ディーパック・カウシャル(Deepak Kaushal)(米)

2022年8月15日掲載 

ワンポイント:2022年8月3日(50歳?)、研究公正局は、サウスウエスト国立霊長類研究センター(Southwest National Primate Research Center)・所長・教授のカウシャルの2020年2月の1論文、2件の研究費申請書にデータねつ造・改ざんがあったと発表した。2022年7月22日から1年間の監督期間(Supervision Period)処分を科した。記事執筆時点では、撤回論文は上記論文の1報だけ。カウシャルは現職を続ける。国民の損害額(推定)は1億円(大雑把)。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
9.主要情報源
10.コメント
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●1.【概略】

ディーパック・カウシャル(ディーパック・カーシャル、Deepak Kaushal、ORCID iD:https://orcid.org/0000-0003-3521-1257、写真出典)は、インドに育ち、インドのデリー大学で研究博士号(PhD)を取得後、米国でのポスドクを経て、テキサス生物医学研究所(Texas Biomedical Research Institute)傘下のサウスウエスト国立霊長類研究センター(Southwest National Primate Research Center)・所長・教授になった。専門は感染症学である。

2022年8月3日(50歳?)、研究公正局(ORIロゴ出典)は、カウシャルの1論文・「2020年2月のAm J Respir Crit Care Med」、2件の研究費申請書にデータねつ造・改ざんがあったと発表した。

2022年7月22日から1年間の監督期間(Supervision Period)処分を科した。

記事執筆時点では、撤回論文は上記論文の1報だけである。クロと発表されたが、その後、カウシャルは現職を続けると公表された。

テキサス生物医学研究所(Texas Biomedical Research Institute)。写真Credit: Nick Wagner / San Antonio Report、出典

サウスウエスト国立霊長類研究センター(Southwest National Primate Research Center)。写真出典

  • 国:米国
  • 成長国:インド
  • 医師免許(MD)取得:なし
  • 研究博士号(PhD)取得:インドのデリー大学
  • 男女:男性
  • 生年月日:不明。仮に1972年1月1日生まれとする。1999年に研究博士号(PhD)を取得した時を27歳とした
  • 現在の年齢:50 歳?
  • 分野:感染症学
  • 不正論文発表:2020年(48歳?)
  • 発覚年:2020年(48歳?)
  • 発覚時地位:サウスウエスト国立霊長類研究センター・所長・教授
  • ステップ1(発覚):第一次追及者は不明
  • ステップ2(メディア):「撤回監視(Retraction Watch)」、「パブピア(PubPeer)」
  • ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①サウスウエスト国立霊長類研究センター・調査委員会。②研究公正局
  • 研究所・調査報告書のウェブ上での公表:なし
  • 研究所の透明性:研究公正局でクロ判定(〇)
  • 不正:ねつ造・改ざん
  • 不正論文数:研究公正局は1論文と発表した。撤回論文はその1論文のみ
  • 時期:研究キャリアの中期
  • 職:事件後に発覚時の地位を続けた(〇)
  • 処分:NIHから1年間の監督期間(Supervision Period)処分
  • 日本人の弟子・友人:不明

【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は1億円(大雑把)。

●2.【経歴と経過】

主な出典:Deepak Kaushal | LinkedIn

  • 生年月日:不明。仮に1972年1月1日生まれとする。1999年に研究博士号(PhD)を取得した時を27歳とした
  • xxxx年(xx歳):インド(?)のxx大学で学士号を取得
  • 1999年(27歳?):インドのデリー大学(University of Delhi)で研究博士号(PhD)を取得:生化学
  • xxxx年(xx歳):米国のジョンズ ホプキンス医科大学(Johns Hopkins School of Medicine, Baltimore)・ポスドク
  • xxxx年(xx歳):米国のセント・ジュード小児研究病院(St Jude Children’s Research Hospital)・ポスドク
  • 2006年~2018年12月31日(34~46歳?):米国のチューレーン国立霊長類研究センター(Tulane National Primate Research Centre)、チューレーン大学医科大学院(Tulane University School of Medicine)・助教授、後に準教授
  • 2019年1月1日~現(47歳?~):米国のテキサス生物医学研究所(Texas Biomedical Research Institute)傘下のサウスウエスト国立霊長類研究センター(University of Nebraska Medical Center)・所長・教授
  • 2020年2月(48歳?):後で問題となる「2020年2月のAm J Respir Crit Care Med」論文を発表
  • 2020年後半(48歳?):不正研究が発覚
  • 2022年8月3日(50歳?):研究公正局がネカトと発表
  • 2022年8月14日(50歳?)現在:サウスウエスト国立霊長類研究センター(University of Nebraska Medical Center)・所長・教授の職を維持している

