2023年2月23日掲載
白楽の意図:論文工場で作られた何百もの論文を見つけ、ネカト捜査で活躍している著名なネカトハンターのスマット・クライド(Smut Clyde)に、ネイチャー記者のホリー・エルス(Holly Else)がいろいろ質問した「2022年8月のNature」論文を読んだので、紹介しよう。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.日本語の予備解説
2.ウィールらの2016年8月記事
9.白楽の感想
10.コメント
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【注意】
学術論文ではなくウェブ記事なども、本ブログでは統一的な名称にするために、「論文」と書いている。
「論文を読んで」は、全文翻訳ではありません。
記事では、「論文」のポイントのみを紹介し、白楽の色に染め直し、さらに、理解しやすいように白楽が写真・解説を加えるなど、色々と加工している。
研究者レベルの人が本記事に興味を持ち、研究論文で引用するなら、元論文を読んで元論文を引用した方が良いと思います。ただ、白楽が加えた部分を引用するなら、本記事を引用するしかないですね。
●1.【日本語の予備解説】
★2021年5月15日:著者名不記載(エナゴ アカデミー):Paper Mill:学術出版に新たな論文不正
Paper Millという言葉を耳にしたことはありますか?ここで話題にするのは、製紙工場ではなく、もっとタチの悪いものです。学術出版におけるさまざまな不正行為が摘発されていますが、「論文工場」とも揶揄される「論文代筆業者(Paper Mill)」による論文の量産に対する疑惑が浮上しています。
・・・中略・・・
論文代筆と言っても、問題なのは単なる論文の代筆・ゴーストライティングのレベルではなく、依頼に応じて科学論文を作成・販売する違法組織のことです。キャリアアップのため、あるいは昇進の条件を満たすために論文の出版数を必要とする研究者が、このような業者の作成した論文を購入しているようです。このサービスは純粋な商業目的ですので、研究者はすぐに投稿できる状態に仕上がった論文のオーサーシップを手に入れるのに高額なお金を支払います。他にも、実際に研究を行わず、苦労することなく国際的な学術雑誌(ジャーナル)に論文を発表したいと考える研究者もこのサービスの利用者となり得ます。これではもはや「研究」論文ではないのでは……と思ったら、中には実在の研究室を持ち、実際に実験を行い、データを取り、画像を撮影することまでやっている論文代筆業者までいるそうです。となると、「論文工場」という呼び方が的を射ていると言えます。
続きは、原典をお読みください。
●2.【エルスの「2022年8月のNature」論文】
★書誌情報と著者情報
- 論文名:What makes an undercover science sleuth tick? Fake-paper detective speaks out
日本語訳:ネカト捜査をしようと動かすものは何ですか? ネカトハンターが語る - 著者:Holly Else
- 掲載誌・巻・ページ:Nature 608, 463 (2022)
- 発行年月日:2022年8月4日
- 指定引用方法:
- DOI:https://doi.org/10.1038/d41586-022-02099-8
- ウェブ:https://www.nature.com/articles/d41586-022-02099-8
★著者
- 単著者:ホリー・エルス(Holly Else)
- 写真: https://www.timeshighereducation.com/content/holly-else、(保存版)
- ORCID iD:
- 社交メディア:https://twitter.com/hollyelse
- 履歴:https://www.linkedin.com/in/holly-else-b381232b/?originalSubdomain=uk、(保存版)
- 国:英国
- 生年月日:現在の年齢:44 歳?
