2018年10月4日掲載
ワンポイント:【長文注意】。2018年7月31日、研究公正局は、ミシガン州のウェイン州立大学(Wayne State University )・助教授のクレプキー(41歳)の2報の論文、2件のポスター発表、3件の研究費申請書で23件のねつ造・改ざんがあったと発表した。5年間の締め出し処分を科した。ネカトは、2011年に告発され、大学はその年の11月に調査を終え、クロと判定していた。それなのに、事件は複雑で、研究公正局の発表まで7年間もかかった。国民の損害額(推定)は6億3,700万円。
【追記】
・2023年6月1日記事:Scientist with six retractions wins challenge of firing, funding ban – Retraction Watch
・2018年x月x日記事:Christian Kreipke, Ph.D., DAB CR5109 (2018) | HHS.gov
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
8.主要情報源
9.コメント
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●1.【概略】
クリスチャン・クレプキー(Christian W. Kreipke、写真出典)は、ウェイン州立大学(Wayne State University)・助教授だった。医師ではない。専門は神経科学(外傷性脳損傷)である。
2011年1月(34歳)、クレプキーはウェイン州立大学の助成金政策に疑念を表明した。その2週間後、クレプキーはネカトで告発された。
2011年11月30日(34歳)、ウェイン州立大学はクレプキーのネカト調査を終え、クロと判定し、報告書を発表した。
2012年(35歳)、ウェイン州立大学はクレプキーを解雇した。
2012年(35歳)、ウェイン州立大学を解雇されたクレプキーは、ウェイン州立大学の大規模な助成金詐欺(1億6900万ドル、約169億円)を、「私人による代理訴訟(qui tam action)」で裁判所(U.S. District Court in Detroit)に訴えた。
また、クレプキーは研究公正局からネカトでクロと判定されたことを、行政不服審査(Departmental Appeals Board)に訴えた。
つまり、クレプキーは、大学の助成金詐欺で大学と、ネカト冤罪で研究公正局と、2つの闘争を展開した。
2018年7月31日(41歳)、ネカト発覚から7年が経過し、行政不服審査も済み、研究公正局はようやく、クレプキーの2報の論文、2件のポスター発表、3件の研究費申請書に23件のねつ造・改ざんがあったと発表した。2018年7月13日から5年間の締め出し処分を科した。
ウェイン州立大学(Wayne State University)。写真出典
- 国:米国
- 成長国:米国
- 医師免許(MD)取得:なし
- 研究博士号(PhD)取得:ウェイン州立大学
- 男女:男性
- 生年月日:不明。仮に1977年1月1日生まれとする。新聞記事に2010年に33歳とあったので
- 現在の年齢:47 歳?
- 分野:神経科学
- 最初の不正:2006年(29歳)
- 発覚年:2011年(34歳)
- 発覚時地位:ウェイン州立大学・助教授
- ステップ1(発覚):母体の研究室・ホセ・ラフォルス教授の実験助手クリスチャン・レイノルズ(Christian A. Reynolds)が大学に通報
- ステップ2(メディア):「Michigan Radio」のサラ・クウィク(Sarah Cwiek)記者、「撤回監視(Retraction Watch)」
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①ウェイン州立大学・調査委員会。②研究公正局。③行政不服審査。
- 大学・調査報告書のウェブ上での公表:あり。PDF(46.1 MB、36ページ) → http://retractionwatch.com/wp-content/uploads/2017/07/Kreipke-misconduct-report.pdf
- 大学の透明性:研究公正局でクロ判定(〇)
- 不正:ねつ造・改ざん
- 不正数:2報の論文、2件のポスター発表、3件の研究費申請書で23件のねつ造・改ざん
- 時期:研究キャリアの初期
- 職:事件後に発覚時の研究職(または発覚時の地位)を続けられなかった(Ⅹ)
- 処分:大学から解雇。 NIHから5年間の締め出し処分
- 日本人の弟子・友人:不明
