2017年6月29日掲載。
ワンポイント:ローレンス・リバモア国立研究所・研究員(男性)が、2012年晩夏(40歳?)、データねつ造・改ざんの研究費申請・報告をしたことが発覚し、2013年2月(41歳?)に解雇され、刑事事件となった。2016年12月(44歳)、1年半の刑務所刑と約3億3千万円の賠償金が科された。損害額の総額(推定)は6億5千万円。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文
7.白楽の感想
8.主要情報源
9.コメント
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●1.【概略】
ダリン・キニオン(Darin Kinion、Sean Darin Kinion、写真出典)は、米国のローレンス・リバモア国立研究所(Lawrence Livermore National Laboratory)・研究員で、専門は物理学(高エネルギー物理)だった。
2012年晩夏(40歳?)、データねつ造・改ざんの研究費申請・報告をしたことが発覚し、2013年2月(41歳?)に解雇され、刑事事件となった。
2016年12月(44歳)、裁判で1年半の刑務所刑と約3億3千万円の賠償金が科された。
ローレンス・リバモア国立研究所(Lawrence Livermore National Laboratory)。写真出典
- 国:米国
- 成長国:米国?
- 研究博士号(PhD)取得:カリフォルニア大学デービス校
- 男女:男性
- 生年月日:不明。仮に1972年1月1日生まれとする。2016年12月に44歳とあったので
- 現在の年齢:52 歳?
- 分野:物理学(高エネルギー物理)
- 最初の不正は研究費申請書:2008年(36歳?)
- 発覚年:2012年(40歳?)
- 発覚時地位:ローレンス・リバモア国立研究所・研究員
- ステップ1(発覚):第一次追及者(詳細不明)がローレンス・リバモア国立研究所へ通報
- ステップ2(メディア):
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①ローレンス・リバモア国立研究所・調査委員会。②裁判所
- 研究所の調査報告書のウェブ上での公表:なし
- 不正:ねつ造・改ざん
- 不正申請書数:不明
- 時期:研究キャリアの中期から
- 損害額:総額(推定)は6億5千万円。内訳 → ①研究者になるまで5千万円。②研究者の給与・研究費など年間2000万円が10年間=2億円。③
院生の損害が1人1000万円で6人=6千万円。④情報高等研究開発活動局(IARPA)からのグラントが330万ドル(約3億3千万円)。⑤調査経費(研究所)が5千万円。⑥裁判経費が2千万円。⑦論文出版・撤回作業が1報につき100万円、撤回論文の共著者の損害が1報につき100万円。6報撤回=1200万円。⑧研究者の時間の無駄と意欲削減が4千万円 - 結末:解雇。1年半の刑務所刑と約3億3千万円の賠償金
●2.【経歴と経過】
- 生年月日:不明。仮に1972年1月1日生まれとする。2016年12月に44歳とあったので
- 19xx年(xx歳):xx大学を卒業
- 19xx年(xx歳):米国のカリフォルニア大学デービス校(University of California, Davis)で研究博士号(PhD)取得。物理学
- 2001年(29歳?):米国のローレンス・リバモア国立研究所(Lawrence Livermore National Laboratory)・研究員
- 2012年晩夏(40歳?):不正申請・報告が発覚。ローレンス・リバモア国立研究所が調査開始
- 2012年秋(40歳?):停職
- 2013年2月(41歳?):解雇
- 2013年(41歳?):ローレンス・リバモア国立研究所がエネルギー省に報告、エネルギー省が司法省に報告。刑事事件になる
- 2016年3月(44歳?):裁判が始まる
- 2016年6月(44歳?):有罪
- 2016年12月(44歳):1年半の刑務所刑と約3億3千万円の賠償金が確定
●4.【日本語の解説】
★2017年2月8日:uneyama「Natureコラム ワールドビュー:科学、嘘、ビデオテープに撮られた実験」
出典 → 2017-02-08 – 食品安全情報blog 、(保存版)
元 → Timothy D. Clark, 07 February 2017, Nature:Science, lies and video-taped experiments
データを誤魔化したり「揉んだり」する研究者が多すぎる。厳密な証明を要求することのみが彼らを止められる
先月の後半、米国の物理学者が科学的不正で懲役に服し始めた。Darin Kinionは量子計算の研究費を獲得したがその研究は実施せず、データをでっちあげた。科学者はこのようなあからさまな不正は希だと考えたがるが、私自身多くの深刻な不正を目撃してきた-大規模なデータ操作からあからさまな捏造まで。
