オリヴィエ・ヴォワネ(Olivier Voinnet)(スイス)

ワンポイント:名門大学の有望若手教授の研究ネカト疑惑

【追記】
・2018年9月6日のプレスリリース:ETH professor not guilty of manipulation
・2018年9月12日の記事:Olivier Voinnet: not guilty in past, present and future – For Better Science

【概略】
t_0172b92f7fオリヴィエ・ヴォワネ(Olivier Voinnet、写真出典)は、スイス連邦工科大学チューリヒ校・教授で、専門は植物分子生物学である。

スイス連邦工科大学チューリヒ校は、チューリッヒ工科大学とも呼ばれるが、ドイツ語では「Eidgenössische Technische Hochschule Zürich」で、これを略した「ETH Zürich」または「ETHZ」が多用されている。大学自身が「ETH Zürich」と表記している。英語では「Swiss Federal Institute of Technology Zurich」だが、一般的には、「ETH Zürich」の「ü」を「u」に変えた「ETH Zurich」が使われる。日本語の読み方は「イーティーエッチ、チューリッヒ」である。

スイス連邦工科大学チューリヒ校は、「Times Higher Education」の大学ランキングで世界第13位、欧州第4位(英国を除くと第1位)の名門大学である(World University Rankings 2014-15 | Times Higher Education)。

2014年12月(42歳)、「パブピア(PubPeer)」で研究ネカトではないかと指摘されたのが発端で、翌年4月(2月?)、スイス連邦工科大学チューリヒ校が調査を始めた。

2015年7月10日(43歳)、スイス連邦工科大学チューリヒ校が調査結果と結論を公表した。同時に、以前所属していたフランス国立科学研究センターも結論を公表した。ともに、「間違い」はあるが、研究ネカトではないとした。無罪。

ETH_Zurich_-_Hauptgebaude_-_Polyterasse_2011-08-06_18-21-28_ShiftN2スイス連邦工科大学チューリヒ校中央棟(Main building of ETH Zurich) 。写真

ETH-Hoenggerberg-2008スイス連邦工科大学チューリヒ校ヘンガーベルク・キャンパス(ETH Honggerberg Campus)の全景。写真出典

  • 国:スイス
  • 成長国:フランス、英国
  • 研究博士号(PhD)取得:英国のセインズベリー研究所(Sainsbury Laboratory
  • 男女:男性
  • 生年月日:1972年頃。仮に、1972年1月1日生まれとする
  • Olivier Voinnet2現在の年齢:52 (+1)歳
  • 分野:植物分子生物学
  • 最初の不正論文発表:1998年(26歳)
  • 発覚年:2014年(42歳)
  • 発覚時地位:スイス連邦工科大学チューリヒ校(ETH Zurich)・教授
  • 発覚:「パブピア(PubPeer)」の指摘
  • 調査:①スイス連邦工科大学チューリヒ校・調査委員会。~2015年7月10日。②ランス国立科学研究センター・調査委員会。~2015年7月10日。
  • 不正疑惑:ねつ造・改ざん
  • 不正疑惑論文数:数十報
  • 時期:研究キャリアの初期から
  • 結末:実質上おとがめなし

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【経歴と経過】
経歴の主な出典:①Finding His Voice in Gene Silencing | Science Careers 、②Extraordinary researcher honoured

  • 1972年頃、フランス(?)に生まれる。仮に、1972年1月1日生まれとする
  • 19xx年(xx歳):xx大学を卒業
  • 1992年(20歳?):フランスのピエール・エ・マリー・キュリー – パリ VI大学(Pierre and Marie Curie University)・修士課程入学
  • 1995年(23歳):パリのジャックモノ研究所(Institut Jacques Monod)のAnne-Lise Haenni研究室で植物ウイルスを研究する。1年間。
  • 1996年(24歳):英国・博士課程入学(ケンブリッジ大学?)。研究は、ノリッジ(Norwich)にあるセインズベリー研究所(Sainsbury Laboratory)のデイビット・バウルクーム教授(David Baulcombe)研究室で行なった
  • 2001年(29歳):上記で研究博士号(PhD)を取得
  • 2002年(30歳):フランスのストラスブール(Strasbourg)のフランス国立科学研究センター(French National Center for Scientific Research:CNRS)・研究員
  • 2005年(33歳):同・研究室長(Directeur de Recherche)に昇進
  • 2006年(34歳):スイス連邦工科大学チューリヒ校(ETH Zurich)・教員
  • 2010年11月(38歳):同・正教授
  • 2013年6月12日(41歳): スイス連邦工科大学チューリヒ校のRossler Prize 受賞(Extraordinary researcher honoured
  • 2014年12月(42歳):「パブピア(PubPeer)」で不正研究と指摘される
  • 2015年4月(2月?)(43歳):スイス連邦工科大学チューリヒ校が調査を始めた
  • 2015年7月10日(43歳):スイス連邦工科大学チューリヒ校が調査結果と結論を公表した。同時に、以前所属していたフランス国立科学研究センターも結論を公表した。ともに、「間違い」はあるが、研究ネカトではないとした。無罪。