【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は6億3,700万円。内訳 ↓
- ①研究者になるまで5千万円。
- ②大学・研究機関が研究者にかけた経費(給与・学内研究費・施設費など)は年間4500万円。6年間として、損害額は2億7,000万円。
- ③外部研究費。NIH研究費として約9,875万円の助成を受けた。損害額は四捨五入して9,900万円。
- ④調査経費。第一次追及者の調査費用は100万円。大学・研究機関の調査費用は1件1,200万円、研究公正局など公的機関は1件200万円。、学術出版局は1つの学術誌あたり100万円で3つの学術誌なので300万円。小計で1,800万円
- ⑤裁判経費は2千万円。行政不服審査(Departmental Appeals Board)が2千万円。小計で4,000万円
- ⑥論文撤回は共著者がいる場合は1報当たり1,000万円。共著者がいる撤回論文が6報なので損害額は6,000万。
- ⑦アカハラ・セクハラではない。損害額は0円。
- ⑧研究者の時間の無駄と意欲削減+国民の学術界への不信感の増大は1億円。
- ⑨健康被害:不明なので損害額は0円とした。
●2.【経歴と経過】
ほとんど不明。
- 生年月日:不明。仮に1977年1月1日生まれとする。新聞記事に2010年に33歳とあったので
- xxxx年(xx歳):xxxx大学で学士号取得
- xxxx年(xx歳):ウェイン州立大学(Wayne State University)で研究博士号(PhD)を取得
- xxxx年(xx歳):ウェイン州立大学(Wayne State University)でポスドク
- 20xx年(xx歳):ウェイン州立大学(Wayne State University )・助教授
- 20xx年(xx歳):兼職:ジョン・ディンゲル退役軍人局病院(John D. Dingell VA Medical Center)・研究員
- 2012年(35歳):ウェイン州立大学の不正経理を裁判に訴えた
- 2012年(35歳):ウェイン州立大学から解雇された
- 2013年(36歳):ジョン・ディンゲル退役軍人局病院から解雇された
- 2018年7月31日(41歳):研究公正局がネカトでクロと発表。締め出し期間は5年間
●3.【動画】
【動画1】
ニュース動画:「ウェイン州立大学前教授の裁判の封印が解かれた(Former Wayne State professor’s lawsuit unsealed)」(英語)2分00秒。
Click on Detroitが2014年4月17日に公開
以下のurlまたは右の写真をクリックすると動画画面がでる。動画画面をクリックする。
Former Wayne State professor’s lawsuit unsealed
●5.【不正発覚の経緯と内容】
★NIH研究費
クリスチャン・クレプキー(Christian Kreipke)は、ミシガン州のウェイン州立大学(Wayne State University )の助教授として、2009-2010年に約300万ドル(約3億円)の研究費を受給していたと新聞記事が書いていた。
2年間に3億円とは多いなあ、と白楽は思った。
データベースで調べると、NIHから2009‐2011年の3年間に3件のグラント(以下の表)、$987,526(約9,875万円)を受給していた。3億円ではなかった。別の機関からも受給していたかもしれない。マーいいけど。表をクリックすると表は大きくなります。2段階です。本ブログの図表は基本的に全部拡大できます。
★大学が「エフォート(effort)」を改ざん
ウェイン州立大学・助教授のクリスチャン・クレプキー(Christian Kreipke)はウェイン州立大学の卒業生でホセ・ラフォルス教授(Jose A Rafols、写真出典)の最強の弟子で、共著論文をたくさん出版していた。
2010年(33歳)、クレプキー助教授は将来を嘱望された研究者で、既に、神経科学界のスター研究者だった。
2010年6月(33歳)、ウェイン州立大学がクレプキーに「エフォート(effort)」報告書にサインを依頼するまで、クレプキー助教授の研究人生のすべてが順調だった。
「エフォート(effort)」とは教育に10%、研究に80%などと職務の時間分担率を示すもので、大学が「エフォート(effort)」報告書を作り、所属教員にサインを依頼するのは標準的である。
ただ、クレプキーの場合、ウェイン州立大学・研究担当副学長の事務員が作った「エフォート(effort)」はNIH助成金の研究に80%とあった。しかし、クレプキーの本当の割合は45%だったのである。クレプキーは「とんでもない。間違っている」と憤慨した。
