2016年10月30日掲載。
ワンポイント:糖尿病が専門のVTTフィンランド技術研究センター社・教授がねつ造・改ざんの疑念を持たれたが、調査の結果、非ネカト(研究ネカトにあらず。シロ)と判定された。ただし、調査は問題点が多い。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文
7.白楽の感想
8.主要情報源
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●1.【概略】
マテヤ・オレシ(Matej Orešič、写真出典)は、スロベニアに生まれ育ち、米国のコーネル大学で研究博士号(PhD)を取得し、35歳でフィンランドのVTTフィンランド技術研究センター社(VTT Technical Research Centre of Finland Ltd)・教授になった。専門は糖尿病である。医師ではない。
VTTフィンランド技術研究センター社は、会社だが、フィンランドの国立研究機関である。
2013年11月(45歳)、ヘルシンキ大学は、VTTフィンランド技術研究センター社を統合する計画があり、VTTフィンランド技術研究センター社の評価をしていた。その過程で、オレシ教授の研究グループに研究ネカトの疑惑を抱いた。
2014年(46歳)、VTTフィンランド技術研究センター社は調査の結果、オレシ教授にネカトはないと結論した。
2016年(48歳)、フィンランド最大の新聞「ヘルシンギン・サノマット(Helsingin Sanomat)」が2014年の調査は杜撰だと指摘した。
2016年(48歳)、VTTフィンランド技術研究センター社は、再調査の結果、ネカトはないと再び結論した。
このブログでは、研究ネカトの防止や対策の研究のために事件を詳細に分析しているが、この手法には大きな欠点がある。それは、クロのケースしか分析できず、シロのケースが分析できないことだ。米国の研究公正局をはじめ、新聞・雑誌などのマスメディアは、クロしか報告しない。シロの場合は情報がほとんど得られない。
しかし、実際は、調査の結果、シロだったケース、疑念がもたれたが調査に入らなかったケースは、クロのケースの10倍はあるだろう(推定)。
シロを詳細に分析し、クロと比較しないと、シロとクロの境界がわからないし、クロの発生要因もわからない。
VTTフィンランド技術研究センター社(VTT Technical Research Centre of Finland Ltd)。写真出典。By Cryonic07 (Own work) [GFDL (http://www.gnu.org/copyleft/fdl.html) or CC BY-SA 4.0-3.0-2.5-2.0-1.0 (http://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0-3.0-2.5-2.0-1.0)], via Wikimedia Commons
- 国:フィンランド
- 成長国:スロベニア
- 研究博士号(PhD)取得:米国のコーネル大学
- 男女:男性
- 生年月日:1967生12月13日
- 現在の年齢:56 歳
- 分野:糖尿病
- 最初の疑念論文発表:2008年(40歳)
- 発覚年:2013年(45歳)
- 発覚時地位:VTTフィンランド技術研究センター社・教授
- ステップ1(発覚):第一次追及者はヘルシンキ大学・分子医学研究所の評価委員会。疑念をVTTフィンランド技術研究センター社に公益通報
- ステップ2(メディア): フィンランド最大の新聞「ヘルシンギン・サノマット(Helsingin Sanomat)」
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①ヘルシンキ大学・分子医学研究所の評価委員会。②VTTフィンランド技術研究センター社・調査委員会。1回目。③VTTフィンランド技術研究センター社・調査委員会。2回目
- 研究所・調査報告書のウェブ上での公表:あり。調査委員名も公表
- 不正疑惑:ねつ造・改ざん
- 不正疑惑論文数:1報。170報以上の論文を出版しているが調査したのは1報だけ
- 時期:研究キャリアの中期から
- 結末:処分なし。しかし、他大学に移籍
●2.【経歴と経過】
主な出典:http://www.btk.fi/fileadmin/Page_files/Research/tcells/Oresic/OresicMatejCV.pdf
- 1967生12月13日:スロベニアのマリボル(Maribor)に生まれる
- 1992年(24歳):スロベニアのリュブリャナ大学(University of Ljubljana)で学士号。専攻:物理学
- 1995年5月(27歳):米国のコーネル大学・大学院入学
- 1999年(31歳):米国のコーネル大学(Cornell University)で研究博士号(PhD)取得。デイヴィット・シャロウェイ教授(David Shalloway、写真出典)。分子生物学・遺伝学。博士論文タイトル「Studies of specific correlations between synonymous codon usage and protein secondary structure」
