2020年11月2日掲載
ワンポイント:サガラジャンはインド出身で、2007-2011年(30-34歳?)、マサチューセッツ工科大学(Massachusetts Institute of Technology)のポスドクだった。サガラジャンが第一著者の「2010年10月のCell」論文が追試できないことから、ボスがネカトと告発した。2012年(35歳?)、マサチューセッツ工科大学がクロと判定し、論文は2013年に撤回されたが、サガラジャンはネカトを否定している。研究公正局(ORI)は何も発表していない。サガラジャンは、現在、インドのバイオ企業の北米事業開発・戦略部長に就いている。撤回論文は1報。国民の損害額(推定)は1億円(大雑把)。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
9.主要情報源
10.コメント
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●1.【概略】
アマー・サガラジャン(Amar Thyagarajan、ORCID iD:?、写真出典)は、2007-2011年(30-34歳?)、マサチューセッツ工科大学(Massachusetts Institute of Technology)・ポスドクで、専門は神経科学だった。所属は化学科だが、研究内容は生命科学なので、生命科学の枠で扱った。
2011年(34歳?)、サガラジャンが第一著者の「2010年10月のCell」論文が追試できないことから、ボスがネカトと告発した。ボスは有名なアリス・ティン教授(Alice Y. Ting – Wikipedia)である。
2012年(35歳?)、マサチューセッツ工科大学は調査し、クロと判定した。サガラジャンはネカトを否定している。
2013年(36歳?)、論文は撤回された。
2020年11月1日(43歳?)現在、研究公正局(ORI)は何も発表していない。
裏に、特許絡みの紛争がある印象だ。
2020年11月1日(43歳?)現在、サガラジャンは、インドのバイオ企業の北米事業開発・戦略部長に就いている。
マサチューセッツ工科大学・化学科(MIT Department of Chemistry)。写真出典
- 国:米国
- 成長国:インド
- 医師免許(MD)取得:なし
- 研究博士号(PhD)取得:米国のオールバニー大学
- 男女:男性
- 生年月日:不明。仮に1977年1月1日生まれとする。1995年にカルカッタ大学に入学した時を18歳とした
- 現在の年齢:47 歳?
- 分野:神経科学
- 最初の不正論文発表:2010年(33歳?)
- 不正論文発表:2010年(33歳?)
- 発覚年:2011年(34歳?)
- 発覚時地位:マサチューセッツ工科大学・ポスドク
- ステップ1(発覚):第一次追及者はボスのアリス・ティン教授(Alice Y. Ting)で大学に公益通報
- ステップ2(メディア):「撤回監視(Retraction Watch)」、「Scientist」
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①マサチューセッツ工科大学・調査委員会
- 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし
- 大学の透明性:実名報道だが機関のウェブ公表なし(△)
- 不正:ねつ造・改ざん
- 不正論文数:1報
- 時期:研究キャリアの初期から
- 職:事件後に研究職(または発覚時の地位)をやめた・続けられなかった(Ⅹ)
- 処分:なし
- 日本人の弟子・友人:不明
【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は1億円(大雑把)。
●2.【経歴と経過】
主な出典:Amar Thyagarajan, PhD | LinkedIn
- 生年月日:不明。仮に1977年1月1日生まれとする。1995年にカルカッタ大学に入学した時を18歳とした
- 1998年(21歳?):インドのカルカッタ大学(University of Calcutta)で学士号取得:動物学
- 2000年(23歳?):同大学で修士号取得:動物学
- 2000年-2006年(23-29歳?):米国のオールバニー大学(University at Albany, SUNY)で研究博士号(PhD)を取得:神経科学と生化学