●3.【動画】

以下は事件の動画ではない。

【動画1】
3分14秒に「ディーパック・カウシャル」と紹介している。「カーシャル」とも聞き取れる。
講演動画:「BD FACSMatters Ask the Expert: Understanding COVID-19 and Immune Responses – YouTube」(英語)1時間2分27秒。
BD Biosciences(チャンネル登録者数 2160人)が2020/11/20に公開

●5.【不正発覚の経緯と内容】

★経歴と研究費

ディーパック・カウシャル(Deepak Kaushal)はインドで生まれ、インドのデリー大学(University of Delhi)で生化学の研究博士号(PhD)を取得後、渡米した。

米国の大学でポスドクや教員を経て、2019年1月1日(47歳?)、テキサス生物医学研究所(Texas Biomedical Research Institute)傘下のサウスウエスト国立霊長類研究センター(Southwest National Primate Research Center、ロゴ出典)・所長・教授になった。

サウスウエスト国立霊長類研究センターは、ヒヒ、アカゲザル、マーモセットを中心に 2,500 頭の動物を飼育している。数年前、NIHから約300 万ドル(約3億円)の助成を受けて、施設を10~20%拡大した。

サウスウエスト国立霊長類研究センター(Southwest National Primate Research Center)。写真Credit: Scott Ball / San Antonio Report、出典

テキサス生物医学研究所、別途、1,350 万ドル(約13億円)の資金提供を受け、1,000 匹のサルを収容する新しい施設の建設を予定している。

カウシャルは、「霊長類研究のためにNIHから4,000 万ドル(約40億円)以上の資金提供されたサウスウエスト国立霊長類研究センターの運営を監督し、NIHからの研究助成金を、研究代表者として15 件、共同研究者として9件受領している」と自己紹介している。 → Deepak Kaushal, Ph.D. – Texas Biomedical Research Institute

「Grantome」で「Deepak Kaushal」を検索したところ、カウシャルは、研究代表者(含・共同)としてNIHから2006~2021年の16年間に102件のグラントを得ていた。以下に一部を示す。 → Grantome: Deepak Kaushal

★ネカト

カウシャルのネカトは以下の「2020年2月のAm J Respir Crit Care Med」論文が主体である。そのネカトを、研究費申請書にも記載したので、研究費申請書もネカトと判定された。

「2020年2月のAm J Respir Crit Care Med」論文のネカト内容は、実際の実験操作と論文の記述が異なるというデータ改ざんだった。

ネカト発覚の経緯は不明だが、研究公正局がネカトと指摘した上記の「2020年2月のAm J Respir Crit Care Med」論文について、パブピアでの指摘はない。

後述するが、「2020年2月のAm J Respir Crit Care Med」論文のネカトは、実際の実験操作を知る人しか判断できない、第三者にはわからないタイプのデータ改ざんである。

告発した人は、多分、チューレーン国立霊長類研究センターの実験動物を扱うテクニシャンではないかと思われる。

発覚時期は、2020年6月に申請した研究費申請書が最新なので、それ以降の早い時期、つまり、2020年後半(48歳?)に発覚したと思われる。

「Science」記事は2020年後半の匿名者が研究公正局に告発したと報じている。

★研究公正局の発表

2022年8月3日(44歳?)、研究公正局はカウシャルが1報の発表論文、2件の研究費申請書でデータねつ造・改ざんしていたと発表した。

2022年7月22日から1年間の監督期間(Supervision Period)処分を科した。1年間の監督期間(Supervision Period)処分はかなり軽い処分である。

2件の研究費申請書は研究公正局の発表をコピペすると、以下の通りである。

  1. R01 AI159898-01, “Effect of latent TB infection on immunity to M. tuberculosis reinfection,” submitted to NIAID, NIH, on June 25, 2020.
  2. R01 AI147947-01A1, “Effect of prior latent TB infection on immune responses to M. tuberculosis,” submitted to NIAID, NIH, on July 18, 2019.

