2023年4月10日掲載
ワンポイント:【長文注意】。デパルマは英国のマンチェスター大学(University of Manchester)・ポスドクの2021年(39歳)、「2021年12月のSci Rep」論文を出版した。直ぐに、かつての共同研究者だったメラニー・デューリング(Melanie During)がデータねつ造だと「Sci Rep」誌・編集部に通報した。ところが、「Sci Rep」誌・編集部はまともに対応しなかった。1年後の2022年、デューリングはパブピア(PubPeer)と「OSF Preprintsサーバー」論文でデータねつ造の証拠を具体的に示した。現在、「Sci Rep」誌・編集部とマンチェスター大学がネカト調査中。「学術誌のネカト対応怠慢・不作為」事件でもある。国民の損害額(推定)は1億円(大雑把)。
【追記】
・2023年12月12日記事:Dino extinction researcher committed research misconduct—but not fraud, university report finds | Science | AAAS
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
9.主要情報源
10.コメント
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●1.【概略】
ロバート・デパルマ(Robert DePalma、Robert A. DePalma、ORCID iD:?、写真出典)は、英国のマンチェスター大学(University of Manchester)・ポスドクで、医師免許は持っていない。専門は考古学(ヘルクリーク累層)である。
2021年(39歳)、「2021年12月のSci Rep」論文を出版した。
直ぐに、かつての共同研究者だったメラニー・デューリング(Melanie During)は、「2021年12月のSci Rep」論文のデータはねつ造だと「Sci Rep」誌・編集部に通報した。
ところが、「Sci Rep」誌・編集部はまともに対応しなかった。
1年後の2022年、デューリングはパブピア(PubPeer)と「OSF Preprintsサーバー」論文でデータねつ造の証拠を具体的に示した。
現在、「Sci Rep」誌・編集部とマンチェスター大学がネカト調査中である。
ヘルクリーク累層(Hell Creek Formation)で化石を採掘するロバート・デパルマ(Robert DePalma)(左)。写真出典
- 国:英国
- 成長国:米国
- 医師免許(MD)取得:なし
- 研究博士号(PhD)取得:米国のカンザス大学
- 男女:男性
- 生年月日:不明。仮に1982年1月1日生まれとする。2019年11月13日の新聞記事で37歳とあったので:The Boca Interview: Making Prehistory with Robert de Palma
- 現在の年齢:42 歳?
- 分野:考古学
- 不正論文発表:2021年(39歳)
- ネカト行為時の地位:マンチェスター大学・ポスドク
- 発覚年:2021年(39歳)
- 発覚時地位:マンチェスター大学・ポスドク
- ステップ1(発覚):第一次追及者はメラニー・デューリング(Melanie During)で、学術誌に通報したが埒が明かず、「パブピア(PubPeer)」と「OSF Preprintsサーバー」論文で詳細に公表
- ステップ2(メディア):「Science」、「パブピア(PubPeer)」、「Gizmodo」
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①学術誌「Sci Rep」誌・編集部。②マンチェスター大学・調査委員会
- 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし。現在調査中
- 大学の透明性:調査中(ー)
- 不正:ねつ造・改ざん
- 不正論文数:1報
- 時期:研究キャリアの中期
- 職:事件後に研究職(または発覚時の地位)を続けた(〇)
- 処分:なし。現在調査中
- 日本人の弟子・友人:不明
【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は1億円(大雑把)。
●2.【経歴と経過】
- 生年月日:不明。仮に1982年1月1日生まれとする。2019年11月13日の新聞記事で37歳とあったので:The Boca Interview: Making Prehistory with Robert de Palma
- xxxx年(xx歳):xx大学(xx)で学士号取得
