ブルース・ホール(Bruce Hall)(豪)

2021年1月13日掲載 

ワンポイント:ホールはニュー・サウス・ウェールズ大学(University of NSW)・教授、リバプール病院(Liverpool Hospital)・臨床医師で、国際的に著名な免疫学者だった。2001年(54歳?)、研究室の4人に著者在順違反とネカトで大学に告発された。大学は1回目の調査でシロと判定した。この判定は批判を浴びた。それで、外部委員会に調査を依頼した。外部委員会は、ホール教授をクロと判定したが、学長は解雇するほど悪質ではないとし、解雇しなかった。ホール事件はテレビ報道され、議会でも取り上げられ、大学の対応が問題視された。当時、オーストラリアの大ネカト事件だが、現在ではほとんど忘れられている。ホールは2021年1月12日(73歳?)現在も教授職を保持している。撤回論文なし。国民の損害額(推定)は10億円(大雑把)。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
9.主要情報源
10.コメント
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●1.【概略】

ブルース・ホール(Bruce Hall、Bruce M. Hall、写真出典)は、オーストラリアのニュー・サウス・ウェールズ大学(University of NSW)・教授、リバプール病院(Liverpool Hospital)・臨床医師で、専門は免疫学・腎臓移植学である。

2001年(54歳?)、研究室の4人に著者在順違反とネカトで大学に告発された。

大学は内部調査でホール教授をシロと判定した。しかし、この判定は批判を浴びた。

2002年6月(55歳?)、それで大学は、外部委員会に調査を依頼した。

2003年1月(56歳?)、7か月後、外部委員会は、ホール教授をクロと判定した。

2003年12月24日(56歳?)、ところが、ロリー・ヒューム学長(Rory Hume)は、外部委員会の結論に従わなかった。自分で調査したとし、ホール教授の行為は解雇するほど悪質ではないとした。

学長の措置は学内外からたくさん批判されたが、大学はホール教授を処分しなかった。

ホール教授は、2021年1月12日(73歳?)現在、ニュー・サウス・ウェールズ大学・教授職を維持している。 → Professor Bruce Milne Hall | UNSW Research201202保存

2021年1月12日(73歳?)現在、ホール教授に撤回論文はない。

リバプール病院(Liverpool Hospital)。写真出典

  • 国:オーストラリア
  • 成長国:オーストラリア
  • 医師免許(MD)取得:シドニー大学
  • 研究博士号(PhD)取得:シドニー大学
  • 男女:男性
  • 生年月日:不明。仮に1947年1月1日生まれとする。1965年に大学に入学した時を18歳とした
  • 現在の年齢:77 歳?
  • 分野:免疫学
  • 最初の不正論文発表:2001年(54歳?)?
  • 不正論文発表:2001年(54歳?)?
  • 発覚年:2001年(54歳?)
  • 発覚時地位:ニュー・サウス・ウェールズ大学・教授
  • ステップ1(発覚):第一次追及者は部下の4人で、大学に公益通報
  • ステップ2(メディア):「パブピア(PubPeer)」、「撤回監視(Retraction Watch)」
  • ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①ニュー・サウス・ウェールズ大学・内部調査委員会。②ニュー・サウス・ウェールズ大学・外部調査委員会。③警察
  • 大学・調査報告書のウェブ上での公表:あり:①:Media Releases – Office of the Vice-Chancellor & President, UNSW、②:Reports – Office of the Vice-Chancellor & President, UNSW
  • 大学の透明性:実名報道で調査報告書(委員名付き)がウェブ閲覧可(◎)
  • 不正:ねつ造・改ざん、著者在順、アカハラ
  • 不正数:?報、撤回論文なし。研究費申請書
  • 時期:研究キャリアの後期から
  • 職:事件後に研究職(または発覚時の地位)を続けた(〇)
  • 処分:処分なし
  • 日本人の弟子・友人:不明

【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は10億円(大雑把)。

●2.【経歴と経過】

(1):(24) Bruce Hall | LinkedIn 、(2):Professor Bruce Milne Hall | UNSW Research

  • 生年月日:不明。仮に1947年1月1日生まれとする。1965年に大学に入学した時を18歳とした
  • 1965-1970年(18-23歳?):オーストラリアのシドニー大学(University of Sydney)で学士号取得:医学、医師免許取得
  • 19xx年(xx歳?):同大学(University of Sydney)で研究博士号(PhD)を取得:免疫学
  • 1980年1月 – 1991年7月(33-44歳?):オーストラリアのロイヤル・プリンス・アルフレッド病院(Royal Prince Alfred Hospital)・医師
  • 1987年8月 – 1991年8月(40-44歳?):米国のスタンフォード大学(Stanford University)・準教授
  • 1991年7月(44歳?):オーストラリアのニュー・サウス・ウェールズ大学(University of NSW)・教授
  • 1994年(47歳?):ニュー・サウス・ウェールズ大学(University of NSW)のリバプール病院に移植研究グループを設立
  • 2001年(54歳?):不正研究が発覚
  • 2002年(55歳?):大学の内部調査はホール教授をシロと判定
  • 2003年1月(56歳?):大学の外部委員会は、ホール教授をクロと判定
  • 2003年12月23日(56歳?):ニュー・サウス・ウェールズ大学・学長はホール教授を解雇しないと発表
  • 2021年1月12日(73歳?)現在:ニュー・サウス・ウェールズ大学・教授職を維持している → Professor Bruce Milne Hall | UNSW Research201202保存

