ピエロ・アンバーサ(Piero Anversa)(米)

2015年3月7日掲載、2024年11月25日更新

ワンポイント:【長文注意】。日本の小保方事件の直後に騒がれた、2014~2018年当時の米国の大事件で、同じ幹細胞分野で起こった。アンバーサは、イタリアで研究者として確立した後、1985年(46歳)、米国のニューヨーク医科大学に移籍し、その後、ハーバード大学・医科大学院の基幹病院であるブリガム・アンド・ウィメンズ病院の教授になった。2012年10月(74歳)、研究不正が発覚。2013年1月(74歳)、ブリガム・アンド・ウィメンズ病院がネカト調査委員会を設置した。ところが、自分は無実でネカトをしたのは部下だと裁判に訴えた。2015年(76歳)、研究室は閉鎖され、アンバーサはブリガム・アンド・ウィメンズ大学を退職した。最初にネカトと指摘されてから6年後、2018 年10月15日(80歳)、ブリガム・アンド・ウィメンズ病院はアンバーサが31論文でデータをねつ造・改ざんしていたと発表したが、無処分だった。2009~2012年(70~73歳)の4年間に出版したアンバーサの 19論文が撤回された。「パブピア(PubPeer)」で38論文にコメントがある。NIHは、結局、アンバーサ関連の「成体幹細胞による心臓修復」研究に約588億円を助成した。どういうわけか、研究公正局はクロと発表していない。国民の損害額(推定)は60億円(大雑把)。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
9.主要情報源
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●1.【概略】

150228 anversa_150x225_medピエロ・アンバーサ(Piero Anversa、写真出典)は、イタリアで生まれ、イタリアのパルマ大学(University of Parma)で医師免許を取得し、イタリアで研究者として成功した後、46歳で渡米し、1年後、ニューヨーク医科大学・教授になった。その後、米国のハーバード大学・医科大学院の基幹病院であるブリガム・アンド・ウィメンズ病院(Brigham and Women’s Hospital)の麻酔学講座と医学講座の教授(Professor of Anesthesia and Professor of Medicine)に移籍した。専門は心筋の幹細胞学。

ニューヨーク医科大学・教授の時、成体幹細胞が心臓を再生することを発見した「2001年4月のNature」論文が大きな脚光を浴び、世界的に有名になった。

だが、この論文は、誰も追試できなかった。

アンバーサは生涯で59,448,111ドル(約59億円)のNIH研究費を得たが、NIHはアンバーサ関連の「成体幹細胞による心臓修復」研究全体に 5 億 8,800 万ドル(約588億円)を助成した。巨額である。

2012年11月14日(74歳)、アンバーサと共同研究していたローレンス・リバモア国立研究所が、アンバーサの「2012年10月のCirculation」論文のデータが改ざんされている、とハーバード大学に公益通報した。

2か月後の2013年1月10日(74歳)、通報を受けたハーバード大学はネカト調査委員会を設置した。研究公正局も調査に加わったようだった。

2014年4月22日(75歳)、疑惑の「2012年10月のCirculation」論文が撤回された。

2014年12月16日(76歳)、ところがなんと、アンバーサは、ハーバード大学などを被告として、自分は無実である。悪いのは部下のジャン・カイジストラ準教授(Jan Kajstura)だと裁判所に訴えた。

2015年7月30日(76歳)、訴えは棄却された

2015年xx月xx日(76歳)、アンバーサはハーバード大学とブリガム・アンド・ウィメンズ大学を退職した。

2018 年10月15日(80歳)、最初にネカトと指摘されてから6年後、ハーバード大学・医科大学院とブリガム・アンド・ウィメンズ病院はアンバーサが31論文でデータねつ造・改ざんをしていたと、発表した。

ただ、どの論文がネカト論文なのかを公表しなかった。

2009~2012年にブリガム・アンド・ウィメンズ病院から出版された19論文が、2014~2022 年に撤回されている。

ニューヨーク医科大学・教授時代の9論文もネカト視されているが、ニューヨーク医科大学はネカト調査をしていない。それで、誰も追試できない「2001年4月のNature」論文は撤回されていない。

2024年11月24日(86歳)現在、研究公正局はアンバーサ事件をクロと発表していない。

150228 b734420b761c615e3b38b109873e8403ba39f373ブリガム・アンド・ウィメンズ病院(Brigham and Women’s Hospital)。写真出典

  • 国:米国
  • 成長国: イタリア
  • 医師免許(MD)取得:イタリアのパルマ大学
  • 研究博士号(PhD)取得:イタリアのパルマ大学(推定)
  • 男女:男性
  • 生年月日:1938年9月11日
  • 現在の年齢:86 歳
  • 分野:幹細胞学
  • 不正論文発表:1998~2014年(59~75歳)の17年間
  • ネカト行為時の地位:①ニューヨーク医科大学・教授 → ②ハーバード大学のブリガム・アンド・ウィメンズ病院・教授、再生医学センター長
  • 発覚年:2012年(74歳)
  • 発覚時地位:ハーバード大学のブリガム・アンド・ウィメンズ病院・教授、再生医学センター長
  • ステップ1(発覚):第一次追及者は共同研究者のローレンス・リバモア国立研究所(Lawrence Livermore National Laboratory)のブルース・ブッフホルツ(Bruce Buchholz)で、ハーバード大学に公益通報
  • ステップ2(メディア):「パブピア(PubPeer)」、「撤回監視(Retraction Watch)」、「Science」、「Washington Post」、「New York Times」、「ロイター(Reuters)」など多数の主要メディアが取り上げた
  • ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①ハーバード大学・調査委員会。②研究公正局(?)。③裁判所
  • 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし
  • 大学・研究所の透明性:所属機関の事件への透明性:大学・研究所は調査したが、ウェブ公表なし・隠蔽(✖)
  • 不正:ねつ造・改ざん
  • 不正論文数:19論文が撤回。「パブピア(PubPeer)」では38論文にコメントあり
  • 時期:研究キャリアの後期
  • 職:事件後に研究職(または発覚時の地位)をやめた・続けられなかった(Ⅹ)
  • 処分:なし。
    ただし、ブリガム・アンド・ウィメンズ病院は、アンバーサがネカトで得た研究費の賠償として、1,000万ドル(約10億円)を連邦政府に払うことに合意
  • 日本人の弟子・友人:眞田文博(大阪大学大学院(医学系研究科)・准教授)

