イーホン・ワン、万一红(Yihong Wan)(米)

2021年2月3日掲載 

ワンポイント:2020年12月21日(49歳)、研究公正局は、テキサス大学・サウスウェスタン・メディカルセンター(University of Texas Southwestern Medical Center)・準教授のワンの「2014年8月のNature」論文にねつ造・改ざんデータがあったと発表した。2020年12月8日から3年間の締め出し処分を科した。なお、ワンは中国で生まれ育ち、中国の大学で学部卒業後、米国の大学院・ポスドクを経て、テキサス大学・準教授になった。記事執筆時点で準教授の職を維持している。撤回論文数は1報。国民の損害額(推定)は3億円(大雑把)。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
9.主要情報源
10.コメント
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●1.【概略】

イーホン・ワン(Yihong Wan、万一红、ORCID iD:、写真出典)は、中国で生まれ育ち、中国の大学で学部卒業後、米国の大学院・ポスドクを経て、テキサス大学・サウスウェスタン・メディカルセンター(University of Texas Southwestern Medical Center)・準教授になった。専門はがん生物学である。

ネカト発覚の経緯は不明だが、発覚時期を2019年(47歳)とした。

テキサス大学・サウスウェスタン・メディカルセンターがネカト調査を終え、クロと判定し研究公正局に報告した。

2020年12月21日(49歳)、研究公正局は、ワンの「2014年8月のNature」論文にねつ造・改ざんデータがあったと発表した。

2020年12月8日(49歳)から3年間の締め出し処分を科した。3年間の締め出し処分は通常の処分である。

2021年2月2日(49歳)現在、ワンはテキサス大学・サウスウェスタン・メディカルセンター・準教授の地位を維持している。テニュア所持教員を解雇するのはネカト行為が発覚しても難しいらしい。 → Yihong Wan, Ph.D. – Faculty Profile – UT Southwestern、(保存版

SWMedicalCenter-640v4n3prcdwmgp3fifgezcvd0z3v739lqe8l81iymyテキサス大学・サウスウェスタン・メディカルセンター (University of Texas Southwestern Medical Center)。写真出典

  • 国:米国
  • 成長国:中国
  • 医師免許(MD)取得:なし
  • 研究博士号(PhD)取得:コロラド大学デンバー校
  • 男女:女性
  • 生年月日:1971年11月22日
  • 現在の年齢:53 歳
  • 分野:がん生物学
  • 不正論文発表:2014年(42歳)
  • 発覚年:2019年(47歳)?
  • 発覚時地位:テキサス大学・サウスウェスタン・メディカルセンター・準教授
  • ステップ1(発覚):第一次追及者は不明。一応、元室員としておく
  • ステップ2(メディア):「撤回監視(Retraction Watch)」、「パブピア(PubPeer)」
  • ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①テキサス大学・サウスウェスタン・メディカルセンター・調査委員会。②研究公正局
  • 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし
  • 大学の透明性:研究公正局でクロ判定(〇)
  • 不正:ねつ造・改ざん
  • 不正論文数:1報。撤回された
  • 時期:研究キャリアの中期
  • 職:事件後に研究職(または発覚時の地位)を続けた(〇):Yihong Wan, Ph.D. – Faculty Profile – UT Southwestern
  • 処分: NIHから 3年間の締め出し処分
  • 日本人の弟子・友人:不明

【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は3億円(大雑把)。

●2.【経歴と経過】

主な出典:(1):Yihong Wan CV 、(2):Yihong Wan | LinkedIn、(3):Yihong Wan (Wan) at MyLife.com™

  • 1971年11月22日:中国で生まれる。
  • 1990-1994年(18-22歳):中国の南開大学(NanKai University)で学士号を取得:生化学
  • 1994-1996年(22–24歳):米国のサザンイリノイ大学(Southern Illinois University)で修士号(M.S.)を取得:化学と生化学
  • 1996-2001年(24–29歳):コロラド大学デンバー校(University of Colorado Denver)で研究博士号(PhD)を取得:分子生物学、生物物理学および遺伝学
  • 2002-2008年(30–36歳):ソーク研究所(Salk Institute)・ポスドク
  • 2008-2015年(36–43歳):テキサス大学・サウスウェスタン・メディカルセンター(University of Texas Southwestern Medical Center)・助教授
  • 2014年(42歳):後で問題視される「2014年8月のNature」論文を発表
  • 2015年(43歳):同大学・準教授
  • 2019年(47歳)?:「2014年8月のNature」論文のデータねつ造・改ざんが発覚
  • 2020年12月21日(49歳):研究公正局がネカトと発表

