ブルース・マードック(Bruce Murdoch)、キャロライン・バーウッド(Caroline Barwood)(豪)

2015年5月17日掲載、2025年11月25日更新

長文注意】。マードックは6 0代のクイーンズランド大学・教授でパーキンソン病の治療法で有名だった。20代の女性のバーウッドはマードック教授の研究室で博士号を取得し、同研究室のポスドクになった。2人は性的に親密だった。2012年(マ62歳、バ27歳)、2人が共著の「2012年2月のEur J Neurol」論文にねつ造が発覚した。クイーンズランド大学とクイーンズランド州の犯罪汚職委員会が捜査にはいり、刑事事件になった。2016年(マ66歳、バ31歳)、2人とも、詐欺罪で懲役2年・執行猶予2年の有罪となった。2人は、研究不正で刑事告発され有罪になったオーストラリアで最初の研究者である。犯罪汚職委員会の調査報告書は詳細で参考になる。この事件で台湾からの留学生ドミニクがネカト被災者になった状況も白楽記事に加えた。国民の損害額(推定)は10億円(大雑把)。

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白楽注:2人を区別しやすいように、マードックをマードック教授と教授を加えた。ーーーーーーー
目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
9.主要情報源
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●1.【概略】

ブルース・マードック(Bruce Murdoc、Bruce E Murdoch、写真出典)はオーストラリアのクイーンズランド大学(University of Queensland)・教授で、専門は神経科学だった。

マードックは、パーキンソン病(Parkinson’s disease)の治療法開発で有名な研究者である。13冊の著書があり、380報の査読論文を出版していた。

1999年1月~ 2009年12月の10年間、クイーンズランド大学・健康リハビリ科学部長(School of Health and Rehabilitation Sciences)を務め、クイーンズランド大学・神経性コミュニケーション障害研究センター(Centre for Neurogenic Communication Disorders Research)の創設者でもあった。

s200_caroline_barwoodキャロライン・バーウッド(Caroline Barwood、Caroline H S Barwood、写真出典)はオーストラリアのクイーンズランド大学(University of Queensland)のマードック教授研究室で、2011年3月に博士号を取得し、同研究室のポスドクになった。医師免許は持っていない。

2人は性的に親密な仲だった。

2012年(マ62歳、バ27歳)、2011年に投稿した2人が著者の「2012年2月のEur J Neurol」論文にねつ造が発覚した。

クイーンズランド大学とクイーンズランド州の犯罪汚職委員会が捜査にはいり、刑事事件となり、裁判になった。

2016年(マ66歳、バ31歳)、2人とも、詐欺罪で懲役2年・執行猶予2年の有罪となった。 → 2016年10月25日の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:Parkinson’s researcher avoids jail following fraud conviction – Retraction Watch

2人は、研究不正で刑事告発され、有罪になったオーストラリアで最初の研究者である。

なお、この事件で台湾からの留学生ドミニクがネカト被災者になった。

クイーンズランド大学は、「Times Higher Education」の大学ランキングでオーストラリア第4位の大学である(World University Rankings 2014-15: Oceania – Times Higher Education)。

クイーンズランド大学(University of Queensland)。写真出典

★ブルース・マードック教授(Bruce Murdoc)

  • 国:オーストラリア
  • 成長国:?
  • 医師免許(MD)取得:xx大学?
  • 研究博士号(PhD)取得:xx大学?
  • 男女:男性
  • 生年月日:1950年。仮に1950年1月1日とする
  • 現在の年齢:75歳
  • 分野:神経科学
  • 不正論文発表:2011年~2017年(61~67歳)の7年間
  • 不正論文発表時地位:クイーンズランド大学・教授、元教授
  • 発覚年:2012年(62歳)
  • 発覚時地位:クイーンズランド大学・教授
  • ステップ1(発覚):第一次追及者は不明。クイーンズランド大学の研究者と思われる
  • ステップ2(メディア):「撤回監視(Retraction Watch)」、「ABC News」、「Brisbane Times」など多数
  • ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①クイーンズランド大学・調査委員会。② クイーンズランド州・犯罪汚職委員会(Crime and Corruption Commission Queensland: CCC )。③裁判所
  • 大学・調査報告書のウェブ上での公表:ない。但し、犯罪汚職委員会(Crime and Corruption Commission Queensland: CCC )の詳細な調査報告書がある:Australia’s first criminal prosecution for research fraud: a case study from The University of Queensland
  • 不正:ねつ造
  • 不正論文数:2011年~2017年の 5論文が撤回
  • 時期:研究キャリアの後期
  • 職:事件後に研究職(または発覚時の地位)を続けられなかった(Ⅹ)
  • 処分:詐欺罪で懲役2年の有罪、2年間の執行猶予付き。大学を辞職
  • 対処問題:
  • 特徴:研究不正で刑事事件の有罪になったオーストラリアの最初の研究者
  • 日本人の弟子・友人:不明

★キャロライン・バーウッド(Caroline Barwood)