●5.【不正発覚の経緯と内容】

★発覚の経緯

2001年(54歳?)、リバプール病院(Liverpool Hospital)のクララ・ヒー医師(Clara He、女性)とユッヒェン・チェン医師(Juchen Chen、性別不明)、ホール教授の博士院生のホン・ハ(Hong Ha、女性)、匿名者、の計4人が、大学に内部告発者の保護手続きをしたうえで、ホール教授をニュー・サウス・ウェールズ大学に告発した。

告発内容は、学会発表と論文でホール教授が、①ねつ造・改ざんデータを発表したこと。②著者在順違反をしたこと。③ホール教授が研究室で彼(女)らを脅したこと(アカハラ)。④ねつ造・改ざんデータを含む申請書で国家健康医学研究審議会(National Health and Medical Research Council)に研究費を申請したこと、だった。

★大学の内部調査はホール教授を無罪

2002年(55歳?)、ニュー・サウス・ウェールズ大学は2つの並行した内部調査の結果、ホール教授を無罪とした。

内部調査の1つは医学部長のブルース・ダウトン教授(Bruce Dowton)が調査した。もう1つは研究担当副学長のエルスペス・マクラクラン教授(Elspeth McLachlan)が国家健康医学研究審議会の研究申請書でのネカト問題を調査した。

2つの内部調査とも、ネカトの明白な証拠が得られなかったので、申し立てが正しかったと結論できないとした。つまり、ホール教授を無罪とした。

アカハラに関しては、ホール教授の研究室での人間関係や研究環境が悪いと判定したが、処分の勧告をしなかった。

2002年4月13日(55歳?)、事件の内部調査の詳細がオーストラリアのABCテレビのサイエンス・ショー番組(ABC’s Science Show)で明らかされ、調査のズサンさが指摘された。 → ①:Scientific & financial misconduct – The Science Show – ABC Radio National、②:Science Show – 4/13/2002: Scientific & Financial Misconduct

★学外委員会:ホール教授はクロ

2002年6月(55歳?)、内部調査がズサンだったとABCテレビで批判されたのを受け、ニュー・サウス・ウェールズ大学の大学協議会は、今度は、高等裁判所・前・裁判長のジェラルド・ブレナン(Gerard Brennan – Wikipedia、写真出典)を委員長とする学外調査委員会を発足した。

2003年1月(56歳?)、7か月後、ニュー・サウス・ウェールズ大学はブレナン委員会の最終調査報告書を受取った。ブレナン委員会は、調査の結果、ホール教授が「ごまかす意図をもって行動した」、「真実を意図的に無視した」と発表した。つまり、ホール教授を有罪とした。

ブレナン委員会の結論に基づいて、ホール教授の研究室を監督する立場の南西シドニー健康局(South Western Sydney Area Health Service)は、ホール教授のすべての役職を解任した。

2003年10月(56歳?)、国家健康医学研究審議会(National Health and Medical Research Council)も、ホール教授の研究費助成を停止した。

なお、ホール教授は、ブレナン委員会の報告書に非常に批判的で、その公表を禁止するよう裁判所に訴えた。しかし、結局は、ブレナン委員会の報告書は公表された。

★ヒューム学長の異様な判断

2003年12月24日(56歳?)、ところが、ロリー・ヒューム学長(Rory Hume – Wikipedia、写真出典)は、ブレナン委員会の結論をそのまま履行しなかった。

ヒューム学長は、「私の調べた結果、ホール教授には病気や研究室での強いストレスなどがあり、情状酌量の余地がある。また、データねつ造・改ざんの嫌疑に対しては、ラップトップ・コンピューターが盗まれデータが不正確になったためである。総じて、ホール教授の不正行為は彼を解雇するほど悪質なものではない」と発表した。

つまり、ヒューム学長自身が審査した結果、告発された6点のネカトについてホール教授を無罪とした。ただ、5つの小さな学術的不正行為をしていることを認めた。とはいえ、この5つの小さな学術的不正行為は、彼の仕事と実験室を奪うものではないと結論したのだ。 → 2003年12月23日の報告書:Report by the Vice-Chancellor on Findings Relative to Allegations of Misconduct against Professor Bruce Hall

数人の有力教授と多くの研究者は、公式・非公式にヒューム学長の決定を批判した。

グリフィス大学(Griffith University)の政策アナリストであるイアン・ロウ教授(Ian Lowe – Wikipedia)は、ヒューム学長の決定は「弱い者をイジメて、強い人の肩を持つ」露骨なケースだと批判した。

