製薬企業:研究329(Study 329)、パクシル(Paxil)、グラクソ・スミスクライン(GlaxoSmithKline)(英)


2016年6月8日掲載、2016年6月25日形式修正。

ワンポイント:製薬企業の臨床試験データの改ざんで約3千億円の罰金を払ったが、1兆円強も売り上げた医薬品の長い話。なお、うつ病と診断されても医薬品を飲むのは要注意。

●1.【概略】

paxil-lawsuit世界規模の製薬企業(世界第6位、従業員約10万人)である英国のグラクソ・スミスクライン社(GlaxoSmithKline)が起こした研究データ改ざん事件である。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.研究内容
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文
7.白楽の感想
8.主要情報源
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1991年、英国のスミスクライン・ビーチャム社(SmithKline Beecham、2000年からグラクソ・スミスクライン社となる)がうつ病の治療薬としてパロキセチンを商品化した。

米国の臨床試験は1994年‐1997年に行なわれ、うつ病の治療薬「パクシル」の臨床試験データを改ざんし、「2001年のJAACAP」論文として発表した。

臨床試験名は「研究329」(Study 329)、医薬品の化学名が「パロキセチン」(Paroxetine)、商品名が日本や米国では「パクシル」(Paxil、容器写真出典)、欧州では「セロキザット(セロザット)」(Seroxat)、「デロキザット」(Deroxat)、「パロキザット」(Paroxat)などである。

それで、研究329事件、パロキセチン事件、パクシル事件などと呼ばれるが、同じ事件である。本記事では、混乱を避けるため、医薬品名としては、なるべくパロキセチンまたはパクシルを使い、セロキザットなどを使わないようにした。

このデータ改ざんで認可されたパロキセチンは1997 年-2006年に116億ドル(約1兆1,600億円)が売り上げられた。同社の全収益の約10分の1を生み出した。

一方、パロキセチンで、少なくとも450人が自殺し、600件の出産障害が報告された。

商品名「パクシル」は日本では2000年11月に薬価収載され、現在も販売されている(おくすり110番)。

アメリカで2012年、グラクソ・スミスクラインが30億ドルの罰金を支払うことになったのは、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)のパキシル(パロキセチン)の小児での有効性を示さず、自殺行動のリスク増加にかかわらず子供や青年への適応外用途をうたったことや、糖尿病治療薬のアバンディアのうっ血性心不全などの危険性についてデータを提出するのが遅れたため6年間警告表示が不足していたこと、抗うつ薬ウェルブトリンや抗てんかん薬のラミクタールを適応外用途でマーケティングしたことが理由である。これによってアメリカにおける罰金最高額となった。(出典:グラクソ・スミスクライン – Wikipedia

本記事では、上記の「パキシル(パロキセチン)」に絞って、データ改ざんの状況を記述する。

この事件の日本語解説はたくさん(3つ以上)あった。「武山祐三の日記」「かこのブログ」「グラクソ・スミス・クライン社の悪行」「パロキセチン – Wikipedia」「パキシル断薬を妨げる離脱症状【シャンビリ】」「橘玲の世界投資見聞録」の文章を本文に引用した。

GlaxoSmithKline_building,_London,_30_July_2007グラクソ・スミスクライン(GlaxoSmithKline)社。本社は英国の西ロンドン。写真出典:By Ian Wilson – Flickr, CC BY 2.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=39849373

  • 国:英国。本社がある英国に分類したが、世界企業である。改ざん事件は、米国で最も大きく問題視された
  • 集団名:グラクソ・スミスクライン社
  • 集団名(英語):GlaxoSmithKline
  • 事件人数:
  • 分野:製薬
  • 不正年:2001年
  • 発覚年:2002年
  • ステップ1(発覚):第一次追及者(詳細不明)は多数の薬害被害者で、被害をあちこちに訴えた
  • ステップ2(メディア): 英国の記者・シェリー・ジョフレとBBC放送、2002年-2007年。
  • ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ): ①英国の医薬品・医療製品規制庁、2002年11月-。②米国・食品医薬品局、2004年3月-。③ニューヨーク州最高裁判所、2004年6月-。④米国・司法省、2011年10月-。
  • 不正:改ざん
  • 不正論文数:1報。撤回されていない
  • 被害(者):少なくとも450人が自殺し、600件の出産障害
  • 結末:約3千億円の罰金。論文作成者は無処分?

●4.【日本語の解説】

日本語の解説が多数あり、それらを「修正」引用する。それで、事件の全体が詳細に理解できる。写真は白楽が加えた。

★2009年10月21日の武山祐三の日記:「抗うつ薬パキシルで重大な副作用発覚!」

出典:抗うつ薬パキシルで重大な副作用発覚!: 武山祐三の日記保存版

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写真出典:パキシルの減薬・断薬の成功方法(離脱症状の回避) – うつ病からの克服 | 薬剤師が明かす薬を飲まない治療ブログ

皆さん、愕くべきことが発覚しました。セロトニン再取り込み阻害剤で新型の抗うつ薬パキシル(グラクソ・スミスクライン社製)に重大な副作用が存在する事がメディアに発表されました。

最近の研究によってこのパキシルを始めとする新しい型の抗うつ薬SSRI(セロトニン再取り込み阻害型抗うつ薬)が薬としてそれほどの効能がない、という事実も判明しました。そもそも脳内物質であるセロトニンと鬱(うつ)との関係は薄い、という事なのです。

 これはどういう事でしょうか。SSRIは覚せい剤の一種である事は既に皆さん方にお知らせしました。私のメールマガジンで数年前にアメリカで発生した学生による銃乱射事件がパキシル等の抗うつ薬の副作用で発生した可能性をお知らせしました。また、長崎市長射殺事件も犯人が覚せい剤常習者である事も書きました。それがさらに重大な催奇性を持つ副作用が判明した事は、パキシルを代表とするSSRI型抗うつ薬が薬としての効果がない、というところまで判明したのです。

 パキシルの製造元はグラクソ・スミスクライン社です。この会社の名を聞いてすぐに気が付く人も多いでしょう。

何の根拠もなく私がこんな事を申し上げているのではありません。例の薬の副作用を追及している医薬ビジランスセンターを主宰する浜六郎医師が中心となって翻訳された、チャールズ・メダワー、アニタ・ハードン著「暴走するクスリ?=抗うつ剤と善意の陰謀」という著書がその根拠です。

 この著書を読まれたら、グラクソ・スミスクライン社が密かにこの抗うつ薬の注意書きを書き換え、副作用の確率を改竄している事に、何の抵抗意識もなく、ただ薬として売り上げを伸ばすことだけを追及する製薬会社である事に驚愕する事でしょう。

★2011年11月11日のフリーライターかこの:「パキシル承認試験の嘘」

出典:パキシル承認試験の嘘|精神医療の真実 フリーライターかこのブログ保存版

「正しい治療と薬の情報」2004年 Vol.19 №12 に浜六郎氏(医薬ビジランス研究所)の、パキシルの承認試験における興味深い論文が掲載されているので紹介する。

