イビン・リン(Yibin Lin)(米)

2021年3月5日掲載 

ワンポイント:2021年1月28日(36歳?)、研究公正局は、テキサス大学健康科学センター・ヒューストン校(UTHSCH:University of Texas Health Science Center at Houston)・ポスドクだったイビン・リンの6報の発表論文、8報の投稿原稿に、ねつ造・改ざん・盗用があったと発表した。全部2020年の論文である。2021年1月7日から10年間の締め出し処分を科した。このネカトは斬新な手法が使われていた。記事執筆時点では、撤回論文は6論文。国民の損害額(推定)は2億円(大雑把)。この事件は、白楽指定の重要ネカト事件である:自分の論文被引用数をあげるため、架空の著者のネカト論文を多数発表した手法が斬新。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
9.主要情報源
10.コメント
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●1.【概略】

イビン・リン(Yibin Lin、ORCID iD:0000-0003-0608-7875、写真出典)は、スペインのバルセロナ自治大学(Universitat Autònoma de Barcelona)で研究博士号(PhD)を取得し、テキサス大学健康科学センター・ヒューストン校(UTHSCH:University of Texas Health Science Center at Houston)・ポスドクになった。専門は分子生物学である。

ネカトは斬新な手法である。まず、ねつ造・改ざん・盗用論文原稿を作る。その原稿に、架空の著者・所属を付け、自分を共著者に入れずに発表する。その論文で自分の論文を複数回引用し、そのことで、自分の論文被引用数をあげる。

ネカト発覚の経緯は不明だが、2020年の14論文に、ねつ造・改ざん・盗用があった。投稿原稿でネカトが見つかっているから、見つけた人は学術誌・編集者と思われるが、特定できなかった。発覚時期は、2020年前半(35歳?)と推定される。

テキサス大学健康科学センターがネカト調査を終え、クロと判定し、研究公正局に報告したと思われる。

2021年1月28日(36歳?)、研究公正局は、テキサス大学健康科学センター・ポスドクだったイビン・リンの6報の発表論文、8報の投稿原稿に、ねつ造・改ざん・盗用があったと発表した。

2021年1月7日(36歳?)から10年間の締め出し処分を科した。10年間の締め出し処分はかなり重い処分である。

テキサス大学健康科学センター・ヒューストン校(UTHSCH:University of Texas Health Science Center at Houston)。写真出典:https://nndc.org/nndc-members/university-of-texas-houston/

  • 国:米国
  • 成長国:スペイン
  • 医師免許(MD)取得:なし
  • 研究博士号(PhD)取得:バルセロナ自治大学
  • 男女:男性
  • 生年月日:不明。仮に1985年1月1日生まれとする。2012年に研究博士号(PhD)を取得した時を27歳とした
  • 現在の年齢:39 歳?
  • 分野:分子生物学
  • 不正論文発表:2020年(35歳?)の1年間
  • 発覚年:2020年(35歳?)
  • 発覚時地位:テキサス大学健康科学センター・ヒューストン校・ポスドク
  • ステップ1(発覚):第一次追及者は不明
  • ステップ2(メディア):「撤回監視(Retraction Watch)」
  • ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①テキサス大学健康科学センター・ヒューストン校・調査委員会。②研究公正局
  • 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし
  • 大学の透明性:研究公正局でクロ判定(〇)
  • 不正:ねつ造・改ざん・盗用
  • 不正論文数:6報の発表論文、8報の投稿原稿
  • 時期:研究キャリアの初期
  • 職:事件後に研究職(または発覚時の地位)を続けられなかった(Ⅹ)
  • 処分:NIHから10年間の締め出し処分
  • 日本人の弟子・友人:不明