【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は獲得研究費の約59億円を全額損害とした。ネカト調査・対処に1億円とし、計60億円(大雑把)。

●2.【経歴と経過】

  • 1938年9月11日:イタリア、パルマで生まれる
  • 1965年(26歳):イタリアのパルマ大学(University of Parma)を卒業、医師免許取得
  • 1965年(26歳):イタリアのパルマ大学(University of Parma)・病理学・教員
  • 1972年(33歳):パルマ大学と兼任で、米国のニューヨーク医科大学(New York Medical College)・病理学・客員助教授
  • 1985年(46歳):米国のニューヨーク医科大学・常勤教員
  • 1986年(47歳):同・教授
  • 1991年(52歳):同・心臓血管研究所(Cardiovascular Research Institute)所長、医学・微生物・免疫学講座(Medicine, Microbiology and Immunology)・教授
  • 1998~2014年(59~75歳):この17年間の38論文に「パブピア(PubPeer)」のコメントがある
  • 1999年(60歳):ニューヨーク医科大学・医学科・副学科長
  • 2003年(64歳):アメリカ心臓協会(American Heart Association)の優秀科学者賞(Distinguished Scientists)受賞
  • 2004年(65歳):イタリアのサンティラリオ賞(Premio Sant’Ilario)受賞
  • 2007年(68歳):米国のハーバード大学のブリガム・アンド・ウィメンズ病院の麻酔学講座/医学講座の教授(Professor of Anesthesia and Professor of Medicine)、再生医学センター長(Director of the Center for Regenerative Medicine)
  • 2008年(69歳):ミラノ市長からイタリアに帰国しサンラッファエッレ病院(Ospedale San Raffaele)で研究室を構えてくれないかと要請されたが、断った
  • 2009~2012年(70~73歳):この4年間に出版した19論文が、2014~2022 年に撤回された
  • 2012年10月(74歳):研究不正が発覚。論文の表と実際のデータが不一致
  • 2013年1月(74歳):ハーバード大学のブリガム・アンド・ウィメンズ病院がネカト調査委員会を設置した
  • 2014年12月16日(76歳):自分はネカトしていないと裁判に訴えた
  • 2015年xx月xx日(76歳):研究室は閉鎖され、アンバーサはハーバード大学とブリガム・アンド・ウィメンズ大学を退職
  • 2017年4月(78歳):ブリガム・アンド・ウィメンズ病院は、アンバーサがネカトで得た研究費の賠償として、1,000万ドル(約10億円)を連邦政府に払うことに合意
  • 2018 年10月15日(80歳):ハーバード大学・医科大学院とブリガム・アンド・ウィメンズ病院はアンバーサが31論文でデータねつ造・改ざんをしたと、発表した

●3.【動画】

【動画1】
事件説明動画:「史上最大学术造假,撤稿31篇,行业倒退十年【哈佛丑闻】 – YouTube」(中国語)16分24秒。
LabGirls(チャンネル登録者数 2380人) が2022/02/28 に公開

【動画2】
以下は事件の動画ではない。
「Piero Anversa Laurentiu Popescu stem cell telocytes」、(英語)1分37秒、 KolMedicalMedia(チャンネル登録者数260人)が2012/11/25 に公開

【動画3】
以下は事件の動画ではない。
「ピエロ・アンバーサ」と紹介。
チャールズ・ローズ(Charlie Rose)のトークショウに出演(英語)14分47秒。 
Charlie Rose LLC.が07/16/2001 にアップロード

●4.【日本語の解説】

★2014年4月15日:著者名不記載(日刊ゲンダイ):第2の小保方事件?米ハーバード大が日本人共著の論文撤回

出典 → ココ(リンク切れ)、(保存版) 

米国ハーバード大学医学部とブリガム・アンド・ウィメンズ病院が2014年4月上旬、2012年に発表した心臓の幹細胞をめぐる論文に重大な疑義が生じたとして、撤回を明らかにしたのである。

論文が撤回されたのは、組織幹細胞などの研究で知られるピエロ・アンバーサ教授の研究室だ。世界的にも著名な研究室の疑惑論文にハーバード大学は大揺れ。

さらに、世界5大医学雑誌の「ランセット」(英国外科学会発行)の編集者が、アンバーサ研究室の過去の論文にも疑念を抱いていると報じられた。世界の科学界は「細胞の研究論文で第2の小保方事件か」と騒然となっているが、見過ごせないのは撤回論文の共著者に日本人の医学博士が含まれていることだ。

★2014年4月30日:大西睦子(Foresight(フォーサイト)):ハーバード大学内でも勃発した世界的著名教授の「論文撤回」騒動

出典 → ココ、(保存版) 

150228 IMG_78252012年に、ハーバード大学医学部の関連医療機関である『ブリガム・アンド・ウィメンズ病院』麻酔科教授のピエロ•アンバーサ博士(Piero Anversa、写真出典)らの研究チームは、再生速度のはやい心筋細胞を検出し、さらに、再生速度は年齢とともに高まるという研究結果を報告しました。この報告は、心臓幹細胞の分野での大きな論争を招きました。

続きは、原典(閲覧有料)をお読みください。

2014年5月13日の別の記事が「この原稿は新潮社「Foresight」より転載です。」とある。上記と同じ内容。 → Vol.110 ハーバード大学内でも勃発した世界的著名教授の「論文撤回」騒動 | MRIC by 医療ガバナンス学会、(保存版

