2017年4月9日掲載。
ワンポイント:ブルガリアで育ち、米国・森林局の研究員になった物理学者(男性)が、仮名で論文発表したことが2016年(53歳?)にバレ、論文は撤回された。公式にはネカトではないとされ、解雇されなかった。「The Scientist」誌の2016年「論文撤回」上位10の1つ。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文
7.白楽の感想
8.主要情報源
9.コメント
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●1.【概略】
ネッド・ニコロフ(Ned Nikolov、Nedialko T. Nikolov、写真出典)は、ブルガリアで育ち、ブルガリアで修士号を取得後、米国に渡り、コロラド州立大学で研究博士号(PhD)を取得し、米国・森林局(U.S. Forest Service)・ロッキーマウンテン研究所(Rocky Mountain Research Station)の研究員になった。専門は物理学(大気資源、森林生態システム、森林と大気圏)だが、気象学分野で事件を起こした。
2016年(53歳?)、仮名で論文発表したことがバレ、論文は撤回された。仮名での論文発表は、基本的にはネカトではない。しかし、状況によっては微妙になる。本件は、公式に、ネカトではないとされた。
このニコロフ事件は、「The Scientist」誌の2016年「論文撤回」上位10の1つである。
→ 2016年ランキング | 研究倫理(研究ネカト)。
森林局(U.S. Forest Service)・ロッキーマウンテン研究所(Rocky Mountain Research Station)。写真出典
- 国:米国
- 成長国:ブルガリア
- 研究博士号(PhD)取得:米国のコロラド州立大学
- 男女:男性
- 生年月日:不明。仮に1963年1月1日生まれとする。1985年大学卒業時に22歳とした
- 現在の年齢:61 歳?
- 分野:気象学
- 最初の不正論文発表:2014年(51歳?)
- 発覚年:2016年(53歳?)
- 発覚時地位:森林局(U.S. Forest Service)・ロッキーマウンテン研究所・研究員
- ステップ1(発覚):第一次追及者(詳細不明)
- ステップ2(メディア): 「撤回監視(Retraction Watch)」、「Washington Post」
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①学術誌編集局。②米国・農務省・森林局のプログラム・マネージャー
- 不正:仮名での論文発表
- 不正論文数:2報
- 時期:研究キャリアの後期から
- 結末:辞職なし。処分なし
●2.【経歴と経過】
主な出典:https://wfmrda.nwcg.gov/staff_bio.php
- 生年月日:不明。仮に1963年1月1日生まれとする。ブルガリア生まれ(推定)。1985年大学卒業時に22歳とした
- 1985年(22歳?):ブルガリアの高等森林工科大学(Higher Institute of Forestry)を卒業。学士号
- 1986年(23歳?):ブルガリアの高等森林工科大学(Higher Institute of Forestry)で修士号取得
- 1991年(28歳?):米国に渡る
- 1997年(34歳?):米国のコロラド州立大学(Colorado State University)で研究博士号(PhD)を取得
- 1997年(34歳?):米国のオークリッジ国立研究所(Oak Ridge National Laboratory in Oak Ridge TN)・ポスドク。4年間
- 2000年(37歳?):ワイオミング州のアメリカ地質調査所(USGS air-quality program in Wyoming)・研究員
- 2001年(38歳?):森林局(U.S. Forest Service)・ロッキーマウンテン研究所(Rocky Mountain Research Station)・研究員
- 2012年(49歳?):研究発表の内容が大きな論争を招いた
- 2016年(53歳?):仮名で論文発表したことが発覚
- 2016年(53歳?):解雇などの処分なし
●3.【動画】
【動画1】
ネッド・ニコロフ(Ned Nikolov)の2016年の学会講演:「The London Climate Change Conference 2016. Ned Nikolov & Karl Zeller. – YouTube」(英語)21分20秒。
Klimarealistene が 2016/10/21 に公開
★「2015年のAdvances in Space Research」論文の撤回
2016年9月(?)、「Tso Consulting」に所属する2人の著者「Den Volokin」と「Lark ReLlez」の「2015年のAdvances in Space Research」論文が撤回された。理由は、「編集者と著者の合意で、科学的内容が問題になったのではない」とされたが、具体的理由は不明だった。
→ http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0273117715005712
- Emergent model for predicting the average surface temperature of rocky planets with diverse atmospheres
Advances in Space Research
Den Volokin, Lark ReLlez
話がややこしくなる前に、タネあかしをする。ミステリー小説ではないので、ネタバレしてもいいでしょう。
