タカオ・タカハシ、高橋孝夫(Takao Takahashi)(米)

ワンポイント:米国で事件を起こし日本に帰国した医師・論文博士

【概略】
takahashi_sタカオ・タカハシ、高橋孝夫(Takao Takahashi、写真出典)は、2002年6月‐2004年6月(35‐37歳)、米国のテキサス大学・サウスウェスタン・メディカルセンター(University of Texas Southwestern Medical Center)のアディ・ガズダー(Adi Gazdar)研究室のポスドクだった。

元々、岐阜大学の医師で専門は消化器癌外科だった。米国・留学先のアディ・ガズダー教授の専門はがんの分子生物学である。

2012年8月(45歳)、岐阜大学・講師になっていたが、米国のテキサス大学から岐阜大学に、高橋孝夫の米国滞在中の研究成果を基にした論文に研究ネカトがあるとの通報があった。岐阜大学が調査を開始した。

2014年12月19日(47歳)、米国・研究公正局は、高橋孝夫の2004‐2010年の4論文にデータねつ造・改ざんがあったと発表した。

2015年3月20日、岐阜大学は、高橋孝夫を停職6か月の懲戒処分にした。

  • 国:米国
  • 成長国:日本
  • 研究博士号(PhD)取得:岐阜大学。論文博士
  • 男女:男性
  • 生年月日:不明。仮に、1967年1月1日とする
  • 現在の年齢:50 歳?
  • 分野:がん学
  • 最初の不正論文発表:2004年(37歳?)
  • 発覚年:2012年(45歳)
  • 発覚時地位:岐阜大学・講師
  • 発覚:
  • 調査:①米国のテキサス大学・サウスウェスタン・メディカルセンター・調査委員会。2012年~2014年②米国・研究公正局。~2014年12月19日。③岐阜大学・調査委員会。
  • 不正:ねつ造・改ざん
  • 不正論文数:4報。撤回論文は7報
  • 時期:研究キャリアの初期から
  • 結末:米国で3年間研究費申請不可の調停に合意した。岐阜大学停職6か月

SWMedicalCenter-640v4n3prcdwmgp3fifgezcvd0z3v739lqe8l81iymyテキサス大学・サウスウェスタン・メディカルセンター (University of Texas Southwestern Medical Center)。写真出典

【経歴と経過】

  • 生年月日:不明。仮に、1967年1月1日とする
  • 1991年(24歳?):岐阜大学医学部を卒業。医師免許
  • 2001年1月7日(34歳):研究博士号(PhD)取得。論文博士。論文タイトル「Identification of frequent impairment of the mitotic checkpoint and molecular analysis of the mitotic checkpoint genes,hsMAD2 and p55CDC,in human lung cancers」
  • 2002年4月(35歳):岐阜大学医学部・助手。消化器外科
  • 2002年6月‐2004年6月(35‐37歳):米国のテキサス大学・
    サウスウェスタン・メディカルセンター(University of Texas Southwestern Medical Center)・のアディ・ガズダー(Adi Gazdar)研究室に2年間ポスドクとして留学
  • 2005年(38歳):岐阜大学医学部・助手。消化器外科
  • 2008年(41歳):岐阜大学医学部・講師。消化器外科
  • 2014年12月19日(47歳):米国・研究公正局は、高橋孝夫の2004‐2010年の4論文にデータねつ造・改ざんがあったと発表した
  • 2015年3月(48歳):岐阜大学が、高橋孝夫を6か月の停職処分にした

【研究内容】

米国のテキサス大学・サウスウェスタン・メディカルセンター(University of Texas Southwestern Medical Center)のアディ・ガズダー(Adi Gazdar)研究室は、がんの発症メカニズムの分子生物学を研究していた。特に、がん抑制遺伝子のメチル化を研究していた。

高橋孝夫は、この研究プロジェクトに組み込まれた。

「DNAメチル化異常と発がんの関係」を国立がん研究センター研究所のサイトから引用しよう(DNAメチル化異常と発がんの関係 < < 分子診断・個別化医療開発グループ エピゲノム解析分野 <<

正常な細胞には、細胞が増える際に働くアクセル遺伝子(がん遺伝子)と細胞が増えるのを止めるブレーキ遺伝子(がん抑制遺伝子)がある。がん遺伝子の遺伝情報が変化する(突然変異など)と、がん遺伝子が働きっぱなしになる場合がある。また、がん抑制遺伝子に突然変異が入ったり、遺伝子自体がなくなってしまう(染色体欠失)と、がん抑制遺伝子が働けなくなる。どちらの場合も細胞の異常な増殖を引き起こす原因となる。