ネカト論文は上述した以下の「2020年2月のAm J Respir Crit Care Med」論文である。

なお、この論文のカウシャルの所属は、チューレーン国立霊長類研究センター(Tulane National Primate Research Centre)とサウスウエスト国立霊長類研究センターの2か所である。そして、第一著者~第三著者の所属はチューレーン国立霊長類研究センターである。

つまり、論文の研究はチューレーン国立霊長類研究センターで行われた。だから、サウスウエスト国立霊長類研究センターではネカトをしていない。単に、尻ぬぐいをさせられたことになる。

★新型コロナ関連

カウシャルは現在所長を務めるサウスウエスト国立霊長類研究センター(Southwest National Primate Research Center)ではネカトをしていない。

しかし、カウシャルが所長を務めるサウスウエスト国立霊長類研究センターでの研究活動にも疑念の目が向くのは当然である。

サウスウエスト国立霊長類研究センターはファイザー社のCOVID-19 ワクチン試験に参加している。

トランプ前大統領が新型コロナ(COVID-19)に感染したときにモノクローナル抗体療法を使用した。そのモノクローナル抗体療法は、リジェネロン社(Regeneron Pharmaceuticals, Inc.)の製品だが、製品の試験にテキサス生物医学研究所(Texas Biomedical Research Institute)の動物が使用された。

ただ、これらの試験でのネカトは指摘されていない。

★辞職(解雇)なし

「撤回監視(Retraction Watch)」の問い合わせに、テキサス生物医学研究所(Texas Biomedical Research Institute)のコミュニケーション担当副所長のリサ・クルーズ(Lisa Cruz、写真出典)は、カウシャルの解雇・辞任はないと回答した。

カウシャルは現在所長を務めるサウスウエスト国立霊長類研究センター(Southwest National Primate Research Center)ではネカトをしていない。前の所属であるチューレーン国立霊長類研究センターで行なった研究でネカトと指摘された。

それに、霊長類研究センターとしては、研究費をガッポリ獲得してくれる研究者をクビにしたくない。たとえ、研究公正局でクロとされても、である。

しかし、ピッツバーグ大学医科大学院( University of Pittsburgh School of Medicine)の微生物学者で、サルの結核を研究しているジョアン・フリン教授(JoAnne Flynn – Wikipedia、写真出典) をはじめ、多くの研究者は、研究公正局でクロと判定されたカウシャルが所長に在職し続けることに批判的である。

「すでに科学に対する国民の不信感は高くなっています。不正を働く研究者が所長に在職し続けれは、国民は、ますます、科学者と科学に不信を抱きます」とフリン教授は批判した。

「Science」記者の問い合わせに、カリフォルニア国立霊長類研究センター(California National Primate Research Center)でサルの感情の神経生物学を研究しているイライザ・ブリス=モロー助教授(Eliza Bliss-Moreau – Wikipedia、写真出典) は次の言葉を付け加えた。

「もちろん、すべての科学者は高い倫理基準を守らなければなりません。 しかし、サルなどの霊長類(NHP)を研究している私たちは、特別に高い倫理基準を守らなければなりません。私たちは科学の管理人ですが、サルの管理人でもあります」。

【ねつ造・改ざんの具体例】

2022年8月3日の研究公正局の発表は、各研究費申請書・論文のネカト部分を指摘している。

★「2020年2月のAm J Respir Crit Care Med」論文

「2020年2月のAm J Respir Crit Care Med」論文の書誌情報を以下に示す。2021年4月15日に撤回された。

研究公正局は、この論文の実験内容と実験値を改ざんしたと指摘した。

すこし具体的に示そう。

第一点。
論文では、7匹の非ヒト霊長類(NHP)を3HP薬剤で治療し、別の7匹の非ヒト霊長類 (NHP)は未治療の対照群だった、と記載していた。ところが、実際は、8匹の非ヒト霊長類 (NHP)を治療し、別の6匹の非ヒト霊長類 (NHP) が未治療の対照群だった。

