特殊事件「誤認」:ミツクリザメ事件(ギリシャ)

2023年9月10日掲載 

ワンポイント:2020年8月、市民科学者のヤニス・パパダキス(Giannis Papadakis)が、地中海では見つかっていないミツクリザメ(goblin sharks)を、ギリシャのビーチで発見した。これを、ギリシャのパトラス大学の院生・アタナシオス・アナスタシアディス(Athanasios Anastasiadis)が、「2022年5月のMediterranean Marine Science」論文で、地中海ミツクリザメ(Mediterranean goblin shark)と命名し報告した。ところが、院生・アナスタシアディスはサメの実物を見ていなかった。情報源はパパダキスの写真だけだった。論文発表後、パパダキスの写真はプラスチックのおもちゃのサメで、その写真を加工した偽物だと指摘され、2023年、論文撤回。ダマされた院生・アナスタシアディスは大恥をかいたとさ。国民の損害額(推定)は5千万(大雑把)。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
5.事件の経緯と内容
7.白楽の感想
9.主要情報源
10.コメント
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●1.【概略】

2022年、ギリシャのパトラス大学 ・漁業水産養殖学科(University of Patras | Department of Animal Production of Fisheries and Aquaculture)の院生・アタナシオス・アナスタシアディス(Athanasios Anastasiadis、写真出典)は、ギリシャのビーチに漂着したミツクリザメ(goblin sharks)を発見したと「2022年5月のMediterranean Marine Science」論文で報告し、地中海ミツクリザメ(Mediterranean goblin shark)と命名した。

ミツクリザメは世界中の深海に生息することが知られているが、生死を問わず非常にまれにしか見つかっていない。

今まで、地中海では見つかっていなかった。

ただ、2年前の2020年8月、市民科学者のヤニス・パパダキス(Giannis Papadakis)がギリシャの浜辺に漂着した死体を発見した時、写真を撮った。院生・アナスタシアディスはその写真を見て、地中海で初めて見つかった新種のミツクリザメと判断し、地中海ミツクリザメ(Mediterranean goblin shark)と命名し、記載した。

院生・アナスタシアディスをはじめ、研究チームの誰も地中海ミツクリザメの現物を見ていなかった。

論文出版の10か月後、ドイツの研究者たちは、詳しく調べた結果、地中海ミツクリザメの画像はおかしいと、「2023年3月のMediterranean Marine Science」論文で指摘した。 

今回発見した地中海ミツクリザメ(上)、日本で発見したミツクリザメ(下)、写真出典保存版)。

結局、地中海ミツクリザメの画像は市販のプラスチック製のおもちゃの写真だった。

論文は撤回された。

パトラス大学の研究チームは、大恥をかいた。

マー、ダマす人が悪いのか、ダマされる人が悪いのか?

上はパトラス大学(University of Patras)の動画

パトラス大学・漁業水産養殖学科(University of Patras | Department of Animal Production of Fisheries and Aquaculture)。赤矢印は事務棟。写真出典

★アタナシオス・アナスタシアディス(Athanasios Anastasiadis)

  • 国:ギリシャ
  • 分野:魚類学
  • 男女:男性
  • 「誤認」論文発表:2022年
  • 「誤認」時の地位:パトラス大学・院生
  • 発覚年:2023年
  • 発覚時地位:パトラス大学・院生
  • ステップ1(発覚):第一次追及者はドイツのバイエルン州立動物園のユルゲン・ポラースペック(Jürgen Pollerspöck)らで、論文で指摘
  • ステップ2(メディア):「Gizmodo」、「New York Times」、「Daily Mail」など多数
  • ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①大学は調査していない
  • 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし。調査していない
  • 大学の透明性:該当せず(ー)
  • 不正:誤認
  • 「誤認」論文数:1報。撤回

【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は5千万円(大雑把)。

●5.【事件の経緯と内容】

★ミツクリザメの発見

ミツクリザメ(goblin sharks)は深海魚で、顎が突き出て、恐ろしい生き物のように見えるサメだ。

以下はミツクリザメの説明動画(goblin sharks、動画出典)「Goblin Shark Facts: Nightmare of the Deep | Animal Fact Files」

ミツクリザメ は日本で最初に発見された。

18xx年、英国の貿易商・アラン・オーストン(Alan Owston)が日本の相模湾を船で航行中に発見した。名前の「ミツクリ」は、東京大学三崎臨海実験所の初代所長だった箕作佳吉(みつくり かきち)の姓に由来している。