ニュー・サウス・ウェールズ大学の多くの教授はロウ教授の批判を支持し、ヒューム学長の決定はオーストラリアの大学のよい評判を「傷つけている」と批判した。

また、告発者のクララ・ヒー医師は、ニュー・サウス・ウェールズ大学は主要な問題を調査しておらず、事件は終わっていないと批判した。

ホール事件に関して、警察を含め3つの政府機関は、別々に、①ホール教授の不適切な研究費管理、②大学の不適切な告発者の扱い、に関して調査をした。

但し、その調査結果を白楽は把握できなかったので、結論をここに書けません(ゴメン)。

ホール教授は、告発の最初から一貫して「自分は何も悪いことをしていない」と主張し、研究費申請書での「些細な誤り」を認めたものの、「重大な誤り」は否定しつづけた。

そして、ホール教授は、2021年1月12日(73歳?)現在、ニュー・サウス・ウェールズ大学・教授職を維持している(写真同)。 → Professor Bruce Milne Hall | UNSW Research201202保存

【ねつ造・改ざんの具体例】

不明。

●6.【論文数と撤回論文とパブピア】

★パブメド(PubMed)

2021年1月12日現在、パブメド(PubMed)で、ブルース・ホール(Bruce M Hall)の論文を「Bruce M Hall [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2002~2020年の19年間の33論文がヒットした。

「Hall BM」で検索すると、1955~2020年の66年間の217論文がヒットした。

2021年1月12日現在、「Retracted Publication」のフィルターでパブメドの論文撤回リストを検索すると、0論文が撤回されていた。

★撤回監視データベース

2021年1月12日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回監視データベースでブルース・ホール(Bruce Hall)を「Bruce Hall」で検索すると、 0論文がヒットした。

★パブピア(PubPeer)

2021年1月12日現在、「パブピア(PubPeer)」では、ブルース・ホール(Bruce Hall)の論文のコメントを「”Bruce Hall”」で検索すると、0論文にコメントがあった。

●7.【白楽の感想】

《1》記録 

白楽が現役だった今から15年ほど前、ブルース・ホール(Bruce Hall)事件を研究室セミナーで学生に紹介したことがある。

そして、20年前のネカト事件が20年後の現在も、ウェブサイトでそれなりの情報が公開されている。この事実に感動する。

不正の具体的内容はわからないし、動画もない。それでも、新聞記事や論文でネカトの状況がある程度把握できる情報がウェブサイトに公開されている。

一方、日本の新聞記事は過去の記事の多くが閲覧有料になってしまい、過去を知る壁ができている。新聞社の経済的理由なんだろうが、事実を報道する役目のメディアが事実を閉ざす状況に違和感がある。

《2》言い訳の常套句

ホール教授はデータが 間違った” 理由を「ラップトップ・コンピューターが盗まれた」と言い訳している。

またかと、口をあんぐりしてしまうロクでもない言い訳だ。

ただ、ネカト事件では、こういう言い訳をする人が何人もいたし、これからもいるだろう。

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日本がスポーツ、観光、娯楽を過度に追及する現状は日本の衰退を早め、ギリシャ化を促進する。日本は、40年後に現人口の22%が減少し、今後、飛躍的な経済の発展はない。科学技術と教育を基幹にした堅実・健全で成熟した人間社会をめざすべきだ。科学技術と教育の基本は信頼である。信頼の条件は公正・誠実(integrity)である。人はズルをする。人は過ちを犯す。人は間違える。その前提で、公正・誠実(integrity)を高め維持すべきだ。
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●9.【主要情報源】

① 2002年4月17日のニュー・サウス・ウェールズ大学・学長の報告書:Reports – Office of the Vice-Chancellor & President, UNSW
② 2003年9月24日の「Four Corners」によるブルース・ホール(Bruce Hall)インタビュー記事:Four Corners: Interview with Professor Bruce Hall
③ 2003年10月17日のニュー・サウス・ウェールズ大学の報告書:External Reports – Office of the Vice-Chancellor & President, UNSW
④ 2003年12月24日の「Sydney Morning Herald」記事:Professor guilty of misconduct
⑤ 閲覧有料:2004年1月16日のリー・デイトン(Leigh Dayton)記者の「Science」記事:Hall Found Guilty of Lesser Misconduct | Science
⑥ 学術誌:Zinn C. (2004). Immunologist accused of misconduct is allowed to relocate. BMJ (Clinical research ed.), 328(7431), 66. https://doi.org/10.1136/bmj.328.7431.66-b:Immunologist accused of misconduct is allowed to relocate
⑦ 2004年2月19日のカリーナ・デニス(Carina Dennis)記者の「Nature」記事:Misconduct row fuels calls for reform | Nature
⑧ ◎2004年2月16日の「Med J Aust」誌のMartin B Van Der Weyden編集長の「社説」記事: Managing allegations of scientific misconduct and fraud: lessons from the “Hall affair”
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

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