ハンス=ウルリッヒ・ヴィッチェン(Hans-Ulrich Wittchen)(ドイツ)

2021年6月6日掲載 

ワンポイント:ヴィッチェンはドレスデン工科大学・教授でドイツ精神医学(臨床心理学)の第一人者である。2016~2018年、ヴィッチェン教授は、約2億9千万円の助成金を得て、ドイツの精神科クリニックの実情を調査した。この調査で、2019年、データねつ造が告発され、2021年4月(69歳)、ねつ造と結論された。2021年6月5日(69歳)現在、調査は続けられている。コクハラ、実娘の架空雇用も発覚し、検察は刑事告発を検討中である。国民の損害額(推定)は5億円(大雑把)。

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白楽の研究者倫理
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
9.主要情報源
10.コメント
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●1.【概略】

ハンス=ウルリッヒ・ヴィッチェン(Hans-Ulrich Wittchen、ORCID iD、写真出典)は、事件を起こした時、ドイツのドレスデン工科大学 (Technische Universität Dresden)・教授だった。その後、ルートヴィヒ・マクシミリアン大学ミュンヘン・グループリーダーに移籍したが、本記事では、ドレスデン工科大学・教授として扱う。専門は精神医学(臨床心理学)である。

2019年、2016~2018年のドイツの精神科クリニックの実情調査で、ヴィッチェンがデータねつ造を指示したと部下が告発した。

ドレスデン工科大学は調査を開始した。

2021年4月(69歳)、2年間の調査の結果、調査委員会は、ヴィッチェンが93病院のうちの23病院のデータねつ造を部下に命じたと結論した。

ヴィッチェンはその後、内部告発者とドレスデン工科大学・学長を脅迫し、データねつ造を隠蔽しようとした。

また、ヴィッチェンの実娘は2年間、ヴィッチェンの研究プロジェクトで雇用されたことになっているが、誰も、彼女が研究に参加したのを目撃していない。

ルートヴィヒ・マクシミリアン大学ミュンヘン (Ludwig-Maximilians-University Munich)は、ヴィッチェンとの雇用契約を一時停止した。

2021年4月(69歳)の時点で、ドレスデン工科大学はさらなる調査を進めている。ドレスデン検察庁も調査を開始した。

ドレスデン工科大学 (Technische Universität Dresden)。写真出典

  • 国:ドイツ
  • 成長国:ドイツ
  • 医師免許(MD)取得:オーストリアのウィーン大学
  • 研究博士号(PhD)取得:オーストリアのウィーン大学
  • 男女:男性
  • 生年月日:1951年7月6日
  • 現在の年齢:72 歳
  • 分野:精神医学
  • 不正行為:2016~2018年(65~67歳)の2年間
  • 発覚年:2019年(68歳)
  • 発覚時地位:ドレスデン工科大学・教授。正確には、ルートヴィヒ・マクシミリアン大学ミュンヘン・グループリーダーに移籍していた
  • ステップ1(発覚):第一次追及者(詳細不明)は研究チームのメンバー。ドレスデン工科大学に公益通報
  • ステップ2(メディア):「Süddeutsche Zeitung」、「Science」
  • ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①ドレスデン工科大学・調査委員会。②ドレスデン検察
  • 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし
  • 大学の透明性:実名報道だが大学・調査報告書のウェブ公表なし(△)
  • 不正:ねつ造
  • 不正論文数:論文ではなく調査報告書1つ
  • 時期:研究キャリアの後期
  • 職:事件後に研究職(または発覚時の地位)を続けられなかった(Ⅹ)
  • 処分:ルートヴィヒ・マクシミリアン大学ミュンヘン・グループリーダーの雇用契約を一時停止
  • 日本人の弟子・友人:不明