- 学歴:2006年に英国・シェフィールド大学(University of Sheffield)で学士号(生物医学)、2007年に英国のインペリアル・カレッジ・ロンドン(Imperial College London)で修士号(科学コミュニケーション)
- 分野:科学記者
- 論文出版時の所属・地位:ネイチャー記者(Reporter, London)。2018年にネイチャーに入社
●【論文内容】
本論文は学術論文ではなくウェブ記事である。本ブログでは統一的な名称にするため論文と書いた。
方法論の記述はなく、いきなり、本文から入る。
ーーー論文の本文は以下から開始
★仮名で活動するネカトハンター
何年もの間、スマット・クライド(Smut Clyde、仮名)は、ネカト捜査をし、不正の証拠を開示してきた。
ここ数年は、論文工場で作られた何百報もの論文を摘発している。
論文工場(Paper Mill)は、ニセ論文を大量に生産する会社である。
履歴書の論文業績欄に多数の出版論文を欲しがる研究者が顧客で、自分の研究成果ではないのに、他人が作った論文を購入して自分の研究成果のように発表する。
学術出版社は、論文が論文工場製だと確信すると、その論文を撤回するが、既に、その手の論文を多量に撤回している。さらに、対抗措置として、論文工場製と思われる論文原稿の投稿を拒否する措置も講じている。
しかし、問題は解決していない。
クライドは、ネカト捜査をする多くのネカトハンターの1人にすぎない。
不正画像アナリストのエリザベス・ビック(Elisabeth Bik)や分子腫瘍学者のジェニファー・バーン(Jennifer Byrne)など、実名でネカトハンター活動をしている人もいるが、「タイガーBB8(Tiger BB8)」や「モーティ(Morty)」という仮名でネカト捜査をする人もいる。
エリザベス・ビック(Elisabeth Bik)は有名なネカトハンターで、ココで紹介されている。 → Meet this super-spotter of duplicated images in science papers
2022年4月15日、クライドは、800報以上の疑わしい化学論文を作成した論文工場を摘発し、「Research Squareサーバー」にプレプリント論文で解説した(以下) 。
Better Living through Coordination Chemistry: A descriptive study of a prolific papermill that combines crystallography and medicine
Bimler, D.
Preprint at Research Square
https://doi.org/10.21203/rs.3.rs-1537438/v1 (2022).
上記論文の2022年8月3日の解説記事:Major chemical database investigates hundreds of suspicious crystal structures
論文の著者は、ニュージーランドのパーマストン・ノース(Palmerston North)にあるマッセー大学(Massey University)の退職・心理学者のデイヴィッド・ビムラー(David Bimler)だった。
本論文の著者のホリー・エルス(Holly Else)は、クライドとデイヴィッド・ビムラーが同一人物であることを確認し、論文工場、仮名、ネカト捜査についてクライドに語ってもらった。
★論文工場とニセ科学の捜査をする理由は?
論文工場があると気付いた時、研究不正の新しい動きだと思い、捜査してみようと思いました。
クロスワードパズルやジグソーパズルを解くのと同じような知的な魅力があります。
論文工場の新しいピースが現れるたびに、ジグソーパズルにそのピースを組み込むような魅力ですが、その捜査が科学界に貢献することも魅力です。
十分に根拠のある論文は科学界に貢献しますが、不要・不正な論文を取り除くことも科学界に貢献します。
★なぜ仮名を使用するのですか?
神秘的なのが好きだからです。
ネカト捜査活動は、ネカトハンターの身分や資格に依存すべきではなく、その人自身の足で立った意見を言うべきだと思っています。
その考えに沿う活動をする時は、身分や資格と切り離せる仮名は非常に有用です。
ヘンな化学の論文、ヘンな数学の論文、ヘンな生物学の論文のネカト捜査をする資格は何かと誰かに聞かれたら、研究の経験も、大学教授である必要もありません。単に、インターネットを使える人だと答えたい。つまり、特別な資格は何も必要ではありません。
私は引退した美術史家かもしれませんし、新しいスキルを磨く方法を探している引退したスパイかもしれません。私の実際の身分や資格はネカト捜査活動では問題にすべきではありません。
★なぜ「スマット・クライド」なのですか?
最初に飼ったペットの名前と住所名を、「ポルノ俳優名作成サイト」に入れて、この名前を作りました。
白楽は知らなかったけど、「ポルノ俳優名作成サイト」があるんですね。検索すると → Porn Star Name generator – pimp.name。
日本語でもありました:ポルノスターの名前ジェネレーター。ここに「Rockbill Haklak」と入れたら、「Willy Adonis」という名前をいただけました。グーグルで「Willy Adonis」の画像検索をすると、筋肉質の男性がヒットしました。 → 「Willy Adonis – Google 検索」
今後、「ウィリー・アドニス(Willy Adonis)」を使おうかなあ~。
他のネカトハンターたちは私を嘲笑しています。
彼らは、私が本当はデイヴィッド・ビムラー(David Bimler)だとは信じません。
★論文工場での最新の発見について教えてください。
最新の捜査でわかったことは、先端化学を医療に応用する論文群です。
この論文群は、論文工場から約1,000報の論文が製造され学術誌に発表されていると思います。
ただ、そのうちのいくつかはアクセスしにくい学術誌に掲載されていて、全貌はまだつかめていません。
論文はすべて、有機金属骨格(metal–organic framework:MOF)化合物が癌細胞を殺したり、炎症を抑えるなどの医療上の効果があると主張しています。
有機金属骨格(MOF)化合物にはいくつかの素晴らしい物理的特性があるため、研究者が有機金属骨格(MOF)化合物に熱狂する理由はよくわかります。
しかし、それらが医療に役立つ特性を持っているかというと、非常に信じがたい。それでも、そのような論文が既に何百報も出版されています。
★最初に疑念を感じたのは何でしたか?
