ワンポイント:有望若手研究員のねつ造事件だが発覚から終結までわずか1~2か月
●【概略】
アンナ・アヒマストス(Anna A. Ahimastos、写真出典)は、オーストラリア・メルボルンのベーカーIDI心臓糖尿病研究所(Baker IDI Heart and Diabetes Institute)・研究員で医師ではない。専門は血管学だった。
2015年6月(36歳)、研究所の同僚が「2013年のJAMA誌論文」のデータの不一致を指摘したことで、研究所が内部調査を始めると、アヒマストスはデータねつ造を告白した。
オーストラリア・メルボルンのベーカーIDI心臓糖尿病研究所(Baker IDI Heart and Diabetes Institute)。写真出典
- 国:オーストラリア
- 成長国:オーストラリア
- 研究博士号(PhD)取得:モナシュ大学
- 男女:女性
- 生年月日:1979年頃。仮に、1979年1月1日とする
- 現在の年齢:45 (+1)歳
- 分野:血管学
- 最初の不正論文発表:2013年2月(34歳)
- 発覚年:2015年6月(36歳)
- 発覚時地位:ベーカーIDI心臓糖尿病研究所(Baker IDI Heart and Diabetes Institute)・研究員
- 発覚:同僚の通報
- 調査:①ベーカーIDI心臓糖尿病研究所・内部調査
- 不正:ねつ造
- 不正論文数:撤回論文数は2報
- 時期:研究キャリアの初期から
- 結末:辞職
●【経歴と経過】
- 生年月日:1979年頃。仮に、1979年1月1日とする
- 2006年11月(27歳):豪・モナシュ大学医学部(Faculty of Medicine, Monash University)で研究博士号(PhD)を取得した
- 2006年(27歳)?:ベーカーIDI心臓糖尿病研究所(Baker IDI Heart and Diabetes Institute)・研究員
- 2010年(31歳):受賞(Young Tall Poppy Science Award by the Australian Institute of Policy and Science)
- 2015年6月(36歳):不正研究が発覚する
- 2015年7月(36歳):ベーカーIDI心臓糖尿病研究所を辞職
2010年、アンナ・アヒマストス(Anna Ahimastos)(左から6人目)が受賞(Young Tall Poppy Science Award by the Australian Institute of Policy and Science)。写真出典
●【不正発覚の経緯と内容】
アンナ・アヒマストス(Anna Ahimastos)は、ベーカーIDI心臓糖尿病研究所で、末梢動脈疾患とマルファン症候群を含む広範な病気動脈に対するACE阻害剤(アンジオテンシン変換酵素阻害剤)の効果を研究していた。さらに、彼女は、ヒト培養細胞を用いて細胞外マトリックスたんぱく質の代謝を研究していたので、臨床試験での独特の視点を持っていた。
細胞外マトリックスたんぱく質のの専門知識は、心臓血管の病態生理学と治療の臨床的問題に対処するとき、独特な立場をとりえた。それで、アヒマストスは、オーストラリアの主要な3つの心臓血管専門病院の協力体制を構築するとき、鍵となる役割を果たすことができた。
協力体制の1つは、「ACE抑制;末梢血管疾患の潜在的な新しい治療法(ACE Inhibition; A Potential New Therapy for Peripheral Arterial Disease)」と名付けられた複数病院臨床試験である。もし結果がポジティブならば、跛行(claudication、はこう:脚や足が不自由なため歩行できない状態)の新しい治療法としてACE阻害剤を導入し、現在行われている外科手術をやめることができる。
2013年2月(34歳)、アヒマストスは、一流学術誌であるJAMA誌に以下の論文を発表した。
- Effect of ramipril on walking times and quality of life among patients with peripheral artery disease and intermittent claudication: a randomized controlled trial.
Ahimastos AA, Walker PJ, Askew C, Leicht A, Pappas E, Blombery P, Reid CM, Golledge J, Kingwell BA.
JAMA. 2013 Feb 6;309(5):453-60. doi: 10.1001/jama.2012.216237.