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【研究内容】

ヴォワネの専門はRNA生物学で、特に植物を用いたsiRNA(small interfering RNA)生物学だ(RNAi – Wikipedia)。

【動画】
「Film de presentation des travaux de Herve Vaucheret et Olivier Voinnet」(フランス語)3分54秒。 Institut de Franceが2015/04/24 に公開。 ヴォワネは後半分である。2分15秒頃に登場する。

★siRNA(small interfering RNA)

voinnet_olivier_2_jf_hdウィキペディア日本語場版(RNAi – Wikipedia)によると以下のようだ。

RNAi(RNA interferenceの略、日本語でRNA干渉ともいう)は、二本鎖RNAと相補的な塩基配列を持つmRNAが分解される現象。RNAi法は、この現象を利用して人工的に二本鎖RNAを導入することにより、任意の遺伝子の発現を抑制する手法。アンチセンスRNA法やコサプレッションもRNAiの一形態と考えられる。

通常、遺伝子の機能阻害は染色体上の遺伝子を破壊することで行われてきた。しかし、RNAi法はこのような煩雑な操作は必要なく、塩基配列さえ知ることができれば合成したRNAを導入するなどの簡便な手法で遺伝子の機能を調べることができる。ゲノムプロジェクトによって全塩基配列を知ることのできる生物種では、逆遺伝学的解析の速度を上げる大きな要因の一つともなった。一方、完全な機能喪失とはならないこと、非特異的な影響を考慮する必要があるなどの問題もある。

1996~2001年、ヴォワネは大学院博士課程での研究を。英国。セインズベリー研究所のデイビット・バウルクーム(David Baulcombe)研究室で行なった。

vvupzuiqlyqqvgu5zv2ycwvl201211221239Baulcombe2012デイビット・バウルクーム(David Baulcombe)。写真出典

1999年、そのデイビット・バウルクーム教授は、植物を用いて、ハミルトン(Andrew Hamilton)とともにsiRNA(small interfering RNA)を発見したのである。ヴォワネが発見者になっていたかもしれない。

その1年前の1998年、米国・カーネギー研究所のアンドリュー・ファイアと米国・マサチューセッツ大学のクレッグ・メローは、線虫を用いて、小さな二重鎖RNAが、相補的な配列を持つmRNAを破壊し、タンパク質合成を抑制する、つまり、特定の遺伝子の機能を阻害するsiRNA(small interfering RNA)を発見していた。

2006年、1998年のsiRNAの発見に対し、米国・スタンフォード大学に移籍していたアンドリュー・ファイア教授と米国・マサチューセッツ大学のクレッグ・メロー教授が、ノーベル生理学・医学賞を受賞した。

ちょっと頑張れば、ヴォワネがバウルクーム教授とともにノーベル賞を受賞したかもしれない。

なお、バウルクーム教授は受賞相当と評価されている(No Nobel for You: Top 10 Nobel Snubs – Scientific American)。

【不正疑惑の内容】

「パブピア(PubPeer)」は、ヴォワネの2004年~2013年の数十報が研究ネカトではないかと指摘していた。PubPeer – Results for voinnet

「パブピア(PubPeer)」で最も強くやり玉に挙がっていた論文(コメント数が最多の60件)は以下の「Plant Cell. 2004年論文」である。この論文が出版された時、ヴォワネは32歳だった。

2015年1月5日、上記「Plant Cell. 2004年論文」の図7がねつ造・改ざんではないかと指摘された。ゲルのバンドの写真が重複使用されたのだ。
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2日後の2015年1月7日、同じ「Plant Cell. 2004年論文」の図2がねつ造・改ざんではないかと指摘された。ゲルのバンド画像である。
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このようなことが続いて指摘され、この「Plant Cell. 2004年論文」は2015年6月8日に撤回された。