- 2007年-2011(30-34歳?):米国のマサチューセッツ工科大学(Massachusetts Institute of Technology)・ポスドク
- 2010年(33歳?):後に問題視される「2010年10月のCell」論文を発表
- 2011年(34歳?):ネカトが発覚
- 2012年(35歳?)以降:クラーク・アンド・エルビング社(Clark & Elbing LLP)などのバイオ企業をいくつか転職
- 2012年(35歳?):マサチューセッツ工科大学がクロと判定
- 2020年(43歳?):インドのGVKバイオ社(GVK Bio)の北米事業開発・戦略部長
●3.【動画】
以下は事件の動画ではない。
【動画1】
宣伝動画:「Amar Thyagarajan – YouTube」(言語なし、音楽のみ)30秒。
Mgic Mikeが2015/08/15に公開
●5.【不正発覚の経緯と内容】
★インド出身のポスドク
アマー・サガラジャン(Amar Thyagarajan、写真出典)はインドで育ち、インドで修士号を取得後、渡米し、2006年(29歳?)、米国のオールバニー大学(University at Albany, SUNY)で研究博士号(PhD)を取得した。
2007-2011年(30-34歳?)、マサチューセッツ工科大学(Massachusetts Institute of Technology)のアリス・ティン教授(Alice Y. Ting – Wikipedia、写真出典)研究室のポスドクになった。
アリス・ティン教授は台湾に生まれ、3歳で米国に移民し、ハーバード大学(Harvard University)を卒業した米国育ちの化学者である。2008年に「NIH所長パイオニア賞(NIH Director’s Pioneer Award)」を受賞するなど、数々の賞を受賞しているスター研究者である。 → National Institutes of Health Director’s Pioneer Award – Wikipedia
2016年にスタンフォード大学(Stanford University)にヘッドハンティングされ、2020年現在はスタンフォード大学・教授である。
★発覚の経緯と事件の顛末
2011年(34歳?)、ティン教授は自分の研究室のサガラジャンが第一著者の「2010年10月のCell」論文が追試できないことから、マサチューセッツ工科大学にネカト調査を依頼した。
- Imaging activity-dependent regulation of neurexin-neuroligin interactions using trans-synaptic enzymatic biotinylation.
Thyagarajan A, Ting AY.
Cell. 2010 Oct 29;143(3):456-69. doi: 10.1016/j.cell.2010.09.025. Epub 2010 Oct 7.
マサチューセッツ工科大学のクロード・カニザレス・副学長(Claude Canizares、写真出典)は、調査の結果、元ポスドクで第一著者のサガラジャンがデータをねつ造・改ざんした、と発表した。また、このデータねつ造・改ざんはサガラジャンの単独犯とした。
「2010年10月のCell」論文は2013年2月14日に撤回された。
→ 2013年2月14日の撤回告知:RETRACTED: Imaging Activity-Dependent Regulation of Neurexin-Neuroligin Interactions Using trans-Synaptic Enzymatic Biotinylation: Cell
しかし、サガラジャンは次のようにデータねつ造を否定し、論文撤回の署名を拒否した。
「私は、論文発表後に誰かが私のデータを操作し削除した証拠を提出しています。調査結果は、私の証拠を無視し、私がデータねつ造・改ざんしたように見せかけた、ズサンな調査の結果です。 問題は現在、研究公正局(ORI)が調査中です。調査結果が公表される前に、私にフェアーで十分な説明の機会があることを期待しています。私の無実が証明されると確信しています」。
ティン教授はその後、「2010年10月のCell」論文で記載した方法とは異なる方法で、論文に示した結論を再現できたと発表した。
なお、2020年11月1日現在、研究公正局(ORI)はサガラジャン事件に関して何も発表していない。発覚から9年も経っている。単純な事件と思えるので、現在も調査中とは思えない。どうなっているのだろうか?