- 1999年8月–2000年8月(31–32歳):米国のコーネル大学(Cornell University)・ポスドク
- 2000年8月–2001年8月(32–33歳):米国のLION Bioscience Research, Incで生物情報学研究員(Bioinformatician)
- 2001年8月-2003年3月(33–35歳):米国・ボストンのビヨンド・ジェノミックス社(Beyond Genomics, Inc. 現在の社名は BG Medicine, Inc.)の主任研究員・部門長(Principal Scientist and Head, Computational Biology and Statistics)
- 2003年4月-2014年3月(35–46歳):フィンランドのVTTフィンランド技術研究センター社(VTT Technical Research Centre of Finland Ltd)・教授
- 2005年2月(37歳):フィンランドのヘルシンキ工科大学(Helsinki University of Technology)・準教授(Docent)・兼任。システム・バイオロジー
- 2008年(40歳):後に問題視される「2008年のJ Exp Med.」論文を発表
- 2013年11月(45歳):研究ネカトの疑念が生じる
- 2014年3月(46歳):デンマークのステノ糖尿病センター(Steno Diabetes Center, Denmark)・研究教授に移籍
- 2014年(46歳):VTTは「2008年のJ Exp Med.」論文にデータ改ざんはなかったと結論した
- 2016年2月7日(48歳):フィンランドの新聞「Helsingin Sanomat」がオレシの研究ネカト問題を蒸し返した
- 2016年6月15日(48歳):VTTフィンランド技術研究センター社は、再調査の結果、ネカトはないと再び結論した
●3.【研究内容】
● 【動画】
【動画1】
解説:「糖尿病と戦う(Confronting the epidemy that is diabetes)」(英語)12分00秒。
2015年11月9日に公開。4分45秒から4分53秒の間にマテヤ・オレシ(Matej Orešič)が登場。
http://www.euronews.com/2015/11/09/confronting-the-epidemy-that-is-diabetes
●5.【不正発覚の経緯と内容】
★事件の前段階
オレシは東欧の小国・スロベニアに生まれ、スロベニアのリュブリャナ大学を卒業後、米国のコーネル大学で研究博士号(PhD)を取得し、米国でポスドクや研究員として研究キャリアを積み上げた。
オレシのような小国出身の優秀な人材は、国際的に活躍することになる。米国からスロベニアに帰国せず、以下に示すように、フィンランドで教授になった。その後、デンマークに移籍する。
2003年4月(35歳)、フィンランドのフィンランドのVTTフィンランド技術研究センター社(VTT Technical Research Centre of Finland Ltd)・教授に採用される。
VTTフィンランド技術研究センター社は「会社」であるが、国立機関でもある。2015年の従業員が2,470人もいる大きな研究所だ。VTTは フィンランド語の「Valtion teknillinen tutkimuskeskus」の頭文字で、意味は「技術研究センター」である。以下、日本語の説明を引用する。
→ 出典:VTTフィンランド技術研究センター、有限責任会社として始動 « 記事の一覧|デイリーウォッチャー|研究開発戦略センター(CRDS)
フィンランド国立技術研究センター (VTT)の2015年1月9日付のニュースで、標記の記事が掲載されている。以下にその概要をまとめる。
===
フィンランド国立技術研究センター(VTT)の技術研究センター(Technical Research Centre)と国立標準認定研究機関(Centre for Metrology and Accreditation:MIKES)が、2015年1月1日付で合併し、VTTは有限責任会社となった。
VTTフィンランド技術研究センター社(VTT Technical Research Centre of Finland Ltd)は、応用技術研究を行い、その研究成果を実用的なソリューションに活用していくとともに、フィンランドの国立標準研究機関でもある。また、研究および知識の活用により、民間と公共の両部門において国内外の顧客や提携先に専門的なサービスを提供する。VTT社はフィンランド最大の応用研究組織かつ研究技術会社として、北欧諸国を先導していく。
2008年(40歳)、フィンランドのVTTフィンランド技術研究センター社(VTT Technical Research Centre of Finland Ltd)・教授の時、後に問題視される「2008年のJ Exp Med.」論文を発表した。オレシは第一著者である。
- Dysregulation of lipid and amino acid metabolism precedes islet autoimmunity in children who later progress to type 1 diabetes.