1990年代に入って、突然変異や染色体欠失に加えて、DNAメチル化異常によりがん抑制遺伝子が不活化されることが知られるようになった。現在まで、様々ながんで、多くのがん抑制遺伝子がDNAメチル化異常により使えない状態になっていることが報告されている。胃がんなどの一部のがんでは、がん抑制遺伝子がDNAメチル化異常によって不活化される場合の方が、突然変異や染色体欠失によって不活化される場合よりも多い。

愛知県がんセンター研究所・分子腫瘍学部の近藤豊 (Yutaka Kondo)の「がん細胞を制御するエピジェネティクス」も参考になるだろう → DOJIN NEWS / Review

【不正発覚・調査の経緯】

★不正の発覚・調査の経緯

不明点が多い。

テキサス大学・調査報告書と岐阜大学・調査報告書は公表されていない。【主要情報源③】を中心に述べる。

lab-photo2002年6月(35歳)、高橋孝夫は、岐阜大学医学部・消化器外科の助手から、米国のテキサス大学・サウスウェスタン・メディカルセンター(University of Texas Southwestern Medical Center)のアディ・ガズダー(Adi Gazdar、右写真の前列中央)研究室に2年間ポスドクとして留学した。

ガズダー研究室では、正常な細胞と病気の細胞の遺伝子の働きの違いを検証する研究をし、多数の論文を発表した。

2004年6月(37歳)、高橋孝夫は帰国し、岐阜大学に復職した。

2012年8月、米国のテキサス大学から岐阜大学に、高橋孝夫が米国滞在中の研究成果を基にした論文に研究ネカトがあるとの通報があり、岐阜大学が調査を開始した。

2014年12月19日(47歳):米国・研究公正局は、高橋孝夫の2004‐2010年の4論文にデータねつ造・改ざんがあったと発表した

2015年3月、岐阜大学は、調査の結果、2004‐2010年に4論文中に、画像の一部を反転したり削除したりするなどの改ざんや画像の使いまわしなど、あわせて12か所にデータねつ造・改ざんがあったと発表した。

高橋孝夫は、「時間がない中で成果を出さねばならないプレッシャーに負けてしまった」と不正を認めている。

2015年3月20日、岐阜大学は、高橋孝夫(新聞報道では匿名)を停職6か月の懲戒処分にした。

★不正の具体的内容

不正はデータねつ造・改ざんで、一言で言えば「画像の修正と再使用」である。とてもポピュラ―な不正である。

「世界変動展望」というサイトに不正の具体的内容が一部、示されている(高橋孝夫(Takao Takahashi)岐阜大病院講師が論文4編の改ざんで停職6月! – 世界変動展望)。

「世界変動展望」の図と解説をそのまま拝借する。

ecec7bc6ea70ab1a7038389029537938上がNHK岐阜の放送(2015年3月20日)、

下は論文1論文2の画像で、論文が異なれば画像も異なるハズなのに、黄緑枠のバンドが同一である。つまり、再使用、つまり、データねつ造ということだ。
2b608efc23d05d39aaccb5bb776ee9b5

【論文数と撤回論文】

pic_takahashi_01パブメドhttp://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmedで、高橋孝夫(Takao Takahashi)の論文を「Takao Takahashi[Author]」で検索すると、2002年~2015年の14年間の200論文がヒットした。全部が当該者の論文ではないだろう。

2015年5月1日現在、7論文(2004‐2006年の6論文と2010年の1論文)が撤回されている。7論文全部、アディ・ガズダー(Adi Gazdar)が共著である。同じ研究不正者であるマコト・スズキ(Makoto Suzuki)とは6論文(2004‐2006年)が共著である。また、共著者に日本人名がとても多い。

