2025年6月20日掲載
白楽の意図:オーストラリアの大学は、評判と研究助成金を守るため、研究不正疑惑を否定・隠蔽し、研究公正に誠実に対処していない。研究公正活動家デイヴィッド・ボー(David L. Vaux)のこの指摘を中心に、ジョン・ロス(John Ross)が「2025年3月のTimes Higher Education」で同国の大学の対応を批判。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.日本語の予備解説
2.ジョン・ロスの「2025年3月のTimes Higher Education」論文
7.白楽の感想
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【注意】
学術論文ではなくウェブ記事なども、本ブログでは統一的な名称にするために、「論文」と書いている。
「論文を読んで」は、全文翻訳ではありません。
記事では、「論文」のポイントのみを紹介し、白楽の色に染め直し、さらに、理解しやすいように白楽が写真・解説を加えるなど、色々と加工している。
研究者レベルの人が本記事に興味を持ち、研究論文で引用するなら、元論文を読んで元論文を引用した方が良いと思います。ただ、白楽が加えた部分を引用するなら、本記事を引用するしかないですね。
●1.【日本語の予備解説】
★2015年11月28日:7-7.生命科学者の書いた研究ネカト総説:デイヴィッド・ボー(David L. Vaux):2016年、印刷中 | 白楽の研究者倫理
●2.【ジョン・ロスの「2025年3月のTimes Higher Education」論文】
★読んだ論文
- 論文名:Research fraud: go-slow internal probes ‘avoid external scrutiny
日本語訳:研究不正:内部調査を遅らせ「外部監視を回避」 - 著者:John Ross
- 掲載誌・巻・ページ:Times Higher Education
- 発行年月日:2025年3月25日
- ウェブサイト:https://www.timeshighereducation.com/news/go-slow-internal-research-fraud-probes-avoid-external-scrutiny
著者の紹介:ジョン・ロス(John Ross、写真出典)。
- 学歴:表記されていない
- 分野:ジャーナリズム
- 論文出版時の所属・地位:2018年2月からタイムズ・ハイアー・エデュケーションのアジア太平洋地域編集者(Times Higher Education as APAC editor)
●【論文内容】
★大学はネカト調査を意図的に遅らせている
オーストラリアの研究公正活動家であるデイヴィッド・ボー(David L. Vaux、写真出典)は、オーストラリアの大学は長年にわたり、多数のネカト疑惑事件を放置していると指摘した。
オーストラリアの大学は自大学の評判を守るためにネカト調査を故意に長引かせている。
大学管理者らは、研究不正の調査を故意に長引かせ、事件の解決に数か月、あるいは数年もかけ、緩慢に対処することで、オーストラリア研究公正委員会(ARIC:Australian Research Integrity Committee | Australian Research Council)の審査を回避している。
オーストラリア研究公正委員会(ARIC)は、大学のネカト調査が終了してから12週間以内に、要請があった時だけ、ネカト事案を審査できる。
大学当局は、ネカト告発を恣意的に却下したり、ネカト調査を遅らせたり、ネカト行為を間違いに分類したりすることで、オーストラリア研究公正委員会(ARIC)による審査を回避し、大学の体面を保ち、スター研究者の研究助成金を保持できることを知っている、とデイヴィッド・ボーは指摘した。
それで、大学はネカト調査に「可能な限り長い年月の時間をかけている」と。
デイヴィッド・ボーは、「研究不正疑惑を否定したり、隠蔽したりすることで、大学は、評判が保たれ、研究助成金を保持できる」と上院教育雇用委員会(Senate Education and Employment Committee)への大学統治調査書(university governance inquiry)で指摘した。 → ‘Lawless’ Australian universities face new Senate inquiry
