2021年9月7日掲載
ワンポイント:ウクライナの出身でリール大学(University of Lille)・準教授のレーヘンキーの「2019年6月のCell Calcium」論文が2020年3月(43歳)に撤回された。撤回理由は査読盗用で、他人の論文を査読した時に盗用したのだ。レーヘンキーは査読時に指導下の院生に査読原稿をコピーして渡した。それを、院生が盗用したと説明した。白楽の推定だが、盗用した院生は退学した。それで、リール大学はネカト調査しなかった。レーヘンキーは処分されていない。国民の損害額(推定)は2億円(大雑把)。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
10.コメント
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●1.【概略】
ヴャチェスラフ・レーヘンキー(V’yacheslav Lehen’kyi、ORCID iD:https://orcid.org/0000-0003-0806-8766、写真出典)は、ウクライナの薬理学毒物学研究所で博士号を取得し、フランスの数か所のポスドクを経て、フランスのリール大学(University of Lille、リール第1大学、リール科学技術大学、Lille University of Science and Technology)・準教授になった。医師免許は所持していない。専門は細胞生物学(イオンチャネル)である。
レーヘンキーの「2019年6月のCell Calcium」論文が2020年3月(43歳)に撤回された。
撤回理由は盗用で、カナダのジョン・スチュワート(John Stewart)の「2020年1月のJ Cancer」論文を査読した時、盗用したのだ。
レーヘンキーは査読時に指導下の院生に査読原稿のコピーを院生に渡した。それを、院生が盗用したと説明した。
白楽の推定だが、院生はアリーノ・チュート=ギッキィー(Aline Hantute-Ghesquier)で、この盗用で退学した。
リール大学はネカト調査せず、レーヘンキーは処分されていない。
リール大学(University of Lille)。写真出典
リール大学(University of Lille)のLilliad Learning center innovation。写真出典
- 国:フランス
- 成長国:ウクライナ
- 医師免許(MD)取得:なし
- 研究博士号(PhD)取得:ウクライナの薬理学毒物学研究所
- 男女:男性
- 生年月日:1976年5月7日
- 現在の年齢:48歳
- 分野:細胞生物学
- 不正論文発表:2019年(42歳)
- 発覚年:2020年(43歳)
- 発覚時地位:リール大学・準教授
- ステップ1(発覚):第一次追及者は被盗用者のカナダのソリシメド・バイオファーマ社(Soricimed Biopharma Inc.)のジョン・スチュワート(John Stewart)で、学術誌に連絡
- ステップ2(メディア):「撤回監視(Retraction Watch)」
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①学術誌・編集部。②リール大学は調査していない
- 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし。調査していない
- 大学の透明性:調査していない(✖)
- 不正:査読盗用
- 不正論文数:1報
- 盗用ページ率:不明%
- 盗用文字率:不明%
- 時期:研究キャリアの中期
- 職:事件後に研究職(または発覚時の地位)を続けた(〇)
- 処分:なし
- 日本人の弟子・友人:不明
【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は2億円(大雑把)。
●2.【経歴と経過】
主な出典:①: CV 、②:V’yacheslav LEHEN’KYI | LinkedIn
- 1976年5月7日:ウクライナで生まれる
- 1998年7月(22歳):ウクライナのタラスシェフチェンコ大学(University of Taras Shevchenko)で学士号取得:生物学、生化学
- 2001年10月(25歳):ウクライナの薬理学毒物学研究所(Institute of Pharmacology and Toxicology)で研究博士号(PhD)を取得:薬理学
- 2002~2008年(26~32歳):フランスのリール第1大学(Lille University of Science and Technology)などでポスドク
- 2008年9月(32歳):リール第1大学(Lille University of Science and Technology)・助教授
- 2012年9月(36歳):同大学・準教授
- 2020年(43歳):不正が発覚
- 2021年9月6日(45歳)現在:同大学に在籍している:Vyacheslav Lehenkyi – Université de Lille、2021年9月6日保存版
●3.【動画】
以下は事件の動画ではない。
【動画1】
研究紹介動画:「前立腺がんのさらなる研究(Poursuites des recherches cotre le cancer de la prostate)」(フランス語)0分37秒。
BFM Grand Lilleが2017年12月8日に公開
以下の画面をクリック
https://www.facebook.com/BFMGrandLille/videos/10155007400047327
●5.【不正発覚の経緯と内容】
★経緯
ヴャチェスラフ・レーヘンキー(V’yacheslav Lehen’kyi、写真出典)の出版した以下の「2019年6月のCell Calcium」論文が2020年3月に撤回された。
- TRPV6 calcium channel regulation, downstream pathways, and therapeutic targeting in cancer.