  1. Aberrant methylation of heparan sulfate glucosamine 3-O-sulfotransferase 2 genes as a biomarker in colorectal cancer.
    Tokuyama Y, Takahashi T, Okumura N, Nonaka K, Kawaguchi Y, Yamaguchi K, Osada S, Gazdar A, Yoshida K.
    Anticancer Res. 2010 Dec;30(12):4811-8.
    Retraction in: Anticancer Res. 2012 Nov;32(11):5138.
  2. Methylation of apoptosis related genes in the pathogenesis and prognosis of prostate cancer.
    Suzuki M, Shigematsu H, Shivapurkar N, Reddy J, Miyajima K, Takahashi T, Gazdar AF, Frenkel EP.
    Cancer Lett. 2006 Oct 28;242(2):222-30. Epub 2006 Feb 3. Retraction in: Cancer Lett. 2015 Apr 28;360(1):87.
  3. Aberrant promoter methylation of multiple genes during multistep pathogenesis of colorectal cancers.
    Takahashi T, Shigematsu H, Shivapurkar N, Reddy J, Zheng Y, Feng Z, Suzuki M, Nomura M, Augustus M, Yin J, Meltzer SJ, Gazdar AF.
    Int J Cancer. 2006 Feb 15;118(4):924-31.
    Retraction in: Int J Cancer. 2013 Jan 15;132(2):499.
  4. Aberrant methylation of Reprimo in human malignancies.
    Takahashi T, Suzuki M, Shigematsu H, Shivapurkar N, Echebiri C, Nomura M, Stastny V, Augustus M, Wu CW, Wistuba II, Meltzer SJ, Gazdar AF.
    Int J Cancer. 2005 Jul 1;115(4):503-10.
    Retraction in: Int J Cancer. 2013 Jan 15;132(2):498.
  5. Aberrant methylation of Reprimo in lung cancer.
    Suzuki M, Shigematsu H, Takahashi T, Shivapurkar N, Sathyanarayana UG, Iizasa T, Fujisawa T, Gazdar AF.
    Lung Cancer. 2005 Mar;47(3):309-14.
    Retraction in: Lung Cancer. 2014 Aug;85(2):337.
  6. Aberrant methylation profile of human malignant mesotheliomas and its relationship to SV40 infection.
    Suzuki M, Toyooka S, Shivapurkar N, Shigematsu H, Miyajima K, Takahashi T, Stastny V, Zern AL, Fujisawa T, Pass HI, Carbone M, Gazdar AF.
    Oncogene. 2005 Feb 10;24(7):1302-8.
    Retraction in: Oncogene. 2014 May 22;33(21):2814.
  7. DNA methylation profiles of lymphoid and hematopoietic malignancies.
    Takahashi T, Shivapurkar N, Reddy J, Shigematsu H, Miyajima K, Suzuki M, Toyooka S, Zöchbauer-Müller S, Drach J, Parikh G, Zheng Y, Feng Z, Kroft SH, Timmons C, McKenna RW, Gazdar AF.
    Clin Cancer Res. 2004 May 1;10(9):2928-35.
    Retraction in: Clin Cancer Res. 2013 Jan 1;19(1):307.

なお、米国・研究公正局が高橋孝夫(Takao Takahashi)の不正だと指摘した論文は以下の4報(2004‐2010年)で、高橋孝夫(Takao Takahashi)の第一著者が3報、第二著者が1報である。4報とも上記にリストされている。

  1. Takahashi, T., Shivapurkar, N., Reddy, J., Shigematsu, H., Miyajima, K., Suzuki, M., Toyooka, S., Zöchbauer-Müeller, S., Drach, J., Parikh, G., Zheng, Y., Feng, Z., Kroft, S.H., Timmons, C., McKenna, R.W., & Gazdar, A.F.
    “DNA methylation profiles of lymphoid and hematopoietic malignancies.” Clin Cancer Res. 10(9):2928-35, 2004 May 1 (hereafter referred to as “CCR 2004″); Retraction in: Clin Cancer Res. 19(1):307, 2013 Jan 1
  2. Takahashi, T., Suzuki, M., Shigematsu, H., Shivapurkar, N., Echebiri, C., Nomura, M., Stastny, V., Augustus, M., Wu, C.W., Wistuba, I.I., Meltzer, S.J., & Gazdar, A.F.
    “Aberrant methylation of Reprimo n human malignancies.” Int J Cancer 115(4):503-10, 2005 Jul 1 (hereafter referred to as “IJC 2005″); Retraction in: Int J. Cancer 132(2):498, 2013, Jan 15
  3. Takahashi, T., Shigematsu, H., Shivapurkar, N., Reddy, J., Zheng, Y., Feng, Z., Suzuki, M., Noomura, M., Augustus, M., Yin, J., Meltzer, S.J., & Gazdar, A.F.
    “Aberrant promoter methylation of multiple genes during multistep pathogenesis of colorectal cancers.” Int J Cancer 118(4):924-31, 2006 Feb 15 (hereafter referred to as “IJC 2006″); Retraction in: Int J Cancer 132(2):499, 2013 Jan 15
  4. Tokuyama, Y., Takahashi, T., Okumura, N., Nonaka, K., Kawaguchi, Y., Yamaguchi, K., Osada, S., Gazdar, A., & Yoshida, K.,
    “Aberrant methylation of heparan sulfate glucosamine 3-O-sulfotransferase 2 genes as a biomarker in colorectal cancer.” Anticancer Res. 30(12):4811-8, 2010 Dec (hereafter referred to as “AR 2010″); Retraction in: Anticancer Res. 32(11):5138, 2012 Nov.

