2023年3月15日掲載
ワンポイント:盗用なのにシロとした「大学のネカト調査不正」事件。アゾパルディはマルタ大学(L-Università ta’ Malta)・準教授で社会福祉学部長、かつ、マルタでは有名なラジオホストである。2021年9月(51歳)、「2021年1月のStudies in Social Wellbeing」論文(総説)が、同じ学部のセイヴィアー・フォルモサ準教授(Saviour Formosa)の論文を盗用していると、フォルモサ準教授に指摘された。告発1年後の2022年9月(52歳)、マルタ大学・規律委員会は調査の結果、「ズサン(lazy writing)だったが、故意に盗用した(wilfully plagiarized)ものではなかった」とし、無処罰。国民の損害額(推定)は1億円(大雑把)。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
9.主要情報源
10.コメント
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●1.【概略】
アンドリュー・アゾパルディ(Andrew Azzopardi、ORCID iD:?、写真出典)は、マルタのマルタ大学(L-Università ta’ Malta)・準教授なのだが、社会福祉学部長でもある。医師免許は持っていない。専門は教育学(若者社会活動)である。
事件は単純な盗用事件だが、アゾパルディはマルタでは有名なラジオホストだった。それで、マルタでは大騒動になった。
2021年9月xx日(51歳)、9か月前に出版した「2021年1月のStudies in Social Wellbeing」論文(総説)は、同じ学部の別の学科(犯罪学科)のセイヴィアー・フォルモサ準教授(Saviour Formosa)の論文を盗用していると、被盗用者のフォルモサ準教授に指摘された。
盗用論文は2人の共著で、第一著者は院生のアンドリュー・カミレリ(Andrew Camilleri)だった。
2022年9月xx日(52歳)、告発から1年後、マルタ大学・規律委員会は調査の結果、アゾパルディの論文は、「ズサン(lazy writing)」ではあったが、「故意に盗用した(wilfully plagiarized)」ものではなかった、とした。
院生のカミレリもアゾパルディ学部長もなんら処罰を受けなかった。
「大学のネカト調査不正」事件である。
マルタ大学 (Università di Malta)。写真出典
- 国:マルタ
- 成長国:マルタ
- 医師免許(MD)取得:なし
- 研究博士号(PhD)取得:英国のシェフィールド大学
- 男女:男性
- 生年月日:1970年6月18日
- 現在の年齢:54 歳
- 分野:教育学
- 不正論文発表:2021年(50歳)
- ネカト行為時の地位:マルタ大学・準教授、社会福祉学部長
- 発覚年:2021年(51歳)
- 発覚時地位:マルタ大学・準教授、社会福祉学部長
- ステップ1(発覚):第一次追及者は同じ大学のセイヴィアー・フォルモサ準教授(Saviour Formosa)で社交メディアで公表
- ステップ2(メディア):「Times of Malta」、「Plagiarism Today」、他のマルタのメディア
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①マルタ大学・規律委員会
- 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし
- 大学の透明性:実名報道だが機関のウェブ公表なし(△)
- 不正:盗用
- 不正論文数:1報
- 盗用ページ率:?%、少ないと思われる
- 盗用文字率:?%、少ないと思われる
- 時期:研究キャリアの後期
- 職:事件後に研究職(または発覚時の地位)を続けた(〇)
- 処分:謝罪が推奨されただけで、実質的処分はない
- 日本人の弟子・友人:不明
【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は1億円(大雑把)。
●2.【経歴と経過】
主な出典:Dr Andrew Azzopardi | University of Malta – Academia.edu
- 1970年6月18日:マルタで生まれる
- 1992年(22歳):マルタのマルタ大学(University of Malta)で学士号取得:教育学
- 1996年(26歳):同大学でソーシャルワーク学位取得
- 2000年(30歳):英国のシェフィールド大学(University of Sheffield)で修士号取得:教育学