なお、3HP 薬剤 は、15 mg/kg イソニアジド [INH] と 15 mg/kg リファペンチン [RPT] を 週 1 回投与するのを12 回行なうという治療レジメである。

第二点。
論文では、研究で非ヒト霊長類(NHP)を3HP薬剤で治療した、と記載していた。ところが、実際は、治療レジメに準拠しないさまざまな量のイソニアジド[INH]およびリファペンチン[RPT]を投与していた。

第三点以降。
他の詳細は省略するが、薬剤の投与の回数や間隔も論文と実際では異なっていた。

●6.【論文数と撤回論文とパブピア】

★パブメド(PubMed)

2022年8月14日現在、パブメド(PubMed)で、ディーパック・カウシャル(Deepak Kaushal)の論文を「Deepak Kaushal [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2002~2022年の21年間の136論文がヒットした。

2022年8月14日現在、「Retracted Publication」でパブメドの論文撤回リストを検索すると、本記事で問題にした「2020年2月のAm J Respir Crit Care Med」論文・1論文が2021年4月15日に撤回されていた。

★撤回監視データベース

2022年8月14日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回監視データベースでディーパック・カウシャル(Deepak Kaushal)を「Deepak Kaushal」で検索すると、本記事で問題にした「2020年2月のAm J Respir Crit Care Med」・1論文が撤回されていた。

★パブピア(PubPeer)

2022年8月14日現在、「パブピア(PubPeer)」では、ディーパック・カウシャル(Deepak Kaushal)の論文のコメントを「Deepak Kaushal」で検索すると、14論文にコメントがあった。

●7.【白楽の感想】

《1》ネカト常習者 

ディーパック・カウシャル(Deepak Kaushal)のネカト事件では、「2020年2月のAm J Respir Crit Care Med」論文がネカトと指摘された。そのネカトの内容は、実際の実験過程を知る人しかネカトを見つけることができないタイプのネカトである。

ネカト論文のデータを研究費申請書に使用したので、その研究費申請書もネカトとされた。

ネカトの法則:「ネカトはネカト常習者の研究スタイルなので、他論文でもネカトしている」。

カウシャルのネカトは、実際の実験過程を知る人しか見つけることができないタイプのネカトと指摘したが、その場合、他の多数の論文にネカトがあっても、ネカトは発覚しない。

内部告発者が指摘し適正な実験記録を証拠として入手しないと、この手のネカトは証明できない。

カウシャルは、インド出身で、米国で多数の論文と多数のグラントを獲得してきた。

まったくの憶測だが、他の多数の論文でも巧妙にネカトし、見栄えの良い、インパクトのある論文をドンドン出版してきたと思われる。

《2》監督期間(Supervision Period)処分

研究公正局は、2022年から従来の「締め出し処分(Voluntary Exclusion Agreement)」を止めて、「監督期間(Supervision Period)処分」に変えたようだ。

最初にこの処分を科したのは、2022年3月8日にクロと発表したテリー・マグナソン(Terry Magnuson)に対してである → テリー・マグナソン(Terry Magnuson)(米) | 白楽の研究者倫理

その時、白楽は次のように書いた。

監督期間(Supervision Period)という処分は、今回が初めてである。

監督期間(Supervision Period)の処分は次のようだ。

監督期間中、ネカト者を雇用しているすべての機関は、公衆衛生局(PHS)の資金の各申請に関して、ネカト者が関与するレポート、原稿、要約について次のことを証明する書類を提出すること。
提示したデータは実際の実験に基づいているか、合理的に導き出されている。そして、データ、手順、方法論は正確に記載され、かつ盗用はない。

白楽は、研究公正局が処分方針を大きく変更したと感じた。

従来の「締め出し処分(Voluntary Exclusion Agreement)」はNIHに研究費申請ができない処分である。つまり、「研究費申請できない」=「研究費獲得できない」ので、ネカト者を学術界から排除することができた。つまり、ネカト者を学術界から排除する処分だった。