ほとんどの事例で罰は与えられず、それどころか容疑者が褒め称えられるのを見るのはがっかりする。詐欺師にとってはありきたりなデータを偽造するのはたいしたことではない。彼らの嘘は素晴らしい物語を作りランクの高い雑誌に発表され見合わない資金を与えられる。
●5.【不正発覚の経緯と内容】
2012年晩夏(40歳?)、不正発覚の経緯は不明だが、ローレンス・リバモア国立研究所がダリン・キニオン(Darin Kinion)の調査を開始した。
数か月で、クロの証拠が得られたようだ。
2013年2月(41歳?)、ローレンス・リバモア国立研究所はキニオンを解雇した。次いで、ローレンス・リバモア国立研究所がエネルギー省に報告し、エネルギー省が司法省に報告した。
検察が捜査に乗り出し、刑事事件になった。
★不正の内容
「撤回監視(Retraction Watch)」も述べているが、不正のポイントがハッキリ示されていない。白楽もどうも釈然としない。以下に解説するが、多分、読者の皆さんも釈然としないでしょう。
2008年から2012年、ダリン・キニオンは、量子コンピュターの研究プロジェクトで330万ドル(約3億3千万円)以上の損害を出していたが、研究費がさらに必要だと、連邦政府・国家情報庁(Office of the Director of National Intelligence)の情報高等研究開発活動局(IARPA:Intelligence Advanced Research Projects Activity)にねつ造データで研究費を申請した。 情報高等研究開発活動局は多数の研究プロジェクトに助成している連邦政府機関である。
キニオンは、「量子コンピューティング分野の実験装置の設計、製作、試験」で研究助成を受けた。
実験装置は、研磨したサファイアウェーハを弗酸でウェットエッチングしたニオブの層で覆い、次いで、研磨したサファイアウェーハ上にイオントラップ電極を組み込む、というのが作成行程プランだった。
キニオンはこの実験装置を作成する費用に539,000ドル(約5390万円)の助成金を受け取ったが、実際は、装置を作成しなかったと、検察官は主張している。
一方、キニオンは、「実験装置を作成し、試験し、これらの主張を支持する論文を投稿した」と反論している。
検察はまた、キニオンが情報高等研究開発活動局(IARPA)の検証チームに「偽の」実験装置データを郵送したと指摘した。キニオンが郵送時のラベルを改ざんし、実際に郵送した日よりも前に郵送したと、嘘をついている、とも指摘した。
キニオンは、彼が行なったと主張した研究のつじつま合わせのため、ローレンス・リバモア国立研究所を訪れた科学者に「見え透いたまねごと」実験を3日間行なったと、検察官は主張した。
裁判所の文書には、キニオンは研究費を研究機器と設備に使い、私的使用をしていない、とある。
研究報告と研究費申請書のデータねつ造・改ざんは、キニオンが優れた研究成果を上げているという研究者の面子とキャリアアップのためだったと、検察官は主張した。
キニオンの弁護士はジェームズ・ボーンズ(James Phillip Vaughns、写真出典)で、ボーンズ弁護士は、「キニオンはデータねつ造・改ざんをしていないと主張しています」と述べている。
データねつ造・改ざんに基づいた論文は発表されていないが、キニオンの研究結果を追試した他の研究者の研究費と時間を無駄にしたこと。また、他の研究者に配分できた情報高等研究開発活動局(IARPA)の資金を浪費したと、検察は、裁判で主張した。
★1年半刑務所と約3億3千万円の賠償金
2016年3月8日(44歳?)、裁判が始まった。裁判記録 → PDF
2016年6月(44歳?)、裁判所はキニオンに有罪の判決を下した。
2016年11月4日、裁判記録 → PDF
2016年12月20日(44歳)、ジェフリー・ホワイト裁判長(U.S. District Court Judge Jeffrey White)は、キニオンに2017年1月26日から1年半の刑務所刑、政府へ332万ドル(約3億3千万円)の賠償金の支払いを科した。
→ 2016年12月20日記事:FBI – Federal Bureau of Investigation (via Public) / Former Lawrence Livermore Research Scientist Sentenced to 18 Months in Prison for Submitting False Data and Reports to Defraud the United States
ボーンズ弁護士は、検察は4年3か月の刑務所刑を求刑していたので、1年半の刑期は上出来と判断した。(白楽:そんなもんですかねえ~)
●6.【論文数と撤回論文】
【主要情報源】②がarXiv.org e-Print archiveで、ダリン・キニオン(Darin Kinion)の論文を検索し、19論文のヒットを示している。
●7.【白楽の感想】
《1》わかりません:その1
検察は、「データねつ造・改ざんに基づいた論文は発表されていないが、キニオンの研究結果を追試した他の研究者の研究費と時間を無駄にした」と述べている。
発表していない研究結果を、他の研究者は、どうやって、追試したのだろうか?