Haustrate A, Hantute-Ghesquier A, Prevarskaya N, Lehen’kyi V.
Cell Calcium. 2019 Jun;80:117-124. doi: 10.1016/j.ceca.2019.04.006. Epub 2019 Apr 22.
撤回理由は、以下の「2020年1月のJ Cancer」論文の査読盗用である。
- TRPV6 as A Target for Cancer Therapy.
Stewart JM.
J Cancer. 2020 Jan 1;11(2):374-387. doi: 10.7150/jca.31640. eCollection 2020.
被盗用論文の論文が盗用論文の7か月後に出版されているが、それには、わけがある(後述する)。
まず、時系列を書いておこう。
2018年11月11日、被盗用論文の著者であるカナダのソリシメド・バイオファーマ社(Soricimed Biopharma Inc.)のジョン・スチュワート(John Stewart、写真の説明にはJack Stewartとあるが同一人物。写真出典)は、「J Cancer」誌に論文原稿を投稿した。
2019年5月、スチュワートの論文原稿は査読を経て、受理された。
2019年4月、一方、レーヘンキーの盗用論文「2019年6月のCell Calcium」の電子版が出版された。冊子版は2か月後の2019年 6月に出版された。
★盗用者:ヴャチェスラフ・レーヘンキー(V’yacheslav Lehen’kyi)の主張
レーヘンキーはスチュワートの論文原稿を査読した時、結果として、査読盗用してしまったが、意図的ではなかったと「撤回監視(Retraction Watch)」に説明している。
以下は説明の冒頭部分(出典:同)。全文(2ページ)は → https://retractionwatch.com/wp-content/uploads/2020/01/VL-email.pdf
かいつまんで内容を書くと以下のようだ。
私はこの盗用に対する私の責任を否定しません。しかし、盗用は意図的ではありませんでした。また、盗用と言っても、スチュワートの論文のコピー・アンド・ペースト、つまり逐語盗用ではありません。
私は、2018年10月~2019年2月にスチュワートの論文原稿を査読しました。スチュワートの論文原稿はとてもよくできていたので、その時、印刷して、研究室の院生に読ませました。
それから数か月後、私たちは「2019年6月のCell Calcium」論文を出版しましたが、まさか、院生がスチュワートの論文原稿を盗用したとはつゆにも思いませんでした。
出版後、盗用と指摘され、驚愕しています。
第三著者のナタリア・プレヴァルスカヤ(Natalia Prevarskaya、写真出典)は研究室の教授ですが、プレヴァルスカヤ教授は盗用問題が勃発するまで、盗用と指摘された論文の原稿を見ていません。
そして、盗用が指摘されてから、1年ほどたちます。
この悪夢を忘れたいので、盗用のことを、もうだれとも話したくありません。
レーヘンキー準教授は盗用したのは院生だと言う。
盗用論文の著者は4人で、レーヘンキー準教授とプレヴァルスカヤ教授を除くと、オウレリアン・アススタット(Aurélien Haustrate、右の写真出典)とアリーノ・チュート=ギッキィー(Aline Hantute-Ghesquier)の2人である。
アリーノ・チュート=ギッキィー(Aline Hantute-Ghesquier、左の写真出典)は、リール大学(University of Lille)の2017~2019年の修士院生だ、とリンクトインで書いている。 → Aline Hantute-Ghesquier | LinkedIn、(保存版)
しかし、2021年9月6日現在、チュート=ギッキィーはプレヴァルスカヤ教授の研究室員のリストの院生・学部生・過去の室員に記載されていない。
チュート=ギッキィーは、撤回論文以外には2018年・2019年に各1論文、計2論文がある。 → Aline Hantute-Ghesquier – Search Results – PubMed。
白楽は、チュート=ギッキィーがネカト犯で、チュート=ギッキィーは退学し、プレヴァルスカヤ教授の研究室から除名された、と推察した。
★被盗用者:ジョン・スチュワート(John Stewart)