ところが、「監督期間(Supervision Period)処分」はネカト者を学術界から排除できない。

「監督期間(Supervision Period)処分」は、英語で「During the Supervision Period, Respondent will exclude himself voluntarily from serving in any advisory or consultant capacity to PHS including, but not limited to, service on any PHS advisory committee, board, and/or peer review committee.」と説明している(下線は白楽)。

下線で示したように、つまり、公衆衛生局(PHS)のコンサルタントや研究費審査委員にはなれないだけである。NIHへの研究費申請、研究助成金の受領は禁止されていない。これでは、ネカト者は研究を継続できる。学術界から排除されない。

本文中に書いたが、ジョアン・フリン教授をはじめ多くの研究者は、ネカト者であるカウシャルが所長を継続することに批判的である。

レオニッド・シュナイダー(Leonid Schneider)も、この「監督期間(Supervision Period)処分」は、ネカト者に処分を科した「ふりをしているだけ」だと、ブログで批判している。 → 2022年5月8日の記事:Schneider Shorts 5.08.2022 – Useful Idiots – For Better Science

白楽も、同感である。

なぜ、米国はネカト処分を大甘の方向に変えたのか?

なお、「行政処分中の一覧表(PHS Administrative Action Report220806保存版 )」を見れば、処分は元々、2つのタイプ(「締め出し処分(Voluntary Exclusion Agreement)」と「監督期間(Supervision Period)処分」)があった。

白楽ブログでは、従来、強い処分の「締め出し処分(Voluntary Exclusion Agreement)」だけを記述してきた。その処分の方が効力が高いと思ったからだ。

ヒョットして、ネカト処分の方針を変えていないが、このところ、たまたま軽い処分者ばかりになった可能性はあるのか?

2022年3月8日にクロと発表したテリー・マグナソン(Terry Magnuson)以降、研究公正局はネカト者を4人報告している。

その4人全員とも「締め出し処分(Voluntary Exclusion Agreement)」は科されず、「監督期間(Supervision Period)処分」だけ科されている。

この4人は、たまたまネカト行為が軽微だったので、軽い処分者ばかりだったのか? どうもそう思えない。もう少し様子を見よう。

米国は方針として、ネカト処分を大甘処分に変えたと思うが、よくわかりません。

《3》ネカト調査 

米国や日本の大学や研究公正局(日本にはない)という権威ある機関のネカト調査を、「徹底した正しい完璧な調査」だと、多くの人は誤解しているのではないかと、白楽は危惧している。

ここにも少し書いた。 → 7-97 ビックのネカト告発方法 | 白楽の研究者倫理

もう一度書いておこう。

まず、誰かが、特定の論文または特定の研究者をネカトと告発する。

すると、米国も日本も、被告発者(疑惑研究者)の所属する大学・研究所がネカト調査をする。その際、大学・研究所は疑惑研究者にネカトの告発があったことを知らせる。

つまり、疑惑研究者はネカト調査が行われる通知を受け取る。それで、所属大学・研究所がネカト調査を始める前に、当然、可能な限りすべての証拠を必死に隠滅することができる。

仲間内の口裏合わせ、関係者への口留め・脅迫・饗応、有力者への協力依頼などを画策することもできる。

大学・研究所の上層部も調査に備え、保身のため、(必要と思う)不利な証拠を隠滅する。

現在、この証拠隠滅・画策を防止するシステムはない。むしろ、現在のシステムは証拠隠滅・画策に協力的である。

本来、調査(捜査と言うべきかも)というものは、初動捜査がすべてである。

証拠隠滅・画策が徹底的に行なわれた後に捜査しても、事実は掴めない。

捜査権のある調査機関が、疑惑研究者に証拠隠滅・画策をする時間・機会を与えずに、ネカト調査通知とほぼ同時に、一気に証拠保全すべきなのだが、ネカト事件ではそうなっていない。

疑惑研究者が証拠を徹底的に隠滅し、かつ、関係者間でしっかり画策を済ませた後、疑惑研究者に提出させた疑惑研究者に都合のいい資料、関係者の証言、を大学・研究所のネカト調査委員が調べることになる。