●3.【動画】

以下は事件の動画ではない。

【動画1】
ワン研究室のジン・クレスジンスキー(Jing Krzeszinski)が研究の解説をしている動画:「Dr. Krzeszinski On “Lipid Osteoclastokines Regulate Breast Cancer Bone Metastasis”- YouTube」(英語)5分4秒。
The Endocrine Societyが2017/02/27に公開

●4.【日本語の解説】

以下は事件の解説ではない。

★2015年x月x日:文部科学省 平成24年度「がんプロフェッショナル養成基盤推進プラン」選定事業~ICTと人で繋ぐがん医療維新プラン~:「Dr. Yihong Wanセミナー」

出典 → ココ、(保存版) 

テキサス学 Southwestern Med Center(ダラス)にて活躍されているYihong Wan, Ph.D.をお招きしてセミナーを開催します。彼女の研究室では、骨粗鬆症、骨転移、脱毛症などに対する最善の治療法及び予防法の開発を目指し、マイクロRNAや核内受容体などの発生、代謝、がん転移におけるこれまで知られていなかった役割を見出しています。本セミナーでは乳がん骨転移に関する最新の研究成果(*Nature, 512:431-435)を中心に今後の展望についてお話ししていただく予定です。多数の御来聴をお待ち致しております。

●5.【不正発覚の経緯と内容】

★ネカト

イーホン・ワン(Yihong Wan)は中国で生まれ育ち、中国の大学で学部卒業後、米国の大学院・ポスドクを経て、テキサス大学・サウスウェスタン・メディカルセンター(University of Texas Southwestern Medical Center)・準教授になった。

2020年12月21日(49歳)、研究公正局はワンが「2014年8月のNature」論文でデータをねつ造・改ざんしたと発表した。

上記論文は2019年5月24日に訂正、その後2020年6月1日に撤回された。 → 2020年6月1日の撤回公告:Retraction Note: miR-34a blocks osteoporosis and bone metastasis by inhibiting osteoclastogenesis and Tgif2 | Nature

「2014年8月のNature」論文の研究はNIHの助成を受けた研究だったので、テキサス大学・サウスウェスタン・メディカルセンターは、ネカト調査結果を研究公正局に報告した。さらに、研究公正局が調べ、クロと発表した。グラントはNIH・NIDDKのR01 DK089113を受けていた。

ワンの受領グラントを調べると、2011年以降、毎年のようにグラントを受領していた。上記のグラントR01 DK089113は2011~2015年の5年間続けて受領したグラントである(Grantome: Search)。

研究公正局は2020年12月8日から3年間の締め出し処分を科した。3年間の締め出し処分は通常の処分である。

ネカト発覚の経緯は不明である。どこにも記載されていない。

次節で述べるが、ネカトの内容は「2014年8月のNature」論文の数値データのねつ造・改ざんである。

「2014年8月のNature」論文は、出版5年後の2019年5月24日に訂正、その後、2020年6月1日に撤回された。

上記の2条件で、ねつ造・改ざんデータを見つけた人を推測すると、①「2014年8月のNature」論文の共著者でワン研究室の元室員、②研究室外の第3者で数値に敏感な研究者、のどちらかだろう。後者の場合、論文に発表されたデータを見て、それがねつ造・改ざんデータだと見破るのは至難だが、あり得る。

【ねつ造・改ざんの具体例】

2020年12月21日の研究公正局の発表でネカト部分を指摘している。

しかし、言葉で説明されてもわかりにくい。仕方がないので、研究公正局の指摘箇所を適当に選んで以下に見ていこう。

★「2014年8月のNature」論文

「2014年8月のNature」論文の書誌情報を再掲する。2019年5月24日に訂正、その後2020年6月1日に撤回された。

研究公正局の指摘箇所は以下のようだ。

「2014年8月のNature」論文の拡張図1i(以下)で、雄マウスの14個の異なる数値に0.95の係数を掛けて、雌マウスの組織形態計測データをねつ造した(図の出典は原著)。

読者のどなたか、どの数値がねつ造されたか、わかります? 

「14個の異なる数値に0.95の係数を掛け」とあるので、「0.95の係数を掛け」た数値を電卓を片手に白楽が探った。すると、以下の赤枠、緑枠の数値が該当した。左側の数値に「0.95の係数を掛け」た数値が右側である。全部で14個になった。

このような「0.95の係数を掛けた」数値のねつ造は、指摘されればわかるけど、普通はわからない。このねつ造を誰が見つけたかの記載はないが、よほど数値に敏感な人、または、元データを知っている人だろう。

また、拡張図2d, 3d, 3h, 4h, 6a, 6e, 9gの中の計99個の数値が改ざんされていたとある。以下は拡張図2dである(図の出典は原著)。3d, 3h, 4h, 6a, 6e, 9gは、ここでは省略した。

拡張図2dのどの数値を改ざんされたかを示してないので改ざんされた数値は不明である。

読者のどなたか、どの数値が改ざんされたか、わかります?