2例中2例死亡の結果を隠ぺい
 浜氏が取り上げているのは、パロキセチンの製造元、スミスクライン・ビーチャム製薬(この論文の書かれた平成12年当時はまだ合併の前である)の新薬承認情報集№47における実験結果についてである。つまり、この結果は製薬会社が行った実験結果ということだ。

 パロキセチンをサルへ4週間投与。
雌雄1匹ずつで3群。それぞれ体重1kgあたり4㎎、8㎎、20㎎を与えた。
結果、「4㎎/㎏群で雌雄各1例が投与24日目に突然死亡した」のである。

これは事実であり、実験結果をまとめた論文にもそれが一応は書かれているが、メーカー側がこの結果を問題視することはなかった。

実験は最初の2匹が死亡してしまったので、再現性を確認するため新たに雌雄各1例を追加して投与し、結果を示す表には、この新たに投与した雌雄の例だけが示されているのである。

これは明らかに、実験結果の意図的な操作であり、虚偽である。

 最初の「4㎎/㎏群」では2例中2例が死亡、100%の死亡であるはずだ。浜氏も、「これは完全なルール違反であり、追加をしたとしても、それなら「4例中2例死亡」と公表すべきである」と書いている。

 しかも、死亡した2例は解剖されることもなく、死因の究明もまったく行われていないのだ。

さらに、パロキセチンの小児、青年期うつ病を対象にした臨床試験では、自殺関連有害事象がプラシーボ群に比し、パロキセチン群に有意に多かっただけでなく、6か月めでの再発率は、プラシーボ群が23%に対して、パロキセチン群は36%。これは耐性が出現していることを強く示唆する現象であり、耐性の形成は依存につながるものである。

 一方、離脱症状の出現は、患者からの報告の多くで認められており、イギリス当局も当初離脱症状は0.2%で軽症としていたが、2003年7月、25%に訂正せざるを得ない状況となったのである。

 にもかかわらず、パキシルの添付文書にはいまだに次のような文言がある。
「投与中止により知覚障害、睡眠障害、不安、焦燥、興奮……等があるが、……これまで得られた情報からはこれらの症状は薬物依存によるものではないと考えられている。」

★2012年7月5日の「タイム Healthlandから By Alexandra Sifferlin」の記事:「グラクソ・スミス・クライン社の悪行」

出典:グラクソ・スミス・クライン社の悪行保存版

”研究329”と呼ばれる臨床試験では、パクシルを飲んだ患者93人のうち10人が自殺未遂しているのに対して、 偽薬を飲んだ患者では87人中わずか一人の自殺未遂しか出ていなかった。にも関わらず、グラクソ社は専門会社を使ってパクシルの危険性を否定する医学報告を用意させ、データを捏造して安全性を強調する試験結果をでっち上げ、2001年に子供の鬱治療に有効として発表した。

検察は、グラクソ社の販売幹部がこの報告書を利用して子供の鬱治療にパクシルを使うように販売促進活動をしていたと批判している。グラクソ社は”パクシル・フォーラム”と称して、精神科医を豪華なリゾートホテル、高価な食事、ヨット遊び、気球乗りに接待していた。

2003年ごろから、パクシルを飲んだ10代の若者から自殺者がぽつぽつ出始めていた。一方、食品医薬品局も”研究329”を読み事実を把握していた。2004年に政府は、グラクソ・スミス・クライン社に対してパクシルを販売する場合、10代の患者には自殺リスクがある由の警告を添付するように命令した。

★ウィキペディア日本語版:パロキセチン

出典:パロキセチン – Wikipedia

10年もの間、グラクソスミスクライン(GSK)は「依存性がない」としてパロキセチンを販売してきたが、それは多くの専門家ならびに、少なくとも1つの裁判によれば、事実に反していた。2001年、英国放送協会(BBC)は、世界保健機関がパロキセチンを薬物依存性があると報じた

Social Audit(社会監査)の代表であるチャールズ・メダワー(Charles Medawar)は次のように述べている。「この薬は長い間、安全で服用中止は簡単だと宣伝されてきた…依存症の原因となる耐えがたい離脱症候群を引き起こす事実は、患者、医師、投資家に知らされてこなかった。グラクソスミスクラインは、パロキセチンの認可が与えられた10年以上前からその問題を回避してきた。パロキセチンは大ヒットし同社の全収益の約10分の1を生み出している。同社は、長い間、消費者に対して「非依存性」だとパロキセチンを宣伝してきた。

イギリスでは2001年以来、パロキセチンが処方されていた人々を代表して訴訟が起こされた。彼らは、グラクソスミスクラインが患者情報を軽視したが、同薬に重篤な副作用があったと主張している。

2004年6月には、FDAはパキシルCRの「虚偽あるいは誇大な」テレビ広告に対応して、GSKに対する違反文書を公開した。

2008年10月、裁判所文書が公開され、GSK「および/あるいは研究者は、臨床試験の間、自殺の危険性のデータを抑制したか隠していた可能性がある」と記されていた。

2012年、アメリカ司法省(Justice Department)は、GSKが子供向けにパキシルを販売促進したことを含めた罪状を認め、GSKが30億ドルの罰金を支払うことを公表した。

★作者不詳:2013年8月以降のブログ記事「パキシル副作用と断薬体験記」

出典:パキシル断薬を妨げる離脱症状【シャンビリ】保存版

うつ病で病院に通うようになってから、パキシルに代表される抗うつ剤の副作用や離脱症状を経験し、また多くの人がそういった薬による症状で苦しんでいることを知りました。

シャンビリ」とは、パキシルを減薬または断薬するときに感じる、「シャンシャン」という耳鳴りと、「ビリビリ」という電気が流れるような感覚のことを言います。

すべての人がこういった症状を感じるわけではありませんが、ネットで調べてみるとシャンビリ体験者は意外に多く見られます。中には、シャンビリの症状がひどくて減薬がどうしてもできない、という人もいるようです

しかし不思議なことに、パキシルの製造元(グラクソ・スミスクライン社)では、こういったパキシル離脱症状があることを公式には発表していないんですね。どうしてなんでしょうね・・・?

