まれとする。
- 現在の年齢:39 歳?
- 分野:ウイルス
- 最初の不正論文発表:2013年(28歳?)
- 発覚年:2014年?(29歳?)
- 発覚時地位:米国・ロックフェラー大学・アーロン・ダイアモンド・エイズ研究所・ポスドク
- 発覚:内部公益通報
- 調査:①ロックフェラー大学・アーロン・ダイアモンド・エイズ研究所・調査委員会。②研究公正局。~2015年7月20日
- 不正:ねつ造・改ざん
- 不正論文数:出版論文1報、研究費申請2件、論文原稿1件
- 時期:研究キャリアの初期から
- 結末:辞職
●【経歴と経過】
- 1984年頃:ドイツ(?)に生まれる。仮に、1985年1月1日生まれとする。
- 2007年?(22歳?):ドイツ・ハイデルベルク大学(University of Heidelberg)の学部卒業(Diploma student)。ケプラー研究室(Oliver T. Keppler)
- 2007-2012年?(22-27歳?):ドイツのツインコア研究所(Twincore)・実験ウイルス学研究室(Experimental Virology)で大学院を過ごし、研究博士号(PhD)取得(推定)。研究室はトーマス・ピーチマン(Thomas Pietschmann、写真出典)研究室。なお、ツインコア研究所(Twincore)はハノーヴァー医科大学(Hannover Medical School)と大学院連携し、ハノーヴァー医科大学・大学院生の教育・研究指導を行なっているベンチャー研究所。
- 2012年?(27歳?):米国・ロックフェラー大学(Rockefeller University)のアーロン・ダイアモンド・エイズ研究所(Aaron Diamond AIDS Research Center)・ポスドクになる。ギリシャ系の準教授・セオドラ・ハジーアヌウ(Theodora Hatziioannou) 研究室
- 2013年(28歳?):研究ネカト論文を発表
- 2014年?(29歳?):研究ネカトが発覚する
- 2014年?(29歳?):アーロン・ダイアモンド・エイズ研究所を辞職
- 2015年7月20日(30歳?):研究公正局が研究ネカトと報告した
●【不正の内容】
★「世界変動展望」
「世界変動展望」に日本語解説記事があるので引用する(ある女性研究者の論文捏造、改ざん – 世界変動展望)。
ORIが米国のニューヨークにあるAaron Diamond AIDS Research Center (ADARC) の元ポスドクJulia Bitzegeio(写し、写し2)の論文捏造、改ざんを公式に発表した(写し)。
リトラクションウォッチによるとBitzegeioが務めていた研究室のPI、Theodora Hatziioannou(写し)は「操作は本当にささいなもので、Bitzegeioは(データの)見かけを変えただけ。」「論文は訂正されるだろう。Bitzegeioはもう科学の世界で研究を続けられないと思う。しかし、その確信は持てない。」と回答した。BitzegeioはすでにADARCを離籍した。Julia Bitzegeioは3年間米国の公的資金を受けられない等の不利益対処で調停合意した。
Julia Bitzegeioはネイチャーとサイエンスの共著論文がある。ネイチャー論文は日本人と思われるMasahiro Yamashita(写し)も共著。
Julia Bitzegeioの実績はそんなに悪くないと思うが、なぜ捏造、改ざんをしたのだろう。PIのTheodora Hatziioannouによると研究の結論には影響なく、単に見栄えをよくしたという程度で、論文訂正で済むらしいが、Julia Bitzegeioはもう研究を続けられないという。
★研究公正局の指摘
研究公正局の指摘によれば、ねつ造・改ざんは出版論文1報、研究費申請2件、論文原稿1件で、以下のようだ。
- 出版論文:Journal of Virology 87:3549-3560, 2013 (以後、「Journal of Virologyの2013年論文」と呼ぶ)
- 研究費申請書:R01 AI114367-01A1
- 研究費申請書:R01 AI120787-01
- 論文原稿:“A single amino acid in the CD4 binding site of HIV-1 Env is a key determinant of species tropism.”
研究費申請書や論文原稿は入手できないので、出版された論文「Journal of Virologyの2013年論文」をみてみよう。書誌情報は以下の通り。ビッツエガイオは第一著者である。
- Adaptation to the interferon-induced antiviral state by human and simian immunodeficiency viruses.
Bitzegeio J, Sampias M, Bieniasz PD, Hatziioannou T.
J Virol. 2013 Mar;87(6):3549-60. doi: 10.1128/JVI.03219-12. Epub 2013 Jan 16.
