2025年3月20日掲載
日本最大の学術団体である日本内科学会の学術誌「Internal Medicine」が2024年4月に掲載した論文は盗用論文だった。2024年秋、盗用と指摘したのに、盗用論文を取り下げず、逐語盗用(verbal plagiarism)を言い換え盗用(paraphrase plagiarism)に変えた更新版とすり替え、2025年1月にコッソリと掲載した。2025年1月、学術誌・編集室に抗議した。それから2か月が経過したが、学術誌は盗用論文を掲載したままで、対処しないようだ。執筆教授と学術誌・編集者は、盗用を許容・隠蔽し、さらに、言い換え盗用は盗用ではないと思い込んでいる(らしい)。日本には、この不正を調査・処分する公的組織はないが、日本内科学会は日本の基幹的な学術組織である。適切な調査・改革を期待する。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.盗用事件
2.学術誌
3.通報・経緯
7.白楽の感想
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- 記述は敬称略。
- 白楽ブログの「5C 日本の研究疑惑:通報と対処」の意図は、日本の研究者の研究不正(含・疑惑)を具体的に示し、該当する研究機関の調査・対処の実態を公表・情報共有することです。そのことで、日本の研究不正調査・対処の問題点を日本国民・メディア、及び研究機関・研究者が一緒に考え、日本の研究倫理体制をより良い方向に改善することです。
情報共有し改善策を考えるため、メールおよび文書は基本的に公表します。
●1.【盗用事件】
★論文盗用
この記事で問題とした盗用論文は、静岡県立大学の井上健一郎(Ken-ichiro Inoue)の論文である。
盗用事件をおさらいしよう。出典は以下で、そこから、一部、抜粋し改変した。 → 「井上健一郎(Ken-ichiro Inoue)(静岡県立大学)、高野 裕久(Hirohisa Takano)(京都大学) | 白楽の研究者倫理」
井上健一郎の盗用論文・「2025年1月のIntern Med.」の書誌情報を以下に示す。
- Tetramine in Patients with Myasthenia Gravis.
Inoue KI.
Intern Med. 2025 Jan 1;64(1):1-2.
doi: 10.2169/internalmedicine.3627-24. Epub 2024 Apr 9.PMID: 38599857
井上健一郎の単著論文で、井上健一郎の所属は静岡県立大学である。
上記の論文タイトルは更新(updated)版の論文にリンクしているが、論文が更新されたという記述と、更新前の旧版もウェブで見ることができる。
更新前の論文は、他人の「2021年のMedicina (Kaunas) 」論文から文章を逐語盗用していた。
以下、更新前の論文の「冒頭」部分の盗用比較図である。左が盗用論文、右が被盗用論文。
全く同じ単語群を黄色と緑色で示した。少し単語を言い換えたり、前後にずらした部分を含めると、ここに示した部分は、論旨は同じで、9割以上同じ単語群である。つまり、ほぼ完ぺきな逐語盗用(verbal plagiarism)である。
★学術誌が盗用を許容・隠蔽
井上健一郎の盗用論文は日本内科学会の学術誌「Internal Medicine」に掲載された論文である。
論文の出版過程は、論文の脚注 に以下のように記載されている。

ところが、「Internal Medicine」編集室は指摘を無視した。何の返事もしてこない。


つまり、編集長、副編集長、内科学会事務局に井上健一郎の論文盗用は伝えられていた。
さらに、編集長は「適切に対応する」とした。
それから2か月後、2025年1月、驚いたことに、学術誌「Internal Medicine」は、井上健一郎の盗用論文を取り下げず、逐語盗用(verbal plagiarism)を言い換え盗用(paraphrase plagiarism)に変えて出版した。
左が更新「後」、右が「前」。変えた単語を着色した
結局、学術誌に盗用を指摘したら、盗用部分の単語を変えた更新版に、コッソリ差し替えたのである。
単語を変えただけなので、論旨は変わらない。つまり、逐語盗用(verbal plagiarism)を言い換え盗用(paraphrase plagiarism)に変えたのだ。 → 盗用の種類 | 白楽の研究者倫理
2025年1月、学術誌・編集室に抗議した。
逐語盗用論文を取り下げず、言い換え盗用に変えた更新版とすり替えたことを抗議した。
その抗議に対して、何も返事をしてこなかった。
それから2か月が経過した。
この間、学術誌「Internal Medicine」編集室及び日本内科学会事務局は、前向きな対応を検討しているかもしれないと、淡い期待を抱いていた。
しかし、その様子は見られなかった。
2025年3月19日現在、何も返事をしてこない。何も変化がない。