【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は2億円(大雑把)。

●2.【経歴と経過】

主な出典:Yibin Lin | LinkedIn

  • 生年月日:不明。仮に1985年1月1日生まれとする。2012年に研究博士号(PhD)を取得した時を27歳とした
  • xxxx年(xx歳): xx大学で学士号を取得
  • 2008年9月1日– 2012年8月31日(23 – 27歳?):スペインのバルセロナ自治大学(Universitat Autònoma de Barcelona)で研究博士号(PhD)を取得:生化学と分子生物学
  • 2012年10月10日(27歳?):テキサス大学健康科学センター・ヒューストン校(University of Texas Health Science Center)・ポスドク
  • xxxx 年(xx歳):同大学・助教授?
  • 2020年(35歳?)(推定):不正研究が発覚
  • 2020年(35歳?)(推定):テキサス大学健康科学センター・ヒューストン校・解雇
  • 2021年1月28日(36歳?):研究公正局がネカトと発表

●5.【不正発覚の経緯と内容】

★ネカト

2008年9月1日– 2012年8月31日(23 – 27歳?)、イビン・リン(Yibin Lin)はスペインのバルセロナ自治大学(Universitat Autònoma de Barcelona)で研究博士号(PhD)を取得した。

名前と顔写真から中国系の人と思われる。中国で育った中国人がスペインの大学院に留学したのかもしれない。

2012年10月10日(27歳?)、米国のテキサス大学健康科学センター・ヒューストン校(University of Texas Health Science Center)のポスドクになった。

ボスは中国の山東大学で修士号を、スイスのベルン大学で博士号を取得した、レイ・ジェン準教授(Lei Zheng、写真出典)だった。

ネカト発覚の経緯は不明だが、2020年の14論文に、ねつ造・改ざん・盗用があった。投稿原稿でのネカトが見つかっていることから、告発者は学術誌・編集者と思われるが、特定できなかった。発覚時期は、2020年前半(35歳?)と推定される。

2021年1月28日(36歳?)、研究公正局はイビン・リンの6報の発表論文、8報の投稿原稿に、ねつ造・改ざん・盗用があったと発表した。全部2020年の論文である。

2021年1月7日(36歳?)から10年間の締め出し処分を科した。10年間の締め出し処分はとても重い処分である。

イビン・リンはネカト行為と処分を認めている。

6報の出版論文は以下の通り。
全部、2020年に学術誌「bioRxiv」で発表した論文である。

  1. Efficient Method for Genomic DNA Mutagenesis in E. coli. bioRxiv 2020. doi: https://doi.org/10.1101/2020.05.16.097097.
  2. A simple and efficient method for in vitro site directed mutagenesis. bioRxiv 2020.
    doi: https://doi.org/10.1101/2020.05.16.100107.
  3. A restriction-free method for gene reconstitution. bioRxiv 2020. doi: https://doi.org/10.1101/2020.05.20.107631.
  4. Efficient Method for Protein Crystallization. bioRxiv 2020. doi: https://doi.org/10.1101/2020.05.24.113860.
  5. Rice Tolerance to Drought is Complex Both Physiologically and Genetically. bioRxiv 2020. doi: https://doi.org/10.1101/2020.08.19.258293.
  6. ITS2 Pretrial Gene Identification Related to Seed and Flower Identification for Cyclea barbata. bioRxiv 2020. doi: https://doi.org/10.1101/2020.08.20.259804.

8報の投稿原稿は以下の通り。
全部、2020年に学術誌「bioRxiv」に投稿した原稿である。

  1. Analysis of the Deduced Amino Acid Sequence of Lectin-like Protein.
  2. Comprehensive proteomic characterization of ovarian tumors.
  3. Insight into the membrane protein localization and antibiotic resistance by fluorescence microscopy.
  4. Invariant States of the Algebra of Observables.
  5. The Biochemical Analysis the Expression Levels of Pre-synaptic, Post-synaptic, Nuclear and Mitochondrial Markers.
  6. The Overall Difference Analysis of Antioxidant of Isoflavone from Three Kinds of Soybean Stems.
  7. The Overall Difference Analysis of Antioxidant of Isoflavone from Three Kinds of Tomato.
  8. Invariant States of the Algebra of Observables. Manuscript Rejected by bioRxiv and Resubmitted to medRxiv in 2020

★NIHグラント

イビン・リン(Yibin Lin)はNIHからグラントを受給していない。 → Grantome: Search

どうして、研究公正局が関与したのだろう?