- 20xx年(xx歳):米国のフロリダ・アトランティック大学(Florida Atlantic University)・非常勤講師
- 2019年(37歳)以前:米国のカンザス大学(University of Kansas)・院生。数年以内に研究博士号(PhD)を取得:考古学
- 2021年(39歳)以前:英国のマンチェスター大学(University of Manchester)・ポスドク
- 2021年12月8日(39歳):後で問題になる「2021年12月のSci Rep」論文を出版
- 2022年12月6日(40歳):「Science」誌で疑惑記事
- 2023年4月19日(41歳?)現在:マンチェスター大学がネカト調査中。マンチェスター大学・在職を維持
●3.【動画】
以下は事件の動画ではない。
【動画1】
動画:「THE LAST DAY OF DINOSAURS | ReYOUniverse – YouTube」(英語)25分17秒。
ReYOUniverse(チャンネル登録者数 17.5万人)が2022/03/06 に公開
●4.【日本語の解説】
★2019年4月3日:イヴァン・クーロンヌ(Ivan Couronne)、訳者名不記載(AFP):「小惑星の地球衝突、化石に「記録」された発生直後の様子」
米フロリダ・アトランティック大学(Florida Atlantic University)の非常勤教授(地球科学)を務めるデパルマ氏と共同執筆者11人は1日、今回の研究成果に関する予備的な論文を米科学アカデミー紀要(PNAS)に発表した。その内容は科学界を騒然とさせるものだった。
発掘調査を開始した当時、デパルマ氏はまだ米カンザス大学(University of Kansas)の大学院生だった。対象としたノースダコタ州の化石の発掘場所は、恐竜化石ハンターの間でヘル・クリーク累層(Hell Creek Formation)の「タニス(Tanis)」として知られている場所だ。
続きは、原典をお読みください。
●5.【不正発覚の経緯と内容】
★研究人生
ロバート・デパルマ(Robert DePalma)は、子供の頃から考古学を趣味として始め、高校生の頃は化石を集めていた。
30代前半までの経歴は不明だが、博物館の職員や化石発掘に貢献していた。
30代後半から大学院に進み、2020年(38歳)頃、米国のカンザス大学(University of Kansas)で研究博士号(PhD)を取得し、学術分野で活動するようになった。
2019年3月29日(37歳)、カンザス大学・院生だったロバート・デパルマ(Robert DePalma)は、ニューヨーカー紙に化石発掘を派手に取り上げられ、世間の脚光を浴びた。 → 2019年3月29日:The Day the Dinosaurs Died | The New Yorker(以下の写真2枚の出典同)
このニューヨーカー紙の記事は、「2019年4月のProc Natl Acad Sci U S A」に研究論文が掲載される3日前に公表された。論文の書誌情報を以下に示す。
- A seismically induced onshore surge deposit at the KPg boundary, North Dakota.Proc Natl Acad Sci U S A. 2019 Apr 23;116(17):8190-8199. doi: 10.1073/pnas.1817407116. Epub 2019 Apr 1.
★ 3 メートル問題
古生物学の中心的な謎の 1 つに「3 メートル問題(three-metre problem、three metre gap)」がある。 → 2011年7月13日記事:Closing the ‘three metre gap’ – BBC News
地表から3 メートルの地下にKT 境界(すぐ後で説明する)がある。KT 境界の下層から、恐竜の化石はほとんど発見されていない。それで、多くの古生物学者は、火山の噴火と気候変動が原因で、小惑星が衝突するずっと前に恐竜は絶滅したと主張してきた。
ところが、1970 年代後半、ウォルター・アルバレスと彼の父のルイス ・アルバレスは、レアメタルのイリジウムがKT 層に非常に大量の混入していることを発見し、1980年、小惑星の衝突が恐竜の絶滅を引き起こしたこと、そしてKT層はその出来事の一部だという説を発表した。
- Extraterrestrial cause for the cretaceous-tertiary extinction.
Alvarez LW, Alvarez W, Asaro F, Michel HV.
Science. 1980 Jun 6;208(4448):1095-108. doi: 10.1126/science.208.4448.1095.