★2014年5月x日(?):Alison Abbott(翻訳:古川奈々子)(Nature ダイジェスト Vol. 11 No. 8):心臓病の幹細胞療法に対する疑い

出典 → ココ、(保存版) 

ハーバード大学(米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)のPiero Anversaが指揮したSCIPIO試験の結果は2011年にLancetで発表され、心不全患者に対する心臓幹細胞を用いた治療法は有望であるという結果が示された3。しかし現在、ハーバード大学は、いくつかのデータの真偽を調査しており、Lancetは、詳細には触れないままこの論文には「懸念があること」を、2014年4月12日に表明した。

続きは、原典をお読みください。

★2018年11月3日:山田敏弘(クーリエ・ジャポン):ハーバード大学医学部、大丈夫?論文捏造が米国でも大問題| 【世界を見渡すニュース・ペリスコープ】

出典 → ココ、(保存版) 

2018年10月14日、米科学専門サイト「スタット」がこんな記事を掲載した。

「ハーバード大学医学部と同大学の関連病院であるブリガム・アンド・ウィメンズ病院は、元研究室長による31の論文を医学誌から取り下げるよう勧告した。この研究室長は、心臓幹細胞を研究していたピエロ・アンバーサ博士で、論文には『偽造または捏造されたデータ』が含まれていた」

実のところ、この問題は数年前から米国では話題となっていた。しかし10月になって論文が偽造であると判明してから、米国立衛生研究所(NIH)が国から補助金を受けていたこの幹細胞の研究での人体実験を中止することになり、さらに騒動は広がっている

続きは、原典をお読みください。

●5.【不正発覚の経緯と内容】

★研究人生

ピエロ・アンバーサ(Piero Anversa)はイタリアで研究者として確立後、1985年、46歳の時に、米国・ニューヨーク医科大学・常勤教員になった。

米国に中年デビューである。

1986年(47歳)、ニューヨーク医科大学・教授になり、2003年(64歳)、アメリカ心臓協会(American Heart Association)の優秀科学者賞(Distinguished Scientists)を受賞するなど、研究成果が認められた。

アンバーサは、イタリアで確立した研究者だったが、米国に移籍して、新分野を切り開く研究に乗り出した。焦点を合わせたテーマは成体幹細胞による心臓再生だった。

2001年(62歳)、研究成果が実り、成体幹細胞での心臓再生が成功し、「2001年4月のNature」論文として発表した。

何十年もの間、ほとんどの科学者は、心臓は皮膚や筋肉とは異なり、自己修復できないと信じられていた。「2001年4月のNature」論文はその思い込みをひっくり返した画期的な内容だった。

骨髄から幹細胞を採取し、心臓に注入することで、まるで魔法のように、幹細胞は心臓細胞に変わり、心臓の損傷を修復したのである。

使用した実験動物はマウスで、マウスの骨髄由来の成体幹細胞が、マウスの損傷した心臓組織を再生したのである。

研究はマウスで行なわれたが、大発見だった。

心臓病は米国の主要な死因なので、ヒトの心臓病を成体幹細胞を使って治療できる可能性を示したこの発見は大きな反響を呼んだ。

2003年(64歳)、アンバーサは、アメリカ心臓協会(American Heart Association)の優秀科学者賞(Distinguished Scientists)を受賞した。 → Previous Distinguished Scientist Recipients – Professional Heart Daily | American Heart Association(右出典同)(保存版

ところが不幸なことに、「成体幹細胞が心臓になる」この画期的な論文を誰も追試できなかった。

スタンフォード大学のレオラ・バルサム(Leora Balsam)らは「2004年4月のNature」論文で、心臓に注入した骨髄細胞は心臓の細胞にならず、骨髄細胞のままだった、と結論した。 → 「2004年4月の Nature」論文:Haematopoietic stem cells adopt mature haematopoietic fates in ischaemic myocardium – PubMed

ワシントン大学(シアトル)のチャールズ・マリー(Charles E Murry)らも「2004年4月のNature」論文で、心臓に注入した骨髄細胞は心臓の細胞にならず、骨髄細胞のままだった、と同じ結果を発表した。 → 「2004年4月の Nature」論文: Haematopoietic stem cells do not transdifferentiate into cardiac myocytes in myocardial infarcts – PubMed

なお、アンバーサは、2007年(69歳)、ニューヨーク医科大学・教授からハーバード大学のブリガム・アンド・ウィメンズ病院の麻酔学講座/医学講座の教授(Professor of Anesthesia and Professor of Medicine)に移籍した。

★研究費は約59億円も受給

2022年6月21日のロイターの記事では 、アンバーサが単独で得たグラントは4,500万ドル(約45億円)とある。

NIHは、2021年までに「成体幹細胞による心臓修復」研究全体に 5 億 8,800 万ドル(約588億円)の研究費を助成した。巨額である。

白楽が2つのデーターベースでアンバーサのNIHグラントの受給具合を調べると、長年順調にというか巨額に受給していた。

1つ目のデータベース「Grantome: Search:Piero Anversa」では1989~2015年の27年間の 129件がヒットした。総額の集計は面倒なので止めたが、かなりの額である。

22つ目のデータベース であるNIHの「RePORT ⟩Piero Anversa」では、1987~2015年の29年間の95件がヒットした。このデータベースでは、総額59,448,111ドル(約59億円)の研究費をアンバーサは受給していた(以下は最新の5件)。白楽記事ではこの額(約59億円)を使用した。

★画期的な発見

繰り返しになるが、2001年(62歳)、ピエロ・アンバーサ(Piero Anversa)は、成体幹細胞が心臓を再生し、心臓病を治療する特別な能力を持っているという画期的な発見で、この分野で有名になった。

