ワンポイント:活躍中の教授が突然辞任した陰にデータねつ造の発覚という約32年前の事件
●【概略】
ハスコ・パラディース(Hasko Paradies、本人写真未発見)は、ドイツ・ベルリン自由大学(Free University of Berlin)・生物学・教授で、専門は生物物理学(結晶構造解析)だった。
1983年4月(40代前半、43歳?)、ドイツ・ベルリン自由大学を突然辞職した。同じ分野の米国の研究者ウェイン・ヘンドリクソンによって結晶像のねつ造がばれたからである。
事件の顛末は、アレクサンダー・コーン(酒井シズ、三浦雅弘訳):『科学の罠』、工作舎、1990年に詳しく記述されている。
ドイツ・ベルリン自由大学・生物学棟:Institute of Biology • Departments • Freie Universität Berlin
- 国:ドイツ
- 成長国:
- 研究博士号(PhD)取得:xx大学
- 男女:男性
- 生年月日:不明。仮に、1940年1月1日とする
- 現在の年齢:84歳?
- 分野:生物物理学
- 最初の不正論文発表:1970年(30歳?)
- 発覚年:1983年(43歳?)
- 発覚時地位:ベルリン自由大学・教授
- 発覚:同じ分野の研究者が論文で指摘
- 調査:①ベルリン自由大学・調査委員会
- 不正:ねつ造
- 不正論文数:?報。撤回論文はない
- 時期:研究キャリアの初期から
- 結末:辞職
●【経歴と経過】
- 生年月日:不明。仮に、1940年1月1日とする
- 19xx年(xx歳):xx大学を卒業
- 1967年(27歳?):スウェーデン・ウプサラ大学・研究員か教員
- 1970年(30歳?):英国・キングス・カレッジ・研究員か教員
- 1974年(34歳?):ドイツ・ベルリン自由大学(Free University of Berlin)・生物学・教授、マックス・プランク研究所・研究員
- 1983年(40代前半、43歳?):不正研究が発覚する
- 1983年4月(40代前半、43歳?):ドイツ・ベルリン自由大学を辞職
●【不正発覚の経緯と内容】
事件の顛末は、アレクサンダー・コーン(酒井シズ、三浦雅弘訳):『科学の罠』、工作舎、1990年に詳しく記述されている。
1983年、アメリカ海軍研究所のジェローム・カールのポスドクだったウェイン・ヘンドリクソン(Wayne Hendrickson、2015年の写真出典)が、パラディースのエックッス線解析像は、他のタンパク質の解析像を流用していると以下の論文で指摘した。
- True Identity of a Diffraction Pattern Attributed to Valyl tRNA
W.A. Hendrickson, B.E. Strandberg, A. Liljas, L.M. Amzel and E.E. Lattman
Nature 303, 195 (1983).
なお、ヘンドリクソンはその後、タンパク質結晶解析で大成功し、ガードナー国際賞(2003年)などを受賞し、現在コロンビア大学教授である。
話を元に戻って、繰り返そう。
1970年、パラディースは、世界で初めてt-RNA結晶の回析像を発表した。
1983年、ウェイン・ヘンドリクソンは、その回析像は、実は、t-RNA結晶ではなく、スウェーデンのウプサラ大学に在籍していた時に入手した炭酸アンヒドラーゼ結晶の回析像だと指摘したのである(上記1983年のネイチャー論文)。
パラディースが自分で論文を書き、データを添え投稿し、論文の校正もし、さらに、出版された自分の論文を後で自分で引用している。これだけの過程を経ているのに、論文中の結晶回析像を別の結晶回析像と取り違えたことに気が付かないはずはない。「単なる間違い」ではなく、明確で意図的なデータ流用(つまり、ねつ造)だと、ウェイン・ヘンドリクソンは指摘した。
それでも、パラディースはデータ流用との批判に対して、単なる「間違い」だと主張し続けた。「まことに不運な過ちは、これに気づいた時にただちに訂正した」(【主要情報源】①)と述べている。
●【論文数と撤回論文】
2015年11月18日現在、パブメドhttp://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmedで、ハスコ・パラディース(Hasko Paradies)の論文を「Paradies H[Author]」で検索すると、1968~1989年の33論文と2005~2015年の12論文の計55論文がヒットした。2005~2015年の12論文は本記事に当該者とは別人だろう。
2015年11月18日現在、撤回論文はなかった。
問題視された以下の「1970年のネイチャー論文」も撤回されていない。
- Crystallographic study of valine tRNA from yeast.
Paradies HH, Sjöquist J.
Nature. 1970 Apr 11;226(5241):159-61.
●【白楽の感想】
《1》人生、生活がまるで見えてこない
約32年前の事件だが、アレクサンダー・コーン(酒井シズ、三浦雅弘訳)の書籍『科学の罠』に記載されていたので、ある程度、事情がわかった。
しかし、パラディースの顔写真は見つからない。パラディースの人となり、人生、生活がまるで見えてこない。研究ネカトは、研究ネカト行為を研究者の人生や生活と切り離して理解することができない。犯した研究者の人生や生活と表裏一体でしか理解できない。研究ネカトだけ切り離しては、事件の裏に潜む事情が見えてこない。そして、人間という生き物は、裏の事情が重要なのだ。
《2》論文撤回
本記事でデータねつ造と認定された論文は撤回されていない。1980年代は、まだ研究ネカトへの調査と処分、不正論文の扱いの基準が確立されていなかった。
《3》追及者
ウェイン・ヘンドリクソンは、パラディースの研究ネカトをしっかり調べ、追及の手を緩めなかった。約32年前の出来事だが、研究者の事件の発覚の陰に、多くの場合、このような善意の個人の鋭い追及がある。現在の事件でも同じで、新聞記者、研究者、大学院生など善意の個人の鋭い追及がある。
つまり、誰かが追及してくれて発覚する。裏を返すと、誰かが追及してくれないと発覚しない。研究公正局や大学・研究機関の研究倫理事務局が自発的に最初から追求することはない。それらの組織は誰かが追求し、研究ネカトだとハッキリさせてから、ようやく重い腰を上げるだけである(上げない場合もある)。そう考えると、研究ネカト摘発の社会システムとしてはかなりマズイのだが・・・。最初に追求してくれる集団が必須なのだが・・・。
●【主要情報源】
① 書籍: アレクサンダー・コーン(酒井シズ、三浦雅弘訳):『科学の罠』、工作舎、1990年。文章はウェブ上にない
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