2021年9月4日掲載
ワンポイント:トリブバン大学(Tribhuvan University)・準教授のミシュラ(65歳?)の複数の論文が異常だと、2020年10~12月、フランスのルベイル教授が、ツイッター、パブピア、ウェブサイトで指摘し、トリブバン大学に公益通報した。トリブバン大学は調査の結果、ミシュラの11論文を盗用と結論し、ミシュラを解雇した。さらに、共著者6人の実名も挙げ、2度とネカトしないように警告した。国民の損害額(推定)は3億円(大雑把)。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
9.主要情報源
10.コメント
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●1.【概略】
パラシュラム・ミシュラ(Parashuram Mishra、ORCID iD:?、写真出典、リンク切れ)は、ネパールのトリブバン大学(Tribhuvan University)・準教授で、専門は結晶学だった。
2020年10月(65歳?)、フランスのメーヌ大学(Universite´ du Maine)のアーメル・ルベイル教授(Armel Le Bail)は、知人からの指摘で、ミシュラの複数の論文のネカトを調べた。
2020年10~12月(65歳?)、ルベイル教授はミシュラの複数の論文にネカトが見つかったことを、ツイッター、パブピア、ウェブサイトで指摘し、トリブバン大学に公益通報した。
2021年3月20日(66歳?)、トリブバン大学・調査委員会は調査結果を発表した。
トリブバン大学は、ミシュラの2011(56歳?)の1論文、2020年(65歳?)の10論文を盗用と結論し論文撤回とし、ミシュラを解雇した。さらに、共著者6人の実名も挙げ、2度とネカトしないように警告した。
トリブバン大学(Tribhuvan University)。写真出典
- 国:ネパール
- 成長国:インド
- 医師免許(MD)取得:なし
- 研究博士号(PhD)取得:ネパールのトリブバン大学
- 男女:男性
- 生年月日:不明。仮に1955年1月1日生まれとする。1977年に大学・学部を卒業した時を22歳とした
- 現在の年齢:69 歳?
- 分野:結晶学
- 不正論文発表:2011(56歳?)に1論文、2020年(65歳?)に10論文
- 発覚年:2020年(65歳?)
- 発覚時地位:トリブバン大学・準教授
- ステップ1(発覚):第一次追及者は同じ分野の研究者であるフランスのメーヌ大学のアーメル・ルベイル教授(Armel Le Bail)。ツイッター、パブピア、ルベイル教授のウェブサイトで指摘し、トリブバン大学に公益通報
- ステップ2(メディア):「パブピア(PubPeer)」、「撤回監視(Retraction Watch)」
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①トリブバン大学・調査委員会
- 大学・調査報告書のウェブ上での公表:あり。ココ
- 大学の透明性:実名報道で調査報告書(委員名付き?)がウェブ閲覧可(◎)
- 不正:ねつ造・改ざん、盗用
- 不正論文数:11報。内訳は、2011(56歳?)の1論文、2020年(65歳?)の10論文。撤回論文は1報以上ある
- 時期:研究キャリアの後期
- 職:事件後に研究職(または発覚時の地位)をやめた・続けられなかった(Ⅹ)
- 処分:退職(解雇?)
- 日本人の弟子・友人:不明
【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は3億円(大雑把)。
●2.【経歴と経過】
主な出典: Parashuram Mishra | LinkedIn
- 生年月日:不明。仮に1955年1月1日生まれとする。1977年に大学・学部を卒業した時を22歳とした
- 1977年(22歳?):インドのラリット・ナラヤン・ミットヒラ大学(Lalit Narayan Mithila University)で学士号取得:化学
- 1990年(35歳?):ネパールのトリブバン大学(Tribhuvan University)・教員、その後、準教授
- 2002年(47歳?):ネパールのトリブバン大学(Tribhuvan University)で研究博士号(PhD)を取得:化学
- 2020年10月(65歳?):不正研究が発覚
- 2021年3月(66歳?):大学が調査しクロと結論
- 2021年3月(66歳?)?:トリブバン大学を退職(解雇?)