大学は、NIH助成金の研究に割く「エフォート(effort)」を大きくすることで、NIHから受給する「間接費」(助成された研究を管理する間接費)を多く得ることができる。
ウェイン州立大学は、「エフォート(effort)」を2倍にし、2倍の間接費を請求することで、事実よりもはるかに多くの資金を集めていたのだ。
クレプキーは報告書へのサインを拒否した。そして、大学の「エフォート(effort)」の扱いを仲間の教員の例を調べ、教員間で相談し、問題を議論した。
クレプキーはウェイン州立大学の管理者が、連邦政府(NIH)からより多くの資金を得るために詐欺を働いていると確信した。
2010年末(33歳)、ほぼ同じタイミングで、クレプキーはウェイン州立大学の助成金政策委員会の委員に任命された。
2011年1月末(34歳)、クレプキーはウェイン州立大学の助成金政策を徹底的に調査すると発表した。会議には、助成金政策に多くの問題があることに同意する数多くの教員がいた。
その2週間後、クレプキーはネカトで告発された。
2012年(35歳)、ウェイン州立大学はクレプキーを解雇した。
★コクハラ
クレプキーはウェイン州立大学を告発したかったのではない。ウェイン州立大学の経理不正を指摘し、修正してもらいたかっただけなのだ。クレプキーはまさか、仕事を失うことになるとはこれぽっちも思っていなかった。
しかし、文学部のアンカ・ブラソポロス教授(Anca Vlasopolos、写真出典)は別の感じを抱いていた。彼女はウェイン州立大学のアメリカ人大学院生協会(AAUP)の前副会長で、クレプキーの苦情の相談者でもあった。
ブラソポロス教授はクレプキーがまだテニュアを持っていない地位なので、立場は非常に脆弱だと危惧していた。だから、助成金政策委員会の委員に就任するのは危険だと感じていた。
ただ、クレプキーは近いうちにテニュアを取得する予定だったし、医学部で最高の(あるいは最高に近い)助成金を獲得していたので、多くの教員はクレプキーが委員に就任するのは適切だと思ったようだ。
しかし、2011年初めにクレプキー(34歳)がネカトで告発されたとき、ブラソポロス教授は不安が的中したと思った。告発のタイミングは、教員の多くにとって非常に疑わしい状況だった。つまり、クレプキーが大学の助成金政策を徹底的に調査すると発表した2週間後だったので、大学がクレプキーにコクハラしたと多くの教員は思った。
クレプキーが指摘した大学の大規模な助成金詐欺事件(1億6900万ドル、約169億円)を含め、助成金処理で大学が不正を働いているという疑念はますます高まっていた。
従来から、教員たちは自分の研究費から大学がお金を差し引く行為に何度も遭遇していた。例えば、大学は研究費でトラブルがあると教員に課金し研究費からお金を差し引いた。
そして、大学のやり方はさらに過激になっていった。教員が研究費のことで大学管理者に抗議すると、大学管理者はその教員を厳しく罰したのである。
細胞生物学者のロバート・シルバー(Robert Silver)事件は、そのような事件の1つだった。
シルバー教授は2001年7月、ウェイン州立大学・教授に採用された。
数年後、シルバー教授は米国・国防総省から大きな研究助成金を得た。しかし、原因不明の理由で、大学によって助成金の使用が約1年間延期された。そして、大学はシルバー教授が助成金を不正使用したと非難した。
ウェイン州立大学の経理課は、シルバー教授に研究助成金の不正使用をやめるよう何度も通告した。しかし、シルバー教授は不正使用していなかった。経理課の疑惑はすべて間違っていたのである。
シルバー教授と同じように経理上の疑惑を異常に追及された教員は他にもいた。教授会メンバーのほぼ全員がフラストレーションを抱いていた。
ただ、クレプキーと異なり、シルバー教授はテニュアを持っていた。
2012年、シルバー教授はウェイン州立大学の経理課との示談交渉に合意し、シラキュース大学(Syracuse University)の生物学教授に移籍した。シルバー教授は「ウェイン州立大学が私にしたひどいことは、ここシラキュース大学では容認されないだろう」と語っている。それほど、ウェイン州立大学の経理課はひどかったのである。
2013年初め、アンカ・ブラソポロス教授(Anca Vlasopolos)も、大学の深刻な汚職にもう我慢できないと、ウェイン州立大学を辞職した。
★大学を被告に裁判
2012年(35歳)、ウェイン州立大学を解雇されたクレプキーは、ウェイン州立大学が大規模な助成金詐欺(1億6900万ドル、約169億円)をしていると、裁判所(U.S. District Court in Detroit)に訴えた。シェリーフ・アキール弁護士(Shereef Akeel、写真出典)を雇い、虚偽請求取締法(False Claims Act:31 U.S. Code § 3730) 違反で、「私人による代理訴訟(qui tam action)」を起こしたのである。