【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は5億円(大雑把)。

●2.【経歴と経過】

  • 1951年7月6日:ドイツで生まれる
  • 19xx年(xx歳):オーストリアのウィーン大学(University of Vienna)で学士号取得:医学心理学
  • 1975年(24歳):同大学で研究博士号(PhD)を取得:臨床心理学
  • 1976年(25歳):ドイツ・マンハイムの精神健康中央研究所(Central Institute of Mental Health)・研究員
  • 1978年(27歳):ドイツのマックスプランク精神医学研究所(MPI-P)・プロジェクトリーダー
  • 1983年(32歳):ルートヴィヒ・マクシミリアン大学ミュンヘン (Ludwig-Maximilians-University Munich)の教授資格論文(Habilitation)合格
  • 1984年(33歳):ドイツのマンハイム大学(University of Mannheim)・教授。マックスプランク精神医学研究所(MPI-P)・プロジェクトリーダーと兼任
  • 1990年(39歳):マックスプランク精神医学研究所(MPI-P)・部長
  • 2000年(49歳):ドレスデン工科大学 (Technische Universität Dresden)・教授
  • 2016~2018年(65~67歳):後で問題視される研究遂行
  • 2017年(66歳):ルートヴィヒ・マクシミリアン大学ミュンヘン (Ludwig-Maximilians-University Munich)・グループリーダー
  • 2019年(68歳):不正研究が発覚する
  • 2021年4月(69歳):調査の結果クロ。調査は継続
  • 2021年4月(69歳):ルートヴィヒ・マクシミリアン大学ミュンヘンの雇用契約一時停止

【受賞】
ウィキペディア英語版(Hans-Ulrich Wittchen – Wikipedia)の情報をそのまま以下にリストした。

• 2003: Medvantis Research Prize, Berlin (€65,000)
• 2004: ISI/WOS Top 100 Highly cited in Psychology/Psychiatry/Neuroscience
• 2010: Vice-President of the European College of Neuropsychopharmacology (ECNP)
• 2012: Wagner-Jauregg Medal for his life work from Austrian Society for Neuropsychopharmacology and Biological Psychiatry.
• 2015: Thomson Reuters lists Prof. Dr. Hans-Ulrich Wittchen among the “World’s Most Influential Scientific Minds”.
• Since 2010: Best Doctor Award, Focus-Ärzteliste for Anxiety Disorders.

●3.【動画】

以下は事件の動画ではない。

【動画1】
学術集会参加の呼びかけ動画:「26th ECNP Congress Barcelona trailer – Hans Ulrich Wittchen – YouTube」(英語)1分16秒。
European College of Neuropsychopharmacologyが2013/07/24に公開

●5.【不正発覚の経緯と内容】

★世界的に著名な心理学者

ハンス=ウルリッヒ・ヴィッチェン(Hans-Ulrich Wittchen)はドレスデン工科大学・教授でドイツ精神医学(臨床心理学)の第一人者である。世界的にも著名である。

ヴィッチェン教授は、臨床心理学と精神医学とを組み合わせて、精神障害の要因を特定する基礎と臨床の研究を行なってきた。不安と情動障害の研究では画期的な成果を挙げ、不安(パニック発作、パニック障害、広場恐怖症、GAD)および情動障害の知識を進歩させ、治療の改善に大きく貢献した。

日本語訳された著書はないが、アマゾンでヴィッチェン教授の著書を検索すると24冊がヒットした。 → Amazon.com: Hans-Ulrich Wittchen

最新の著書は2018年刊行の『広場恐怖症パニック障害の治療:治療マニュアル(Expositionsbasierte Therapie der Panikstörung mit Agoraphobie: Ein Behandlungsmanual)』である(表紙出典同上)。

★発覚

2019年1月末日(67歳)、ドレスデン工科大学のオンブズマンは、ヴィッチェン教授のネカト情報を最初に受け取った。

2016~2018年にヴィッチェン教授の指導下で行なわれた研究プロジェクト「精神医学と心身医学の人員配置(Personalausstattung in Psychiatrie und Psychosomatik)(PPP研究)」で、研究チームのメンバーが、データが正しく収集されていないと、告発した。なお、この研究プロジェクトはドイツの精神科クリニックの実情調査で、将来のドイツの精神科クリニックをあり方を決める重要な調査だった。