貿易商・オーストンが箕作佳吉にサメを渡し、箕作が世界に紹介した時、箕作とオーストンにちなんで、学名を、Mitsukurina owstoni と命名した。従って、ミツクリザメを漢字で書くと、「箕作鮫」である。

現在、このサメについてはほとんど何も知られていない。

日本に多く生息しているという話しもあるが、世界中の深海に生息することが知られている。但し、生死を問わず非常にまれにしか見つかっていない。

そして、今まで、地中海では見つかっていなかった。

2022年、ギリシャのパトラス大学(University of Patras)の院生・アタナシオス・アナスタシアディス(Athanasios Anastasiadis、写真出典)は、ギリシャのビーチに漂着したミツクリザメ(goblin sharks)を発見したと「2022年5月のMediterranean Marine Science」論文で報告し、地中海ミツクリザメ(Mediterranean goblin shark)と命名した(以下の論文)。

  • 4.4 First record of the goblin shark Mitsukurina owstoni Jordan, 1898 (Lam-niformes: Mitsukurinidae) in the Mediterranean Sea”
    Athanasios Anastasiadis, Evangelos Papadimitriou and Frithjof C. Küpper
    in: Kousteni, V. et al. (2022). New records of rare species in the Mediterranean Sea (May 2022).
    Mediterranean Marine Science, 23 (3), 417-446, doi: 10.12681/mms.28372

報告した地中海ミツクリザメは、その2年前の2020年8月にヤニス・パパダキス(Giannis Papadakis)という男性が発見した魚だった。

パパダキスは死んだ地中海ミツクリザメをギリシャの浜辺で見つけ、並んだ岩の上に乗せ、写真を撮った(以下の写真、出典)。

この画像は最終的に地元の科学者グループの手に渡り、2年後の「2022年5月のMediterranean Marine Science」論文で、地中海で発見された他の生物種とともに初めて公開された。

地中海ミツクリザメの新発見に、発見者、論文報告者、そして魚類学者たちは驚き、大いに満足した。

★ミツクリザメの信憑性

「2022年5月のMediterranean Marine Science」論文で地中海ミツクリザメの新発見を報告したパトラス大学(University of Patras)の院生・アナスタシアディスをはじめ、研究者は誰1人として、地中海ミツクリザメの現物を見ていなかった。

市民科学者のパパダキスが撮った写真が唯一の情報源だった。

2022年11月、論文出版5か月後、ドイツのバイエルン州立動物園(Bavarian State Collection of Zoology)のユルゲン・ポラースペック(Jürgen Pollerspöck、写真出典)らは、地中海ミツクリザメの画像を詳しく調べた結果、信憑性について疑問が生じた、という論文を投稿した。5か月後、この「2023年3月のMediterranean Marine Science」論文は出版された。 → 「2023年3月のMediterranean Marine Science」論文

疑問点を10点あげている。

話が詳細になるので、10点の解説は省略する。

今回発見した地中海ミツクリザメ(上)、日本で発見したミツクリザメ(下)、写真出典保存版)。

批判に応えて、パトラス大学の研究者は自説を擁護するコメントを発表した。 → コメントはその後削除された。白楽は未読だったので、コメントの内容を白楽は掴んでいない。

2023年3月16日、アンドリュー・セイラー(Andrew Thaler)が、地中海ミツクリザメと似たオモチャを通販の「ebay」で買えるとツイートした(ツイートは削除されたので、写真を示す)。

すると、マシュー・マクダビット(Matthew McDavitt)が地中海ミツクリザメとオモチャを並べて比較した(以下)。

写真出典

並べてみると、オモチャとよく似ている。

ということで、地中海ミツクリザメの写真は以下のように作ったと指摘された。

まず、おもちゃのミツクリザメを海水に浸し、退色させる。その後、斑点を付け、岩の上に乗せて、写真を撮った。その写真の数か所(上記の赤色枠や橙色部分)を本物のミツクリザメのように加工して、標本となる写真を作った。

★論文撤回

2023年3月22日、おもちゃの画像ではないかと指摘された数日後、パトラス大学の研究チームは、論文を撤回した。 → 撤回公告

撤回理由として、論文は、市民の目視による観察に基づいていて、地中海ミツクリザメの標本を入手できていない。この状況で新種発見と断定するのは行き過ぎで、地中海ミツクリザメが実在していたか、不確実なので論文を撤回した、とある。