- 2005年(35歳):同大学で研究博士号(PhD)を取得:教育学
- 2005年(35歳):マルタのマルタ大学(University of Malta)・非常勤講師
- 2007年(37歳):同大学・講師
- 20xx年(xx歳):同大学・準教授
- 20xx年(xx歳):同大学・社会福祉学部長
- 2021年1月1日(50歳):後で問題視される「2021年1月のStudies in Social Wellbeing」論文(総説)を出版
- 2021年9月(51歳):上記論文が盗用だと指摘
- 2022年9月xx日(52歳):マルタ大学・規律委員会は調査の結果、シロと結論
●5.【不正発覚の経緯と内容】
★マルタの有名人
アンドリュー・アゾパルディ(Andrew Azzopardi)のマルタ大学(L-Università ta’ Malta)・準教授ではあるが、社会福祉学部長と偉い人である。
その上、マルタでは有名なラジオホストである。
毎週土曜日の午前9時~12時の4時間番組「ラジオ103」のホストで、白楽が思うに、準備を考えると、ラジオ放送と大学・学部長を兼業して大丈夫かなと思えるほどである(写真出典 )。
有名なラジオホストの盗用事件なので、マルタではこのネカト事件が大騒ぎになっている(いた)。
以下は「ラジオ103」のサイトからの画像である。出典https://103.mt/podcastfilter/andrew-azzopardi-on-103/)保存版
以下は、2023年1月7日土曜日に放送した「ラジオ103」の動画で、イアン・ボルグ外務大臣(Ian Borg)と会談している。つまり、「ラジオ103」は娯楽番組というよりマルタの社会・政治・経済など重要な問題を話題にしている(と思う)。下の動画を全部見ると3時間かかる。
★発覚の経緯
2021年1月1日(50歳)、マルタ大学の社会福祉学部が発行している学術誌「Studies in Social Wellbeing」に、研究支援官(Research Support Officer)のアンドリュー・カミレリ(Andrew Camilleri)が第一著者でアンドリュー・アゾパルディ学部長(Andrew Azzopardi)が第二著者の「暴力的な青少年犯罪におけるリスクと保護要因(Risk and Protective Factors in Violent Youth Crime)」というタイトルの「2021年1月のStudies in Social Wellbeing」論文(総説)を発表した。
第一著者のカミレリは研究支援官の身分だが、アゾパルディ研究室の院生で、この論文が彼の最初の出版物だった。
以下の写真にカミレリがいるらしい。左から2人目の男性だと思うが、2020年の写真なのに「 Dr Andrew Camilleri」と「Dr 」が付いている。別人かもしれない(写真出典)。
2021年9月xx日(51歳)、出版の9か月後、この論文は、同じ学部の犯罪学科のセイヴィアー・フォルモサ準教授(Saviour Formosa、写真出典)の論文を盗用していると、被盗用者のフォルモサ準教授が社交メディアで公表し、アゾパルディは学部長を辞任せよ批判した。
2021年11月30日、告発を受けた編集委員会はこの論文を撤回し、学術誌から削除したので、現在、論文はウェブ上に存在しない。
問題の論文の一部には、フォルモサと同じ学部の青少年学科(Youth & Community Studies)のジャニス・フォルモサ・ペース上級講師(Janice Formosa Pace、写真出典)の論文も盗用されていた。
一方、第一著者で院生のカミレリがこの論文の盗用の主な責任者だと思える。それで、非難の矢面に立ったアゾパルディに同情する人も多い。
論文は総説なので、著者たち自身の研究結果を述べたのではなく他人の論文をレビューした論文である。
研究者の名前は挙げているが、引用とは言えないスタイルで、論文規範から逸脱しているのは事実である。つまり、明白な盗用である。ただ、「ずさんな編集」と「不適切な言い換え」だとアゾパルディを擁護する人もいる。
[白楽注:「不適切な言い換え」とあるが、これは盗用である。具体的には、「言い換え盗用(paraphrase plagiarism)」である]
アゾパルディは「間違い」を認め、学術誌に発表した論文は「学術界にふさわしくない。それで、主著者と私は学術誌・編集委員会と相談し、私たち自身が同意して論文撤回を依頼しました」と述べた。
★大学の対応
マルタ大学のアルフレッド・ベラ学長(Alfred Vella、写真出典)は、規律委員会に、実際に盗用があったかどうか、そしてそれが大学の評判と名声に深刻な影響を与えたかどうかを立証するように依頼した。