ドイツ連邦合同委員会(G-BA) (Gemeinsamer Bundesausschuss )は、「ドイツ公的医療保険における最高意思決定機関である」(出典:ドイツの制度と事例について)で、ドイツ連邦合同委員会(G-BA)が今回の研究プロジェクト「精神医学と心身医学の人員配置(Personalausstattung in Psychiatrie und Psychosomatik)(PPP研究)」に240万ユーロ(約2億9千万円)の研究費を配分した。 → Personalausstattung in Psychiatrie und Psychosomatik – Gemeinsamer Bundesausschuss

2019年2月xx日(67歳)、ドレスデン工科大学は法学教授のハンス=ハインリッヒ・トルテ(Hans-Heinrich Trute、写真出典)を委員長とした調査委員会を設立した。

しかし、ヴィッチェン教授はネカトを否定した。

2019年3月末日(67歳)、ヴィッチェン教授は、ネカト疑惑は完全に否定された、と主張した。

2019年3月末日(67歳)、一方、調査委員会を疑惑は否定されていない。正式な調査を開始すると述べた。

★データを「複製」

2016年に開始した研究プロジェクト「精神医学と心身医学の人員配置(Personalausstattung in Psychiatrie und Psychosomatik)(PPP研究)」は、ドイツの精神科医療のコースを設定し、今後数十年に影響を与える重要な研究である。

その中で、精神科の医療スタッフが診療所や外来部門でどれだけ時間を使っているかと質問し、回答を得る研究をした。約100か所の精神科クリニックでデータを収集する必要があった。

2018年12月(67歳)、ドレスデンの研究者たちはこの調査研究を2年かけて実施し、結果をまとめた研究報告書を提出した。

最終的には、調査した精神科クリニックは100か所に至らなかった。93か所の精神科クリニックを調査した、と研究報告書に記載した。

しかし、実は、調査した精神科クリニックは93か所ではなく、有意に少ない、と研究チームのメンバーが告発したのだ。

2021年、2年間の調査の後、調査委員会は最終報告書で、93か所の精神科クリニックのうち73か所のみが実際に訪問し調査されたと発表した。

他の20か所の精神科クリニックについて、ヴィッチェン教授は、他のデータを「複製」するように命じた。

それで、一部のデータはデータセットを単純にコピー・アンド・ペーストし作成した。「違反は過失ではなく意図的なものだった」と報告書は述べている。

これが事実なら、深刻なデータねつ造事件である。

ドイツ心理学会(German Psychological Society)は、ヴィッチェン教授の除名を検討する委員会を召集した。

しかし、ヴィッチェン教授は不正行為を否定し、問題の研究成果は「科学的に正しい」と述べている。

ルール大学ボーフム(Ruhr University, Bochum)の心理学者でヴィッチェン教授と共同研究を進めてきたユルゲン・マーグラフ教授(Jürgen Margraf、写真出典)は、「ヴィッチェン教授は、ドイツ臨床心理学の第一人者で、いままで、ドレスデン工科大学は彼から大きな恩恵を受けていました。データねつ造が事実だと調査委員会が結論した場合、心理学分野全体は大きな衝撃を受けます。それはドレスデン工科大学にも影響するでしょう」と述べた。

インゴルシュタット病院(Ingolstadt Hospital)の精神健康センターのトーマス・ポルマッハー所長(Thomas Pollmächer、写真出典 )は、データねつ造疑惑に「非常に驚いた」と述べた。

そして、ポルマッハー所長は、「ヴィッチェン教授は数百報の論文を出版しているので、これら広範な論文にデータねつ造があるかもしれないと、心配している。爆弾がカチカチ音をたてているようだ」と述べた。

★脅迫

調査報告書はまた、ヴィッチェン教授が、ドレスデン工科大学のハンス・ミュラー=シュタインハーゲン学長(Hans Müller-Steinhagen、写真出典)を脅迫したと述べている。

2019年4月、ヴィッチェン教授はミュラー=シュタインハーゲン学長に、「研究プロジェクトの調査を中止してください。中止しないと国の政治に地震が発生します。私はあなたに個人的にそして秘密裏に警告します。今あなたは極端な危険を冒しています」と脅迫(警告?)の電子メールを送信した。

