ワンポイント:診断記録をねつ造し、強力な鎮痛剤(危険ドラッグ)処方で3人が死に、処方薬異常で米国医師・最初の第二級謀殺罪で30年の刑務所刑
◾【概略】
リサ・セン(英語ではリサ・センと発音する。他に、リサ・ツェン。シウ・イン・リサ・ツェン、Hsiu-Ying “Lisa” Tseng、写真出典)は、米国・ロサンゼルスのローランド・ハイツ(Rowland Heights)に夫とともに開業する総合医だった。子供が2人いる。
センは患者の求めるままに鎮痛剤、筋肉緩和剤、抗不安薬の処方箋を書いた。麻薬ディーラー医師と呼ばれ、遠くからも、薬物を求めて若者がやってきた。しかし、処方された薬物の過剰摂取で20代の若者が少なくとも6人死んだ。
2012年3月(42歳)、センは第二級謀殺(Second-degree murder)で逮捕された。医師が第二級謀殺(Second-degree murder)で逮捕されることは珍しい。米国(カリフォルニア州?)の医師では最初である。
2016年2月5日(46歳)、30年の刑務所刑の判決が下された。この種の事件で米国医師が第二級謀殺罪になった最初である。
この事件の日本語解説は2件あった。2件とも「Weekly LALALA」日本語版で。本文に引用した。
米国・ロサンゼルスのローランド・ハイツ(Rowland Heights)。写真出典
正面2階の赤十字マークがリサ・センの病院。写真出典
- 国:米国
- 成長国:米国
- 研究博士号(PhD)取得:なし
- 男女:女性
- 生年月日:不明。仮に1970年1月1日とする
- 現在の年齢:54歳?
- 分野:総合医
- 最初の不正:2007年(37歳)
- 発覚年:2010年(40歳)
- 発覚時地位:開業医
- 発覚:米国麻薬取締局
- 調査:①米国麻薬取締局。②裁判所
- 不正:ねつ造
- 不正数:27,000枚の処方箋
- 時期:医療キャリアの初期から
- 結末:医師免許はく奪。第二級謀殺で30年間の刑務所
◾【経歴と経過】
- 生年月日:不明。仮に1970年1月1日とする
- 1996年(26歳):米国のミシガン州立大学整骨療法校(Michigan State University College of Osteopathic Medicine)を卒業。医師免許
- 2005年(35歳):米国・カリフォルニア州のローランド・ハイツで開業医。間もなく、強力な鎮痛剤(危険ドラッグ)を多量に処方し始めた
- 2007年(37歳):強力な鎮痛剤(危険ドラッグ)処方で米国麻薬取締局(Drug Enforcement Administration、DEA)がセンの調査を始めた
- 2010年(40歳):米国・カリフォルニア州の医療免許停止
- 2012年3月(42歳):第二級謀殺(Second-degree murder)罪で逮捕された
- 2016年2月5日(46歳):ロサンゼルス高等裁判所は、第二級謀殺罪で30年の刑務所刑の判決を下した
◾【ニュース動画】
ニュース動画が10点以上ウェブにアップされている。英語。以下適当にアップした。多いので、説明を省略した。
- Dr. Lisa Tseng Sentenced To 30 Years For Prescription Overdose Deaths – YouTube
- Dr. Lisa Tseng, Alleged “Pill Mill” Doctor, Goes on Trial for Second Degree Murder – YouTube
- Dr Lisa Tseng – YouTube
- SoCal doctor charged in Rx overdose deaths – YouTube
◾【日本語の既解説】
★第二級謀殺とは何か?
第二級謀殺(Second-degree murder):第一級謀殺以外の、一般的な事前の殺人の故意による殺人。重い犯罪行為(Felony)の実行時に意図的でない殺害をした場合を含む。
第一級謀殺(First-degree murder):保険金殺人など周到な準備に基づく場合や、強盗・強姦・誘拐など他の重罪(Felony)の手段として意図的な殺害をした場合(重罪謀殺化の法理)情状酌量などが認められず、量刑も死刑または終身刑(100年を超える実質的終身刑を含む)。(殺人罪 – Wikipedia)
★Weekly LALALA:2012年6月26日
出典 →鎮痛剤過剰摂取で患者3人死亡 女医を第2級殺人罪で告訴 | Weekly LALALA(保存版)
【ロサンゼルス26日】若い男性患者3人が医師から処方された鎮痛剤を服用し死亡した事件で、3週間にわたる予審の末、ロサンゼルス郡地裁判事は26日、鎮痛剤を過剰に処方したとして、女医のシウ・イン・リサ・ツェン容疑者を第2級殺人罪で告訴するよう命じた。
同容疑者は無罪を主張しており、全罪状で有罪となれば禁錮刑45年から終身刑の量刑判決を言い渡される可能性がある。
弁護士側は同日、保釈金を300万ドルから100万ドルに減額するよう求めたが、判事はこれを却下した。捜査当局によると、同容疑者はローランドハイツ郊外で夫と診療所を経営し、普通医師が処方する件数をはるかに超え鎮痛剤などを処方していたという。
★Weekly LALALA:2015年9月1日
出典 →鎮痛剤処方し患者3人死亡女医の公判開始 | Weekly LALALA(保存版)
