デイヴィッド・アンダーソン(David Anderson)(米)

ワンポイント:2015年に研究公正局が発表した米国ポスドクの中度のデータねつ造・改ざん

【概略】
picture-1659デイヴィッド・アンダーソン(David E. Anderson、写真出典)は、米国・オレゴン大学(University of Oregon)・院生で、専門は脳科学(ワーキングメモリ容量)だった。

2014年?(27歳?)、データ改ざん/ねつ造が発覚した。

2015年8月(28歳?)、研究公正局は、デイヴィッド・アンダーソンの論文4報にデータ改ざん/ねつ造があり、アンダーソンは、処分期間3年に調停合意したと発表した。

Lillis_Complex_(University_of_Oregon)オレゴン大学(University of Oregon)。写真出典“Lillis Complex (University of Oregon)” by Visitor7 – Own work. Licensed under CC BY-SA 3.0 via Commons

  • 国:米国
  • 成長国:米国(?)
  • 研究博士号(PhD)取得:なし
  • 男女:男性
  • 生年月日:不明。仮に、1987年1月1日とする
  • 現在の年齢:37歳?
  • 分野:脳科学
  • 最初の不正論文発表:2011年(24歳?)
  • 発覚年:2014年(27歳?)
  • 発覚時地位:オレゴン大学・院生
  • 発覚:
  • 調査:①オレゴン大学・調査委員会。②研究公正局。~2015年8月
  • 不正:改ざん/ねつ造
  • 不正論文数:5報が論文撤回。発表論文が7~8報だから、大半が不正
  • 時期:研究キャリアの初期から
  • 結末:辞職

【経歴と経過】
不明点多い。

  • 生年月日:不明。仮に、1987年1月1日とする
  • 2009年?(22歳?):xx大学を卒業
  • 2009年秋(22歳?):米国・オレゴン大学・大学院生。エドワード・アウ教授(Edward Awh)の脳研究室
  • 2010年秋(23歳?):米国・オレゴン大学・修士号取得。心理学
  • 2014年?(27歳?):不正研究が発覚する
  • 2015年8月(28歳?):研究公正局がデイヴィッド・アンダーソンの論文4報にデータ改ざん(ねつ造も?)があったと発表した
  • 2015年夏(28歳?):米国・オレゴン大学に在籍していない。退学?

【研究内容】

【動画】
「エド・アウ-短期記憶容量(ed awh – short-term memory capacity ? YouTube)」(英語)15分31秒。
gocognitiveが2011/09/28 にアップロード

短期記憶容量(short-term memory capacity)の「短期記憶(short-term memory)」は、「ワーキングメモリ」と呼ぶらしい。脳科学の分野ではなかなかエキサイティングである。

ワーキングメモリは、一般に容量に限界があると考えられている。短期記憶に関する容量限界という考えを具体化したものとしては、Miller (1956)による「マジカルナンバー7±2」がある。この論文によれば、数字や単語を記憶する場合、人が記憶できる量は「チャンク」と呼ばれる塊りで表すと7±2個の範囲に収まるとされた。その後の研究で、容量はおぼえる素材の種類に依存し、数字なら約7個、文字なら約6個、単語なら約5個であることが分かってきた。長い単語よりも短い単語の方がたくさんおぼえられるという現象(語長効果)も、それぞれの単語を記憶するのに必要なワーキングメモリ容量の違いによって説明されることがある(この解釈には異論もある)。

一般に言語的素材(数字、文字、単語)の記憶容量は、その人がその素材を声に出して読んだときにかかる時間と関係があると考えられ、素材についての知識状態(その単語を知っているか)にも依存する。他にも容量に影響する要因があり、人間のワーキングメモリや短期記憶のチャンク数を具体的に定量化することは難しい。Cowan (2001)によれば、厳密な条件の統制を行ったり適切な推定法を用いたりすることによって見かけ上の記憶成績を増やす要因をできる限り排除すると、若年成人の純粋な短期記憶容量は約4チャンクになる(子どもや高齢者ではこれよりも少ないとの報告もある)。(出典:ワーキングメモリ – Wikipedia

【不正発覚の経緯】

Edward-Awl22009年秋(22歳?)、デイヴィッド・アンダーソン(David Anderson)は米国・オレゴン大学のエドワード・アウ教授(Edward Awh、写真出典)の研究室に大学院生として入学した。

2011年、アウ教授の研究室で最初の論文を第一著者で発表した。この論文で、すでに、データ改ざん・ねつ造をしていた。

t_Brad_Shelton_14909オレゴン大学の研究開発担当・暫定副学長であるブラッド・シェルトン(Brad Shelton、写真出典)は、「今回の事件は私がオレゴン大学で初めて遭遇した研究ネカト事件です。調査報告書は公表しませんが、アンダーソンが単独で行なったことが判明しました。ただ、アンダーソンがどうして、改ざんをしたのかわかりません」と述べている。

