ラケシュ・クマール(Rakesh Kumar)(米)


2016年8月31日掲載。

ワンポイント:研究ネカト疑惑で停職、院生指導禁止、学科長罷免、外部研究費を240万ドル(約2億4千万円)失ったが、800万ドル(約8億円)の損害賠償を大学に求める裁判を起こし、2016年8月、示談になった。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文
7.白楽の感想
8.主要情報源
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●1.【概略】

kumar2ラケシュ・クマール(Rakesh Kumar、写真出典)は、インドで生まれ全インド医科大学で研究博士号(PhD)を取得し、米国・ジョージ・ワシントン大学(George Washington University)・教授、学科長になった。専門は生化学(癌ゲノミクス)だった。医師ではない。

2012年(55歳?)、ジョージ・ワシントン大学は研究ネカトでラケシュ・クマールの調査を始めた。発覚の経緯は不明である。

2014年(57歳?)、ジョージ・ワシントン大学はクマールを停職処分、院生指導禁止、学科長罷免処分にした。

クマールは、癌ゲノミクスの国際コンソーシアム「GCGC」の米国代表として、2014年11月に来日している。「GCGC」は、京都大学(日本)、ジョージワシントン大学(米国)、オックスフォード大学(英国)、タタ メモリアルセンター(インド)、ラジブ ガンジー バイオテクノロジーセンター(インド)、分子医学研究所 (ポルトガル)で構成されている。参考:ご挨拶 :: The 4th Global Cancer Genomics Consortium Symposium (GCGC) :: OOTR

2015年1月23日(58歳?)、クマールはジョージ・ワシントン大学の不当な扱いに対して、800万ドル(約8億円)の損害賠償を裁判に訴えた。

2016年8月17日(59歳?)、クマールとジョージ・ワシントン大学の示談が成立した。示談内容は秘密である。2016年8月30日現在、クマールはジョージ・ワシントン大学の教授職を維持している。

USA-The_George_Washington_University米国・ジョージ・ワシントン大学(George Washington University)。写真出典

  • 国:米国
  • 成長国:インド
  • 研究博士号(PhD)取得:インドの全インド医科大学
  • 男女:男性
  • 生年月日:不明。仮に1957年1月1日生まれとする。1984年の研究博士号(PhD)取得を27歳とした
  • 現在の年齢:60 歳?
  • 分野:生化学
  • 最初の不正論文発表:2004年(47歳)?
  • 発覚年:2012年(55歳?)
  • 発覚時地位:ジョージ・ワシントン大学・教授、学科長
  • ステップ1(発覚):第一次追及者は不明。ジョージ・ワシントン大学に通報したと思われる
  • ステップ2(メディア): 「撤回監視(Retraction Watch)」、「パブピア(PubPeer)」
  • ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①ジョージ・ワシントン大学・調査委員会。調査結果を未発表。②「J Biol Chem.」「Molecular Endocrinology」などの学術誌編集局。③研究公正局? ④裁判所
  • 不正:ねつ造・改ざん
  • 不正論文数:撤回論文は3報。訂正論文は6報。
  • 時期:研究キャリアの中期から
  • 結末:辞職なし
Rakesh Kumar3
左から右:クマール学科長、アーロン・チカノーバー(Aaron Ciechanover、2004年ノーベル賞受賞者)、フェリド・ムラド(Ferid Murad、1998年ノーベル賞受賞者)。写真出典

●2.【経歴と経過】

主な出典:SELECTBIO – Drug Discovery India 2016 Speaker Biography

  • 生年月日:不明。仮に1957年1月1日生まれとする。1984年研究博士号(PhD)取得を27歳とした
  • 1984年(27歳?):インドの全インド医科大学(All India Institute of Medical Sciences)で研究博士号(PhD)を取得
  • 1986-1988年(29-31歳?):米国・スローン・ケタリング記念癌研究所(Memorial Sloan-Kettering Cancer Center)でポスドク
  • 1988-2009年(31-52歳?):米国・スローン・ケタリング記念癌研究所(Sloan-Kettering Cancer Center)、 ペンシルヴァニア州立大学医科大学院(Penn State University College of Medicine)、テキサス州立大学MDアンダーソンがんセンター(University of Texas MD Anderson Cancer Center)に所属,
  • 2009年3月(52歳?):米国・ジョージ・ワシントン大学・教授。生化学/分子医学科・学科長(Chairman of the Department of Biochemistry and Molecular Medicine)
  • 2012年(55歳?):ジョージ・ワシントン大学は研究ネカトでラケシュ・クマール研究室の調査を始めた
  • 2013年8月5日(56歳?):クマールの論文が撤回された。撤回論文の1つ目(全部で3論文)
  • 2014年(58歳?):クマールの停職処分、院生指導禁止、学科長罷免
  • 2015年1月23日(59歳?):クマールはジョージ・ワシントン大学の不当な扱いに対して、800万ドル(約8億円)の損害賠償を裁判所に訴えた
  • 2016年8月17日(60歳?):クマールとジョージ・ワシントン大学の示談が成立した。示談内容は秘密とされた