「2001年4月のNature」論文

巨額な助成金を獲得し、その後の論文は一流の学術誌に掲載され続けた。

2003年(64歳)、アンバーサはアメリカ心臓協会(American Heart Association)の優秀科学者賞(Distinguished Scientists)を受賞した。 → Cardiovascular News | Circulation

★ベルナルド・ナダル=ジナード教授

前項の「2001年4月のNature」論文を発表する2年前の1999 年、当時 60 歳だったニューヨーク医科大学・教授のアンバーサは、ボストン小児病院の元・心臓病科長だったベルナルド・ナダル=ジナード教授(Bernardo Nadal-Ginard、写真出典)と組んで研究を進めた。

実は、ナダル=ジナード教授は、1992 年にボストン小児心臓財団 (Boston Children’s Heart Foundation (BCHF)) の会長として活動していた時、400~500万ドル(約4~5億円)の経理不正で有罪になった。9か月間服役し、1990 年代後半に刑務所から釈放された。  → ①1993年11月11日記事:Cardiologist Investigated | News | The Harvard Crimson、②裁判記録:NADAL-GINARD, COMMONWEALTH vs., 42 Mass. App. Ct. 1

ナダル=ジナード教授は、画期的な「2001年4月のNature」論文など、アンバーサ論文の定期的な共著者になった。

しかし、このような悪業研究者と共同で研究するということは、「類は友を呼ぶ」あるいは「朱に交われば赤くなる」ということだろう。

★アンバーサ研の恐怖運営

かつてアンバーサ研究室で研究していた人(ポスドク?)が、アンバーサ研究室の過酷な研究実施状況を描いている文章がある。最先端の研究室はどこも同じだろうし、誇張して書いているかもし知れないが、読んでみよう。
 → ①)記者の「Gizmodo」記事:Inside a Corrupt Stem Cell Research Lab、(保存版
 → ② 2014年5月30日のアダム・マーカス(Adam Marcus)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:「Braggadacio, information control, and fear: Life inside a Brigham stem cell lab under investigation – Retraction Watch at Retraction Watch

150228 Annarosa Leri実験室の毎日の作業は、厳しい情報管理のもとで行なわれていた。研究室は、トップのピエロ・アンバーサ教授(Piero Anversa)の下に、アナローザ・レリ・準教授(Annarosa Leri、右写真出典)、ジャン・カイジストラ・準教授(Jan Kajstura)、マルチェロ・ロタ・助教授(Marcello Rota)3人のグループリーダーが仕切っていた。

彼らの下に、研究員、リサーチフェロー(ポスドク)、大学院生、テクニシャンと身分は異なるが、約25人の研究室員が働いていた。下から上へ研究結果を伝える一方通行で、グループ間での会話はほとんどなく、しばしば禁じられた。

150228 Dr_%20Anversa's%20lab 米国・ハーバード大学のブリガム・アンド・ウィメンズ病院の再生医学研究室(アンバーサ研究室)の面々。写真出典(リンク切れ)(保存版、写真なし)

研究室員が出した生データを直属のボス(上記3人のグループリーダー)に渡すと、研究室員が、次にそのデータを見るのは、論文原稿またはグラント申請書の中の表や図としてである。そこに至るまでの間、データについてどんな議論がなされ、どんな処理がされたのか、データをだした室員には全く伝えられなかった。

この厳しい情報管理のために、各室員は、研究プロジェクトが実際にどこまで進行しているのかわからなかった。また、データ不正があったとしても、各室員は、全体像がわからないし、データ処理過程もわからないので、自分が出したデータが論文の図表と異なっていても、不正だという確証はもてないので、公益通報は難しかった。

研究室運営の戦略として、2つの方法で室員をコントロールしていた。1つは、研究に貢献し、他の室員に恐れられるような人をラボ内で高い地位につけた。もう1つは、研究資金がとても豊富な研究室だったので、ボス(上記3人のグループリーダー)にとって好ましい室員には、金銭的に報い、さらに、有利な就職先を世話した。

平均的な学術研究者はコッケイに思うかもしれないが、研究室員も人間なので、ほぼ全員、収入が多いことや名声を望む。そのような研究室員はアンバーサ研究室の方針に合わせて研究を遂行し続けることになる。

ある面、研究室は恐怖政治で運営されていた。これはオーバーに言っているわけではない。恐怖政治だと受け取るかどうかは人それぞれだが、研究室員に対する脅威は存在した。米国以外の国から来た研究室員の多くは特に悩んでいた。多くは、米国の研究者と比べ、技術的、教育的に研究能力が低かったからである。

★ネカト発覚の経緯

2014年4月22日(73歳)、アンバーサの「2012年10月のCirculation」論文が撤回された。

  • Cardiomyogenesis in the aging and failing human heart.
    Kajstura J, Rota M, Cappetta D, Ogórek B, Arranto C, Bai Y, Ferreira-Martins J, Signore S, Sanada F, Matsuda A, Kostyla J, Caballero MV, Fiorini C, D’Alessandro DA, Michler RE, del Monte F, Hosoda T, Perrella MA, Leri A, Buchholz BA, Loscalzo J, Anversa P.
    Circulation. 2012 Oct 9;126(15):1869-81. doi: 10.1161/CIRCULATIONAHA.112.118380. Epub 2012 Sep 6.
当然のことであるが、論文は理由もなく突然、撤回されない。それなりの理由とステップがある。
 
2011 年、マリオ・リッチャルディ(Mario Ricciardi、写真出典)はイタリアのヴェローナ大学(University of Verona)で博士号を取得し、米国の ハーバード大学のアンバーサ研究室のポスドクになった。
 
