2016年9月9日掲載。
ワンポイント:21年前(1995年)の事件で、他人の論文の図の盗用、自分の論文の重複出版、実験動物数の改ざんなのに大学は厳格な処分をしなかった。学会は除名した。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文
7.白楽の感想
8.主要情報源
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●1.【概略】
マイノルフ・ゴエッツェン(Meinolf Goertzen、写真出典)は、ドイツのデュッセルドルフ大学(University of Düsseldorf、別名:ハインリッヒ・ハイネ大学Heinrich Heine University)の教員(研究員?)で、医師である。専門は整形外科だった。
1995年(44歳?)、同じ分野の他大学の研究者(詳細不明)が論文中の図の盗用を見つけ、学術誌「J Bone Joint Surg Br.」編集部へ公益通報した。
ドイツ・デュッセルドルフ大学病院・外科センター(University Hospital Düsseldorf Centre for Surgical Medicine II)。写真出典
- 国:ドイツ
- 成長国:ドイツ?
- 研究博士号(PhD)取得:xx大学
- 教授資格(Habilitation)取得:デュッセルドルフ大学
- 男女:男性
- 生年月日:不明。仮に1951年1月1日生まれとする。1991年の教授資格取得を40歳とした
- 現在の年齢:73 歳?
- 分野:整形外科
- 最初の不正論文発表:1994年(43歳?)以前
- 発覚年:1995年(44歳?)
- 発覚時地位:デュッセルドルフ大学の教員(研究員?)
- ステップ1(発覚):第一次追及者は同じ分野の他大学の研究者(詳細不明)で、学術誌「J Bone Joint Surg Br.」編集部へ公益通報
- ステップ2(メディア):学術誌「J Bone Joint Surg Br.」編集部
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①学術誌「J Bone Joint Surg Br.」編集部。②デュッセルドルフ大学・調査委員会。③裁判所
- 不正:盗用、重複出版、改ざん
- 不正論文数:数報。撤回論文は1報
- 時期:研究キャリアの初期から
- 結末:辞職(推定)
●2.【経歴と経過】
- 生年月日:不明。仮に1951年1月1日生まれとする。1991年の教授資格取得を40歳とした
- 19xx年(xx歳):xx大学を卒業。医師免許取得
- 19xx年(xx歳):xx大学で研究博士号(PhD)を取得した
- 1991年(40歳?):デュッセルドルフ大学で教授資格取得
- 19xx年(xx歳):デュッセルドルフ大学・整形外科の教員
- 1995年(44歳?):論文の研究ネカトが発覚する
- 1996年10月(45歳?):デュッセルドルフ大学は、ゴエッツェンの教授資格をはく奪した
- 1997年頃(46歳?):デュッセルドルフ大学を辞職し、自分の病院を開業
●3.【動画】
【動画1】
事件後、整形外科医として開業した医院の紹介ビデオがある。サイトの左の動画をクリックすると始まる。マイノルフ・ゴエッツェン(Meinolf Goertzen)本人は登場しない。
「Goertzen M. Priv.Doz.Dr.med., Klinik f. orthopäd. Chirurgie in Hannover-Mitte mit Adresse und Telefonnummer」(ドイツ語)1分00秒。
●5.【不正発覚の経緯と内容】
★「1995年3月のJ Bone Joint Surg Br.」論文
1994年3月(43歳?)、ゴエッツェンは、学術誌「Journal of Bone and Joint Surgery(JBJS)」に以下の論文を投稿した。もちろん、論文投稿に同意する3人の共著者のサイン書も同封していた。
1994年7月(43歳?)に原稿が受理され、「1995年3月のJ Bone Joint Surg Br.」論文が掲載された。
- Sterilisation of canine anterior cruciate allografts by gamma irradiation in argon. Mechanical and neurohistological properties retained one year after transplantation.
Goertzen MJ, Clahsen H, Bürrig KF, Schulitz KP.
J Bone Joint Surg Br. 1995 Mar;77(2):205-12.