それで、今回、これらの経過をブログで公開し、日本国民及び白楽ブログ読者に状況をお伝えした。
大きな問題は、①盗用した教授、②盗用と指摘されても更新して論文を出版した教授、③盗用を許容・隠蔽する学術誌・編集者たち(教授たち)と日本内科学会事務局、④盗用と指摘されても、改善の方向に進まない学術誌・編集者たち(教授たち)と日本内科学会事務局、⑤言い換え盗用(paraphrase plagiarism)を盗用だと認識していない(らしい)執筆教授と学術誌・編集者たち(教授たち)、である。
①と②と⑤(の一部)の問題は、静岡県立大学が対処すべき問題である。現在、静岡県立大学が調査しているので、今回のブログ記事を伝えた。それで、そちらの調査を待つことにする。
しかし、③と④ と⑤(の一部)の問題は、学術誌・編集室を調査・処罰する公的組織や公的規則がない。
日本内科学会は日本最大の学術団体である。医学界の中心的なその学会が組織ぐるみで、(イ)盗用を許容・隠蔽している、(ロ)学術誌・編集者が言い換え盗用(paraphrase plagiarism)を盗用だと認識していない(らしい)、となると、日本の研究公正は救いがたい。
是非、日本内科学会の役員及び会員の先生がたが、今回の例および過去の類似例を調査・分析し、研究倫理体制の改善に取り組んでいただきたい。
日本の学術誌のネカト対処の問題点を指摘する人はとても少ないので、このようなケースがどれだけ頻繁に起こっているのか、白楽はわからない。
ただ、医学界の中心的な学術誌で起こっていることは、ほぼ、日本の全分野の学術誌で起こっている可能性が高い。日本の学術誌のすべてで、何らかの調査・分析と啓発、そして処罰する規則が必要に思える。
●2.【学術誌】

日本内科学会の学術誌「Internal Medicine」(表紙出典)は、日本で重要な位置にあることを、以下に示しておきたい。
もちろん、重要な位置ではないと見なされる学術誌も、高いレベルの研究公正を保つべきである。
日本内科学会は1903年(明治36年)設立で、会員数が122,095人(2025年 1月31日現在)もいる日本最大の学術団体である。 → 日本内科学会について | 日本内科学会
学術誌「Internal Medicine」は、「日本内科学会が月2回発行する査読付き医学雑誌」(文章と編集長などの画像:出典)である。
学術誌「Internal Medicine」の投稿規定には以下の記載がある。二重投稿や研究倫理の違反は処罰の対象、とあり、姿勢はしっかりしている(ように見える)。
投稿に際しては、”Recommendations for the Conduct, Reporting, Editing, and Publication of Scholarly Work in Medical Journals” (http://www.icmje.org/icmje-recommendations.pdf) に従うこと。
なお、万が一、二重投稿や研究倫理違反行為が発覚・判明した場合には、著者全員が責任を負い、編集委員会が決定した処罰の対象となる。(出典:投稿規定|Internal Medicine)
当然ながら、学術誌「Internal Medicine」が投稿基準としている”Recommendations for the Conduct, Reporting, Editing, and Publication of Scholarly Work in Medical Journals”は、盗用を禁止している。
そして、研究不正と告発されたら、編集者は出版規範委員会 (COPE)などが示す適切な手続きを開始し、大学・研究所と研究助成機関に通知することを検討し・・・ウンヌン、とある(8~9ページのⅢB. Scientific Misconduct)。
さらに、調査で研究不正行為が証明された場合、論文の撤回を発表する必要がある、など現在の標準的な編集手順を記載している。
しかし、2025年3月19日現在、今回の件で、学術誌「Internal Medicine」自身が、”Recommendations for the Conduct, Reporting, Editing, and Publication of Scholarly Work in Medical Journals” に示す手順を踏んでいるようには思えない。
どうなっているのだろう。
なお、日本の内科学の107学術誌が国際組織の出版規範委員会(COPE)の会員になっているが、2025年3月13日現在、「Internal Medicine」は会員リストに入っていなかった。 → Search results for ‘Internal Medicine’ | COPE: Member area
どうなっているのだろう。
●3.【通報・経緯】
★通報
今回は、「学術誌・編集室」案件である。
文部科学省の研究不正規則には学術誌・編集室や学会組織が研究不正に加担するケー
「学術誌・編集室」のネカト行為を調査・処罰する公的組織はない。