2022年9月xx日(52歳)、マルタ大学・規律委員会は調査の結果、アゾパルディの共著論文は、他の著者の論文から流用した文章のいくつかを引用符で囲んでいないしインデントしてもいないと指摘した。
ところが驚いたことに、結論は、「ズサン(lazy writing)」ではあったが、「故意に盗用した(wilfully plagiarized)」ものではなかった、とした(以下、地元の新聞記事の見出し:出典)。
院生のカミレリもアゾパルディ学部長もなんら処罰を受けなかった。
ただ、規律委員会は、アゾパルディに懲戒処分を要求した2人の被盗用者に謝罪することを推奨した。
かなり明白な「大学のネカト調査不正」事件である。
●【盗用の具体例】
盗用論文は撤回され、削除された。現在、ウェブ上に見つからない。
盗用比較図は見つからなかったので、盗用の具体例を省略する。
●6.【論文数と撤回論文とパブピア】
★著書・論文
主な出典:Dr Andrew Azzopardi | University of Malta – Academia.edu
【単著・単編集】:
- Azzopardi, A. (2008) Career guidance for persons with disability.
Valletta: Euroguidance Malta. - Azzopardi, A. (2009). Reading stories of inclusion: Engaging with different perspectives towards anagenda for inclusion.
Germany: VDM Verlag. - Azzopardi, A. (2009) . Understanding the disability politics in Malta: New directions explored.
Germany:VDM Verlag. - Azzopardi, A. (2010). (Ed.). Making sense of inclusive education: Where everyone belongs.
Germany:VDM Verlag. - Azzopardi, A. (2010). (Ed.). Roots to inclusive education – A question of well-being.
Germany: VDM Verlag.
Azzopardi , A. (2011). Young people in Gozo A study 2. Gozo: A&M Printing Limited.
【共著・共編集】:
- Bartolo, P.A., Agius Ferrnate, C., Azzopardi, A., Bason, L., Grech, L. & King, M. (2002). Creating inclusiveschools.
Sliema: Salesian Press. - Azzopardi, A. & Grech, S. (2012). Inclusive communities: A reader UK: Sense Publishers
【論文】:省略
★撤回監視データベース
2023年3月14日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回監視データベースでアンドリュー・アゾパルディ(Andrew Azzopardi)を「Andrew Azzopardi」で検索すると、本記事で問題にした「2021年1月のStudies in Social Wellbeing」論文・1論文が2021年11月30日に撤回されていた。撤回理由は盗用である。
★パブピア(PubPeer)
2023年3月14日現在、「パブピア(PubPeer)」では、アンドリュー・アゾパルディ(Andrew Azzopardi)の論文のコメントを「”Andrew Azzopardi”」で検索すると、0論文にコメントがあった。
●7.【白楽の感想】
《1》行為認定と処罰は別次元
ほとんどの人はネカトについて、ネカトした研究者が悪いと思うだろう。
しかし、何年もネカト事件を調べていると、ネカト研究者以上に問題なのは「大学のネカト対応怠慢・不作為」や「大学のネカト調査不正」である。
ネカト疑惑を調査した結果、盗用なのに盗用ではないと結論する大学のネカト委員会は非常に多い。
マルタ大学・規律委員会は、「ズサン(lazy writing)」ではあったたが、「故意に盗用した(wilfully plagiarized)」ものではなかった、として、アゾパルディ(写真出典)をシロと結論した。
この結論は異常である。