【ロサンゼルス1日】強力な鎮痛剤を処方し患者3人を死亡させた罪に問われた女医、シウ・イン・リサ・ツェン被告(45)の公判で、冒頭陳述が8月31日、ロサンゼルスの裁判所で行われた。
検察側は、過剰摂取により患者らが死亡したにもかかわらず、ツェン被告は強力な鎮痛剤を処方し続けたと主張。これに対し、弁護士側は、自殺目的またはパーティーなどで患者らが自らの意志で過剰摂取したと反論した。
ツェン被告は、第2級殺人罪で無罪を主張しており、裁判で有罪となれば、終身刑を言い渡される可能性がある。公判は数カ月にわたるものと予想されている。
◾【経緯と内容】
2009年12月9日(39歳)、アリゾナ州立大学(Arizona State University)の学生のジョーイ・ロヴェロ(Joey Rovero、写真出典)は仲間と480㎞西のロサンゼルスに車を走らせた。行先は観光地ではなく、ミニ・モールにあるセンの病院だった。
短時間の診察の後、センの病院で処方箋をたくさん書いてもらい、アリゾナに戻った。
9日後の2009年12月18日、高校時代のフットボールのスター選手だったロヴェロは薬物の過剰摂取で死亡した。21歳だった。
同じようにセンの病院の処方箋をもらった20代の若者が2007年以降に少なくとも6人死んでいた。ロヴェロはその1人だった。
センは総合医として、ロサンゼルスのローランド・ハイツ(Rowland Heights)のミニ・モールに、夫とともに総合医として開業していた。センは、過去に医療問題を起こしていなかった。
記録によると、センが処方した薬は鎮痛剤、筋肉緩和剤、抗不安薬だった。商標名では、オキシコンチン(OxyContin)、バイコディン(Vicodin)、ソマ(Soma)、ザナックス(Xanax)である。
これらの薬は、若者に広く乱用され、過剰摂取した若者が解毒センター、救急処置室、死体公示所(モルグ)にたくさんやってきた。
2007年(37歳)、米国麻薬取締局(Drug Enforcement Administration、DEA)はセンの不正の調査を始めていた。
2010年8月、約3年間の調査の結果、米国麻薬取締局は、「国民の健康に危険」という理由で、センの薬物処方ライセンスを停止した。
センの処方した薬物。写真出典
センは、インタビューに次のように答えている。
「患者に対して、私が知り、感じ、見たことに基づいて処方箋を書いている。初診の患者が訴える症状が本当かどうかは見きわめくい。どのような処方箋を書くべきかの判断は難しい」「亡くなった患者は私の指示に従っていない。亡くなった患者さんには不幸だが、私には殺す意図がなにもない」
★逮捕
2012年3月(42歳)、センは逮捕された。
罪状は、以下3人の第二級謀殺罪(Second-degree murder)だった。
- ヴ・グエン(Vu Nguyen, 29歳)、2009年3月2日死亡
- スティーヴェン・オグル(Steven Ogle, 25歳)、2009年4月死亡
- ジョーイ・ロヴェロ(Joseph Rovero III, 21歳)、2009年12月死亡
カリフォルニア州整骨医師会(Osteopathic Medical Board of California)はセンの医師免許をはく奪した。
米国麻薬取締局によると、センは、米国麻薬取締局がセンの薬物処方免許を停止する2007年1月から2010年8月まで、27,000枚の処方箋を書いた。一日平均25枚である。わずか3分の診察で危険な処方箋を書いていた。
センは、新しい病院を建てようと、1年間に500万ドル(約5億円)も稼いでいたのである。
センは、薬の処方ばかりに執心していたのではないように見せかけるため、診断記録をねつ造していた。
しかし、医師は患者の治療に必要だから、鎮痛剤、筋肉緩和剤、抗不安薬を処方している。患者が医師の指示に従って服用すれば問題は生じないともいえる。
2012年にセンが逮捕されたとき、米国介在的苦痛医師協会・会長(president of the American Society of Interventional Pain Physicians)のピーター・スターツ(Peter Staats、写真出典)は、「『殺人』 という言葉を医師に使うと、医師に恐怖心を与える効果はある。しかし、無謀な医師には、検察ではなくて、医師会がもっと厳格に対処すべきだった。乱用されるか転売されると知っていて処方箋を書く医師に、「医師」と呼ばれる資格はない。それは医療ではありません」
★判決
センは、最高40年の実刑(刑務所刑)になるだろうと思われた。
センは、ロヴェロの両親に27万5千ドル(約2,750万円、右の写真は母親のエイプリル・ロヴェロ April Rovero。出典)、今までの被害者とは別人のニコラス・マタ(Nicholas Mata, 22歳)の両親に22万5千ドル(約2,250万円)を支払うことに合意した。
2016年2月5日(46歳)、ロサンゼルス高等裁判所は、第二級謀殺罪で30年の刑務所刑の判決を下した。(2016年2月5日のスコット・グローヴァー(Scott Glover)の「CNN」記事:Southern California doctor sentenced in overdose deaths – CNN.com)(保存版)
◾【事件の深堀】
★米国の薬物死者は交通事故死者より多い:2015年11月5日記事
入手可能な最新のデータによると、2013年、薬物過剰摂取による死者数が4万6471人に上った一方、交通事故の死者数は3万5369人、銃による死者数は3万3636人だったという。