  • 国:オーストラリア
  • 成長国:オーストラリア
  • 研究博士号(PhD)取得:クイーンズランド大学(博士論文:Modulation of language performance via neuronavigationally guided transcranial magnetic stimulation: Application to Aphasia Rehabilitation – UQ eSpace
  • 男女:女性
  • 生年月日:1985年。仮に、1985年1月1日とした
  • 現在の年齢:40歳
  • 分野:神経科学
  • 不正論文発表:2011年~2017年(26~32歳)の7年間
  • 不正論文発表時地位:クイーンズランド大学・院生、ポスドク、元ポスドク
  • 発覚年:2012年(27歳)
  • 発覚時地位:クイーンズランド大学・ポスドク
  • ステップ1(発覚):第一次追及者は不明。クイーンズランド大学の研究者と思われる
  • ステップ2(メディア):「撤回監視(Retraction Watch)」、「ABC News」、「Brisbane Times」など多数
  • ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①クイーンズランド大学・調査委員会。② クイーンズランド州・犯罪汚職委員会(Crime and Corruption Commission Queensland: CCC )。③裁判所
  • 大学・調査報告書のウェブ上での公表:ない。但し、犯罪汚職委員会(Crime and Corruption Commission Queensland: CCC )の詳細な調査報告書がある:Australia’s first criminal prosecution for research fraud: a case study from The University of Queensland
  • 不正:ねつ造
  • 不正論文数:2012年~2013年の2年間の3論文が撤回
  • 時期:研究キャリアの初期
  • 職:事件後に研究職(または発覚時の地位)を続けられなかった(Ⅹ)
  • 処分:詐欺罪で懲役2年の有罪、2年間の執行猶予付き。大学を辞職
  • 対処問題
  • 特徴:研究不正で刑事事件の有罪になったオーストラリアの最初の研究者
  • 日本人の弟子・友人:不明
  • 結末:辞職、詐欺罪で懲役2年の有罪、2年間の執行猶予付き。

【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は10億円(大雑把)。

●2.【経歴と経過】

★ブルース・マードック教授(Bruce Murdoc):次々項(事件の年月日経過)に詳細な経過を示す

  • 生年月日:不明。仮に、1950年1月1日生まれとした。2014年12月12日の記事に64歳とあった。
  • xxxx年(xx歳):研究博士号(PhD)または医師免許(MD)、あるいは両方を取得
  • 1984年11月(34歳):クイーンズランド大学・健康リハビリ科学部(School of Health and Rehabilitation Sciences)・講師
  • xxxx年(xx歳):同・正教授
  • 1999~2009年(49~59歳):同・学部長
  • 2011年4月(61歳):後で問題視される「2012年2月のEur J Neurol」論文を投稿
  • 2012年(62歳):「2012年2月のEur J Neurol」論文の不正が発覚
  • 2013年7月5日(63歳):クイーンズランド大学を辞職
  • 2014年(64歳):ブリスベン治安判事裁判所(Brisbane Magistrates Court)で有罪
  • 2025年11月24日(75歳)現在:?

★キャロライン・バーウッド(Caroline Barwood):次項(事件の年月日経過)に詳細な経過を示す

出典:Australia’s first criminal prosecution for research fraud: a case study from The University of Queenslandの10ページ

  • 生年月日:仮に、1985年1月1日生まれとした。2016年10月25日の記事に31歳とあった。2014年10月31日の記事には39歳とあるが間違いらしい。
  • 3deec519af7b785fa9_l_3b54c2007年(22歳):クイーンズランド大学・研究助手。マードック教授研究室
  • 2011年4月(26歳):後で問題視される「2012年2月のEur J Neurol」論文を投稿
  • 2011年6月(26歳):クイーンズランド大学で研究博士号(PhD)取得:マードック教授
  • 2011年7月(26歳):クイーンズランド大学・ポスドク
  • 2012年(27歳):「2012年2月のEur J Neurol」論文の不正が発覚
  • 2013年10月11日(28歳):クイーンズランド大学を辞職
  • 2014年(29歳):ブリスベン治安判事裁判所(Brisbane Magistrates Court)で有罪
  • 2025年11月24日(40歳?)現在:言語聴覚士(speech pathologist

★事件の年月日経過

主な出典:2017年12月1日、クイーンズランド州政府の犯罪汚職委員会(Crime and Corruption Commission Queensland: CCC )の調査報告書:Australia’s first criminal prosecution for research fraud: a case study from The University of Queensland

