2021年11月21日掲載
ワンポイント:エブテカールは、タルビアトモダレス大学(Tarbiat Modares University)・準教授の免疫学者だが、イラン政府の副大統領(兼環境庁長官)など有力な政治家でもある。1979年~81年(18~20歳)のイランアメリカ大使館人質事件で、過激派学生のスポークスウーマンを務めたという経歴もある。2008年(48歳)、盗用検出ソフトでエブテカールの「2006年のIran J Allergy Asthma Immunol」論文は85%が盗用だと指摘された。エブテカールは陳謝し、論文は撤回された。ただ、盗用は手伝った学生がしたことだと弁解した。タルビアトモダレス大学はネカト調査をしていない。エブテカールは大学からも政府からも処分されていないが、キャリア上に受けたダメージは不明である。国民の損害額(推定)は5億円(大雑把)。
ーーーーーーー
目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
9.主要情報源
10.コメント
ーーーーーーー
●1.【概略】
マースーメ・エブテカール(معصومه ابتکار、Masoumeh Ebtekar、Massoumeh Ebtekar、ORCID iD:?、写真出典)は、タルビアトモダレス大学(Tarbiat Modares University)・準教授の免疫学者だったが、イラン政府の副大統領(兼環境庁長官、H.E. Dr. Masoumeh Ebtekar, Vice-President and Head of Department of Environment of the Islamic Republic of Iran)にもなった。
2008年10月7日(48歳)、米国・テキサス大学サウスウェスタン・メディカル・センターのハロルド・”スキップ”・ ガーナー教授 (Harold “Skip” Garner)は、自分たちが開発した盗用検出ソフトであるイーティーブラスト(eTBLAST)で調べた結果、マースーメ・エブテカール(Masoumeh Ebtekar)の「2006年のIran J Allergy Asthma Immunol」論文の85%が盗用だったと指摘した。
エブテカールは陳謝し、論文は撤回された。ただ、盗用は手伝った学生がしたことだと弁解した。
タルビアトモダレス大学はネカト調査をしていない。エブテカールは大学からも政府からも処分されていないが、キャリア上それなりのダメージを受けたと思われっる。
タルビアトモダレス大学(Tarbiat Modares University)。写真出典
- 国:イラン
- 成長国:イラン
- 医師免許(MD)取得:なし
- 研究博士号(PhD)取得:タルビアトモダレス大学
- 男女:女性
- 生年月日:1960年9月21日
- 現在の年齢:64 歳
- 分野:免疫学
- 不正論文発表:2006年(46歳)
- 発覚年:2008年(48歳)
- 発覚時地位:タルビアトモダレス大学・準教授
- ステップ1(発覚):第一次追及者は米国・テキサス大学サウスウェスタン・メディカル・センターのハロルド・”スキップ”・ガーナー教授 (Harold “Skip” Garner)で、「デジャヴュ(Deja vu)」に公表
- ステップ2(メディア):「デジャヴュ(Deja vu)」、「Nature」、イランのメディアが追従
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①学術誌・編集部。②タルビアトモダレス大学は調査していない
- 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし。タルビアトモダレス大学は調査していない
- 大学の透明性:タルビアトモダレス大学は調査していない(✖)[機関以外が詳細をウェブ公表(⦿)]
- 不正:盗用
- 不正論文数:1報。撤回
- 盗用ページ率:不明
- 盗用文字率:85%
- 時期:研究キャリアの中期
- 職:事件後に研究職(または発覚時の地位)を続けた(〇)
- 処分:なし
- 日本人の弟子・友人:不明
【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は5億円(大雑把)。