上記論文の著者「Den Volokin」は、実はネッド・ニコロフ(Ned Nikolov)の仮名で、「Lark ReLlez」はカール・ゼラー(Karl Zeller)の仮名なのである。実名のつづりを逆にした仮名である。
カール・ゼラー(Karl Zeller)は、森林局・ロッキーマウンテン研究所でニコロフと一緒に研究していた同僚で、論文を出版した時は退職していた。
「Tso Consulting」はカール・ゼラーの娘が経営する会社の名前で、研究とは関係ない会社である。
「Advances in Space Research」誌が論文を撤回した理由は、著者が仮名で所属が虚偽なので、いわば、ねつ造論文として扱ったからだと想定される。なお、論文の内容にネカトがあったという判定はしていない。
★仮名で論文発表した理由
ネッド・ニコロフ(Ned Nikolov)は、気象学の主流に反する見解を持つ物理学者である。
つまり、「地球温暖化や気候変動は大気中の炭酸ガスとは無関係である」という意見の物理学者である。
ニコロフの説が正しければ、地球温暖化を防ぐために、炭酸ガスの排出量を規制している国際社会は大バカとなり、国際社会への影響は巨大である。
論拠となる計算結果が以下の図だが、白楽には真偽がイマサンわからない。貼っておきますけど。
この仮名著者「Den Volokin」と「Lark ReLlez」として発表した最初の論文は「2014年のSpringerPlus」論文である。
ニコロフは、「Washington Post」紙のベン・グアリノ(Ben Guarino)記者の質問に答える形で、仮名で論文発表した理由を述べている(【主要情報源】③)。
【問】どうして仮名で発表したのですか?
【答】
論文を著者の名前や所属で判断されたくなかったからです。論文は論文の内容で評価されるべきです。
2011年に私達がデンバーの国際気候会議で発表したポスターがインターネットで大きな話題となりました。2012年には気候科学分野のブログで大きな議論になって、私たちの実名は有名になりました。
→ 例① Why Atmospheric Pressure Cannot Explain the Elevated Surface Temperature of the Earth « Roy Spencer, PhD
ポスター発表した内容を学術誌に投稿したら、編集者や査読者は、私たちの名前をインターネットで検索し、私たちの評判を読んだためと思われますが、結局、掲載が拒絶されました。
拒絶の公式な理由は「貴殿の論文の研究領域は、当学術誌のカバーする研究領域ではありません。それで、当学術誌は貴殿の論文原稿は受け付けられません」というのが建前の理由です。
実名で投稿したら、別々の学術誌ですが4回も拒絶されました。仮名で投稿した5つ目の学術誌でようやく審査してもらえました。
仮名で投稿したのは、責任回避のための方策ではありません。編集者と査読者に原稿を読んでもらいたいためです。
研究界には、いままでも、仮名で論文発表する長い歴史があります(Neuroskeptic 2013; Hanel 2015)。
★「2014年のSpringerPlus」論文
仮名での最初の論文は「2014年のSpringerPlus」論文である。著者名は仮名だったことが発覚し、2016年12月9日、この論文の著者名を「訂正」した。
「訂正」では以下の説明をした(意訳というか概略)
→ Erratum to: On the average temperature of airless spherical bodies and the magnitude of Earth’s atmospheric thermal effect | SpringerPlus | Full Text
ネッド・ニコロフは、米国・農務省・森林局の物理学者です。勤務時間内に気候研究をしないことと、気候研究に関する研究発表をしてはならないという2つの制限を、森林局から指示されていました。カール・ゼラーは森林局を退職した研究者で、そのような制限はありません。
本論文は、ニコロフが勤務時間「外」に気候研究をした成果です。論文内容が画期的で、以前、類似の研究結果を実名で発表した時、賛否両論の活発な議論が起こりました。それで、今回の原稿の審査(査読)に偏見が入るのではないかと、ニコロフが懸念いたしました。ニコロフは、審査(査読)の公平さを確実にするのに必要だと思い、著者名を仮名で投稿しました。
このことで、編集委員と論文読者にご迷惑をおかけしたことをお詫びいたします。
ニコロフへの気候研究の制限は、ニコロフが2011年のデンバーの国際気候会議で研究発表した後、論争が勃発し、2012年春、ニコロフの上司が制限すると命じたのである。
★農務省・森林局:ネッド・ニコロフは研究者ではない
撤回監視の問わせに、米国・農務省・森林局の広報官は、「ネッド・ニコロフは研究者ではありません」と答えている。(【主要情報源】①)
ネッド・ニコロフは博士号を持っていますが、森林局での地位は研究者ではありません。 彼は専門的な支援をするサポート・スタッフとして雇用されています。従って、研究を主導的には実施できません。他の科学者の研究をサポートすることが仕事です。
★農務省・森林局:仮名の論文発表はネカトではない
2016年11月22日、米国・農務省・森林局は、「ネッド・ニコロフが仮名で論文発表した行為はネカトではない」と結論した。
→ PDF
●6.【論文数と撤回論文】
ニコロフの論文数を調べていないが、以下の論文がある。
- Graham, Russell; Finney, Mark; McHugh, Chuck; Cohen, Jack; Calkin, Dave; Stratton, Rick; Bradshaw, Larry; Nikolov, Ned. 2012. Fourmile Canyon Fire Findings.