→ 2014 年4月19日記事:Lawsuit Claims Wayne State Bilked Research Money From US « CBS Detroit
2014年11月13日(37歳)、しかし、クレプキーは敗訴した。
→ 2014年記事:Kreipke, et al v. Wayne State University, et al, No. 2:2012cv14836 – Document 49 (E.D. Mich. 2014) :: Justia
2016年5月19日(39歳)、クレプキーは最高裁判所に控訴した。しかし、2017年1月9日、敗訴した。
→ 最高裁判所記録:Search – Supreme Court of the United States
★大学の改革
2012年9月(35歳)、クレプキーがかつて委員を務めた「合理化」委員会は、結局、研究助成金の取り扱いを含む大学の政策を改善するようにとの報告書を発表した。
以下の文書をクリックすると、PDFファイル(834 KB、47ページ)が別窓で開く。
2012年の報告書で指摘された改善点は、外部のコンサルティング会社「The Huron Group」の2013年3月の報告書(以下の文書)に反映されている。つまり、ウェイン州立大学は、研究助成金の取り扱いを含む大学の政策を改善し、透明で教員に使いやすい方式に変えた。
以下の文書をクリックすると、PDFファイル(422 KB、31ページ)が別窓で開く。
しかし、これらの報告書は、クレプキーが指摘した大学の不正経理については何も触れていなかった。また、ウェイン州立大学は、クレプキーのその後の扱いは、告発者だったことや優れた研究者だったことはまったく関係がないとしている。
★クレプキーのネカト
話が前後する。
繰り返すが、2011年1月末(34歳)、クレプキーはウェイン州立大学の助成金政策を徹底的に調査すると発表した。
その2週間後、クレプキーのネカト疑惑が、クレプキーの師であるホセ・ラフォルス教授の実験助手クリスチャン・レイノルズ(Christian A. Reynolds)から申し立てられた。
外傷性脳損傷の治療に有効な薬物の試験で、クレプキーがデータをねつ造・改ざんしている。そして、ねつ造・改ざんデータを論文に発表し、連邦政府の研究費申請書に使用している、と実験助手・レイノルズが大学に通報したのである。
連邦政府の研究費でネカト疑惑が通報された場合、調査する義務は大学にある。
2011年(34歳)、ウェイン州立大学はクレプキーのネカト調査委員会を設置した。研究公正担当副学長補で生物学・準教授のフィリップ・カニンガム(Philip Cunningham、写真出典)が、委員長になった。
調査委員会は、過去6年間のクレプキーのすべての研究を詳細に調べるという苦労の多い作業を開始した。調査対象は、すべての出版物、研究発表、研究費申請書、ラボノート、コンピュータファイルだった。
そして、カニンガム委員長は、調査の結果、クレプキーの発表論文はその結果を裏付ける実験データがほとんどないという驚くべき事実を突き止めた。
実験助手が通報してきたデータねつ造・改ざん疑惑をはるかに超えていた。事実は、まったくのデータねつ造・改ざんだった。研究者としては卑劣で、不正行為は30件以上見つかった。
薬剤の使用をクレプキーに許可するという製薬会社からの手紙をねつ造するという危険性の少ないねつ造から、薬剤Aが特定の結果を引き起こしたことを示す図やグラフを、別の薬剤Bの結果としても使用するという危険性の高いねつ造まであった。
クレプキーの論文結果を基に新しい治療法が開発される危険があるので、カニンガム委員長は、調査終了後、クレプキーの論文の撤回を学術誌に依頼した。
論文の多くは、クレプキーが単独で行なった研究成果ではなく共同研究者がいたが、カニンガム委員長は、クレプキーが単独でネカトをしたと結論した。
以下は2011年11月30日の、ウェイン州立大学の調査報告書である。文書をクリックすると、PDFファイル(46.1 MB、36ページ)が別窓で開く。
2012年(35歳)、ネカト調査委員会の調査結果に基づき、ウェイン州立大学はクレプキーを解雇した。
同時期に、クレプキーはデトロイトのジョン・ディンゲル退役軍人局病院(John D. Dingell VA Medical Center)で研究員として働いていた。