ある意味、まるで、茶番なのである。

それでも、ネカト調査でクロと判定される場合はある。

大学・研究所のネカト調査委員会は、隠滅し損ねた証拠、隠滅できなかった資料を基にネカトと判定しているのである。

隠滅できない証拠としては、出版した論文、実験記録、共同研究者の誠実な証言、送付済の電子メール(送付先が保存)などだが、かなり限定される。

だから、権威ある機関がネカト調査の結果、「シロ」と結論した場合、判定としては「シロ」になるが、限りなく「クロ」に近い「シロ」であることが多い。現実は、証拠不十分でクロと断定できなかっただけだと思われる。

「シロ」と結論した場合の他の理由として、ネカト調査委員会が不正調査をしている場合も多い。脇道にそれるので、ここでは論じない。

多くの人はネカト疑惑を研究公正局のような第三者機関が調査すればよいと主張する。第三者機関が調査することで、ネカト調査委員会の不正調査は大幅に改善できると思うが、調査力そのものの大欠陥を改善できるわけではない。

白楽は、第三者機関の調査を否定しないが、ネカト調査での大きな欠陥は、調査主体というより、調査手法の方が大きいことを指摘しておきたい。

カウシャル事件では、カウシャルは多額の資金をNIHから得てきたし、今後も得ると期待されている。そして、テキサス生物医学研究所・副所長のリサ・クルーズ(Lisa Cruz)は、カウシャルの解雇・辞任はないと述べている。

テキサス生物医学研究所にカウシャルが着任したのは2019年1月1日である。その1年半年後にネカト調査が始まった。

研究公正局の報告書は、テキサス生物医学研究所の調査に基づきとあり、それ以前にカウシャルが 12年間も在職したチューレーン国立霊長類研究センターでの調査に関しては何も触れていない。つまり、チューレーン国立霊長類研究センターはネカト調査をしていない。

ところが、研究公正局がネカト論文とした「2020年2月のAm J Respir Crit Care Med」論文はチューレーン国立霊長類研究センターでの研究成果だという。

おかしいでしょう。

テキサス生物医学研究所がネカト調査するのはいいけど、チューレーン国立霊長類研究センター「も」ネカト調査しなければおかしい。研究公正局も、そう指導すべきでしょう。

憶測でしかないが、カウシャル自身、そして、組織ぐるみで、カウシャルのネカトを隠蔽・矮小化したと思える。

所属大学・研究所がネカト調査するからこういうことがまかり通る。

カウシャル事件では、研究公正局という第三者機関も調査しているにもかかわらず、このような結果になったということで、ネカト調査不正の疑念を、白楽は抱いてしまった。

研究公正局のネカト調査は「徹底した正しい完璧な調査」と認識しない方がよいと再度、書いておこう。

  • 所属を問わずその疑惑研究者のそれまでの全過程を捜査する
  • 捜査権・逮捕権のある麻薬取締官のようなネカト取締官が証拠隠滅・画策をする時間・機会を与えずに調査する
  • ネカト調査不正を防ぐには徹底した説明責任・透明性を調査の全過程に要求
  • メディアは5W1Hで国民に伝える

チューレーン国立霊長類研究センターでのディーパック・カウシャル(Deepak Kaushal)(Photo by Paula Burch-Celentano)。出典:https://news.tulane.edu/pr/tulane-researchers-find-therapy-may-better-treat-tuberculosis

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●9.【主要情報源】

①  研究公正局の報告:(1)2022年8月3日:Case Summary: Kaushal, Deepak | ORI – The Office of Research Integrity。(2)2022年8月3日の連邦官報:FRN 2022-16946 Kaushal.pdf 。(3)2022年8月8日の連邦官報:Federal Register :: Findings of Research Misconduct。(4)2022年8月9日:NOT-OD-22-197: Findings of Research Misconduct
② 2022年8月3日のアイヴァン・オランスキー(Ivan Oransky)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:Leading primate researcher admits to faking data in NIH grant applications, paper– Retraction Watch
③ 2022年8月3日のリンジー・カーネット(Lindsey Carnett)記者の「Sanantonio Report」記事:Primate center director admits falsifying research data
④ 2022年8月5日のデイヴィッド・グリム(David Grimm)記者の「Science」記事:Primate research center head will keep job despite misconduct, provoking shock and dismay | Science | AAAS
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

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