とはいえ、ほとんどの古生物学者は、小惑星の偶然の衝突が地球上の生命の進化を劇的に変えたという考えを受け入れなかった。
1991 年、決定的な証拠が見つかった。ユカタン半島の数千フィートの堆積物の下に衝突クレーターが埋もれていることが見つかったのだ。 → 1991年9月論文:Chicxulub Crater: A possible Cretaceous/Tertiary boundary impact crater on the Yucatán Peninsula, Mexico | Geology | GeoScienceWorld
ということで、「KT 境界」の説明がてら、以下の現在の解釈を示しておこう。
―――以下、「2A03[K/T境界](EPACS 自然史博物館)、(保存版)」より改変引用
K/T境界(きょうかい)
K/T境界とは白亜紀(はくあき)と第三紀(だいさんき)との時代の境界(きょうかい)のことです。K/T境界は6,500万年前のことです。地質時代は、新しい生物があらわれたり絶滅(ぜつめつ)によって細かく分わけられています。K/T境界(きょうかい)だけが特にとり上げられるのは、いろいろな変なできごとがそこから見つかってきたからです。この境界の地層(ちそう)を調べますと、上下は同じ種類の岩石なのに、その境界だけ違(ちが)う地層がはさまっています。イタリアのグッビオのK/T境界が最初に注目(ちゅうもく)され、有名になりました。
写真 K/T境界
K/T境界(きょうかい)の巨大隕石(きょだいいんせき)は、ユカタン半島(はんとう)に落ちたのではないかということが、人工衛星(じんこうえいせい)による調査(ちょうさ)でわかってきました。K/T境界でのできごとは恐竜絶滅(きょうりゅうぜつめつ)もひきおこしたと考えられています。
★恐竜最後の日
上述したように、約6,600 万年前の春、小惑星が北米ユカタン半島の浅い海に衝突し、衝撃波が米国を襲い、大規模な水位上昇を引き起こした。その時、北米の植物や動物(含・恐竜)が埋められ、地下に堆積した。その瞬間、白亜紀(Cretaceous period)が終わり、古第三紀(Paleogene period)が始まった。
放出されたエネルギーは、広島型原爆 10 億個分を超えていた。
以下の1分強の無言語動画「The Last Days of the Dinosaurs.」がその様子を描いている。
米国のモンタナ州東部、ノースダコタ州、サウスダコタ州、ワイオミング州にまたがる地域に、白亜紀後期(6700から6500万年前)のヘルクリーク累層(Hell Creek Formation)が露出していて、驚くほどたくさんの化石が見つかることを、2008年、ノース ジョージア大学(University of North Georgia)のスティーブ ニクラス教授(Steve Nicklas、左写真出典)と考古学者のロブ・スーラ(Rob Sula、右写真出典)が発見した。
古代エジプトで遺跡が見つかった地域である「タニス(Tanis)」にちなんで、この地域も「タニス(Tanis)」と呼ばれている(Tanis (fossil site) – Wikipedia)。
「タニス(Tanis)」のヘルクリーク累層(Hell Creek Formation)は、恐竜時代の終焉の地層である。
ヘルクリーク累層(Hell Creek Formation)の位置。小惑星が衝突したのはメキシコの赤印の位置である。写真出典
以下は現代のヘルクリーク累層(写真出典:Hell Creek Recreation Area – Wikipedia)
以下は「タニス(Tanis)」のヘルクリーク累層(Hell Creek Formation)で採掘するロバート・デパルマ(Robert DePalma)。写真出典https://www.afpbb.com/articles/-/3219122?pid=21132139&page=1
★メラニー・デューリング(Melanie During)
メラニー・デューリング(Melanie During、以下の写真出典)はデパルマ事件の第一次追及者である。デパルマのかつての共同研究者で、接点が多い。ある意味、仲間内である。
デューリングの経歴を示しておこう。この節の年齢はデパルマではなく、デューリングの年齢である。
主な出典:Melanie During | LinkedIn、(保存版)
- 生年月日:不明。仮に1991年1月1日生まれとする。大学・学部に入学した2009年の時を18歳とした
- 2009~2014年(18~23歳?):オランダのアムステルダム大学(Universiteit van Amsterdam)で学士号取得:地質地球科学
- 2014~2016年(23~25歳?):オランダのユトレヒト大学(Universiteit Utrecht)で修士号取得:地質地球科学
- 2015~2018年(24~27歳?):オランダのアムステルダム自由大学 (Vrije Universiteit Amsterdam)で修士号取得:地質地球科学
- 2019年8月~2020年12月(28~29歳?):スウェーデンのウプサラ大学(Uppsala University)・研究助手
- 2021年3月(30歳?):同大学・博士院生
- 2021年12月8日(30歳?):後で問題になるデパルマの「2021年12月のSci Rep」論文が出版された
- 2022年12月6日(31歳?):「Science」誌のネカト疑惑記事の協力
★不正発覚の経緯
2021年6月xx日(39歳)、スウェーデンのウプサラ大学の博士院生・メラニー・デューリング(Melanie During)は、学術誌「Nature」に論文を投稿した。投稿した時点の原稿では、ロバート・デパルマ(Robert DePalma)は共著者に入っていた。
論文は、米国のノースダコタ州で発見した化石化した魚を研究することで、白亜紀の終わりに大きな小惑星が地球に激突したという結論だった。
2022年2月23日、デューリングの論文が出版された(以下)。出版した論文では、ロバート・デパルマ(Robert DePalma) は著者から削除され、共著者になっていなかった。
- The Mesozoic terminated in boreal spring.