ジョン・ディンゲル退役軍人局病院もクレプキーのネカト調査委員会を設置していた。最初の2回の調査では、ネカトの十分な証拠が見つからなかった。しかし、別の調査官が率いた第3回目の調査でようやくネカトの証拠が見つかった。
2013年、ジョン・ディンゲル退役軍人局病院はクレプキーを解雇した。
そして、連邦政府の研究費を10年間の受け取れないという10年間の締め出し処分を、クレプキーに科した。
★クレプキーの反撃
ネカトでクロと結論され解雇されたのは、研究者にとって最悪である。研究者としての信頼を失い、研究キャリアの死刑に相当する。
しかし、クレプキーは、その後数年にわたる戦いを開始した。
クレプキーは、できる限りのあらゆる方法で、ウェイン州立大学とジョン・ディンゲル退役軍人局病院に対して戦った。
クレプキーは、論文のねつ造・改ざん嫌疑は、一般に広く許容されている「間違い」レベルなのに、事実を歪曲し、話に尾ひれをつけ、大げさに扱われたと主張した。そして、そもそも、ねつ造・改ざん嫌疑は大学のコクハラで、告発したクレプキーを沈黙させるための報復行為だと、大学を非難した。
ただ、クレプキーは、技術的な理由で連邦政府の告発訴訟を含めて裁判を2回敗訴した。
→ 2014年4月18日のサラ・クウィク(Sarah Cwiek)記者の「Michigan Radio」記事:Former Wayne State medical professor sues, accuses university of defrauding US government | Michigan Radio
2017年3月10日(40歳)、クレプキーは、最終的に、米国メリットシステム保護委員会(U.S. Merit Systems Protection Board)のドロシー・モラン裁判官(Dorothy Moran)から裁定を受けた。この裁判は、連邦政府の機関の間の紛争を解決する一種の行政裁判制度である。
モラン裁判官は、ウェイン州立大学とジョン・ディンゲル退役軍人局病院の研究費不正に対するクレプキーの告発は正当だと述べている(以下の意見書)。
以下の文書をクリックすると、PDFファイル(211 KB、52ページ)が別窓で開く。
さらに、モラン裁判官は、ジョン・ディンゲル退役軍人局病院はクレプキーの告発内容をはっきりと知っており、クレプキーの告発に対して報復(コクハラ)する意図があったとと判決した。 そして、ウェイン州立大学が不適切な指示をしたので、ジョン・ディンゲル退役軍人局病院がコクハラをしたと結論した。
モラン裁判官は、クレプキーのネカト行為については、実験記録にデータのねつ造・改ざんがあったと認めている。ねつ造・改ざんは故意で意図的だがしかし、クレプキーは研究室のデータ管理にルーズで、不正確な記載は偶然だった可能性があるとしている。
モラン裁判官はまた、ジョン・ディンゲル退役軍人局病院にクレプキーの復職を認め、取り消した助成金を返還し、助成金の10年間禁止を取り消すように命じた。
2017年5月の時点では、ジョン・ディンゲル退役軍人局病院は、控訴し、モラン裁判官の命令を無視している。
★ウェイン州立大学の法務部次長(弁護士?)
ウェイン州立大学の法務部次長(弁護士?)のエイミー・ラマーズ(Amy Lammers、写真)は、モラン裁判官が事実を誤認していると主張している。
ウェイン州立大学はジョン・ディンゲル退役軍人局病院に調査するように指示していない。ただ、ウェイン州立大学はこの裁判の被告ではなかったので、裁判所にこの事実を示すことは技術的にできなかった。
モラン裁判官の判決が正式に支持されれば、ウェイン州立大学もクレプキーの復職を認めなければならないことになるだろう。
クレプキーは科学者としてのキャリアの復活を望んでいるが、事件が起こってから7年も経った現在、復職したとしても研究は壊滅的な状況で、まっとうな研究生活を開始できるとは思えない。クレプキーは頼れるすべての可能性を使い果たしてしまったので、復職するとは思えない、とラマーズ法務部次長は述べている。
★研究公正局
2018年7月31日(41歳)、研究公正局は、クリスチャン・クレプキー(Christian Kreipke)が2報の論文、2件のポスター発表、3件の研究費申請書で23件のねつ造・改ざんをしていたと発表した。当初、研究公正局は、締め出し期間を10年間と想定した。しかし、2013年に退役軍人局が10年間の締め出し処分を科していたので、整合性を配慮し、2018年7月13日から5年間の締め出し処分を科した。
2011年にクレプキーのネカトが告発され、2011年11月にウェイン州立大学がネカト調査を終えてからに7年も経過ししていた。研究公正局の発表はとても遅い。
どうしてこんなに遅いのだろうか?
