ワンポイント:ねつ造・改ざん量はカナダで最大
【追記】
・2017年12月14日。トスは裁判で敗訴した。裁判記録。 2017年12月13日の撤回監視記事:Doctor with 9 retractions loses lawsuit over work as expert witness – Retraction Watch at Retraction Watch
●【概略】
コーリー・トス(Cory Toth、写真出典)は、カナダのカルガリー大学(University of Calgary)・準教授・神経科医師で、カルガリー慢性疼痛センタークリニック(Calgary Chronic Pain Centre Clinic)の研究部長だった。専門は神経科学だ。
2012年暮れ(42歳)、研究ジャーナルの編集者の公益通報で、データねつ造・改ざんが発覚した。
- 国:カナダ
- 成長国:カナダ
- 研究博士号(PhD)取得: なし
- 男女:男性
- 生年月日:1970年x月x日。仮に、1970年1月1日生まれとする
- 現在の年齢:54 (+1)歳
- 分野:神経科学
- 最初の不正論文発表:2008年(38歳)
- 発覚年:2012年(42歳)
- 発覚時地位:カルガリー大学(University of Calgary)・準教授
- 発覚:研究ジャーナル編集者の公益通報
- 調査:①カルガリー大学・調査委員会(第一次)。2012年暮れ~2013年×月。②カルガリー大学・調査委員会(第二次)。2013年5月~2014年3月。期間:11か月
- 不正:ねつ造・改ざん
- 不正論文数:9報の論文撤回
- 時期:研究キャリアの中期から
- 結末:辞職
★動画「Investigation finds University of Calgary researchers manipulated data」、(英語)1分49秒。Globalnews が動画で事件を報道(2014年9月9日)。以下のリンクをクリックし、動画画面をクリックすると宣伝ビデオ後に開始する。
Investigation finds University of Calgary researchers manipulated data | Globalnews.ca
患者(左)を診断するトス(右)、写真出典
●【経歴と経過】
主な出典:burnaby-neurology | Cory Toth
- 1970年x月x日:カナダのサスカチュワン州(Saskatchewan)で生まれる。仮に、1970年1月1日生まれとする
- 19xx年(xx歳):サスカチュワン大学(University of Saskatchewan)の物理学・数学の学士号
- 19xx年(xx歳):サスカチュワン大学(University of Saskatchewan)・医学研究科卒で医師免許取得。その後、研修医
- 2002年(32歳):カルガリー大学(University of Calgary)・神経筋研究室のポスドク。脳波技師資格(EEG http://aki-chan.cocolog-nifty.com/myblog/2009/04/canadian-exam-f.html)取得。
- 2005年(35歳):カルガリー大学(University of Calgary)・助教授、その後、準教授。筋電図描画法資格(EMG)取得
- 2012年(42歳):不正研究が発覚する
- 2014年春(44歳):カルガリー大学(University of Calgary)・準教授を辞職
- 2014年8月(44歳):ブリティッシュコロンビアのバーナビー病院(Burnaby Hospital)の神経科医(2015年4月現在も)
写真出典
●【不正発覚・調査の経緯】
2012年暮れ(42歳)、研究ジャーナルの編集者が、トスが投稿した論文は研究ネカトの疑念があるとカルガリー大学に連絡してきた。これを受け、カルガリー大学は調査委員会(第一次)を発足した。
調査の結果、投稿した論文に研究ネカトがみつかり、投稿を撤回させた。さらに、既に発表した論文の1つにも研究ネカトが見つかった。
最初に撤回した論文は2012年の以下の論文だ。
- Blockade of receptor for advanced glycation end products in a model of type 1 diabetic leukoencephalopathy.
Diabetes. 19 November 2012 [Epub ahead of print]
N Rincon, K Xu, J Li, JA Martinez, GS Singh, D Han, P Lalli, A Ayer, K Tse, L Rong, AM Schmidt, and CC Toth
Diabetes. 2013 Jan; 62(1): 309.
Published online 2012 Dec 13. doi: 10.2337/db12-0317
論文の図4に不正があったというのだが、図4(以下)をじっくり見ても、どの部分が不正なのかわからない。そもそも、図4はA~Kまでの11個の図を集合した大きな図である。
図4のどの部分が不正なのかというリトラクチョン・ウオッチ(Retraction Watch)の質問に、トスは、以下のルクソール・ファースト青像(図4Bの右列)だと答えている。
図4Bの右列は、ラット脳の切片をミエリンを青色に染めるルクソール・ファースト青(Luxol Fast Blue)で染色した組織化学像である。使用した図は別の研究で得た像で、本研究で得たものではないと、トスが説明した。その理由だと、他人が異常を見つけることはほぼ不可能だ。
別のデータ不正を具体的にみてみよう。
論文は以下だ。
- Comparison of central versus peripheral delivery of pregabalin in neuropathic pain states.
Martinez JA, Kasamatsu M, Rosales-Hernandez A, Hanson LR, Frey WH, Toth CC.
Mol Pain. 2012 Jan 11;8:3. doi: 10.1186/1744-8069-8-3. Retraction in: Mol Pain. 2014;10:20.