データ改ざん・ねつ造の動機はわからない。

動機もわからないが、事件がどのような状況で起こったのか、だれがどのように研究ネカトの疑惑を抱き、発覚にまで持ち込んだのかもわからない。

【不正の内容】

6a85e5441fd183931f_l_56afa2015年8月1日の研究公正局の報告(【主要情報源】①)によると、以下の4報の図にデータ改ざん/ねつ造があったとのことだ。

  1. 「J Neurosci.の2011年論文」の図4と図8
  2. 「Atten Percept Psychophysの2012年論文」の図3B、7C、7D、 8B
  3. 「J Exp Psychol Hum Percept Performの2013年論文」の図3C、3D、3E
  4. 「Psychological Scienceの2013年論文」の図3E、3F

上記4論文の問題図を1つ1つみていこう。

★「J Neurosci.の2011年論文」の図4と図8

図4(上のABCDの4つ)を以下に示すが、ABCDの全部が改ざん/ねつ造なのか、1つだけなのかわからない。推定ではBDが改ざん/ねつ造だろう。また、どこがどう改ざん/ねつ造されたのか、元データがないとわからない。

nihms-699845-f0004

図8(ABC)を以下に示す。ABCの全部が改ざん/ねつ造なのか、1つだけなのかわからない。また、どこがどう改ざん/ねつ造されたのか、元データがないとわからない。

nihms-699845-f0008

★「Atten Percept Psychophysの2012年論文」の図3B、7C、7D、8B

図3を以下に示す(3Bが改ざん/ねつ造である。3Aは問題なし)。上記と似たような線グラフである。どこがどう改ざん/ねつ造されたのか、元データがないとわからない。

nihms-699847-f0003

図7を以下に示す(7C、7Dが改ざん/ねつ造である。ABは問題なし)。
7C、7D両図とも上記と似たような線グラフである。どこがどう改ざん/ねつ造されたのか、元データがないとわからない。

nihms-699847-f0007

図8Bは省略するが、上記と似たような線グラフである。

★「J Exp Psychol Hum Percept Performの2013年論文」の図3C、3D、3E

省略

★「Psychological Scienceの2013年論文」の図3E、3F

図3(3E、3Fが改ざん/ねつ造である。ABCDは問題なし)を以下に示すが両図とも似たような線グラフである。どこがどう改ざん/ねつ造されたのか、元データがないとわからない。

nihms589841f3

【事件のその後】

2015年、研究ネカトが発覚後、アンダーソンは次のように謝罪している。

「私は、オレゴン大学でエドワード・アウ教授のラボの大学院生でした。研究データの処理と発表で、間違ったことをしてしまいました」。

「私は、エドワード・アウ教授、オレゴン大学、脳科学分野、の科学的方法の公正を蝕んだこと、信頼を損なったことを心から謝罪します」。

しかし、どうして、データ改ざん・ねつ造をしたのかを語っていない。

★後日談

2014年12月、オレゴン大学でアンダーソンの指導教授だったエドワード・アウ教授(Edward Awh)は、2015年7月にシカゴ大学に移籍することになった、と発表された(The Chicago Maroon ? Two expert neuroscientists to join UChicago faculty in July from University of Oregon)。

オレゴン大学は相当引き止め交渉をしたようだが、アウ教授はオレゴン大学に見切りをつけて、アウ教授が獲得した巨額の研究費と優秀な研究室員を引き連れてシカゴ大学(University of Chicago)に移籍してしまった。

オレゴン大学神経科学科長のウルリッチ・メイヤー教授(Ulrich Mayr)は、オレゴン大学のような公立大学では、エリート大学であるシカゴ大学からの移籍オファーがあればとても引き止められないと述べている。

1_vogel-2014-1_2_0さらに、アウ教授の共同研究者でオレゴン大学の著名な脳科学者であるエドワード・ヴォーゲル教授(Edward Vogel、写真出典)も、アウ教授と一緒にシカゴ大学移籍してしまった。

【論文数と撤回論文】

2015年9月10日、パブメドhttp://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmedで、デイヴィッド・アンダーソン(David Anderson)の論文を「David E. Anderson[Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2015年までの14年間の150論文がヒットした。

多すぎる。同姓同名の別人の論文が多数含まれていると思われる。

所属をオレゴン大学(University of Oregon) に限定した「(David E. Anderson[Author]) AND University of Oregon[Affiliation]」で検索した。すると、2011-2014年の4年間の7論文がヒットした。アンダーソンは7論文全部の第一著者で、最終著者は全部アウ教授だった。

2015年9月10日現在、2011‐2014年の5論文が撤回されている。最初の「J Neurosci. 2014年論文」は研究公正局が不正と指摘した論文リストにはない論文である。