また、「シャンビリ」の症状を医者に訴えても、「そんな症状は出ないはず」などとのたまう無理解な医者もいるようです。こんな医者に当たってしまったら、最悪ですね。

★2014年6月19日、作家・橘 玲(たちばな あきら)の「橘玲の世界投資見聞録」:製薬会社が「病」をつくり出し治療薬を売りさばく-論文捏造問題の背景にある肥大化したクスリ産業の闇–

出典:製薬会社が「病」をつくり出し治療薬を売りさばく-論文捏造問題の背景にある肥大化したクスリ産業の闇–[橘玲の世界投資見聞録]|| ザイオンライン保存版

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写真出典:向精神薬パキシル:浜松メンタルケアプランセンター スタッフブログ

GSKは、日本の“うつ病の壁”に挑戦することを決断し、1999年にパキシルを売り出す許可を得た。だがGSKが莫大な販促費を投じて京都に世界中の精神科医や研究者を集めたのは、新薬の宣伝のためではなかった。

GSKはパキシル販売のために、日本のうつ病の概念を変えようとしていたのだ。

日本ではそれまで、軽いうつは重度の躁うつ病とは区別され、「メランコリー」と呼ばれていた。日本では軽うつ(メランコリー)は病気ではく、望ましい性格と見なされたのだ。

 これに対して製薬会社は、「うつ病は治療が必要な病気だ」という大キャンペーンを張る。だがそれはきわめて巧妙で、ソフィスティケイトされたものだった。

GSKのうつ病啓発CMでは、女優の木村多江が「いつからですか? いつから我慢してるんですか?」と呼びかける。そして画面が変わり、「うつは1カ月、辛かったらお医者さんへ。それ以上我慢しないでください」というナレーションが流れる。

女優・木の実ナナが『私は、バリバリの「鬱」です』と告白する塩野義製薬の広告では、うつ病への理解促進とともに、新薬の臨床試験の被験者が募集された。

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出典:うつ薬の副作用が自殺?: 心に火を灯す!!灯庵整体

かつて日本にはアメリカのようなうつ病はなく、抗うつ病の市場もないとされていた。ところがGSKがパキシルを売り出してわずか数年で、忽然とメガマーケットが出現したのだ。

 その結果、日本で「うつ病」と診断されるひとが急増する。しかしこれは、日本だけの現象ではない。

 世界でもっともうつ病の多い国は北欧のスウェーデンで、長く厳しい冬のせいだとされていたが、実はスウェーデンはアメリカ以上に抗うつ剤の処方量の多い国だ。抗うつ剤が普及するとうつ病が増える現象は、イギリスやカナダ、オーストラリアでも確認されており、逆に治験の厳しさでSSRIの承認が遅れたドイツやイタリアではうつ病の罹患率も低い(冨高辰一郎『なぜうつ病の人が増えたのか』幻冬舎ルネッサンス新書)。

 製薬会社はまず「こころの病」をつくりだし、それから病気を治療する薬を大々的に販売するのだ。

うつ病はセロトニンと呼ばれる脳内の神経伝達物質の不足によるもので、SSRIはセロトニン濃度のバランスの維持を助けるのだと製薬会社はいう。

うつ病がセロトニン不足によるものだという学説は、自殺者の脳やうつ病患者の髄液中にセロトニンレベルの低下が見られた、という1950年代の発見に依拠している。ところがその後、より感度の高い装置と測定法を使った追試では逆の結果が示され、1970年頃には発見者自身がセロトニンの減少とうつ病に関連性はないと認めてしまった。いまではアメリカ精神医学協会が出版した『臨床精神医学』にも、セロトニン仮説は裏づけられていないと記されている。

 SSRIが脳内の自然なバランスを回復させるというのも根拠のない理論だ。

それではなぜ、このようなデタラメな(追試によって否定された)理論がいまだにまかり通っているのか。それはSSRIがあまりに巨大な市場を開拓したために、大手製薬会社が科学的知識を創作し、コントロールしているからだ。

この問題を追及しているイギリス、カーディフ大学精神医学部のデイヴィッド・ヒーリーによると、製薬会社は1970年代から臨床試験に手当たり次第に資金を提供してコントロールを及ぼすようになり、90年代半ばには超一流誌の研究の半分以上が、大学の研究者が代表らしく見せかけながら、実は製薬会社が雇った医学系論文の代筆会社の手によるものだ(デイヴィッド・ヒーリー『抗うつ薬の功罪―SSRI論争と訴訟』みすず書房)。

●5.【不正発覚の経緯と内容】

★臨床試験「研究329」:1994年-1997年

Paroxetine-2D-skeletal_svg1991年、英国のスミスクライン・ビーチャム社がうつ病の治療薬としてパロキセチンを商品化した。医薬品の化学名が「パロキセチン」(Paroxetine、化合物図出典)で商品名の「パクシル」(Paxil)である。

なお、2000年、スミスクライン・ビーチャム社(SmithKline Beecham)はグラクソ・ウェルカム社と合併し、グラクソ・スミスクライン社(GlaxoSmithKline)になった。

Paxil,_June_20031994年‐1997年、スミスクライン・ビーチャム社が出資して米国とカナダの12の大学・病院でダブルブラインド(二重盲検)で、ランダム化された臨床試験が行なわれた(研究329)。

臨床試験は少なくとも8週間、うつ病と診断された12-18歳の患者に対して、パロキセチン(paroxetine、選択的セロトニン再取り込み抑制剤)とイミプラミン(imipramine、三環系抗うつ薬)の効能を比較する試験だった。

mkeller_thumbnail米国・ブラウン大学(Brown University)・精神病学・教授のマーティン・ケラー(Martin Keller、写真出典)が1992年にこの大規模な臨床試験を提案した。

1994年4月、8週間の臨床試験を開始した。275人の男女の患者に無作為に、パロキセチン、イミプラミン、プラセボ(不活発な錠剤)のどれかを割り当てた。結局、93人にパロキセチン、95人にイミプラミン、89人にプラセボが投与された。パロキセチングループは毎日20mgを4週間、5週目に30mg、6週目に40mgに投与された。190人が臨床試験を最後まで行なった。1997年5月に試験を終え、1997年10月にブラインド(二重盲検)を解除した。

臨床試験の結果は、ケラーが最初に分析した8結果では、パロキセチンはプラセボ以上の効果はなかった。メラニー・ニューマン(Melanie Newman)によると、第2の4結果ではポジティブな結果が得られた。第2の15結果では、パロキセチンは有効ではなかった。

ところが、重要なことだが、パロキセチンの11患者は重篤有害事象(serious adverse events (SAE))を引き起こした。一方、対照試験のイミプラミンでは5患者、プラセボでは2患者と、それぞれ重篤有害事象は有意に少なかった。

重篤有害事象というのは、患者を病院で治療した場合、自殺を図った場合、患者の担当医が病状が深刻と判定した場合の3つである。

93人のパロキセチン投与者では、1人が頭痛を訴え、次第に体力が衰えた。10人が精神医学的問題を起こし、内7人が入院した。10人の内2人はうつ病が悪化し、1人は攻撃的になり、1人は強い高揚感を得た。10人の内5人が自殺願望などの情緒不安定を訴えた。

一方、対照試験のイミプラミン投与の95人のうちの1人、プラセボ投与の89人のうちの1人が、情緒不安定になった。

ところが、上記の臨床結果を報告した「2001年のJAACAP」論文(以下)で、重篤有害事象の11患者の内の頭痛を訴えた1人だけをパロキセチンの副作用だった、と発表したのだ。