ジョン・スチュワート(John Stewart、写真出典)は生化学者で、カナダのマウント・アリソン大学(Mount Allison University)教授として31年5か月勤めた。
2009年11月に退職し、ソリシメド・バイオファーマ社(Soricimed Biopharma Inc.)の主任研究員に再就職した。
スチュワートが「J Cancer」誌に論文原稿を投稿したことを知っている同僚が、同じテーマについて新しい論文がでたよと、レーヘンキー準教授の「2019年6月のCell Calcium」論文のプレプリントのことを教えてくれた。
読んでみると、スチュワートは、「J Cancer」誌に投稿した自分の原稿から単語を抽出して書いた論文だとすぐに気がついた。
スチュワートは、直ちに、両方の学術誌に、「2019年6月のCell Calcium」論文は「J Cancer」誌に投稿した自分の原稿を盗用していると指摘した。
学術誌は盗用を確認した。
そして、スチュワートと「J Cancer」誌の編集者は、盗用論文が撤回されるまで、スチュワートの論文公開を延期することにした。
というのは、レーヘンキー準教授の論文を撤回する前に公開すると、スチュワートが「2019年6月のCell Calcium」論文を盗用したと、読者が思うかもしれないからだ。
それで、盗用論文である「2019年6月のCell Calcium」論文の撤回後に、被盗用論文の「2020年1月のJ Cancer」論文が出版された。
スチュワートは、「露骨な盗用とその愚かな行為にショックを受けた」と述べている。
●【盗用の具体例】
盗用比較図は公表されていない。
しかし、盗用論文の「2019年6月のCell Calcium」論文の「原稿版」は無料閲覧できる → RETRACTED: TRPV6 calcium channel regulation, downstream pathways, and therapeutic targeting in cancer (有料版)
被盗用論文である「2020年1月のJ Cancer」論文も無料閲覧できる → TRPV6 as A Target for Cancer Therapy
仕方がないので、白楽が自分で作った(チャンとは作っていないけど)。
★盗用比較図
以下に部分的な盗用比較図を示す(原著論文から白楽が作成)。
- 左側はレーヘンキーの盗用論文「2019年6月のCell Calcium」論文(原稿版)の「要旨」
- 右側は被盗用論文「2020年1月のJ Cancer」論文の「要旨」である。
両者を見比べた限り、内容はともかく、「要旨」では同じ単語を流用した逐語盗用ではない。
ただ、被盗用者のジョン・スチュワート(John Stewart)は、、2つの論文の該当する節全体をコピーして並べるだけなので、盗用の事実を示すのは簡単だったと述べている。つまり、「言い換え盗用(paraphrase plagiarism、paraphrasing plagiarism)」である。多分、「要旨」ではなく本文を調べるべきだったんですね。でも、面倒なので・・・(ゴメン)。
●6.【論文数と撤回論文とパブピア】
★パブメド(PubMed)
2021年9月6日現在、パブメド(PubMed)で、ヴャチェスラフ・レーヘンキー(V’yacheslav Lehen’kyi)の論文を「V’yacheslav Lehen’kyi [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2001~2021年の21年間の38論文がヒットした。
「Lehen′kyi V [Author]」で検索しても、38論文がヒットした。
2021年9月6日現在、「Retracted Publication」のフィルターでパブメドの論文撤回リストを検索すると、1論文が撤回されていた。「2019年6月のCell Calcium」論文が2020年3月に撤回された。
★撤回監視データベース
2021年9月6日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回監視データベースでヴャチェスラフ・レーヘンキー(V’yacheslav Lehen’kyi)を「V’yacheslav Lehen’kyi」で検索すると、本記事で問題にした「2019年6月のCell Calcium」論文・1論文が撤回されていた。
★パブピア(PubPeer)
2021年9月6日現在、「パブピア(PubPeer)」では、ヴャチェスラフ・レーヘンキー(V’yacheslav Lehen’kyi)の論文のコメントを「V’yacheslav Lehen’kyi」で検索すると、0論文にコメントがあった。