●2.【経歴と経過】
- 1960年9月21日:イランのテヘランで中産階級の家庭に生まれる
- 19xx年(xx歳):父親が米国のペンシルベニア大学(University of Pennsylvania)に留学した時、両親と一緒にペンシルベニア州で6年間生活し、完璧な英語を習得した
- 1979年~81年(18~20歳):イランアメリカ大使館人質事件で、過激派学生のスポークスウーマンを務めた
- 19xx年(xx歳):イランのシャヒードベヘシュティ大学(Shahid Beheshti University)で学士号取得:実験科学
- 1995年(35歳):イランのタルビアトモダレス大学(Tarbiat Modares University)で研究博士号(PhD)を取得:免疫学
- 19xx年(xx歳):同大学・準教授
- 1997~2005年(37~45歳):イラン政府・副大統領、環境庁長官
- 2008年10月(48歳):盗用が発覚
- 2017~2021年9月(57~60歳):イラン政府・副大統領
- 2019年1月(58歳):タルビアトモダレス大学・正教授
●3.【動画】
以下は事件の動画ではない。
【動画1】
日本での笹川財団絡みの講演動画:「”Iran in the Moderation Era” by H.E. Dr. Massoumeh Ebtekar – YouTube」(英語。部分的に日本語説明あり)1時間2分39秒。
spfnewsが2014/06/10 に公開
●5.【不正発覚の経緯と内容】
★生命科学者で政治家
マースーメ・エブテカール(Masoumeh Ebtekar)は、イランの中産階級の家庭に生まれたが、子供時代に、父親が米国のペンシルベニア大学(University of Pennsylvania)に留学した時、両親と一緒にペンシルベニア州で6年間生活した。それで、完璧な英語を習得した。
イランに帰国後、生命科学・研究者の道に進んだのだが、帰国して間もなく、 「イスラム革命防衛隊率いる暴徒によるアメリカ大使館に対する占拠及び人質事件である。444日間続き1981年1月20日に解決した」(イランアメリカ大使館人質事件 – Wikipedia)に関与した。
つまり、1979年~81年(18~20歳)、エブテカールは、テヘランの米国大使館で52人のアメリカ人を人質にした事件で、過激派学生側のスポークスウーマンを務めた。
エブテカールはその後、イランのタルビアトモダレス大学(Tarbiat Modares University)の準教授、後に正教授になった。専門は免疫学である。
一方、1997~2005年(37~45歳)、イラン政府・副大統領、環境庁長官などに就任した。イランで閣僚になった最初の女性である。イランの政治家として大きな力をもっている。
2014年4月3日(54歳)、エブテカールはイランの副大統領(兼環境庁長官)として、安倍総理大臣を表敬訪問している。 → エブテカール・イラン副大統領兼環境庁長官による安倍総理表敬|外務省(写真出典同)
2019年6月27日(58歳)、今度は、イラン女性家族問題担当副大統領としても来日した。
★発覚
2008年10月7日(48歳)、米国・テキサス大学サウスウェスタン・メディカル・センターのハロルド・”スキップ”・ガーナー教授 (Harold “Skip” Garner)は、自分たちが開発した盗用検出ソフトであるイーティーブラスト(eTBLAST)で調べた結果、マースーメ・エブテカール(Masoumeh Ebtekar)の「2006年のIran J Allergy Asthma Immunol」論文の85%が盗用だったと指摘した。
→ 2‐4‐1.盗用検出ソフト:イーティーブラスト(eTBLAST):無料 | 研究倫理
→ 2‐2‐1 盗用データベース:米 デジャヴュ(Deja vu) | 白楽の研究者倫理
- Air pollution induced asthma and alterations in cytokine patterns.
Ebtekar M.
Iran J Allergy Asthma Immunol. 2006 Jun;5(2):47-56.