  1. 2011年4月6日、マードック教授とバーウッドともう1人が著者の「Treatment of articulatory dysfunction in Parkinson’s disease using repetitive transcranial magnetic stimulation(反復経頭蓋磁気刺激[rTMS]を用いたパーキンソン病における構音障害の治療)」論文を、「Eur J Neurol」誌に投稿。
  2. 2011年7月26日、論文が受理された。
  3. 2011年7月・8月、クイーンズランド大学の研究者A(名前不記載)は、初めて「2012年2月のEur J Neurol」論文を知り、論文を詳細に読んだ後、「何かおかしい」と思った。
  4. 2011年9月、マードック教授とバーウッドは、「2012年2月のEur J Neurol」論文の研究成果に基づき、複数の団体に助成金の申請をした。
  5. 2011年10月4日、「2012年2月のEur J Neurol」論文がオンライン版で公開された。
  6. 2012年6月頃、「Eur J Neurol」誌の編集スタッフが「2012年2月のEur J Neurol」論文がおかしいと思った。
  7. 2012年9月、匿名者が、クイーンズ大学・副学長(研究・国際担当)に、マードック教授らの「2012年2月のEur J Neurol」論文はネカト疑惑があると告発した。
  8. 2012年9月16日、クイーンズランド大学・副学長(研究・国際担当)は、「2012年2月のEur J Neurol」論文に研究不正の疑いがあると犯罪汚職委員会(CCC)に報告した。
  9. 犯罪汚職委員会はクイーンズランド大学が調査するよう指示した。
  10. 2013年5月21日、クイーンズランド大学の予備調査は、本調査が必要と判定した。
  11. 2013年6月20日、クイーンズランド大学はマードック教授とバーウッド博士に関する懸念を犯罪汚職委員会(CCC)に報告した。
  12. 2013年6月25日、犯罪汚職委員会(CCC)はクイーンズランド大学に調査を委託した。
  13. 2013年7月5日、マードック教授はクイーンズランド大学を辞任し、「教授」の称号を失った。辞任したので、クイーンズランド大学はマードック教授を懲戒処分しなかった。
  14. 2013年7月12日、クイーンズランド大学・学術不正行為審査委員会が更なる調査のために設置された。
  15. 2013年8月1日、クイーンズランド大学・学術不正行為審査委員会は、バーウッド博士とマードック教授への聞き取り調査を開始した。
  16. 2013年8月9日、クイーンズランド大学は「Eur J Neurol」誌に、論文撤回を要請した。
  17. 2013年9月3日、クイーンズランド大学は「2012年2月のEur J Neurol」 論文の撤回要請について「クイーンズランド大学は撤回に至った経緯を調査中」とする公式声明を発表した。
  18. 2013年9月3日、クイーンズランド大学は神経性コミュニケーション障害研究センター(CNCDR)を閉鎖した。
  19. 2013年9月6日、クイーンズランド大学は犯罪汚職委員会(CCC)に、マードック教授とバーウッド博士に対する申し立てについて報告した。
  20. 2013年10月11日、バーウッド博士はクイーンズランド大学を辞任した。辞任したので、クイーンズランド大学はマードック教授を懲戒処分しなかった。
  21. 2013年11月7日、クイーンズランド大学は犯罪汚職委員会(CCC)がクイーンズランド大学の調査結果を承認したと公式声明「クイーンズランド大学の研究倫理調査」を発表した。
  22. 2014年1月20日、クイーンズランド大学は、マードック教授とバーウッド博士に関連する100件以上の論文の調査について、「クイーンズランド大学は第2段階の研究不正調査をする」という公式声明を発表した。
  23. 2014年4月4日、クイーンズランド大学は、マードック教授とバーウッド博士の「2012年2月のEur J Neurol」 論文が撤回されたという公式声明を発表した。
  24. 2014年4月8日、クイーンズランド大学は、研究助成機関への進捗報告書の改ざんに関するさらなる懸念を犯罪汚職委員会(CCC)に報告した。
  25. 2014年6月6日、クイーンズランド大学はグループ・オブ・エイト(Go8)加盟大学とのワークショップ開催について、「クイーンズランド大学がGo8と研究不正行為調査に関するワークショップを開催」という公式声明を発表しました。
  26. 2014年10月31日、犯罪汚職委員会(CCC)はバーウッド博士が詐欺関連の犯罪で出廷通知を受けたことについて、「大学の研究者が詐欺犯罪で出廷」という公式声明を発表した。
  27. 2014年12月12日、犯罪汚職委員会(CCC)はマードック教授が詐欺関連の犯罪で出廷通知を受けたことについて、「元研究者が詐欺容疑で出廷」という公式声明を発表した。
  28. 2016年4月1日、マードック教授は詐欺および詐欺未遂の17件の罪で有罪判決を受けた。
  29. 2016年10月27日、バーウッド博士は詐欺と詐欺未遂の5件の罪で有罪判決を受けた。

●5.【不正発覚の経緯と内容】

★研究内容

パーキンソン病は、

安静時の手足のふるえ、筋強剛(手足の曲げ伸ばしが固くなる)、無動・動作緩慢などの運動症状だが、様々な全身症状・精神症状も合併する。進行性の病気だが症状の進み具合は通常遅いため、いつ始まったのか本人も気づかないことが多く、また経過も長い。

根本的な治療法は2012年現在まだ確立していないが、対症的療法(症状を緩和するための治療法)は数十年にわたって研究・発展しており、予後の延長やQOLの向上につながっている。(パーキンソン病 – Wikipedia

対症的療法はいくつか報告されているが、その1つに経頭蓋磁気刺激法(けいとうがいじきしげきほう、TMS: Transcranial magnetic stimulation)がある。

Transcranial_magnetic_stimulation経頭蓋磁気刺激法は、頭の周囲に装置を取り付け、磁場を急に変えることで脳に弱い電流を流し、脳内の神経細胞を刺激する。非侵襲的な方法で、1980年代に開発された。

この方法を何度も繰り返す反復経頭蓋磁気刺激法(はんぷくけいとうがいじきしげきほう、rTMS:Repetitive transcranial magnetic stimulation)は、多くの神経症状 (例えば、頭痛、脳梗塞、パーキンソン症候群、ジストニア、耳鳴り) や精神医学的な症状 (例えば うつ病、幻聴) に有効な治療法であることが示されている(出典:経頭蓋磁気刺激法 – Wikipedia)。

ブルース・マードック教授(Bruce Murdoc)は、パーキンソン病患者に経頭蓋磁気刺激法を施し、コミュニケーション(話す、文章理解)の改善に成功したパイオニアであり、権威だった。 → 2012年7月18日記事:Magnetic Pulse Brain Stimulation Helps Stroke Patients Regain SpeechNeuroStar-TMS-Therapy-System経頭蓋磁気刺激装置。写真出典

