ワンポイント:ブルガリア育ちの英国・講師の改ざん事件
●【概略】
ロセン・ドネフ(Rossen Donev、写真出典)は、ブルガリアで育ち、ブルガリアで研究博士号(PhD)取得後、英国がん研究基金のポスドクになった。その後、英国のカーディフ大学で研究室を主宰したが、2年 4か月後、英国・スウォンジー大学(Swansea University)・医学部・講師に移籍した。専門は神経科学である。医師ではない。
研究ジャーナルの「Advances in Protein Chemistry and Structural Biology」「Analytical Biochemistry」「Frontiers in Neurogenomics」「World Journal of Pharmacology」の編集委員である。
2012年頃、覆面告発者・クレア・フランシス(Clare Francis)により、英国のカーディフ大学時代(2003年2月~2009年12月の6年11か月間)の論文に研究ネカトがあると公益通報された。
2013年4月(46歳)、カーディフ大学は調査の結果、ドネフの論文に改ざんがあったと公表した。
英国のカーディフ大学 写真出典
- 国:英国
- 成長国:ブルガリア
- 研究博士号(PhD)取得:ブルガリア科学アカデミー
- 男女:男性
- 生年月日:不明。仮に、1967年1月1日とする。
- 現在の年齢:57 歳?
- 分野:神経科学
- 最初の不正論文発表:2006年(39歳)
- 発覚年:2012年(45歳)
- 発覚時地位:スウォンジー大学・講師
- 発覚:覆面告発者・クレア・フランシス(Clare Francis)の公益通報
- 調査:①英国・カーディフ大学・調査委員会。2012年8月~2013年4月
- 不正:改ざん
- 不正論文数:4報。実際はもっと多いと噂されている
- 時期:研究キャリアの初期から?
- 結末:辞職
●【経歴と経過】
出典
- 生年月日:不明。仮に、1967年1月1日とする。ブルガリアで生まれる
- 1985年?-1991年11月?(18-24歳):ブルガリアのソフィア大学(Sofia University)でバイオテクノロジーの学士号、次いで修士号を取得
- 1991年12月-1999年9月(24-32歳):ブルガリア科学アカデミー(Bulgarian Academy of Sciences)の分子生物学研究所で研究博士号(PhD)を取得した。専門は分子生物学
- 1999年10月- 2003年2月(32-36歳):英国がん研究基金(Imperial Cancer Research Fund:現Cancer Research UK)・ロンドン研究所(London Research Institute)のポスドク
- 2003年2月 – 2007年8月(36-40歳):英国・カーディフ大学(Cardiff University)・医学部のポスドク
- 2007年9月- 2009年12月(40-42歳):英国新人研究者助成金(MRC-UK New Investigator Award)を得て、英国・カーディフ大学(Cardiff University)・フェローとして研究室を主宰する
- 2010年1月-2013年8月(43-46歳):英国・スウォンジー大学(Swansea University)・医学部・講師
- 2012年(45歳):改ざん疑惑が公益通報された
- 2012年10月-2015年7月現在(45-47歳現在):バイオメド・コンサルタント社(Biomed Consult Ltd)・部長
- 2013年4月(46歳):カーディフ大学は調査の結果、改ざんと判定し公表した
●【研究内容】
●【不正発覚の経緯と内容】
2012年7月、ウェブサイト「サイエンス・フラウド」で、カーディフ大学(Cardiff University)の論文がねつ造・改ざんだと指摘された。
2012年、上記の前か後か不明だが、覆面告発者・クレア・フランシス(Clare Francis)が、カーディフ大学(Cardiff University)に所属教員のねつ造・改ざんがあると告発し、調査を依頼した。クレア・フランシスはこの時、ドネフの他に上司で疑惑論文の共著者であるポール・モーガン医学部長(Paul Morgan)も同時に告発した。
2012年8月、カーディフ大学(Cardiff University)は調査を開始した(Cardiff dean’s laboratory under investigation once again after fresh misconduct allegations | Times Higher Education)
2013年4月18日、カーディフ大学は、43報の論文を調査した結果、2006年から2012年の4論文に研究ネカトがあり、ドネフをクロ、モーガン医学部長をシロと判定した(2013年4月18日の記事: You can’t blow that whistle incognito | Times Higher Education)。
カーディフ大学(Cardiff University)医学部長ポール・モーガン(Paul Morgan) 写真出典
ただ、調査委員会は、「ドネフ以外に研究ネカトをする人がいないし、ドネフは論文の責任著者なので、彼が責任を取るべきだ」というユルイ理由で、ドネフをクロと判定した。
調査委員会は、モーガン医学部長に対しては、「ドネフが研究資料を研究室に残すようにもっと断固たる態度をとるべきだった。それに、論文原稿をジャーナルに投稿する前にオリジナル画像をもっとちゃんとチェックすべきだった」と指摘している。モーガン医学部長は、「現在、それらをルーチンに実行しています」と答えている。
研究ネカト論文は2006年―2010年の以下の4報だという記述があるが、4番目の論文は撤回論文ではない。別の論文が撤回されれている。
- Cancer Research 2006 Feb: 66(4) 2451-8
- Molecular Immunology 2008 Jan: 45(2) 534-42
- Cancer Research 2008 Jul: 68(14) 5979-87
- Journal of Pharmacogenomics 2010 Feb: 10(1) 12-19
★Cancer Research 2006 Feb: 66(4) 2451-8
「Cancer Research 2006 Feb: 66(4) 2451-8」の図1Bと図4Aが研究ネカトだとされた(Retraction)。両方とも電気泳動バンドの画像で、他のバンドを切り貼りした画像である。
切り貼りした画像を使用したことで論文の結論は変わらないのだが、複数の実験結果をあたかも1回の実験結果に見せかけるのはねつ造・改ざんであるという判断のもと、研究ネカトとされ、論文は2013年11月7日に撤回された。
★Mol Immunol. 2008 Jan;45(2):534-42.