2008年10月22日(48歳)、ネイチャーはこの盗用を記事にした。 → 2008年10月22日のデクラン・バトラー(Declan Butler)記者の「Nature」記事: Iranian paper sparks sense of deja vu | Nature
盗用論文は他の研究者の5論文の部分部分を逐語盗用し、パッチワークのように組み合わせたモザイク盗用(mosaic plagiarism)だった。
1つの被盗用論文の著者である英国のキングス・カレッジ・ロンドン(King’s College London)のイアン・マドウェイ(Ian Mudway)は「文法の間違いもそのまま流用している」と述べた。
ネイチャーはまた、エブテカールに問い合わせたが、回答がなかったと付け加えた。
学術誌「Iran J Allergy Asthma Immunol」の編集長は、「学術誌に掲載された論文が、“重複(duplication)”だったことを遺憾に思う」、とネイチャーに回答した。
[白楽注:“重複(duplication)”ではあるけど、出典を記載していないので、盗用です。胡麻化さないで]
2008年12月1日、エブテカールの「2006年のIran J Allergy Asthma Immunol」論文は撤回された。
エブテカールはイラン政府・副大統領だったことで、この盗用問題はイランでは政治的および世論の大きな注目を集めた。
★エブテカールの謝罪声明
マースーメ・エブテカール(Masoumeh Ebtekar)は、間違いを犯したことを認め、「欠点や間違いをお詫びします。論文執筆と原稿の作成に、今後、もっと注意を払います」と謝罪する声明を発表した。
ただ、論文は招待された総説だったこと、単著ではあるが、原稿執筆を手伝ってくれた学生が盗用したと弁明し、その盗用を知らなかった、と述べた。
また、デジャヴュ(Deja vu)にいきなり公開するのではなく、「彼らは私に応答する機会を与えないで、他人の評判を汚すことは行き過ぎた行為だ」と事前に連絡すべきだったと非難した。
[白楽注:これはナイでしょう。物を盗んでおいて、盗みを摘発したら、摘発する前に伝えろ、って]
マースーメ・エブテカール(Masoumeh Ebtekar)は盗用との指摘を受けて、事情を説明した(アラビア語です)。 → 2008年10月31日の記事:الف – توضیحات ابتکار درباره مطلب نیچر و یافتههای پروژه دژاوو [نامه ابتکار به گارنز و توضیحات تکمیلی]
以下は上記記事の意訳(誤訳があるかも?)。なお、「* 1」と「* 11」の間の「* 2~* 10」は全部省略した。
―――――――ここから
親愛なるガーナー教授へ
ネイチャー誌のあなたの質問とあなたの記事を拝見しました。
最初に私は研究倫理の向上に対するあなたの努力に感謝したいと思います。
学術誌と著者の両方への返信で述べましたように、私の論文では、過去の論文を引用せずに論文内容を流用しました。これは明らかな間違いでした。謝罪いたします。
私は学生と一緒に研究していました。学生が他の論文からのテキストの一部を直接流用したことを知る方法はありませんでした。ただし、その他の質問や、論文を盗用したと紹介した方法については、以下の質問がありますので、お時間を割いてご回答いただければ幸いです。
* 1.
この論文は、私が学生の助けを借りて執筆した総説です。私はこのトピックに関していくつかのセミナーで発表し、学術誌から総説を書くよう招待されました。私はサイトカインに関する独自の研究を行ない、いくつかの論文を発表しております。また、私にはイランの環境問題に取り組んできた長い歴史があります。したがって、総説は、私の経験と、サイトカインの私の研究に関する新しい視点に基づいて執筆しました。
・・・中略・・・
* 11.
ネイチャーの記事のタイトルは、100%複製したように読めます。これは倫理規格に沿った表現ですか? 私の論文は100%複製ですか? この場合、複製という言葉は適切ですか?
ガーナー教授のあなたのご指摘は私にとって目を見張るものでした。
私は自分の欠点と間違いをお詫びします。私は論文を書く時、原稿を準備する時、今後、もっと注意を払います、そして私はこのことについてあなたに感謝し続けます。
しかし、上記を考慮すると、あなたは私に返答する機会を与えずに私の論文に研究不正の判断を下しました。
ガーナー教授は、科学倫理学の研究者として、少なくとも私の論文に対して、はるかに行き過ぎた判断をしたと思いませんか? 誰があなたにここまでする権限を与えましたか?
教授、私は私の欠点をお詫びしますが、あなたはまた、対応する機会を与えずに、人々を非難し、評判を汚したことは行き過ぎだったと認識し、謝罪するおつもりはないのでしょうか?