考えられる1つは、2012年に、クレプキーがウェイン州立大学を助成金詐欺(1億6900万ドル、約169億円)で裁判所に訴えたことである。この訴えは2013年、クレプキーが敗訴している。しかし、最高裁まで上訴した。
2017年1月9日(40歳)、最高裁判所がクレプキーの上訴を却下し、クレプキーの敗訴が確定した。研究公正局はこの結論を待っていたのかもしれない。
研究公正局の発表が遅れた要因がもう1つある。こちらが多分、本当の理由だ。
研究公正局がクレプキーにネカトでクロだと通知したら、クレプキーは、研究公正局の処分は不当だと健康福祉省(HHS)の行政不服審査(Departmental Appeals Board)に訴えた。
2018年5月31日(41歳)、キース・シッケンディック(Employee Profile of Keith W. Sickendick — Administrative Law Judge)・行政法審判官(Administrative Law Judge)は審査の結果、クレプキーの訴えを棄却した(PDFを以下に貼り付けた)。
なお、行政不服審査(Departmental Appeals Board)とは何かに関して、2007年の佐藤雄一郎の論文「ミスコ ンダクトの調査における手続保障 – J-Stage」が参考になるだろう。
以下の文書(行政法審判官の審査結果)をクリックすると、PDFファイル(4.18 MB、126ページ)が別窓で開く。
●【異常データの具体例】
研究公正局の2018年7月31日の発表では、クレプキーの2報の論文、2件のポスター発表、3件の研究費申請書に、23件のねつ造・改ざんがあったとしたが、どの論文のどのデータがネカト箇所だという具体的な指摘がなかった。
それで、パブピアの指摘を探った。
★「2009年のBrain Res」論文:撤回
- Synapse loss regulated by matrix metalloproteinases in traumatic brain injury is associated with hypoxia inducible factor-1alpha expression.
Ding JY, Kreipke CW, Schafer P, Schafer S, Speirs SL, Rafols JA.
Brain Res. 2009 May 1;1268:125-134. doi: 10.1016/j.brainres.2009.02.060. Epub 2009 Mar 10. Retraction in: Brain Res. 2018 Sep 1;1694:150.
図1のシナプトフィジン(synaptophysin)のウエスタンブロットのバンドは切り貼りされ、対応するアクチン(b-actin)のバンドは切り貼りされていない。さらに、図1のバンドはアクチンのバンドとシナプトフィジン(synaptophysin)のバンドは、その幅が一致しないため、両者は異なるゲルに由来すると思われる。https://pubpeer.com/publications/531D8EBB68B8D32C61C0A516361753
★「2007年のNeurol Res」論文:未撤回
- Neovascularization following traumatic brain injury: possible evidence for both angiogenesis and vasculogenesis.
Morgan R, Kreipke CW, Roberts G, Bagchi M, Rafols JA.
Neurol Res. 2007 Jun;29(4):375-81.
この論文の図4には、同じ画像を使いまわしている。AとA”は強度を変えているが、同じ画像である。また、この画像は同じジャーナルの別の論文で異なるデータを示す画像に使われている。
以下の図4の出典:https://pubpeer.com/publications/D6629C8DBEE2D8EADB4DE9F77A984B#3
●6.【論文数と撤回論文とパブピア】
2018年10月3日現在、パブメド(PubMed)で、クリスチャン・クレプキー(Christian Kreipke)の論文を「Christian Kreipke [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2002~2018年の17年間の38論文がヒットした。
「Kreipke CW[Author]」で検索すると、2004~2018年の15年間の38論文がヒットした。
38論文の内30論文がホセ・ラフォルス教授(Jose A Rafols、写真出典)と共著である。
ミドルネームのイニシャル「W」を除いた「Kreipke C[Author]」で検索すると、2002~2018年の17年間の42論文がヒットした。
2018年10月3日現在、「Kreipke C[Author] AND Retracted」でパブメドの論文撤回リストを検索すると、以下の6論文が撤回されていた。
- Clazosentan, a novel endothelin A antagonist, improves cerebral blood flow and behavior after traumatic brain injury.
Kreipke CW, Rafols JA, Reynolds CA, Schafer S, Marinica A, Bedford C, Fronczak M, Kuhn D, Armstead WM.
Neurol Res. 2011 Mar;33(2):208-13. doi: 10.1179/016164111X12881719352570. Retraction in: Neurol Res. 2017 May;39(5):472. - Pericyte-mediated vasoconstriction underlies TBI-induced hypoperfusion.