★1998年スミスクライン・ビーチャム方針説明書

1998年10月、スミスクライン・ビーチャムの医学問題中央部署(Central Medical Affairs:CMAT)の神経科学部門は、「パキシルと青春期のうつ病:フェーズIII臨床試験」という方針説明書(position paper)を作成した。方針説明書は研究329と研究377の結果の扱いに関する書類である(xrfw0217 – Wilson Position Piece Phase III – Drug Industry Documents)。

なお、研究377は、1995年から1998年まで、10代の若者を対象にパロキセチンとプラセボを比較した12週間の臨床試験で、ヨーロッパ、カナダ、南アメリカ、南アフリカ、およびアラブ首長国連邦で行なったものである。

方針説明書では、会社は、研究329と研究377の臨床試験データを監督官庁に提出しないと決めた、とある。また、パロキセチンの売り上げにネガティブな影響を減らすために、これらのデータの配布をどう管理・統制するかの方針を示したものだった。

添付のメモに、「臨床試験の結果は期待外れで、パロキセチンは思春期の若者のうつ病の治療に役立つという商品内容表示を支持できない」、「パロキセチンの効力は示されなかったが、安全性は確認できた。しかし、パロキセチンの効力が示されなかったと記述するのは商業的に受け入れられない」とあった。

研究329は傾向としては、パロキセチンに効果があるが、統計処理をするとプラセボより明らかに効果があるとは言えない。研究377では、プラセボに高い効果があり、プラセボに比べパロキセチンに効果があるとは言えない。

会社は、研究377の結果を論文発表しないで、研究329を論文発表すると決めた。そして、どちらも、パロキセチンは思春期の若者のうつ病の治療に役立つという商品表示をサポートできないので、監督官庁に両方の臨床試験結果を提出しなことに決めたのだった。

しかし、後の裁判中にメモ文書がリークされ、2004年3月に「カナダ医学会ジャーナル(Canadian Medical Association Journal)誌」にメモ文書の内容が出版されてしまった。

コメントを求められたグラクソ・スミスクライン社のスポークスマンは、「メモ文書ではパロキセチンの効能と安全性が不適切な結論になっているが、これは、事実に反する。… グラクソ・スミスクライン社は、規則に従ってすべての安全性データを監督官庁に提出している。私達は、医学関連学会のポスター、印刷物、論文で安全性と効能データを医師に伝えている」と弁明した。

★「2001年のJAACAP」論文

研究329の臨床結果を報告した「2001年のJAACAP」論文を再掲する。

この論文は、米国・ブラウン大学(Brown University)・精神病学・教授のマーティン・ケラー(Martin Keller)を第一著者に他に21人の精神科・大学教授が共著者に並んでいる論文である。

しかし、実際は、マーティン・ケラーは論文を書いていなかった。ゴーストライターが書いたのである。

米国・ニュージャージー州スプリングフィールドにあるSTI 社(Scientific Therapeutics Information)は製薬会社の宣伝企画をする会社で、1990年代初期からミスクライン・ビーチャム社の仕事を引き受け、パロキセチンの販売促進を担っていた。

Sally K_ Laden1998年4月、STI 社のサリー・ラデン(Sally K. Laden、写真出典)とジョン・ロマンキーヴィックズ(John A. Romankiewicz)はゴーストライター代として17,250ドル(約172万円)の契約で、研究329をまとめた論文原稿の執筆を6回改訂として請け負った。原稿着手時に8,500ドル、3回目改訂時に5,125ドル、学術誌投稿時に3,625ドルという契約だった(npfw0217 – Adolescent Depression Study 329: Proposal for a… – Drug Industry Documents)。

ーーーーサリー・ラデンの経歴
サリー・ラデンの経歴も触れておく。なお、サリー・ラデンは、オサマビン・ラデンの親戚ではありません。

  • 1981年:コネチカット大学(University of Connecticut )・薬学卒。
  • 1983年:カンザス大学(Kansas University)で臨床薬学の修士号取得。
  • 1985年:STI 社(Scientific Therapeutics Information)の編集次長。
  • 2003年:MSE Communications社を設立し、社長・兼・フリーランス・ライター。
  • 2013年:学術誌「Pharmacotherapy: The Journal of Human Pharmacology and Drug Therapy」の編集員

ーーーーー
つまり、サリー・ラデンは、1998年当時40歳前後で、小さな宣伝企画会社の社員だった。薬学系の学歴と医薬品ライターとしての実務能力と経験があったが、うつ病や精神疾患の専門家でも医者でもなかった。

1998年12月、サリー・ラデンはマーティン・ケラーを第一著者とする初版の原稿を作成した。

記録によれば、すべての論文作成作業は、サリー・ラデンとSTI社が行なったのである。論文本文の執筆や編集はもちろん、文献整理、図表作成、共著者となる研究者への連絡と調整、JAACAPへの投稿時のカバーレターまでサリー・ラデンとSTI社が行なったのである。もちろん、カバーレターはマーティン・ケラーの所属大学のレターヘッドのついた便せんとサインが必要なので、ひな形を書いて、マーティン・ケラーに送付した。

学術誌として、サリー・ラデンは最初、「JAMA (Journal of the American Medical Association)」誌に投稿した。しかし、1999年11月、リジェクトされた。

理由としては、「この論文の主要な発見はプラセボに効能があることだ」と指摘された。また、すべての著者は臨床試験データのすべてにアクセスできることを確認するようにと助言された。

なお、JAMA誌に投稿しようとしていた初期の原稿では重篤有害事象(serious adverse events (SAE))のことを記載していなかった。

ミスクライン・ビーチャム社の科学者・ジェームズ・マッカファティ(James McCafferty、論文共著者の最後の人物)が、1999年7月、「パロキセチンの11人の患者が重篤有害事象になったが、プラセボでなったのは患者2人だけだった。うつ病の悪化、感情の不安定性、頭痛、攻撃性の増加は、パロキセチンが原因である可能性を考慮すべきである」と追加した。

しかし、投稿原稿では、マッカファティの追加文章は削除され、「パロキセチンの患者の1人が頭痛を訴えたので、パロキセチンは頭痛に関係しているかもしれない」と変えられていた。

1999年12月、サリー・ラデンは書き直した原稿を「JAACAP」誌に投稿した。「JAACAP」誌の当時の編集長はミナ・ドゥルカン(Mina K. Dulcan)だった。査読者は、「パロキセチンの効能がハッキリしない」と批判的だったが、2001年1月、「JAACAP」誌は原稿を受理し、2001年7月に出版した。

著者22人の中にミスクライン・ビーチャム社の科学者・ジェームズ・マッカファティ(James McCafferty)も含まれていたが、論文中では、ミスクライン・ビーチャム社との関係を示さなかった。サリー・ラデンはもちろん共著者の1人に入らないが、論文に「編集で協力してもらった」との文章を挿入した。