デイヴィッド・ボーは、オーストラリアのウォルター・アンド・イライザ・ホール医学研究所(Walter and Eliza Hall Institute of Medical Research)の元副所長であり、米国の「撤回監視(Retraction Watch)」の母体である科学公正センター(Center for Scientific Integrity)の所長でもある。
2023年には、オーストラリア科学アカデミー(Australian Academy of Science)は、デイヴィッド・ボーの研究公正活動を称えて研究公正賞(research integrity award)を創設した。
研究公正は「大学のガバナンスの中核的問題」で、それを遵守しない大学の指導者は、教職員、学生、そして社会全体から非難される、とデイヴィッド・ボーは批判した。
★研究公正の理解と保護
デイヴィッド・ボーは長年、オーストラリアを欧州諸国、米国、カナダ、日本、中国の水準に合わせるため、研究不正を調査する国家機関もしくはオンブズマンの設置を提唱してきた。
オーストラリア研究公正委員会(ARIC)は、告発された研究不正疑惑の全部を調査できないので、別のシッカリした組織が必要だと主張している。
というのは、ネカト対処は、国立保健医療研究会議(NHMRC:National Health and Medical Research Council)またはオーストラリア研究会議(ARC)が研究助成した研究に対して告発されたケースしか扱わないと定めている。
また、その調査結果と勧告は、通常、非公開で、告発者にも秘密にしている。
そして、オーストラリア研究公正委員会(ARIC)はオーストラリア研究会議(ARC)の議長または国立保健医療研究会議(NHMRC)の議長に調査結果の勧告をするが、両議長はその勧告に従う義務はなく、実際、従わない議長も少なくない。
デイヴィッド・ボーの大学統治調査書は「2024年の連邦監査総監室レポート(Fraud Control Arrangements in the National Health and Medical Research Council | Australian National Audit Office (ANAO))」を引用しているが、そのレポートによると国立保健医療研究会議(NHMRC)は独自の不正調査をするどころか、研究助成した大学・研究所が行なったネカト調査を監査も精査もしていなかった。
その後、国立保健医療研究会議(NHMRC)は不正行為に関する規則を改訂し、研究助成金受領者に不正疑惑の報告を義務付け、ネカト調査は「適切な資格を持つ担当者」が行なうことを徹底したと述べている。
オーストラリア研究会議(ARC)の広報担当者は、オーストラリア研究会議(ARC)のネカト対処プロセスは「透明性と説明責任を確保するように設計されており、適時性と機密性に関する懸念に対処するためのメカニズムが整備されている」と述べた。
ニューサウスウェールズ大学シドニー校(UNSW Sydney)とマッコーリー大学(Macquarie University)は、2021年9月にネカト疑惑と告発されたのに、調査していない、とデイヴィッド・ボーは指摘した。
指摘に対してマッコーリー大学は、同校の調査を行ない、論文の訂正または撤回を含む是正措置を求めた、と述べた。
ニューサウスウェールズ大学シドニー校は、初期のネカト調査で虚偽記載が見つかり、現在、更なる調査を実施中で、機密扱いとなっている、と述べた。
別のネカト疑惑であるニューカッスル大学(University of Newcastle)のケース(Peter Hersey教授とXu Dong Zhang教授の事件)では、2024年6月にネカト疑惑が指摘されたのに、大学はなにも調査していない、とデイヴィッド・ボーは批判した。
批判に対して、ニューカッスル大学は「疑惑を審査中」で、「審査が終わるまで」コメントできないと述べた。
デイヴィッド・ボーの大学統治調査書は、ニューサウスウェールズ大学シドニー校の研究公正に関する年次報告書(Research Integrity – Conduct and Integrity Office | UNSW Sydney)についても述べている。
その年次報告書には、2021年から2023年にかけてネカト告発が約400件あったと記載している(例えば、以下。2023年に137件の告発(allegation):2023年年次報告書)。
この告発に対して、ニューサウスウェールズ大学シドニー校はネカト調査をし、ネカト調査結果の全体数を報告書に示した。しかし、個々のネカト調査の内容と結果については何も書いていない。
●7.【白楽の感想】
《1》オーストラリア
ジョン・ロス(John Ross)論文の論調は、研究公正活動家のデイヴィッド・ボー(David L. Vaux)を主役に、オーストラリアの大学の「情けない」現状を指摘している。