●5.【不正発覚の経緯と内容】

KNL-04-01-2016-Rakesh2012年(55歳?)、ジョージ・ワシントン大学は研究ネカトでラケシュ・クマールの調査を始めた。発覚の経緯は不明である。パブピアの指摘に大学が自主的に動いた可能性を考えたが、パブピアの指摘は2013年の夏に始まったので、別ルートだろう。

2013年8月5日、「2012年2月のJ Biol Chem.」論文が撤回された。最初の撤回論文である。

2013年8月26日、「撤回監視(Retraction Watch)」は、「2012年2月のJ Biol Chem.」論文の撤回を報道した。この時、ジョージ・ワシントン大学が研究ネカトの調査をしているという報道をしていない。

★「2012年2月のJ Biol Chem.」論文

最初の撤回論文である「2012年2月のJ Biol Chem.」論文を閲覧してみよう。パブメドでは撤回の月日が2013年8月5日ではなく9月6日になっている。

撤回論文

2013年8月16日、パブピアのPeer 1が指摘したことを、2015年4月19日にPeer 3が図としてまとめてくれたのが下図である。画像をクリックすると大きくなる。(PubPeer – Mechanism of MTA1 protein overexpression-linked invasion: MTA1 regulation of hyaluronan-mediated motility receptor (HMMR) expression and function)。EGgLFDF

同じ色で囲った写真は別々の試料なのに同じ写真を使いまわしている。ねつ造・改ざんである。

例えば、図8B(右上)の蛍光抗体の染色細胞像は、背景が黒くて何が映っているかわかりにくいが(大きくするとわかる)、図8D(左下)の染色細胞像と同じである。3つの画像は、別の論文にも使いまわしている。

★「2007年の Molecular Endocrinology」論文

2013年8月26日の「撤回監視(Retraction Watch)」は、クマールが6論文で「訂正」をしたことも報じていた。「訂正」論文は、以前に所属していたテキサス州立大学MDアンダーソンがんセンター(University of Texas MD Anderson Cancer Center)時代の研究成果である。

「訂正」の1例を挙げると、「2007年の Molecular Endocrinology」論文の図3Hと図7Aを以下に変えた。

mol-endo1_gif

しかし、パブピアのPeer 1: ( December 31st, 2013 5:08pm UTC )の指摘によれば、図1Aの以下のバンドは別々の試料なのに、同一である(PubPeer – Estrogen induces expression of BCAS3, a novel estrogen receptor-alpha coactivator, through proline-, glutamic acid-, and leucine-rich protein-1 (PELP1))。
kqKc8caこの論文には他にも同じバンドの使いまわしがいくつもあった。

結局、訂正で終わらないで、2014年8月24日に撤回された。

★クマールの処分と裁判

Rakesh Kumar22014年5月、ジョージ・ワシントン大学は、クマール研究ネカトで調査し、停職処分した。研究室の院生への指導を禁止し、別の教授に代わりに指導させた。

クマールは1人の院生(女性)には2011年以来指導していた。彼女への指導禁止は、彼には「屈辱的で、苦痛で、ダメージ」だった。

2014年7月23日、クマールは学科長を罷免された。

2015年1月23日、ジョージ・ワシントン大学の研究ネカトの調査手順に、学科長罷免の規定はない。テニュア(終身在職権)を持つ学科長の罷免は不当だと、800万ドル(約8億円)の損害賠償をジョージ・ワシントン大学に求め、クマールは、裁判所(D.C. Superior Court)に訴えた。
→ 「撤回監視(Retraction Watch)」サイトにリンクされた裁判記録

申し立てによると、ジョージ・ワシントン大学は契約を破り、クマールのプライバシーを侵害し、「研究ネカトの光の中にさらし」たと、ジョージ・ワシントン大学を訴えた。損害の800万ドル(約8億円)とは別に、訴訟費用も要求した。

ジョージ・ワシントン大学が研究ネカト調査情報を漏えいしたために、240万ドル(約2億4千万円)の外部研究費を失ったと、クマールは訴えた。

thaler_paul_new_webクマールが雇った弁護士は、やり手のポール・ターラー(Paul Thaler、写真出典)だった。ターラーは、研究ネカトの法的処理で25年の経験がある。別のアガワル事件で、アガワルの弁護士にもなっていた。
→ 「バラット・アガワル(Bharat Aggarwal)(米)」

クマールは、大学警察がロス・ホールで学科会議中のクマールに同行を求めたために、大きな精神的苦痛を被り、自分の科学研究が継続できなくなった。クマールは、ジョージ・ワシントン大学が「邪悪な動機」と「悪意」で行動していると主張した。

裁判記録には、「ジョージ・ワシントン大学の大学警察が学科会議中のクマール博士に同行を求めたことは、学科教員の皆に知られる状況で行なわれ、取り返しがつかないほど、クマール博士の評判を損った」と書いてある。