【事件の深堀】

★事件化が遅すぎるのは?

dr_03高橋孝夫は、2002年6月‐2004年6月に米国に留学している。その間の研究を基に出版した2004‐2006年の3論文と2010年の1論文が高橋孝夫がねつ造・改ざんをした不正論文だと認定された。

2012年8月、高橋孝夫の帰国から8年2か月も経過して、米国のテキサス大学は、岐阜大学に研究ネカトの調査を依頼した。その4か月後の2012年12月に、最初の論文が撤回されている。そして、その2年後の2014年12月19日に米国・研究公正局の報告書が発表されている。

2004年6月に米国から帰国後、高橋孝夫は、8年2か月、岐阜大学で真面目(推定)に勤務していた。それが、ある日突然、音を立てて崩れていく。8年2か月の間、さらに進めた研究、指導された学生・院生、治療された患者はかなりの数に及ぶだろう。事件化が遅すぎて、社会システムとしておかしくないか?

★誰がどのようにデータねつ造に気が付いたのか?

2012年8月に調査の依頼がきたということは、その半年前くらいに、データねつ造・改ざんの疑念が発生したのだろう。

最新の不正論文は、調査以来の1年8か月前の2010年12月の「Anticancer Res」論文である。日本に帰国した高橋孝夫が米国留学先のボスであるガズダーを共著にした論文だ。

2010年12月に出版された論文を見て、テキサス大学の誰かが画像の不正に気が付いたのだろう。そして、高橋孝夫のテキサス大学・ガズダー研究室の過去の論文を洗い出したのだろう。洗い出した結果、2004‐2006年の3論文に不正画像を見つけた。

この時、他の論文にも不正画像を見つけ、調査を進めた。すると、不正実行者は高橋孝夫だけではなかった。同時期にガズダー研究室に滞在した日本人研究者(マコト・スズキ、鈴木実(Makoto Suzuki))も不正実行者だったのだ。

2014年、研究公正局は、高橋孝夫と鈴木実の両名をクロと報告している。なお、鈴木実は別の記事に書いた。

★ボスのガズダーおよび研究室員はどうしてデータねつ造に気が付かないのか?

世界変動展望」が示した具体例では2005年7月論文の画像が2006年2月論文に再使用されている。両方とも高橋孝夫が第一著者である。画像の再使用は一目瞭然で、隠ぺいする工夫や操作がない。

だから、当時(2006年2月論文の原稿作成時)、11人もいる共著者の誰かが少し真面目に論文を読めば、画像の再使用にすぐ気が付くハズだ。原稿をジャーナルに投稿する前に気が付くだろう。

それがなかったということは、11人もいる共著者の誰もが、ボスのアディ・ガズダー(Adi Gazdar)教授を含め、原稿作成時、自分の論文だというのに真面目にチェックしなかったということだ。

イヤ、そうではないかもしれない。以下は妄想である。

15476_web当時、ボスのアディ・ガズダー(Adi Gazdar、写真出典)教授は知っていたのではないだろうか?

ガズダー研究室では、画像の使い回しが黙認されていたのではないだろうか? 公式に聞けば否定されただろうが、「まあ、適当に使い回していいんじゃない」と、安易に考えていた研究室ではないだろうか。

それが、時代が変わって、研究ネカトが厳密にチェックされるようになった。その変化を察知して、ガズダー教授は自分の身を守るために、2012年、昔の仲間を売ったのではないだろうか? 研究室の誰かに、高橋孝夫の論文に画像の使い回しがあるのと気付かせるのは、簡単だ。

というようなことはないでしょうね。以上は妄想ですよ、妄想ですって。

★なぜ、岐阜大学が8年以上前の米国留学中の調査をしたのか?