★裏事情
「2010年10月のCell」論文は、ニューレキシンとニューロリギンタンパク質のシナプス間結合を検出するために、ブリンク(BLINC)という新しい方法を導入した論文で、ブリンク(BLINC)を用いてニューロンにおけるこれらのタンパク質の相互作用ダイナミクスを研究している。
BLINCは「biotin labeling of intercellular contacts」の略である。
ティン教授は類似の方法に関する特許をいくつも取得している。
→ Alice Y. Ting Inventions, Patents and Patent Applications – Justia Patents Search
「撤回監視(Retraction Watch)」のコメントが90件もあって異常に多いが、何人かが特許のことをコメントしている。 → 2013年2月15日のアイヴァン・オランスキー(Ivan Oransky)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:MIT lab retracts Cell synapse tagging paper for falsification or fabrication – Retraction Watch
どういう理由か分からないが、ティン教授とサガラジャンの仲が悪くなり、サガラジャンを外して、この画期的な方法の特許を取得しようとした、という懸念もある。
マサチューセッツ工科大学はティン教授の特許の内、17件も特許権者になっているので、「マネートークス」の原則から言うと、マサチューセッツ工科大学はティン教授の味方をする公算はとても高い。
●【ねつ造・改ざんの具体例】
研究公正局(ORI)はサガラジャン事件に関して何も発表していない。マサチューセッツ工科大学は調査報告書を公表していない。学術誌は、論文中の図にねつ造・改ざんがあったと発表したが、どの図かを示していない。パブピアはコメントしていない。
つまり、どの図がどのようにねつ造・改ざんされたのか、どこにも発表がない。
仕方がないので、以下に図を1つ示す。
★「2010年10月のCell」論文
「2010年10月のCell」論文の書誌情報を以下に示す。2013年2月14日に撤回された。
- Imaging activity-dependent regulation of neurexin-neuroligin interactions using trans-synaptic enzymatic biotinylation.
Thyagarajan A, Ting AY.
Cell. 2010 Oct 29;143(3):456-69. doi: 10.1016/j.cell.2010.09.025. Epub 2010 Oct 7.
以下に図1を示す(図の出典:原著論文)。この図がねつ造・改ざんされた図かどうか不明である。右下の赤字は「RETRACTED」の烙印の一部である。
●6.【論文数と撤回論文とパブピア】
★パブメド(PubMed)
2020年11月1日現在、パブメド( PubMed )で、アマー・サガラジャン(Amar Thyagarajan)の論文を「Amar Thyagarajan [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2003~2010年の8年間の5論文がヒットした。
「Thyagarajan A」で検索すると、2005~2010年の6年間の33論文がヒットした。
2020年11月1日現在、「Retracted Publication」のフィルターでパブメドの論文撤回リストを検索すると、1論文が撤回されていた。
1論文は「2010年10月のCell」論文で、2013年2月14日に撤回された。
★撤回監視データベース
2020年11月1日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回監視データベースでアマー・サガラジャン(Amar Thyagarajan)を「Amar Thyagarajan」で検索すると、 0論文が訂正、0論文が懸念表明、1論文が撤回されていた。
1論文は「2010年10月のCell」論文で、2013年2月14日に撤回された。
★パブピア(PubPeer)
2020年11月1日現在、「パブピア(PubPeer)」では、アマー・サガラジャン(Amar Thyagarajan)の論文のコメントを「Amar Thyagarajan」で検索すると、0論文にコメントがあった。
●7.【白楽の感想】
サガラジャン事件は、単純にアマー・サガラジャン(Amar Thyagarajan、写真出典)の単独犯としてよいのか、裏があるのか、ナントも判断しかねる。
研究公正局(ORI)は何も発表していない。
マサチューセッツ工科大学は少なくとも調査結果を公表すべきだった。
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日本がスポーツ、観光、娯楽を過度に追及する現状は日本の衰退を早め、ギリシャ化を促進する。日本は、40年後に現人口の22%が減少し、今後、飛躍的な経済の発展はない。科学技術と教育を基幹にした堅実・健全で成熟した人間社会をめざすべきだ。科学技術と教育の基本は信頼である。信頼の条件は公正・誠実(integrity)である。人はズルをする。人は過ちを犯す。人は間違える。その前提で、公正・誠実(integrity)を高め維持すべきだ。
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●9.【主要情報源】
① 2013年2月15日のアイヴァン・オランスキー(Ivan Oransky)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:MIT lab retracts Cell synapse tagging paper for falsification or fabrication – Retraction Watch
② 2013年2月15日のダン・コシンズ(Dan Cossins)記者の「Scientist」記事:MIT Lab Retracts Paper | The Scientist Magazine®
③ 2013年2月20日のカルメン・ドラール(Carmen Drahl)記者の「C&EN」記事:MIT Probe Finds Former Postdoc Falsified Images
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
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