★ヴィッキー・ヴァンス教授(Vicki Vance)の裏話

vance2015年4月1日、サウスカロライナ大学(University of South Carolina)の植物学教授のヴィッキー・ヴァンス(Vicki Vance、写真出典)が興味深いことを「パブピア(PubPeer)」に書いている(ヴァンス教授のサイトはリアルと思えるので、文章はエイプリル・フールのガセネタではないと思う)。(PubPeer – Results for voinnet

この「Plant Cell. 2004年論文」は、ヴォワネが独立した研究室を主宰した最初の論文で、ヴァンス教授は、自身で、その査読者だったと明かしている。実は、「Plant Cell」に掲載されるまで、この論文は別のジャーナルに2回投稿され、2回ともヴァンス教授が査読者になっていて、2回とも掲載拒否されていたのである。

最初、「Genes and Development」に投稿された時は、たくさんの問題がありました。その1つは図2の対照実験で、問題を指摘し、査読結果を編集長に伝えました。結果として掲載は拒否されました。

しかし、1か月もたたないうちに、修正原稿が、今度は「EMBO J.」に投稿されてきたのです。その原稿も私が査読者が選ばれました。いくつかの問題は解決されていましたが、「Genes and Development」と同じデータなのに、別の記述をしている部分がありました。つまり、明らかに「嘘をついていた」わけです。そのことを「EMBO J.」の編集長に説明しました。結局、「EMBO J.」からも掲載が拒否されました。

そして、間もなく、ヴォワネは、同じ論文を「Plant Cell」に投稿してきました。そして、三度、私が査読者に指名されたのです。以前の2回の事があるので、査読者になるのは問題だと思い、編集長に事情を説明し査読をお断りしたいと伝えました。しかし、編集長は、それでも査読をお願いしたいということなので、査読を引き受けました。

論文原稿に記載されている事象の1つは私には信じられませんでした。同じ実験を自分の研究室でかなり一所懸命したことがあるのですが、一度も成功していませんでした。査読者として、その点をヴォワネに問いただすと、ヴォワネは自分の研究室では成功して、すでに7株(line)あると返事してきました。それで、結局、「Plant Cell」に掲載されたのですが、論文が掲載されると、そんな株はありませんと言うではありませんか。私は、それ以来、ヴォワネ研究室からの発表や論文を信じておりません。(「パブピア(PubPeer)」:PubPeer – Results for voinnet

【不正疑惑発覚の経緯と結果】

voinnet一般的に、日本では、外国の研究者の事件を日本語で解説した記事はマレである。どうしてそうなのかを考えると、日本のゆがんだ科学文化に至るのだが、その議論はここではやめておく。

ヴォワネに関しては、日本語の文章が2つ(1つは解説記事の翻訳)あったので引用する。

以下は、2015年4月10日付けの「Olivier Voinnet博士の捏造疑惑 – F爺・小島剛一のブログ」から。

ウイルスに対する植物の自然免疫機構の研究で有名なフランス人生物学者Olivier Voinnetオリヴィエ・ヴォワネ氏から『Plant Cell』誌に宛てて2004年5月に同誌に掲載した記事の撤回の要請があった、と同誌が4月7日付けで発表しました。

スイス・チューリッヒの連邦工科専門学校に勤めているOlivier Voinnet博士の発表した30件ほどの論文が捏造疑惑を受けて数ヶ月前から調査中なのですが、今のところ一件だけとはいえ、撤回要請は捏造を認めたことになると大騒ぎになっています。

米国の生物学者Vicki Vance夫人が、2015年4月1日以来実名で、氏を名指しで「嘘つき」と呼んでいます。夫人は、よく科学雑誌への投稿論文の匿名査読を頼まれるのですが、氏の書いた問題の論文が、夫人による査読の後『Genes and Development』誌に続いて『EMBO journal』誌にも却下されたにも拘わらず、殆ど同文のまま『Plant Cell』誌が2004年5月に掲載した、と言うのです。

氏自身は沈黙を続けており、また「調査中」であるため関係機関からも最新情報は漏れないのですが、Nouvelles -aujourd’huiというサイトやLe Mondeル・モンド紙などが報じています。

以下は、2015年5月20日のジーニ・ヴルツ(Jeannie Wurz)の「SWI swissinfo.ch」記事を西田英恵が英語から翻訳したもの(【主要情報源③】)。