ここで挙げた研究ネカトは、高橋孝夫が米国のテキサス大学に在籍中の行為だ。だから、米国のテキサス大学が調査し、米国・研究公正局が調査した。米国・研究公正局の2014年12月19日付けの報告書にもそう書いてあり、岐阜大学の調査など一言も触れていない。

岐阜大学は、「3年前、留学先の研究室から通報があり大学で調査をしていました」と述べている(岐阜大学講師研究不正で停職 – NHK岐阜県のニュース)。

調査の結果、「アメリカに留学して研究していましたがその成果をまとめた医学関係の4本の論文で不正を行っていたと言うことです」は、しかし、岐阜大学の調査結果としておかしくないか?

3年間、何をどう調査していたのだろうか? テキサス大学と米国・研究公正局の「調査結果を待っていた」だけではないのだろうか? 米国留学中の件はテキサス大学と米国・研究公正局に任せ、岐阜大学での研究ネカトを調査するのが本来の調査でしょうに。岐阜大学での論文については一言も述べていない。

なんか、オカシイ。ニュース記事なので省略されているのかもしれないが・・・。

★岐阜大学は、岐阜大学での論文を調査していないのか?

2012年8月に米国から指摘されて、岐阜大学は米国がらみの論文だけを調査したようだが、他の論文に研究ネカトの可能性はないのか?

2004年6月に米国から帰国後、8年2か月も経過して、2012年8月、不正と指摘されるまで不正と知らなければ、8年2か月の間、人間は同じことをするハズだ。不正と知っていても、この程度なら構わない、バレないと、人間は同じ不正をするハズだ。

岐阜大学は、高橋孝夫の米国から帰国後の研究論文を調査したのだろうか? また、米国渡航前の論文も調査したのだろうか? 調査したという記述が見当たらない。

どうもヘンだ。

【防ぐ方法】

《1》 日本でOKでも米国で違反

日本人が米国で起こした事件である。

経験と知識と勘で言うと、欧米で研究する時、「欧米での研究規範・研究スタイル」を知らない危険な日本人研究者たちがいる。

研究規範で言えば、「日本の常識、世界の非常識」という部分がある。一般的に、日本では研究規範教育がされていないし軽く扱われている。医師の場合、研究そのものの訓練が貧弱なケースもある。

だから、予防の第一は、日本の研究規範レベル全体を欧米並みに引き上げておくことだ。

このことはすぐには達成できないので、予防の第二策を考える。

第二策は、ポスドクとして欧米に渡る前に、当面の間、大学・研究機関は、研究規範に関する特別研修(電子版でも良い)を制度として義務づけることだろう。特に医師の場合、必修にすべきだ。研究不正の発覚による本人及び日本の所属大学・研究機関のダメージは、相当大きいことを肝に銘じたほうがよい。

【白楽の感想】

《1》「一事不再理」?

日本の法律では「一事不再理(いちじふさいり)」という決まりがある。

ある刑事事件の裁判について、確定した判決がある場合には、その事件について再度、実体審理をすることは許さないとする刑事訴訟法上の原則。根拠は憲法39条とされ、刑事訴訟法337条、338条、340条に具体例がみられる。(一事不再理 – Wikipedia

米国で研究ネカトをし、米国では処分された事件である。それを、日本で再び処分する権利があるのだろうか?

なお、『刑法』第3条に、国外において日本国民が犯した犯罪について、どういう犯罪を処罰することが出来るかが規定されている。

第三条 この法律は、日本国外において次に掲げる罪を犯した日本国民に適用する。
三 第百五十九条から第百六十一条まで(私文書偽造等、虚偽診断書等作成、偽造私文書等行使)及び前条第五号に規定する電磁的記録以外の電磁的記録に係る第百六十一条の二の罪
十四 第二百四十六条から第二百五十条まで(詐欺、電子計算機使用詐欺、背任、準詐欺、恐喝、未遂罪)の罪

法律上、日本人が米国で犯した研究ネカトは、日本でも処罰できるようだ。

そもそも、「一事不再理(いちじふさいり)」は、米国での処罰には適用されない。

日本の国内法においては、他国の裁判所で無罪が確定している事件を日本で訴追することは一事不再理の範囲に含まれず、あくまで日本の裁判所において無罪が確定していることが必要である。(一事不再理 – Wikipedia

しかし、日本人が米国で犯した研究ネカトを、日本でも処罰するのは妥当だろうか?