ところが、出版後すぐに、論文の図9(以下)は、1989年の「Halata and Haus Anatomy and Embryology 179:415-421」論文の図3と同じだと、同じ分野の他大学の研究者(詳細不明)に指摘された。
「J Bone Joint Surg Br.」編集部がこのことをゴエッツェンに伝えると、ゴエッツェンは、「図を間違えました。別の図を送ります」と言ってきた。
新しい図が送られてきたので、編集部は、差し替えて 1995年の11月号に掲載した (77-B:985)
1995年12月(44歳?)、ところが、訂正した図も他の文献の図と酷似していた。編集部が説明を求めても、今度は、ゴエッツェンは返事をしなかった。
編集部が調べていくと、ゴエッツェンの今までの論文にも、先行論文を引用していないケースがいくつも出てきた。
「1995年3月のJ Bone Joint Surg Br.」論文にはゴエッツェンの他に3人の共著者がいる。
編集部は、ゴエッツェンから返事が得られないので、3人の共著者にどうなっているのかを聞いた。
クラーゼン教授(Clahsen H) とシューリッツ教授(Schulitz KP)(ゴエッツェンの所属学科の学科長)は、投稿論文の著者になることのサインはゴエッツェンに任せていたので、ゴエッツェンが勝手にサインしたのだろう、と述べた。
ブルリッヒ教授(Bürrig KF)は送り状(letter of transmittal)にサインをしたが、投稿論文の著者になることを認めてサインしたわけではない。1991年にデュッセルドルフ大学を去り、それ以降、ゴエッツェンとは何の連絡もしていないと述べた。
ゴエッツェンとシューリッツ教授は悪いことはないもしていないと主張するし、クラーゼン教授、シューリッツ教授、ブルリッヒ教授の3教授が、論文原稿の作成に関与したという証拠が得られなかった。
「J Bone Joint Surg Br.」編集部は、困って、状況をそのまま記述し、「1995年3月のJ Bone Joint Surg Br.」論文を撤回した。
★デュッセルドルフ大学・調査委員会
上記の状況を受け、デュッセルドルフ大学・医学部・教授資格論文問題委員会(The medical faculty’s standing Committee on Habilitation Affairs)が調査に乗り出した。
すると、ゴエッツェンの過去の論文に、重複出版、他人の図の盗用が見つかった。さらに、デュッセルドルフ大学で使用された実験動物の犬の数がゴエッツェンの論文では多めに改ざんされていた。
1996年10月、教授資格論文問題委員会はゴエッツェンの教授資格をはく奪した。同時に、デュッセルドルフ大学での教授資格である「Privatdozent」もはく奪した。
★裁判
1997年、ゴエッツェンが原告で、被告はデュッセルドルフ大学(University of Düsseldorf)で、裁判が始まった。
ゴエッツェンは、教授資格と「Privatdozent」 のはく奪は無効だと訴えた。
また、実験動物の犬の数が異なるのは、1983–1994年にデュッセルドルフ大学で実験したが、米国の私企業でも実験したからで、米国の私企業で実験した犬の数がカウントされていないと主張した。
ただし、犬の実験をした米国の私企業の名前を明かさなかった。そして、実験記録は、年数がたったので廃棄されたと、ゴエッツェンは弁明した。
裁判長は、ゴエッツェンの「Privatdozent」 のはく奪に関する訴えを却下した。「Privatdozent」はデュッセルドルフ大学特有の資格なので、デュッセルドルフ大学の判断が重要だという見解だった。
ゴエッツェンの所属するドイツの学会(German Association for Orthopaedics and Traumatology)は、投票し、ゴエッツェンを除名処分にした。
シューリッツ教授は、ゴエッツェンの所属学科の学科長である。シューリッツ教授は、ゴエッツェンを支持し解雇しなかった。
ゴエッツェンは、教授資格論文問題委員会には専門家がいない。専門家を入れるべきだと要求した。
教授資格論文問題委員会の委員長だったデュッセルドルフ大学・医学部・副学部長のアンドレアス・シャイド(Andreas Scheid、写真出典)は「犬の数を数えるのに専門家はいらない。写真が同じかどうかを判断するのにも、専門家はいらない」と反論している。
●【事件後の人生】
ゴエッツェンは、1998年まで論文を出版しているが、以後、2016年9月8日現在まで論文がない。このことから推察し、1997年頃に解雇されたようだ。
その後、研究職に就いていない。2016年9月8日現在、整形外科医として病院を経営し臨床医をしている。
マイノルフ・ゴエッツェン整形外科医(Meinolf Goertzen)。写真出典
●6.【論文数と撤回論文】
2016年9月8日現在、パブメド(PubMed)で、マイノルフ・ゴエッツェン(Meinolf Goertzen)の論文を「Meinolf Goertzen [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、0論文がヒットした。
「Goertzen M [Author]」で検索すると、1989~2014年の26年間の25論文がヒットした。
最新の4報は、Goertzen MM とあり、この記事のマイノルフ・ゴエッツェンはGoertzen MJなので別人である。従って、1989~1998年の10年間の21論文に絞れる。
2016年9月8日現在、1論文が撤回されている。この記事で問題視した「1995年3月のJ Bone Joint Surg Br.」論文が1997年9月に撤回されている。
- Sterilisation of canine anterior cruciate allografts by gamma irradiation in argon. Mechanical and neurohistological properties retained one year after transplantation.
Goertzen MJ, Clahsen H, Bürrig KF, Schulitz KP.
J Bone Joint Surg Br. 1995 Mar;77(2):205-12.
Erratum in: J Bone Joint Surg Br 1995 Nov;77(6):985.
Retraction in: Fulford P. J Bone Joint Surg Br. 1997 Sep;79(5):705-6.
PMID:7706332
●7.【白楽の感想】
《1》どうして?
事件の詳細は不明だが、どうして、他人の論文の画像を盗用したのだろう? 発覚するし、発覚した時に言い訳が成り立たないだろうに。今なら、ほとんどの研究者は確実にそう思う。
ところが、この時代は、まだ研究ネカトのすべてがあいまいで、いい加減な時代だったようだ。だから、不正をするほうも、結構うっかり(気楽に?)、不正をしたのだろう。
《2》ドイツの研究ネカト対処のキッカケ
この事件は、ドイツ学術界が研究ネカト問題を真剣に対処するキッカケを与えた事件だそうだ。
●8.【主要情報源】
① 1997年12月15日のアリソン・アボット(Alison Abbott)の「Nature」記事:Abbott, Alison, 1997: Researcher sues over ‘fraud’ sanction. Nature 390: 2:Download – Documents
② 1997年9月5日の学術誌「J Bone Joint Surg Br.」編集長記事:THE JOURNAL OF BONEAND JOINT SURGERY VOL. 79-B, N O . 5, SEPTEMBER 1997。(保存版)
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。