Oresic M, Simell S, Sysi-Aho M, Näntö-Salonen K, Seppänen-Laakso T, Parikka V, Katajamaa M, Hekkala A, Mattila I, Keskinen P, Yetukuri L, Reinikainen A, Lähde J, Suortti T, Hakalax J, Simell T, Hyöty H, Veijola R, Ilonen J, Lahesmaa R, Knip M, Simell O.
J Exp Med. 2008 Dec 22;205(13):2975-84. doi: 10.1084/jem.20081800. Epub 2008 Dec 15. PMID:19075291
★第1ラウンド
2013年11月4日(45歳)、マテヤ・オレシ(Matej Orešič)は、研究ネカトの疑念があるので、出勤停止を命じるという通知を、VTTフィンランド技術研究センター社から受け取った。通知には、調査のスケジュールや、どの論文のどの部分が疑念なのか、示されていなかった
2013年11月11日、ヘルシンキ大学(University of Helsinki)・分子医学研究所(Finnish Institute of Molecular Medicine:FIMM)の評価委員会は、VTTフィンランド技術研究センター社の血漿・血清メタボロミクス(Metabolomics)グループ(QBIXグループ)の研究に疑念を発表した。
当時、オレシ教授とオレシの妻(ガールフレンド?)・トゥーリア・ヒュティライネン(Tuulia Hyötyläinen、写真出典)がこのQBIXグループの責任者だった。ヒュティライネンもオレシと同じように出勤停止を命じられた。
疑念が生じた発端は、ヘルシンキ大学・分子医学研究所は、VTTフィンランド技術研究センター社を統合する計画があり、評価委員会を設けて、VTTフィンランド技術研究センター社の実情を調査したからである。
評価委員長はドイツのマックス・プランク分子生物学・遺伝学研究所(Max Planck Institute of Molecular Biology and Genetics in Dresden)の名誉所長のカイ・シモンズ(Kai Simons、1938年生まれ。写真出典同)だった。カイ・シモンズ名誉所長はドイツ在住の著名な生化学者だが、ヘルシンキ大学卒のフィンランド人だから、委員長に選ばれたのだろう。
評価委員が疑念を呈したことで、VTTフィンランド技術研究センター社は、調査を開始した。
2014年5月7日(46歳)、VTTは、VTT内部の数人の教授(実名が記載されている)で構成する調査委員会が調査した結果、オレシの「2008年のJ Exp Med.」論文にデータねつ造・改ざんはなかったと結論した。
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カイ・シモンズ名誉所長は、VTTのこの調査結果を非難した。調査委員会の委員はVTT内部の委員が主導し、外部委員は2人しか入っていない。シモンズ名誉所長が初期の評価で調査したようにQBIXグループの研究員にインタビューしていない、などと指摘した。
問題視された当事者のオレシは、この調査過程では、枠外に置かれ、どの論文のどの点に疑念がもたれているのかも示されなかった。
「調査対象の論文がわかった時、私は自分で反論する機会も与えられなかった。私は、公式には、どの論文が調査対象なのかを通知されなかったし、どのデータが調査対象なのかも公式には通知されなかった。さらに、外部調査委員にインタビューもされなかった」
オレシ教授は、「2014年5月8日にVTTが調査の結論を学術誌「J Exp Med.」編集局に伝えた。論文は撤回されたが、VTTの報告書が論文撤回の理由ではないと言われた。しかし、今日に至るまで、それ以外の撤回理由があるとは思えません」、と述べている。
オレシとトゥーリア・ヒュティライネン(Tuulia Hyötyläinen)(写真出典)は、シモンズ調査委員会の調査が「科学善行に違反する(“an alleged violation of good scientific practice”)」とヘルシンキ大学・学長に訴えた。
主張は以下の3点である。