地中海ミツクリザメの疑念を最初に論文で指摘したドイツのポラースペックは、ミツクリザメは地中海に見つかっていないだけで、本当は存在しているかもしれない。でも、今回のは明らかに「まとも」なミツクリザメではなかったとコメントした。

そして、この論文の責任はもちろん著者にあるが、査読者や編集者にも責任の一端があり、査読者や編集者がもっと注意深く審査・対処すべきだったともコメントした。

最初に発見し写真を撮ったパパダキスを問い詰めれば事実がわかると思うのだが、メディア記者は誰も市民科学者のヤニス・パパダキス(Giannis Papadakis)を取材していない。

この点、白楽は不思議に思う。

多分、パパダキスは本名ではなく、連絡先もフェイクなために、コンタクトできないのだろう。

この事件、パパダキスが面白半分の悪ふざけで行なった愉快行為だと思われる。

●7.【白楽の感想】

《1》悪ふざけ? 

ミツクリザメ事件は、ねつ造事件というべきなのか、悪ふざけなのか、ユーモア事件というべきか?

ヤニス・パパダキス(Giannis Papadakis)が地中海ミツクリザメを発見した日が4月1日なら、もう少し事態が変わっていたかもしれない。

地中海ミツクリザメの画像(写真、出典)。

《2》フェイク証拠物のリスト 

かつて(主に19~20世紀)、新発見と主張する科学的な証拠物を意図的に作る、というねつ造事件がいくつもあった。

《3》フェイク数値とフェイク画像 

《2》にリストしたようなフェイク証拠物を作るねつ造は、手間がかかる。現代では流行やらない。

数値のねつ造・改ざんの方が簡単だし、画像の加工も楽だ。

論文中の画像データをフォトショップで不正に加工した例は山ほどあり、学術論文中の画像データはもう数十年に渡り単純には信用できない。

その上、生成AI技術が加わり、ますます、画像は信用できなくなってきた。

「百聞は一見に如かず」だけど、「一見」ではかなりアブナイ。

この問題にどう対処できるのか、白楽は見当がつかない。

《4》技術向上

ミツクリザメ事件の本当に怖い部分は、この手の証拠写真にもとづく論文がどれほどあるのか見当がつかないことと、そのねつ造を見破れないことだ。

今回は、パパダキスの写真細工技術が劣っていたので、写真を分析することで、偽物だと判定できた。

もし、パパダキスがもう少し注意深く繊細に写真を加工していたら、誰も偽物だと見破れなかった。

つまり、地中海ミツクリザメは、学術上、今も存在していることになった。

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もう一歩深く考えよう。

最初からオモチャのサメの写真を撮るのではなく、最初から本物のミツクリザメの写真を土台に、写真を加工したら、偽物だと見破れない。

そう、最初からだますつもりで、絵画の贋作を作るのと同じように高度な技術を屈指して、写真を加工したら、全く見破れないハズだ。

ということは、ねつ造・改ざんが見破れない画像を、実験データとして示している論文が実はかなりの量、出版されているかもしれないと、白楽は思う。

この問題にどう対処できるのか、白楽は見当がつかない。この言葉、2度目です。

7-84 研究偽造と絵画偽造

《5》スネイルフィッシュ

2023年、東京海洋大学、西オーストラリア大学などの国際チームが日本の深い海底で深海魚スネイルフィッシュを見つけたそうだ。以下に写真を公開している。
 → 2023年4月4日記事(含・写真):オーストラリア研究陣、日本の海底8336メートルで深海魚発見…「高い圧力でも生存」、(保存版)、水深8336メートルで魚撮影 ギネス記録認定 東京海洋大など | 毎日新聞

研究陣はこの深海魚を捕獲しなかったが水深8022メートルで他の標本2匹を確保するのに成功した。(2023年4月4日記事:オーストラリア研究陣、日本の海底8336メートルで深海魚発見…「高い圧力でも生存」

この写真、合成写真じゃないですよね。

記事には、「深海魚を捕獲していない」とある。実物がなく写真だけで、深海魚の存在を、どう、証明します? 

一般論として、複数の研究者が確認し、複数の写真があれば、ねつ造ではない。

と言い切れるか?