スイスの名門、連邦工科大学チューリヒ校(ETHZ)は4月、同校のある教授の発表論文に不正があったという告発を受け、同教授を取り調べ中と発表した。研究における不正行為は昔から存在するが、スイスでは最近まで調査に一貫したアプローチを取ってこなかった。

ETHZのある生物学教授は、共著者を務めた論文で改ざんした画像を使用したとして、オンラインフォーラム「パブピア(PubPeer)」上に匿名で告発されている。この研究資金の一部を提供したフランス国立科学研究センター(CNRS)によると、約30本の論文が関連するという。

ETHZは4月9日、調査委員会を立ち上げ、2015年1月以降に「パブピア」と米国の論文撤回監視サイト「リトラクション・ウォッチ」に公表された不正疑惑の解明に乗り出した。報道担当者によると、調査が完了するまで経過についてはコメントできないという。CNRSも別途、調査を行なっている。(【主要情報源③】)

しかし、「ある教授」と、なぜ匿名で記事を発表したのだろうか?

問題の教授は、オリヴィエ・ヴォワネ(Olivier Voinnet)であることは、この記事の1か月以上前の2015年4月9日にスイス連邦工科大学チューリヒ校が発表している。

――――
voinnet1事件発覚の発端から書こう。

以下に見るように記事執筆時(2015年7月)は、発覚からまだ8か月しか経っていない。

2014年12月、「パブピア(PubPeer)」が、ヴォワネの論文は研究ネカトではないかと指摘したのが最初である。

「パブピア(PubPeer)」が指摘した論文は、2015年7月18日現在では、2004年~2013年の数十論文に及んでいる。(PubPeer – Results for voinnet)。

2015年1月9日、「論文撤回監視(Retraction Watch)」は、「パブピア(PubPeer)」で批判されたいくつかの論文に対して、ヴォワネが論文訂正したことを記事にした。

2015年4月9日、スイス連邦工科大学チューリヒ校は、ヴォワネの論文が「パブピア(PubPeer)」と「論文撤回監視(Retraction Watch)」で問題視されていることを深刻にとらえ、調査すると発表した(調査は2月に開始したという記述もある)。ヴォワネの論文が問題視されていることは2015年1月に知ったと述べている。(Allegations under investigation | ETH Zurich

2015年4月9日、上記と同じ日、フランス国立科学研究センターも同様なことを発表した。(Allegations concerning Olivier Voinnet’s publications :the CNRS sets up a scientific commission of inquiry – CNRS Web site – CNRS

★スイス連邦工科大学チューリヒ校の結論

2015年6月17日、スイス連邦工科大学チューリヒ校・調査委員会は22ページの報告書を提出した(Report_of_ETH_Commission_Voinnet)。

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ヴィトルト・フィリポヴィッツ(Prof. Witold Filipowicz, Friedrich Miescher Institute, Basel)

調査委員会の委員名(所属)は以下のとおりである。
内部委員2人:①Prof. Matthias Peter (Chair of D-Biol)、②Prof. Yves Barral (Director of Studies of D-Biol)
外部委員2人: ③Prof. Edward Farmer (Plant Mol. Biol., Uni Lausanne) 、④委員長のヴィトルト・フィリポヴィッツ(Prof. Witold Filipowicz, Friedrich Miescher Institute, Basel、写真出典)

2015年7月10日、スイス連邦工科大学チューリヒ校は調査委員会の上記の報告書に基づき、大学として以下の結論を発表した(Conducted properly – published incorrectly | ETH Zurich)。

  • スイス連邦工科大学チューリヒ校は、独立した委員会を設けオリヴィエ・ヴォワネ(Olivier Voinnet)教授の論文で研究ネカトではないかと批判されたすべてのデータを取得した。
  • 委員会は論文中の多くの不正確な図を精査した。
  • 論文に不正確な図(incorrect figures)が使われていた。しかし、入手可能な生データでチェックすると、論文の科学的な結論は完全に実証された。
  • 委員会の調査報告書に基づき、スイス連邦工科大学チューリヒ校・大学理事会(Executive Board of ETH Zurich)は、オリヴィエ・ヴォワネ教授の不正確な図は、スイス連邦工科大学チューリヒ校の規則(ETH Zurich’s Rules of Procedure)で定義した「研究上の不正行為(scientific misconduct)」には該当しないと結論した。
  • オリヴィエ・ヴォワネ教授は研究室管理の義務を怠った。このことで、指導関連の「忠告」処分を科した。
  • スイス連邦工科大学チューリヒ校・大学理事会は、これらの出来事を非常に深刻に受け止め、今後、論文出版でそのような間違い(errors)を許容しないと宣告する。