アンバーサ研究室は憧れの研究室だったが、研究を始めてから 1 年も経たないうちに、アンバーサ研究室の論文データに疑念を抱いた。
 
偶然、時を同じくして、次に述べる研究者もアンバーサ研究室の「2012年10月のCirculation」論文のデータに疑念を抱いた。
 

2012年10月(74歳)、カリフォルニア州にあるローレンス・リバモア国立研究所(Lawrence Livermore National Laboratory)の研究者ブルース・ブッフホルツ(Bruce Buchholz、写真出典)は、自分たちが送ったデータとアンバーサの「2012年10月のCirculation」論文のデータに不一致があることを見つけた。

2012年11月14日(74歳)、ブッフホルツからデータ疑惑の相談を受けたローレンス・リバモア国立研究所は、ハーバード大学・医科大学院・研究公正部長のグレッチェン・ブロドニキ(Gretchen A. Brodnicki)(顔写真、次項)に、ネカト疑惑に公益通報した。

2013年1月10日(74歳)、通報を受けて、ハーバード大学はネカト調査委員会を設置した。

★裁判

ハーバード大学がアンバーサがクロと発表したのは2018年だが、その発表以前の2014年、ハーバード大学がネカト調査委員を始めて1年11か月後、アンバーサは自分は無実だと裁判所に訴えた。

150228 Jan Kajsturaつまり、2014年12月16日(76歳)、アンバーサは、ハーバード大学などを被告として、研究不正に関して自分は無実で、部下のジャン・カイジストラ準教授(Jan Kajstura、写真出典写真なし保存版)が犯人だと、マサチューセッツ地区連邦裁判所(United States District Court for the District of Massachusetts)に訴えた。

以下は2014年12月16日の法廷文書の冒頭部分(出典:同)。全文(29ページ)は → http://c.o0bg.com/rw/Boston/2011-2020/2014/12/17/BostonGlobe.com/Metro/Graphics/stemsuit.pdf?p1=Article_Related_Box_Article

法廷文書と2014年12月17日のキャロライン・ジョンソン(Carolyn Y. Johnson)の「ボストン・グローブ(The Boston Globe)」記事(【主要情報源】④)によると、要点は以下のようだ。 → 

原告:
 ①ピエロ・アンバーサ(Piero Anversa)
 ②アナローザ・レリ(Annarosa Leri)

被告:
 ①パートナーヘルスケア社(Partners HealthCare, Inc.):ブリガム・アンド・ウィメンズ病院やマサチューセッツ総合病院(MGH)を含め、ボストンにいくつかの病院を所有している非営利団体
 ②ハーバード大学・医科大学院
 ③ブリガム・アンド・ウィメンズ病院
 ④エリザベス・ネーベル(Elizabeth Nabe):ブリガム・アンド・ウィメンズ病院長
 ⑤グレッチェン・ブロドニキ(Gretchen A. Brodnicki、写真出典):ハーバード大学・医科大学院・研究公正部長(Dean for Faculty and Research Integrity)

アンバーサはデータねつ造・改ざんをしていない。自分は無実である。「2012年10月のCirculation」論文にデータねつ造・改ざんがあるなら、第一著者である部下のジャン・カイジストラ準教授(Jan Kajstura)が犯人だ、と訴えた。

つまり、序列1位のアンバーサと序列2位のアナローザ・レリ(Annarosa Leri)が20年一緒に研究してきた序列3位のジャン・カイジストラ準教授(Jan Kajstura)を犯人だと裁判に訴えたのである。

「2012年10月のCirculation」論文は、ローレンス・リバモア国立研究所(Lawrence Livermore National Laboratory)のブルース・ブッフホルツ(Bruce Buchholz、前項に顔写真)に108 carbon-14 (C-14)の測定を依頼した。

2011年12月23日、ブッフホルツはカイジストラ準教授にデータを送付した。

アンバーサとアナローザ・レリは生データを見ていなかった。

このブッフホルツのデータをカイジストラ準教授が改ざんして、論文で発表した。

前項で示したように、ブッフホルツは送ったデータと「2012年10月のCirculation」論文のデータに不一致があるとアンバーサに警告し、ローレンス・リバモア国立研究所からハーバード大学に公益通報した。

なお、ジャン・カイジストラ準教授(Jan Kajstura)は、裁判の時点では、既にブリガム・アンド・ウィメンズ病院を退職していた。

150228 Dr_-Nabel-Webアンバーサは、ブリガム・アンド・ウィメンズ病院長のエリザベス・ネーベル(Elizabeth Nabel 、写真出典同(by Bwhpubaff))も、利益相反の罪で訴えた。

ネカト調査委員会の調査が長すぎて連邦法に違反しているとも訴えた。

連邦法では、本来、ネカト調査は120日以内に終了しないければならないことになっている。延長は可能なのだが、延長に延長を重ね、4年間(?)も調査していた。調査が長いことで、自分たちへのダメージが大きくなったと訴えた。

しかし、2015年7月30日(76歳)、訴えは棄却された(Judge dismisses scientists’ suit against Harvard and Brigham and Women’s – Metro – The Boston Globe)。

裁判関係の文書として、以下もある。面倒なので白楽はチラ見した程度。

★約10憶円で示談:病院が連邦政府に

ロイターの調査によると、アンバーサの論文に基づき、過去 20 年間に、赤ん坊を含む世界中の少なくとも 5,000 人が、民間および公的資金による心臓の幹細胞研究に参加していた。

2017 年 4 月(78歳)、司法省の調査結果の後、ブリガム・アンド・ウィメンズ病院は、アンバーサが研究資金を得るために不正なデータを提出したという告発を解決するために、連邦政府に 1,000 万ドル(約10憶円)を支払うことに同意した。 → 2017年4月27日記事:District of Massachusetts | Partners Healthcare and Brigham and Women’s Hospital Agree to Pay $10 Million to Resolve Research Fraud Allegations | United States Department of Justice → 2018年12月13日、「撤回監視(Retraction Watch)」記事:Harvard teaching hospital to pay $10 million to settle research misconduct allegations – Retraction Watch