敬具
マースーメ・エブテカール(Masoumeh Ebtekar)、研究博士号(PhD)
タルビアトモダレス大学(Tarbiat Modares University)・免疫学部、準教授
―――――――ここまで
●【盗用の具体例】
省略
●6.【論文数と撤回論文とパブピア】
★パブメド(PubMed)
2021年11月20日現在、パブメド(PubMed)で、マースーメ・エブテカール(Masoumeh Ebtekar、 Massoumeh Ebtekar)の論文を「Masoumeh Ebtekar [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2010~2021年の12年間の7論文がヒットした。
「s」が1つ多いというスペルの「Massoumeh Ebtekar [Author]」で検索すると、2002~2021年の20年間の42論文がヒットした。
2021年11月20日現在、「Retracted Publication」のフィルターでパブメドの論文撤回リストを検索すると、「Masoumeh Ebtekar [Author]」では0論文が、「Massoumeh Ebtekar [Author]」では1論文が撤回されていた。
★撤回監視データベース
2021年11月20日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回監視データベースで、マースーメ・エブテカール(Masoumeh Ebtekar、 Massoumeh Ebtekar)を「Ebtekar」で検索すると、本記事で問題にした「2006年の」論文・ 1論文が2008年12月1日に撤回されていた。
★パブピア(PubPeer)
2021年11月20日現在、「パブピア(PubPeer)」では、、マースーメ・エブテカール(Masoumeh Ebtekar、 Massoumeh Ebtekar)の論文のコメントを「Ebtekar」で検索すると、0論文にコメントがあった。
●7.【白楽の感想】
《1》スーパーウーマン
マースーメ・エブテカール(Masoumeh Ebtekar、写真出典)の人生ってすごい。
イランの中産階級の家庭に生まれたが、子供時代に、両親と一緒に米国のペンシルベニア州で6年間生活した。それで、完璧な英語を習得した。
帰国後の18~20歳、イランアメリカ大使館人質事件に遭遇し、過激派学生側のスポークスウーマンを務めた。
その後、タルビアトモダレス大学(Tarbiat Modares University)・準教授で免疫学を研究・教育する立場になった。
そして、学者の傍ら、イラン政府の副大統領にもなった。初の女性閣僚である。
そういう、イランのスーパーウーマンが論文盗用事件を起こした。
盗用事件でエブテカールのキャリア上のダメージがどれほどだったのか、白楽にはわからないが、その後、正教授に昇進し、また、再びイラン政府の副大統領にもなった。
本文では書かなかったが、エブテカールは元情報機関員、元政治家で現・ビジネスマンのモハンマド・ハシミ(Mohammad Hashemi 、写真出典)と結婚していて、2人の子供がいる。
モハンマド・ハシミはイランアメリカ大使館人質事件の時の学生支援団体(Muslim Student Followers of the Imam’s Line )の指導者だった。
日大全共闘議長の秋田明大が、内閣情報官になり、その後、政治家として大活躍する、というような状況です。秋田明大って、ダレ? 知らない? 昭和は遠くなりにけり。
ーーーーーーー
日本がスポーツ、観光、娯楽を過度に追及する現状は日本の衰退を早め、ギリシャ化を促進する。日本は、40年後に現人口の22%が減少し、今後、飛躍的な経済の発展はない。科学技術と教育を基幹にした堅実・健全で成熟した人間社会をめざすべきだ。科学技術と教育の基本は信頼である。信頼の条件は公正・誠実(integrity)である。人はズルをする。人は過ちを犯す。人は間違える。その前提で、公正・誠実(integrity)を高め維持すべきだ。しかし、もっと大きな視点では、日本は国・社会を動かす人々が劣化している。どうすべきなのか?
ーーーーーー
ブログランキング参加しています。
1日1回、押してネ。↓
ーーーーーー
●9.【主要情報源】
① ウィキペディア英語版:Masoumeh Ebtekar – Wikipedia
② 2008年10月22日のデクラン・バトラー(Declan Butler)記者の「Nature」記事: Iranian paper sparks sense of deja vu | Nature
③ 2008年10月29日の「Copy, Shake, and Paste」記事: Paper by former vice-president of Iran retracted
④ 2018年xx月xx日の記事:Ebtekar paper said to be plagiarized. – Free Online Library
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
●コメント
注意:お名前は記載されたまま表示されます。誹謗中傷的なコメントは削除します