During MAD, Smit J, Voeten DFAE, Berruyer C, Tafforeau P, Sanchez S, Stein KHW, Verdegaal-Warmerdam SJA, van der Lubbe JHJL.
Nature. 2022 Mar;603(7899):91-94. doi: 10.1038/s41586-022-04446-1. Epub 2022 Feb 23.
というのは、その2か月前の2021年12月8日、 ロバート・デパルマ(Robert DePalma) は、「まったく別のデータセットに基づいて、本質的に同じ結論に達した」という「2021年12月のSci Rep」論文を第一著者として出版していたからである。この論文にはメラニー・デューリング(Melanie During)は共著者に入っていない。
- Seasonal calibration of the end-cretaceous Chicxulub impact event.
DePalma RA, Oleinik AA, Gurche LP, Burnham DA, Klingler JJ, McKinney CJ, Cichocki FP, Larson PL, Egerton VM, Wogelius RA, Edwards NP, Bergmann U, Manning PL.
Sci Rep. 2021 Dec 8;11(1):23704. doi: 10.1038/s41598-021-03232-9.
デパルマは、デューリングの元共同研究者で、論文投稿時はマンチェスター大学(University of Manchester)のポスドクだった。
どちらの論文も、6,600 万年前のタニス産の化石化した魚であるパドルフィッシュの顎骨とチョウザメのヒレの棘を研究していた。
魚には、同位体の記録と、動物の成長が季節にどのように対応しているかのデータを証拠として示していた。
魚の残骸は、魚が死んだ時期を明らかにしていた。つまり、壊滅的な小惑星がユカタン半島に衝突した正確な時である。
★バトル
デューリングは、デパルマが発見の功績を横取りしようと、「まったく同じデータセット」から抽出したデータを基に、デパルマ自身がデータをねつ造・改ざんし、「2021年12月のSci Rep」論文を発表したと推察した。
スウェーデンのウプサラ大学の著名な考古学者でデューリングの指導教授のパー・アールバーグ教授(Per E. Ahlberg – Wikipedia、写真出典)、そして、「Science」誌の担当者もデューリングのこの推察と同じ考えだった。
デューリングは、学術誌「Sci Rep」・編集者に連絡し、論文データが異常(ハッキリ言えば、盗用)だと指摘した。
1年近く経過した。
しかし、学術誌「Sci Rep」・編集者は満足な対応をしなかった。
それで、2022年12月3日、パブピア(PubPeer)に状況を説明する長い文書を投稿した。以下はその冒頭(出典:PubPeer)。
デューリングは、さらに、2022年12月6日、アールバーグ教授らと共著で「OSF Preprintsサーバー」に論文を投稿した。 →
OSF Preprints | Calibrations without raw data – a response to “Seasonal calibration of the end-cretaceous Chicxulub impact event”
以下は上記論文(18頁)の冒頭部分(出典:原著論文)。
デューリングらは、デパルマ論文の問題点を、「同位体分析の異常、一次データの不足、実験方法の不十分な説明、どこで分析したか分析を行なった実験室を示していない」、など多数の問題がある、と指摘している。
一部を具体的に書くと、デパルマ論文では、2017年に亡くなった考古学者カーティス・マッキーニー(Curtis McKinney)が収集した同位体を分析している。しかし、その分析をどこで行なったかを示していない。
デパルマ論文が示している折れ線グラフと図には多数の異常な点が見つかっている。データの測定点が欠落していたり重複している。それに、無意味なエラー・バーもある。分析ソフトで処理したデータを基に描いたグラフと図ではなく、手作業で作ったと思われる。
デパルマ論文の折れ線グラフと図の基礎となる生データは公開されていない。アールバーグ教授は、生データが存在するかどうか、疑問だと述べている(つまり、生データはデューリングらのデータセットだから)。
そして、2022年12月9日、「2021年12月のSci Rep」論文に懸念表明が付いた。