論文の要約で 「パロキセチンは一般にマイルドで、思春期の若者のうつ病治療に効果的である」と結論した。ジェームズ・マッカファティが追加した重篤有害事象の記載を削除し、1人の患者が頭痛を訴えたことしか記載しなかった。

論文は、「この臨床研究は、青春期のうつ病の治療にSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)のパロキセチンが有効で安全であることを証明した」と結論した。

★2001年のグラクソ・スミスクライン社の販売促進文書

グラクソ・スミスクライン社は、「2001年のJAACAP」論文を医師に示し、10代のうつ病患者にパロキセチンを処方するよう医師に強く推奨する販売促進戦略をとった。

パロキセチンは思春期の若者に使用する認可を取っていない。製薬企業は、認可されていない用法を宣伝することは禁じられている。しかし、医師は、承認適応症外使用(off-label use)の医薬品を処方することが認められている。ここを突いたのだ。

1999年の1年間で、思春期の若者に、英国で32,000枚のパロキセチン処方箋が発行された。

2002年の1年間で、米国で210万枚のパロキセチン処方箋が発行され、グラクソ・スミスクライン社に5,500万ドル(約55億円)の売り上げをもたらした。

2001年8月、サリー・ラデンは、「2001年のJAACAP」論文の別刷りを500部購入し、300部をケラーに、残りの200部をグラクソ・スミスクライン社のパロキセチン販売チームのザカリー・ホーキンズ(Zachary Hawkins)に渡した。

2001年8月16日、ホーキンズは、「2001年のJAACAP」論文の別刷りを、「パロキセチンを売っているすべての販売代理店」に送った。「研究329は、最先端の歴史的な研究」で、「パロキセチンは青春期のうつ病治療に驚くほど効果があり、かつ安全である。重篤有害事象は深刻ではなく、頻度はプラセボと同じである」と書いたメモを付け加えた。

★英国のBBC放送のテレビ番組・「パノラマ(Panorama)」

後で述べるが、パロキセチンの大規模な使用に伴い、服用者に多くの自殺者、出生異常が報告されていた。

master_shelley_jofre2002年、パロキセチンの異常な副作用について、スコットランドの記者・シェリー・ジョフレ(Shelly Jofre、写真出典)が、英国のBBC放送のテレビ番組・「パノラマ(Panorama)」で報道した。

BBC放送の「パノラマ(Panorama)」は、その後、2007年まで、3回作成・放映された。

パロキセチン事件への対処が、テレビ番組・「パノラマ(Panorama)」の放映と関連するので、放映年月日も記載した。動画2、動画3、他の動画はハイパーリンクをしたのでクリックすれば、動画を見ることができます。

【動画1】
英国のBBC放送がテレビ番組・「パノラマ(Panorama)」で作成
2002年10月13日放映の「Panorama: The Secrets of Seroxat – YouTube」(英語)47分59秒。
TrainR76が2014/09/05 に公開
最初の約30秒秒針が動いていますが、その後に始まります。

【動画2】2003年5月11日放映 https://youtu.be/utW7uq0X7Vg

【動画3】2004年10月3日放映 https://youtu.be/hegMQE1Poo0

【動画4】
英国のBBC放送がテレビ番組・「パノラマ(Panorama)」で作成
2007年1月29日放映の「THE SECRETS OF THE DRUG TRIALS – SEROXAT – YouTube」(英語)30分38秒。
dixiefid64が2015/07/07 に公開
著作権問題で削除された https://www.youtube.com/watch?v=hENtdYoG0Fg

【他の動画】
「パノラマ(Panorama)」以外にもたくさんの動画(日本語以外は英語)がある。習慣性から抜け出す個人動画もかなりある。
https://www.youtube.com/watch?v=WKRl6v760Vg(日本語)
https://www.youtube.com/watch?v=TtjZJVd5CYc(日本語、向精神薬の大量投与の実態)
https://www.youtube.com/watch?v=65c8wkB3WnI
https://www.youtube.com/watch?v=hfQUTHrWnRk
https://www.youtube.com/watch?v=MuYZMW-_nII
https://www.youtube.com/watch?v=5BS5TtMge70
https://www.youtube.com/watch?v=DI0TErnE1HU
https://www.youtube.com/watch?v=fVaMf4YLrNY

参考に1つ。
「セロキザット/ パクシル 自傷/自殺 (Seroxat / Paxil self-harm / suicide)」(英語)6分37秒。
paxilwithdrawal’s channel が2012/03/04 に公開

★英国の医薬品・医療製品規制庁が調査開始

時間軸を少し戻す。

2002年11月、【動画1】が少し前の10月13日に放映されたことを受け、英国政府で医薬品管轄で最も強力な医薬品・医療製品規制庁(MHRA:Medicines and Healthcare Products Regulatory Agency)は、【動画1】でシェリー・ジョフレ記者が指摘したパロキセチンの安全性を検討する会議を設けた。

MHRA(以下、この略称を使う)は、グラクソ・スミスクライン社に子供へのパロキセチン使用・臨床試験を問い合わせた。

グラクソ・スミスクライン社は、パロキセチンを子供に使用する臨床試験を2003年6月に欧州で行なう計画だった。しかし、この時、パロキセチンを子供に使用するには安全性と効能の点で推奨できません、と回答した。ただし、グラクソ・スミスクライン社は、パロキセチンに効能がない点や重篤有害事象がみられる点については、なんの懸念も伝えなかった。

2003年2月、MHRAの医薬品安全委員会(CSM:Committee on the Safety of Medicines)は、SSRIs(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)の安全性を調査・検討するワーキンググループを立ち上げた。

2003年5月21日、ワーキンググループの最初のミーティングを準備するため、グラクソ・スミスクライン社の担当者に会い、パロキセチンの安全性に関するすべての情報の提出を求めた。また、2003年5月11日に放映された【動画2】についての討議も行った。

alastair-3【動画2】で、グラクソ・スミスクライン社の欧州・精神医学部長のアリステア・ベンボウ(Alistair Benbow、写真出典)は、「私達は、監督官庁から自殺に関係した情報のすべてを提出するよう求められました。提出した情報で、パロキセチンと自殺あるいは自殺のリスク増大にはなんの関連もないことを明確に示していると、私は述べました」。

2003年5月21日のMHRAとの会議の終わりころ、グラクソ・スミスクライン社は2003年5月20日付の文書を配布した。

文書には、研究329を含め、グラクソ・スミスクライン社が1994年から2002年までパロキセチンの臨床試験で行なった9件のデータが記載されていた。そして「安全性試験データの解析結果は、パロキセチンが小児科の患者一般によく許容されていることを証明している。しかし、『重篤有害事象の小児に有効であることは確立されていない』と効能書を変更することを推奨する」と結論していた。

なお、文書には、重篤有害事象は、運動過剰、攻撃性の増加、感情の不安定性、過剰興奮であること、パロキセチン・グループにはプラセボ・グループの約2倍多くの重篤有害事象が起こっていたという記載もあった。