白楽ブログの「5C 日本の研究疑惑:通報と対処」では、「ネカト疑惑者に直接、問い合わせしない」原則で活動している。それで、学術誌「Internal Medicine」編集室を直接、告発しない。
今回は、一部主要メディアに伝えただけである。但し、関係者・関係機関からのメール、大きな動き、があれば以下に公開する。
―――以下は白楽のやり取り(新→旧 順)ーーー
[ここに記述する]
●7.【白楽の感想】
《1》日本の学術誌
不正論文をただすべき学術誌・編集室と学会組織が、組織ぐるみで研究不正を許容・隠蔽していた。
そして、執筆教授と学術誌・編集者は、逐語盗用(verbal plagiarism)だけを盗用とみなし、言い換え盗用(paraphrase plagiarism)は盗用ではない、と思い込んでいるふしがある。
学術研究者の普通の感覚でもそうだが、文部科学省の盗用の定義(以下)でも、盗用は、知的成果・作業を盗む行為なので、逐語盗用(verbal plagiarism)だけに限定していない。
他の研究者のアイディア、分析・解析方法、データ、研究結果、論文又
は用語を当該研究者の了解又は適切な表示なく流用すること。
学術誌・編集者が盗用の定義を誤解している上、学術誌・編集室と学会組織は、意図的に、研究不正を奨励・促進しているかのようだ。
事態は深刻である。
ただ、現在、この不正を調査・処分する公的組織はない。文部科学省の研究不正規則には学術誌・編集室や学会組織が研究不正に加担するケースを想定していないので、文部科学省の規則違反に該当するという文言はない。
また、今回、学術誌・編集室と学会組織ぐるみの研究不正を見つけたが、学術誌・編集室と学会組織ぐるみの研究不正は、日本に多数あるのか・マレなのか、わからない。・・・。が、多分、多数ある。
《2》学術誌・編集者の不勉強
日本では、学会上層部が役員を割り振るとき、多くの場合、知識・能力・見識とは無関係に、役員(有力教授クラス)を学術誌の担当(つまり学術誌・編集者)に割り振る。
それで、日本では、編集業務を良く知らない学術誌・編集者がたくさんいる。
白楽は日本の学術誌の驚くような対応を何度も経験している。
- 論文を撤回すると、掲載論文に「撤回(RETRACTION)」印を押すのではなく、論文を削除してしまう。記録を抹消してしまう
- 査読者(著名な大学教授)が直接、白楽の投稿論文の内容について、白楽に質問してきた
- 原稿を投稿しても、「受け取った」という返事が学術誌からこない。約2か月後、投稿を取り下げ、別の学術誌に投稿すると伝えると、編集長(著名な大学教授)から、怒りのメールがきた
- 白楽の発表した文章を、再出版したいと日本の有名な出版社から連絡を受けた。そのまま出版すると二重出版になるので、再掲だと文章の冒頭に加えるように伝えたのだが、「そうしなくても、大丈夫です」と返事してきた
- 査読依頼された論文を不採択にしたら、編集長から叱責された
- 上とは別の編集長だが、不採択しないようにと強い指示付きでの査読依頼
- その他
日本の大学教授が編集者になった時、研究者として論文を出版してきた経験と知識があるのは当然だが、編集業務に無知なことが多い。編集担当になったら、編集業務のノウハウを学ばないと、まともな編集はできない。
野球に例えるなら、選手として野球の能力が高くても、学習しなければ審判員は務まらない。審判員には審判の知識・ノウハウが必要である。
それでも、編集業務のノウハウを学ぶ学術誌・編集者は少ないと思う。
編集業務のノウハウを学ぶ教材はいろいろあるが、国際組織の出版規範委員会(COPE)が基準やノウハウを示している。そのサイトでも学ぶ事ができる。
ただ、編集者としての知識と経験を積んでも、判断が難しい場合もある。その場合、出版規範委員会(COPE)は相談に乗ってくれる。その事例がたくさん公開されている。
しかし、日本にそのような相談をできる組織はない。また、学術誌・編集者の研究不正をコンスタントに指摘する日本の組織・個人はいない。これらも、日本の学術誌・編集者の知識・ノウハウが低いままの原因だろう。
《3》不正文化
今回、日本最大の学術団体である日本内科学会の学会誌で盗用を許容・隠蔽する行為に遭遇した。
このような基幹的組織の基幹的研究者が研究公正を軽視する慣行は、日本の学術界に蔓延している悪習(根深い慣行)になっていると思う。
この、日本の悪い文化(根深い慣行)をなんとか、良い方向に変えられないだろうか?
以前、「自分の組織を偏って守る「自組織偏守」(特に医学系)が強い」ことが、「日本の研究不正大国」の要因だと指摘した。 → ●白楽の卓見・浅見21【ナゼ、日本は研究不正大国なのか?】「白楽の多撤回カビ理論」
どうすると、潮目を変えられるのか?
ため息ばかりです。
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★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
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