●5.【不正発覚の経緯と内容】
★発覚の経緯
フランスのメーヌ大学(Universite´ du Maine, Laboratoire des Oxydes et Fluorures)のアーメル・ルベイル教授(Armel Le Bail、写真出典)は、1988年頃に結晶学の「ルベイル法(Le Bail method)」の確立した結晶学者である。 → Le Bail method – Wikipedia
2020年10月(65歳?)、ルベイル教授はパラシュラム・ミシュラ(Parashuram Mishra)が新しく発表した以下の論文は、論文中のデータがおかしいと思うがと、友人から連絡を受けた。
- SYNTHESIS AND STRUCTURE DETERMINATION OF NOVEL MIXED VALENCE Pb 0.5 U0.25 Zr 1.25 O4.5 BY POWDER XRD OBTAINED FROM PbCO3 -U(CO3)2 -Zr(CO3)2 TERNARY MIXED VALENCE OXIDES
Sep 2020
Bimal K Kanth & Parashuram Mishra
それで、ミシュラの複数の論文を調べ始めた。
すると異常なデータが直ぐに見つかった。
ルベイル教授は著者のミシュラに問い合わせても返事がないので、2020年10月8日、問題点をツイッターで指摘した。
An oxide with a cell parameter as short as 1.855 A ! This is what you can publish in predatory journals 🤪: https://t.co/sLZXNEjWq1
— Armel Le Bail (@xtalb) October 8, 2020
2020年12月2日(65歳?)、ルベイル教授は化合物が異なるのに測定データが全く同じというミシュラのデータを見つけ、あり得ないと、ツイッターで指摘した。
That is enough ! Who can stop it ? Two papers, same powder pattern, almost same text, different formula and two impossible structures ! Many other crazy examples. Any powerful International Union of Crystallography somewhere ? pic.twitter.com/BA5L4lUCp6
— Armel Le Bail (@xtalb) December 1, 2020
2020年12月(65歳?)、ルベイル教授はミシュラの複数の論文のネカトを、パブピアとルベイル教授のウェブサイトで指摘した。
- パブピア → PubPeer – Ab initio structure determination and morphology study of La…
- ルベイル教授のウェブサイト → CHM
★調査と処分
2021年1月4日(66歳?)、ルベイル教授はミシュラの論文ネカトをトリブバン大学のダルマ・カント・バスコタ学長(Dharma Kant Baskota、写真出典)に伝えた。
2021年1月9日(66歳?)、ルベイル教授は、「適切な対処をする」との返事をトリブバン大学の担当者から受取った。
2021年1月11日(66歳?)、ルベイル教授は、また、ミシュラから以下のメールを受け取った。
私たちの発表論文に興味を持っていただき、また、論文の問題点について大きなコメントをいただき、ありがとうございました。
私たちは、ネパールという発展途上国の研究者であり、洗練された研究機器を持っていないことをお知らせします。
結晶を分析した論文に関しては、これまで同じような結晶分析の論文を発表していました。ご指摘の論文はすべて撤回します。
今後、機会があれば、結晶学であなたと共同研究したいと思います。その際は、適切な方法で構造解析を行ないます。
最後に、今回の件、心からお詫び申し上げます。
2021年1月17日(66歳?)、バスコタ学長はネカト調査委員会を設置した。
ネカト調査委員長は、有機化学科長のラム・チャンドラ・バスネット教授(Ram Chandra Basnet)が務め、委員にニランジャン・パラジュリ化学教授(Niranjan Parajuli)、バヌ・バクタ・ニュペイン物理学教授(Bhanu Bhakta Neupane)が就いた。
2021年3月20日(66歳?)、調査委員会は調査結果を発表した。
以下は調査報告書の冒頭部分(出典:同)。ネパール語と英語の混在。全文は3頁 → ココ
調査委員会は、学術誌に掲載されたミシュラ準教授のデータねつ造だけでなく、11論文を盗用検出ソフト「Grammarly」でチェックし、盗用文字率40%という盗用の証拠を見つけた。
それで、トリブバン大学執行評議会は以下の処分をした。
- ミシュラ準教授の全論文を撤回する。
- ミシュラ準教授の研究活動及び学生の論文指導を今後、永遠に禁じる。この禁止事項はネパール全土に通達する。 → これは、ミシュラ準教授の解雇処分を含むと白楽は理解し、本記事はその理解で書いた
- ミシュラ準教授の他に関係した6人(3人の教員及び3人の博士院生)は、今後2度とネカト行為をしないように警告した。以下に6人を示した。
ミシュラ準教授以外の6人の処分者(1人を除き英語のママでスミマセン)。
1. トリブバン大学・物理学の講師のHareram Mishara
2. トリブバン大学・非常勤化学教員で、博士院生のRohit Kumar Dev
3. トリブバン大学・化学の講師で、博士院生のJanak Adhikari
4. トリブバン大学・化学の講師で、博士院生のYub Raj Sahu
5. トリブバン大学・化学の講師のBimal Kumar Kanth
6. 大学に所属していないカルパナ・ミシュラ(Kalpana Mishra):ミシュラ準教授の妻
フランスのルベイル教授は、しかし、トリブバン大学執行評議会の処分に以下の点で納得しなかった。
ミシュラ準教授の17論文の問題点を指摘したのに、11論文しか調査しなかった。それも図の複数回の再利用を含めた盗用だけを不正とみなした点も不十分である、と。
2021年9月3日現在、調査が終了して約6か月が経過したが、ミシュラ準教授の論文は撤回監視データベースでは1報も撤回されていない。しかし、個々にあたると、1報は撤回されていた。
●【ねつ造・改ざん・盗用の具体例】
トリブバン大学・調査委員会は調査結果を発表した。しかし、ねつ造・改ざん・盗用の具体例を示していない。
フランスのアーメル・ルベイル教授(Armel Le Bail)が、パブピアで示した具体例を以下で使う。
★「2020年8月のWorld Journal of Advanced Research and Reviews」論文
「2020年8月のWorld Journal of Advanced Research and Reviews」論文の書誌情報を以下に示す。2021年6月xx日、撤回された。
- Ab initio structure determination and morphology study of La1.26 Zr0.25 Na2.5 N0.24 O2.54 triclinic structure from powder x-ray diffraction data.