英語で既に「報道刑」が科されている。日本でもそれを受けてブログや記事が作られるので、日本語でも「報道刑」が科される。

日本で「3年間の研究費申請不可」程度が妥当で、岐阜大学が、高橋孝夫を停職6か月の懲戒処分にしたのはヤリスギだと思う。

《2》研究公正局のペナルティは外国人には無力

米国のポスドクとして研究ネカトをした場合、生命科学だと米国・NIHからポスドク経費が支給されていることが多い。この場合、米国・研究公正局が調査に入り、クロの場合、実名報告され、数年間の米国政府関連の業務や研究費申請ができない(「申請不可」:Voluntary Settlement Agreement)。高橋孝夫は、2014年8月26日から3年間の「申請不可」を承諾している。

しかし、この「申請不可」処分は日本に帰国した日本人には、ほとんど効力がない。高橋孝夫にとって、痛くもかゆくもないだろう。日本人が日本から米国・NIHに研究費を申請することはとてもマレである。「申請不可」処分を科されなくても、申請しないだろう。

日本人にとって苦痛なのは、米国で実名で報告された「報道刑」、岐阜大学からの停職6か月の懲戒処分、日本のメディアでの「報道刑」だろう。

研究費申請ができない「申請不可」は、米国人には研究者としてキャリア―を積むのをあきらめさせるほどの効力があるが、日本人を含め外国人にはほとんど効果がない。米国はこのことをもっと良く考えるべきだ。

ただ、米国・研究公正局が科せる処罰には何があるだろうか? 研究公正局は、NIHが研究助成した研究の研究公正をウンヌンする権限しかないので、逮捕・投獄などはできない。訴追もできない。研究助成しないという処罰になってしまう。

800px-Sen_Chuck_Grassley_official[1]コロンビア大学名誉教授のドナルド・コーンフェルド(Donald S.Kornfeld) はに、「チャック・グラスリー(Chuck Grassley)上院議員なら、不正に関連した研究費を研究助成機関に返還するよう大学に要求すべきだ、と言うに違いない」とコメントしている(【主要情報源①】の2014年9月18日)。

グラスリー上院議員は右の写真、ドンピョウ・ハン(Dong-Pyou Han)を参照。

白楽は、「返せばいいんだろう」では不十分だと思う。

研究費支給に際して審査した費用、不正の調査費用などの経費がかかっている。それに、罰金を科す意味を含め、支給額の「倍返し」、つまり、支給総額の2倍の返還を課すことを提案したい。なお、支給総額が10億円などの場合は、「倍返し」はヤリスギなので、支給総額が2千万円以上の場合は、「支給総額+2千万円」とする。つまり、不正と判定されると、1件で最低2千万円の特別支出があるということになる。2千万円が少なければ5千万円でもいい。

そうすれば、研究機関は、研究ネカト対策に本腰を入れるだろう。税金を払っている国民の不満も和らぐ。それに、そもそも、「支給総額+2千万円」または「倍返し」の処置は、社会的に公正と思える。

《3》研究記録の保存期間5年は短かすぎる

米国滞在中の研究記録はどうなっているのか? 日本語で記録していたのか、英語で記録していたのか? それとも記録していなかったのか?

米国のテキサス大学は、岐阜大学に研究ネカトの調査を依頼したのは、テキサス大学に生データや研究記録が残っていなかったからだろう。それでも、論文は出版されているので、論文中の図が不正であることは明白だ。研究室の誰がその図を提供したかもすぐにわかるだろう。しかし、生データや研究記録が残っていなかったのだろう。

一般に、研究記録のあり方を大きな問題としないが、どのような形の記録をつけ、どう保存するのか? 基準がない。基準を決めるべきだろう。

保存期間に関しては、通常の保存期間が5年間だとすると、今回は、保存期間は過ぎている。一生保存に変えるべきだろう。

【主要情報源】
① 2014年9月18日のリトラクチョン・ウオッチ(Retraction Watch)の記事:Former UT-Southwestern cancer researchers faked data in 10 papers: ORI – Retraction Watch at Retraction Watch
② 2014年12月19日、研究公正局のケースサマリー:Case Summary: Takahashi, Takao | ORI – The Office of Research Integrity
③ 2015年3月21日、NHK岐阜県のニュース:岐阜大学講師研究不正で停職 – NHK岐阜県のニュース