マードック教授は、「5年以上パーキンソン病を患っていた患者に経頭蓋磁気刺激法を4年間施した結果、コミュニケーション(話す)の顕著な改善が見られた」と、2012年に述べている。

 参考になるかもしれないので、同時期に書かれた、井上雄吉(富山県高志リハビリテーション病院 神経内科)の経頭蓋磁気刺激法に関する日本語の総説も示しておく。 → 「失語症に対する反復経頭蓋磁気刺激治療(rTMS)の有用性」、(高次脳機能研究 32(2): 246 ~ 256,2012)(受稿日 2012 年 4 月 25 日)。

★発覚の経緯と調査の経緯

研究不正と直接の因果関係はつかみにくいが、人間関係は事件の背景として重要である。

キャロライン・バーウッド(20代後半の美女、Caroline Barwood)はブルース・マードック教授(60代男性のボス、Bruce Murdoch、写真出典)と「intimate relationship」だった(出典)。

「intimate relationship」は辞書によると「親密な関係、性的関係を含めたお付き合い」(出典)とあるので、白楽記事では「性的に親密だった」とした。

「犯罪の陰に女あり」という言葉があるが、「ネカトの陰に男女関係あり」という気がした事件である。

この事件の要点を最初に示す。

マードック教授がネカト実行者である。論文の共著者だったバーウッドは、マードック教授の不正行為を知りつつ、研究不正を当局に報告しなかった。代わりに、ネカト論文を基に、多数の研究助成を申請し受諾された。

ーーー以下、経緯を詳細にーーー

2011年4月6日(マ61歳、バ26歳)、マードック教授が第一著者でバーウッドが最後著者の以下の「2012年2月のEur J Neurol」論文を投稿した。この論文で、反復経頭蓋磁気刺激法(rTMS)が、パーキンソン病のコミュニケーション(話す、文章理解)の改善に有効だと報告した。

2011年7月26日、論文が受理された。

2011年7月・8月、クイーンズランド大学の研究者A(名前不記載)は、2011年7月26日に受理された「2012年2月のEur J Neurol」論文を詳細に読んで、「何かがおかしい」と感じた。

「何かがおかしい」と感じた理由は以下の通りである。

  • クイーンズランド大学には、「2012年2月のEur J Neurol」論文に記載されている検査をできる施設は1つしかなかった。
  • マードック教授もバーウッドも、その機器を操作するスキルを持っていなかった。
  • 施設の機器使用記録には、マードック教授が主張した使用記録はなかった。
  • 「2012年2月のEur J Neurol」論文に記載されているパーキンソン病の患者数は20人で、20人全員をクイーンズランド大学で検査するのは不可能だった。なぜなら、その数の患者を検査するのに必要な回数、検査機器を使用できなかったからである。
  • 指定された時間に、その数の患者が検査室にいたことは一度もなかった。

他にも疑念が生じた。

  • 「2012年2月のEur J Neurol」論文で使用している主要な検査機器は、研究が行なわれた当時、クイーンズランド大学にはなかった。クイーンズランド大学がそれを購入したのは、2008年7月23日、つまり、検査終了の2日後だった。

2012年6月頃、マードック教授とバーウッドはホバートで開催された言語病理学会で「Eur J Neurol」論文の内容をポスター発表した。

学会後まもなく、発表したポスターをクイーンズランド大学・神経性コミュニケーション障害研究センター(Centre for Neurogenic Communication Disorders Research)に掲示した。

研究者Aが「Eur J Neurol」 誌・編集者にそのポスター発表を知らせた(ここは白楽の推察)。「Eur J Neurol」 誌・編集者はポスター発表を読み、次の項目(上記の疑念点と同じ)で疑惑を抱いた。

  • 研究が行われた場所と時期
  • 記載された方法論
  • 特定の機器の使用
  • 当該期間中に検査のためにセンターを訪れたとされるパーキンソン病患者の数

2012年9月(マ62歳、バ27歳)、匿名者(多分、研究者A)が、クイーンズ大学の副学長(研究・国際担当)に、マードック教授らの「2012年2月のEur J Neurol」論文のネカト疑惑を告発した。

クイーンズ大学はクイーンズランド州の犯罪汚職委員会(Queensland’s Crime and Misconduct Commission)に報告した。[白楽注:この委員会は2014年にCrime and Corruption Commissionと改名した。それで、白楽記事では日本語名を改名後の名称である犯罪汚職委員会に統一した]

犯罪汚職委員会は、クイーンズ大学が調査するよう指示した。

それで、2013年7月11日(マ63歳、バ28歳)、クイーンズランド大学は調査委員会を設置し、調査を開始した。

2013年7月5日(マ63歳、バ28歳)、クイーンズランド大学はマードック教授らの研究ネカト疑念を評議会で議論した。その時点で、マードック教授はクイーンズランド大学を辞職した。

exec-hoj2013年8月8日(マ63歳、バ28歳)、調査委員会はピーター・ホッジ(Peter Hoj)学長(写真出典)に調査の中間報告をした。

2013年8月9日(マ63歳、バ28歳)、クイーンズランド大学は、「Eur J Neurol」誌に論文の撤回を依頼した。というのは、論文では15人の対照実験が記載されているが、研究記録には7人の記録しかない。数人の対照実験を重複してカウントし人数を水増ししたと判定した。