★ネカトでクロと発表

2018 年10月15日(80歳)、最初にネカトと指摘されてから6年後、ハーバード大学・医科大学院とブリガム・アンド・ウィメンズ病院はアンバーサが31論文でデータねつ造・改ざんをしていたと、発表した。 → 2018 年10月15日記事:Harvard Calls for Retraction of Dozens of Studies by Noted Cardiac Researcher – The New York Times

ただ、この31論文がどの論文なのかを公表していない。

成体幹細胞が心臓を再生すると発表した「2001年4月のNature」論文も含まれると思うが、推定でしかない。

それにしても、31論文もあるということは、アンバーサの主要な研究の大部分だろう。

★時流に乗ったことと不正維持装置

アンバーサのネカトが世間を騒がせていた頃、成体幹細胞研究者が主要学術誌の編集長や NIH 助成金委員会のトップの地位に就いていた。

アンバーサのネカトが明るみに出た後もずっと、このシンジケートは成体幹細胞の研究を支援していた。

つまり、アンバーサのネカト事件は、成体幹細胞研究シンジケートがアンバーサの不正を隠蔽したり、成体幹細胞研究に多額の研究費を支給し続けたなど、学術界のお友達が事件を歪めた面が強い。

アンバーサやこの分野の研究者(成体幹細胞ではないが小保方事件も「2001年1月のNature」論文)のネカトや詐欺の申し立てにもかかわらず、20年以上、米国連邦政府(NIH)と民間は幹細胞の研究に多額の助成金を交付していた。

以下の図と内容は、多額の助成金を交付し続けたことを示した 2022年6月21日の「ロイター(Reuters)」記事が出典である。

2013年に米国政府がアンバーサの論文にネカト疑惑を発表した。

2017年に司法省がアンバーサのネカトでブリガム・アンド・ウィメンズ病院が 1,000 万ドル(約10憶円)を返還する示談が成立した。

それでも、NIHは、2021年までに「成体幹細胞による心臓修復」研究全体に 5 億 8,800 万ドル(約588億円)の研究費を助成した。

政治的な風が「成体幹細胞による心臓修復」研究に有利に吹いた。

身体の疾患箇所の臓器を置換または修復する可能性がある幹細胞は、胚にある胚性幹細胞と成人にある成体幹細胞の2つのタイプがある。

胚性幹細胞は、あらゆる種類の特殊な細胞に変化する能力があり、とても用途が広い。しかし、胚の破壊を伴うので、胚性幹細胞の使用は、生命倫理の問題があり、中絶反対派を激怒させる。

2001 年、米国は胚性幹細胞研究に対する政府の資金提供を禁止した。

一方、成体幹細胞は、白血病などの病気を治療するために骨髄などの一部を再生できるが、組織を再生できる能力は限られていると考えられていた。

何とか工夫すれば、特定の組織を再生できるかもしれない。アンバーサの「成体幹細胞による心臓修復」はその可能性を求める研究にピッタリ合致していた。

アンバーサが、成体幹細胞での心臓再生が成功した「2001年4月のNature」論文を発表した 5 か月後、妊娠中絶反対派からの圧力を受けて、米国のジョージ  W. ブッシュ大統領は、胚性幹細胞研究に対する連邦政府の助成金を大幅に制限し、成体幹細胞が「有望な」代替物であると宣言した。 → 2001年8月9日:President Discusses Stem Cell Research

アメリカ心臓協会(American Heart Association)は、胚性幹細胞研究を正式に禁止し、2003年、アンバーサに優秀科学者賞(Distinguished Scientists)を授与したのである。

それで、アンバーサは、突然、超一流科学者の地位を得、その後、論文発表と資金獲得が容易になったのだ。

ネカト・ウオッチャーのフェリック・ファング教授(Ferric C. Fang、写真出典)は「心臓病から世界を救っているかもしれないこの研究を、誰が拒否したいと思うのでしょうか?」と述べている。

この有望と思えた研究分野は、巨額の金融投資をもたらした。

英国の国立科学アカデミーが発表した分析によると再生医療分野の上場企業の世界の資本価値は 2007 年に 47 億ドル(約4,700億円)だが、この額は、 4年前の15倍以上だった。

アンバーサは、心臓の成体幹細胞治療を熱心に提唱する研究者として知られ、彼の話は、とても魅力的で説得力があった。それで、この研究分野の中で最も著名な研究者になった。

★誰もネカトと判断できない・したくない

「誰もそれを認めたくない」

ハーバード、ブリガム、NIH などの巨大な研究機関は、アンバーサ研究室のデータねつ造・改ざんを理解するのに時間がかかった。

説明の一部は、この分野の不可解な性質にあると、ある研究不正行為の専門家は述べている。

ネカト・ウオッチャーのフェリック・ファング教授(Ferric C. Fang)は、「誰も認めたくないが、この種の高度に専門化した研究を本当に理解している人は、一握りの科学者を除いてほとんどいない」と指摘している。

「学部長、部門長、学術誌・編集者でさえ、データが誇大なのか事実なのかを判断できない。そして、研究者がデータに関する嘘をついている場合、その嘘を見破るのはほとんど不可能です」と、述べた。

【ねつ造・改ざんの具体例】

★「2012年10月のCirculation」論文

「2012年10月のCirculation」論文の書誌情報を以下に示す。2014年4月22日、撤回された。最初の撤回論文である。

  • Cardiomyogenesis in the aging and failing human heart.
    Kajstura J, Rota M, Cappetta D, Ogórek B, Arranto C, Bai Y, Ferreira-Martins J, Signore S, Sanada F, Matsuda A, Kostyla J, Caballero MV, Fiorini C, D’Alessandro DA, Michler RE, del Monte F, Hosoda T, Perrella MA, Leri A, Buchholz BA, Loscalzo J, Anversa P.
    Circulation. 2012 Oct 9;126(15):1869-81. doi: 10.1161/CIRCULATIONAHA.112.118380. Epub 2012 Sep 6.