ボスのレイ・ジェン準教授(Lei Zheng)が受給したグラントで研究したのか? と思って調べた。すると、。レイ・ジェン準教授(Lei Zheng)は、NIHから、2015年までしかグラントを受給していない。 →  Grantome: Search

2015年までのグラントで、イビン・リン(Yibin Lin)をポスドクとして雇ったとしても、その経費で、5年後の2020年に論文を発表することはない。

発表した「bioRxiv」論文にもNIHから助成を受けたという記述はなかった。

従って、どうして、研究公正局が関与したのか不可解である。

★斬新な手法

イビン・リン事件のネカトは手法が斬新である。

まず、ねつ造・改ざん・盗用論文原稿を作る。その原稿に、架空の著者・所属を付け、自分を共著者に入れずに発表する。その論文で自分の論文を複数回引用する。そのことで、自分の論文被引用数をあげる。

2020年1月のマリオ・ビアジオリ殊勲教授(Mario Biagioli)の著書『Gaming the Metrics: Misconduct and Manipulation in Academic Research』が指摘したように、数値を操作するネカトである。 → 7-63 新しい学術不正:評価数値の操作 | 白楽の研究者倫理

10年間というかなり重い処分を科したのは、研究公正局がこの新手のネカトに恐怖を抱いた結果だと思う。

【ねつ造・改ざん・盗用の具体例】

2021年1月28日(37歳?)の研究公正局の発表で、イビン・リン(Yibin Lin)のネカト行為を指摘している。

イビン・リンが、6報の発表論文、8報の投稿原稿の全内容をねつ造・改ざん・盗用し、自分を共著者に入れずに架空の著者名と所属を記載して、論文発表・投稿をした。

論文は、過去に出版した論文の文章、表、図を適当に組み合わせたものだった。

その意図は、イビン・リンの論文の引用数を引き上げるためで、6報の発表論文、8報の投稿原稿では、イビン・リンの論文を何度も引用していた。

この新手のネカトについて、1論文を選んで以下に詳しく見ていこう。

★「2020年のbioRxiv」論文

研究公正局が「6報の発表論文」のリストに挙げた最初の論文を取り上げる。

「2020年のbioRxiv」論文の書誌情報を以下に示す。2020年5月17日出版で、2020年9月4日、撤回された。

連絡著者は「Frank Huang」でイビン・リン(Yibin Lin)本人ではない。所属はスペインのバルセロナ自治大学(Universitat Autònoma de Barcelona)である。著者にイビン・リン(Yibin Lin)は入っていない。

連絡先はEmail: fhuang0596{at}gmail.com と大学のメールアドレスではなく「gmail」が使われている。

書誌情報だけ見ていると、一見、何でもない普通の論文である。

そして、2020年5月17日出版の第1版でイビン・リン(Yibin Lin)、つまり「Lin, Y」の論文を一回も引用していなかった。 → Efficient Method for Genomic DNA Mutagenesis in E. coli | bioRxiv

ところが、3日後の2020年5月20日出版の第2版で「Lin, Y」の論文を4論文挿入し、4回引用していた。 → Efficient Method for Genomic DNA Mutagenesis in E. coli | bioRxiv

つまり、最初の「第1版」で様子を見て自分の論文を参考文献に入れていなかったが、3日後の「第2版」で自分の論文を4論文挿入し、 4回も引用したのだ。

言い忘れたが、連絡著者の「Frank Huang」は架空人物である。所属のバルセロナ自治大学(Universitat Autònoma de Barcelona)は実在の大学だが、研究室は架空である。連絡先Emailアドレスの「fhuang0596{at}gmail.com」の使用者はイビン・リン(Yibin Lin)である。