文書は、「感情の不安定性」が自殺思考・自殺行動の原因である点にも触れていた。パロキセチン・グループの20件の重篤有害事象の内、12件は自殺思考・自殺未遂、3件は自傷行為、5件は一般的な感情不安定性だった。プラセボ・グループでは8件の重篤有害事象があり、4件は自殺思考・自殺未遂、1件は自傷行為、3件は一般的な感情不安定性だった。

文書は、パロキセチンはプラセボの約2倍の禁断症状を示したことから、禁断症状に関する表示の変更も提案していた。

★英国の医薬品・医療製品規制庁の対応と不起訴

_39687493_profbreckenridge_203MHRA(医薬品・医療製品規制庁)によると、データは、パロキセチンは子供のうつ病の治療に効果がなく、パロキセチンと自殺傾向に強い因果関係があることを示していた。

MHRAの議長・アラスダイア・ブレッケンリッジ(Alasdair Breckenridge、写真出典)は、「子供のうつ病の治療薬としてのパロキセチン使用に、そのデータはとてもドラマチックな変化を引き起こした」と述べている。

MHRAはグラクソ・スミスクライン社に全部の臨床データを提出するよう要請した。

2003年5月27日、グラクソ・スミスクライン社は臨床データを提出した。

MHRAは、臨床データを解析した結果、自殺思考・自殺未遂はプラセボでは1.2パーセントなのに、パロキセチンでは3.4パーセントと有意に高かった。MHRAの医薬品安全委員会は、利益よりもリスクが大きいと判断した。

2003年6月10日、MHRA は、18歳以下の人にパロキセチンを処方してはならないと結論し、そのことを英国の医師に通達した。9日後、米国・食品医薬品局もこの方針に追従した。

2003年10月、MRHAはグラクソ・スミスクライン社の行為は犯罪ではないかと検討し始めた。

「1998年スミスクライン・ビーチャム方針説明書」では、研究329と研究377を監督官庁に提出しないと決めたが、これは英国の医薬品規制の基本である「医薬品法1968」(Medicines Act 1968)と「ヒト適用医薬品規制法」(Medicines for Human Use Regulations)に違反しているは明らかである。それらの法規には、製薬企業は監督官庁に効能と安全性に関する臨床試験データを提出しなければならないと決められていた。

2008年3月、MRHAは、膨大な量の文書を精査・分析し、4年間調査を行なった。しかし、政府側弁護士は、現行の法律では、グラクソ・スミスクライン社を起訴するには不十分だと助言した。MRHAは、グラクソ・スミスクライン社の起訴を断念した。

2008年10月、ただし、英国は、同じような事件が2度と起こらないように関連法規の整備・改訂を行なった。

★米国の食品医薬品局の対応と「2006年のJ Child Adolesc Psychopharmacol.」論文

英国の動きは以上のようだが、米国でも、問題が発生し、対応していた。(日本では・・・?)

2004年3月、米国・食品医薬品局(FDA)は、グラクソ・スミスクライン社・米国法人に若者と子供へのSSRIs使用の評価をするよう命じた。

2006年、グラクソ・スミスクライン社の研究者は 、パロキセチンの若者と子供への5回の臨床試験、研究329、研究377の未発表個所の評価を論文として出版した。以下がその論文である。

論文には、パロキセチン・グループの642人の患者の22患者(3.4パーセント)に自殺思考・自殺行動が見られた。一方、プラセボ・グループの549人の患者では、わずか5患者(0.9パーセント)だけだった、とあった。

論文は、「パロキセチン治療された思春期の若者は、自殺傾向のリスクが増大したことを示している。… 制御できない自殺リスク因子の存在、自殺率が相対的に低いこと、大うつ病性障害(MDD:major depressive disorder)を持つ思若者が多いことなどから、これらの若者の自殺傾向の原因を特定しずらい」と結論していた。

★ここで、小まとめ

1997年-2006年(特許期限)の間、パロキセチンは116億ドル(約1兆1,600億円)も売り上げていた。なお、2002年だけで21億2000万ドル(約2,120億円)売り上げたのである。

2009年までに、グラクソ・スミスクライン社は、450回の自殺を含め、中毒、データ秘匿、独占禁止などの訴訟費用に約10億ドル(約1,000億円)を支払った。その他、600件の出産障害事例の示談交渉も抱えていた。訴訟のために数千の内部文書も作成されたが、一部が公開されていた。

book-jacket-side-effects2008年、ボストン・グローブ社のジャーalison-bass-authorナリスト・アリソン・バス(Alison Bass、写真出典)が本として「Side Effects (副作用)」を出版した(邦訳なし)。 →
Side Effects (Bass book) – Wikipedia, the free encyclopedia

また、先述したように、2002年-2007年の間、スコットランドの記者・シェリー・ジョフレ(Shelly Jofre)が、英国のBBC放送のテレビ番組・「パノラマ(Panorama)」で、パロキセチンの問題を報道していた。

★米国のエリオット・スピッツァーのアクション

Eliot_Spitzerウィキペディア日本語版によると、エリオット・スピッツァー(Eliot L. Spitzer)は以下のような人物だ(エリオット・スピッツァー – Wikipedia、写真同)。

エリオット・ロレンス・スピッツァー(Eliot Laurence Spitzer、1959年6月10日 – )は、アメリカ合衆国の政治家。ニューヨーク州司法長官(第63代)、ニューヨーク州知事(第54代)を歴任している。

ニューヨーク州司法長官として、アナリストの中立性についてメリルリンチを追及した。また、AIGの不正会計を追及し、同社のCEOとして君臨したモーリス・グリーンバーグを辞任に追い込むなどした。その活動ぶりと名前から、「現代のエリオット・ネス」とも呼ばれた。

こうした名声を梃子に、2006年にニューヨーク州知事選に勝利し、第58代ニューヨーク州知事に就任した。

2004年6月、ニューヨーク州弁護士だったエリオット・スピッツァーがグラクソ・スミスクライン社に対してニューヨーク州最高裁判所で訴訟を起こした。研究329を含め、パロキセチンについての臨床試験データを秘匿したという理由である。

グラクソ・スミスクライン社は、研究329の臨床結果を監督官庁に開示したし、医師には学会発表などで開示してきた。私たちは悪いことを何もしていないと、否定した。

2004年8月、しかし、グラクソ・スミスクライン社は、示談で解決する道を選んだのである。

示談内容は、①ウェブサイトにパロキセチンの子供への臨床試験データを公開する、②グラクソ・スミスクライン社が助成した臨床試験データのすべてを2000年12月27日までさかのぼって記入する、③そして250万ドル(約2億5千万円)を支払う、ということだった。