「編集者注: 読者は、この原稿で提示されたデータの信頼性が現在疑問視されていることに注意してください。この問題が解決され次第、適切な編集上の措置が取られます」と論文に付記されたのだ。
2022年12月9日、アールバーグ教授とデューリングは、デパルマのネカト疑惑をマンチェスター大学に申し立てた、とツイートした。
デパルマは、「研究結果を先に設定し、その研究結果に合わせてデータやサンプルを作るなど絶対にしていません」とネカト行為を強く否定している。
「「2021年12月のSci Rep」論文の研究結果は、デューリングがこの研究トピックに関心を持つよりもずっと前から研究していました。最終的には、2つの研究チームの論文が数週間以内に掲載されましたが、両方の研究は補完的な内容で、論文は相互に強化されてよかったと思います」とデパルマは述べている。
生データについて聞かれたデパルマは、「カーティス・マッキーニーが収集した同位体を分析した私の共同研究者は、論文が発表される何年も前に死亡しています。それで、亡くなった共同研究者の研究室からデータを回収できなかったので生データを示せないのです」と説明した。
★第三者
カナダのレジャイナ大学(University of Regina)で考古学の物理学を研究しているマウリシオ・バルビ教授(Mauricio Barbi、写真出典)は、「ここには何か怪しいものがあります。その説明が必要です。・・・ 生データが提供されれば、論文はただの紙くずになり、そうでない場合は、詐欺の可能性があります」と批判的だ。
カリフォルニア工科大学(California Institute of Technology)の同位体分析研究者であるジョン・アイラー教授(John Eiler、写真出典)は、「肝心なのは、主要な実験記録です。著者のデパルマがそれを提出するまで、この騒ぎは収まらないでしょう」と付け加えた。
ただ、「2021年12月のSci Rep」論文の出版直後にこの論文の精査した別の2人の研究者は、「論文データの信頼性に満足しており、不信感を抱く理由はなかった」、と述べている。
「Sci Rep」誌のラファル・マルザレク編集長(Rafal Marszalek)は、この論文の問題を認識していて、現在、調査中だと述べた。
そして、「調査中なので、詳細を公表しません」と、情報共有を拒否した。
★2人の関係
2017年、メラニー・デューリング(Melanie During)はアムステルダム自由大学の修士院生だった時、米国のヘルクリーク累層(Hell Creek Formation)の「タニス(Tanis)」に行った。
そこで、デューリングの指導教授・ジャン・スミット教授が、当時カンザス大学ローレンス校の院生だったデパルマを紹介してくれた。
「タニス(Tanis)」は私有地なので、化石発掘には、土地所有者の許可が必要だ。
デパルマ は、「タニス(Tanis)」の化石発掘の許可を得ていた。他の研究者が、そこで化石探索をする許認可権限を持ち、化石探索をコントロールしていた。
デューリングはその時、デパルマは 10日間一緒に野外で過ごし、いくつかのパドルフィッシュの化石と、チョウザメ目と呼ばれる現代のチョウザメに密接に関連する種を発掘した。
「これまでにかなりの数の発掘調査を行なってきましたが、これは私が今まで取り組んできた中で最も驚異的な化石の量でした」と、デューリングは述べ、「どこを向いても化石がありました」と続けた。
デューリングはアムステルダムに戻った後、デパルマに、彼女が掘り出したサンプル、主にチョウザメの化石を送るように頼んだ。
デパルマはデューリングに化石を送り、後には、彼が自分で発掘したパドルフィッシュの化石の一部も送ってくれた。
デューリングはフランスのグルノーブルにある欧州シンクロトロン放射光施設で、化石を非常に高解像度のX線画像分析を行ない、球体と呼ばれる小さなガラスの破片を明らかにした。これは、衝突現場から投げ出され、世界中に雨が降ったと思われる溶岩のシャワーの残骸である。
なお、デパルマらは、「2019年4月のProc Natl Acad Sci U S A」 論文(以下。前出)で、別の施設での分析でこれらの小球体を見つけたと説明していた。
- A seismically induced onshore surge deposit at the KPg boundary, North Dakota.Proc Natl Acad Sci U S A. 2019 Apr 23;116(17):8190-8199. doi: 10.1073/pnas.1817407116. Epub 2019 Apr 1.