- 評価において、シモンズ名誉所長が公平な評価者ではなかった。
- 評価は、倫理ガイドラインに従っていなかった。
- シモンズ名誉所長がQBIXグループに否定的で、その影響で委員会の評価プロセスの客観性は危険にさらされた。
最初の主張は、2013年春にシモンズ名誉所長がヘルシンキ大学・分子医学研究所のカフェテリアで、エリナ・イコネン教授(Elina Ikonen)とヴェサ・オルコネン準教授(Vesa Olkkonen)教授と話しているとき、私はオレシ教授に敵対的であると公然と述べていたと、オレシ教授とヒュティライネン博士は主張した。
2番目の件は、オレシ教授とヒュティライネン博士が評価の結果に不満だと述べたことと同等である。
3番目の件は、シモンズ名誉所長が他の委員に否定的な影響を与えたことで、委員会が混乱した思われることによる。
このヘルシンキ大学・学長への訴えが、その後どう対処されたかについては、白楽は把握できていない。
★第2ラウンド
2016年2月7日(46歳?)、フィンランド最大の新聞「ヘルシンギン・サノマット(Helsingin Sanomat)」がオレシの研究ネカト問題を蒸し返した。つまり、VTTフィンランド技術研究センター社の2014年の調査はいい加減だったのではないか、と指摘したのだ。
2016年2月26日と3月3日(46歳?)、新聞での指摘を受けて、VTTフィンランド技術研究センター社は3人の外部委員(教授)に調査を依頼し、再調査を始めた。
3人の委員は会合を持つことなく、独立に調査し、結果を文書でVTTフィンランド技術研究センター社に伝えた。
2016年6月15日(46歳?)、VTTフィンランド技術研究センター社は再調査の結果、オレシの「2008年のJ Exp Med.」論文に研究ネカトなしという報告書を、フィンランド研究公正諮問委員会(Finnish Advisory Board on Research Integrity)に提出した。
なお、フィンランド研究公正諮問委員会はフィンランド政府の教育文化大臣(Ministry of Education and Culture)に任命された組織である。
3人の調査委員の1人である南オーストラリア・健康医学研究所(South Australian Health & Medical Research Institute in Adelaide)のヴィレ=ペッテリ・マキネン(Ville-Petteri Mäkinen、写真出典、フィンランド人)は、論文にねつ造・改ざんはないが、記述が貧困(“poorly represented” results)でタイトルと要旨は誇大表現すぎる(“exaggerated claims”)と指摘した。
さらに、「論文の試料、測定、分子濃度にねつ造の疑念を抱かせるものな何もなかった」。また、統計値に改ざんはないが、「第一著者はメタボロミクス(Metabolomics)の専門家であって統計の専門家ではない。共著者の多くは臨床医学者や基礎生物学者である点も重要である」と付け加えた。
撤回監視ブログ記者の質問に、ヘルシンキ大学名誉学長のカリ・ライヴィオ(Kari Raivio、写真出典)は、次のように指摘した。
自分は研究論文の内容のネカト審議にコメントする立場ではないがとことわりつつ、「VTTフィンランド技術研究センター社は、10年近く前の「2008年のJ Exp Med.」論文だけをピンポイントで微視的に分析したが、元々はQBIXグループ)の研究が問題視されたのだ」と指摘した。
初期の調査委員長を務めたカイ・シモンズ名誉所長もカリ・ライヴィオ名誉学長の意見に賛成とのことである。
2016年9月21日、一方、フィンランドマスメディア協会(Council for Mass Media in Finland)は、フィンランドの新聞「ヘルシンギン・サノマット(Helsingin Sanomat)」がオレシの研究ネカト問題を蒸し返したことを「ジャーナリズム善行に違反する」という声明を発表した。ヘルシンギン・サノマット紙は読者に事実とは異なる印象を与えたと非難したのである。
★パブピアの指摘
2016年10月28日現在、パブピアのコメントはこの記事で問題にしてきた「2008年のJ Exp Med.」論文にはなく、「2016年のNature」論文だけにされていた。この論文は、多数の共著者がいて、オレシを含め連絡著者が4人いる(以下に書誌情報を示す)。コメントは2016 年7月19日以降12件もある。白楽が結論する立場ではないが、「2016年のNature」論文は、データねつ造・改ざんかもしれない。
