スティーヴン・ブレウニング(Stephen Breuning)(米)

ワンポイント:約30年前の典型的なデータねつ造事件で米国史上最初の刑事処罰

[追記]
・2022年10月13日記事:In 1987, the NIH found a paper contained fake data. It was just retracted. – Retraction Watch

【概略】

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ポーク病院(Polk Center)

スティーヴン・ブレウニング(シュテファン・ブロイニング、Stephen E. Breuning、Steven Breuning、本人写真未発見)は、米国・ピッツバーグ大学(University of Pittsburgh)・助教授・医師で、知的障害の病院としてペンシルヴァニア州最大のポーク病院(Polk Center、写真出典)の医師・施設長補佐でもあった。専門は精神医学(知的障害治療)だった。

1983年末(30歳)、同じ分野の研究者がブレウニングの論文のデータがねつ造・改ざんではないかとの疑念を持ち、NIHに伝え、NIH・国立精神健康研究所が調査した。

1987年(34歳)、調査の結果、クロと判定された。ブレウニングの論文は知的障害の治療薬に関する論文だったので、データねつ造・改ざんは患者の健康を害する可能性があることから検察が刑事事件として扱い、研究ネカトで米国史上最初の刑事事件となった。

1988年(35歳)、裁判で有罪になり、60日間の社会復帰訓練所、250時間の社会奉仕などの刑事罰が下った。

University_of_Pittsburgh_tablet2ピッツバーグ大学(University of Pittsburgh)。写真出典

  • 国:米国
  • 成長国:米国
  • 研究博士号(PhD)取得:
  • 男女:男性
  • 生年月日:1953年頃。仮に、1953年1月1日とする
  • 現在の年齢:71 (+1)歳
  • 分野:精神医学
  • 最初の不正論文発表:1982年(29歳?)
  • 発覚年:1983年(30歳)
  • 発覚時地位:・ピッツバーグ大学・助教授
  • 発覚:同じ分野の研究者
  • 調査:①NIH・国立精神健康研究所・調査委員会。30か月。②裁判所。~1988年11月12日。
  • 不正:ねつ造・改ざん
  • 不正論文数:撤回論文は3報
  • 時期:研究キャリアの初期から
  • 結末:辞職。刑事罰。

【経歴と経過】

  • 生年月日:1953年頃。仮に、1953年1月1日とする
  • 19xx年(xx歳):xx大学を卒業。医師免許取得
  • 19xx年(xx歳):米国・ピッツバーグ大学・助教授
  • 1983年末(30歳):同じ分野の研究者がブレウニングの論文に疑念をいだきNIHに通報した、
  • 1985年(32歳):NIH・国立精神健康研究所(National Institute of Mental Health)が調査を開始した
  • 1987年(34歳):調査委員会が研究ネカトと結論した
  • 19xx年(xx歳):米国・ピッツバーグ大学を辞職
  • 1988年(35歳):逮捕され、裁判で有罪、刑事罰を受けた。

【不正発覚の経緯と内容】

revobookstore-img600x450-1439515634disxcv21008-1事件の顛末は、アレクサンダー・コーン(酒井シズ、三浦雅弘訳):『科学の罠』、工作舎、1990年に記述されている。興味のある人は、是非、『科学の罠』を読んでください。

ポイント部分を著書『科学の罠』から引用しよう。なお、『科学の罠』では、スティーヴン・ブレウニング(Stephen E. Breuning)をシュテファン・ブロイニングと訳しているが同一人物である。

Stephen Breuning-3

ブレウニングは知的障害治療薬の分野で数年間研究し、この分野の権威として認められた。

ブレウニングの研究結果のポイントは、知的障害の治療薬に従来は、薬や抗精神病薬の強トランキライザ(major tranquilizers)を使用していたが、副作用が長引くので強トランキライザは望ましくない。かわりに、もっと有効で副作用の少ない興奮薬(stimulant drugs)であるリタリン(Ritalin)とデキサドリン(Dexadrine)を使用すべきだと主張していた。

ところが、その論文が研究ネカトなのだが、研究成果にインパクトがあるだけでなく、知的障害治療薬の政策決定にも大きな影響を及ぼしていた。コネチカット州などいくつかの州では、ブレウニングの研究結果に沿った方向で知的障害治療薬の政策を改訂してしまっていた。

press_Sprague1983年末(30歳)、イリノイ大学(University of Illinois)のロバート・スプレイグ教授(Robert Sprague、写真出典)(専門は精神病)は、スプレイグ教授は、ピッツバーグ大学にブレウニングがネカトをしていると手紙を書いた。

というのは、ブレウニングがピッツバーグ大学・助教授に採用される前、3年以上一緒に研究していた。それで、ブレウニングが論文に記載した実験はブレウニングには実施できないことを知っていた。また、ブレウニングの研究結果が異常なほど整然としていることから、データを詳細に検討し、データねつ造・改ざんだと確信した。

しかし、ピッツバーグ大学は何も動かなかった。

スプレイグ教授はそれで、ブレウニングに16万ドル(約1,600万円)の研究費を助成したNIH・国立精神健康研究所(National Institute of Mental Health)に、疑念を伝えた。

NIH・国立精神健康研究所(NIMH)も、スプレイグ教授の申し立てに対して、9か月間、何もしなかった。

1985年(32歳)、NIH・国立精神健康研究所(NIMH)は、ようやく5人の委員からなる調査委員会を設置し、ブレウニングのデータを調査し始めた。委員長は、ニューヨーク大学医科大学院のアーノルド・フリードホフ教授(Arnold J. Friedhoff)で、他の4人は、英語のまま書くと、以下の通りである。