2013年9月4日(マ63歳、バ28歳)、クイーンズランド大学は、マードック教授とバーウッドの「2012年2月のEur J Neurol」論文は、ねつ造論文だったと発表した。論文に記載されている実験は、実際はされていなかったと結論した。

マードック教授は、「脳に磁気パルスを与える刺激コイルを患者の頭に実際にセットした」と反論した。

ホバートで開催された「オーストラリア言語病理学(Speech Pathologists Australia)」会議で、「患者は文章理解度、コミュニケーション効率、話すときの舌の動きに大きな改善が見られた。失語症患者の治療に用いると、映画のタイトルや俳優の名前をあげるようになり、言語能力に改善が見られた」、と講演したと反論した。

しかし、それらの根拠となるデータをねつ造していたのだ。

2013年9月x日(マ63歳、バ28歳)、クイーンズランド大学は、神経性コミュニケーション障害研究センター(Centre for Neurogenic Communication Disorders Research)を閉鎖した。

2013年10月11日(マ63歳、バ28歳)、バーウッドもクイーンズランド大学を辞職した。

2014年1月20日(マ64歳、バ29歳)、クイーンズランド大学は、マードック教授とバーウッドが関与した2007年以降の100報以上の論文を検討した結果、既に発表した1報以外に、データねつ造・改ざん論文は見つからなかった、と発表した(UQ continues second phase of research misconduct investigation – UQ News – The University of Queensland, Australia)。 

[白楽注:後述するように2011年~2017年のマードック教授の5論文が撤回されている。2014年時点の調査なので2017年の1論文を除いても、問題論文は「2012年2月のEur J Neurol」論文の他に3論文もあったということだ。調査委員会はこの3論文を見逃していた。ズサンである]

クイーンズランド大学は、研究助成されていた2万豪ドル(約200万円)を助成機関に返却した。

★裁判

2013年9月3日(マ63歳、バ28歳)、クイーンズランド大学は、マードック教授とバーウッドの研究不正について、クイーンズランド州の犯罪汚職委員会(Queensland’s Crime and Misconduct Commission、2014年にCrime and Corruption Commissionと改名)に報告した。 → 2013年9月3日記事: UQ investigates events leading to retraction – News – The University of Queensland

クイーンズランド州では、通常の犯罪は警察が扱うが、大犯罪や特殊な犯罪は犯罪汚職委員会が扱う。

マードック教授は、詐欺罪で起訴された。

バーウッドは「助成金を不正に申請した」罪で起訴された。

犯罪汚職委員会は大学教授の研究ネカトを調査するのは初めてだった。研究ネカトは、通常、大学内の調査委員会が調査し、決着をつけていた。

犯罪汚職委員会が調査に入ったので、この件は裁判になった。

2014年10月31日、ブリスベン治安判事裁判所(Brisbane Magistrates Court)はバーウッドに対して以下の6件の罪状を公告した(University researcher to appear in court on fraud offences ? 31.10.2014 ? Crime and Corruption Commission Queensland)。

  • クイーンズランド州刑法・第408C条に違反する詐欺行為 2件
  • 同条に違反する詐欺未遂 2件
  • 連邦政府の1995年刑法・第135.1条に違反する不正行為 2件?

次いで、2014年12月12日、ブリスベン治安判事裁判所(Brisbane Magistrates Court)はマードック教授に対して以下の16件の罪状を公告した(Former researcher to face court over alleged fraud ? 12.12.2014 ? Crime and Corruption Commission Queensland)。

  • クイーンズランド州刑法・第408C条に違反する詐欺行為 3件
  • クイーンズランド州刑法・第488条に違反する偽造および頒布 1件
  • クイーンズランド州刑法・第430条に違反する記録の不正改ざん 7件
  • 連邦政府の1995年刑法・第135.1条に違反する不正行為 5件?

マードック教授は虚偽の研究成果で2万ドルの研究助成金を受け取った。

2016年3月31日(マ66歳、バ31歳)、マードック教授は法廷で詐欺の罪を認めた。裁判所は、詐欺罪で懲役2年の有罪としたが、2年間の執行猶予を付け、マードック教授は刑務所に入ることはなかった。 → 2016年10月25日の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:Parkinson’s researcher avoids jail following fraud conviction – Retraction Watch

他方、バーウッドも、詐欺罪でマードック教授と同じ懲役2年・執行猶予2年の有罪となった。

判決を下す際、テリー・マーティン最高裁判事(Terry Martin SC)は泣きじゃくるバーウッド被告に対し、「裁判の間、あなたは自分の行為に対する反省を示さなかった」と語った。マーティン判事は、「あなたの犯罪行為は厚かましく、無節操で、執拗でした」と述べた。→ 2016年10月25日記事:?’Brazen’ UQ research fraudster Caroline Barwood given suspended sentence – ABC News

マードック教授の方が重い刑罰が科される状況だったのに、同じ刑罰になったのは、マードック教授が罪を認めていたのに、バーウッドは無罪を主張していたためだ、と言われている。 → ?2016年10月17日記事:UQ researcher faces trial on fraud charges – 9News

なお、 バーウッドは事件後、うつ病とストレスに苦しんでいた。

1418957800890ブリスベン治安判事裁判所(Brisbane Magistrates Court)を出るマードック教授(右)。左は弁護士(?)。 Photo: Kim Stephens、写真出典。 

【ネカト被災者の具体例】

★院生ドミニク(Dominique)

この節の出典 →? 2016年11月2日記事:A grad student was caught in the crossfire of fraud ? and fought back ? Retraction Watch