●7.【白楽の感想】
《1》大学の調査
ヴャチェスラフ・レーヘンキー(V’yacheslav Lehen’kyi)事件では、レーヘンキー準教授は「盗用は意図的ではなかった」と弁解した。
これは、一般論としては通用しない。
ただ、フランスのリール大学(University of Lille)はネカト調査した様子がない。従って、レーヘンキー準教授は2021年9月6日現在、同大学に在籍している:Vyacheslav Lehenkyi – Université de Lille、2021年9月6日保存版。
レーヘンキー準教授は盗用したのは院生だと主張した。
盗用論文の著者は4人で、レーヘンキー準教授とプレヴァルスカヤ教授を除くと、オウレリアン・アススタット(Aurélien Haustrate)とアリーノ・チュート=ギッキィー(Aline Hantute-Ghesquier)の2人である。
白楽は、院生のアリーノ・チュート=ギッキィー(Aline Hantute-Ghesquier)がネカト犯で退学したと推察した。
院生がネカト行為を認め、退学し、論文は撤回された。こうなると、一般的に、大学はネカト調査をしない。
ネカト調査をしても、処罰する相手がいない。というか、既に退学しているので、退学処分にできない。博士号を授与する前なので、博士号を取消すこともできない。調査の結果、論文撤回となっても、既に論文は撤回ズミである。
チュート=ギッキィーは院生なのでまだ論文をたくさん出版していない。
しかし、撤回論文以外には2018年・2019年に各1論文、計2論文がある。 → Aline Hantute-Ghesquier – Search Results – PubMed。
この2論文に盗用箇所はないのか? この2論文は調査すべきだろう。
《2》防ぐ方法
院生のアリーノ・チュート=ギッキィー(Aline Hantute-Ghesquier)がネカト犯と仮定する。
では、どうすればこの盗用を防げただろうか?
レーヘンキー準教授が、チュワートの論文原稿をコピーし、研究室の院生に読ませる時、「この論文を盗用するなよ」というべきだった・・・か?
イヤ、それはない。
教員が院生に論文を読むよう勧める時、「この論文を盗用するなよ」と一言添えるなんて、聞いたことも、されたことも、したこともない。
白楽は、レーヘンキー準教授が「2019年6月のCell Calcium」論文をまとめる過程で、盗用に気がつくべきだった、と思う。
レーヘンキー準教授はスチュワートの「2020年1月のJ Cancer」論文を査読している。しかも、素晴らしい論文だとほめている。
そして、査読の数か月以内に、自分たちの「2019年6月のCell Calcium」論文をまとめている。
この状況なら通常、院生が書いてきた部分に、査読した原稿と同じ文章・概念があれば、教員は気がつく。
レーヘンキー準教授は盗用に気付かないで自分たちの論文を完成したと振舞っているが、本当だろうか?
本当は、気付いていたけど、大丈夫だろうと甘く見て、押し通したのではないだろうか。
つまり、白楽は、レーヘンキー準教授に90%の責任があり、結果として、院生のチュート=ギッキィーを退学に追いやった、と見ている。院生を育てるのが仕事の教員が、院生をダメにした例だと思う。
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●9.【主要情報源】
① 2020年1月16日のアダム・マーカス(Adam Marcus)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:Author ‘still shocked by the blatancy of the plagiarism and by the stupidity’ after a reviewer steals his work – Retraction Watch
② 2020年4月14日のヤシ(椰子)記者の記事:震惊 | 作为审稿人的“好处”:大段大段抄袭审稿的文章,提前发表文章,同时作者表示对于这次审稿非常满意,没想到文章被撤-微信文章-仪器谱
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
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