この論文の図7(以下)がねつ造・改ざんだと指摘された。
ウ~ン、実験ノートと照合しないと、どこをどのように「ねつ造・改ざん」されたのかわかりません。
●【論文数と撤回論文】
2015年8月14日、パブメドhttp://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmedで、ユリア・ビッツエガイオ(Julia Bitzegeio)の論文を「Julia Bitzegeio[Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2006~2014年までの9年間の12論文がヒットした。
2015年8月14日現在、撤回論文はない。
2015年7月20日に研究公正局がねつ造・改ざんしたと結論した「Journal of Virologyの2013年論文」も撤回表示がない。
ただし、該当論文のサイトには「研究ネカトあり「(Findings of research misconduct)」とコメントされている(PubMed – NCBI)。
●【事件の深堀】
★ビッツエガイオの指導教授ハジーアヌウが少しヘン
研究室主宰者の準教授・セオドラ・ハジーアヌウ(Theodora Hatziioannou、写真出典)はギリシャ系である。英国の大学を卒業後、1999年にフランスで研究博士号(PhD)取得し、米国・コロンビア大学・ロックっフェラー大学でポスドク時代を過ごし、2006年にロックっフェラー大学(Rockefeller University)・助教授、2012年に準教授になった。
(Greek Scientist Helps Research for AIDS Cure | USA.GreekReporter.com)。
ポスドクであるビッツエガイオの指導教授なのだが、ビッツエガイオの研究ネカトに対して、以下のように、研究ネカトを軽視する発言をしている。
- 「操作は本当にごくわずかです(the manipulation was really minor)」
- 「彼女は見栄えを良くするために変えただけです(She just made cosmetic changes)」
この発言は少し異常だ。こういうユルイ感覚の指導者の研究室では「改ざん」が横行するでしょう。研究室の他の論文は大丈夫なんでしょうか?
ビッツエガイオが第一著者の「Journal of Virologyの2013年論文」の最終著者になっているのだから、ハジーアヌウ準教授は、論文出版前にデータを精査して、ビッツエガイオのデータ操作をチェック・訂正・阻止すべき立場だ。「Journal of Virologyの2013年論文」でチェックしていれば、それ以後に生じた研究費申請書や論文原稿のデータねつ造・改ざんは防げたはずだ。
自分の無為・無能を棚に上げ、指導していたポスドクのねつ造・改ざんを告発した。
●【白楽の感想】
《1》予防・診断・発見する知識・スキル
白楽が事件を調べるのは、事件を起こした研究者をウェブ上で非難するためではない。事件を適正に扱わない大学や政府を糾弾するためでもない。研究者が事件を起こさないようにするのにはどうしたらよいのかを探るためである。研究関係者に事件防止の知識・スキルを示し、5年後・10年後の人間社会がさらにより良くなっていることを望むからだ。
事件を調べていると、特に、ポスドク・院生・テクニシャンの研究ネカトの詳細がわからないことが多い。
これでは、ポスドク・院生・テクニシャンの研究ネカトを予防・診断・発見する知識・スキルがほとんど得られない。人間社会がさらにより良くなるための知識を積み重ねていけない。
ポスドク・院生・テクニシャンは、多くの場合、有名人ではないし、重要な研究成果をまだあげていない。従って、研究ネカトが学術界および一般社会に及ぼす影響は小さい。
これが大きな理由だと思うが、マスメディアは事件を調査し報道しない。一方、公式な調査報告書は「こういう不正がありました」という結果報告だけで終わっている。
ポスドク・院生・テクニシャン本人はどうすべきだったのか? 研究指導者にどんな改善点があるのか? 大学院での教育が問題だったのか? もともと、違法行為をする性向の人物だったのか? たまたま、時期的に、結婚・離婚・出産・育児・病気など、本人にストレスが多かったのか?
調査員は立場上、問題点を一番よく知っているのだから、各事件の調査報告書は、どうすれば研究ネカトを防げたかについても記述し公表してほしい。
《2》第一著者論文の2報目で研究ネカト
ビッツエガイオは2006~2014年までの9年間に12論文を出版している。サイエンス誌に1報、ネイチャー誌に1報と超一流雑誌への論文もある。ところが、第一著者は、2010年のPLoS Pathog論文(博士論文にした?)と問題の「Journal of Virologyの2013年論文」しかない。他の10報は共著である。
つまり、研究室の他の人の実験に協力するが、自分の研究を主体的に進めることができないタイプと思われる。従って、自分で論文を執筆する力量と経験はあまりなかった、と思われる。
院生・ポスドク時代に自力で実験し自力でデータをだし、自分で論文執筆する実力をつけないと、そこそこ以上の研究者として自立できない。自立できても、伸びない。
写真を眺めると、ビッツエガイオは可愛いい女性である。
ドイツのハノーヴァー医科大学(Hannover Medical School)の仲間。ユリア・ビッツエガイオ(Julia Bitzegeio)は前列中央。可愛い女性。ツインコア研究所(Twincore)はハノーヴァー医科大学(Hannover Medical School)と大学院連携をしている。写真出典
ドイツのツインコア研究所(Twincore)出身者。ユリア・ビッツエガイオ(Julia Bitzegeio)は、ここでも前列中央。写真出典
写真のビッツエガイオは可愛いい女性で、以下、かなりの偏見を加えて推定する。
ビッツエガイオは、周りの受けが良かったのだろう。自力で実験し自力でデータをだすことを訓練されずに、ちやほやされて(共著)論文が増えていったのだろう。それで、いざ、自分が中心で論文を執筆する段になり、困って、あるいは、適当な気持ちでデータねつ造・改ざんをしたのだろう。
その観点でみると、セオドラ・ハジーアヌウ準教授の指導の甘さよりも、大学院生時代のトーマス・ピーチマン教授(Thomas Pietschmann)の躾けの甘さが、研究ネカトの原因かもしれない。
●【主要情報源】
① 2015年7月20日更新、研究公正局の報告:Case Summary: Bitzegeio, Julia | ORI – The Office of Research Integrity
② 2015年7月20日の「論文撤回監視(Retraction Watch)」記事:HIV postdoc faked data in published paper, 2 grants – Retraction Watch at Retraction Watch
③ 記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。