著者が22人で、最終著者がアンバーサである。

撤回の理由だが、論文のどの部分が問題だったのか、撤回公告には書いてない。 → 2014年4月22日の撤回公告:Notice of Retraction | Circulation

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ねつ造・改ざんの具体例とは話がズレるが、この論文の共著者に2人の日本人がいる。

「日刊ゲンダイ」紙が「見過ごせないのは撤回論文の共著者に日本人の医学博士が含まれていることだ」と書いている。出典 → ココ(リンク切れ)、(保存版) 

その医学博士は、著者の9番目の「Fumihiro Sanada」と17番目の「Toru Hosoda」である。10番目の「Matsuda A」は「Alex Matsuda」なので日系人だが日本人ではないと思われる。

常識で考えれば、22人の共著者の論文の9番目や17番目の著者は、論文に重要な貢献をしていない。従って、論文の不正に大きく関与しているとは思えない。たまたま、運悪く、巻き込まれただけだろう。

とはいえ、共著者なので、勿論、ネカトの責任はある。

以下、一応どんな人か軽く調べた。

9番目の眞田文博(Fumihiro Sanada、保存版)は、医師免許取得者で大阪大学で研究博士号(PhD)を取得後、ポスドクとしてアンバーサ研究室に研究留学した。2024年11月24日現在、大阪大学大学院・准教授である。

17番目の細田 徹(Toru Hosoda)は、医師免許取得者で東京大学で研究博士号(PhD)を取得後、渡米し、研究員としてアンバーサ研究室で研究修行した。2024年11月24日現在、 榊原記念病院・部長である。

●6.【論文数と撤回論文とパブピア】

★パブメド(PubMed)

2024年11月24日現在、パブメド(PubMed)で、ピエロ・アンバーサ(Piero Anversa)の論文を「Piero Anversa [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2002~2018年の17年間の146論文がヒットした。

ピエロ・アンバーサ(Piero Anversa)の論文を「Anversa P」で検索すると、1967~2018年の50年間の382論文と2023年の1論文の計383論文がヒットした。

2024年11月24日現在、「Retracted Publication」のフィルターでパブメドの論文撤回リストを検索すると、19論文が撤回されていた。

★撤回監視データベース

2024年11月24日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回監視データベースでピエロ・アンバーサ(Piero Anversa)を「Piero Anversa」で検索すると、49論文がヒットした。その内、2009~2012年に出版された19論文が、2014~2022 年に撤回されていた。

★パブピア(PubPeer)

2024年11月24日現在、「パブピア(PubPeer)」では、ピエロ・アンバーサ(Piero Anversa)の論文のコメントを「Piero Anversa」で検索すると、1998~2014年(59~75歳)の17年間に出版された38論文にコメントがあった。

●7.【白楽の感想】

《1》研究公正局の不適切

最初の白楽記事にした2015年3月6日(76歳)時点では、ハーバード大学と研究公正局の調査は終わっていなかった。裁判も決着がついていなかった。

今回の2024年11月25日の記事更新は、それから9年8か月が経過している。

数十億円の研究費を受領したピエロ・アンバーサ(Piero Anversa)の19論文がネカトで撤回された。

研究公正局はネカト調査していた。

それなのに、クロと認定していない。

な~んでか? 

研究公正局がクロ認定しないネカト事件は他にもある。

な~んでか?

ピエロ・アンバーサ(Piero Anversa、写真出典

《2》大学の不適切:ニューヨーク医科大学

2009~2012年(70~73歳)の4年間に出版したアンバーサの 19論文が、2014~2022 年に撤回された。

2007年(68歳)、アンバーサはニューヨーク医科大学からハーバード大学のブリガム・アンド・ウィメンズ病院の教授に移籍した。

つまり、19報の撤回論文は全部、ブリガム・アンド・ウィメンズ病院の所属で出版した論文だ。

ところが、1998~2014年(59~75歳)の17年間の38論文に「パブピア(PubPeer)」のコメントがあり、38論文のうち、9論文は2007年以前の論文である。この9論文はニューヨーク医科大学の所属である。

つまり、ニューヨーク医科大学在籍中に発表した9論文も疑惑視されているのに、撤回論文は1論文もない。何を意味しているのか?

ニューヨーク医科大学はネカト調査をしていないということだ。それで、2007年以前の論文に撤回論文はない。

脚光を浴び、アンバーサを一躍有名にした「2001年4月のNature」論文も撤回されていない。

2007年以前の論文は撤回されていないから、ネカトがなかった、というわけではない。ニューヨーク医科大学が怠慢で調査していないのである。

《3》大学の不適正:ハーバード大学とブリガム・アンド・ウィメンズ病院

ハーバード大学とブリガム・アンド・ウィメンズ病院はネカトの通報を受けて、2013年1月、ネカト調査委員会を設置した。

5年9か月後の2018 年10月15日に、調査の結果、クロだと発表した。

不適切の1つ目は、異常な遅さである。

ネカト調査に5年9か月は、異常である。

これでは、被疑者であるアンバーサは宙ぶらりんのまま、裁判に訴えたくもなる。

不適切の2つ目は、情報隠蔽である。

調査の結果、アンバーサの31論文でデータねつ造・改ざんがあったと発表した。

しかし、この31論文を示さなかった。従って、論文のどのデータがねつ造・改ざんだったのかわからない。

2024年11月24日現在、19論文が撤回されているが、この19論文はネカト論文とした31論文に含まれるとしよう。それでも、差し引き12論文は撤回されていない。ネカト論文とされた12論文はどの論文なのだ?