「Molecular Immunology 2008 Jan: 45(2) 534-42」の図1B, 図4A 、図5が問題視された。ドネフは「これらのデータは、以前に行なった実験のデータを使用した。データはねつ造ではないし、論文の結論は変わらない」と述べている。
図1Bだけ以下に示す(つもりだったが原図が行方不明です。ごめん)。内容は、電気泳動バンドの画像である。
★J Immunol. 2010 Jun 1;184(11):6035-42
「J Immunol. 2010 Jun 1;184(11):6035-42」の図1Aと図1Bが問題視された。図1Aと図1Bのバンドは、複数のゲルから切り貼りしているのに、そう言及していない。つまり、複数の実験結果をあたかも1回の実験結果に見せかけるのはねつ造・改ざんであるという判断で、研究ネカトとされた。
Cardiff University misconduct investigation leads to Journal of Immunology retraction – Retraction Watch at Retraction Watch.
図1Bのバンドは、特殊なソフトや元図を見なくても、画像をそのまま見れば、背景色が異なるので、複数のゲルから切り貼りしているのは明白だ。しかし、そうなら、どうして、共著者も論文審査員も論文が出版される前にチェックした時点で、指摘しなかったのだろうか?
2011年12月20日にドネフは「論文撤回監視(Retraction Watch)」に次のように回答している。
「論文出版後、編集部から図1Bのバンドは切り貼りしていると指摘された。調べると、この図は数年前、研究室内のデー討論会の資料として用意した図で、投稿原稿に使うべき図ではないもので間違えて使用してしまった。画像を見れば、背景色が異なるので、複数の実験結果のバンドの切り貼りは明白です。
カーディフ大学調査委員会は、意図的なねつ造・改ざんではなく、間違いだったことを認めている」
★ドネフは納得していない
研究ネカトとされたのはすべて、電気泳動バンドである。これらがねつ造・改ざんあるいは不適切使用と判定された。
2013年11月12日、ドネフはカーディフ大学調査委員会に対して、次のように不満を述べている(Former Cardiff researcher found guilty of misconduct “very disappointed,” calls process “unprofessional” – Retraction Watch at Retraction Watch)。
調査委員会が述べているように、「可能性」に基づいた推論と、データの責任があるのは私だけだからという理由で、私を犯人にした。そういう理不尽な都合で、私を犯人にしたのである。私は研究ネカトをしていないし、委員会の調査にも結論にも承服していません。
●【論文数と撤回論文】
2015年6月30日、パブメドhttp://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmedで、ロセン・ドネフ(Rossen Donev)の論文を「Rossen Donev[Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2015年までの14年間の40論文がヒットした。40論文中、医学部長ポール・モーガン(Paul Morgan)と共著の論文は15報ある。
2015年6月30日現在、2006年~2010年の以下の4論文が撤回されている。4論文とも医学部長ポール・モーガン(Paul Morgan)が共著者である。本記事で指摘した4論文のうち3論文が該当する。
- Targeting neural-restrictive silencer factor sensitizes tumor cells to antibody-based cancer immunotherapy in vitro via multiple mechanisms.
Kolev MV, Ruseva MM, Morgan BP, Donev RM.
J Immunol. 2010 Jun 1;184(11):6035-42. doi: 10.4049/jimmunol.1000045. Epub 2010 Apr 26.
Retraction in: Kolev MV, Morgan BP, Ruseva MM, Donev RM. J Immunol. 2011 Dec 15;187(12):6581. - Modulation of CD59 expression by restrictive silencer factor-derived peptides in cancer immunotherapy for neuroblastoma.
Donev RM, Gray LC, Sivasankar B, Hughes TR, van den Berg CW, Morgan BP.