- “Human gut microbes impact host serum metabolome and insulin sensitivity”
Helle Krogh Pedersen, Valborg Gudmundsdottir, Henrik Bjorn Nielsen, Tuulia Hyotylainen, Trine Nielsen, Benjamin A. H. Jensen, Kristoffer Forslund, Falk Hildebrand, Edi Prifti, Gwen Falony, Emmanuelle Le Chatelier, Florence Levenez, Joel Dore, Ismo Mattila, Damian R. Plichta, Paivi Poho, Lars I. Hellgren, Manimozhiyan Arumugam, Shinichi Sunagawa, Sara Vieira-Silva, Torben Jorgensen, Jacob Bak Holm, Kajetan Tro?t, MetaHIT Consortium, Karsten Kristiansen, Susanne Brix, Jeroen Raes, Jun Wang, Torben Hansen, Peer Bork, Soren Brunak, Matej Oresic, S. Dusko Ehrlich, Oluf Pedersen,
Nature (2016)
●6.【論文数と撤回論文】
2016年10月29日現在、パブメド(PubMed)で、マテヤ・オレシ(Matej Orešič)の論文を「Matej Orešič [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2003~2016年の14年間の170論文がヒットした。
2016年10月29日現在、撤回論文はない。
●【事件後の人生】
●7.【白楽の感想】
《1》非ネカト事件の分析
このブログでは、研究ネカトの防止や対策の研究のために研究ネカト事件を詳細に分析しているが、この手法には大きな欠点がある。それは、ネカトのケースしか調べられず、非ネカト(研究ネカトにあらず。シロ)のケースが分析できないことだ。米国の研究公正局はクロしか報告しないし、新聞・雑誌などのマスメディアもクロしか記事にしない。
しかし、実際は、疑念がもたれたが調査に入らなかった(非)ネカト事件、あるいは、調査した結果、シロだった事件、などがクロのケースの10倍ほどあるだろう(推定)。
シロを詳細に分析し、クロと比較しないと、シロとクロの境界がわからないし、クロの発生要因もわからない。
しかし、シロを詳細に分析、意味あるデータとして比較できるのは、研究ネカト事件を多量に調査する組織でかできない。つまり、学術誌出版局または研究公正局である。
今回のオレシ事件は、比較的多くの情報が得られる「シロ」のケースと期待して分析を始めた。しかし、どこでシロクロを線引きするかという視点の判定内容が示されているわけではなかった。白楽の期待が過剰だった。
ここで、シロ・クロとわかりやすく書いたが、実際の事件のほとんどは、シロ・クロがハッキリしない。というか、研究ネカト事件は、ほぼすべてシロとクロの中間であって、真っシロも真っクロもないだろう。「薄いグレイ~濃いグレイ」のグレイ度を判定し、結果としてシロまたはクロと判定しているわけだ。それに、調査する前は、「薄いグレイ~濃いグレイ」のグレイ度は、見えない。
調査のどの時点で決断を下すのかという決断時期の研究では、一般的に人間は、分析してから判断するのではなく、調査の開始時点(あるいは開始前)に、シロ・クロの判定をしてしまう。調査はこの開始時点(あるいは開始前)の決断に合うもっともらしい証拠・事実を集め、論理的に整理する作業でしかない。つまり、一般的に人間は、「結論ありき」の調査をする。
オレシ事件は本当は「濃いグレイ」なのに調査委員会がシロと無理やり結論づけた印象を、白楽は分析途中から感じ始めた。
例えば、オレシは170報も論文を発表しているのに、なぜ、1つの論文しか調査しないのか?