2004年10月までに、他の製薬企業(ファイザー、イーライ・リリー、メルクを含む)も、臨床試験データの公開に合意した。

2013年、グラクソ・スミスクライン社はすべての臨床試験記録と研究結果報告を公開するという英国のキャンペーン「オール・トライアルス(AllTrials)」に製薬企業として世界で最初に参加したとある(GSKの成果 | GSK グラクソ・スミスクライン株式会社)。

「オール・トライアルス(AllTrials)」サイトに、以下の日本語訳がある。

すべての臨床試験の結果は公表されるべきです。患者も、研究者も、薬剤師も、医師も、規制当局もみな、臨床試験の結果が公表されることによって得ることがあります。世界中のみなさんがこの誓願にサインをしていただけるよう、お願いします。

何千という臨床試験の結果が公表されていません。中には、登録すらされていないものもあります。

これらの臨床試験で何がなされ何が発見されたかは、医師にも研究者にも永久に知られることのないままになってしまうでしょう。そうなると、治療の判断は過ち、良い薬剤を開発する機会は失われ、そして同じ試験が繰り返されることにつながります。

過去から現在に至るすべての臨床試験は登録され、そしてその方法論と結果は完全に報告されるべきです。

私たちは、政府、規制当局、そして研究機関に、臨床試験が完全に公表されるよう必要な措置を実施するよう求めます。(出典:AllTrials – Japanese Translation

★米国・司法省のアクション:30億ドル(約3千億円)示談金

2011年10月、米国・司法省(US Department of Justice)は、虚偽請求取締法(False Claims Act)でグラクソ・スミスクライン社を告発した。

告発内容は、非認可の医薬品使用、安全性データの未報告、医療保険・メディケイド(Medicaid)への虚偽価格通知、医師への贈り物・旅行・偽装コンサルタント料などリベート、だった。

「2001年のJAACAP」論文での研究329の虚偽記述、つまり、パロキセチンのリスクを軽くし効力を誇張したことや、また、食品医薬品局は承認していないのにもかかわらず、若者へのパロキセチンの適用を「2001年のJAACAP」論文で促進したことも、告発内容に含まれていた。

2012年、グラクソ・スミスクライン社は有罪を認め、10億ドル(約1千億円)の罰金を含め、30億ドル(約3千億円)支払うことで解決するという示談を選んだ。

★論文撤回:「2001年のJAACAP」論文

Jon_Jureidini,_22_May_2010_(2)2003年に、オーストラリアのアデレードにある女性子供病院(Women’s and Children’s Hospital)の児童精神科医・ジョン・ジュレイディニ(Jon Jureidini、写真出典)とアデレード大学のアン・トンキン(Ann Tonkin)は、JAACAP編集局に、「2001年のJAACAP」論文の撤回を依頼した。

しかし、論文は撤回されなかった。

2005年、カリフォルニア州立大学ノースリッジ校・講師の哲学者・リーモン・マクヘンリーleemon_mchenry_bigLeemon McHenry、写真出典)は、グラクソ・スミスクライン社のために研究したブラウン大学・教授のマーティン・ケラー(Martin Keller)などの著者は、論文で利益相反を表明していないのはおかしいと、JAACAP編集局を非難した。

しかし、論文は訂正も撤回もされなかった。

実は、ケラーはいくつかの製薬会社のコンサルタントをしていた。

1999年、ボストン・グローブ誌は、ケラーが、コンサルタントで1998年に50万ドル(約5千万円)の収入を得ていたのに自分が論文を発表する学術誌にそのことを秘匿していたと報じた。

2009年、ジュレイディニとマクヘンリーは、再び、JAACAP編集局に、「2001年のJAACAP」論文の撤回を依頼した。

7230-34816438ところが、編集長のアンドレス・マーティン(Andrés Martin、イエール大学・子供精神学・教授、写真出典)は、「論文撤回の正当性がありません。学術誌は、その時の最良の出版行動をしました」と答え、論文撤回を拒否したのである。

2013年、ジュレイディニは、今度は、グラクソ・スミスクライン社のCEO・アンドリュー・ウィティー(Andrew Witty)に論文撤回を依頼した。

2016年6月7日現在、しかし、論文は撤回されていない。

●6.【論文数と撤回論文】

2016年6月7日現在、パブメド(PubMed)で、グラクソ・スミスクライン社(GlaxoSmithKline)の論文を「GlaxoSmithKline [Affiliation]」で検索すると、2,891論文がヒットした。

2016年6月7日現在、撤回論文はない。

最も問題視された以下の「2001年のJAACAP」論文も撤回されていない。

●7.【白楽の感想】

《1》研究ネカトした方が得

30億ドル(約3千億円)の罰金で米国史上最高の罰金額だとある。大変な額で、製薬会社はこれでダメージが大きく、懲りただろう、と、事件を調べ始める前は感じていた。

どころがどっこい、少し調べただけで、グラクソ・スミスクライン社は、1997 年-2006年にパクシル(Paxil)で116億ドル(約1兆1600億円)を売り上げていた。同社の全収益の約10分の1を生み出した。

そして、罰金額は、売り上げ額の26%でしかない。2009年までの訴訟費用の約10億ドル(約1,000億円)を足しても、損害額は売り上げの額の34%でしかない。

売り上げのすべてが収益ではないが、コストを勘案してプラス・マイナスしても、大幅なプラスだろう。製薬会社にとって、研究ネカトした方が得なことが明白だ。見つからなければさらに得だが、見つかっても、十分得になっているのである。

データ改ざん論文の第一著者であるマーティン・ケラー教授、ゴーストライターのサリー・ラデンは処分を受けていない。

こういう事件があるたびに、処分が大甘すぎる、と思う。だから事件は無くならないんですね。社会の支配層は自分たちの利益を守る暗黙の価値観が強い。支配者層の結託論理が働いている。

《2》ヒドイ、暗澹

白楽のブログは研究ネカトの問題に焦点を当てながら、周辺事象を扱っている。しかし、医療が絡むねつ造・改ざん事件は、唖然とすることが多い。

2009年までに、450人がパクシルで自殺し、600件の出産障害事例が報告されていた。ヒドイ。非人道的。暗澹たる気持ちになった。

医者と製薬企業が、うつ病患者を作り、パクシル漬けにし(麻薬と同じ)、カネを絞り続ける、という印象をもった。

パクシルは危険。うつ病を信じるな! という経験者の悲惨な経過報告や医療従事者の“本音”がウェブで語られている。

一方、現在、パクシルが有効だという医療記事(医療側の偏向宣伝?)が依然としてウェブにはたくさんある。何を信じてよいのだ?