魚の鰓に小球体が見つかったという事実は、動物が衝突後数分から数時間以内に死亡したことを示唆していた。
化石は大惨事の季節への手がかりも持っていた。チョウザメのヒレにある骨細胞の薄い層は、毎年春に厚くなり、秋には薄くなる。季節の変化に応じて変化していた。
X線は、動物が死亡した時、これらの層が厚くなり始めていることを明らかにした。つまり、季節は春だったことを示していた。
そして質量分析の結果、パドルフィッシュのひれの骨には炭素 13 のレベルが上昇していたことが明らかになった。この同位元素は、現生のパドルフィッシュ、そしておそらく近縁の太古の近縁種である春に、炭素 13 を豊富に含む動物プランクトンをより多く食べる時期に豊富に存在する。
デューリングは、調査結果を2018年の修士論文にまとめ、そのコピーを 2019年2月に デパルマに送付した。
同年、論文がオランダで受賞したことで、彼女は学術誌に研究論文として発表する準備を始めた。
それからの 2 年間、デューリングはデパルマが共著者になることを繰り返し依頼したが、デパルマは彼女の論文の共著者になることを拒否した。
それでも、デューリングは、 2021 年 6 月 22 日に論文原稿を「Nature」誌に投稿したとき、デパルマを 2 番目の著者としていた。
2021 年 8 月下旬、ところが、デパルマは、彼自身の論文をマンチェスター大学(University of Manchester)の指導教授であるフィリップ・マニング(Phillip Manning、写真出典)らと共著で学術誌「Scientific Reports(Sci Rep)」に投稿した。
デパルマは、「デューリングの論文のどの部分も、私たちの研究内容とは何の関係もありませんでした」と主張している。
「Science」誌 は、マニング教授を含むこの論文の他の共著者にコメントを求めたが、誰一人、返答してこなかった。
●【ねつ造・改ざんの具体例】
★「2021年12月のSci Rep」論文
「2021年12月のSci Rep」論文の書誌情報を以下に示す。2022年12月9日、懸念表明が付いたが、2023年4月9日現在、撤回されていない。
- Seasonal calibration of the end-cretaceous Chicxulub impact event.
DePalma RA, Oleinik AA, Gurche LP, Burnham DA, Klingler JJ, McKinney CJ, Cichocki FP, Larson PL, Egerton VM, Wogelius RA, Edwards NP, Bergmann U, Manning PL.
Sci Rep. 2021 Dec 8;11(1):23704. doi: 10.1038/s41598-021-03232-9.
デパルマ論文が示している折れ線グラフと図には多数の異常な点が見つかっている。データの測定点が欠落していたり重複している。それに、無意味なエラー・バーもある。分析ソフトウェアで処理したデータを基に描いた折れ線グラフと図ではなく、手作業で作ったと思われる。
メラニー・デューリング(Melanie During)がパブピアで問題の図を指摘している。
以下に指摘された図1~図9を示すが、図は多量である。
白楽は、問題点を十分把握できないので、ネカトかどうか判断できない。
以下のパブピアの図の出典:https://pubpeer.com/publications/9B9D041BD4D3633C2D4F99D002DF87
――――――――――以下は図1 ――――――――――以下は図2 ――――――――――以下は図3 ――――――――――以下は図4
――――――――――以下は図5 ――――――――――以下は図6
――――――――――以下は図7
――――――――――以下は図8
――――――――――以下は図9
●6.【論文数と撤回論文とパブピア】
★パブメド(PubMed)
2023年4月9日現在、パブメド(PubMed)で、ロバート・デパルマ(Robert DePalma、Robert A. DePalma)の論文を「Robert A. DePalma[Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2013~2021年の9年間の4論文がヒットした。
2023年4月9日現在、「Retracted Publication」のフィルターでパブメドの論文撤回リストを検索すると、0論文が撤回されていた。
★撤回監視データベース
2023年4月9日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回監視データベースでロバート・デパルマ(Robert DePalma、Robert A. DePalma)を「DePalma」で検索すると、0論文が撤回されていた。
★パブピア(PubPeer)
2023年4月9日現在、「パブピア(PubPeer)」では、ロバート・デパルマ(Robert DePalma、Robert A. DePalma)の論文のコメントを「”Robert A. DePalma”」で検索すると、本記事で問題にした「2021年12月のSci Rep」論文・1論文にコメントがあった。
●7.【白楽の感想】
《1》不明
ロバート・デパルマ(Robert DePalma)の「2021年12月のSci Rep」論文のデータがねつ造・改ざんだとの告発だが、白楽はその妥当性を判断できない。
ねつ造・改ざんが濃厚だとは思うが、わからない。
告発したデューリングも告発されたデパルマも、普通の研究者とはかなり異なる。
デパルマが所属していた(いる?)マンチェスター大学がネカト調査中なので、その結果待ちだ。
ただ、このような不明確な段階で、ネカト事件として「Science」誌が状況を詳細に記事にした。
この「Science」誌のような姿勢と分析力が日本のメディアにはない。日本のメディア、何とかならないだろうか?