ヴィッチェン教授はまた、内部告発者を脅迫するコクハラもした。研究チームのメンバーである2人の内部告発者を解雇することを担当者に依頼した。もちろんコクハラが理由とは言えないので、公式な解雇理由は、運営費が逼迫していて金銭的余力がないという理由である。

別の文書では、ヴィッチェン教授は彼ら自身にデータねつ造の責任があると非難していた。

「私は…この混乱に対してあらゆる法的手段で身を守ります」と、ヴィッチェン教授は内部告発者を含む研究チームのメンバーに手紙を書いた。

調査委員会の報告によると、ヴィッチェン教授は2人の内部告発者にあらかじめ用意した「告発の撤回と謝罪」の手紙を見せ、署名するよう要求した。

2人は仕方なく署名し、公式には、すべての「告発を撤回し、謝罪した」ことになった。

★実娘の架空雇用

調査委員会の報告は、ヴィッチェン教授の不正はデータねつ造以外にもあって、汚職をしていたと指摘した。

ヴィッチェン教授の娘が約2年間、研究プロジェクトで雇用されたことになっている。しかし、研究チームの誰一人として、ヴィッチェン教授の娘が研究プロジェクトに取り組んでいるのを見たことがなかった。

そして、ヴィッチェン教授の娘に「Science」記者が問い合わせると、娘はコメントを拒否した。

ドレスデン検察庁は刑事告発を検討している。

【ねつ造・改ざんの具体例】

上記したように、93か所の精神科クリニックのうち73か所のみ実際に調査し、残りの20か所のデータは他のデータを複製したデータねつ造である。

●6.【論文数と撤回論文とパブピア】

★パブメド(PubMed)

2021年6月5日現在、パブメド(PubMed)で、カハンス=ウルリッヒ・ヴィッチェン(Hans-Ulrich Wittchen)の論文を「Hans-Ulrich Wittchen[Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2002~2021年の20年間の393論文がヒットした。

2021年6月5日現在、「Retracted Publication」のフィルターでパブメドの論文撤回リストを検索すると、0論文が撤回されていた。

★撤回監視データベース

2021年6月5日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回監視データベースでハンス=ウルリッヒ・ヴィッチェン(Hans-Ulrich Wittchen)を「Hans-Ulrich Wittchen」で検索すると、 0論文が訂正、0論文が懸念表明、0論文が撤回されていた。

★パブピア(PubPeer)

2021年6月5日現在、「パブピア(PubPeer)」では、ハンス=ウルリッヒ・ヴィッチェン(Hans-Ulrich Wittchen)の論文のコメントを「Hans-Ulrich Wittchen」で検索すると、2論文にコメントがあった。

●7.【白楽の感想】

《1》世界的に著名な学者 

世界的に著名な学者が、晩年にいい加減な研究をした事件なのか、今まで数十年間ねつ造データで論文発表していたのが晩年に発覚したのか、現時点では不明である。

推定で言えば、後者だと思う。

というのは、2年間調査して、ネカトがあったとしたが、調査はまだ継続するとしているからだ。

単発のデータねつ造事件なら、2年間の調査で十分だと思われる。

長期にわたるデータねつ造事件なら、多数の論文が撤回され、大事件になる。世界的に著名な学者が今まで数十年とねつ造データで論文を発表していたことになる。

この場合、世界的に著名な学者が長年ネカトをしてきたのではなく、ネカトで都合の良い論文を長年たくさん発表したことで世界的に著名な学者になれた、と理解すべきだろう。

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●9.【主要情報源】

① ウィキペディア英語版:Hans-Ulrich Wittchen – Wikipedia
② 2019年4月18日のマーク・シェロスケ(Marc Scheloske)記者の「Süddeutsche Zeitung」記事:Manipulations-Verdacht bei wichtiger Psychiatrie-Studie – Gesundheit – SZ.de
③ 2021年4月8日のリィスティオ・ボイチェフ(Hristio Boytchev)記者の「Science」記事:Top German psychologist fabricated data, investigation finds | Science | AAAS
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

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