早い話、論文に不正確な図を使っても、研究ネカトではないとしたのである。ヴォワネにおとがめなしである。

「研究上の不正行為(scientific misconduct)には該当しない」と結論しているが、イヤー、10歩譲っても(100歩譲る気はない)、白楽には「ねつ造・改ざん」に思えるのだが・・・。

公表した報告書に、「32論文を検討した。深刻さの程度はいろいろだが20報に間違い(errors)が見つかった」とある。だから、それは「間違い(errors)」ではなくて、意図的な「ねつ造・改ざん」でしょう。

image_imageformat_context_1126475712スイス連邦工科大学チューリヒ校の研究・企業関係担当副学長のディトレフ・ギュンター教授(Detlef Gunther、専門は分析化学、写真出典)は、次のような発言もしている。

「さらに付け加えると、ヴォワネは初めから調査に協力的で、指摘された問題点に対して彼自身が訂正案を作ったり、自分がしてしまった「間違い(errors)」を深刻に後悔し、「間違い(errors)」を修復するために進んで生データを提供してくれました。このために、大学理事会は、ヴォワネ研究グループが研究活動を続けられるにはどうするかということが中心に議論され、図の扱いの明白な欠陥をどう修正するかも議論されました」(【主要情報源】①)

反省している態度を示しているので、最初から、処分しない体裁をどう整えようかと議論したようだ。

「反省の態度を示すと処分を軽減する」、白楽は、こういう判断を好まない。結果だけで判断すべきだと思う。研究ネカトをする人は、もともと、他人をだます人、社会構造に付け入る人でしょうに。

★フランス国立科学研究センターの結論

2015年7月10日、スイス連邦工科大学チューリヒ校が結論を発表した日と同じ日にフランス国立科学研究センターも調査の結論を発表した(Completion of the procedure against Olivier Voinnet – CNRS Web site – CNRS

  • 委員会は、科学的な研究結果の発表で倫理規範の基準に違反する故意の図表操作があったことを確認した。これは、図表の加工と複製、それに誤ったキャプションである。実験的データのそのような不適切は発表ではあるが、しかし、「ねつ造」ではないと結論した。
  • 「ねつ造」ではないが、研究ネカトに相当する研究上の違反行為は、フランス国立科学研究センターの評判を傷つけ、さらには、研究そのものへの信頼を傷つけた。フランス国立科学研究センター長は、懲戒委員会と協議し、適切な手続に従い、適切な処分をする。

ヴォワネは、スイス連邦工科大学チューリヒ校に移籍する前はフランス国立科学研究センターで働いていた。その時発表した論文の研究ネカト疑惑を調査したのだが、ヴォワネは2015年7月現在もフランス国立科学研究センターに兼任しているようだ。上記の「適切な処分」は、兼任を「2年間停職処分」ということらしい。(High-profile biologist is suspended after two investigations found he “breached his duty of care”, committed “misconduct” – Retraction Watch at Retraction Watch

【論文数と撤回論文】

2015年7月13日現在、パブメドhttp://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmedで、オリヴィエ・ヴォワネ(Olivier Voinnet)の論文を「Voinnet O [Author]」で検索すると、1997~2015年の104論文がヒットした。

2015年7月13日現在、撤回論文も訂正論文もない。

ただ、個々の論文を見ると、撤回されている論文もある。例えば、「Plant Cell. 2004年論文」は2015年6月8日に撤回されている。パブメドに撤回論文の通知を記入するのが間に合わないようだ。

また、104論文を分析すると、1997~2000年の最初の7報は博士課程の指導教授であるデイビット・バウルクーム(David Baulcombe)と共著である。つまり、ヴォワネは研究スタイルと論文執筆スタイルをバウルクームから学んだと思われる。

【事件の深堀】

★大学側が解雇を恐れた?

「パブピア(PubPeer)」が研究ネカトではないかと指摘したヴォワネの論文は2004年~2013年の数十報ある。PubPeer – Results for voinnet

その指摘は、具体的で、どう見ても、ヴォワネが「ねつ造・改ざん」したと思える。

白楽の印象では、スイス連邦工科大学チューリヒ校は、ヴォワネの処分に手加減したとしか思えない。どうして手加減したのだろうか?