DEAの報告書によると、処方薬の方が依然として、はるかに致命的な問題となっているという。処方薬を乱用する人の数は、コカイン、覚せい剤のメタンフェタミン、ヘロイン、合成麻薬のMDMA(通称エクスタシー)やPCP(通称エンジェルダスト)の使用人数を全て合計した数より多く、処方薬による死者数は2002年以降続けて、コカインとヘロインによる死者数の合計を上回ってきた。(2015年11月5日記事:米国の薬物過剰摂取が「大流行レベル」に、傷害死因のトップ 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News)(保存版)
過剰摂取による死者は米国が一番多い(以下の図の青色の濃さが死者数を示す:①Drug Treatment Trends by Country – Which countries have the highest demand for drug treatments, and for which drugs?(保存版)、②2015年12月18日記事:「世界の薬物汚染マップ」死亡者数・中毒者数・麻薬の種類を比較 果たして日本は?(保存版))
日本の薬物死者数は、日本中毒学会が「薬物、薬剤及び生物製剤による中毒」の全死者を2010年で1,044人としている。処方薬による死者数は不明である。
精神医療の医療過誤を訴える中川聡(精神医療被害連絡会ホームページ)は、3次救急に運ばれる自殺企画者の中の薬物中毒者は毎年3~6万人と推定していて、上記と大きな差がある。
★オキシコンチン(OxyContin)とトヨタ役員
2015年6月18日、センが処方した麻薬性鎮痛剤・オキシコンチン(OxyContin)(オキシコドンと同じ薬物)の密輸入で、トヨタ自動車の役員のジュリー・ハンプが麻薬取締法違反の疑いで逮捕された。
ジュリー・ハンプは不起訴になった。
2015年4月、同じ薬物の所持で、別の米国人は懲役1年6か月、執行猶予3年の有罪判決を受けている。東京地検は法の下の公平性に欠けている(①トヨタ、ハンプ常務役員が辞任 薬物事件で引責:日本経済新聞(保存版)、②トヨタ元常務の起訴猶予・即帰国にケネディ大使の圧力?一般米国人は同じ罪で懲役1年半 : J-CASTテレビウォッチ(保存版))
◾【論文数と撤回論文】
本件は、学術論文の研究ネカトではないので、論文数と撤回論文は調べなかった。
◾【白楽の感想】
《1》麻薬ディーラー医師
米国の「医療」事件には愕然とする事件が多々ある。本件では、医師が麻薬ディーラーなのだ。しかし、米国は医師が糾弾され白日の下にさらされるから、日本よりましなのかもしれない。
日本は国民より医師が大事にされ、ヒドイ医療をしても、医師が保護され守られるケースが多い。
考えてみると、研究ネカトでも同じだ。日本は国民より研究者が大事にされ、ヒドイ研究をしても、研究者が保護され守られるケースが多い(多いかどうか、正確には不明。基準もないし)。
《2》麻薬の死者
疾病予防管理センター(CDC、Centers for Disease Control and Prevention)のサイトには、米国では、2014年に47,055人が薬物の過剰摂取で死亡し、内、28,647人が麻薬・オピオイド(モルヒネ、ヘロイン、コデイン、オキシコドンなど)の過剰摂取で死亡している。Increases in Drug and Opioid Overdose Deaths — United States, 2000–2014
なんだか可哀想な数字だ。
気持ちいいからと手を出し、最後は過剰摂取で死ぬ。
麻薬の違法製造者やディーラーなど、違法な人たちがいる。
しかし、違法ではなく、合法的に金儲けをしている人たちもいる。
製薬会社が麻薬を大量に作る。医師が麻薬を大量に処方する。米国では、合法の処方薬で死ぬ人のほうが、違法の麻薬入手で死ぬ人より多い。
なんとかしないと。
◾【主要情報源】
① 以下に4つだけ示すが、リサ・セン事件は米国の新聞やテレビでたくさん報道された。リストは→ Hsiu-Ying “Lisa” Tseng – Google 検索
② 2010年8月29日のスコット・グローヴァー(Scott Glover)とリサ・ギリオン(Lisa Girion)の「latimes」記事:Families of those who overdosed have questions for doctor who prescribed – latimes (保存版)
③ 2012年3月12日のジュリア・ダール(Julia Dahl)の「CBS News」記事:Doctors and Drugs: Is it murder when a patient ODs? – CBS News(保存版)
④ 2012年3月1日のトニーサーヴェドラ(Tony Saavedra)の「Orange County Register」記事:Dr. Lisa Tseng arrested in overdose deaths- OC Watchdog Blog: Orange County Register(保存版)
⑤ 2016年2月5日のスコット・グローヴァー(Scott Glover)の「CNN」記事:Southern California doctor sentenced in overdose deaths – CNN.com(保存版)
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