ここは、ネカト被災者の話である。

2013年3月、台湾の留学生であるドミニク(Dominique)(仮名、女性)はオーストラリアのクイーンズランド大学の大学院に入学し、ブルース・マードック教授(Bruce Murdoch)の研究室に入った。

ところが、上述したように、入学した丁度その頃は、マードック教授のネカト騒動の渦中だった。

その上、入学4か月後の2013年7月5日、マードック教授はクイーンズランド大学を辞職してしまった。

2013年9月3日、クイーンズランド大学は、マードック教授の研究室である神経性コミュニケーション障害研究センター(Centre for Neurogenic Communication Disorders Research)を閉鎖した。

それで、大学院に入学したばかりのドミニクは指導教員も研究の場も失った。

夢を抱いて留学した先の教授がネカト事件を起こし、ドミニクは、全くのネカト被災者になった。

それで、損害賠償として、クイーンズ大学に数万ドル(数百万円)の授業料の返還などを求めた。

クイーンズランド州オンブズマン(Queensland Ombudsman)は州政府に関する苦情を調査し、最終的に紛争の仲裁をする機関である。それで、クイーンズランド州オンブズマンがこの件を扱った。

ドミニクは台湾からの移転費用、生活費、院生なのに休まざるを得なかった研究時間などの費用の総額を、研究室閉鎖から1か月後の2013年10月までに払うよう、大学に補償を求めた。

しかし、ことは簡単に進まなかった。

ドミニクは大学と和解案を協議してきた。

支払い期限が半年も過ぎた2014年4月24日、ドミニクはクイーンズ大学 が提示した3万ドル(約300万円)、6万ドル(約600万円)、9万2800ドル(約928万円)という3つの補償額を拒否した。

ドミニクは「撤回監視(Retraction Watch)」に次のように答えている。

提示された金額は実際にかかった金額よりも少なく、しかも、大学は提示額を何度も変更しました。奨学金や弁護士費用も賠償金に含めるよう話しましたが、大学はどちらも拒否しました。私は和解に応じようとしましたが、彼らは面倒だと判断したのか、私に対しても不正行為があると言い出しました。なお、秘密保持が条件となっているため、外部の人に相談もできませんでした。

「撤回監視(Retraction Watch)」はクイーンズランド大学にコメントを求めたが、彼らは機密保持を理由にコメントしなかった。

和解案の交渉決裂の5日後、2014年4月29日、ドミニクは警備員にキャンパスから退去させられた。

★大学からの攻撃

和解案の交渉決裂の 2か月後、2014年6月12日、クイーンズランド大学の学部長はドミニクを告発し、徹底的な調査するようクイーンズランド大学に求めた。

申し立ては、ドミニクに関して次のように描いていた。

  • 大学はドミニクの精神と行動が不安定になっているとした。
  • 大学が提案した研究棟への移動を拒否し、代わりにセラピー ビルの 8 階に陣取った。
  • 大学管理者への返信メールに、ドミニク「敵に囲まれ、孤立し、助けも得られない状況です。私は永遠に消えた方がいい」と書いていた。
  • 大学との交渉会議を始めるとき、大学管理者に「嘘なし、策略なし、罠なし」と告げて始めた。

申し立てには、上級職員5名がドミニクからハラスメントを受けたと主張し、次のように述べていた。

私たちがどれだけ努力しても、ドミニクさんは、大学に対する強い不信感と、大学管理者たちに対する憎しみを変えませんでした。

なお、この申し立ては、パーキンソン病研究所・教授で大学院・副研究科長のスティーブン・リーク(Stephen Riek、写真出典)が書いていた。

リーク教授はバーウッドとマードック教授と共著の5論文(撤回されていない)がある。つまり、マードック教授にとても近い人物で、ネカト事件で受けた被害のため、マードック教授関係者を憎んでいたと思われる。

ドミニクは「撤回監視(Retraction Watch)」に次のように述べている。

リーク教授がなぜこんなことをしたのか、私には分かりません。私は彼に一度も会ったことがありません。大学が私を追い出そうとしたのは、私の元指導教官のブルース・マードック教授とキャロライン・バーウッド博士の関係者だからだと推測しました。

入学の1年2か月後、2014年5月、大学はドミニクを停学処分とし、さらに3か月後には退学処分とした。

大学評議会の懲戒審査委員会へのドミニクの不服申し立ては徒労に終わった。副学部長のデイヴィッド・ラベルは11月、大学に対するドミニクの訴えには証拠がないとして、ドミニクの訴えを終結させた。

翌年の2015年2月、ドミニクはクイーンズランド州オンブズマンに訴えた。

1年後、オンブズマンは大学に新たな審問を開くよう命じた。大学は2016年9月20日に新たな審問を開いた。

「撤回監視(Retraction Watch)」に、ドミニクは、「何が起こったのか思い出すと、今でも本当に辛い。クイーンズランド大学は私にお金を全然返してくれていないんです」

以上が「2016年11月2日記事」の時点の話。

それから、9年後の2025年11月24日現在、クイーンズランド大学は2016年9月20日の新たな審問でどのような結論を下したのか? その後、ドミニクがどうなったのか?