後述するようにヴォワネの研究室には大学院生が4人とポスドクが17人いる。研究ネカトでヴォワネをすぐ解雇すると、現在在籍している大学院生とポスドクが路頭に迷う。大学院生の研究キャリアを断線しないためには、他の研究室への移籍を含め2~3年必要だ。それで、手加減したのかもしれない。・・・ンナわけない? 理由としてヘン?

【白楽の感想】

《1》ファッション

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ヴォワネの写真を見ていると、スーツ姿がない。受賞の記念写真でもラフは服装である。頭髪は「ひっつめヘア」である。ファッションは個人の自由だが、TPOってものもあるでしょうに。受賞式にドレスコードはないだろうが、公式の場でもラフなファッションで通すのは違和感を感じる。
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こういうファッションに固執するのは、他人がどう感じるかという価値観を尊重しない価値観である。結局、同じ価値観が「研究上の不正行為」に至るのではないだろうか?

《2》優れた対応

今回の事件で、スイス連邦工科大学チューリヒ校は、研究ネカトのもみ消しという重大な過失を犯したと思うが、優れた点もある。3点あげる。

1点目は、「パブピア(PubPeer)」というオーソライズされていない組織の、しかも、匿名の指摘に対して、公式に調査委員会を設け調査したことである。

「優れた点」と書いたが、「パブピア(PubPeer)」の指摘はヴォワネの論文数十報に及ぶので、これを無視し続けるのは、かなり無理があるともいえる。調査開始の裏事情を知らないが、調査に追い込まれたというのが実情かもしれない。

2点目は、調査委員会の報告書をウェブに公開し、委員名も記載した点である。

委員と調査内容は大学によりオーソライズされているが、委員も人間なのでいい加減な人がいる。そして、調査内容はバイアスがかかっていたり、不正・無能な内容ということも珍しくない。だから、常に、委員名を記載した報告書をウェブに公開し透明性を高めるべきだ。監視があれば、バイアス・不正・無能さは減る。

これほど透明性が高いケースは、米国でさえ少ない(日本はまるで不透明である)。研究ネカト論文を掲載した欧米のジャーナル編集部でさえも、論文撤回の理由を聞かれて、「情報を開示しない規則ですので」と、理由を公表しないことが多い。

3点目は、ヴォワネがかつて所属し問題論文を発表したフランス国立科学研究センターと現主務のスイス連邦工科大学チューリヒ校が歩調を合わせて、調査開始や結果を発表した点である。

これは、スマートに感じた。調査も共同で行なったと思われる。

悪く勘ぐると、スイス連邦工科大学チューリヒ校がフランスに圧力をかけ、バラバラの結論にならないように、フランス国立科学研究センターをコントロールしたともとれる。バラバラの結論だと喧嘩・紛糾することもある。

《3》研究室員

ヴォワネ研究室のサイトを見ると、室員28人の写真が並んでいる(People – Voinnet Lab)。

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大学院生が4人、ポスドクが17人、サブグループが3人、サポートスタッフが6人とある(数字が合わないけど、マーいいでしょう)。かなりの人数である。研究室が問題を起こした時、室員(特に大学院生)は大きな被害者だ。いつも思うのだが、彼らの被害は補償されない。

なお、過去の論文を撤回した場合、その論文が主要業績で博士号を取得した卒業生は、後から博士号が撤回される・できるのだろうか? 理屈からすれば、博士号授与の根拠となる中心的な論文が撤回されれば、大学院生の博士号も撤回しなくてはならない。しかし、研究ネカトをしたのはその院生ではない場合、どうするのだろう?

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【主要情報源】
① 「論文撤回監視(Retraction Watch)」記事群:http://retractionwatch.com/category/by-author/olivier-voinnet/
② 2015年4月2日、ケリー・グレンス(Kerry Grens)の「The Scientist Magazine」記事:Plant Biologist’s Work Investigated | The Scientist MagazineR
③ 2015年5月20日、ジーニ・ヴルツ(Jeannie Wurz)の「SWI swissinfo.ch」記事:名門大学で研究不正疑惑 スイスの対処法は – SWI swissinfo.ch
④ 2015年7月10日、デクラン・バトラー(Declan Butler)の「Nature」記事:Leading plant biologist found to have committed misconduct : Nature News & Comment
⑤ 記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。