不思議です。
《2》わかりません:その2
本文に書いたが、本事件の不正のポイントがハッキリしない。
1年半の刑務所刑と約3億3千万円の賠償金が科された大事件なのに、何をどうデータねつ造・改ざんしたのか、よくわからない。研究費の私的流用はないので横領事件ではない。
罪の論理は以下のようだ(推定もあり)。
キニオンは実験装置の製作を主体とする研究で研究費を得た。キニオンは実験装置を製作したと主張しているのに、検察は、製作していなかったと主張している。実験装置は物体だから、何らかのモノはあったのだろう。推察すると、キニオンはそのモノを実験装置と認め、検察は申請書に記載された実験装置ではないとした、のだろう。
実験装置の製作が研究計画の主体の場合、研究費申請書に記載通りに実験装置を製作できなかったら、詐欺になるのだろうか?
一般的な感覚では詐欺である。
5390万円で実験装置を作ります、というか、作れます、と申請書に書いたに違いない。作れるかどうかわかりませんが、できなくても、5390万円を助成してください、なんて書いた申請書が採択されるハズがない。
「コレをこうしてこうやると、5390万円で実験装置が確実に作れる。マッカセなさい」、と書いたのでしょう。イヤイヤ、「マッカセなさい」とは書いていないだろうが、確実に作成できる自信のほどは示したに違いない。だから、研究費申請書が採択された。
でも、実験装置ができなかった。
となれば、そう、一般的には詐欺である。
1億円で豪邸が建ちますと言われ、建設会社に1億円払った。1年後、建設会社はお金を全部使っていろいろ作ったが、豪邸ではなくバラックしか建てていなかった。そうなれば、詐欺でしょう。
しかし、生命科学者が5年間の研究費申請書で、「コレをこうしてこうすると、ア~ラ不思議、癌は確実に治ります。マッカセなさい」、と書いたとする。これで10億円の研究費を受領した。
5年後、しかし、癌の治癒率は全然変わらなかった。
この場合、研究者は詐欺罪で刑務所送りになり、研究費の返還を要求されるだろうか?
イエイエ、科学研究の場合、できるかどうかわからないから研究するのである。科学研究では計画を達成できなくても、詐欺ではない。
日本では、いままで、研究計画でホラや虚言を書いても、逮捕されたことはありませんでした。これからは、米国のキニオン事件にならって、研究計画でホラや虚言を書いた研究者をネカト罪で逮捕します?
そうしましょうか?
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●8.【主要情報源】
① 2016年12月21日のアンジェラ・ルギエロ(Angela Ruggiero)、デニス・カフ(Denis Cuff)、カトリーナ・キャメロン(Katrina Cameron)の「Mercury News」記事:Lawrence Livermore lab scientist headed to prison for faking data – The Mercury News、(保存版)
② 2016年12月23日のダルミート・チャウラ(Dalmeet Singh Chawla)の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:U.S. gov’t physicist sentenced to 18 months in prison for fraud – Retraction Watch at Retraction Watch
③ 2017年1月20日のピーター・グイン(Peter Gwynne)の「Physics World」記事: Former Lawrence Livermore physicist begins jail term – physicsworld.com、(保存版)
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