ただ、「情けない」面を強調することで、研究不正調査の改革を促しているのであって、日本の大学のそれと比べると、「情けなさ」はトントンだと思う。
日本の大学のネカト対処はオーストラリアよりはまし、という面はある。
日本の優れた点は、本調査でクロと認定したら、大学が調査結果を公表することだ。あらを探せば、公表内容がヒドイ大学もあるし、公表が義務なのに公表しない大学も少数はある。しかし、それなりの内容~詳細な内容まで幅はあるが、ほとんどの大学は公表する。この公表は世界の中で特別優れたシステムだと思う。
一般的には米国の研究公正システムが優れているが、米国の大学は公表しない。日本以外で公表を徹底させている国はない(と思う)。
日本には、このように優れた面はあるが、オーストラリアの「大学の評判と研究助成金を守るため、研究不正疑惑を否定・隠蔽する」という現実は、程度の差はあるが、本質的には日本も同じである。
もっと言えば、日本だけでなく、米国も欧州各国もほぼ世界中同じである。ただ、米国の生命科学系は「否定・隠蔽」がバレると厳しいペナルティが科されるのとメディアの追求がシッカリしているので、結果的に生命科学系研究者の研究公正意識は高い。他国と比較すると米国の大学の「否定・隠蔽」程度は低い。
オーストラリアと日本との比較では、オーストラリアの方が日本よりましな面を以下に3点示す。
第1点。オーストラリアには研究公正賞(David Vaux Research Integrity Fellowship Award)があるが、日本にはない。ただ、日本に研究公正賞を作っても、受賞できそうな人が少数しかいないので、数年で候補者が枯渇してしまうだろう。
第2点。研究不正スキャンダルだけでない本論文のような研究公正に関するニュースや解説を新聞記事が掲載する。その量と質は日本を凌駕している。日本の主要メディアの研究公正記事はとても少ない。
第3点。デイヴィッド・ボーは、ニューサウスウェールズ大学シドニー校の研究公正に関する年次報告書に批判的だが、白楽がザっと読んでみると、年次報告書の全体像はよくまとまっている。日本の大学の年次報告書と比較しようと思ったが、そもそも、日本の大学はそのような年次報告書を作っていない(公開していないだけとは思えない)。
とはいえ、オーストラリアと日本を比較して、総合的には、どちらの方が優れているか、白楽は判断できない。日本は、他国の優れているシステムを日本に導入すればよいだけだと思う。
デイヴィッド・ボーは何年も前から、オーストラリアの研究公正の改善を主張しているが、オーストラリアはなかなか改善しない・できない。なんでなんだろう?
でも、日本も改善しない・できない。なんでなんだろう?
2015年6月9日の早朝、本論文の著者であるジョン・ロス(John Ross)は、水泳から帰る途中、心臓発作で、運転していた自動車が脇道に突っ込んだ。偶然、通りがかった人に助けられた。写真は回復したジョン・ロス(John Ross)。写真の女性は妻ベリンダ。出典https://www.dailytelegraph.com.au/newslocal/city-east/kingsford-man-john-ross-survives-massive-heart-attack-thanks-to-strangers-in-coogee/news-story/cee55680109729050f22412c8c0d78f1
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日本の人口は、移民を受け入れなければ、試算では、2100年に現在の7~8割減の3000万人になるとの話だ。国・社会を動かす人間も7~8割減る。現状の日本は、科学技術が衰退し、かつ人間の質が劣化している。スポーツ、観光、娯楽を過度に追及する日本の現状は衰退を早め、ギリシャ化を促進する。今、科学技術と教育を基幹にし、人口減少に見合う堅実・健全で成熟した良質の人間社会を再構築するよう転換すべきだ。公正・誠実(integrity)・透明・説明責任も徹底する。そういう人物を昇進させ、社会のリーダーに据える。また、人類福祉の観点から、人口過多の発展途上国から、適度な人数の移民を受け入れる。
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★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
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