  1. Induced α rhythms track the content and quality of visual working memory representations with high temporal precision.
    Anderson DE, Serences JT, Vogel EK, Awh E.
    J Neurosci. 2014 May 28;34(22):7587-99. doi: 10.1523/JNEUROSCI.0293-14.2014.
    Retraction in:
    J Neurosci. 2015 Feb 11;35(6):2838.?
  2. Selection and storage of perceptual groups is constrained by a discrete resource in working memory.
    Anderson DE, Vogel EK, Awh E.
    J Exp Psychol Hum Percept Perform. 2013 Jun;39(3):824-35. doi: 10.1037/a0030094. Epub 2012 Oct 15.
    Retraction in: J Exp Psychol Hum Percept Perform. 2015 Aug 17:doi.org/10.1037/xhp0000136.?
  3. The plateau in mnemonic resolution across large set sizes indicates discrete resource limits in visual working memory.
    Anderson DE, Awh E.
    Atten Percept Psychophys. 2012 Jul;74(5):891-910. doi: 10.3758/s13414-012-0292-1.
    Retraction in: Atten Percept Psychophys. 2015 Aug 18:doi/10.3758/s13414-015-0980-8.?
  4. Precision in visual working memory reaches a stable plateau when individual item limits are exceeded.
    Anderson DE, Vogel EK, Awh E.
    J Neurosci. 2011 Jan 19;31(3):1128-38. doi: 10.1523/JNEUROSCI.4125-10.2011.
    Retraction in:
    J Neurosci. 2015 Aug 26;35(34):12081.

研究公正局が不正と指摘した以下の1論文は上記の「(David E. Anderson[Author]) AND University of Oregon[Affiliation]」で検索した7論文にリストされているが、そのリストでは撤回の表記がない。個別論文にあたると、「研究ネカトあり(Findings of research misconduct)」の表示がある。

 5.「Psychological Science2013年論文」

【事件の深堀】

★研究ネカトの傾向

撤回された5論文(2011‐2014年)の不正箇所は、どれも同じような線グラフである。しかし、同じような図でも問題なしとされている図もある。ヤヤコシイ。

アンダーソンは、2011‐2014年の4年間、同じタイプのデータ改ざん/ねつ造をしてきたと思われる。1人の研究者は同じタイプのデータ改ざん/ねつ造をする傾向が強いと言ってよい。

あるいは、調査委員は、改ざんを1か所見つけると同じタイプのデータを中心に分析する。それで、同じタイプのデータ改ざん/ねつ造を多く指摘する傾向もある。この場合、他のタイプのデータ改ざん/ねつ造を見落とす傾向もある。

★アウ教授がオレゴン大学を去る理由

オレゴン大学でアンダーソンの指導教授だったエドワード・アウ教授(Edward Awh)は2015年7月にシカゴ大学に移籍する、と2014年12月に発表があった(The Chicago Maroon ? Two expert neuroscientists to join UChicago faculty in July from University of Oregon)。

移籍の理由は記述されていないが、可能性を探ってみよう。

  1. 1つは、アンダーソンの研究ネカトにアウ教授が何らかの関与をしていた可能性である。オレゴン大学を辞めることで、大学がアウ教授をそれ以上追及しないという示談交渉がまとまった。
    → これは考えにくい。研究公正局が調査に介入しているので、アウ教授とオレゴン大学とだけで示談できないだろう。
  2. もう1つは、院生の不始末なので指導教授に指導責任がある。アンダーソンの研究ネカトにアウ教授が何も関与していなかったが、指導責任があるという理由で、オレゴン大学はアウ教授に何らかのペナルティ(数年間、院生指導ができないなど)を、科そうとしたのではないだろうか? アウ教授は、それで、シカゴ大学に逃げた。
  3. もう1つは、オレゴン大学の調査委員会、大学上層部、大学の同僚が、調査の過程や調査期間中、アウ教授にかなり侮辱的な言動をした。それに憤慨して、シカゴ大学に移籍した。
  4. アンダーソンの事件と無関係。たまたま、シカゴ大学に移籍する時期がぶつかった。 → コレはないでしょう。

もっとも可能性が高いのは「3」だと思う。

しかし、シカゴ大学も危険な綱渡りをしたもんだ。移籍を公表した2014年12月時点では、アウ教授のシロは確定していていなかったと思われる。もし、2015年8月に研究公正局がアウ教授をクロと判定したらどうしたんだろう?

【白楽の感想】

《1》動機と状況

データ改ざん・ねつ造の動機や状況は語られていない。米国では院生・ポスドク・テクニシャンが研究ネカトをするケースは多い。もっと、状況を報告してくれないと防止策を立てられないと思うのだが・・・。事件は貴重な教訓例なのですが・・・。

3c06eccデイヴィッド・アンダーソン(David Anderson) 写真出典

【主要情報源】
① 2015年8月1日、研究公正局の報告:Case Summary: Anderson, David
② 「撤回監視(Retraction Watch)」記事群:You searched for David Anderson – Retraction Watch at Retraction Watch
③ 2015年7月30日、リチャード・リード(Richard Read)の「OregonLive.com」記事:Feds find UO grad student falsified research data, voiding results of four studies | OregonLive.com
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

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