さらに、拡張図4hで、実験条件ごとに 6〜8匹のマウスの平均値と標準偏差を示したと書いてあるが、実際は、3匹のマウスのみから得た平均値と標準偏差だった。これはデータねつ造である

「2014年8月のNature」論文のねつ造・改ざんは、上記したように、どれも、数値のねつ造・改ざんだった。

「0.95の係数を掛けた」数値のねつ造・改ざんを含め、このような数値のねつ造・改ざんを見つけるのは、難しい。

●6.【論文数と撤回論文とパブピア】

★パブメド(PubMed)

2021年2月2日現在、パブメド(PubMed)で、イーホン・ワン(Yihong Wan)の論文を「Yihong Wan [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2002~2020年の19年間の57論文がヒットした。

「Wan Y」で検索すると、 4,927論文がヒットした。本記事で問題にしている研究者以外の論文が多数含まれていると思われる。

2021年2月2日現在、「Retracted Publication」のフィルターで57論文中の論文撤回を検索すると、本記事で問題にした「2014年8月のNature」論文・1論文が2020年6月1日に撤回されていた。

★撤回監視データベース

2021年2月2日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回監視データベースでイーホン・ワン(Yihong Wan)を「Yihong Wan」で検索すると、0論文が懸念表明、本記事で問題にした「2014年8月のNature」論文・1論文が2019年5月24日に訂正、その後2020年6月1日に撤回されていた。

★パブピア(PubPeer)

2021年2月2日現在、「パブピア(PubPeer)」では、イーホン・ワン(Yihong Wan)の論文のコメントを「Yihong Wan」で検索すると、本記事で問題にした「2014年8月のNature」論文・1論文にコメントがあった。

●7.【白楽の感想】

《1》生き延びる? 

イーホン・ワン(Yihong Wan、写真出典)は中国出身で、折角、米国のテキサス大学・サウスウェスタン・メディカルセンター(University of Texas Southwestern Medical Center)・準教授になれたのに、ネカトとは、もったいない。

現在は準教授の地位を維持しているが、学内・学外で信用を失い、研究費を獲得できず、いずれ院生・ポスドクも来なくなると、辞職する?

イヤ、研究公正局がネカトと発表した時点で、現職にとどまっていた研究者は珍しい。イーホン・ワンは、たくましく、研究者として生き延びるのではないだろうか? 研究室のウェブサイトも閉じていないし。

経歴を見ると、2015年(43歳)にテキサス大学の助教授から準教授に昇格しているので、「2014年8月のNature」論文は昇格人事の直前の論文と思える。人事が迫って、昇格を確実にしようと、禁じ手のネカトをして、「Nature」論文を作ったのだろう。

動画に示した中国出身のジン・クレスジンスキー(Jing Krzeszinski)が「2014年8月のNature」論文の第一著者である。クレスジンスキーもかわいそうに。

感情的な感想になってしまった。事件は単純なネカト事件である。

《2》発覚まで5年? 

「2014年8月のNature」論文がどうして5年後の2019年5月24日に訂正、その後2020年6月1日に撤回されたのだろう。

5年も経って、ねつ造・改ざんデータが発覚って、「パブピア(PubPeer)」での指摘もないし、誰がどのように見つけたのか?

「0.95の係数を掛けた」数値のねつ造・改ざんを含め、このような測定値のねつ造・改ざんは、普通はわからない。

このねつ造・改ざんを誰が見つけたか記載はないが、白楽が推察するに、ワン研究室とは無縁のよほど数値に敏感な研究者、または、「2014年8月のNature」論文の共著者(ワンを除くと12人いる)で元データを知っている人(ワン研究室の室員?)だと思う。

室員だとすると、論文出版から5年後って、普通は「ない」。

ネカトと知りつつ、コクハラが怖くて、5年間沈黙し、ワン研究室を去ってから告発したのだろうか?

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●9.【主要情報源】

① 研究公正局の報告:(1)2020年12月21日:Case Summary: Wan, Yihong | ORI – The Office of Research Integrity。(2)2020年12月28日の連邦官報:2020-28566.pdf。(3)2020年12月28日の連邦官報:Federal Register :: Findings of Research Misconduct。(4)2021年1月5日:NOT-OD-21-047: Findings of Research Misconduct
② 2020年12月21日のアダム・マーカス(Adam Marcus)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:Texas bone researcher faked data in Nature paper, says federal watchdog, as university rescinds professorships – Retraction Watch
③  2020年6月21日の記事:无法提供佐证:万一红的Nature文章被撤回,非编码RNA领域再遭质疑_手机网易网

★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

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