World Journal of Advanced Research and Reviews s, 2020, 08(02), 131–140
Bimal K Kanth & Parashuram Mishra
この論文の図1は、化合物が完全に異なる別の論文の図1とまったく同じだった。
以下のパブピアの図の出典:https://pubpeer.com/publications/6FB8D15B22C3F3B234E36D60BF0B31
測定した化合物が異なるのに同じ分析データを使いまわしという不正行為はこの論文を含め、ミシュラ準教授の複数の論文で指摘されている。
●6.【論文数と撤回論文とパブピア】
★論文数
2021年9月3日現在、パラシュラム・ミシュラ(Parashuram Mishra)の論文を「Google Scholar」で検索すると、76論文がヒットした。
★撤回監視データベース
2021年9月3日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回監視データベースでパラシュラム・ミシュラ(Parashuram Mishra)を「Parashuram Mishra」で検索すると、 0論文が訂正、0論文が懸念表明、0論文が撤回されていた。
★パブピア(PubPeer)
2021年9月3日現在、「パブピア(PubPeer)」では、パラシュラム・ミシュラ(Parashuram Mishra)の論文のコメントを「Parashuram Mishra」で検索すると、11論文にコメントがあった。
●7.【白楽の感想】
《1》国家の品格
白楽は、実際にネパールの大学を視察したことがない。統計上の数値では、ネパールという国の科学技術は貧弱でシステムも貧弱だと思われる。
国の貧富とは関係なく、しかし、論文は研究公正の国際基準に適合しなくてはならない。告発を受けたネパールの大学も国際基準のネカト処理をすることが要求される。
そして、十分とはいえないまでも、告発に対するトリブバン大学の対応や処分は「かなり良い」という印象を受けた。
《2》調査は貧弱?
上記の《1》でトリブバン大学の対応は「かなり良い」という印象だと書いたが、パラシュラム・ミシュラ(Parashuram Mishra、写真出典)の問題視された11論文は2011年(56歳?)の1論文、2020年(65歳?)の10論文である。
これは、ネカト者の行為としてはおかしい。
2011年に1回ネカトして、その後、2019年までの8年間、ネカトをせず、2020年になって急に10論文でネカトをしたことになる。
2020年に教授昇格など、何らかの評価があるために、急遽、論文を増やそうと考えたかもしれないが、これほど断続的なネカト行為は、普通はあり得ない。
「Google Scholar」で検索すると76論文がヒットする。その全論文を調査すべきだろう。
フランスのアーメル・ルベイル教授(Armel Le Bail)は、ミシュラ準教授の17論文の問題点を指摘したのに、トリブバン大学は11論文しか調査しなかったと批判している。
トリブバン大学の対応は「かなり良い」という印象だと書いたが、調査能力不足なのか、政治的偏向なのか、ネパール文化なのか、歪んだ調査だという印象も受けた。
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●9.【主要情報源】
① 2021年4月25日のニコ・マッカーティ(Niko McCarty)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:Seven barred from research after plagiarism, duplications in eleven papers – Retraction Watch
② 2021年3月28日のビノド・ギミレ(Binod Ghimire)記者の「Kathmandu Post」記事:In a first, Tribhuvan University takes action against its teaching faculty for plagiarism
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
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