私は、パブピア(PubPeer)で他人が疑念論文とした論文を拾い読みしていました。
メキシコの結晶学者・シルヴァン・ベルネス(Sylvain Bernès、写真出典同)の指摘のお蔭ですが、ある時、私は、連続したいくつかの短い異常な論文に気付きました。
その後、同じ学術誌に多数の似た論文を見つけるのは簡単でした。
論文工場で作る異常な論文の多くは、時間を節約するために同じ参考文献リストを使っていました。その特徴を見つけてからは、雪だるま式に異常な論文を見つけることができました。
★ニセの参考文献リスト?
論文工場で作る論文の多くは、参考文献リストをリサイクルしているので、論文内容とは無関係の論文を参考文献欄にリストしています。
これらの無関係な参考文献を引用している論文を検索することで、論文工場で作る異常な論文をさらに見つけることができ、捜査が非常に効率的になりました。
★科学者が自分自身の論文を多数引用したり、科学者同士で論文引用の交換を行なって知名度を高めたりしていると聞いたことがあります。これらの引用の新しい点は何ですか?
これらの引用ネットワーク(citation network)では、中央ブローカーが仲介しています。
あなたが引用している人々を知る必要はありません。
あなたが引用ネットワークに参加登録をすると、中央ブローカーはあなたの論文ではどの論文を引用すべきかを教えてくれます。
すると、あなたの論文は、今度は、あなたが聞いたこともない誰かによって引用されます。
結晶学分野の論文工場も、これらのネットワークの1つとして機能していたことが判明しました。
★次の捜査は?
私が次にネカト捜査しようと検討している論文工場はいくつもあります。未摘発の論文工場は沢山あって、検出しつくせません。
それで、もっと効率よく検出する方法も検討中です。
論文工場製の論文出版、その検出捜査は、イタチごっこで、野心的です。
●9.【白楽の感想】
《1》ネカトハンターの重要性
研究ネカトを減らすには、日本を含め多くの国は、研究者側を対象に対策をたててきたし、現在も、それが中心である。
しかし、これは片手落ちである。
白楽は、「①研究ネカトをほぼ100%発見する」「②不正者を厳罰に処分する」の2セットで対応すべきだと主張してきた。
例えば:『情報の科学と技術』66巻、 2016年3月号「研究倫理」特集号に「海外の新事例から学ぶ「ねつ造・改ざん・盗用」の動向と防止策」→http://doi.org/10.18919/jkg.66.3_109
「①研究ネカトをほぼ100%発見する」ためには、ネカトハンターの育成がとても重要である。この視点が日本には全くない。
つまり、日本は①が「超・いい加減」で、② は「とても甘い」状況である。
ビックの主張をもう一度かみしめよう。
以下出典:7-114 ビックのネカトハンター人生 | 白楽の研究者倫理
- 私たちは、論文のネカト疑惑を独自に調査し、クロならネカト者を罰する権限・能力を備えた、国内および国際的な研究公正組織を必要としています。
- 研究に対する正当な批判は、法的保護を受ける必要があります。
- 学術誌は、出版された論文で致命的なエラーや不正行為を見つけたネカトハンターに報酬を支払うべきです。テクノロジー企業が、ソフトウェアのバグを見つけたコンピューター・セキュリティの専門家に報奨金を支払うのと同じです。
なお、ネカトハンターの全体像を知りたい人はココの該当部分をお読みください。 → 1‐5‐1 ネカトハンターとネカトウオッチャー | 白楽の研究者倫理
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日本がスポーツ、観光、娯楽を過度に追及する現状は日本の衰退を早め、ギリシャ化を促進する。日本は、40年後に現人口の22%が減少する。科学技術は衰退し、国・社会を動かす人間の質が劣化してしまった。回帰するには、科学技術と教育を基幹にし、堅実・健全で成熟した人間社会を再構築すべきだ。公正・誠実(integrity)・透明・説明責任も徹底する。そういう人物を昇進させる。
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★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
●10.【コメント】
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