Cancer Res. 2008 Jul 15;68(14):5979-87. doi: 10.1158/0008-5472.CAN-07-6828.
Retraction in: Cancer Res. 2013 Nov 15;73(22):6839. - The mouse complement regulator CD59b is significantly expressed only in testis and plays roles in sperm acrosome activation and motility.
Donev RM, Sivasankar B, Mizuno M, Morgan BP.
Mol Immunol. 2008 Jan;45(2):534-42. Epub 2007 Jun 26. Retraction in: Mol Immunol. 2014 Mar;58(1):150. - p53 regulates cellular resistance to complement lysis through enhanced expression of CD59.
Donev RM, Cole DS, Sivasankar B, Hughes TR, Morgan BP.
Cancer Res. 2006 Feb 15;66(4):2451-8.
Retraction in: Cancer Res. 2013 Nov 15;73(22):6838.
●【事件の深堀】
★医学部長ポール・モーガン(Paul Morgan)
ドネフの2002年以降の発表論文は40報で、そのうち15報が医学部長ポール・モーガン(Paul Morgan)と共著で、撤回されている4報はすべてモーガン医学部長と共著である。
カーディフ大学は調査の結果、ドネフをクロ、モーガン医学部長をシロと判定した。
しかし、論文の共著者名、役職の上下関係、英国人対ブルガリア人を考えると、調査委員会がひよった可能性を否定できない。
まず、ドネフはこの時、スウォンジー大学に移籍していて、カーディフ大学に在籍していない。調査はカーディフ大学が行なっている。
ドネフ1人を犯人にすれば、モーガン医学部長を含めカーディフ大学所属の多くの共著者は糾弾されず、カーディフ大学の損傷は軽微になる。ドネフ1人をスケープゴートにしたと考えても邪推ではないように思える。実際、「スケープゴートにした」のではないかという指摘もある(【主要情報源】③)。
もし、ドネフが単独で研究ネカトしたとしても、モーガン医学部長にはそれをチェックする立場上の責任があると思える。さらには、研究ネカト論文とはいえ共著で出版したことで、発覚までは、モーガン医学部長の論文でもあり、そのことでモーガン医学部長も大きな恩恵を得ていたハズだ。
だから、モーガン医学部長にもそれなりの責任(ほぼ同罪の責任?)があり、処分されるべきだろう。
教授と若手の共著論文で研究ネカトが発覚し、大学の調査委員会が調査すると、多くの場合、若手が単独犯とされ、教授はおとがめなし~軽微な処分が多い。一言でいえば、スケープゴートである。ここにバイアスがらみの不正が潜んでいると思える。どーすりゃいいんだか・・・。
●【白楽の感想】
《1》あとだしジャンケン?
複数の電気泳動バンドの画像を切り貼りして1枚の画像にまとめるのはねつ造・改ざんであるという規範は、白楽が現役で研究していたころはなかったと思う。
当時は、切り貼りして1枚の画像にまとめても、それを、「1回の実験結果に見せかける」意図はないので、今回のドネフの画像のように、画像を見れば、背景色が異なるので、複数のゲルから切り貼りしているのは明白になる。
切り貼りした画像を1枚の画像にまとめるのはねつ造・改ざんであるという基準は、問題点を感じる。
なお、ドネフのデータ改ざん論文は4報とされた。「切り貼りした画像を1枚の画像にまとめる」のはドネフの研究習慣病で常習化していたと思われる。同じ判定基準なら、ドネフの他の多くの論文はクロではないのだろうか?
《2》なぜ?
情報が少なく、事件の背景はわかりにくい。
ドネフはブルガリアで育ち、ブルガリアで研究博士号(PhD)を取得しているが、ブルガリアの研究文化を白楽は知らない。インドや中国のように「ズルが横行」しているのだろうか?
インド人や中国人がカナダ・アメリカで事件を起こすように、発展途上国出身者が欧州先進国で研究者になった場合、研究ネカトで捕捉される頻度は高いのだろうか?
そういえば、スウェーデンで生命科学研究者になった白楽の弟子が数年前、「スウェーデン人は、土日祝や休暇に研究室に来ません。来るのは外国出身者ばかりです」と言っていた。欧州だけでなく北米も、そして日本も、先進国はどこも発展途上国出身者を同等に扱っていない。
スウォンジー大学の道路一本向こうは美しいビーチ。写真
スウォンジー大学の夏の学園祭。美しい女性学生たち。楽しそうですね。写真
●【主要情報源】
① 「論文撤回監視(Retraction Watch)」記事群:You searched for Donev – Retraction Watch at Retraction Watch
② 2013年4月10日、ポール・ジャンプ(PaulJump)の「Times Higher Education」記事:One cleared, one guilty in Cardiff research misconduct case | Times Higher Education
③ 2013年4月11日、The k2p blog:Prolific Cardiff Professor cleared of misconduct | The k2p blog