論文要旨には「間欠的な跛行を持つ患者にACE阻害薬のラミプリル(ramipril 、Pfizer社情報)を24週間投与すると、偽薬(プラセボ)投与患者に比べ苦痛が大きく軽減し、走行機での歩行(treadmill walking)も長時間可能になった」とある。
「2013年のJAMA誌論文」の臨床試験は、2008年に開始し、2011年に終了した。
2015年6月(36歳)、ベーカーIDI心臓糖尿病研究所(Baker IDI Heart and Diabetes Institute)の研究員が、上記論文のデータと元データに不一致の値を見つけた。そのことから、研究所の内部調査が始まった。
部長のブラウニン・キングウェル(Bronwyn Kingwell)の話だと、内部調査中に、アヒマストスが患者数を数人ねつ造したことを告白した。
2015年7月(36歳)、アヒマストスはベーカーIDI心臓糖尿病研究所を辞職した。
ブラウニン・キングウェル(Bronwyn Kingwell)。写真出典
★【音声】
事件を音声で伝える(英語)。
●【論文数と撤回論文】
2015年11月3日、パブメドhttp://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmedで、アンナ・アヒマストス(Anna A. Ahimastos)の論文を「Anna A. Ahimastos [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2003~2015年の13年間の15論文がヒットした。
15論文の全部にブラウニン・キングウェル(Bronwyn Kingwell)が共著者になっている。
最古の論文は2003年だが、所属はベーカーIDI心臓糖尿病研究所でキングウェルと共著である。2006年にモナシュ大学医学部で研究博士号(PhD)を取得した。ということは、モナシュ大学医学部での指導教官もブラウニン・キングウェル(Bronwyn Kingwell)で、研究はベーカーIDI心臓糖尿病研究所で行なったと思われる。
2015年11月3日現在、パブメドでは「2013年のJAMA誌論文」の1論文が撤回されている。
- Effect of ramipril on walking times and quality of life among patients with peripheral artery disease and intermittent claudication: a randomized controlled trial.
Ahimastos AA, Walker PJ, Askew C, Leicht A, Pappas E, Blombery P, Reid CM, Golledge J, Kingwell BA.
JAMA. 2013 Feb 6;309(5):453-60. doi: 10.1001/jama.2012.216237.
Retraction in: JAMA. 2015 Oct 13;314(14):1520-1.
パブメドの表示はないが、以下の2014年論文も撤回されている。
- Potential vascular mechanisms of ramipril induced increases in walking ability in patients with intermittent claudication.
Ahimastos AA, Latouche C, Natoli AK, Reddy-luthmoodoo M, Golledge J, Kingwell BA.
Circ Res. 2014 Mar 28;114(7):1144-55. doi: 10.1161/CIRCRESAHA.114.302420. Epub 2014 Jan 7.
●【白楽の感想】
《1》対処が速すぎる?
2015年6月にデータの不一致が見つかり、ベーカーIDI心臓糖尿病研究所が内部調査をはじめた。翌7月に、アヒマストスがデータねつ造を告白し、研究所を辞任。そして、不正論文を撤回した。
発見から解決まで1~2か月で終わるとは、研究ネカト事件では珍しいほど進行が速い。進行が速いのは良いことのように思える。
一方、重要な事実を隠ぺいするために、当事者に辞職させ、鎮火させたのではないかとの疑念も生じる。
アヒマストスの15論文の全部に上司のブラウニン・キングウェル(Bronwyn Kingwell)が共著者になっている。大学院時代の指導教官でもある。
ところが、キングウェルはこの事件で責任が問われていない。ヘンである。
アヒマストスが辞職して事件は終結というのもヘンだが、早すぎる終結の意味は、 自分の身に火の粉が降りかからないようにキングウェルが画策したようにも思える。
《2》なぜ?
データねつ造をなぜするか?
一般的な答えは、「トクだから」だが、今回の事件では、アヒマストスが、どうトクなのか状況がよくわからない。
もう1つの一般的な答えは、データねつ造が「発覚しない」確証があることだ。今回の事件では、2013年2月のJAMA論文が2015年6月にデータ不一致が発覚した。論文発表後、2年4か月後だから、通常の発覚期間である。
同僚がどのようにデータ不一致を発見したのかの記載がないが、同じグループの研究員なら元データを見ることができるのだろう。となると、「発覚しない」確証は最初からないように思える。
「トクだから」「発覚しない」の両方がシッカリ確保できていないのに、アヒマストスは研究ネカトをしたようだ。それで、内部調査が始まり、アッサリ自白してしまったということになっている。
●上司のブラウニン・キングウェル(Bronwyn Kingwell)との確執があったのだろうか?
●研究所内の政治抗争が渦巻いたのだろうか?
●使用した薬剤ラミプリル(ramipril)はファイザー社の製品である。製薬会社とのドラブルがあったのだろうか?
事件の背面に何かあるように思える。
アンナ・アヒマストス(Anna Ahimastos)。写真出典 Picture: David Geraghty Source: The Australian
●【主要情報源】
① 2015年9月14日のシャノン・パラス(Shannon Palus)の「論文撤回監視(Retraction Watch)」記事:“Fabricated results” retract JAMA clinical trial, plus a sub-analysis of the data – Retraction Watch at Retraction Watch
② 2015年9月17日、ソフィー・スコット(Sophie Scott)とアリソン・ブランリー(Alison Branley)の「ABC News」記事:High-profile researcher admits fabricating scientific results published in major journals – ABC News (Australian Broadcasting Corporation)
③ 2015年9月21日、ソフィー・スコット(Sophie Scott)とアリソン・ブランリー(Alison Branley)の「ABC News」記事:Top researcher admits fabricating results | Neos Kosmos
④ 2015年9月17日のニッキー・フィリップス(Nicky Phillips)の「シドニー・モーニング・ヘラルド」記事:Blood pressure research by scientist Anna Ahimastos retracted over faked data
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。