成体幹細胞が心臓を再生すると発表した「2001年4月のNature」論文は撤回されていないが、論文結果は誰も追試できず、否定されている。この論文のデータはねつ造・改ざんされていたと思われるが、公式見解はない。

《4》骨肉の争い 

序列1位のアンバーサと序列2位のアナローザ・レリ(Annarosa Leri)が長年の仲間で序列3位のジャン・カイジストラ準教授(Jan Kajstura)を犯人だと裁判に訴えた。

家族や血縁ではないが、子弟・仲間なので、骨肉の争いに近い。

子弟・仲間として長年一緒に研究してきた間柄でも、ひとたびネカト事件となると、研究者が牙をむき、仲間の研究者を裁判にかける時代になってきた。

しかし、公平性と透明性の観点からみると、裁判でシロクロつけるのは、大学・研究機関の調査よりも良い面もある。

日本も研究ネカトや研究クログレイでは、警察が介入し、裁判でシロクロつける方がよい、と白楽は主張している。

日本に研究公正局を設置するより、警察庁のサイバー犯罪対策班と同じ趣旨で、警察庁に研究者犯罪捜査班を設ける。

ただ、問題は日本の裁判官は研究不正に関してかなり勉強が足りない。

しかも、現在の日本の研究不正のガイドライン・規則が歪んでいる。関連する法律の整備もできていない。

日本が裁判で決着をつけるようになるには、かなりの準備がいる。

最左がピエロ・アンバーサ(Piero Anversa)、最右がアナローザ・レリ(Annarosa Leri)、中央の2人は不明、写真出典

《5》定年制 

アンバーサの論文が研究ネカトだと調査され始めたのが2012年で、アンバーサは74歳だった。

アンバーサ研究室の内幕の文章と研究室陣容の写真を見ると、アンバーサ は74歳になっても実験室を牛耳っていた。これは老害ではないだろうか?

米国に定年がない。

白楽が国立がん研究所・分子生物学部に研究留学した時のボスのボスだったアイラ・パスタン部長(Ira Pastan)(1931年6月1日生まれ)は、2024年11月24日現在、93歳だが、研究室を持って研究している。 → Ira Pastan, M.D. | Center for Cancer Research

定年がある日本からすると、年齢で差別しない米国の思想の良い面と悪い面の両方を感じる。

研究者には定年を設けた方が国、学術界、当人、にとって良い気がする。

平均寿命の8掛けはどうだろう。つまり、2019年の日本の平均寿命が84.3歳だから、84.3x0.8=67歳だ。米国の平均寿命は78.5歳だから、78.5x0.8=63歳だ。ウン? 63歳で定年は若すぎるなあ。

63歳定年は若すぎるから、9掛けの71歳がいいかも。9掛けだと日本は76歳定年である。チョッと老害が大きい? イヤ、いいんでないかい。

8掛けも 9掛けも科学的根拠はない。

日本は定年と言いながら、特任教授で研究を続ける人もいる。このメリット・デメリットを含め、年齢と研究活動の関係を調べ、高齢研究者の活用(処遇)をどうするか、社会・経済的及び科学的に考えた方が良い。

もっとも、能力には個人差が大きく、一律の線引きは不適当だろう。

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日本がスポーツ、観光、娯楽を過度に追及する現状は日本の衰退を早め、ギリシャ化を促進する。日本は、40年後に現人口の22%が減少し、今後、飛躍的な経済の発展はない。日本は、科学技術は衰退し、国・社会を動かす人間の質が劣化した。方向は、科学技術と教育を基幹にした堅実・健全で成熟した人間社会をめざすべきだ。公正・誠実(integrity)・透明・説明責任を徹底すべきである。
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●9.【主要情報源】

① ウィキペディアのイタリア語版:Piero Anversa – Wikipedia
② 「撤回監視(Retraction Watch)」のピエロ・アンバーサ(Piero Anversa)の記事群:You searched for Piero Anversa – Retraction Watch at Retraction Watch
③ ◎2014年4月30日の大西睦子の「Foresight(フォーサイト)」記事:ハーバード大学内でも勃発した世界的著名教授の「論文撤回」騒動|Foresight(フォーサイト)|会員制国際情報サイト保存版
④ 2014年12月17日のキャロライン・ジョンソン(Carolyn Y. Johnson)の「ボストン・グローブ(The Boston Globe)」記事:Stem cell scientist sues Harvard for misconduct investigation – Science – The Boston Globe
⑤ 2014年12月17日の「Knoepfler Lab Stem Cell Blog 」記事:Harvard Sued Over Stem Cell Paper Misconduct Investigation | Knoepfler Lab Stem Cell Blog
⑥ 2018 年10月15日・29日のジーナ・コラタ(Gina Kolata)記者の「New York Times」記事:(1)2018 年10月15日の Harvard Calls for Retraction of Dozens of Studies by Noted Cardiac Researcher – The New York Times、(2) 2018 年10月29日の He Promised to Restore Damaged Hearts. Harvard Says His Lab Fabricated Research. – The New York Times
⑦ 2018 年10月14日のアイヴァン・オランスキー(Ivan Oransky)記者とアダム・マーカス(Adam Marcus)記者の「STAT」記事:Harvard and the Brigham call for 31 retractions of cardiac stem cell research – STAT
⑧ 2018 年10月16日のアイヴァン・オランスキー(Ivan Oransky)記者の「Science」記事:Retract cardiac stem cell papers, Harvard Medical School says | Science | AAAS
⑨ 2018 年10月15日のキャロリン・ジョンソン(Carolyn Y. Johnson)記者の「Washington Post」記事:Harvard investigation finds fraudulent data in papers by heart researcher – The Washington Post
⑩ ◎2022年6月21日のマリサ・テイラーとブラッド・ヒース(Marisa Taylor and Brad Heath)記者の「ロイター(Reuters)」記事:Years after Harvard scandal, U.S. pours millions into tainted stem-cell field、ココにも → Years after Harvard scandal, U.S. pours millions into tainted stem-cell field 
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