  1. Dr. C. Keith Conners, director of psychiatric research at the Children’s Hospital National Medical Center in Washington
  2. Dr. Richard I. Shader, chairman of psychiatry at Tufts University School of Medicine
  3. Dr. Herbert G. Vaughan Jr., professor of neuroscience at Albert Einstein College of Medicine
  4. Dr. Edward E. Zigler, professor of psychology at Yale University

1987年(34歳)、調査委員会は、2年半の調査の結果、ブレウニングをクロと結論し、政府研究費へ10年間の締め出し処分(debarment)を提案した。また、司法省が刑事事件として扱うよう提案した。

ブレウニングは、研究ネカトを認めているものの、論文に記載された結果を追試できないと証明されたわけではないし、事実、一部は他の研究者が追試できている。にもかかわらず、調査委員会は、追試できないという論文しか言及していない、と反論している。

1988年9月20日(35歳)、バルチモア連邦裁判所は、ブレウニングを研究費申請書に虚偽の記載をし政府からの研究費を不当に得た罪で、有罪とした。

次回は、1988年11月10日の裁判になるが、検察は、1件当たり「5年間の刑務所、1万ドル(約100万円)の罰金」を求刑した。2件あるので、最大では、「10年間の刑務所、2万ドル(約200万円)の罰金」となる。

トーマス・ロバーツ(Thomas Roberts)検察官は、「研究者のうちのある人たちは、自分が行なった研究ネカトの悪影響を理解していないようです。研究ネカトを刑事事件にしたことで、これでようやく、研究者は、研究ネカトが犯罪であり、刑務所行きに直面するかもしれないことに気づくと期待できます」と、刑事事件にしたことで、研究者の研究ネカトが抑制されるだろうと述べている。

しかし、心理学者のアービング・マルツマン(Irving Maltzman)・UCLA教授は、「私は科学界の研究ネカトは社会を反映しているに過ぎないみています。ウォール街や政界には嘘やでたらめが横行しています。科学界の研究ネカトはこれらと同じ症候群の一部です」と述べ、長期的効果はないだろうと悲観的な意見を述べた。

1988年11月12日(35歳)、裁判長のフランク・カウフマン(Frank A. Kaufman)は、ブレウニングに60日間の社会復帰訓練所、5年間の保護観察、11,352ドル(約114万円)の返金、250時間の社会奉仕、最低5年間の精神医学研究禁止という刑罰を下した。

「10年間の刑務所、2万ドル(約200万円)の罰金」の求刑に比較すると、随分、軽い処分になったが、研究ネカトで刑事罰が下った全米で最初の例だ。ブレウニングは、検察が最初に求刑した最低10年間の精神医学研究禁止に同意した。

【論文数と撤回論文】

2015年11月9日現在、パブメドhttp://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmedで、スティーヴン・ブレウニング(Stephen E. Breuning)の論文を「Breuning SE [Author]」で検索すると、1977年~1985年の19論文がヒットした。

2015年11月9日現在、1983年に1報、1982年に2報の計3論文が撤回されている。コーンの本の引用した部分に記載していある「上司」(ほんとに上司?)のロバート・スプレイグ(Sprague RL)との共著論文は、1984年の「Psychopharmacol Bull誌」論文しかないが、それは撤回されていない。

  1. Effects of thioridazine on the intellectual performance of mentally retarded drug responders and nonresponders.
    Breuning SE, Ferguson DG, Davidson NA, Poling AD.
    Arch Gen Psychiatry. 1983 Mar;40(3):309-13.
    Retraction in:
    Freedman DX. Arch Gen Psychiatry. 1988 Jul;45(7):685-6
  2. Effects of thioridazine and withdrawal dyskinesias on workshop performance of mentally retarded young adults.
    Breuning SE, Davis VJ, Matson JL, Ferguson DG.
    Am J Psychiatry. 1982 Nov;139(11):1447-54.
    Retraction in:
    Am J Psychiatry. 1989 May;146(5):634
  3. Tardive dyskinesia in mentally retarded children, adolescents, and young adults: North Carolina and Michigan studies.
    Gualtieri CT, Breuning SE, Schroeder SR, Quade D.
    Psychopharmacol Bull. 1982 Jan;18(1):62-5. No abstract available.
    Retraction in:
    Psychopharmacol Bull. 1987;23(4):588.

【白楽の感想】

《1》事件の状況がつかみにくい

ブレウニングの個人生活、職場の上司・同僚の意見、助教授になるまでの経緯、がほとんどないので、事件の状況がつかみにくい。それらに特殊な状況がないとすれば、よくわからないが、大学側の研究規範教育の欠如、あるいは/さらに、ブレウニングの考え方・性格が原因で、研究ネカトをしたと思える。

【主要情報源】
① 1987年5月24日のフィリップ・ボフェイ(Philip M. Boffey)の「ニューヨーク・タイムズ」記事:U.S. STUDY FINDS FRAUD IN TOP RESEARCHER’S WORK ONMENTALLY RETARDED – NYTimes.com
② 1988年9月20日、ジャニー・スコット(Janny Scott)の「ロサンゼルス・タイムズ」記事:Researcher Admits Faking Data to Get $160,000 in Funds – latimes
③ 1988年11月12日の「ニューヨーク・タイムズ」記事:Scientist Given A 60-Day Term For False Data – NYTimes.com
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

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