このように、ネカト論文を発表し、その論文で自分の論文を多数文献に記載し、自分の論文の被引用数をあげるという新手のネカト行為をしたのだ。

★他論文

研究公正局が「6報の発表論文」のリストに挙げた2番目の論文(以下)では同様の手口で、自分の論文を6論文、文献に記載し、6回も引用数をあげた。
「A simple and efficient method for in vitro site directed mutagenesis. bioRxiv 2020.
doi: https://doi.org/10.1101/2020.05.16.100107.」

3番目の論文(以下)では同様の手口で、自分の論文を8論文、文献に記載し、 8回も引用数をあげた。
「A restriction-free method for gene reconstitution. bioRxiv 2020. doi: https://doi.org/10.1101/2020.05.20.107631.」

他の論文も同様な手口なので省略するが、このような手法で自分の論文の被引用数をあげた。

1論文当たり自分の論文を6論文(上記3論文の平均値)、文献に加えたとすると、発覚した14論文全部では84回の被引用数アップとなる。

発覚していない論文もあるだろう。

●6.【論文数と撤回論文とパブピア】

★パブメド(PubMed)

2021年3月4日現在、パブメド(PubMed)で、イビン・リン(Yibin Lin)の論文を「Yibin Lin [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2005~2021年の17年間の21論文がヒットした。

「Lin YB」が著者の2論文と2007年の論文は別人の論文である。他にも別人の論文があるので、2013~2021年の9年間の14論文以下が本記事のイビン・リン(Yibin Lin)の出版論文である。

2021年3月4日現在、「Retracted Publication」でパブメドの論文撤回リストを検索すると、0論文が撤回されていた。

★撤回監視データベース

2021年3月4日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回監視データベースでイビン・リン(Yibin Lin)を「Yibin Lin」で検索すると、0論文が訂正、0論文が懸念表明、6論文が撤回されていた。

2020年5月~8月の6論文が2020年9月4日に撤回された。

★パブピア(PubPeer)

2021年3月4日現在、「パブピア(PubPeer)」では、イビン・リン(Yibin Lin)の論文のコメントを「”Yibin Lin”」で検索すると、0論文にコメントがあった。

●7.【白楽の感想】

《1》斬新 

イビン・リン事件はネカト手法が斬新である。

自分の論文被引用数をあげるため、架空の著者のネカト論文を多数発表し、その論文で自分の論文を多数引用するなんて、天才である。

2020年1月のマリオ・ビアジオリ殊勲教授(Mario Biagioli)の著書『Gaming the Metrics: Misconduct and Manipulation in Academic Research』が指摘した数値を操作するネカトである。 → 7-63 新しい学術不正:評価数値の操作 | 白楽の研究者倫理

研究公正局も驚いたと同時に恐怖を感じたのだと思う。10年間の締め出し処分を科した。

しかし、現実に、こういうネカト論文が既にどれほど蔓延しているのか? どのように検出できるのか? 誰が検出するのか? 新しい課題だと思う。

モチロン、ネカト論文ではないまともな論文でも、自分の論文被引用数をあげるクログレイ行為は何度も指摘されている。引用カルテル(citation cartel)、極端に多い自己引用数、査読での引用強制など、記事になっている。

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●9.【主要情報源】

①  研究公正局の報告:(1)2021年1月28日:Case Summary: Lin, Yibin | ORI – The Office of Research Integrity。(2)2021年2月4日の連邦官報:FRN 2021-02273 – Lin.pdf。(3)2021年2月4日の連邦官報:Findings of Research Misconduct。(4)2021年2月9日:NOT-OD-21-061: Findings of Research Misconduct
② 2021年1月28日のアダム・マーカス(Adam Marcus)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:Former Texas postdoc earns 10-year federal funding ban for faking authors and papers to boost metrics – Retraction Watch
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

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