図4A と図5が不正だとあるが、図4Aは省略して、図5(以下)を見てみよう。
コチラも、図5のどの部分が不正なのか、図を見てもわからない。多分、ウェスタンブロット像の図5Aのバンドだと推定するが、わからない。
不正を見抜く人は、なかなかの技量です。
いずれにせよ、トスは、自分が直接、データねつ造・改ざんをしたのではなく、研究室員がねつ造・改ざんしたデータを持ってきた。自分は、それを不正だと見抜けなかっただけだと主張した。
しかし、研究ネカトは2論文だけではなかった。大学外の研究者はカルガリー大学・調査委員会よりも詳細に分析し、他の論文にも研究ネカトがあると大学に指摘した。
2013年5月(43歳)、カルガリー大学は再び調査委員会(第二次)を発足した。
2014年3月(44歳)、カルガリー大学は調査を終え、報告書を公表した。「トスは、彼のラボから出るデータを適切に監督していなかった」。「結果として、トスに研究公正違反があった」と結論した。
カルガリー大学・調査委員会は、トスの研究公正違反を以下の4点としている。
- トスは、2人の若いテクニシャンの監督が不十分だった。
- トスは、2人の若いテクニシャンが問題だとの信号を発せられていたのに、対処しなかった。
- トスは、得られたデータを適切に記録するよう研究室員に指導できていなかった。
- トスは、改ざんされた図を含む論文原稿を研究ジャーナルに投稿した。
これらはトスの研究公正違反である。トスは、自分の非を認め、該当論文の撤回を認めた。また、過去の図を加工して再発表(self-plagiarism)(基本的には、盗用に該当)したことも認めた。
トスの研究室員が、トスの関知しない間にデータを操作して彼に提出したのか、委員会は確認できなかった。しかし、研究室員がねつ造・改ざんしたデータを彼に提供したのかどうかにかかわらず、研究室の研究結果を適正に監督・管理できなかったのは、研究室主宰者であるトスに責任がある、とした。
トスは、研究ネカトが自分の下で起こったことを謝罪し、後悔し、恥ずかしく思うと述べている。さらに、トスは、今後、科学界で論文を出版しないとも、述べた。
トスは、カナダ政府から、9年間に230万カナダ・ドル(約2億3千万円)の研究費助成を受けていた。
データねつ造・改ざんで、結局、9報の論文を撤回した。
写真出典
●【論文数と撤回論文】
パブメドhttp://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmedで、コーリー・トス(Cory Toth)の論文を「Cory Toth[Author]」で検索すると、2002年~2015年の14年間の80論文がヒットした。なお、「Toth C[Author]」で検索すると、1961年~2015年の55年間の517論文がヒットした。
2015年4月15日現在、2008~2012年の6論文が撤回されている。
最新(2012年)の論文。
- Comparison of central versus peripheral delivery of pregabalin in neuropathic pain states.
Martinez JA, Kasamatsu M, Rosales-Hernandez A, Hanson LR, Frey WH, Toth CC.
Mol Pain. 2012 Jan 11;8:3. doi: 10.1186/1744-8069-8-3. Retraction in: Mol Pain. 2014;10:20.
最古(2008年)の論文。
- Receptor for advanced glycation end products (RAGEs) and experimental diabetic neuropathy.
Toth C, Rong LL, Yang C, Martinez J, Song F, Ramji N, Brussee V, Liu W, Durand J, Nguyen MD, Schmidt AM, Zochodne DW.
Diabetes. 2008 Apr;57(4):1002-17. Epub 2007 Nov 26. Retraction in: Diabetes. 2014 May;63(5):1817.
なお、2014年9月2日のリトラクチョン・ウオッチ(Retraction Watch)の記事によると、撤回論文数は9報だとある。
●【白楽の感想】
《1》 40代の準教授
トスがどうして研究ネカトをするに至ったのか? 白楽には解読できない。
35歳でカルガリー大学の教員になり、38歳で最初のねつ造・改ざん論文を発表している。38歳は、研究室を主宰し、安定した職を得て2~3年経った。研究室も落ち着いてきた頃で、将来が夢と希望に満ち溢れ、研究人生が充実している時期と思われる。
その状況で、データねつ造・改ざんを初めるだろうか? それとも、他人は思いもよらないが、不安と自信のなさで一杯だったのだろうか? あるいは、以前からの不正の常習者だったのだろうか?
トスが述べているように、いい加減なテクニシャンのいい加減なデータを精査しないで使用したのかもしれない。もちろん、それでも、その弁解は採用されない。精査するのはボスの責任である。精査しない・できないのは研究室主宰者として欠陥である。
《2》 カナダの調査・分析
カナダには米国・研究公正局のような機関がない。そのことに起因しているのだろうが、研究ネカトの調査・分析が甘く、処分も甘い。調査・分析が甘いと再発防止策が的確に策定できない。処分が甘いと再発する。
トス個人の責任とは別に、カナダ(及び世界)の研究体制や教育体制にも問題があると感じる。
さらに言うと、それらを大きく改善するにはどうしたらよいかを、トス事件から学ぶという姿勢が、カナダには余り感じられない。
《3》 後しまつ
カルガリー大学を辞職したあと、トスは大きな病院(バーナビー病院)の神経科医として勤務している。それはそれで結構だが、「今後、科学界で論文を出版しない」と述べたのに、2014年、2015年、研究論文を発表している。この点、どうなんでしょう?
また、一般的にほとんど指摘・記述されないことだが、カルガルー大学でトスの研究室に在籍していた大学院生は、その後、どうなったのだろう? 彼らは直接的な大きな被害者だが、どのような手当てや措置がされたのか、事件に関する記事に記載されない。
この点、いつも不満である。どのような措置が取られたのかが記載されないと、どのような措置が望ましいのかも検討できない。
●【主要情報源】
① 2013年1月7日以降のリトラクチョン・ウオッチ(Retraction Watch)の数記事:cory toth Archives – Retraction Watch at Retraction Watch
② ◎2014年9月8日のマーガレット・マンロ(Margaret Munro)の「National Post」記事: Prolific University of Calgary doctor resigned after research team caught ‘manipulating’ and faking data | National Post
写真出典