毎日新聞がスクープした友田明美の査読偽装事件は例外的である。
《2》見た目
人を見た眼で判断してはいけないけど、告発しているメラニー・デューリング(Melanie During)は、長い髪をピンクに染めて、研究者としては独特な外見である。写真出典ココとココ
しかも、博士院生である。
このような人が研究成果の所有権を主張した時、主張は通りにくい。
デパルマのデータねつ造事件なのだが、事件を複雑にしている。
デューリングが被盗用だと訴えても、被害妄想と思う人も多くいるだろう。
白楽は研究室主宰していた現役時代、学会発表や論文執筆の時、著者名の順番に不満な院生から、自分の研究を他の院生がとったと院生に非難された。
他の院生の貢献度の方が高いことをその院生は知らなかったことが原因だと白楽は思ったが、あるいは、仲が悪い、単に文句を言いたかった、研究以外のことで欲求不満だったのかもしれない。
とにかく理不尽ことを言う複数の院生に遭遇した。
理不尽なことを言う教員にはもっと多く遭遇した。
大学教員・院生は、全体が見えない、クセの強い人ばかりだった。白楽もその1人なんだろうけど。
そして、理不尽なネカト対処をする日本の大学は(大学管理側の教授は)、はるかに多い。
《3》学歴
人を学歴で判断してはいけないけど、告発されているロバート・デパルマ(Robert DePalma)は、研究者としてまともな経歴を歩んでいない。子供のころからの考古学ファンで、問題の論文出版した時は39歳のポスドクである。
それまで、論文を3報しか出版していない。
このような人が怪しい論文を出版した時、多くの人は、他人の研究成果を横取りした、あるいは、データをねつ造して論文を出版したと、強く思うだろう。
《4》対立
デパルマ事件では、英国のマンチェスター大学(University of Manchester)のフィリップ・マニング教授(Phillip Manning)が院生・デパルマの暴走(ネカト?)を許しているというか、止めない。
デューリングの指導教授であるスウェーデンのウプサラ大学のパー・アールバーグ教授(Per E. Ahlberg – Wikipedia)は、デューリングを支援している。
両教授も「なんだかなあ~」である。なんとかすべきだ。
デパルマとデューリングの争いが、マニング教授とアールバーグ教授の戦い、そして、マンチェスター大学のウプサラ大学の激突、英国とスウェーデンの対立と、発展・・・していきません。
莫大な利益につながる特許は絡んでいないので、エイズウイルス発見のような国レベルの対立にはならないでしょう。 → 2009年10月14日記事:エイズウイルス発見の真実
出典:2022年12月6日の「Science」記事:Paleontologist accused of faking data in dino-killing asteroid paper | Science | AAAS。Photographer: NASA/Taylor Mickal
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日本の人口は、試算では、2100年に現在の7~8割減の3000万人になるとの話だ。国・社会を動かす人間も7~8割減る。現状の日本は、科学技術が衰退し、かつ人間の質が劣化している。日本がスポーツ、観光、娯楽を過度に追及する現状は日本の衰退を早め、ギリシャ化を促進する。今後、科学技術と教育を基幹にし、人口減少に見合う堅実・健全で成熟した良質の人間社会を再構築すべきだ。公正・誠実(integrity)・透明・説明責任も徹底する。そういう人物を昇進させ、社会のリーダーに据える。
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●9.【主要情報源】
① 2019年3月29日のダグラス・プレストン(Douglas Preston)記者の「New Yorker」記事:The Day the Dinosaurs Died | The New Yorker
② 2022年12月6日のマイケル・プライス(Michael Price)記者の「Science」記事:Paleontologist accused of faking data in dino-killing asteroid paper | Science | AAAS
③ 2023年1月5日のアイザック・シュルツ(Isaac Schultz)記者の「Gizmodo」記事:Paleontologist Accused of Making Up Data on Dinosaur-Killing Asteroid Impact
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