例えば、自動車を運転して、通行人をひき殺してしまった。その時、「故意ではなかった」としても、通行人をひき殺したことに変わりはない。
行為の結果は加害者の過程・意図と別次元である。アゾパルディ事件で言えば、行為の結果は「通行人をひき殺した」ことで、これは、「盗用したこと」である。
「ズサン(lazy writing)」だとか「故意ではなかった」などは、行為の結果ではなく行為の過程・意図である。
行為の結果、「通行人をひき殺した」(つまり、「盗用した」)ので、その結果に対する責任はある。
アゾパルディは盗用に対する責任がある。
「行為の結果」に対してどのような処罰を科すかを考える時に「行為の過程・意図」を考慮する。それで、今回はコレコレの理由で、処罰を軽くする、とするのは「あり」だ。
しかし、アゾパルディ事件の場合、最初から処罰したくない意図が優先し、その結果、「盗用」ではないと、行為そのものを否定してしまった。こうなると。規則と処罰がごっちゃになっておかしくなる。
処罰を避けることが主眼で、行為そのものを否定してしまう。盗用なのに「故意ではなかった」から「盗用ではない」とするのは異常である。
盗用は盗用である。
アゾパルディ事件は「大学のネカト調査不正」事件である。
《2》改善点
アゾパルディ事件は盗用事件としてはごく普通のありふれた事件である。
第一著者のカミレリは院生で、この論文が最初の出版物である。カミレリがどのよう人で、どのような経緯で盗用したのか白楽は把握できないので、断言できないが、今回の盗用だけでカミレリを研究界から排除するのは、やり過ぎという気がする。
この事件で、マルタ大学・規律委員会が目標にすべき1つの視点は、アゾパルディもカミレリもどちらも、今後、同じ過ちを繰り返さないようにすることだ。
そのためには、「適切に言い換えて資料を引用する方法」の教育・訓練をこの2人に科すことが望ましい。
また、マルタ大学の他の教員・院生が類似の過ちを繰り返さないように、何らかの対策をすることも大事である。
この事件がマルタで大騒動になったことを契機に、マルタ大学の教員・院生に盗用防止の具体的方法を取り入れた研究コースを受講させることだ。
《3》学術誌から削除
一般論ではあるが、論文を撤回し学術誌から削除すると、その論文を読むことはできない。
場合によると、膨大な研究費が投入され、多くの研究者に知の情報を与えた論文が、削除されると、膨大なカネ・エネルギー・知が失われる。
訂正で済むなら、なるべく訂正で済ませ、論文を公開し続けることが望ましい。
アゾパルディ事件のような総説では、盗用を訂正すれば、総説としては問題なく、総説自体の価値は生かされる。訂正で済ませるべきだったと思う。
といっても、アゾパルディは撤回論文を修正し再出版することを希望していないとのことだ。アンドリュー・アゾパルディ(Andrew Azzopardi)。https://www.maltatoday.com.mt/news/interview/65246/politics_has_become_a_circus__andrew_azzopardi
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●9.【主要情報源】
① 2021年12月3日のフィオナ・ガレア・デボノ(Fiona Galea Debono)記者の「Times of Malta」記事:University Dean’s article withdrawn over plagiarism claim
② 2022年9月19日のマーク・ローレンス・ザミット(Mark Laurence Zammit)記者の「Times of Malta」記事:‘Lazy writing’ but no ‘wilful plagiarism’: probe into Andrew Azzopardi case
③ 2022年9月19日の記者名不記載の「Malta Independent」記事:Disciplinary committee finds no plagiarism in Andrew Azzopardi’s academic paper – The Malta Independent
④ 2022年9月20日のジョナサン・ベイリー(Jonathan Bailey)記者の「Plagiarism Today」記事:University Dean Cleared in Plagiarism Probe – Plagiarism Today
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
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