ネカト事件では、複数の研究者がつるんでネカトをした事件は珍しくない。大学・研究所が組織ぐるみでネカトに加担したケースもソコソコある。そして、大学・研究所は、ほとんどの場合、不都合な真実を隠蔽する。

1枚の写真をねつ造するなら、複数の写真をねつ造できるので、複数の写真があっても証拠にならない。

100%の透明性が確保され、第三者が確認できる証拠がないと、証明はほぼできない、ということだ。

しかし、現実は、「100%の透明性が確保され、第三者が確認できる証拠」を保証しにくい研究分野はいくつもある。

3度目ですが、この問題にどう対処できるのか、白楽は見当がつかない。

《6》ドンドン摘発

若い男女は闇バイト主にダマされる。

ジイさんバアさんはオレオレ詐欺にダマされる。

研究者はガセネタにダマされる。

世の中、どこもかしこもダマし合い。何を信じてよいのやら。

4度目ですが、この問題にどう対処できるのか、白楽は見当がつかない。じゃ、困りますよね。

少なくとも、学術界では、ネカト論文をドンドン摘発し、ドンドン撤回させましょう。

ところで、「ヘビ猫(snake cat)」ってディズニーの架空動物(以下出典)ですよね。

実は、「ヘビ猫(snake cat)」が発見され、実在していた?

以下のツイッターに、探索困難なアマゾン熱帯雨林の奥地に生息している希少なネコ科の動物「ヘビ猫(snake cat)」の写真が 2020 年に初めて公開された、とある。

そして、「ヘビ猫(snake cat)」の写真が「Nature」誌の表紙を飾った。 → 2023年3月22日記事(含・以下の写真):The truth behind the fake ‘snake cat’ that fooled the internet | Daily Mail Online

白楽注:皆さん、ダマされないでね。

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日本の人口は、移民を受け入れなければ、試算では、2100年に現在の7~8割減の3000万人になるとの話だ。国・社会を動かす人間も7~8割減る。現状の日本は、科学技術が衰退し、かつ人間の質が劣化している。スポーツ、観光、娯楽を過度に追及する日本の現状は衰退を早め、ギリシャ化を促進する。今、科学技術と教育を基幹にし、人口減少に見合う堅実・健全で成熟した良質の人間社会を再構築するよう転換すべきだ。公正・誠実(integrity)・透明・説明責任も徹底する。そういう人物を昇進させ、社会のリーダーに据える。また、人類福祉の観点から、人口過多の発展途上国から、適度な人数の移民を受け入れる。
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●9.【主要情報源】

① ◎2023年3月17日のローレン・レファー(Lauren Leffer)記者の「Gizmodo」記事:Sharkgate: Scientists Claim ‘Rare Shark’ in Photo Is Actually Just a Plastic Toy
② 2023年3月24日のローレン・レファー(Lauren Leffer)記者の「Gizmodo」記事:Goblin Shark or Plastic Toy? Scientists Retract Record of Supposed Sighting
③ 2023年3月22日のジョアンナ・トンプソン(Joanna Thompson)記者の「Yahoo」記事:Is This Photo of the Ultra-Rare Goblin Shark Actually a Toy?
④ 2023年3月24日のアニー・ロス(Annie Roth)記者の「New York Times」記事:The Shark ‘Didn’t Look Right.’ Was It a Plastic Toy? 保存版:http://web.archive.org/web/20230324120758/https://www.nytimes.com/2023/03/24/science/goblin-shark-plastic-toy.html
⑤ 2023年3月27日のマシュー・ロー(Matthew Loh)記者の「Insider」記事:Scientists Unveil Sighting of Rare Shark, Could Actually Just Be a Toy
⑥ 2023年3月27日のフィオナ・ジャクソン(Fiona Jackson)記者の「Daily Mail」記事:Scientists retract photo of ‘first goblin shark seen in the Med’ as it could actually show a TOY | Daily Mail Online
⑦ 2023年3月28日のサラ・クタ(Sarah Kuta)記者の「Smithsonian Magazine」記事:Were Scientists Duped by a Plastic Shark Toy? | Smart News| Smithsonian Magazine
⑧  2023年6月1日のジェレミー・ゲイ(Jeremy Gay)記者の「Reef Builders」記事:Goblin Shark Range Extension turns out to be a Rubber Toy | Reef Builders | The Reef and Saltwater Aquarium Blog

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