白楽は、わかりません。記事が見つからない。ゴメン。

ーー[白楽の感想]ーー

白楽が思うに、ネカト被災者は本当にかわいそうで、不条理だと思う。

ネカト被災者は全く悪くないのに研究者人生が大きな損害を受ける。しかも、救済システムは確立していない、というか、想定していないので実効性のあるシステムがない。

そもそも、救済すべきだという思想・概念も希薄である。

ネカト被災者は普通に歩道を歩いていた時、自動車にひかれて大けがを負う交通事故のようなものだ。

ただ、ドミニクの対応にも問題があったと思う。

ブルース・マードック教授の研究室にこだわらず、ネカト事件を知った段階で、クイーンズランド大学の別の研究室で研究を始めるべきだったと思う。

【研究不正の具体例】

上記したので、詳細は省略する。

一言で言えば、以下の「2012年2月のEur J Neurol」論文の内容は、実際には行なっていないデータを捏造して論文として発表した。

「詳細は省略する」と書いたけど、もう少し説明を加える。

  • マードック教授のデータを収集していた人は、データ収集が完了した1年前の2008年にクイーンズ大学を退職していた。他にマードック教授のデータを収集していた人はいない。
  • データ収集期間の最初の12か月間、クイーンズ大学は「2012年2月のEur J Neurol」論文に記載されている研究機器を持っていなかった。
  • マードック教授は、「2012年2月のEur J Neurol」論文で述べている治療法の使用経験がなかった。
  • 「2012年2月のEur J Neurol」論文で述べているパイロットスタディへの患者参加の広告はなく、参加者の出席記録もなく、クイーンズランド大学・神経性コミュニケーション障害研究センターの職員は参加者がセンターに出席したのを見たことがなく、研究を裏付ける電子的に記録されたデータもなかった。
  • 2013年3月にマードック教授が提出した被験者の同意書20枚は偽造だった。

●6.【論文数と撤回論文とパブピア】

★パブメド(PubMed)

ブルース・マードック教授(Bruce Murdoch)

2025年11月24日現在、パブメド(PubMed)で、ブルース・マードック教授(Bruce Murdoch)の論文を「Bruce Murdoch[Author]」で検索すると、2002年~2014年の13年間の109論文がヒットした。

109論文のうち9論文がキャロライン・バーウッド(Caroline Barwood)と共著だった。

「Murdoch BE」で検索すると、1973年~2014年の41年間の166論文がヒットした。

「Retracted Publication」のフィルターは削除されたが、特殊な方法で、パブメドの論文撤回リストを検索すると、2012年~2013年の2年間の4論文が撤回されていた。

4撤回論文のうち3論文がキャロライン・バーウッド(Caroline Barwood)と共著だった。

キャロライン・バーウッド(Caroline Barwood)

キャロライン・バーウッド(Caroline Barwood)の論文を「Caroline Barwood[Author]」で検索すると、2011年~2014年の4年間の10論文と2023年~2025年の4論文がヒットした。前者の10論文が本記事のバーウッドの論文である。

「Barwood CH[Author]」で検索すると、2011年~2014年の4年間の12論文がヒットした。全部、マードック教授と共著だった。

「Retracted Publication」のフィルターは削除されたが、特殊な方法で、パブメドの論文撤回リストを検索すると、2012年~2013年の2年間の3論文が撤回されていた。全部、マードック教授と共著だった。

★撤回監視データベース

2025年11月24日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回監視データベースでブルース・マードック教授(Bruce Murdoch)を「Bruce E Murdoch」で検索すると、2011年~2017年の 5論文が撤回されていた。

5撤回論文のうち4論文はキャロライン・バーウッド(Caroline Barwood)と共著だった。

★パブピア(PubPeer)

2025年11月24日現在、「パブピア(PubPeer)」では、ブルース・マードック教授(Bruce Murdoch)の論文のコメントを「”Bruce E Murdoch”」で検索すると、5論文にコメントがあった。

5論文のうち4論文はキャロライン・バーウッド(Caroline Barwood)と共著だった。

●7.【白楽の感想】

《1》60代の著名学者がなぜ?

このマードック事件は、ブルース・マードック教授(Bruce Murdoch)がネカト実行者である。論文の共著者になったバーウッドは、不正行為を知りつつ、研究不正を当局に報告しなかった。代わりに、この捏造研究を基に、多数の研究助成を受けた、という事件である。

ここで、大きな疑問が生じる。

マードック教授のように、既に確立した著名な学者が60歳前後に、なぜデータねつ造論文を出版したのだろう?

ブルース・マードック教授(Bruce Murdoch)。写真出典

普通に考えると、その理由・プロセスはわからない。

それで、マードック教授と35歳年下の愛人・バーウッドとの関係を考えた。

バーウッドは2011年6月(26歳)にマードック教授の下で研究博士号(PhD)を取得した。

問題視された「2012年2月のEur J Neurol」論文は2011年4月6日に投稿している。ということはバーウッドの博士論文と同時進行で作成したのだろう。

なお、バーウッドとマードック教授の共著論文は、不正な「2012年2月のEur J Neurol」論文以前に、①「2011年のNeuroRehabilitation」論文、②「2011年3月の Brain Lang」論文、③「2011 年7月のEur J Neurol.」論文(不正論文と同じ学術誌だが別の論文)の3報ある。

その3報は、どれもバーウッドが第一著者だ。つまり、バーウッドは前年に既に3報の論文を出版していたので、不正してでも論文数を稼ぎたい状況ではなかった。

一方、問題の「2012年2月のEur J Neurol」論文はマードック教授が第一著者である。

つまり、マードック教授が捏造データを入れ込んで論文を書いたのだが、ナゼか?