なぜ、カイ・シモンズ名誉所長やカリ・ライヴィオ名誉学長の意見に強く否定的なのか?
研究体制の再編というフィンランドの国策・政治的動きの中で、クサイもの(研究ネカト)に蓋をしたかったのではないか。
《2》身内に甘い
米国・研究公正局のような大学外の調査機関がない日本では、一般的に、日本の大学の調査委員会が最終判定組織になっている。しかし、その委員会が公正に調査する保証は全くない。
米国では大学がいい加減な調査をすれば、統括する研究公正局は当該大学を処分する(法的処分が可能なシステムになっている、と聞いている)。
しかし、日本では、研究公正局がないので、大学の調査委員会が最終判定組織になっていて、そこでいい加減な調査をしても、糾弾し処分できる上位組織はない。文部科学省は上位組織だが、文部科学省に調査機能はない。
大学の調査を、メディア(新聞、テレビ、ウェブなど)が批判する場合もあるが、日本のメディアは自力取材がおざなりで、追及する力は弱い。
そして、当然ながら、当該大学が設置した調査委員会は大学の不利になるような結論を出さない。
委員会と委員の本質は、政治的な利害集団である。各委員は、公正という仮面が剝がされない範囲で、自分の利益を高めようと考えながら判断する。
委員は自大学を不祥事に巻き込みたくない。協議・談合し、みんなで渡れば怖くない方式で、基本的には、シロと判定したい。シロとするには無理があるときだけ仕方なくクロとする。これは、仕組みとしてそうなっている。
もちろん、調査委員会の委員は真面目に判断している(と思う)。しかし、その委員を選ぶ人は大学上層部である。委員の日頃の言動から判断して、委員を選定するが、選定時点で、結論は、ほぼ見えている。基本的には御用委員会である。白楽のような、何を言うかわからない人(へそ曲がりで、権力やカネにすり寄れない)は委員に選ばれない。
つまり、調査の公正を担保する仕組みができていない。むしろ、調査を偏向する仕組みができている。それなのに、日本では、社会・マスコミだけでなく研究者までも、調査委員会の結論を公正であるかのように受け入れる。白楽は、違和感を感じる。
もちろん、自己保身・体制ベッタリ志向・みんなで渡れば怖くない体質は、研究者の世界に限ったことではない。人間社会に共通の特徴である。例えば、法的公正の番人である警察官でも身内に甘い処分をしている。
→ 2016年4月1日の袴田貴行、安達恒太郎の毎日新聞記事:北海道警:身内に甘い処分…ひき逃げや横領、懲戒せず – 毎日新聞
人間というものは、自己保身・体制ベッタリ志向・みんなで渡れば怖くない体質なのだと承知の上で、では、どんなシステムが有効なのだろうか?
当該大学が設置する調査委員会は、仕組み上、信頼性に問題がある。
少なくとも利害関係のない外部組織が調査すべきだろう。踏み込んで言えば、警察などのように悪いことをしているという前提で捜査する専門組織が適格と思える。
《3》透明性
オレシ事件では、調査結果やオレシの記述がウェブ上で6編も閲覧できる。本ブログでは1編しかアップしていないが、オレシ事件は、非ネカト事件としては、情報が多く、比較的、透明性が高い。珍しい。
新聞記事だと、記者の質問に熟慮する余裕なくコメントする場合も多く、記者の思い込みや印象で記事が曲がることがある。
その点、オレシ事件でオレシ本人が答えた文章もウェブ上で閲覧できる。結論がシロであれクロであれ、透明性が高いことはとても良い。
●8.【主要情報源】
①ダルミート・チャウラ(Dalmeet Singh Chawla)の「撤回監視(Retraction Watch)」記事。2016年2月9日:Sparks fly in Finland over misconduct investigation – Retraction Watch at Retraction Watch。2016年9月22日:Finnish institute finds no evidence to support misconduct in diabetes paper – Retraction Watch at Retraction Watch
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。