何とかしないと・・・。

《3》社会の改革に立ち上がる人々

パクシル事件では、巨大な製薬企業と大学教授・医師が綿密に結託した大規模な不正である。

そして、それに、立ち向かう人々が欧米にいた。

スコットランドの女性記者・シェリー・ジョフレは、世間が事件視としていない時から取材し、英国のBBC放送のテレビ番組・「パノラマ(Panorama)」作成までこぎつけた。この番組放映が、英国を救い、多くのうつ病患者を救い、世界を動かした。スゴイと思う。

ニューヨーク州弁護士・エリオット・スピッツァーも素晴らしい。

ボストン・グローブ社のジャーナリスト・アリソン・バスも著書にまとめて素晴らしい。

「オール・トライアルス(AllTrials)」運動も素晴らしい。ブログでは具体的な貢献者に触れなかったが、システムとして改善していると思う。

Jo-253x300-150x150そして、研究329事件のまとめサイト「Restoring Study 329」を作った人たちもスゴイと思う。研究329事件の資料を収集し誰でもアクセスできるように無料で公開している。ジョアンナ・ノウリ(Joanna Le Noury、写真出典)をはじめ、数人の研究者や医師が運営している。こういう人たちの活動もスゴイと思う。

日本で、どうしてこういう人や活動がないのだろう?

欧米では、政治家、ジャーナリスト、大学教授、知識人が立ち上がるが、日本では、立ち上がらない。日本でのこういう人たちは、体制側についている、というか、体制そのものの構成員である。

日本社会のなかでうまく機能させるにはどうしたらよいのだろう?

白楽は大学教授(名誉)なので、「隗より始めよ」で「お前がヤレ」と思う人もいるだろう。

実は、欧米との違いは、立ち上がる人がいるかどうかではなく、それを支援する環境・仕組み・文化が日本に大きく欠けていることだ。

日本でわかりにくければ、中国を参照しよう。中国にも改革しようと立ち上がる人がいるけど、中国国内で大きな力にならない。政府官憲に弾圧される。そして、それに対抗する力は中国国内では弱く、むしろ、欧米の政治家、ジャーナリスト、大学教授、知識人が中国国内の改革人を支援する力が強い。

支援する環境・仕組み・文化が重要だということだ。日本で、どう構築できるのだろう?

《4》対処の4ステップ説

社会はこの事件にどう対処すべきだったのか?

白楽は、研究ネカトの対処は4ステップだと考えている。

  1. ステップ1「第一次追及者」・・・最初の追及者が必要だ。 → 今回:不明確
  2. ステップ2「マスメディア」・・・第一次追及者の声を社会全体に知らせるのは新聞、テレビ、雑誌、ウェブなどのマスメディア → 今回:①女性記者・シェリー・ジョフレ、②英国のBBC放送
  3. ステップ3「当局(オーソリティ)」・・・大学・研究所、編集局(論文撤回)、研究公正局、検察、裁判所 → 今回:①MHRA(医薬品・医療製品規制庁)、②米国・食品医薬品局(FDA)、③米国・司法省、④JAACAP編集局
  4. ステップ4「後始末」・・・事件の分析・解説、研究ネカトの教育・研修、法律の制定・改正、制度の見直し → 今回:①論文、アリソン・バスの著書、②「オール・トライアルス(AllTrials)」

研究ネカトは、一次追及者がいないとまるで動かない。

日本は上記の4つのステップのどれをとっても弱体だが、特に、第一次追及者の重要性がまるで理解されていない。

《5》ゴーストライター

研究329の臨床結果を報告した「2001年のJAACAP」論文は、米国・ブラウン大学(Brown University)・精神病学・教授のマーティン・ケラー(Martin Keller)を第一著者に他に21人の著者からなる論文である。

しかし、実際は、ゴーストライターのサリー・ラデン(Sally K. Laden)が、17,250ドル(約172万円)をもらって仕事として書いたのである。

白楽は、一般的に、ゴーストライター行為は研究ネカトと同レベルの不正だと思う。

学術界を冒涜している。レベルは異なるが、同類行為として、学生のレポート代行も高等教育を破壊している。

ゴーストライター行為は、しかし、依頼する研究者、執筆者の両方が得で、自分で言わなければ、他人はわからない。

他人にわかっても、マーティン・ケラーはこのゴーストライター論文で、大学を解雇されていないし、NIHからの研究費助成を拒否されていない。つまり、無処分である。

サリー・ラデンも罰が下されていない。罰を下す当局(オーソリティ)がない。罰を科す法律もない。

白楽は、ちゃんと調べていないが、実は、学術界・研究界にはゴーストライター行為がかなり浸透していると思える。

学術界・研究界はゴーストライター行為を研究ネカトと同等と扱い、取り締まるべきだろう。

そういえば、2010年12月のNIH所長への要望書があるが、その後、どうなったのだろう(POGO Letter to NIH on Ghostwriting Academics)。

2014 年4月3日の「Guardian」記事も興味深い(Academic ghostwriting: to what extent is it haunting higher education? | Higher Education Network | The Guardian)(保存版)。

《6》白楽の研究室のうつ病女子学生

白楽の研究室にも、うつ病の女子学生がいた。

卒業研究のための研究室配属後しばらくは、快活で、明るく、頭脳もそこそこ明晰で、礼儀正しかった。マサカ、精神的な病気を抱えているとは気が付かなかった。

しかし、数か月経ったある日、一緒に食べていたランチの席で、拒食症でリストカットの過去があり、母親との関係が悪いと告白された。本性を見せ始めたという印象だった。自宅外通学者だったが、母親が時々、住まいにくると騒動が起きたようだ。

そして、ある時、母親との諍いで、街で暴れ、警察のお世話になった。また、処方された薬を多量に飲み、研究室で意識朦朧となっていた。もう、卒業研究をする状況ではない。

そして、ある日、白楽の自宅に電話がかかってきた。「自殺未遂し、病院にいる」と。

この女子学生は退院後、大学で自殺するかもしれない。数日後、学科長に事情を説明し、学科長と一緒に大学保健センターの医師に対応を相談した。女子学生はこの医師にも相談していた。研究室では「役立たず」と、この医者をののしっていたが、医薬品を希望通りに処方してくれなかったためだった。

医師に相談した翌日、学内の自殺ポイントを点検した。

白楽の研究室は2階だが、建物は6階建てである。6階のベランダから飛び降りるのは簡単である。防護壁はない。

夕方、女子学生を残して帰るのは怖い。女子学生には早めに帰宅してもらった。1階の女子トイレで倒れていても気が付かないので、その女子学生がしばらく研究室にいないと、1階のトイレをチェックしに行った。もともと、研究室の薬品は自由に持ち出せなくしてあるが、その気になれば、鋭利なカッターなどはある。

この女子学生の飲んでいた薬の名前を忘れていたが、確か、パクシルだった気がする。

女子学生が卒業するまで、白楽の精神は緊張が強いられた。

●8.【主要情報源】

① ウィキペディア日本語版:パロキセチン – Wikipedia
② ウィキペディア英語版:Study 329 – Wikipedia, the free encyclopedia
③ 2015年9月16日の記事:BMJ Publishes Study Revealing How Flawed Drug Research Fails a Trusting Public | Restoring Study 329 (保存版
④ 研究329事件のまとめサイト「Restoring Study 329」: Restoring Study 329 保存版
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

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