- Zachariassen, John; Zeller, Karl F.; Nikolov, Ned; McClelland, Tom. 2003. A Review Of The Forest Service Remote Automated Weather Station (Raws) Network.
- Nikolova, Ned; Zeller, Karl F. 2003. Modeling Coupled Interactions Of Carbon, Water, And Ozone Exchange Between Terrestrial Ecosystems And The Atmosphere.
- Zeller, K. F.; Nikolov, N. T. 2000. Quantifying Simultaneous Fluxes Of Ozone, Carbon Dioxide And Water Vapor Above A Subalpine Forest Ecosystem.
上記リストにはないが、「2015年のAdvances in Space Research」論文は撤回された。
●7.【白楽の感想】
《1》仮名の著者
論文発表における著者名の仮名・実名問題を整理しよう。
ここでは、名前を以下のように3分類する。
- 匿名:人物が特定できない。論文の著者名としては認められない。
- 仮名:人物が特定できるが、実名(戸籍上の名前)ではない。
- 実名:戸籍上の名前
「2015年のAdvances in Space Research」論文の著者「Den Volokin」と「Lark ReLlez」は上記の分類で仮名である。
白楽は、自分がペンネームを使用していることもあるが、人物が特定できることが重要で、仮名は学術界で一般的に許容されていると考えている。
実際、研究論文の著者名が戸籍上の名前と異なるケースは珍しくない。特に結婚して戸籍名が変わった場合、著者名の統一性が欠けるので、旧姓のまま通す人もいる。旧姓と戸籍姓をハイフンでつなぐケースも多い。
研究論文では少ないかもしれないが、研究界ではニックネームも普通に使われている。本記事のネッド・ニコロフは、正式名は「Nedialko T. Nikolov」だが、ニックネームの「Ned Nikolov」が普通に使われている。
芸能界は芸名、文筆家はペンネーム、など仮名が普通の業界もいくつかある。インターネットの投稿では匿名が多いが、ハンドルネームなどの仮名(人物が特定できる)のケースも多い。
実名のまま有名になると、公的場所で困ることが予想される。
白楽が東大病院の会計受付で待っていた時、「〇〇〇子さん~ん。ご用意ができましたので、〇番受付までお越しください」と有名人が館内アナウンスされたことがある。〇〇〇子は誰もが知っている有名女優である。受付ロビーの椅子に座っていた数百人は、〇番受付に歩いていく派手な美女を一斉に見つめていた。
有名人は見られることに慣れているだろうが、偉い学者が、性病科で実名を呼ばれたくはないだろう。
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●8.【主要情報源】
① 2016年9月13日以降。ダルミート・チャウラ(Dalmeet Singh Chawla)の「撤回監視(Retraction Watch)」記事群:You searched for Ned Nikolov – Retraction Watch at Retraction Watch
② 2016年9月19日のベン・グアリノ(Ben Guarino)記者の「Washington Post」記事:Scientists published climate research under fake names. Then they were caught. – The Washington Post(保存版)
③ 2016年9月25日。ベン・グアリノ(Ben Guarino)記者のネッド・ニコロフ(Ned Nikolov)へのインタビュー。「Tallbloke’s Talkshop」記事:Ned Nikolov: In Science, New Messages Mean More than the Messengers’ Names | Tallbloke’s Talkshop(保存版)
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
●コメント
Hello,
My name is Ned Nikolov, the author of the climate paper discussed in this blog . Our article is now published in the journal “Environment Pollution and Climate Change”, with a somewhat different title “New Insights on the Physical Nature of the Atmospheric Greenhouse Effect Deduced from an Empirical Planetary Temperature Model”, see:
https://www.omicsonline.org/peer-reviewed/new-insights-on-the-physical-nature-of-the-atmospheric-greenhouse-effect-deduced-from-an-empirical-planetary-temperature-model-88574.html
This published paper is longer and contains a more complete discussion about the Greenhouse theory than the previously withdrawn article in the journal “Advances in Space Research”.