Dore-Duffy P, Wang S, Mehedi A, Katyshev V, Cleary K, Tapper A, Reynolds C, Ding Y, Zhan P, Rafols J, Kreipke CW.
Neurol Res. 2011 Mar;33(2):176-86. doi: 10.1179/016164111X12881719352372. Retraction in: Neurol Res. 2017 May;39(5):472. - Differential effects of endothelin receptor A and B antagonism on cerebral hypoperfusion following traumatic brain injury.
Kreipke CW, Schafer PC, Rossi NF, Rafols JA.
Neurol Res. 2010 Mar;32(2):209-14. doi: 10.1179/174313209X414515. Epub 2009 Jun 30. Retraction in: Neurol Res. 2017 May;39(5):472. - Synapse loss regulated by matrix metalloproteinases in traumatic brain injury is associated with hypoxia inducible factor-1alpha expression.
Ding JY, Kreipke CW, Schafer P, Schafer S, Speirs SL, Rafols JA.
Brain Res. 2009 May 1;1268:125-134. doi: 10.1016/j.brainres.2009.02.060. Epub 2009 Mar 10. Retraction in: Brain Res. 2018 Sep 1;1694:150. - Extent of nerve cell injury in Marmarou’s model compared to other brain trauma models.
Rafols JA, Morgan R, Kallakuri S, Kreipke CW.
Neurol Res. 2007 Jun;29(4):348-55. Retraction in: Neurol Res. 2017 May;39(5):472. - Calponin and caldesmon cellular domains in reacting microvessels following traumatic brain injury.
Kreipke CW, Morgan NC, Petrov T, Rafols JA.
Microvasc Res. 2006 May;71(3):197-204. Epub 2006 Apr 25. Retraction in: Microvasc Res. 2017 Mar;110:64.
★パブピア(PubPeer)
2018年10月3日現在、「パブピア(PubPeer)」は、クリスチャン・クレプキー(Christian Kreipke)の9論文にコメントしている。:PubPeer – Search publications and join the conversation.
●7.【白楽の感想】
《1》人間は多面的
クリスチャン・クレプキー(Christian Kreipke)はウェイン州立大学の助成金詐欺(1億6900万ドル、約169億円)を指摘した正義の告発者である。
一方、その少し前、ねつ造・改ざんデータを論文に発表していた。
世の中に善人と悪人がいるのではなく、1人の人間の中に善悪が混在している。
《2》大学の不正
日本ではあまり問題にしないが、勿論、大学も不正をする。ウェイン州立大学の助成金詐欺は裁判でシロだが、記事で発言している教員たちの証言を読めば、ある程度の不正をしていたと思われる。だからこそ、改善案が検討され、その後、改善された。
経理で不正していたのなら、ネカト調査でも不正している可能性はある。
一般的に、大学のネカト調査結果が最終結論とみなされる。ネカト調査で大学が不正をした場合、欧米や日本は、誰が、どうチェックするのだろうか? そして、ネカト調査に不正があったらどう修正できるのだろうか?
ウプサラ大学のシロ判定をサイエンス誌・編集部が調査し疑念を示し、スウェーデン政府の中央規範審査委員会がクロと判定した。
→ ウウナ・ロンステット(Oona M. Lönnstedt)(スウェーデン)改訂 | 研究倫理(ネカト)
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日本がもっと豊かに、そして研究界はもっと公正になって欲しい(富国公正)。正直者が得する社会に!
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●8.【主要情報源】
① 研究公正局の報告:(1)2018年7月31日:Case Summary: Kreipke, Christian | ORI – The Office of Research Integrity、(2)2018年8月6日:Federal Register :Federal Register :: Findings of Research Misconduct、(3)2018年8月10日:Findings of Research Misconduct Notice Number: NOT-OD-18-216
② 2018年7月31日のアイヴァン・オランスキー(Ivan Oransky)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:After years of court battles, former Wayne State researcher barred from federal grants for five years – Retraction Watch
③ ◎2017年5月19日のサラ・クウィク(Sarah Cwiek)記者の「Michigan Radio」記事:After almost seven years, new twists in Wayne State whistleblower case | Michigan Radio
④ 2014年4月18日のコリーン・フラハティ(Colleen Flaherty)記者の「Inside Higher Ed」記事:Fired Professor Accuses Wayne State of FraudApril 18, 2014
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