研究ネカトの情報漏えいのため、クマールは他大学への移籍も失敗した。ジョージ・ワシントン大学が昇進の約束をしていたのに、それも拒まれた。

3e25565記者が、ジョージ・ワシントン大学のスポークスウーマンであるキャンダス・スミス(Candace Smith、写真出典)にコメントを求めた。

キャンダス・スミスは、大学は係争中の訴訟ではコメントをしないが、「申し立ては、論争の原告側の主張だけを反映しています。論争が法廷の場に持って行かれたので、ジョージ・ワシントン大学は法廷の場で対応します」と、記者にメールしてきた。

2015年4月、クマールは、問題視された画像のある3論文を撤回した。

しかし、クマールは、研究ネカトは、研究室の若者が行なったことで、クマール自身が実行したことも、告発されたこともないと述べている。

2016年8月17日、【主要情報源】③の報道によると、クマールとジョージ・ワシントン大学は示談で問題を解決したとある。示談の内容は秘密だそうだ。

事実として、クマールは解雇(辞職)されていない。大学は調査報告書を発表していない。

●6.【論文数と撤回論文】

2016年8月30日現在、パブメド(PubMed)で、ラケシュ・クマール(Rakesh Kumar)の論文を「Rakesh Kumar [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、1998年の論文が1報と2002~2016年の15年間の1091論文がヒットした。

論文タイトルから考え、この記事で記述しているラケシュ・クマール(Rakesh Kumar)とは別人の論文が多数含まれている印象だ。

所属をジョージ・ワシントン大学にした「(Rakesh Kumar [Author]) AND George Washington University[Affiliation]」で検索すると、2009~2016年の8年間の58論文がヒットした。

2016年8月30日現在、上記の58論文リストには撤回論文はない。「撤回監視(Retraction Watch)」の指摘では3報の撤回論文がある。それらは以下の論文だ。

  1. Metastasis-associated protein 1 deregulation causes inappropriate mammary gland development and tumorigenesis.
    Bagheri-Yarmand R, Talukder AH, Wang RA, Vadlamudi RK, Kumar R.
    Development. 2004 Jul;131(14):3469-79.
    Retraction in:
    Development. 2015 Apr 1;142(7):1388.
    PMID:15226262
  2. Mechanism of MTA1 protein overexpression-linked invasion: MTA1 regulation of hyaluronan-mediated motility receptor (HMMR) expression and function.
    Sankaran D, Pakala SB, Nair VS, Sirigiri DN, Cyanam D, Ha NH, Li DQ, Santhoshkumar TR, Pillai MR, Kumar R.
    J Biol Chem. 2012 Feb 17;287(8):5483-91. doi: 10.1074/jbc.M111.324632. Epub 2011 Dec 27.
    Retraction in:
    J Biol Chem. 2013 Sep 6;288(36):26177.
    PMID:22203674
  3. Estrogen induces expression of BCAS3, a novel estrogen receptor-alpha coactivator, through proline-, glutamic acid-, and leucine-rich protein-1 (PELP1).
    Gururaj AE1, Peng S, Vadlamudi RK, Kumar R.
    Mol Endocrinol. 2007 Aug;21(8):1847-60. Epub 2007 May 15.

●7.【白楽の感想】

《1》クマールと大学の示談の推察

Kumarクマールと大学は示談した。示談内容は秘密である。

事実として、クマールは解雇(辞職)されていない。大学は調査報告書を発表していない。

何がどう進行し決着したのか、外部にはわからない。大学は、クマールに損害金を払ったのかどうかもわからない。

ただ、大学は調査報告書を発表していない。研究ネカト調査結果を終了しないでクマールを停職処分、院生指導禁止、学科長降格をした。これはマズいでしょう。調査の結果、シロとでたらどうするんだ? クロが確実なら、公表しないのはおかしい。学長・副学長の大学運営の失敗に思える。だから、クマールに訴えられたのだろう。

そして、クマールが雇った弁護士ポール・ターラーが優秀で、ジョージ・ワシントン大学のヘマを突いたのだと、白楽は推察する。

大学は、クマールの研究ネカト調査をヤメたのだろうか? もしそうなら、調査をヤメることは研究公正局から了解を得たのだろうか? しかし、クマールは研究室の若者が実行したと述べているから、研究ネカトはあったのだ。

どうする?

●8.【主要情報源】

① 2013年8月26日以降のアイヴァン・オランスキー(Ivan Oransky)の「撤回監視(Retraction Watch)」記事群:rakesh kumar Archives – Retraction Watch at Retraction Watch保存版
② 2015年2月5日のエヴァ・パルマー(Eva Palmer)の「GW Hatchet」記事:Former department chair sues University for $8 million – The GW Hatchet保存版
③ 2016年8月17日のレベッカ・トレイガー(Rebecca Trager)の「Chemistry World」記事:Biochemist settles $8 million case against his university | News | Chemistry World保存版
④ 「パブピア(PubPeer)」のラケシュ・クマール(Rakesh Kumar)記事群:PubPeer – Results for Rakesh Kumar
Eva Palmer | Assistant News Editor Issue: February 5,
⑤ 裁判資料(しっかり読んでいない):(1)http://retractionwatch.com/wp-content/uploads/2015/02/kumar-GW-lawsuit.pdf保存版
(2) http://retractionwatch.com/wp-content/uploads/2015/05/kumar-appointment-letter.pdf保存版
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

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