思うに、35歳も年下の愛人・バーウッドに好意を示す1つとして、論文を1つプレゼントしたかったのだろう。あるいは、俺は研究能力が高いのだ、と35歳も年下の愛人に誇示したかったのだろう。

違うかな?

《2》博士論文

キャロライン・バーウッド(Caroline Barwood)は2011年に研究博士号(PhD)を取得している。

論文のタイトルは「神経ナビゲーション誘導経頭蓋磁気刺激による言語能力の調節:失語症リハビリテーションへの応用(Modulation of language performance via neuronavigationally guided transcranial magnetic stimulation: Application to Aphasia Rehabilitation )」である。

ところが、「2012年2月のEur J Neurol」論文以外に、2013年の2論文もネカトで撤回されている。2013年の論文は2論文ともバーウッド が第一著者である。→ Retraction Watch Database

博士論文もネカトの可能性は高いと思うが、クイーンズランド大学は調査したふしがない。なんかヘン。

キャロライン・バーウッド(Caroline Barwood)。 写真出典

《3》研究不正を防ぐ方法

本事件の研究不正を防ぐには、どうすればよかったか?

また、今後、同じような研究不正を起こさせないためにはどうすべきか?

研究不正を防ぐ基本は「ネカト許さない文化」の構築で、具体策は、①規範意識の高い人だけを研究者に採用・昇進するシステム作り、②ネカト監視・通報の徹底(通報者保護)、③ネカトを刑事犯化へと法改正、④学術システムの改革、であるが、根本的解決の1つは、⑤現行の大学が調査をやめ、麻薬取締部などの捜査権を持つ格上機関がネカト調査をすべきだと思う。

まず、不思議に思うのは、マードック教授は、本当に、61歳で初めてネカト論文を出版したのだろうか? ということだ。

マードック教授は、実は、もっと若い時からネカトしてきたのではないか、と白楽は疑っている。

でも、公式情報に従って、61歳で初めてネカト論文を出版したとしたら、「《1》60代の著名学者がなぜ?」が解けないと、防止法は見つからない。

なお、一般論としては、上記の②と③が有効だと思う。

一方、バーウッドに関しては、マードック教授の不正行為を知った時、研究不正を当局に報告すべきだった。どうしてそうしなかった(できなかった)と言えば、規範意識が低かったためだと思う。上記の①が防止策だろう。

ただ、ボスの不正を通報する事は、報復が怖いし、自分の研究キャリアが損傷(場合によると崩壊)するので難しい。さらに、不正の通報は、人間性とか人情とかの心理面でも難しい。

《4》犯罪汚職委員会

《3》研究不正を防ぐ方法」で触れたが、研究不正の防止策として「根本的解決の1つは、⑤現行の大学が調査をやめ、麻薬取締部などの捜査権を持つ格上機関がネカト調査をすべきだと思う」とした。

マードック教授・バーウッド事件は、クイーンズランド州の犯罪汚職委員会(CCC – Crime and Corruption Commission Queensland)が捜査に乗り出した。そして、裁判で2人は懲役2年・執行猶予2年の有罪になった。

このケースは、白楽が主張するネカトの根本的解決法だと思う。

どころが、犯罪汚職委員会はその後、ネカト捜査を全くしていない。

どういう方針変更があったのか、残念ながら、白楽は把握できていない。

●9.【主要情報源】

① ◎ブルース・マードック教授(Bruce Murdoc)事件の「撤回監視(Retraction Watch)」記事群(2014年4月4日~2018年の記事):You searched for Bruce Murdoch – Retraction Watch at Retraction Watch
② 2013年11月8日、エリス・ウォージントン(Elise Worthington)記者の「ABC News」記事:University of Queensland investigates fresh claims of research misconduct by former academics – ABC News (Australian Broadcasting Corporation)
③ 2013年9月6日、マリッサ・カリゲロス(Marissa Calligeros)記者の「Brisbane Times」記事:University of Queensland professor ‘let everyone down’
④ 2013年11月7日、クイーンズランド大学の研究ネカト調査説明:University of Queensland statement on research integrity investigation
⑤ 2014年10月31日、ジョシュア・ロバートソン(Joshua Robertson)記者の「Guardian」記事:Former academic accused of fabricating research charged with fraud | Queensland | The Guardian
⑥ 2014年12月12日、記者名不記載の「ABC News」記事:Former University of Queensland professor Bruce Murdoch charged over alleged fake Parkinson’s research – ABC News
⑦ 2016年4月15日、エイミー・エリス・ナット(Amy Ellis Nutt)記者の「Sydney Morning Herald」記事:Australian neuroscientist Bruce Murdoch nearly went to jail for making up data
⑧ 2016年4月20日、オーウェン・ダイアー(Owen Dyer)記者の「BMJ」記事:Australian neuroscientist given two year suspended sentence for falsifying Parkinson’s research | The BMJ
⑨ 2016年10月25日、ダルミート・チャウラ(Dalmeet Singh Chawla)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:Parkinson’s researcher avoids jail following fraud conviction – Retraction Watch
⑩  ◎2017年12月1日、クイーンズランド州政府の犯罪汚職委員会(Crime and Corruption Commission Queensland: CCC )文書:Australia’s first criminal prosecution for research fraud: a case study from The University of Queensland
⑪ 2018年11月12日、記者名不記載の「Law Project」記事:Scientists imprisoned for fabricating Parkinson’s disease research ? The Law Project